TOPトーク教師📕言葉を整える、思考の時間#310 <単著執筆企画>田鍋くんコラボ放送!楽しかったですの奥にある学び51:28 7月11日 193再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次言葉にできない子の背景と教師の支援話す力を育む聞かれる安心感の場対話を深める応答とリアクションの力教室に根付く教師の面白がる文化田鍋学級が育む言葉と対話の文化AI文字起こし(β版) # おはようございます おはようございます。言葉整う国語の時間、パーソナリティーの藤井海です。 この番組では教室という枠を越えて言葉を整えることで、思考や日常が少しずつ進んでいく、そんなひと時をお届けしたいなと思っております。 チャンネルのフォローやいいねもぜひよろしくお願いいたします。 # 告知とお知らせ おはようございます。7月11日土曜日。皆様いかがお過ごしでしょうか。 今日は一瞬だけ学校に行ってすぐ戻ってですね。 18時からですね。前回ボンド。 CC大阪とLEG大阪の合同イベント、コラボイベントのボンドというものをね。 大阪で去年冬に開催させてもらったんですけど。 そこでたくさんたくさん面白いワークショップをしていただいたんですが。 コモンビート。NPO法人コモンビートさんですね。 100人集めて100人と一緒に舞台を作るみたいなね。 そんなことをして100日で作るみたいなことを。 いろんなところで表現活動の教育としてされているコモンビートさんのイベントに。 同じく登壇してもらった藤井真由さんが出張るということで。 そのイベントにね。見に行かせてもらうことになっております。 初めてなんですごい楽しみで自分も参加したかったんですけど。 どこかでどっかのタイミングで参加できればいいなと思いつつ。 今日はそれを楽しみにしようと思っております。 さあということで昨日の晩に田辺くんと50分ぐらいですかね。 対談させていただきました。 自分の短著の出版企画ということで。 自分がこの短著の中で第1章にね。 子供の教室の中での言葉にできない姿のあるあるみたいなのをたくさんあげながら。 こんなこともあるよねみたいなことをね。 共有しているそんな章があるんですけど。 そこの解像度を高めるためにですね。 田辺くんにたくさんインタビューをしていきました。 僕のやりたかったこととしては。 もちろん自走する教室自走するクラスみたいにね。 田辺くんが出している本。 その中身も踏まえながら田辺くんの教室を。 僕のその視点で勝ちづけていくことを目標にしておりました。 まあおそらくうまいこと話ができたんじゃないのかなと思いますし。 田辺くんもねちょっと難しいというか悩む質問もあったと思うんですけどスラスラと答えてくれて。 いや本当にさすが解像度高いなと思いながら楽しくお話ができましたので。 ぜひぜひ聞いていただければと思います。 私もそうですとかそういうことよくありますみたいなこと本当にぜひぜひコメントください。 たくさんたくさんコメントいただけると嬉しいなと思います。どうぞよろしくお願いします。 # 田鍋くんコラボ放送!楽しかったですの奥にある学び はい、ということでみなさんこんばんは。 今日はですね、シガからビワコから田辺くんに来てもらってます。 田辺くんよろしくお願いします。 はい、ビワコらっしゃい。 なんで?なんで? いや、これね、あの、シガラジっていう、シガのボイシーやってるお三方が、 今日ね、最後に言うんですよ、ビワコらっしゃいって言うんですよ。 最後に言うねんな、言ってらっしゃいのやつって。 今のは入りに言う言葉ではないよね、それね。 言いたかった。 ずっと待ってたよな。 はい、こんばんは。田辺でよろしく。 はい、ということで今日はね、朝出した放送でも言ったんですけど、 今ね、短著の執筆を進めておりまして、 田辺くんが本当にキューピッド役になっていただいて、 いろいろつなげてもらってなんですけど、 テーマはざっくり言うと、教室の中で言葉にできない子をどう見るのか、 みたいなことなんですけど、 なんかこう、田辺くんともこの話はちょっと前にもしてたけど、 その教室に、例えば振り返りが楽しかったですで終わっちゃう子とか、 授業中に理由聞いたら黙っちゃうとか、 話し合いで同じですみたいな子が続いちゃうみたいなことを、 その教室の現場の中でどういうふうに田辺くんが見ているのかっていうのを、 それを現場の先生いろいろ聞いてみたいなって思っていた中での、 もう第一弾は田辺くんに聞いてみようと。 そんなインタビュー回となっておりますので、よろしくお願いします。 よろしくお願いします。 じゃあ、もうね、すでに明治図書から御著書も出されておって、 現場の子どもの姿をかなりの解像度高く見ておられる、 田辺先生にちょっと自己紹介いただこうかなと思います。 はい。 富士山のリスナーの方々、こんばんは。 改めまして、滋賀県で公立小学校の先生しております。 田辺としいさです。 今、富士山からも紹介あったんですけれど、 明治図書の方から、昨年、今年か。 今年の1月の23日に、子どもが実装するクラスの当たり前ということで、 なんか、富士山もそうやし、一緒に学ばさせてもらっている先生方が、 いかにいい楽器を作っているのか。 その楽器を作っている中で、それぞれの先生が、 無意識的にやっている当たり前って何だろうっていうところを、 僕なりに言語化した一冊を書かせていただいて、 そういうところをきっかけに、 普段やっている自分の実践って何なんかなとか、 今回、富士山がそれこそ言葉というところに着目をして、 言葉こそ、僕らの日常にありふれて、 もう意識的に捉えようとしないと、 本当に流れていってしまうようなものだなということを感じながら、 今日は富士山と一緒に言葉のことと、 自分の学級での子どもたちが使っている言葉、 捉え方みたいなものも一緒に考えていただけたらなと思っております。 