TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティ売ったら終わりの時代から、手渡して始まる時代へ。09:55 昨日 212再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次AI時代の消費サイクルと「残り続ける」問い飽和コンテンツ社会で変わるべき視点モノと時間が紡ぐ、唯一無二の価値「星の王子様」が語る「飼いならす」意味「手渡し」で始まる、未来のビジネスとはAI文字起こし(β版) # チャプター 1 こんにちは、鳥井博文です。 働くをテーマにした対話型オンラインコミュニティ、和製サロンを運営しています。 さて、本日のお題は 売ったら終わりの時代から手渡して始まるの時代へというテーマでお話ししてみたいと思います。 今日も昨日ブログに書いた内容です。 それでは早速本題に入っていきますね。 先日、80億分の1というゲームがSNSで大きな話題となっていました。 生まれる場所を自分では選べない人生のシミュレーションゲームです。 あっという間にバズが広がっていて、タイムラインがその話題で持ちきりになっていたのを見かけた方も多いというふうに思うんです。 でも、それからまだ数日しか経っていないのに、僕の観測範囲ではほとんど誰もその話をしていない。 AI以前であれば、これだけ大きく広がったもの、そのゲームというのは、しばらくの間、余韻が残っていたように思います。 でも、今はすぐに似たようなものがコピーされて出回ってしまうし、 どうせAIで作ったんでしょというふうに簡単に受け流されてしまう空気なんかもあるよなというふうに思うんです。 これが本当に残酷だなというふうに感じるんですよね。 ここで語りたいのは、そのゲームの出来や作った方への評価とかそういう批判ではないんです。 気になっているのは、作り手側の一人として自分にもそのまま返ってくるその問いの方なんですよね。 具体的には一度にたくさんの人に届くことと、その人たちの人生に残り続けることは一体どれくらい違うんだろうかみたいな話です。 今日はそんな問いについて、このボイスの中でも丁寧に考えてみたいなというふうに思います。 その時、僕がXに書いたのは、AI時代に作らなければいけないのは、完成度の高い優れた作品や商品よりも、循環やコミュニティ、共同体の方なんじゃないかということでした。 持続や反復が起きないものは、どれだけ大きな打ち上げ花火であったとしても、その瞬間に終わってしまう。今まさにそういう時代だなというふうに思うんです。 ただ、書いた後でこれだけだと誤解されそうだなというふうにも同時に思ったんですよね。 コミュニティを作ろうといった途端に、ファンを囲い込んで、継続的に買ってもらうための話に聞こえてしまうからなんです。 いわゆる、押し勝つ負けみたいな話に回収されてしまいがちだなって。 でも僕がここで考えたいのは、そういう話ではないんです。 それに、同じ場所に通って同じ人と会って、そして同じものと付き合い続けるみたいなことは、多くの場合退屈だというふうにも思われてしまいがちだなというふうに思います。 退屈だと言われると、作り手側はついつい対象の方を新しくしようとしてしまいます。 もしくは必ず規模感や予算感を大きくしようとしてしまう。 どんどんそうやってインフレする方向へと向かいがちですよね。 それ自体が悪いわけではないんだけども、その方向だけで応え続けていたら、再現がないなというふうに思います。 次の面白いもの、さらにその次の面白いものというふうに延々と供給し続けることになってしまうし、必ずどこかで破綻をします。 逆回転を始めたら、すぐにオアコンというレッテルを張られて、上落は本当にあっという間だなというふうに思うんです。 まさに乗車必須なわけですよね。 しかも次から次へと新しいものを出し続けるそんな競争というのは、今AIが一番得意とするところでもあります。 だから僕は変わるべきなのは対象そのものというよりも、それを受け取る自分たちの方なんじゃないかというふうに思うんです。 もう知っているというふうに思っていた、そんな世界にまだ受け取れていなかったものが残っていたというふうにそうやって発想すること、 その目線や価値観みたいなものを揃えていくこと、持続や反復の面白さはまさにここにあるんだろうなというふうに思うんです。 とはいえ、ただ退屈を我慢して通い続けろというそんな根性論みたいな話をしたいわけではないんです。 関わり続けているうちにいつの間にか面白がれる自分の方が育っている、そういう変化のことを捉えているんです。 ここで唐突なんですが、これはデニムなんかで考えてみると分かりやすいかもしれないなというふうに思うんです。 お店に並んでいる量販店のジーンズでも何年も履き込んでいけば色落ちや膝のあたり、そして太ももあたりの髭みたいなものが 自分の体と暮らしの形に馴染んでいくわけですよね。 元は同じ型で作られた何千本もあるうちの一本だったのに、気づけばこの世界に一本しか存在しないものへと変わっていく。 一方でわざわざ岡山の小島まで足を運んで、そこにあるデニム工場や職人さんたちと話をしながら 自分のための一本のオーダーメイドで作ってもらうことなんかもできます。 こちらには作り手の時間と技術、そして自分自身が小島まで出かけていったというその過程そのものが込められているわけですよね。 これはこれで全く別の種類の唯一無二の存在だというふうに思うんです。 今きっと一番強いのはその二つが重なった時なんだというふうに思うんです。 小島で作ってもらったその一本のデニムを何年もかけて履き込んでいく。 作り手の時間が込められたものに今度は自分の時間が重なっていくわけであって、 そうなったらもう絶対に捨てられない、代替可能性のない一本として存在することになりますからね。 AI時代のコピーの出来なさには、この二つの方向性というか、源泉みたいなものがあるような気がしています。 