TOPライフスタイルメンタル・心理学とうりょうさんの「一朝一積」エリサさんと語る「寂しさ」について#91835:45 2025年7月4日 3,162再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次エリサさんと語る人生の寂しさ「最期」と「今」を繋ぐ言葉エンディングノートと感謝の気持ち有限性と充実感の両立人生の拡散と収縮を楽しむAI文字起こし(β版) # 前半はこちらから おはようございます。伊藤統領です。 座禅や瞑想の指導をしたり、アートの企画をしたり、サンフランシスコのスキンケア カンパニーのディレクターをしたりしています。 さて今日はですね、昨日行いました エリサさんとの対談を聞いていただけたらというふうに思います。 エリサさんと初めにお会いしたのは2年ほど前になるんでしょうかね。 Voicyフェスで最初お会いしまして、その後対談をさせていただいて このVoicyで話すのは久々というところになりました。 内容テーマに関しましては、そうそう前半がまずエリサさんのチャンネルでお話ししております。 こちらは後半で寂しさについて お互いがそれをどういった感情で捉えているかみたいなところ 寂しさというとやっぱりもう人間そのもののこの生きていく上で欠かせない それからどうしてもつきまとう感情みたいなものですので 割と人生自体の大きな話になったかなというふうに思っております。 まあ全然飾らず安心して話させていただいたとこれはまぁ一重にエリサさんの人柄ですね エリサさんの包容力みたいな話の中での相手の言葉をちゃんと受け取ってそこに何か意見を 添えていくということが本当に 素敵な場合でやられるなぁというのを感じましたね ぜひそのあたりも含めて聞いていただけたらというふうに思います それではどうぞ # エリサさんと語る「最期」と「今」について さて、それでは今日はゲストをお招きしてお話をしていきたいと思います。 日々活ラジオで大活躍のVoicyパーソナリティーでいらっしゃいます、エリサさんです。 エリサさん、よろしくお願いします。 よろしくお願いいたします。 前半ありがとうございました。 ありがとうございました。 登領さんからまるで私の心の内を言語化してくださるようなお話をお聞きすることができて感激しております。 なんかでも前半、悩み相談ちょっと載ってくださいって言われたのに、私がベラベラなんか私生活も含めていろいろ喋っちゃった感じがしまして。 大丈夫だったかしらと。 ああいうお話がまさに聞きたかったので、しかもさらに登領さんの奥が見えるようなお話までお聞かせいただき感激です。 ありがとうございます。 いやちょっともう時間が惜しいので早速いきたいと思いますけれども、 なんかさっきキーワードで寂しさってのは前半で出てきたと思うんですね。 はい。 そしてその就活をされている時に出てくるこの寂しさっていうのは悪いものじゃなくてむしろポジティブなものでもあるみたいなところもあったと思うんですけども。 とはいえもしかしたら就活をまだされたことがない方とか、やっていてちょっと一人ぼっちに感じた人とかが その寂しさにちょっとこう、私の言葉では飲み込まれてしまうみたいな寂しさに振り回されてしまうみたいなこともあるかなと思うんですね。 そういう状況に陥りそうなことあるかなと思うんですけど、 エリサさん自身はそういう寂しさが強くなりすぎないとかハマりきらないようにバランス取られるみたいな形で何か意識されていることってありますか? そうですね。確かに寂しさに飲み込まれないようにしてることとしては、 私の場合も、当僚さんの前半のお話に重なると思ったんですけれど、 具体的な行動につなげられた時って、何も身動き取れなくって苦しい寂しい怖いっていうのではなく、 対処ができれば、何か行動に落とし込むことができれば、自分はやれることはやっているっていう感覚になって、 無力じゃない、何にもできない、寂しさに何にも抵抗できないっていう状態ではなく、 ちょっとでもそれを払拭する行動を私はできているんだって思うことが、飲み込まれないことにつながってる気がしました。 