よろしくお願いします。 完璧な入りを今、してもらいましたが。 目が上がったかな。 どうですか。 自足らを出してからの反響といいますか。 でも、中田さんや、 あんまり外向けでオンラインセミナーとかは、 全然やってないとか、あれなんですけど、 確実に現場の先生たちとか、 私学園の自分が一番こだわって届けたいな、 こだわっていきたいなっていう人たちに案外届いているみたいで、 それはすごいありがたいですね。 職員室の先生方も結構みんな買ってくださって、 前は総合教育センターの校内研究の、 研究主任が集う、 室会の研修会でも、 講師の先生が取り上げてくださったりだとか、 届いてほしい層にちゃんと届いてもらってるんで、 なんかありがたいなって感じです。 そうやって周りから応援してもらえるみたいなのはやっぱり、 現場で頑張ってるからこそやし、現場で発信してるからこそやし、 その姿を多分、それを読んだ人とか聞いた人が想像できるからなんやろうなと思うんですが、 そんな田辺くんに色々聞いてみたいことがあるんですけど、 その前に、自創裏のことも含めて、僕ももちろん読ませてもらった上でやけども、 簡単にというか、 田辺くんが普段、 どんな子供たちとどんなことを大切にして授業をしているかみたいなのを聞いてみたいなと思って、 自創するっていうのの、中身説明してよみたいなのも半分含めてやけども、 普段、目の前の子たちはこういう子たちで、 だからこそこういうことを大切にして授業してるみたいなのを、 あえて簡単に言うなら、どんなことなのかなっていうのを聞きたくて。 子どもたちの実態を一言で言うと、 3年ぐらい、どのクラスもそうなんですけど、 よく話す子たちです。 何を大事にしてるかって言ったら、 よく話す場を自分が作る。 子どもがつながる。 ただただそれを、 いろんなツールを使ってやってる感じですね。 子どもたちがつながる。子どもたち同士がつながる。 それが自然に、自創するもそうやけども、 自然に生まれるような学級作りみたいな。 そうですね。それを繰り返すことで、 結局これは自分の学級だけじゃなくて、 今は学校全体でもいろんな学級でやってることなんですけど、 本当に集団として育っていくんですよね。 集団として育っていくから、 単人の指導力に依存しすぎなくなる。 子どもたちが。 極論を言えば、 次の年度が変わったときに新しい単人が来たときでも、 佐藤学生先生の言葉を借りるなら、 学びの共同体のようなものが出来上がってる。 子どもたち同士の関係性もそうやし、 教師に依存するかどうかみたいな、 依存じゃない関係っていうよりかは、 どっちかっていうと別に、 自分たちで判断できるというか、 自分たちで過ごせるんだっていう自信とか、 安心感みたいなのがあるのかなって、 本を読んでても思うし、 普段の田辺くんの教育観というか、 子どもたちに見とってる姿を見ると、 そうなんだろうなと思いながら、 想像してるところですが、 今日のインタビューの主体、最初の方として、 本の今書いてるものの第一章で、 言葉にできない子のあるあるの場面をいくつか扱っていて、 やっぱり今ずっとこれもボイシーで言ってることやけども、 言語化っていうものがビジネス的にも大事にされていて、 本屋さんでいちいちたくさん並んでて、 言葉にするっていうことがすごく大事だって認識されている中で、 でもビジネス書の言語化、 要は上司に伝わる方法とか、 上司が部下に対してとか、 話し方が9割とか、 そういう風な言語化に関する本と、 教室の中での言語化に困る子たち、 要は言葉にできない子たちって、 やっぱり実態もちろん違うし、 言語化一つとっても全然違うなと思う中で、 さっき言った、例えば振り返り、 やっぱり授業の最後に振り返りをしましょうって、 ちゃんと目当てと振り返りみたいなのを大事にしている昔ながらの、 いい意味でね、ちゃんと大事にしている、 そういう学級でも楽しかったですとか、 すごかったですとか、 勉強になりましたみたいなだけで終わっちゃってるとか、 もうちょっと変えてほしいなと思ったり、 ちゃんと深掘っていきたいなって思ってる先生が、 授業の中で意見を出した子に対して理由、 なんでそう思ったん?って聞いたら、 うーんみたいな感じで、 なんでのところがあまり言われへんかったりとか、 あとは講演の時とか、 外から先生が来た時に、 はいじゃあせっかくやから最後に質問ある人、 みたいなやった時に誰も手を挙げへんとか、 なんかそういう言葉にできないみたいな場面を、 色々こう扱ってるんですけども、 その田辺くんの教室でも、 そういう言葉にできないこの姿、 そういう場面ってありますか? ありますあります。 めっちゃあります。 どんな感じが、 あーこんなん具体例みたいなんであれば? うーんと、 一つはやっぱりなんだろうな、 さっき自分が話す機会いっぱい作ってるとか、 言ってましたけど、 作っても言葉に実際出せるかどうかって、 うんうん。 なんだろうな、 自分が自己開示ができてるかどうかって、 結構似合い交流なところがあると思ってるんですよ。 もちろん一人一人が持ってる言葉の量とか、 言葉の量が、持ってる量が少ないから、 言葉にできないっていうのかもしれないんだけれども、 でもそういう子って同時に、 自分に自信がなかったり、 自分がそこに所属感とか安心感を得られてなかったり、 他人の先生に対してまだまだ自分、 猫かぶって自分のことを聞かせていないから、 言葉にできない。 