TOPトーク専門家東方の3おじさんラジオ【世界一ゆるいキリスト教】【リベおじ】ある書き込みが波紋を呼んでいる件。21:06 2025年4月5日 416再生 問題を報告する 再生する シェアする https://note.com/macchan1109/n/n2605c11d5404?sub_rt=share_pwAI目次X、Facebook等への投稿が大きな反響父親からのメールと意外な視点二世の苦悩と信仰継承の難しさ賛否両論のコメントと多様な意見正しさだけでなく面白さも両立できるかAI文字起こし(β版) # オープニング カトリック・プロテスタントのおじさん・クリスタン3人が共和を超えてお届けする東方のさんおじさんラジオ、本日は4月5日になりました。 皆さんいかがお過ごしでしょうか。 前回からしばらく間が空いておりますけれども、 昨日金曜日の夜に、新たにYouTubeの方で東方のさんおじさん新しい回が公開となっております。 ご覧いただきましたでしょうか。 そして、第3回の青春SAコンテスト、こちらですね。 今年の1月25日に行われましたけれども、 この受賞式と特別代弾ですね。 加藤事故闘争療院流水さんと、 花陣の林あまりさんが、いつも専院病院としてSAコンテストに関わってくださってますが、 毎回受賞式の後に対談をさせていただいております。 こちらも動画でYouTubeで公開しておりますので、 日本聖書協会のチャンネルの方をご覧いただきたいと思います。 というわけで、本日も最後までよろしくお付き合いください。 # まずはX、Facebook、note、Instagramにアップした記事をお読みください。 しばらくぶりの更新となりましたが、本日のVoicyはやや個人的な回になるかなと前もって告知させていただきます。 と言いますのはですね、かれこれ1週間前、3月29日に私が、 X、旧Twitter、Facebook、そしてノートの方にも全く同じ文章をアップしたんですが、やや長文になっております。 私のこれまでも何度か色々と言及はしておりました。 私自身が生まれ育った家庭環境、そして牧師であるおじいの存在、 そして厳しかった教育方針などについては、今までも少し語ってはきたんですが、 割と具体的にストレートに書いた文章で、書いた背景とかを補足しないと少し誤解を招く書き方だったかなと思ってはいるんですが、 なんせ反響がものすごくありまして、すでにFacebookではいいねを含めリアクションが355人、コメントが38件、シェア20件ということでたくさん拡散されていたようです。 そして、なぜ今日新たにこのVCで改めてこの文章について語ろうかと思ったかと言いますと、 思わぬところから思わぬ反響がありまして、実はこの中に出てくる父親本人から直接メールをいただきました。 さすがにこの放送まで聞かれることはないと思うんですが、割と私の予想したものとちょっと違う角度からのメールでした。 確かに面と向かってこういう話を冊子で話したことはほとんどありませんでしたし、そういったことをネット上で誰もが見るような形でさらしたことについての残念な思いは確かにあったのかなと思います。 ただここで書いているのは決して別に今更ですね、30年以上前の話を掘り返して、こうしてほしかったとか、ああしてほしかったとか、今でも恨みにつらみがあるとか、そういう話では全くなく、 ある程度私の中では整理をし、乗り越えた話として改めて原稿化するとこういうことだと。 同じような教群にいる二世は少なくとも同じ日本キリスト教会の同じ教会の同じ世代で育った人たちにいるし、それ以外の家庭にもいるし、 今世間的に話題になっている宗教二世、いわゆる宗教二世という中にはカルト二世だというような主張をされる方もいらっしゃいますが、 決して別にカルト的な共和教団、エホバー統一教会だけではなく伝統的なプロテスタント、そしてカトリックのわりと厳しめな家庭の中ではよくあったことで、 実際にその中でもちろん程度の差はあれ、いろいろな葛藤や苦悩を抱えて育った方々は今もいらっしゃるということが、事実としてそういうことがあったということをただ伝えたかったわけなんですが、 思わぬ反響がありまして、改めてその真意を説明する文章を書いた方がいいのかどうかちょっと迷ってはおります。 まずは本文、文章を読んでおられない方はぜひ本文を読んでからこちらの放送をお聞きいただきたいと思います。 X、Facebook、そしてnoteで松谷真嗣のアカウントがあります。そちら検索していただければ出てくる、読めるようになっていると思います。 批判があるとすれば、身内の家族、親族、特に父親と叔父が、私は実名で書いているからには特定もされるわけですね。 その特定される身内、親族の言動、そこまで具体的に何か批判的に書いているわけではないんですが、 その教育方針について、私の感じたことを一方的にSNS、そしてインターネット上で誰もが見れる形で公にしたということが、 もしかしたら何かご本人たちにとっては良からぬというか、あまりよろしからぬことのように捉えられていかねないなという懸念はありますし、 私は今までも方々でそういう話を自己紹介のたびにしてはきているんですが、それを自己紹介のネタとして枕的に使うこと自体がどうなのかという批判はあり得るかなと思いますけれども、 これは別に繰り返しますが、今は別にそのことを特段挙げつらって謝罪を迫るとか罪を認めるとかそういうつもりは全く一切ありません。 