多分その行動の一つが私にとって、エンディングノートを書くことで、 何か漠然とした自分の最後への不安、例えば私がいなくなったら子どもたち大丈夫だろうか、孫たち大丈夫だろうか、 こんな心配があるみたいに思ってたことを書き出して書くことで、 じゃあ保険はこうしようとか、じゃあこの荷物はここに持って行ってもらうことにしようってそれを書いておこうみたいに、 具体的な対処を取ることで、見えない敵だったものが戦える敵になったみたいな感じがあります。 それが飲み込まれなくなったことに貢献してくれてる気はしました。 いいですね。エンディングノートを書けば、まずは一歩ずつ具体的にアクションが見えてきますし、 でもその中で言い知れぬ、いい意味での寂しさの感情だけは風がふっと吹くように、 でもそこが落とし穴にズローと落ちてしまうものでもないという。 そうです。そうなんですね。今、棟梁さんのおっしゃった表現がとっても素敵だなと思ったんですけれど、 ふっと吹く風のような寂しさとか悲しさは、人生のエッセンスぐらいに感じられる。 ちょっと寂しいな、もう会えなくなるのか、そういう時が来るんだなって思うこと自体は、 寂しいとか悲しいってネガティブな言葉に思われがちだけど、 でも棟梁さんが先ほどおっしゃってたように、何にもないフラットな感情がいいのかって言ったらそうではなく、 いろんな方向に感情が動くからこそ、生きてるって感じられるし、 だからこそ今一緒にいられることがすごくありがたいことだなって感謝の気持ちだって生まれるし、 とっても素敵な感情だなとすら思いますね、寂しい悲しいは。 そういう感情の風が吹くと、その風に背中を押されて、普段以上の行動をするみたいなことを、 私ちょっとちらっと前半で言った気がするんですけど、 りささんもそういう寂しさが湧いたら、いい意味でそれによって振り回されないわけですけれども、 いつでも背中を押されて、いつでもよりも熱い思いのLINEを送るとか、実際に会って抱きしめるとか、そういうことってするんですか、りささんも。 ありますね。 例えば、その寂しさの風が吹かなかったら、今日はもう疲れてしまったから、もう寝てしまおうみたいに思うところを、 例えば、娘に感謝の気持ちを伝えておこうと思って、LINEをちょっと書いてみるだとかも実際してますし、 結構エンディングノートに書き残す、ありがとうのメッセージだとか、大切な言葉を書き残すっていうことをし始めてから、 私の実際に今の行動が変わったのって、書き残したんだけど、でもこれって今伝えた方がいいよねって、生きてる間に伝えられるんだったら、今伝えた方がいいよねって思うようになって、 以前よりも、ふっと寂しさの風が吹いた時に、ありがとうとかあなたがいてくれてよかったみたいなことを人に伝えるようになった気がします。 今聞いていて、ちょっと途中で疑問が湧いてたんですよ。エンディングノートを書くようになって、そういえばそれって本当に大切な相手に、今だった娘さんに、 これ本当にいざという時に見てもらうためのものなんだが、途中で見せることってあるんですか?っていう疑問が湧いてきたんですけど。 初めて聞かれたかも。そうですね。通常は、現在進行形で書いているものを見せないと思うんですけれど、 私はいつでも見られるようにしていて、デジタルでも作っているので、リンクを渡してしまっていて、 娘と自分が何かあった時に見せなきゃいけない人には、いつでももうすでに見れる状態にはなってます。 でも、前に聞いた時、見てないって言ってましたね。見ないようにしなきゃみたいな気持ちが働くのかな。 ああ、そっか。もうログインできるというか、見れる状態なんですね。見れる状態作ってますね。 ちょっと私は特殊なのかもしれないですけれど。 いやでも、そうやっておかないと、そもそもそのノートどこあるんだよから始まっちゃうと結構大変ですよね。 そうですね。人によってはスクラッチ式にして、いざという時にだけ読めるように、みたいなやり方もあるんですけれど、 私は結構フルオープン派なので、あまり隠すことがないのかな。 そうですね。日頃から伝えたいと思う方ですね、私は。 まだ自分はエンディングノートとか書けてないけれども、それはちょっとこっちに賛同しますね。 自分も書いたら、それを最後の時まで見ないで恥ずかしいからとかいうよりかは、書いてすぐさまに見てもらいたいぐらいですね。 どっちかというと、早く覗いてくれよぐらい思っちゃうかもしれないな。 