うーん、なるほどなるほど。 そういう言い方はしてたりしますね、ひとつ。 うんうんうん。 それ結構具体的やなと思うんですけど、 もうちょっとその、 具体の場面でそういう風に出てきたときに、 じゃあ田辺くんとしては例えば、 自分の中であんまりこう、 この子を自己開示みたいなのができへんなって、 話し合う場面せっかく作ってんのに、 あんまりあの子いつも喋れへんなみたいな、 いわゆるA君、Aさんみたいなものを思い浮かべたときに、 そこに対して正直ちょっと困る瞬間でもあると思うんやけど、 困りますよ。 そういうときどうアプローチしてる? むずくですよね。 まずやるのはやっぱその子の言葉にできない言葉を、 教師が言葉にしてあげるみたいな。 うんうんうん。 やっぱそういう子でもちゃんと意思は持ってやるから、 あってたらうなずいてくれたりするし、 ちょっとニュアンス違ったり、 表現がそれじゃないなって思ったりすると、 それなりの顔しかめたりだとか、 口振ったりとかしてくりやがるから、 そういうのでちょっとずつその子の中身の言葉、 思ってることを言語化してあげる。 ということは今の5年生でもやりますね。 おー、そうか。 5年生ぐらいやとやっぱりこう、 代わりに田辺くんが話すような、 その教師が話せるみたいなところが、 話してあげるみたいなところから自分で、 それを足掛かりにして話し出すみたいなのができそうな気はするし、 なんかでも今の田辺くんのその、 やっぱ教師感みたいなところがすごく見えるのが、 ちゃんと自己開示できているかどうかみたいなところに、 やっぱ所属感、安心感みたいなところを大事にするのは、 やっぱりさすが田辺くんのクラスやなと思いつつ。 いやいや、でもね、結構なんか、 全て、最近感じるのは、 ほんま全てそこに尽きてるかもしれないと思ってて、 これが宇野内の教頭先生がよく言っておられる言葉で、 僕もなるほどって思ってるんですけど、 聞いてもらった経験がある子供は、 人の話を聞くことができる。 それは逆もそうで、 やっぱ聞く中で相手が話している、 その姿は、その話してくれることがあるから自分も話したくなる。 っていうことがやっぱり成立するのは、 子供たちがちゃんと自分のことを出せてるっていう、 一つの土台があってこそ出せることだなと思ってて、 それは結構今は自分は声に出す、話すっていうところでずっと喋ってますけど、 書くところもきっと同じで、 読んでくれる人がいるから書きたくなるし、 書いた文に感銘を受けるから自分も書いてみようと思うし、 頭で考えてることを口ではダイレクトに言えないけど、 何か表したい、誰かに伝えたいっていう思いがあるから、 書いて言葉にするっていう行動ができるのかなって思うと、 常に言語化する先にはちゃんと人がいるよねって。 相手がね。 ちょっとなんか今一つ気になったところというか引っかかったところで、 もうちょっと聞いてみたいなっていうのが、 その田上くんが言ってる教師が言葉にしてあげるっていうのって、 どこまでやるイメージ? シチュエーションがいっぱいあるから、 どんなシチュエーションでもいいんやけど、 言いすぎると教師の言葉になっちゃわへん。 そうですね。 それの塩梅で、微妙な塩梅やけども、 どういうふうにどこまでやろうとするのか? ここは正直あんまりきっちり考えたことはないんだけれども、 今頭の中に2人の子供が浮かんでて、 1人は本当に、Aさんにしよう。 Aさんは、本当に話すこと、 自分が考えてることを話すことさえちょっと難しかったりする子。 Bさんは、ある程度自分が考えたことを話せるんだけれども、 それを何て書いたらいいかわからへん。 って言うような子。 っていう2人の子供がいたときに、 やっぱりAさんの方は結構自分が言葉にして言葉にして言葉にして、 それこそ藤井さんが言う教師の言葉のような言語家になってしまってるなって、 今思ってて。 校舎のBさんの方は、先に教師とその子でたくさん話をして、 ああそういうこと考えてんだ。 で、出し切った後に、今言ってくれたことをそのまま書いてごらん。 って言うと、書いてくれましたね、この子は。 インタビューするイメージ、それは。 です。インタビュー、対話。 その子が自分一人では言葉に言語化しきれなかったところを、 教師がインタビューするか、伴奏して引き出すか、 対話でおしゃべりをするような感じで、 言葉に出してあげるか、質問をしながら。 そんなイメージですね。インタビューに近いかもしれない。 なるほど。 作文書くときもインタビューでよくするよね。 要はそのテーマに沿ってというか、 そういうことを日記に書かれへんっていう子は、 じゃあまず昨日は朝起きて何した?みたいな。 全部辿っていって、じゃあそこのこと書いたらいいや、みたいな。 うちの娘によくそれをやってるけど。 確かに確かに。 こういうAさんBさんみたいな子って、 わりとどの教室でもおるのかなと思ったりはするけど、 なんかすごい面白いなって思うのが、 今その話す力の話をしているようで、 話す前の経験みたいな話も結構大事なのかなって今思って。 まさに。 話せる子、教頭先生の話もそうやけど、 話せる子って結局話し方を知ってるから話せるんじゃなくて、 自分の話を最後まで聞いてもらえたっていう経験が積み重ねてて、 話せてたりとか、 途中で遮られたり否定されたり、 そういう経験が多い子はそもそも声を出せへんなと思うし、 個人の能力じゃなくて、 人との関係の中で言葉って育つんやろうなっていうのは、 今聞いてて思ったし、 ひとつその教頭先生の話も借りて、 じゃああえてっていうと、 今みたいにAさんBさんは田辺くんに話を聞いてもらえたわけやんか。 