TOPトーク専門家東方の3おじさんラジオ【世界一ゆるいキリスト教】【リベおじ】『7歳からの聖書』に続く齋藤孝さんの新刊『信じる力』の中身とは?20:27 2025年3月15日 359再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次『信じる力』の概要と著者紹介齋藤孝氏の信仰観を探る自己啓発本としての側面と課題カトリックとプロテスタントの視点読後感と今後の展開AI文字起こし(β版) # オープニング カトリック・プロテスタントのおじさん・クリスタン3人が共和を超えてお届けする東方のさんおじさんラジオ 本日は3月15日土曜日夜の時間帯です。皆さんいかがお過ごしでしょうか。 ここしばらく加藤おじこと清涼院流水さんとの放送と、そして園谷越さんをはじめ、これからクリスチャン作家について語るという加藤おじ単発会が続く予定になっておりますけれども、 本日は私、リベオおじことリベラルおじさん松谷がお届けいたします。最後までお付き合いください。 # 『信じる力』を読んでみた はい、本日は7歳からの青少を以前Voicyでも紹介したんですけれども、同じ著者である斉藤隆さんが、同じくジョシュ・パウロ会から新しい本を出されました。 信じる力というタイトルになっております。 こちらの本をですね、少し手に取って読んでみたので、そちらについて話をしたいと思います。 帯文がですね、信じる力とはどういうものか、自分の中に眠っている信じる力を呼び覚ますには、信じる力が勇気になるというようなキャッチコピーが書かれています。 以前、7歳からの青少をお話した時に、その時に感じたモヤモヤについて話をしたわけですが、 今日、これからお話しする話も、もしかしたら前回のその7歳からの青少のVoicyをお聞きになってからの方が、より理解しやすいのかもしれないなと思いながらお話をいたします。 前回はですね、その7歳からの青少、子供向けに書かれた青少で、特にこの斉藤隆さんという方が、声に出して読みたいシリーズで様々なですね、 いわゆる格言とか、あとは新学生書、旧学生書もありましたし、それ以外にも論語とかですね、いろいろなその古典的なものを声に出して読むことが、実はいろんな意味で効果があるということで、そういう本をたくさん出されていて、 最近はバラエティの番組とかですね、脱力タイムズとかでも、専門家としていろいろコメントをしたりするような立場で出ていらっしゃいます。 大前提として私は、その声に出して読みたいシリーズは大変好きですし、一定それこそ教育的な効果があるというふうに私も思っている立場です。斉藤さん自身についてもとても効果を持っている立場なんですが、 今回も新塩市からちょっと読みました。ざっと。割と字も大きく読みやすい本になっているんですけれども、要は斉藤さん自身の信仰的立ち位置はどこにあるのかなというのが、前回の七歳感染症を読んだときにもすごく興味があって、 子供向けなんでね、そこまで深い意味はしていないかなと思いながら始めと終わりにあたりは、後書きあたりは中止で読んだんですが、そういう言及はなかった。 今回もですね、前回と違って大人向けの本なので、多少そういう言及があるのかなと思って、いろいろと隅々まで探して読んだんですが、実は終わりに多少そういうところが出てきまして、ちょっとだけそこを紹介しますね。 この本が形になったのにはあるご縁がありました。ふとしたきっかけでジョシュパール会のシスターとの交流が始まり、祈ること信じることについて話をする機会を幾度となく持ちました。そしてぜひ本にしましょうということで出版に至った次第です。 というわけで、おそらくこのジョシュパール会のシスターとのご縁があり、そこから修道院で暮らす方たちの生活ぶりとか、あとは様々カトリックの神父さんが出した本とかにも言及がされているので、 そういう要は信じるという普遍的な行為と、祈るという信仰を持つ方たちの行為を地続きに捉えてみたいと思い、挑戦したい視察でしたというようにも書いてありますので、 いわゆる信じるという行為自体を普遍的なものであると、これは別にキリスト教に特化したことではないという形での紹介になっているんですね。 目次ちょっと紹介します。第1章、心と体の拠り所を持つ。第2章、自己肯定感を養い高めていく。第3章、文化を随に自己を形成する。第4章、陽を照らす松明を次世代に託す。 ということで、ぜひ興味のある方は読んでいただきたいんですが、率直な感想は、私は7歳から読む聖書と作りはほぼ同じだなと思いましたね。 いわゆるカトリック、特にカトリックなんですけど、キリスト教が教えている祈りとか信じる信仰とかの行為そのものについて、一般的にも通用する形で紹介をしている。 