そして何かあった時に見られていいことを書いてるわけですからね。 そうですね。 一緒だ、東梁さんも。きっと東梁さん。 どうぞ。 東梁さん、先ほどお仕事の関係だとかも、今、万が一自分に何かあっても大丈夫なように整えていってるっておっしゃってましたけれど、 お仕事の面が強いですか?家庭というか、プライベートの面でもそういうのを取り組んでらっしゃったりするんですか? そこの区別、どこで線引けばいいのかなって今思いながらですが、 まずは仕事の部分で言ってる部分が多いでしょうね。 多分頭の中は8割9割は仕事で私が万が一の時どうなっていくかというとこかな。 でも特殊ですよね。お坊さんが住んでるからこその家族っていう、家族ならぬ寺族って書いて地族って言うんですけど、 地族として住んでるところが私がいないと、お寺を出なきゃいけなくなる可能性があるんで、その時も生きていける方法みたいなところもかなり計算に入れてます。 結果としては、東梁さんの場合はお寺という性質上、ご家庭とお仕事っていうところが結構深くつながってる部分が強いと思うので、 そういった、きっと東梁さんがおっしゃった8割ぐらいのお仕事って言っても、でも結果としてはそれがご家庭にもつながってるんでしょうね。 そうですね。 さっきエンディングノート書いてる時に、じゃあもう大切だよとか、いてくれてありがとうみたいな感謝を伝えたくなるって伝えてますみたいなところがあったと思うんですけど、 実際ぶっちゃけどうなんですか?伝えられた側、素直に嬉しいって言ってもらってたのか、若干引くなってたのかどっちなんですか? うちの子たちは結構冷めてるというか、私方は結構ワッといろいろ言って、また始まったよみたいなぐらいで受け止める方なんですけど、 でもありがとうに関しては喜んで聞いてくれてるか、大切だよに関してはちょっとテレの方が強いのかもしれませんけれど、 LINEで送るとちょっとふざけたスタンプで返ってきたりしますけどね。 ただテレがあったとしても、でも心の底で嬉しければそれでいいかなって、茶化されてもいいかなと思ってるし、 そういう感じかな。 でもたぶんエリサさんの話しぶりを聞いてる限り、いい感じ受け止めてもらってるんでしょうね。 たぶん素直に嬉しいっていうような関係性ではないんですけれど、 でもきっと自分の存在が認められてるみたいに感じてくれてるんじゃないかなっていうのは空気で思いますね。 マジうぜえよとか返ってこないわけですよね。大丈夫ですね。 それは返ってこないですね。 それはないから大丈夫じゃないかな。 こっちはおじさんは娘2人なんですけど、娘2人に打つとか話すときには結構今後気をつけないとマジうぜえが始まっちゃうかなと思ってて。 今娘さんはいくつでしたっけ? 10歳、7歳です。 まだ素直に受け止めてくださるかもしれないけど、あと5年ぐらいすると。 思春期が。 こんなに素敵なお父様であっても娘さんからすると。 説度をわきまえなさいみたいなこと書かれそうな。 そうですよね。男性の親御さんが娘さんに接する難しさっていうのはきっとあるでしょうね。 今のところ全然ないですけどね。 今はいいですね。いい関係。わからないですけどね。 今もしかしたら5年10年経っても変わらず素直にマジうぜえとは言わない関係になるかもしれないけれど。 答え合わせが楽しみだな。 ここでリスナーさんからお便りいただいてますのでちょっと読んでみますね。 嬉しいです。 これいいですね。寂しさは今の人生が素晴らしいということの裏返しかな。 この状態が続いて欲しい部分があるからこそなくなっちゃう寂しさですよね。 そうですね。その通りですね。 寂しさと愛おしさって結構近い言葉だと思ってるんですよ。 愛おしいものには寂しさの中、そばにあるこれがいつか儚くみたいな。 どんな状態関係も儚さってあると思ってて。 それは寂しさ、儚さ、愛しさみたいなのが結構横つながりだなと思ってます。 本当ですね。つながってますね。愛おしいからこそ失ったら寂しいわけですし。 無力じゃない。いいな。 寂しささんの無力じゃない。いいな。そのために行動する力が湧いてくる。 そうなんですよね。微力でも無力ではない。 0.1ミリでも進めるっていうことがものすごい大きな力を持っていなくても、 1ミリでも前に進めたらなんか私は踏ん張れるなっていう気持ちがあって。 