でも、そういうふうに対話を一対一でずっとしていけるわけじゃないから、 今みたいな、話してもいいんだみたいに思えるための前段階としての、 聞いてもらえた経験って、 教師がどうやって意図的に作れるものなんかなっていう。 私の言ってること聞いてもらえたみたいなんて、 どういうふうに教師が作っていくものなのかな。 もしくは自然にそれこそ発生するものなのかなっていう。 その辺どう? これは聞いてもらえた経験を作り出すためにやってるとかではないんだけれども、 自分のクラスはもう6時間あって、 6時間全部、その時間の45分の7割はグループなんですよ。 1日の7割? そうですね。1日の7割ですね。 そのグループの中で、とにかくいつでも聞き合える状態を作ってて、 その日々の積み重ねが今のクラスの様子を作ってるのかなっていうことは、 これは意図的に自分がそういう学級集団を作りたかったからやってるんですけど、 自分の話を聞いてもらえる機会ができるだけ多くなる環境設計みたいな感じですよね。 なるほどなるほど。 だから教師に聞いてもらえたっていう経験じゃなくて、 友達に聞いてもらえたっていう経験よね、それは。 なるほどなるほど。 教師もそう。教師が話を聞くシーンって、多分どの学級、どの授業でもあると思うんですよ。 子供が誰かと教師と発言をすることを聞くのは基本やっぱり教師が第一に聞くじゃないですか。 多分そうやって教師発言をする子供の相手意識には間違いなく一番は教師なんですよね。 大体教師見るじゃないですか。 そこに確かに周りの子たちも耳を傍ざさせてるんだけれども、 何気なくその教師に先生の話、先生は自分の話を聞いてくれるっていうのは子供は分かってるから、 だから先生の話も子供たちは聞けると。 でも案外友達ペアワークとかグループワークとかをさせた時に、 全然グループに参加せずに一生自分のことだけやってたりだとか関係ないことをしてたりすることも結構あるあるなのかなと思うんですけど、 その子たちって先生に話を聞いてもらう経験あるんだけれども、 友達に自分の話を聞いてもらう経験が案外乏しかったりする。 なるほどなるほど。 それはおそらく多分そういう、これもステレオタイプ偏見かもしれないですけど、 やっぱりなかなか自分の言葉を表に出すことが苦手な子だったりだとか、 コミュニケーションを取るのがちょっと苦手な子だったりっていう子に限ってやっぱそういう行動をする。 っていうことはその子たちって言葉にすることが苦手だものその分自分の話を聞いてもらう経験が少ない。 それが友達とか子供たちだったらやっぱり子供は利き手として大人に対しては比べては未熟な部分もあるから、 っていうところなのかなって最近感じてます。 うーん。 なるほどなるほどなるほど。 なんかそう、すごい今、なんか見方変わったの。 聞いてもらう経験ってまず教師だけじゃ足らんよねっていうのはそりゃそうやなっていう。 なんか教師に聞いて、この本で大事にしてるテーマとして、 そもそもだから子供の能力が不足しているからではない環境の問題っていう話に やっぱ全体を重きを置いてて。 今のほんまに話とマッチというか合致してて。 でもそうやってこの負のサイクルじゃないけど言葉にできへんから、 言葉にすることが苦手やから聞いてもらわれへんくて聞いてもらう経験がないからまた言葉にするのが怖くなってみたいな。 どんどんそういう経験が積み重なって負のスパイラルになってしまうなと思うから。 友達とのやりとりの中で話しても大丈夫なんだというか、話しても大丈夫なんだって思えるためにはまず自分で言葉にできるようにならないといけないから。 そのきっかけ。 自分が言葉にすることが苦手だから聞いてもらえないっていうことは、 どっちが先なんやろね。聞いてもらえなかった経験が多いから言葉にすることが苦手になったっていうのもあると思って。 どっちが先。言葉にできないから友達の場に入りにくいのか。 友達に聞いてもらう経験が少ないから言葉が出なくなるのか。どっちが大きいと思いますか。 それは難しいな。僕は両方全然あるケースだと思っていて。 そもそもの前提ですけど、もう日本に生まれて、語が日本語として確定している以上、言葉にできないっていう状態ってあんまりないのかなと正直思うんですよね。 能力的にスキル的に。でも言葉にできない子どもたちって何なのかって言ったら 結構そのさっきの話で戻りますけど、どれだけでその言葉にしたいってその子が思ってるのか、言わされてないかとか 言いたくもないのに話をしろって、話したくもないのに話をしろっていうのも 難しいなって思う子もいるかもしれないだろうから。 それは必然性とか必要感とか、どうしても聞いてほしいみたいな欲望に近いところ。 そうですね。必然性って言葉に近いかもしれないですね。必然性の部分もそうだし、 単純にその話をするっていうことの面白さっていうものを知らずに、感じることができずに。 まあでもこれは今の思いつきのところやから、どちらっていうのはちょっと難しいな。 話すことの楽しさを知ることができる機会が、なおかつ話すの苦手で普段からあんま自分のこと喋られへんような子らに知ってもらうにはどうすればいいかね。 でも楽しさっていうとちょっとあれかもしれないけど、話を聞いてもらえた心地よさ、話を聞いた時の心地よさみたいな。 結局僕は楽器の中でこの方を語るなら、所属感とか安心感とか、そういう一人一人がやっぱりそこに感じている感情に近いのかなと思ってて。 