TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティAI時代、人間がやるべきは「官僚の仕事」ではなく「天皇の仕事」。09:43 一昨日 233再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次AI対話の違和感から見えた人間の思考AI時代の「蓄積」。ツールの先にある本質「官僚の仕事」ではない「天皇の仕事」とはAIを導く「憲法」としての理念構築養老孟司が説く「情報化」の真の意味AI文字起こし(β版) # チャプター 1 こんにちは。鳥井博文です。 働くをテーマにした対話型オンラインコミュニティ、和製サロンを運営しています。 さて、本日のお題は AI時代、人間がやるべきは官僚の仕事ではなく天皇の仕事というテーマでお話ししてみたいと思います。 今日も昨日ブログに書いた内容です。 それでは早速本題に入ってきますね。 先日、AIとの対話の中でずっと気になっていたことを少し聞いてみました。 僕はクロードコードとかを使う時もオブシリアンやノーションのようなツールはあまり使っていない。 それは一旦なぜだと思う?みたいな質問です。 AIに知識を読み込ませるなら、自分専用のノートを丁寧に育てておく方がいい。 実際、オブシリアンとAIを組み合わせて見事に使いこなしている人も周りにはたくさんいます。 でも僕はなぜかそっちにはあまり触手が動かないんですよね。 そしてその理由が自分でもなかなかうまく言葉にできなかった。 だからAIに聞いてみたら、AIから返ってきたのはこんな答えでした。 あなたの思考が始まるきっかけは、保存した情報の整理よりも目の前で起きたことへの引っかかりの方が多いからだと。 説明としてはとてもよくできていますし、実際そういう面なんかもあるというふうに思うんです。 でもこの回答を読みながら、どこか決定的に違うというふうにも感じたんですよね。 だから半分正解で半分間違っているというふうに返しました。 今日はその半分間違っているその理由について改めてこのボイスの中で考えてみたいなというふうに思います。 まず大前提として僕は蓄積すること自体を軽視しているようなわけではありません。 むしろ蓄積はものすごく大事だというふうに思っています。 ただ何を蓄積するのかということが違うんですよね。 今AIの周りでは新しいツールの使い方や便利なスキル、そして効率的なワークフローといった情報が毎日のように流れてきます。 そして多くの人がそれらをせっせとノートにため込み整理をし最新の状態に保っておこうとしているというふうに思うんです。 でもこれでどこまで行ってもいたちごっこなんですよね。 覚えた手順というのは3ヶ月後ぐらいにはもう完全に古くなっている。 そもそもAIの進化のスピードに人間が追いつけるわけがないんです。 それをずっと追い続けるのはあまりにも辛い。 そして多分それはもう人間の仕事ではないというふうに思うんです。 だったらAIに任せてAI自身に理解してもらった方がいい。 ここも目には目をです。 だとすれば僕らが本当に蓄積するべきなのはそうした格論ではなくて総論の方だというふうに思うんです。 もう少し強い言葉を使うんだったら憲法みたいな存在です。 一人の個人を国家そんな国として見立てるなら人間が官僚の仕事をしても意味がないんですよね。 これからは大臣ともすれば天皇的な仕事をしなければいけないはずなんです。 でもみんなAIを使いながら官僚的な仕事をしすぎだなというふうに僕は思います。 そしてもし天皇であればその立ち振る舞いやなりふりの方が大事なわけです。 それによって国家の国運みたいなものが決まるわけですよね。 手順を蓄積することよりも手順を選ぶその根拠の方を淡々と育てること。 今本当に耕すべきスキルがあるとすればこっちだというふうに思うんです。 例えばかよい編集者という概念や観念なんかも非常にわかりやすいなというふうに思ってます。 この活動のために必要そうなAIツールやマーケティングのノウハウを片っ端から集めていくこともできるというふうに思います。 そして今の世の中のAI系のスクールやセミナーの大半はというかほぼそのすべてそういう類の場になっているなというふうに思います。 でも僕が丁寧に言葉にして皆さんとともに積み重ねていきたいなというふうに思うのはそこではないんですよね。 そうじゃなくてそもそもかよい編集者とは一体何なのか。 誰のどんな困り事に関わっていきたいのか。 相手とどんな関係性を結びたいのか。 そしてたとえ効率よく成果を出せたとしても絶対にやりたくないこととは一体何なのか。 そうした理念のほうを何度も何度も手を変え品を変えながら丁寧に言葉に残しておきたいなというふうに思います。 だからこそこうやって日々そのことをブログやボイシーでも徹底的に発信しているわけなんです。 これは半分は読者やリスナーさんに向けた言葉なんですが半分は完全に未来のAIに向けて書いているつもりです。 なぜならそこさえAIに深く理解してもらえれば あとは今この人のこの現場においてかよい編集者として関わるために必要な知見やスキルを徹底的にリサーチしてみてみたいなふうに頼めばいいだけだからです。 ここで目標ではなくてあえて憲法という言葉を使いたいのには明確な理由があって 単なる目標だけを渡すとAIはその目標を達成するのに都合のいい方法をどこまでも集めてきてしまうからなんですよね。 でも憲法には何を目指すのかだけではなくて どんなやり方なら自分たちの営みとして引き受けられるのかというそういう線引きまでもが含まれているわけです。 単純に言えば憲法9条みたいな戦争放棄みたいなことだって掲げることができるわけですよね。 つまり自分という国家にとっての文化としてのためらいや何を野暮だとみなすのかの方も同じぐらい大切なはずなんです。 