素晴らしいお言葉ですね。微力だけれども無力じゃない。 寂しさが戦える相手。これえりささんの表現。いい表現ですね。 取り込まれるのではなく向き合える関係。寂しさと向き合える。 そうですね。向き合える。 負けてきた。 嬉しい。ありがとうございます。 これはさっきのえりささんのデジタル版エンディングノートってのがありましたけど、これ欲しいですと。 今作ってますよ。 これ将来我々も何か申し込めば使えるサービスになるんですかね。 はい。そのつもりで今作ってますよ。 楽しみ。どうなるんだろう。 ありがとうございます。 フルオープン派。言い方が。 そうなんです。 我々フルオープン派でございました。 はい。東梁さんも私もフルオープン派でございます。 東梁さんもこれからエンディングノートを書かれそうですね。 いや確かに書く。もう今状況がどんどんどんどん確かに。 東梁さんが。 外堀りが埋まってきましたね。 お書きになったらまたそのお話も伺ってみたいです。 本当だ。ここまで言ってたらもう書かずにはいられないですよね。 ぜひぜひ。 そして日比谷のシール式良さそうということで私も書いてみたくなりましたとなってますね。 嬉しいです。ありがとうございます。 ちょっと東梁さんがお書きになったら教えてくださいね。 本当ですね。 書き始めましたって。 全て読み切れないかもしれませんが。 愛しさの話もありますし。 これもありますよ。 いつ頃ですか?とも食い気味です。 ありがとうございます。 いつ頃はっきりは言えないんですけど。 2、3ヶ月ぐらいで出せるかなという感じです。 そうですか。 夏を過ぎたり。 そうですね。そのぐらいをメロディー。 これいい言葉ですよ。 日本のわびさびも決して悲しさだけじゃないですね。 桜も儚さがあるから美しさをより一層楽しめるのかもしれませんね。 本当だ。 前からずっともうちょっと自分のものにしたい概念がこのあはれというあわれですね。 はい。もののあはれ。 古文で出てきますよね。 もののあはれというまさに全ては儚さと滅びゆく中で。 でもだからこそそこに切なさと。 切なさっていうのもちょっと入りますよね。 そうですね。消えるって素敵なことですね。 そうですよね。 なんかちょっと話ずれちゃいますけど最近むちゃくちゃワイン好きの人と喋ったりむちゃくちゃお菓子を作ってる人とか料理に一生捧げてる人や花をいけてる人たちの友人が結構いるんで話していってみんなが共通して言えるのは 私質問するんですよね。なんでその素材としてお菓子なんですか。なんでお花をやろうと思ったんですかみたいな。 そうした時にこれやっぱり消えていくからやれてますねってみんなそこは共通口でありますね。 そうなんですね。今私自分がやってるバルーンアートのことを思い出してました。その話を聞いて。 バルーンアートもそっか確実に風船は膨らんだらやがては。 消えるからいいんですよ。私バルーンアートが一生残るものだったらバルーンアーティストやってなかったと思います。 なんか震えるな今のは。なんでなんでしょうね。消えるからなんや。 消えるからいいんです。 これはこの感性はぜひなんか自分ももっともっと理解したいし美しいなと思いますね聞いていて。 消える良さ。 ちょっとやっぱり彫刻とか建築やる人のまた凄さもあってですね。残るということのある種の残酷さというか。 ものすごい強い何かがないとできないなと思ってました。 作り続けるやり続けるってなったらやっぱり消えてくれることの本当の何か潔さとある種のあり方さというか。 建築の人なんかやっぱり一旦、建築って持ち主も変わっちゃうかもしれないじゃないですか。 家を作ったら売って次の持ち主。お城とかだとなんかね。王朝が変わってとか。 それで敵退治されちゃうこともあるわけで建物は。それでせっかく心を込めたの潰されたりとか。 硬く潰されないように作って潰される。あるいはバルーンのような形があるようでないような膨らんだものから立体造形を想像して心を動かすという。 真逆のようでそこの面面白いですよね。 そうですね。これ残したい派と消えるのがいい派と結構別れるのかもしれないですね。 永遠の命が欲しい人と終わりがあるからいいんだよっていう人がいる気がしました。命に関しても。 そうですよね。 私は終わりがあるから良かったと思ってます。 