この空間だから話したくなるし、話したらみんな何かが言ってくれる、聞いてくれる。 この感じが心地よいなっていうところが、もっともっと言葉を繋げることに繋がったりだとか。 真鍋君との会話やったら、なんぼボケても絶対リアクションしてくれるからボケれるけど、普段あんま話しててもこの人はリアクション返してくれへんなって思ったら、ボケて滑るのがちょっと怖いし、滑って死んでなんのが嫌やからあんまボケなくなるみたいなのと一緒かな。 恐ろしいことに僕全く同じことを考えたわけです。 富士山を例えに今出そうと思ってました。 そうね、本当に。 今ので言うと、じゃあその時の富士山の中での気持ちとして何やねんって言ったら、どっちかって言うと欲望に近くてさっきので言うと。 必然性か必要感か欲望みたいな話で言うと。 必要だから話すではないやろうし。 田辺くんの所属感安心感から来る、この空間やからこそ話したら絶対リアクションくれるから何でも話せるというか、授業の中でいろんなことが喋れる、思いついたことでも話せるみたいなのは多分欲望ではないと思って。 その別に必然性というよりかはこの授業の中で、それこそ安心感から来る話せるっていう環境。 自分の中では正直、田辺くんじゃなく初対面の人だとしても、自分のこの面白さを誰かに伝えたい。 自分がこの考えてるボケを誰かに分かって欲しいとかっていう時の内側から入ってくるこの欲求みたいなもので喋ることが割と多くて。 そういう欲求も言葉にしたい。言葉にしたいよりは誰かに聞いて欲しいというか、あなたに聞いて欲しいみたいな。 そういう欲求みたいなのも大事なんちゃうかなって今聞いてて思って、自分のことで言うと。 そう考えると、その安心感がある中でも子供が話したいって思う瞬間がどんな時なのかなっていう。話したくなる条件みたいな。 どうなんやろう。どういう時に子供らは、俺が喋る俺が喋るってなってる? 前のミリにみんなが例えばはいはいはいって手をみんな挙げてきてとか。 なんかいろんなシーンでできると思うけど。 そうですね。毎日朝僕サイコロトークやってるんですけど。 何が出るかなのやつ? そうそう。そんな感じ。あらでかくないけどね。 ここ最近は毎朝恒例で、今日とかは夏休みに行く夏祭り、最初に買う紙メニューは何みたいなお題で、30秒くらいペアで喋らせて、みんなバーッと喋るんですけど。 その後、じゃあちょっと全体聞いてみようかなってお決まりのフレーズを言うと、みんな食いつくんですよね。はい聞いてーみたいな。 おー、そのサイコロトークでその横の子とペアの子と喋った内容を自分もみんなに共有したい。 あ、そうそうそうそう。 ほー、なるほど。 でもそれって、それこそ藤井さんが今言ってたように、みんなガチで考えたことを言う子もいれば、だいたい男子はボケてくるんですよね。 俺のボケを聞いてくれに近かったりもする。 うんうんうん。なるほど。 あ、大丈夫そう? うん、今なんか娘の声が聞こえてる。 そうやんな、大丈夫? はい、大丈夫。 はいはいはい、ちょっとほんのゆっくりめに一旦とっと落ち着いて。 いや、でも今のサイコロトークでっていうのすごい想像できるし。 うん。 そうよね、そん時ってどうなんやろね。ボケたい子はなんでなんやろ。なんでそんな話したんやろ。 自分のボケ聞いてって言う。で、ボケを拾ってくれる教室やからか。 あー、それもあるかもしれない。拾うところまで。でもみんな笑ってくれますね。笑ってくれるし。 みんなちゃんと、はいはいはいはいって言ってたよね。はいじゃあ誰々さんって言ってた時に、すっとみんな聞くんですよ。 聞くほうね。聞く環境よね。なるほどなるほど。 なんかそう、環境が自然と授業の中だけじゃなくて、なんか安心感みたいなところからなんか期待感みたいなところに変わってくんのかな。そうなってくると。話したらなんか返ってくるっていう期待やんね。 うんうんうんうん。 聞くって言ったら静かに受け止める感じやんか。でも、あ、ブラックサンダーさんまだまだやります。はい。聞くって言ったら受け止める感じやけど、 なるほど。だから聞かれるって言うんじゃなくて、受け止めてもらえるとか反応してもらえるとか、 反応してもらえる。 反応してもらえる。 反応してもらえる。 反応してもらえる。 反応してもらえる。 反応してもらえる。 反応してもらえる。 反応してもらえる。 反応してもらえる。 反応してもらえる。 反応してもらえる。 受け止めるとか反応してもらえる経験が大事。って考えると、言って終わりじゃなくて、言ったら誰かが返してくれるよね。 うんうんうんうん。 あかんかんって言ってます?そっちの環境で。今のその。大丈夫?今。 あ、大丈夫です。 大丈夫?OK。あかんかんってあかんって言ってない?今。ちょっと待ってって言ったら俺一人語り始めるから。 ありがとうございます。 ごめんごめん。 リアクションをとってくれることが、結局聞いてくれてるとイコールなんですよね。 だいぶ高度よね。 聞いてることを、なんだ難しいな。 藤井さんは聞くって静かに聞くって言ってくれたけど、自分の学級とか学校とかの聞くの定義はちょっと違うくて。 喋ってもいいんですよね。喋ってもいいくて。 でもちゃんとその人の話を聞いた上でリアクションをとるとか、その人の話を聞いたことを話題にしてまた喋るとか。 結果としてその話した子は、自分をネタにまた喋ってもらってたり、自分をネタにリアクションをとってもらったりしてる。 これがたぶん心地よさにつながってる。 心地よさね。 それがでも心地よさにつながるっていうのが。 なるほど。