TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティ里山に憧れるひとほど、そこで暮らすひとが楽になるのを喜ばない。09:51 10月16日 263再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次里山の理想とテクノロジーの真実「不便さ」を美化する都会の視点AI時代に「無理しない」働き方とはAI時代を支える相互扶助の新しい形「好き」から始まるAIと共創するプロセスAI文字起こし(β版) # チャプター 1 こんにちは。鳥居博文です。 働くをテーマにした対話型オンラインコミュニティ、和製サロンを運営しています。 さて、本日のお題は、里山に憧れる人ほど、そこで暮らす人が楽になるのを喜ばないというテーマでお話ししてみたいと思います。 今日も昨日ブログに書いた内容です。 それでは早速本題に入っていきますね。 最近読んだ養老武さんと柳瀬博一さんの対談本、虫と漫画と日本人養老武のキャラクター論という本がとても面白かったです。 漫画やアニメ、ゲームからAIまで、日本人はなぜこんなにもキャラクターを生み出し続けるのかを虫好きな国民性から読み解いていくような一冊なんですが、 中でも僕が特に惹かれたのは終盤に出てくる里山ノスタルジアとテクノロジーをめぐるやりとりでした。 今日はこの本を読んでいて、自分なりに考えたことを改めてこの文章の中でも語ってみたいなと思います。 養老さんは最近ハマっているyoutubeチャンネルがあるそうです。 それがアゼルバイジャンの小さな村で暮らす夫婦がひたすら農場の手入れをしていて料理を作り、ただそれだけの日常が淡々と映し出されていくような動画です。 ナレーションもBGMもなくて聞こえてくるのは木々のざわめきや動物たちの鳴き声、そして鍋が煮える音とか巻き終わる音ばかりなんですよね。 柳瀬さんは言ったこともないアゼルバイジャンの田舎暮らしがなぜか懐かしく思えてしまう。これこそ里山へのノスタルジアが商品になる典型だというふうに語っていました。 そして養老さんもまたそれを受けて自然の中で作物や家畜を育てて一から料理を作るような手仕事への憧れがきっとみんなの中にあるんだろうというふうにも返答していたんでしょうね。 ただ面白いのはさらにここからであって、この動画を撮影して世界中に届けているのは息子さんご夫婦なんだそうです。 登録者数はすでに800万人超え。昔ながらの暮らしに僕らは懐かしさなんかを覚えるけれど、その懐かしさを時空を越えて日本の僕らの元まで運んできてくれているのは紛れもなくそんな息子さんたちが扱うような機材やwebサービスなど最先端のテクノロジーなわけですよね。 そして養老さんはこうも続けていました。里山での暮らしを長く続けていくためにはハイテクや文明の力をきちんと取り入れていくことが欠かせない。 それらを全部排除してしまったら快適になるどころかただ苦しくてつらいだけの暮らしになってしまうというふうにです。 アゼルバイジャの動画だって電気はちゃんと通ってるし撮影機材はきっと最新鋭のはずなんです。 その上で養老さんが口にするのがこの一言なんです。田舎暮らしでは無理しちゃダメなんですよ。 さていかがでしょう。この話は本当に共感します。僕らはつい里山の暮らしとテクノロジーを対立するもののように捉えてしまいがちなんです。 手仕事を自然に寄り添った暮らしみたいなものは便利なものを遠ざけることで成り立っているんだと。 でも実際にはその真逆であってその暮らしを続けたいと願うからこそ道具を上手に取り入れていく必要があるわけですよね。 むしろ都会から勝手に眺めている僕らの方が不便さまでを含めて美しい里山暮らしの条件にしてしまっているのかもしれないなって。 自分で育てたものを食べるということや季節の移ろいを身体で感じることなど本当に大切にしたいのはそういう部分のはずなのにも関わらず 電波が届かないことや手作業で疲れ果てることまでをいつの間にかセットで求めてしまうわけです。 守りたい暮らしの価値観みたいなものとその暮らしを続けるための手段と僕らついつい混同しがちだなというふうに思っています。 でちょうど数日前に佐々木俊男さんもボイシーでテクノロジーが支える田舎生活という価値観というお話をされていました。 映画リトルフォレストを引き合いに出しながらあの頃にはなくて今ならあるものそれっていうのはきっとスターリンクなんじゃないかと。 これにもなんだかとても共感したんですよね。 スターリンクっていうのはつまり県外でもちゃんと電波が届くということです。 ちなみにリトルフォレストは僕らが運営していたウェブメディア東大元暮らしで当時監督の方にインタビューさせてもらってとても印象に残っている作品です。 振り返ってみるとあの記事こそが初期の東大元暮らしの方向性を明確に定めてくれたようにも思います。 土に触れて季節と共に暮らしながら必要な時には遠くの人や仕事ともつながれるし大切にしたい暮らしを支えるその道具の組み合わせというのは時代に合わせてちゃんと変えていっていいんですよね本当は。 そして今の時代においてはスターリンクに加えてさらに当たり前のようにAIなんかもあるわけです。 ただここで一つ正直に思うこともあるんです。 昔ながらの仕事を大事にしながら最先端のテクノロジーも使いこなし発信や販売までその全部を一人で担えるそんな人はやっぱりほんの一握りなんだろうなって。 ここで思い出したいのが養老さんが言っていた無理しちゃダメの後に続いていたその言葉なんです。 それってのは現代の日本人は明治維新以来の無理をしてでも一生懸命真面目に勉強するのが正しいという思想にちょっと毒されているそんなことを養老さんは語るんです。 