そしてそれっていうのはきれいな理念文を一つ書けば終わりという話ではないわけですよね。 例えばただ人を大切にしたいと書いただけではAIにとってはほとんど何も言っていないのに等しいわけです。 何をした時にその人を大切にしたことになるのか。 逆に良かれと思ってやったことが相手の一番大事なものを奪ってしまうのはどんな時なのか。 そうした具体的な場面での良い判断と悪い判断のその違いを自分の言葉で説明できること。 AIに理念文をただ書かせれば済むという話ではないのはそのためなんです。 以前この文章の中で人類最後のプロンプトは生網雑物になるという話をしました。 そことも見事に繋がる話です。 今振り返るとあの話なんかもさっきの憲法の延長線上にあるんだというふうに思うんです。 憲法を言葉にしておくのはAIに手段を探してもらうためだけではないんです。 その憲法が時に書いた本人の判断の方を問い直してくること。 例えばかよい編集者の憲法の中に相手の自立を大切にすると書いてあったとします。 その理念と現場の状況を踏まえてAIから 今回はあなたがこの仕事を引き受けない方がこの人のためになるんじゃないですか というふうに返ってくるかもしれないわけです。 伴奏の具体的な方法を聞いたつもりだったのに伴奏をしないという選択肢を提示されるわけですよね。 それを指示通りじゃないというふうに知りづけるのは簡単なんですが 自分が大切にしてきたことに照らし合わせてもう一度その答えを考え直してみる。 そこまで含めて思想をAIと共有する意味みたいなものがあるんだろうなというふうなものです。 大切なのは自分の思想を言葉にしていくことと そこから返ってくるものを自分のその想定の中に閉じ込めないこと。 その両方なんですよね。 前者だけを突き詰めるとそれは僕の思想を正確に理解をして 僕の望むものを出してくれというふうな ただの精密な注文書みたいになってしまうからです。 その注文書を最後に手放した先にあるのが あの漢字6文字を唱えた時なんだろうなというふうに思うんですよね。 じゃあ人間の側には一体何が残っているのか 僕はそれこそが養老さんの言う情報化なんだというふうに思っています。 以前AI時代に人間が書くべき理由、情報化と情報処理は全く別物という配信の中でもお話ししましたが 養老さんの言う情報化というのは 自らの五感から入ってきたものを情報に変えて人に伝えることなわけです。 一方の情報処理というのはすでに情報になっているものをどうやって扱うかという そういう高速化のスキルの話です。 つまり新しいツールの使い方を覚えるとか ノウハウを整理していつでも取り出せるようにしておくとか これらは基本的に全部情報処理の方なんです。 そして情報処理であればAIの方が圧倒的に得意なはずなんです。 にもかかわらず今AIを巡って語られることのほとんどは この情報処理をどう効率化するかという話に集中しているように僕には見えます。 僕自身はそこにはもう完全に白旗を上げているような状態なんですよね。 それは絶対にAIには勝てないというふうに思うからです。 一方で憲法というのは最初から立派な理念文として完成しているものではないわけです。 例えばかよい編集者として実際に現場に入ってみて 手伝ったはずなのになんだか相手の仕事を奪ってしまったような気がするとか 何一つ解決していないのに今日は来てよかったというふうに思えるような気がするとか そういう感覚みたいなものを抱く瞬間がきっとあるはずなんです。 まだうまく説明できないその身体の感覚を放置せずに 一体何が起きていたのかを自分なりに書いてみて 考えてみてそれを情報化してみることです。 つまり憲法となるブログを書くこと それを更新し続けることそのものが情報化作業につながるという話です。 だからこそ僕らが担うべきなのはあくまで情報化の方なんだというふうに思います。 そしてそれを元にした徹底的なリサーチや具体的なノウハウ作りなんかは AIの側からやってもらうわけですよね。 やはりここに大臣と官僚の仕事の違いなんかがあるなというふうに思うんです。 自分を定義し管理をし再生産していく役割からは むしろどんどんと逃げてしまった方がいいんだろうなって ここが何とも逆説的で面白いところだなというふうに思っています。 絶対他力の根本というのは多分自分が逃げることの方にあるんですよね。 自分から逃げた方が自分の信じていることに対して逆説的に近づける つまり本当の意味で他力に救ってもらえるということです。 このジレンマを抱えたまま書き続けることが 多分僕にとっての情報化という作業そのものなんだろうなというふうに思うんです。 これっていうのもある種の賭けなわけです。 でも僕は直感的にそして身体的な感覚としても AI時代は間違いなくこっちだというふうに思っている節が本当に強くあります。 そうやって少しずつ耕してきた自分なりの言葉をAIに渡し続けて 何が返ってくるのかは僕にも全く分かりません。 でもそれがAIを耕すということだし 平均化されずに差別化するということにもつながっていくはずですし 結果的に自らのオリジナルな行動にも結びついていくんだろうなというふうに思っています。 さて今日のお話は以上となります。 いつもこのボイシーを聞いてくださっている皆さんにとっても 今日のこのお話が何かしらの考えるきっかけとなっていたら幸いです。 それでは今日はこの辺で。また明日。 もっと見る鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!09:431.チャプター 1コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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