それがでもだいぶ成熟した教室というか。 聞く、さっきの聞いてもらった経験が話せるにつながるっていうので言うと、 その本で示していく中で言うと、僕も正直近いことは話していて、 環境としてただただ話す聞くっていう指導要領の中だけでの話ではなくて、 やっぱり聞くってなると、しっかり相手の考えを受け止めて自分の考えに反映させることみたいなのが聞くとしてなってると。 って考えていけばやっぱり静かに聞こうっていう環境がその子が話したくなる環境なんじゃなくて、 でもちょっとちゃんと負に落ちたのが今、話を受け取ってちゃんと返してくれるところまでが聞くやと。 リアクションがあること自体があなたの話をちゃんと受け取りましたよっていうメッセージになってるし、 そこからワイワイワイワイなってると、自分発信でまた話が広がったみたいな満足感にもつながる。 そこの満足感を得られるための教師の仕掛けがどういう風になるか。 田辺くんがその、なんて言うやろ、例えば自分が話し始めたのに自分のことはもう終わってみんな違うことを話してるみたいになってるときに、 一番最初に話し始めた子に対してどう田辺くんが勝ちづけるかみたいな。 むちゃかわいい。むちゃかわいいってずっと聞こえてきて。 ママに言ってんの?これ。 大丈夫な。 なんかはっきり喋るようになったな。 最近お喋り上手で言語化が今進んでおります。 今いくつやっけ? 今2歳。 2歳か。2歳でそんなちゃんと喋れるのか。すごいな。 うちの息子見習ってほしいな、ちょっと今日。 いや、ちょっとごめん。話はそろそろまとめながらいくと。 だいぶ今、聞かれる経験っていうところから応答してくれるリアクションを取ってくれる経験っていうほうがいいなって。 で、さっきの話に戻ると、どう勝ちづけるかみたいなところなんですけど、 僕が結構こだわってやることが、リアクションを取るとか、誰かが発言したことについてその話題を取り上げてまた喋るとかって、 結果的にその話をしてくれた子とその話をしてくれた子が言ってることにそれを面白がってまた喋ることですよね。 それを教師が率先してモデルになるようにしてます。 例えばグループで、9つのグループがあって、それぞれのグループでいろいろ話をしてると。 僕はどこか一つのグループに入って、膝立ちをして目線合わせて話を聞き続けるわけなんですけど、 たまにめちゃくちゃ面白い話題で話してるグループがあったりするんですよね。 それを超オーバーにみんなに聞こえる声で面白がってます。 なんか想像できる。 何々さん言ってることめっちゃ面白いやんって。 みんなこの子さ、この子こんなこと言ってるんやけどさ、どう思う?って全体に返してまたそのことについて話をしてもらったりだとか。 こんなことを繰り返していくと、子供も面白がり方がわかってきたりとか、 先生のあの感じで聞くといいかもみたいな。 なるほどね。 今の面白がり方を知るってすごい大事やね。 小田さんも割と同じようなことをよくしてあって、 何々さんこんなこと言ってるんだってって言って、前で話してよって急に無茶振りするみたいなのをよくしてるから、 やっぱりそうやってこう、ほんまに小田さんのところもさなみくんの教室みたいに、中学をやったけど安心感とかみんなでの。 本当にそれはすごい感じるから。 なるほど今すごく共通項が見えてきたのと、それと同時にこれ多分難しいやろうと思うけど、 リアクションが薄い子に対してどんな支援をしてるっていうところ。 聞く子を育てるっていうことやんか。 じゃあ聞くときにいいリアクションの仕方っていうのを、 例えば田辺の真似をしましょうだけではリアクションが薄いままの子とか、 いやそんな風にはできないよっていう子はいるやんか。 いますねいますね。 そういう子たちへの支援ってどう? 逆に僕そこはしてなくて、 っていうのもリアクションをして聞くことが果たして本当にいいのかっていう、 自分がやってるところの約束的にもとられるところもあるんですけど、 そこにその子の人となりって現れるじゃないですか。 田辺はそういう風に話を聞く。 これは結構パーソナリティともつながるところがあるんだけど、 でも物静かな子がその子なりに聞いている姿って、 その子が無理やりなるほどとか確かにって言いながら首を振りながら取るリアクションって、 すごくその子が本来持ってる性格とかパーソナリティと相反するところもあるなと思ってて、 その子らしさがそういうところに出ることが、 出るほうが豊かじゃないですか。 じゃあその子らしさの、 その子らしい本来持っているもののリアクションを取ってるんだ、 あの子はっていうのを話してる側も理解しようねっていうことだよね。 そうそうそうそう。 だからみんながみんな、 うわーめっちゃおもろいやんとかリアクション全員に求めるなよと。 そうそうそうそう。 だからリアクションとか聞く態度とかは、 良い悪いはあっても良いリアクションっていうのは人それぞれなんだみたいな、そういう感じ。 その人なりにちゃんと聞いてるよっていうことを伝えることはできるし、 でもその形にはこだわらないし、 だって5年生だったら5年間も一緒の学校で過ごしてたら、 だいたいあの子はああいう子だよねっていうのは当然わかってくるし。 いいねいいね。今の価値観のモデリングがちゃんとそこでなっていて、 なおかつ多分ちょっと言語化しておくと、 田辺くん自身が人に興味を持つ文化を教えてるってことだよね。 人に興味を持つっていうことを教えてるからこそ、その姿を教師自身が見せてて、 なおかつそもそもの田辺くんのパーソナリティが、 いろんなところに顔を出すとか、いろんなことに興味があるみたいなのも含めて、 多分そこにあるからこそ、それを自分の中での教室の大事にしていて、 それが自然と子どもたちの聞く態度にも表れてるっていうところだよね。 