TOPトーク教師ユーモアは教室を救う!♯241)なんでもかんでも支援級に繋げればいいってもんじゃない06:39 一昨日 93再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次安易な発達障害認定への教育委員会の指摘WISC活用と特別支援への安易な依存指導困難の免罪符としての特別支援活用日常の指導工夫による不適応行動の防止策副校長が語る教育現場の課題と本質AI文字起こし(β版) # なんでもかんでも支援級に繋げればいいってもんじゃない よく、運動会の都競争で順位がつかないように、全員でお手手をつないでゴールをする運動会がある、なんて話を聞きますけれども、そんな運動会の事実はあるわけねえだろって思っている47歳、あたたたたです。 これねえ、いっときマスコミでねえ、なんか取り立たされてましたけれども、都市善説ですよね、絶対。だって、周り、自分の知り合いの知り合いでもいいですけども、いやー、うちの運動会はお手手つないでゴールするんですよ、なんてねえ、言ってた、言ってる人ねえ、見たことも聞いたことも、あったこともねえ、想像上の、でもいないですよ。もう、考えらんないですよね。 誰かがなんか言い始めて、それがなんかデマのように広がったんでしょうねえ。あとねえ、これもね、都市善説だと思ってるんですけども、給食で、あのー、いただきますを言うときに、いやー、あのー、なに、給食費払ってんだから、いただきますを言わせるの、おかしいだろって、言うクレームが入ったみたいな、あれもね、デマだと思うんですよね。 そんなこと言ってる話、聞いたことないんですよ。何かのインプレッション稼ぎで言ってるだけだと思うんですけども、本当にそういう事実があるなら、ちょっと教えてほしいですね、このコメント欄でね。さて、今日のテーマはですね、何でもかんでも支援給につなげればいいってもんじゃないという、まあそういうテーマでお話をしたいんですけども。 あのね、なんかその、まあこれね、私の、6年前の私がその時心に思ってたことをつなげとめた文章があるんですけども、ちょっと、えっとね、これちょっとそのまま読み上げますね。 この時の私の日記みたいなもんなんですけども、タイトル、副校長先生のお話で印象に残ったことってことですね。先週の夕会、夕会っていうのは夕方の会ですね。で、副校長先生がおっしゃったこと。私これをそのまま記録に残してるんですけども。 教育委員会から次のような指摘があった。子供が大変だからといって、多くの学校から介助員申請、あるいは支援員の申請がなされている。しかし、例えば3年生、4年生になってから急にADHDやASDになるなんてことはありえない。 そのような様子になったのだとしたら、その時の環境によるものにもかかわらず、本人の特性のせいにして、何でもかんでも介助員申請をしたり支援員申請をしたりするべきではない。ないと、教室を飛び出すようになったり暴れたりするようなことがあるのだとしたら、それは子供への指導の仕方に起因するものだと考えるべき。 指導方法を改めることを放棄して、何でもかんでも子供を発達障害扱いしてはならない。このように教育委員会は捉えている。 こういう趣旨の話を副校長先生が職員の会で言ったのだ。 私はその通りだと思ったのだ。 当時勤務していた学校の先生方の多くは、何でもかんでも医療とか特別支援教室につなげようとしすぎるように私には見えたのだ。 何でもかんでも、難しいわねとなったらウィスクを取らせようとするのだ。 ウィスクを取ったはいいけれども、その結果を自分の指導に生かすわけではないのだ。 この子の偏りがこういう偏りだから、自分の指導を改めようとしていなかったのだ。 結局は医療とか特別支援学級とか特別支援教室につなげるためになっていたのだ。 誤解を恐れずに言うなら、ほら大変な子でしょ。だから私には手に負えないのだと言いたいためだ。 指導がうまくいかないことへの免罪符を手に入れることが目的のように、私には当時思えてしまったのだ。 私も当時自分の中で尖っていた部分があったので、そもそも日常の指導の工夫によって子どもたちの不適応行動を起こらないようにすることはできるはずなのに、 それを放棄しているなと思ったのだ。 ちなみに当時、私は6年生を担任していたのだが、 そういうふうに考えていたことを、当時の副校長先生に感想をお伝えしたのだ。 私はこう思うんですよねと言ったら、当時の副校長先生がすごい嬉しそうで、こんなことを言っていたのだ。 そうなんだよ、私が言いたいのはそういうことなんだよ。 6年生の先生方は本当によく頑張っているよ、と。 私のこの話が他の学年のどれだけの先生に伝わったんだろうな、と。 とてももどかしいよ、と言っていたのだ。 でもこういうことって結構いろんな学校で散見されるんじゃないですかね。 何かあったらすぐにウィスクだ、と。 すぐにこの子に偏りがあると言い始めて、ウィスクを取って、特別支援教室だと言って。 でも本当に固定級だとかなんとかって行かなきゃいけないレベルの子って稀なんですよね。 そもそもそういう不適応行動って起こらないように工夫することができるはずなのにな、と。 私に思えることは結構いろんな子を見てきて思ったんですけれども。 皆さんの側ではそういう話はないでしょうか。 ということで、本日の放送は以上です。 もっと見るユーモアは教室を救う!あたたたたー(元お笑い芸人の小学校教師)06:391.なんでもかんでも支援級に繋げればいいってもんじゃないコメント感想・質問・応援メッセージを書こう かぶ一昨日保護者です。まさに、うちの子2人が担任から情緒固定級とWISCを勧められました。そんなに学校で迷惑をかけているのかとショックでしたが、学校公開で観察してみると、意外と集団行動ができています。我が子以上に手がかかりそうな子が複数おり、大変な子の保護者すべてに支援級を検討するよう働きかける、というパターンができているのかなと思いました。1返信 あたたたたー(元お笑い芸人の小学校教師)一昨日そうだったのですね。誤解を恐れずに言うのならば、子どもの不適応行動って、ある程度の環境調整をすれば、減らすことができると思うのです。一番の環境調整は授業の工夫だと思うのです。言い方は良くないですが、先生によっては、どんな学級を受け持っても、かならず子ども達が不適応行動を起こしてしまう、という方もいるのですよね。で、その学級を別の先生が受け持つと、不適応行動が目立たなくなる、というような。何でもかんでも支援級につなげようとするのは、自分の授業力の無さにフタをしているように感じるのです。1
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誤解を恐れずに言うのならば、子どもの不適応行動って、ある程度の環境調整をすれば、減らすことができると思うのです。
一番の環境調整は授業の工夫だと思うのです。
言い方は良くないですが、先生によっては、どんな学級を受け持っても、かならず子ども達が不適応行動を起こしてしまう、という方もいるのですよね。で、その学級を別の先生が受け持つと、不適応行動が目立たなくなる、というような。
何でもかんでも支援級につなげようとするのは、自分の授業力の無さにフタをしているように感じるのです。