それは必ずしもクリスチャンじゃなくても、いろんなものを信じる一般的な日本人にとっても役立つ行為であると、効果があるということですね。 要は自己肯定感をまさに高めるためにも、あるいは自分で自信を持って生きていくためにも必要ではないかということなんですね。 確かに中にはカトリックの方がロザリオでお祈りした、特にルワンダの虐殺を生き延びたという方が、いかにして聖教を持ちながら生き延ばれたかと。 特にそこに祈りの力が大きく寄与していたということとかですね。いろんな具体的な事例を挙げながら、それを実際ご本人もしかしたらご自身としても実践されているのかもしれませんけれども、 いろんな祈りに対する姿勢とか、あとは聖書だけじゃなくて論語もとても役に立つという話とか、仏教の話とかもいろいろ出てくるんですね。 あとはポジティブメッセージの話とか、要は心をどう保てばいいかとかですね。あとは文化的なことがどうやって受け継がれてきたか、まず聖書を介してイエスの生き様が受け継がれてきたという話も、歴史的事実としては言及があるんですね。 ここからはやはり皆さんで考えていただきたいと思うんですが、前回の七歳間の聖書でもお話をしました。 要は非常に自己啓発っぽいんですよ。書かれ方が、書き方が。ご本人意識しているかどうかわかりませんけれども。 なので、信じるという行為自体がとても役に立つということですね。生きる上で。それは私ももちろん否定はしないんですが、信じる対象を問題にしていないわけですね。 そこがカトリックのジョシュパール会が専門出版社として出す本として、もうちょっと説明が必要かなと思うんですね。 このままだと、結局要は相手、対象が何であれ仏教では仏であれ、あるいは信仰宗教であれ、誰かその教祖であれ、要は信じればいいんだと。信じることが自分の生き方を変えていく、あるいは良くしていくんだと。 それが勇気になると。自己肯定感も上がると。いいことばかりじゃないかという話に、私には読めたんですよね。 いや、そうですかねと。特に私なんかは非常に会議的な信仰を持っている人間なんで、むしろ私は疑う力こそが信仰者にとって今、とても必要だなという思いなんですね。 特に今のご時世も、いわゆるポジティブなメッセージによって覆い隠されてしまう課題の側面とか、あるいはネガティブは良くないよという、別にそういうことを言っている本じゃないんですが、 斉藤さん自身はネガティブなコメントは学生に欠かせないで、あえてポジティブなコメントだけ書いてね、みたいなことを前置きして言っているようなんですが、それは学生と教員の関係としてあり得るのかなと思うんですが、 もちろんそれは誹謗中傷を避けるとか、自分の心を守るための防衛策としてはあり得ると思うんですけども、それは果たしてどうなんだというね。それがそもそもキリスト教の信仰と関係あるのかなという話とかね。 そういうことを吟味したいなと思うんです。その辺なんかね、カトリックはやっぱり普遍的なものであるっていうことを大事にするようなキリスト教に私の方、プロテスタント側から思えるので、やっぱりちょっとプロテスタントとはその辺がだいぶ違うなという印象を改めてこの信じる力を読んで思いました。 # 書評としてはなかなか表現できにくい… というわけで、私の主な感想は述べた通りですけれども、なかなかこれ伝わるのかなと、前回も7歳以下の聖書でも思ったんですけれども、 声に出して読みたいシリーズは、そもそもキリスト教とか論語とか聖書とか、その中身を踏み込んでどうのこうのという話ではないので、 いわゆる言葉として持っている美しさとか、それを声に出して読むことによる教育的な効果などについて語っている本なので、 当然そこはキリスト教とは別のものというかですね、文化としてあるいは文学として様々な聖書も含む古典を読むということの意味を伝える本なので、 当然それはあり得る本ですし、たくさん売れているということはそれだけ求められているということだと思うんですが、 いわゆるキリスト教の専門出版社から出す信仰そして聖書を世に知ってもらう書籍として出したときに、 せめて斉藤さん自身がキリスト教の信仰についてどんな立ち位置スタンスであるかをもう少し触れてもいいかなと思うのと、 あと信じる力については、斉藤さん自身じゃなくてあるいは解説として神父さんが少し言葉を添えるとかですね、 ということがもう少しあってもいいのかなと思うんですね。 これだから別にキリスト教じゃなくていいじゃんということにならないですかねということなんですよ。 それは日本のいわゆる何でもいいとこどりで信じる、それこそ斉藤兄さんも含め、ああいうものを文化として享受するというようは、 特に日本の文脈ではあり得ると思うんですが、 信じる対象が仏であれ神であれ、あるいは神社の神であれ、その信じること行為自体が尊いものであるということが言いたいのか。 