そういうふうに言ってもらうとそうなのかもしれない。 あんまり意識したことはなかったけど。 すごい大丈夫。AIからの返答にそのまま納得してしまうみたいな。 いやでも今のはちょっと面白いかな。 話す文化っていうのが聞く文化じゃなくて面白がる文化になってるっていうのは、 ちょっと教室の姿として、その言語が育つ文化としてはすごく面白い。 だって面白がるって演技やったらできへんもんね。 純粋にそう考えてるんや。 そもそも田辺くんがリアクション、演技じゃなさそうやもんね。 数ですね。数でいきますね。 人への興味の持ち方を田辺くんから学ぶっていう。 で結構この手法は、手法っていうのもあるかもしれない。 あんまり方法でもなんでもないんですけど、 国語の物語とかを読んだときに結構、 人によって読み方が違うところとかってあるじゃないですか。 そこを純粋に面白がるんですよね。 そう読んだのって言って、あんたそう読むんだって。 こっちは全然違う読み方してるけど、 こことここでちょっと喋ってごらんって言って、 あ、お互いの読みの違いとか考え方に触れて、また面白がれるというか。 だから去年で持ち上がった女の子2人がいるんですけど、 その子たちが最初に、国語が本当におもろいっていうことを4月当初に言ってくれて、 で、わかるわーって言って、 違う漢字で、そうそう違う漢字みたいなことを2人共通言語を言いながら盛り上がってるんですよね。 そういう。 なるほどなるほど。 今国語に触れてくれたから言うと、やっぱり国語教師としてはその物語の時の、 それこそ今の教師の反応がモデリングになるっていうところで言うと、 え、あんたそれ気づいたん?そこにとか、 この一文すごいなーとか、 今の発言もう一回みんなで考えたいんだけどさーみたいな広げ方を自分もよくしてて、 それこそ振り返りへの勝ちづけみたいなのがそこに現れるし、 文学ってそう読むんやとか、 人の書いた意見文ってそう見たら自分と比較ができるんやみたいな。 技術的に知識技能として、ある意味その読み方の法略として、 そういうのを知るっていうのも大事やし教えるっていうのも大事やけど、 教師からモデリングされることもたくさんあるなっていうのはすごく、 それこそ小学校ならなら特になのかなとも思うし、 教師が本気でこの表現めっちゃええなーって言うと、 やっぱそう、教師のことを信用して信頼して尊敬しているクラスであればあるほど、 あ、ここって面白がっていいところなんやとか、 そういう風にちゃんと見てくれるんちゃうかな。 なるほどなるほど。 あーいい仕事してますね。 いやいやいや、オタクもオタクも。 いやーちょっと面白いなー。 これ喋れますね、またずっと喋れますね。 いけるね、文化を、そう面白がる文化を教えているっていうのはすごく今ちょっと、 しっくりきたし自分の中でも一つ言語化された考え方なのですごく良かったです。 いいね、ちょっとまとめていきます。 えー、とりあえずありがとうございました。 なんかこうかなり、話せるかどうかがそもそも自己開示ができるかっていう話最初にあった。 そこはやっぱ話し合いの場も受けても全員が話せるわけじゃないっていうところは、 本当に自分を出せる関係っていうのが話す力よりも先にあるんだなっていうのは、 所属感安心感の話からすごく分かったのと、 そのAさんBさんみたいな話から言葉にできない子にも種類があるし、 その子が止まっている場所によって支援を変えるっていうのがすごく大事っていうこと。 あとは、聞いてもらえた経験が言葉を育てるっていうので言うと、 聞いてもらうっていうのが要はどっちかっていうとリアクションをしてもらうところまで、 要はあなたの話を受け取りましたよっていうメッセージまで目に見えたり、 空気感で感じ取れるところまでが聞ける環境。 っていうのと最後にその文化をどう作るんかっていうと教師がモデリングするっていうところ。 そのモデリングを含めて話せるかどうかじゃなくて話したいかどうかが先にあって、 話す楽しさを知ってて安心感から期待感に変わってるからこそもっともっと喋りたい。 でリアクションも強制されへん教室やから、なおさら国語の授業でも教師のモデリング通りに自分たちも心を動かせる。 みたいな感じかな。 素晴らしいまとめでございます。 言葉が興味を持って応答し合う文化の中で育つみたいな教室がすごく見えました。 いい勝ちづけをありがとうございます。 これが今日の自分の仕事だったので。 田辺くんの教室をこの視点から勝ちづけていくっていう。 いやーちょっとやりがいがあったな。 今日話し聞きがいがあったな。 いやーよかったよかった。 自分も結構普段の教室のまた深掘りをできてよかったです。 ちょっとこれはまたアーカイブの音声拾っていって文字起こしするんで、 ちょっとそれまた共有しながら後でしみじみ個人個人家で飲みながらそれを見よう。 あーですね。 ごめんねちょっとバタバタしてるところで申し訳ない。 こちらこそすいません。急に娘が降りてくるっていう。 すごいずっと可愛い声が聞こえておったけど。 じゃあパパのところに戻ってもらって。 じゃあ40分くらいかな。ありがとうございました。 50分喋ってるわ。 こちらこそありがとうございました。 あっという間やったな。 面白かったですね。 あと1個だけ言うのやったらこっちの割と鋭いやろうなっていう質問にもさらっと返せるのがさすがやなって思いました。 嘘?そんな鋭いのあった? いや鋭と返されたからそこ簡単に返ってくるんやって思って。 