自分もそう思ってますね。本当に永遠の命をもらえるチャンスがあったらどうしますか。 拒否します。 拒否します。 残酷拒否です。 いらないですよね。 いらないですね。 強い強い。 もう完全にいらないです。 永遠の命なんてなんて残酷なんだろうって思ってしまいます。 思います。確かに。 欲しい方にどうぞって。 これって一見すれば、じゃあ今の状態にネガティブなんですね。だからもう終わりたいんですねみたいに聞いちゃう人もいるし。 昔の真の始皇帝とかあの時代からももうすでに永遠の命を願ってみたいなことをしてたように。 自分が栄えたら今度そこを永遠に続けたいと思うのかっていうそういう見方もあるけど。 それは一表面としてあるけど、でもやっぱりそうじゃないですよね。別に今が満足してるからこそこの限りがあってほしいっていうのもありますよね。 そうですね。 今が良くても悪くても終わりはあってほしいですね。 これだから、物の哀れっていう言葉をちょっとその時の当時の言葉としては完璧なんでしょうけど、今の言葉にもう一段階アップデートしたいなと前から思ってるんですよね。 もうちょっと体温が乗る言葉にしたいなと。 統領から残るかもしれないですね、その言葉が。 そういうのを探求したいんですけど、でもね、これある人に教えてもらったんですけど、この哀れっていうのがあればあるほどあっぱれっていう概念ができると。 えー、哀れとあっぱれ。 日本語ってこの音の共通項、破裂音を使う時には何かの飛躍があった時に出るんだと。 他の具体例が今思い浮かなくて恐縮ですけど、でも哀れというこの儚さと永遠性がないこと、必ず無常であるということがあるからこそ、その中であの人はやり切ったなと。 つまり、昔だったら人生あんな形で戦で亡くなっちゃったけれども、あっぱれでござったみたいな。 やっぱりその中で、その人が受け止めた現実をやり切ったと。もう変えられない、非常にしかも限りがある中で、武士の世の中で、そしても、いわば特攻隊のような立場で暴れた中で、でもその中でもその当時はそれを限りがあるからこそやり切った。 しかもそこに対して、ずっと愚痴をこぼして、こうじゃなければいいのにみたいのではないというところに対して、その美意識を見出したと。今の価値観としてそれが、じゃあそれイコールいいかというのはちょっと別の話として、でも哀れというものがベースにあった上で、そこを全うしたやり切ったあっぱれが存在するというのは、ずっとそうでありたいなと思ってますね。 自由にいろんなことを手を伸ばして、これからもやろうとしていくんですけど、どこかで自分の人生のこの有限性と限りがあるということを束縛としてじゃなく、あえて自分でそこもちゃんと規定して、自分の規則規定のように、これはここはもう変えられないんだなということを、もうちょっとした段階ではっきり受け止めて、 そこをやり切るということも、どこかで、誰かに言ってもらうわけじゃなくて、自分の中であっぱれとして感じられるようなところは持ちたいなという憧れはありますね。 それはどんな形で残っていくんでしょうね、その東梁さんの生き方として。すごく楽しみです。 それは周りから見れば、もしかしたら愚かなことに突き進むかもしれないけども。 あんだけ若手から中堅の頃は手広くやるとか言ってたのに、あいつめちゃくちゃ狭いじゃんみたいなことかもしれないし、やってること最近めっちゃ狭いみたいな。 それが東梁さんの美学として突き進んだ結果なんだとしたら、それはとてもかっこいいと思いますね。 拡散と収縮みたいなものは人生の中で常に楽しんでいきたくて、ずっと拡散していくだけも。 すっごくその言葉好き。 好きって言ってもらった後にちょっとつまんない言葉かもしれないけど、拡散だけにちょっと飽きてきてる要素があるんですよ。単純な飽きもきてる。 とっても拡散するのはできていくイメージも湧いたし、さらに拡散する起爆剤みたいなものもたくさん仕込めてる気がするが、 どこかですごく一旦ギュッてまた収縮して、あいつ狭いみたいな生き方もちょっと憧れとしては出てきてますね。 そうなんですね。私また東梁さんとの共通点を見つけました。 私もよく一回広げて、絞り込むとか洗練させるっていう表現にしてるんですけれど、広げるときとギュッとするとき、両方あって初めて私は人生がより色濃くなっていく感じがあるんですよね。 