TOPライフスタイルメンタル・心理学中脇雅裕の 朝の余白 〜1日のはじまりに、心に置くひとこと。〜何故、私がプロデューサーとして成功してしたのか!?08:34 2025年9月2日 33再生 問題を報告する 再生する シェアする 音楽プロデューサーとして成功した思考法をお伝えします!私のキャリアはこちら💁https://nakawaki.com/もっと読むAI目次音楽プロデューサーへの道、挫折から始まるギタリストから裏方へ転身、その転機とは?ヒット曲を生み出すコツ、そしてジブリとの出会い「世界一」を目指す、独自のキャリア戦略ニッチな世界でトップを掴む、私の仕事哲学AI文字起こし(β版) # チャプター 1 マサヒロです。 今日明けて火曜日 デイリートークテーマのキャリアの原点を振り返るというテーマにちょっと反応してしまったのでですね そのことについてお話をしたいと思います。 私、中脇マサヒロ ググっていただくといろいろ出てくるんですけども、音楽プロデューサーとして音楽業界に そうですね、名古屋の時代も入れると18区から コマーシャルとかイベントに出てたりしたので、もうかれこれ40数年間 音楽業界におりますが、実は最初はギタリストになりたかったんですね。 それでただですね家がとっても貧乏で楽器を買ったり音楽をピアノを習いに行ったり バイオリンやギターを習いに行けるような環境ではなかったんです。 でまぁいろいろラジオで当時はFMラジオで ジャズが好きだったので、ジャズとか 歌物よりはインストゥメンタルの曲がとても当時は好きで、映画音楽とかそういったものを聞く 意外と小学校2年生ぐらいからそういうのを聞いていた。マセタ子供だったんですけども 音楽を仕事にするということは全くイメージになかったんですが やはり中学生、高校生ぐらいからぼんやりと音楽の仕事ができたらいいなぁとは思っていました。 そしてですね高校生になった時にちょっと家庭の変化がありまして ちょっとお金に余裕ができたという状況があって ギターを習いに行くことができたんですね。ヤマハで。 それでそこからヤマハにそのまま仕事をさせていただくことになるんですけども、キャリアができたんですけども 基本的にはギタリストになりたかったんですけど、どうやっても自分のギターが上手いと思えなかったんですね。 先輩のギターの演奏をよく聞かせていただいたんですけど、とてかなわないなと。 ましてやコンサートに行ったり、世界のトッププレイヤーのライブもコンサートに行くと見れるんですけど、本当かなわないと。 本当に思いました。決定的だったのが 24歳の時にニューヨークに行ったんです。1988年。 今でもよく覚えていますけど、その時に ジャズのライブハウス、ブルーノートとかビリッジバンガードとか、そういった有名なライブハウスをたくさん行ったんですけど、本当に上手い演奏家が、もう世界のトッププレイヤーが 10ドルとか20ドルっていうチャージで演奏している。そんな状況を間近に見て、もう絶対無理だなと。正直諦めたんですね。 それが良かったんですよ。裏方に回ろうと思って。 当時から音楽教室の仕事はしていたんですけども、若干未練がないといえば嘘になっている状況だったんですが、もう裏方に徹しようと。 それが私のキャリアの実はスタートです。そして音楽教育の仕事をしっかりと 腰を据えて、初めてですね、すぐ昇進を することができて、かなり成果を出すことができました。 そしてまあその成果を認められたかどうかは別ですけども、 30歳で音楽制作に来ないかという誘いを受けて、半ば騙されてですね、この経緯はまた改めてお話ししますけど、 当時のチャギ&アスカのプロデューサーの山里郷さんに誘われて、東京に行って音楽ディレクター、プロデューサーになるんですけども、 最初は本当に全く何をしていいかもわからず、2年間あたふたしてましたが、 あるきっかけでヒット曲を出すことができて、そこからコツをつかんだという感じなんですけども、誰も何も教えてくれなかったんですね。 でも今思うとそれが良かったのかもしれないと思って、自分で学ぶしかないわけですよ。 ちょっと職人っぽい感じですよね。職人の方って師匠の背中を見て学べみたいな。 料理人も鍋の底に残ったソースを指で すくって舐めて味を確かめるみたいなことをよく言いますけど、あれに近い状況ですかね。 ただ私は現場もなかなか見せてくれなかったので、一緒に仕事をしていただいた演奏家の先輩とかエンジニアの方とかキャリアのある方に色々教えていただきました。 そしてヒット曲が出るとやっぱりコツがつかめるんですよね。 そしてそこからはなんとか ヒット曲を何曲か作ることができたんですが、次のキャリアの大きな転機としてはやっぱりゲド戦記というジブリの映画の テシマオイさんのディレクター制作をやっていたので、それでジブリさんに通算2年間ぐらいですかね、お付き合いさせていただいて 鈴木敏夫さん同居なんですけども名古屋ということもあって、本当に色々とお叱りも受けたり学ばせていただきました。 その時にプロデューサーというものでこういうことなんだっていうことを本当に理解することができました。 自分としては今音楽プロデューサーと名乗ってますけど、プロデューサーという風に名乗れる大きなきっかけになったのは やはりスタジオジブリの仕事をさせていただいたというところで、ただこれもやはりヤマハというですね大きな 会社、企業にいたから私のようなものでもそういったビッグチャンスが回ってきたのは事実だと思います。 運も実力のうちと言いますけども、ただですね、今思うと、今でもそうなんですけど仕事においてはやっぱり一番になりたいって常に思っていたというか今もいます。 それはですね、それぞれの土俵を作ってそこで一番になればいいと実は私は思っています。 例えばキャリーパンパンの制作担当しましたけどもちろん私一人でやったわけではなくチームのみんなの力で キャリー本人の才能と努力も本当に大きいプロジェクトだったんですけども、その中でやっぱり原宿カルチャーっていうもので一番を取ると。 イコールその分野では世界一になるんですよね。なんかそういう感覚は昔からあったんですよ。 ニッチな世界かもしれませんけどそこでトップを取る。イコール世界一。そんなことをずっと私は考えていてキャリアを積ませていただいたというふうに思っています。 今でもですね、いろんなプロジェクトがあって、やっぱりニッチな世界観を作りつつもそこでトップを取ろうと。 そういうマーケットというか、土俵というか新しいジャンル作っちゃったら、もうそこで始めれば始めた瞬間1位なので、 そういったぜひ感覚を持って私は仕事しているということを皆さんにお伝えできればと思っております。 私は月曜日から木曜日大体6時ぐらい、夜の6時ぐらいに心にそっと意識のラジオというですね、 メンタル系ちょっとスピリチャル系のお話をさせていただいている番組を配信しております。 週末はその時のスケジュールに応じて配信させていただいていますが、ぜひそちらも皆さん聞いていただければと思います。 今日は最後までお聞きいただきありがとうございました。それではまたお会いできればと思います。 もっと見る #成功法則 #プロデューサー #Perfume #ジブリ #手嶌葵 #きゃりーぱみゅぱみゅ #音楽クリエイター #ゲド戦記 #キャリアの原点を振り返る 中脇雅裕の 朝の余白 〜1日のはじまりに、心に置くひとこと。〜中脇雅裕08:341.チャプター 1コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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