それでもいいんです。もちろん斉藤さんの立場としてはそれでいいと思うんですけど、 特にやっぱり我々プロテスタントからすると、そうなのかという話なんですよね。 マロさんも私と同意見だと思うんですが、全然仏教界に対して敵対心もないし、むしろお坊さんたちの方が牧師さんより仲良くできるような人もあるし、 たくさんそういうお友達もいるし、リスペクトもあるんですけど、 キリスト教の信仰が仏教におけるお念仏とか祈りとかいうものと同じ概念であるというのとは、 現象としては非常に似通っている。同じ宗教として、あるいは宗教行為として似たようなこと、あるいは構造として神学と仏教の中のその概念とかが似ているということはもちろんあり得るし、 特に浄土人種とよく言われるのは、信蘭とイエスが非常に似た描かれ方をしていて、丹尼章も悪人競技説という意味で、神学聖書の教え、福音書の教えに非常に近いみたいな話はあると思うんですけど、 それは別にキリスト教じゃなくてもいいよねっていう話でもないと思うし、これ難しいのは、私は別にキリスト教だけが真理で、キリスト教じゃないと救われないということが言いたいんじゃなくて、 要は何でも、難しいな。何でもありっていう、何でもありでもないしな。別に斎藤さんも何でもありって言いたいわけじゃないと思うんですけど、この本を書いた趣旨はそうじゃないと思いつつも、 やっぱりそこはもうちょっと、要は後書きに先ほど紹介したように、シスターと仲良くなったからジョシュヴァル会で本を出したということはあります。おそらく別に洗礼を受けるまでに至ってないかも。 受けてるか受けてないかで差別することも私は違うと思っているんですけども、一方で御自身の信仰的な在り方についての実音的な何かが、あえてなのかあるいは無意識なのか、ほぼ出てこないんですよ。 で、はしばしにその新婦さんの本からの引用とか、聖書の引用とかも出てくるんですけど、だからそれは要は並列関係なんですよ。他に出てくる論語とかね、仏教の経典とか、お値打ちとかと同じものとして出てくるので、 だからそういう、世に言う良い言葉とか格言とか、昔から伝わっている古典、名言みたいなのを紹介する本だというのだったら、まあありだと思うんですけど、このタイトルは信じる力なんですよ。 それはだから、キリスト教の信じる力では、厳密に言うと無いんですよね、多分。 はい。なんだろう、そこにこだわりを持ってしまうのは、やっぱりプロテスタントならではなのかなとか思っちゃうんですけど、なのでぜひこれは、カトリックの方はどうなんでしょう、そこまでは違和感ないのかもしれないですけど、ぜひプロテスタントの方に読んでいただきたい本だなと思います。 どういう印象をお持ちになるか。はい。おそらく、まあだからその、難しいな。 斉藤さんが売れる著作を、とにかく書いたら売れる作家であることは間違いない。作家というか、著述家であることは間違いないし、そういう売れる本を売りたいんだというジョシュヴァルカイのビジネスとしての在り方は間違ってないとは思うんですね。 はい。なんですけど、なんだろう、このモヤモヤはというのが、7歳からの青春はまたちょっと違った意味でモヤモヤしたんですけど、まあでも根本的には一緒の問題が同じ斉藤さんの本、しかもジョシュヴァルカイで出している本に通じている部分があるのかなと思いながら、何ともまとまらないものを言語化するという。 で、これなかなかね、これうちの世はせっかくいただいている本なので書評としてね、紹介するということはあり得るんですが、この辺なかなか活字にするのは非常に難しいですね。ちょっと誤解を招きかねない。そんなクリスチャンでもない人間が、けいけいに信仰なんか語るなみたいに取られるのも違う。 そういうことが言いたいんじゃないと。全然バシバシボンボン語っていただきたいんだけど、それはあくまでご自身の人工的な立ち位置、ここから見てこうだと。私にとってはこうだということがですね、もっとあっていいはずの本なのにもったいないなという感じですかね。 で、私がだから他にね、はたから見たキリスト教という意味で、ご自身クリスチャンじゃないけれども、キリスト教についていろいろと聞いたり書いてもらったりとかしている中には、必ずそういう部分が出てくるわけですね。私はだから、洗礼を受けてないけれども非常に近いところにいるとか、結果的に受けたけれどもスタンスとしてはもうちょっとクリスチャンとは微妙に違うとかですね。 研究対象とはしているけれども洗礼を受けていないとか、いろんなポジションがあると思うんですよ。