今の東梁さんのお話にもそれに通じるものがあるんだろうなって感じて、とってもときめきました。 今はエリサさんはどちらの時期なんですか?拡散と。 今はですね、すごく短期的と言いますか、表面的な意味で言うと今広げてるときで、今ちょっとやること、種類を増やしてるんですよね。 消防団入ってみたり、ボーイプロっていうサブチャンネルもやってますし、ご存知でしたか? はい、知らなかった、聞いたことあります。 はい、ぜひお聞きください。 そこでちょっと自分の今までやってこなかった可能性をワッと広げてまして、体力が今ちょっと最近すごくものすごいついてきたので、それに合わせてワッと広げてまして、 絞り込むって言っても別に何かをやめるってわけじゃないんですけれど、その中から自分の中で大切にしたいエッセンスを見つけたら、今度そこに特化していくみたいなイメージでいて、結構私は人生でワッと広げて絞り込むを繰り返しながら生きてきました。 とても大切にしたい考え方です。 面白いですね。そして今は体力もついてきたみたいな、その辺も気になったんですけど。 50直前になり、また体力が増えました。 週2回泳いでます。 週2? 週2で泳ぎに行ってます。 ちなみにちょっと自分も時々泳ぐんで、1回泳ぐとき何メーターぐらい泳ぐんですか? 何メーター?数えてなかったです。私初めて泳げるようになって、普通にクロールで1時間ぐらいずっと往復してる感じです。 プールを。 結構ストイックに黙々と。 そうですね。ひたすら泳ぐ。 いいですね。 そうかそうか。 どのくらい泳ぐんですか? うん。なんか自分も月2ぐらいは泳ぎに行きますみたいなことを目標でも母医師でも宣言してたんですけど、最近行けてないな。 泳ぐんだ、同僚さん。 全くお姿が意外な感じで。 そうですよ。 嬉しいです。共通点があって。 そっか、でもその中でまた何か研ぎ澄ますものが見つけていけるって集中されてるところの衛理者さんもまた楽しみですね、これは。 はい。幸をご期待ください。何に期待なのかわかんないですけど。 今日はちょっと時間が足りなくなってきたんですけど、さっきのボイプロとかやられてどんな変化が出てきたとか、なんかいろいろ聞いてみたいんですけど、ちょっとまとめると最後聞いてみたいのは、 うーん、そうだな。それこそミニマルな暮らしということは本当いろいろそぎ落としていく方向ばっかりに、それ一辺倒なのかなっていう偏見で見るとそのようにも見える言葉だけれども、今まさに新しいこともいろいろ追加されているという中で、 最近自分の中で起きた変化ですね。何か加えてみて、ご自身の中でこれ変わったなっていう要素って何か共有してもらえることありますか。 変わったなという要素は、人間関係において、私はボイプロに出会う前までこんなにわちゃわちゃと人と関わるっていうのはもうこれからの人生でないだろうと思ってたんですよ。 高校生ぐらいの時に出会った仲間とかだったらあるのかもしれないけれど、大人になってそういうのってもう難しいんだろうなーって思ってたんですけれど、自分の腹の内だとか恥ずかしいところだとか全部さらけ出して動くこと。 ボイプロで私がやってること、巻き舌チャレンジなんていう謎のこともしてるんですけれど、巻き舌チャレンジしたり、3文字だけで話すとか。 そういう意味のないことに価値がある。普段はいかに例えばコスパの良い暮らしをするかとか時短をするかみたいな方向性の話をいっぱいしてきたんですけれど、今は無駄なことの中に人生の喜びがたくさんあるなっていうのを感じていて。 そこに、それこそ今度ボイプロメンバーと謎解き、街で謎解きみたいなのを一緒にやってくるんですけど、何の仕事にもつながらないだろう、無駄なことを楽しむっていうことがものすごく今、私の中心にあって、これは本当に大きな変化と言いますか、自分の中にあったちっちゃな塊が大きくなっている感じがします。 えー、それだってもう自分の自己認識自体がかなり今変わってますよね、それだったら。 変わってます。私こんな変な人間だったんだなって思ってます。 めちゃくちゃいいですね。 人生の中盤から後半というのをね、まさにエンディングとかも考え始めると、すごく落ち着いてまとまっていこうみたいな大事なエッセンスこれだみたいな形で。 