クラフトやハンドメイド、そしてオーダーメイドとしての物理的なコピー出来なさと、そのものと一緒に積み重ねてきた時間のコピーの出来なさです。 見た目だけで言ったら、いずれいくらでも再現できるようになるかもしれません。 でも、その一本と過ごしてきた過去の思い出というか、そんな記憶を取り替えることは誰にもできないわけですよね。 で、時間が巻き戻らない以上、そこだけはどうやっても覆せないオリジナルな一本として残り続けるわけです。 勘のいい方であれば、すでにお気づきだというふうに思うんですが、これっていうのは、星の王子様の中に出てくるバラの話なんかとも非常に似ています。 王子様のバラっていうのは、地球に咲いている何千本ものバラと見た目は変わらないわけです。 でも、王子様は水をやり、覆いかぶせて風から守り、時にはそのわがままなんかにも付き合ってきたわけですよね。 その時間の積み重ねがあったからこそ、王子様にとってのこの世にたった一本のバラになったという、そういう話だというふうに思うんです。 で、星の王子様の中に出てくる狐の言う、飼いならすっていうのはきっとそういうことなんだろうなというふうに思います。 もっと身近なところで言えば、大切な人から贈られた誕生日プレゼントとかもそうですよね。 全く同じものがお店で売られていたとしても、それとは絶対に交換できないわけですから、誰かから贈られてきて、誰かと一緒に選んだというそんな文脈までを含めて、そのものに宿ってしまっているからですよね。 つまり、大体可能性のない唯一無二なオリジナルになっているということです。 そう考えると、物を作って売る側の仕事なんかもこれから大きく変わっていくんじゃないかというのが、今日僕がここで強く主張したいポイントです。 これまでは作ってお客様の手元に届けて、お店を出てもらうまでが商品の提供のその価値でした。 どれだけいいものを丁寧に作り込んで手渡せるのか、それはもちろんこれからも大切なことだというふうには思うんです。 ただ、その商品が持ち主にとってかけがえのないものになっていくためには、むしろ買ってもらった後のその時間の積み重ね、そのかけがえのなさの方が大切なんだろうなって。 もし僕がデニムを売る立場だったら、買ってもらうまでの時間よりも、買ってもらった後にその一本と過ごしてもらう時間をどうやって増やせるのか、高やせるのかみたいなことを丁寧に考えるというふうに思うんです。 例えば、そのデニムを履いて出かけられる場所に一緒に行く機会をたくさん作ったりとか、メンテナンスを丁寧に引き受けたりとか、時々最近どうですかみたいなふうに声をかけて、 年に一度くらいリメイクの総題に乗ってみるとかです。そうやってお互いとの間に時間が積み重なっていくほど、その一本というのはその人だけのオリジナルな一本になっていくというふうに思うんです。 つまり、今日僕がここで何を言いたいのかというふうに言えば、AI自体に本当に商品というふうに呼ぶべきなのは、もしかしたら手渡すその物、物質そのものよりも、 それと一緒に時間を積み重ねてもらうために関わりや機会を作っていく、そっちの方なのかもしれないなということです。とはいえ、時間を売るみたいなふうまで言い切ってしまうのは少し違うような気もするんですよね。 その時間にどんな意味が生まれるのかということは、最後はやっぱり使い手、つまり消費者側の人生に委ねられているわけですから、作り手側にできるのはあくまでその時間が育っていくための土壌を用意するところまでだというふうに思います。 それからその土壌を耕す共同体やコミュニティを作るところまでを自分の仕事だというふうに思えて引き受けられるかどうか、それによって作るものみたいなものはだいぶ変わってくるはずなんです。 退屈の話に戻ると、同じものに関わり続ける面白さというのは、言葉で説明されただけではなかなか伝わらないというふうに思うんです。 自分の服には価値があるんですよみたいなふうに説得されて、腑に落ちる人はほとんどいないはずなんです。 それぐらい新しいものとか、より激しく大きなものみたいなものは興味関心を引きやすいわけですよね。 でも自分には退屈にしか見えなかったものに、心の底から面白さなんかを見出している人たちがそばにいると話はガラッと変わってくるなって、 その人たちと時間を過ごしているうちに、自分にもだんだんその面白さが階層と高く見えてくるし、 その人たちの方もこちらの何気ない一言で見え方がガラッと変わったりもするわけですよね。 つまり相互補完的なわけです。 共同体の価値というのはこういうところにあるんだろうなってふり思っています。 それが淀みなく、そして健やかにスイッチをし循環をしていること。 僕が和製サロンの中で大切にしたいと思うこともまさにここに近い感覚なんです。 だから最初にどれだけ伝わっているかよりも、そこから先の道のりをどれだけ一緒に歩めるのか、 そしてここがそういう時間を積み重ねていく場なんだっていうふうにお互いに共通認識していくこと、 それをどれだけ丁寧に握り合えているかの方がこれからはきっと大事になっていくんだろうなってふり思っています。 AI時代に何を作るのかというそんな問いっていうのは、何を作るかだけでは完結しないんだろうなってふうに今本当に強く思うんです。 AI時代の創作活動みたいなものが今大きく変化した中で、とても大切なことだなって思ったので、 今日のこのボイシーの中でも語り残しておきました。 さて、今日のお話は以上となります。 いつもこのボイシーを聞いてくださっている皆さんにとっても、 今日のお話が何かしらの考えるきっかけとなっていたら幸いです。 それでは今日はこの辺で。また明日。 もっと見る鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!09:551.チャプター 1コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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