それはそれぞれに何が正しいとか間違いとかじゃなくて、それぞれのあり方があるので、信仰を同じく洗礼を受けたからといって、私のようなあり方も簡易的なあり方もあれば、流水さんのようなあり方ももちろんあるわけですよ。 それは1世、2世でも全然違うだろうし、教派によっても違う、来歴によっても違うということですし、あとは牧師さん、神父さんと神徒の立場でもちょっと微妙に違うかなと思いながら、そういうことをいろいろと考える材料としては非常にいい本だな。 しかも手に取りやすいし、読みやすいということで、すんなり読めてしまうので、その意味ではとても読んでほしい本だなと思います。さまざまいろんな事例が引用されているので、ここを入り口にしていろいろと深めていくという意味では、本当に斉藤さん自身が幅広く、とにかく読書もされ、勉強もされているんだなというのがよくわかる本です。 ぜひコメント、感想、皆さんの質問などもお待ちしております。 リベラルおじことリベラルおじさん松谷川をお届けしました。次のボイスでお会いしましょう。さよなら。 もっと見る #キリスト教 #音読 #カトリック #聖書 #キリスト #齋藤孝 #女子パウロ会 東方の3おじさんラジオ【世界一ゆるいキリスト教】松谷信司×MARO×清涼院流水00:371.オープニング09:522.『信じる力』を読んでみた09:583.書評としてはなかなか表現できにくい…コメント感想・質問・応援メッセージを書こう koudahajime2025年5月19日昨日拝聴しました。齋藤さんの書籍は未読ですが、今感じた印象をコメントさせていただきます。私は浄土真宗の門徒の立場で、キリスト教や聖書について知識や教養として興味があります。そんな私が女子パウロ会出版の書籍を手に取る場合は、クリスチャンの方の感じ方や捉え方に触れてみたいと思って読み始めると思います。そうすると、一般論として、書籍の内容によっては期待とのギャップが生じる場合もあるかなと感じました。松谷さんがもったいないと仰るのはそういう観点もあるのかしら、と思いました。書籍はぜひ読んでみます。1返信 松谷信司×MARO×清涼院流水2025年5月19日コメントありがとうございます🙏 確かに読む側に、著者に関する予備知識が求められるかもしれませんね。ぜひ読後の感想もお聞かせください。1 ちいねこ2025年3月16日表現し難いモヤモヤ感、松谷さんの言葉の端々から伝わってきました。著者である齋藤孝さんのお考え、聞いてみたいです。拝聴しながら、YouTubeの3おじさんでカトリックとプロテスタント、またはリベラル派と福音派といった教派の中で同じクリスチャンでも「あ、違うな」と感じる点があればぜひ伺いたいなと思いました。(信仰の捉え方、聖人の有無や礼拝の仕方以外にも普段の生活や考え方の違いがありましたら伺ってみたいです!)ノンクリスチャンだと知らないこと多いかも!1返信 松谷信司×MARO×清涼院流水2025年3月16日毎度ありがとうございます。確かに、それぞれの見えている景色が微妙に違うので、テーマとしては面白いかもしれませんね。1 ちいねこ2025年3月16日以前、カトリックの知人と話した際(あくまで個人の意見かも?ですが)聖句を覚えていない、聖書の内容に疑問をもっている、と聞いて驚いたことがあります。私はずっとプロテスタントの単立教会で、それでも聖書は字義通りに読むもの、デボーションは毎朝欠かさず、と諸先輩方から教わってきたもので。。また、他の教会では礼拝では隣に異性が座ってはいけない、お酒を飲んではいけないといった決まりがあるところもあると聞きます。同じクリスチャン、同じプロテスタントでも違い(個性)があるのが興味深いです!
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松谷さんがもったいないと仰るのはそういう観点もあるのかしら、と思いました。書籍はぜひ読んでみます。
著者である齋藤孝さんのお考え、聞いてみたいです。
拝聴しながら、YouTubeの3おじさんでカトリックとプロテスタント、またはリベラル派と福音派といった教派の中で同じクリスチャンでも「あ、違うな」と感じる点があればぜひ伺いたいなと思いました。(信仰の捉え方、聖人の有無や礼拝の仕方以外にも普段の生活や考え方の違いがありましたら伺ってみたいです!)ノンクリスチャンだと知らないこと多いかも!
私はずっとプロテスタントの単立教会で、それでも聖書は字義通りに読むもの、デボーションは毎朝欠かさず、と諸先輩方から教わってきたもので。。
また、他の教会では礼拝では隣に異性が座ってはいけない、お酒を飲んではいけないといった決まりがあるところもあると聞きます。同じクリスチャン、同じプロテスタントでも違い(個性)があるのが興味深いです!