ともすれば良い道を減らしてしまうようだが、もしかしたらエンディングノートとかを書いたからこそボイプロみたいな、何の生産性があんねんみたいなプロジェクトにも参加できるのかもしれない。 そうです。まさにさっきのミニマダな生活があるからこそ自由に動く環境があるし、エンディングノートに取り組んだからこそ、私人生で一体何をしたいんだと思ったときに、笑っていたい楽しみたいんだって。 本当に究極の本質的なことを見つけたのもあるかもしれません。 おー素敵。めちゃくちゃ素敵。 はい。 いやー最後にいいお話も聞いてくれました。 引き出していただきありがとうございます。 いやー最後にこれ本当にいい話でしたね。 なんかお二人とも泳いでるイメージないですね、というコメントもありながら。 これ笑いますね。 そんな中で我々もこれからも人生の濁流か清流か分かりませんが、その中でも一生懸命泳いでいこうと思いますんで。 また私もエンディングノートを書き始めたよとか書き切ったよっていう頃にまたエリサさんにご連絡したいと思いますので。 ぜひ楽しみにしております。 引き続きどうぞよろしくお願いします。 はい、お願いいたします。 ありがとうございました。 ありがとうございました。 # チャプター 3 いかがでしたでしょうか。さてさて今日も実は対談を行います。 生放送で8時30分からこちらはですね京都のボイシーパーソナリティーですよ。 お酒造りをされております玉野光酒造の幅さんとお話をしたいと思っております。 物作りに関しまして様々な思いや難しさ 特にね今お酒ってこの米騒動の中で大変だとも聞いております そのあたりまたはどうやってお酒を国内外に売っていくかあたりとかもですね いろんな工夫されている会社さんですのでぜひぜひいろいろと聞いていきたいと思っております それでは今日も皆さん心が整った美しい1日を展開していってください 良策院副住職伊藤統領でしたそれではまたねー もっと見るとうりょうさんの「一朝一積」プレミアム放送配信中!01:401.前半はこちらからhttps://voicy.jp/channel/2324/6865293?fbclid=PAQ0xDSwLTzltleHRuA2FlbQIxMAABp_Pxjy9l81HPpJqRN5Um8GDWl3RtKrpDOLoLKwc3SNSCcxLFE3CSrvwoaoEY_aem_uWMXSQDVUqSt5Nd858EoJQ33:142.エリサさんと語る「最期」と「今」について00:523.チャプター 3コメント感想・質問・応援メッセージを書こう ちゃお2025年7月5日エリサさんのアーカイブが上がり、再度通してお聴きしました。終わりあるから今が愛おしく大切だと思える。寂しいという気持ちあるから愛する気持ちが、優しくする思いが生まれる。そんな思いが沸き上がりました。母の覚悟と生き方がそれを教えてくれたように思います。4返信 Ibuki2025年7月4日有限な時間で終わりを意識できるから一生懸命に工夫したり、思いっきり楽しんだりできる。 短距離走だからこそ全力で走れるように 、永遠に続く道ならそもそも全力で走る気が起こらないかも知れませんね。寂しい感じるのは愛おしいの裏返しで、それほどまでに大切な人、場所、時間があったという何よりの証拠。「あはれ」↔「あっぱれ」* 寂しさに飲み込まれないようにするには→何か具体的な行動に落とし込めたときに無力感から解放される7返信 うっち2025年7月4日『消えるって素敵なこと』新たな感性を知った気持ちです。生きることも同じなのかも…。5返信
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終わりあるから今が愛おしく大切だと思える。寂しいという気持ちあるから愛する気持ちが、優しくする思いが生まれる。そんな思いが沸き上がりました。
母の覚悟と生き方がそれを教えてくれたように思います。
短距離走だからこそ全力で走れるように 、永遠に続く道ならそもそも全力で走る気が起こらないかも知れませんね。
寂しい感じるのは愛おしいの裏返しで、それほどまでに大切な人、場所、時間があったという何よりの証拠。
「あはれ」↔「あっぱれ」
* 寂しさに飲み込まれないようにするには
→何か具体的な行動に落とし込めたときに無力感から解放される