ほんま?また後からどれがどれとか解説してください。 それは内緒やけど。 いやでもありがとうございました。 ということでまたどっかのタイミングで話をしましょう。 ぜひぜひお願いします。 じゃあありがとうございました。 ロコンテストしまーす。 ばいばーいって。 ばいばーい。 ばいばーい。 おやすみー。 おやすみー。 もっと見る📕言葉を整える、思考の時間藤井 海|思考と言葉を整える国語教師00:171.おはようございます02:212.告知とお知らせ48:513.田鍋くんコラボ放送!楽しかったですの奥にある学びコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 岡田 太郎|Taro Okada7月11日「琵琶湖らっしゃい」で危うく離脱しそうになりましたが、最後まで聴けてよかった。2返信 yurika.uri7月12日🤣1 土屋綾乃7月11日アーカイブありがとうございます✨途中可愛い声にやられて😍お話が半分くらいしか入ってこなかったョ😆海さんの「どっちやろな?」とか「そん時ってどうなんやろね?」とかの問いかけと、「う〜ん難しい」とか言いながらしっかり答える田鍋さん…ナイスコンビですね👍リアタイで参加したかったです🥹またコラボしてくださいね♪2返信 越中谷 勇志@EDUBASE7月11日【価値観のモデリング】でスッキリ。ぼくの言いたかったのは全部ソレです。土曜日から学びになりました!ありがとうございました!#全ソレ#琵琶湖らっしゃい4返信 TOSHIHISA TANABE7月11日琵琶湖らっしゃい1 越中谷 勇志@EDUBASE7月11日20:00過ぎ【子どもが自分の意見を聴いて貰えたと感じる経験を意図的に作り出す教師の手立て】について、先程のコメントとも重複するけど、子どもの考えを教師が言語化してあげた後、その子どもの【変容】は確実に見取るし、必要なら更なる支援をするように意識しています。「次の機会に自分の言葉で言えたらすごいと思うな〜!」と種を蒔いてみたり、「え!?この前言えなかったけど、言えるようになってるやん!」と大袈裟に驚いてみたり。子どもに応じて手を替え品を替え、コミュニケーションを楽しんでるイメージです。3返信 yurika.uri7月11日やっぱり寝落ちしてしまいました😂言葉に出来ない子について、やっぱりその子との信頼関係と見取りが重要かなと思います。代弁が必要か、気づきのヒントか、口出してほしくないか、アドバイスを受け入れる余白があるのか、そもそも自分にそれを答えてくれる信頼関係の土台はあるのか。一年間では一歩踏み出す自信が整わない子もたくさんいると思います。うちの長男は最初は頭抱えてましたけど、小5でやっとタイミングが来た気がします。できない自分も受け入れて、それでも自分なりに書けて、書けた!って喜んでます😊3返信 もっと見る
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#379 初読の感想って何書けばいいん。に対して、なんと伝えますか? 19分・10月27日・ 234再生AI目次初読の感想「何を書く?」の壁「どこで難しい?」の問いかけ「わからん」が「問い」に変わる時筆者の言葉選びの真意とは?感じたことを言葉にするプロセス
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#377 金木犀の香り漂わせるコメント返し(無臭) 18分・10月25日・ 97再生AI目次AIと作文論争、指導の鍵は偏見とメディア情報の向き合い方中学生「言語化」授業の野心語彙力と実践、教育談義の深淵同僚S先生と語る「失敗」の価値
#376 説明したのに伝わらない。「知っている」の差を埋めるには 16分・10月24日・ 291再生AI目次「見える」の差が呼ぶ認識ギャップ「バリさん」から学ぶロゴ解読の鍵文章の真意を掴む知識の力とは「知っている」の差を埋める思考術相手に「届く」言葉を選ぶ視点
途中可愛い声にやられて😍お話が半分くらいしか入ってこなかったョ😆
海さんの「どっちやろな?」とか「そん時ってどうなんやろね?」とかの問いかけと、「う〜ん難しい」とか言いながらしっかり答える田鍋さん…ナイスコンビですね👍
リアタイで参加したかったです🥹
またコラボしてくださいね♪
でスッキリ。ぼくの言いたかったのは全部ソレです。土曜日から学びになりました!
ありがとうございました!
#全ソレ
#琵琶湖らっしゃい
【子どもが自分の意見を聴いて貰えたと感じる経験を意図的に作り出す教師の手立て】について、先程のコメントとも重複するけど、子どもの考えを教師が言語化してあげた後、その子どもの【変容】は確実に見取るし、必要なら更なる支援をするように意識しています。「次の機会に自分の言葉で言えたらすごいと思うな〜!」と種を蒔いてみたり、「え!?この前言えなかったけど、言えるようになってるやん!」と大袈裟に驚いてみたり。子どもに応じて手を替え品を替え、コミュニケーションを楽しんでるイメージです。
言葉に出来ない子について、やっぱりその子との信頼関係と見取りが重要かなと思います。代弁が必要か、気づきのヒントか、口出してほしくないか、アドバイスを受け入れる余白があるのか、そもそも自分にそれを答えてくれる信頼関係の土台はあるのか。
一年間では一歩踏み出す自信が整わない子もたくさんいると思います。うちの長男は最初は頭抱えてましたけど、小5でやっとタイミングが来た気がします。できない自分も受け入れて、それでも自分なりに書けて、書けた!って喜んでます😊