これってのは今のAIを巡る空気にもそのまま当てはまるように思うんですよね。 AI時代には誰もがAIを使いこなせるようにならないと取り残されてしまう生き残ることができないんだって。 そういうふうに言われるたびにこれまで誠実に仕事を続けてきた人にさらに新しい勉強とAIへの適応を求めることになってしまうわけですよね。 なんという日本人の気まじめさだろうっていうふうに僕なんかは思ってしまいます。 でもその人にはその人にしかできない仕事がちゃんとあるはずなんです。 そこにこそ時間を使ってほしいのに慣れない道具の習得に追われてその本業がおろそかになってしまったらそれこそ本末転倒ですよね。 先日語ったボイシンなんかでもまさに同じような話をしました。 宮崎駿さんとそのプロデューサーである鈴木敏夫さんの関係性を引き合いに出しながら AIなんてっていうふうにAI嫌いな人が自分の大切にしている仕事や基準まで変える必要はないって話です。 誰かがテクノロジーとの接続の部分さえ引き受けてくれさえすれば本人、つまり宮崎駿監督のような人は それを触らないまま自分の仕事を続けていくことができるそんなことを語りました。 今和製サロンで始めようとしているかよい編集者という役割なんかも まさにその接続というか端をかける部分を引き受ける役割を担いたいなというふうに思うんです。 ただしここで強調しておきたいのは これがテクノロジーを扱える側が扱えない側を一方的に助けるというそういう話ではないということなんです。 過去に何度も引き合いに出してきた彷彿の奥田智晋夫の 助けているようで助けられているのがいい支援という話なんかにも見事に通じるなというふうに思うんです。 支援される側もあの人にはお世話になったというそういう一辺倒ではそんなに元気になることはできないんだって 支援してもらいながらも実はあいつを支えていたのは俺の方だったんだというふうにそういうふうに思える関係性こそが一番いい支援なんだというふうに奥田さんは語るんです。 かよい編集者もきっと同じだというふうに思うんですよね。 通い続けるうちになぜこの人はこのひと手間を省かないのか なぜこんな古いやり方にこだわり続けているのかが少しずつ分かってくるようになるというふうに思うんです。 そのひと手間が実は常連さんとの関係性を丁寧に育てていたり品質のわずかな違いに気づくための大切な時間だったりもするわけですよね。 そこで変わっていくのは自分が行うそういう提案の中身だけではなくて通っている側の良い仕事の基準そのものが変わっていくんだということです。 つまり関わっていく側の方が変わっていくということですよね。 相手の仕事が続くようにっていうふうにそういうふうに願って手伝っていたはずが いつの間にか自分が何を大切にして生きていきたいのかをその人から完全に教わっているような状態にもなるわけです。 自然とバトンなんかも受け継ぐわけですよね。 AI時代っていうのはお互いをコストだとみなし合いそうやってコストカットをしていけばお互いに死んでしまいます。 でもお互いに助け合えば生き残れるというのはきっとこういう関係性のことを言うんだろうなっていうふうに思います。 そしてもう一つ大事だと思っているのが通い始める前に最初から何か立派な理由なんかは必要ないということなんです。 相手の哲学を完璧に理解していなくてもその仕事の価値なんかをうまく説明できなくても全く構わないっていうふうに思っています。 何か好きとかなぜか気になるとかこのお店にはAI時代のこの後においてもずっと続いていってほしいとか本当に何でもいいというふうに思うんです。 そんなまだ言葉になっていない感覚さえあれば通い始める理由としては満点だというふうに思うんですよね。 あとはそこから話を丁寧に聞いて仕事を直接見せてもらってAIの力なんかも借りながら文章や写真やそして動画などに定期的にアウトプットしてみること。 その往復運動の中で相手のことが分かっていくってことと同時に自分がその人の一体何に控えていたのかってことも少しずつ分かってくるはずですから。 ここにこそこの活動の妙味みたいなものがあるんだろうなというふうに思います。 つまり分かったから作るんじゃなくて作ってみることによって徐々に分かっていくその過程なんですよね。 AIが本当に役に立つのはまさにこの部分なんだというふうに思います。 まだ輪郭のない感覚を一旦AIを使って最後まで形にして確かめることができること。 それがものすごく手軽になったわけですよね。 ここが本当に驚くほどAIの革命的な部分だなというふうに僕は思います。 そして形にしてみるからこそきれいにまとまってはいるけど自分が好きなのはここだけじゃないんだよなみたいなそういう違和感にもちゃんと気づくことができる。 AIの助けを借りて言葉になった部分を一つの足場にしながらまだ言葉になっていない部分に少しずつ近づいていき表現するたびにもっと知りたいことが生まれてくることが大事なはずです。 そのまだ分かりきっていないことこそが次にまた会いに行く理由つまり通い続ける理由にもなっていくはずですから。 さて今日のお話は以上となります。 いつもこのご意見を聞いてくださっている皆さんにとっても今日のこのお話が何かしらの考えるきっかけとなっていたら幸いです。 それでは今日はこの辺でまた明日。 もっと見る鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!09:511.チャプター 1コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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