TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティ映画が、物語の「モデルルーム」になる未来。09:38 10月17日 194再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次AIが変えるアニメ制作の未来AI映像化が示す文化の隔たり原作への深まる愛情とAIの誘惑映画が変容する未来の鑑賞体験変化する映画ビジネスと観客の欲望AI文字起こし(β版) # チャプター 1 こんにちは。鳥井博文です。 働くをテーマにした台場型オンラインコミュニティ 和製サロンを運営しています。 さて本日のお題は 映画が物語のモデルルームになる未来 というテーマでお話ししてみたいと思います。 今日も昨日ブログに書いた内容です。 それでは早速本題に入ってきますね。 昨日の朝Xでバズっていた投稿を一つ見かけました。 それは中国の動画サイトに公式ではまだアニメ化されていない原作のエピソードを AIで映像化した動画が投稿されていたというお話です。 投稿主の方によると既存のアニメの声優さんの声まで AIで見事に再現されているそうで 公式より先に原作が映像化されてしまうことへの 強い違和感というか懸念みたいなものが語られていました。 これを読んで僕が真っ先に思ったのは そりゃこうなるよなってことでした。 中国がその技術を手に入れてしまった以上 やめてくれるとは全く思っていません。 人間のできる以上は見てみたいみたいな そんな欲望にはきっと誰も抗えないんだろうなって思うんです。 そしてこの欲望を前提にすると 映画そのものの作られ方やビジネスの構造自体も これから大きく変わっていくはずなんですよね。 今日はそんなお話について 僕なりに少し考えてみたいなって思ってます。 まず僕がこの話を聞いてそこまで驚かなかったのは 以前中国で暮らしていた経験もかなり大きく関係しています。 以前から何度もここでお話してきましたが 僕は新卒で北京にある日本人が起業した ITイベンチャーで働いていました。 当時現地で体験していた中国のネット環境においては 日本のドラマもアニメも驚くほどたくさんの動画が 中国語の字幕付きで出回っていたんですよね。 それこそ日本で探すよりもむしろ 簡単に見つかるほどなんじゃないかって思う感じです。 もちろん全部が違法アップロードです。 あの環境で暮らしてみて身体感覚を通して理解したのは 自分が当然だと思っていることは 場所を移した途端全く当然ではなくなるってことでした。 日本側から見れば なぜそんなことをしてしまうのかって風に 素直に思うという風に思うんです。 でも向こう側から眺めてみれば できることがあって見たい人たちもいるのに なぜやらないのかというような話になる。 むしろ理智にためらっている僕らの方が よっぽど不思議な存在に見えていたはずなんです。 つまり日本と中国では 何を生きとし何を野暮とするのかが 全く違うってことですよね。 これってのは本当によしあしの違いではなくて 文化の違いだなっていう風に思います。 ところ変われば品変わるとはよく言ったもので こちらがぐっと我慢することを 生きだという風に思っている場面において 向こうではそれをためらうことの方が よっぽど野暮に移ったりもするわけですよね。 そこに日本の文化の中で養われてきた 自分の好き嫌いとか倫理観みたいなものを そのまま持ち込んで眺めてしまうと きっと大事なことを見落としてしまう っていう風に思うんです。 だからこそ今回も そんなことはおかしいという風に 僕らが声を上げれば 相手もそのおかしさに気づいてやめてくれるはずだ という風にはどうしても思えないんです。 もちろん権利を守るために 何をするのかということは 真剣に考えなければいけないことだ という風には思うんです。 ただその上で 相手も僕らと同じところでためらってくれて 同じ理由で立ち止まってくれるはずだ という風に思い込んでいると 今目の前で起きている 劇的な変化みたいなものを きっと読み違えてしまうはずだ という風に思うんです。 僕ら日本人の常識や好き嫌いが 世界の進み方までを 決めてくれるわけではないわけですからね。 そしてもっと厄介なことは このできるなら見てみたい みたいなそんな欲望が 僕自身の中にもはっきりとあることなんです。 で、この点 少し前から和製サロン内で ハリーポッターの連続読書会を始めています。 原作を読んだ後に 映画版を見ると ものすごく不思議な気持ちになるんですよね。 なんだかずっと予告編が流れているような ダイジェスト版というか 地上波のアニメの総集編みたいなものを 見せられているような感覚になるんです。 もちろん限られた上映時間の中に あの原作の長い話を収めるんだから そうなってしまうのも当然です。 そうするとどうしても あの場面もこの俳優たちで 見てみたかったなという風に 同時に思ってしまうんです。 しかもこれっていうのは ハリーポッターに限った話ではありません。 ちょうど先日 映画何時星のごとくを見た時にも 全く同じことを感じました。 ポスターにもなっている場面が まさかの最後の回想シーンとして描かれてあって 原作ファンとしては ここをもっと掘ってほしかった しかもこのキャスト陣で そんな願望なんかも出てくるわけです。 でも近い将来には たとえ短いそんな回想シーンであったとしても その数秒の動画さえ存在していれば 観客ごとに好きなだけ AIで引き伸ばして 楽しめるようにもなっていくんだ という風に思います。 この時僕らは 映画全体を長くしてほしいわけではないんですよね。 自分が一番見たかったその時間に もう少し長く滞在していたかったな という風に思うだけです。 そしてその場所というのはきっと 同じ映画を見た人同士でも 全く異なるという風に思うんです。 二人が出会った頃をもっと見たい という風に願う人もいれば 脇役の人生の方を知りたいという人もいるはずなんです。 これまではもっと見たかったなという風に 胸にしまって持ち帰るしかなかった そんな気持ちに AIがそのまま応えてしまうわけですよね。 もっと極端なことを言えば 映画何時星のごとくから その続編である映画星を編むを フルAIで作れてしまうのも きっともう時間の問題のはずなんです。 数年以内に実現しても 僕は何の違和感もないなという風に思っています。 そしてここが不思議なところなんですが 僕らはすでに原作の展開も そしてその結末も知っているんですよね。 それでも映像で見たいという風に願ってしまう。 以前Xではこれを 思い出の穴という風に書いたんですが 原作の記憶と映画の記憶 その間にぽっかりと空いている まだ埋まっていない穴に注目してしまうということです。 そして人間はきっと この穴を埋めてくれるものに 驚くほど弱いんだろうなって 考えてみれば人間はずっと昔から 懐かしいものが新しい形で 訪れることに抗えないような 生き物なんだという風に思います。 まさに温孤地震であり 風益流行みたいな話です。 変わらずに大切にしてきたものが まだ見たことのない姿で 目の前に突然現れた時 僕らの心は一番大きく揺さぶられてしまう。 このように思い出の穴を埋めてくれる AIっていうのは まさにその一番弱いところに まっすぐ届いてしまうわけなんですよね。 だとすれば、AIは原作を超える 傑作を作ることができるのか という議論だけでは この変化はうまく捉えきれないという風に思うんです。 原作にすでに書かれている あの場面を見られるだけで 僕らは十分に嬉しいし 満足してしまうわけですから 作品を大切に思っているからこそ もっと見たいという風に願ってしまう。 そしてその愛情そのものが 欲望なんかにもつながってしまうわけですよね。 好きな作品であればあるほど その誘惑みたいなものは どんどんと強くなるんだろうな という風に思います。 ここまで考えてくると 映画を作る側もいずれこの欲望を前提に 動き始めるはずなんですよね。 具体的には公式には 映画自体がハウスメーカーの建てた モデルルームのようなものになっていくような 未来も十分にありえるんだろうなって ハウスメーカーが建てたモデルルームに入ると 僕らは自然とここで暮らしたらどうなるんだろう みたいな風に そんな想像が始まりますよね。 具体的な空間を見せてもらったことによって 自分の暮らしのイメージが どんどんと膨らんでいくわけです。 映画もこれから同じような役割を担うのかもしれません。 まずは一本の映画で その世界の風景や 登場人物の顔と声や その人たちが生きている時間なんかを見せてもらう。 そしてそれを見終わった後から 僕はここをもっと見てみたいとか 私はこの人の時間をもっと知ってみたいとか そうやってそれぞれが 自分の場所へと進んでいくようなイメージです。 つまりエンドロールが流れた後から 本格的にその世界で 自由にそれぞれが過ごす時間が 始まっていくということです。 それ自体がこれからの映画 もしくはそんな映画のようなものの 醍醐味になっていく可能性は 十分にあり得るんだろうなと思っています。 そのためには当然ビジネスの構造なんかも 変わってくるはずです。 一本の映画の鑑賞料とは別に その世界に滞在するための 利用料のようなものが生まれてくるでしょうし 俳優の姿や声をどこまで 追加の映像に使ってもいいのか 原作者や制作に関わった人たちに 一体どうやってその対価を戻すのか そういった設計なんかも 作品を作る段階から 必要になってくるってことなんでしょうね。 作り手が考えることも この2時間の中に一体何を収めるか だけではなくなっていくはずなんです。 この2時間に触れた後 観客はこの世界で一体何をしたくなるんだろうか までを含めて 映画が作られるようになっていくのも 現状なんだろうなって。 そう考えるとこれまで映画の中に 入りきってなかったそんな時間の方 こそがむしろ大きな価値を 持ち始めるのかもしれません。 今回のような先回り映像化 の話を聞くと どうしてもどうやってそれを止めるのか という議論になりがちです。もちろんそれは 本当に大事な議論だという風には思います。 ただ同時にそこに現れている もっと見たいという観客の欲望を 公式の側が一体 どうやって引き受けていくのかも すでに問われ始めていることなんだろうな という風に思います。見たい人がいて それを作れる技術がこの世界に すでに顕現してしまっているわけですから その状況でこれまでと 同じところでみんなが立ち止まってくれるはずだ という風に考えてしまうのは 僕にはやっぱり理想論的すぎるし 難しいなという風にも同時に思うんです。 今日語ってきたような未来が 手放しで喜べる未来なのか どうかというのは正直僕にもまだよく分かりません。 ただ映画を見終わることが その物語を楽しみ始める そのきっかけとなる そんな未来は案外すぐそこまで来ているんだろうな という風に思います。 さて、今日のお話は以上となります。 いつもこのボイシーを聞いてくださっている皆さんにとっても 今日のこのお話が何かしらの 考えるきっかけとなっていたら幸いです。 それでは今日はこの辺で。また明日。 もっと見る鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!09:381.チャプター 1コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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