そして故意に身内を貶めるという意図も全くありません。 そして一部明かしにならないとか、こんなネガティブな発信が果たして役に立つのか、副院選挙に意思するのかという見方もあるとは思いますが、私は個人的には役に立つと思うし、 それによって同じような境遇にいた人たちにとっては何らかの助けに少しでもなればということ、そしてあるいは無自覚にそういうことを今でももしかしたら連綿と続いている可能性もありますので、 少なくともそこにはある程度意識を思い出した方がいいんじゃないかということでの発信ですので、そこはぜひ真意をわかっていただきたいと思います。 ただ、それがうまく伝えられなかったとしたら、私の文章力や表現力のツタン再現だと思います。 賛否というか、ほぼほぼ賛成の意見というか賛同していただく意見、そして同じような理性の体験を綴ってくださっているコメントが多いんですが、 たくさん寄せられた内容で言うとFacebookが一番多いので、Facebookからちょっと紹介したいと思います。 お茶の水店長アシスのお茶の水店の店長萩原さん、いつもお世話になっておりますけれども、応援しています。 マツタニさんの仕事に救われている方がたくさんいますという短い文章ですけれども、本当にこれだけでどれだけ私励まされるかという感じです。 そして、お名前を挙げませんけれども、私の子供時代の教会はマツタニさんの幻覚のおじさまが青年時代に通った教会でもあります。 クリスチャン家庭ばかり、子供も多かったので教会学校も楽しかったです。 子供も聖日礼拝に出席するのが当たり前でした。そんな私にとって神様は何者もお見通しの怖い父なる神様イメージが強かったです。 中学に上がる前に教会を展開し、青年時代にいろいろな出会いがあり、神様のイメージは変わりました。 我が両親も教員で、テレビの制限も多くて、学校で友達と話題が共有できないこともありました。 専業主婦だった母が講師として再就職して、普通の高校生の実態を知るようになって、少しずつ親も変わってきました。 私自身は反抗期のなかった方なので、子供時代が堅苦しかった覚えはありますが、マツタニさんほど、日清の苦しさとは感じていません。 今も揺るぎない信仰に立っていることに感謝しています。幼児洗礼を受けていることも感謝だと思います。 宗教日清のことをお問じるあまり、信仰の継承がおろすかになる方が問題だと思っています。この点については子供のいない私には偉そうなことは言えませんが。 ということで長文に当たるコメントをいただきました。 もちろんこういう意見はあり得ると思います。要は強制しちゃいけないというので、親はビビりすぎて継承がおろすかになるのは如何なものかという意見はあり得ると思いますが、 私は半分この方のおっしゃる通りと思っていますし、そのような制限があって話題が共有できなかった友達のこともありましたが、それ自体についてはあまりそこまで大変だったという記憶はありません。 それ以外のテレビ以外の話題はいくらでもありましたので、話題は適当に合わせた上で自分の分かる範囲の話題で共有もできていたのでということはありますが、 なんとなくね、要は信仰継承には強制が必要であるみたいなことで、有無を言わさず連れて行かれ、強引に嫌でも何でもとにかくこれが正しいと言って、教育的な育てられ方、仕付けられ方をした方がたくさんいると思いますが、 それについてですね、良かった悪かったその結果論としてそれが良くて、教会に今でもつながっていますという人もいるし、そうじゃない人もいるというところはですね、是非その両局面あることは分かっていただきたいなと思います。 # 長くなりそうなんで続き… はい、これもうとてもじゃないけど10分で終わらないんで、あれですが、他に…。 結論として私、正しさと面白さは両立し得ると書いたんですが、それに激しく同意してくださった教文館の三階店長吉国さん、ありがとうございます。 息子たちにキリスト教の教えを強いたことはないが、教養として覚えておきなさいと教えた。 長男はキリスト教会が得意とする学芸員になった。お祈りとは縁通り嫁と一緒になった。 感謝から離れている彼は幸せなのかわからない。 洗礼を受けていない次男も教会の雰囲気は好きだと言ってくれている。コミュニティとして仲良いと言っている。 はい、そして、北風と太陽じゃないけど愛でつつんな方がいいよねというご意見。 そして、私もクリスチャンホームに育ち十分に共感できます。一方、何かに縛られているようなクリスチャンの同胞を見ると、イエス様の教えは正反対なのにと思ってしまいます。 真実の証に感謝します。 という方。 それから、 これは主流派、福音派問わず戦後反省期して次世代への継承に失敗した多くの教会に通じる革新的な問題ではないかと思います。 最近もある立派で正当的な教会に行きました。平均年齢70歳、世代交代継承が必須ですが、官暦の事務から見ても堅苦しい礼拝や教会の雰囲気、柔軟にコンテクスチュアルな形ができないものかと、 家庭に至っては異想でしょう。 というコメントをいただいています。ありがとうございます。 二世だけの問題ではないと思います。私は圧倒的な正しさという立法的閉塞感から教会を離れた人たちは多い。 その人たちと再び立ち上がろうとすると、数え切れない犠牲を払うことになった。そんな中でイエス様を信じ、許しを覚えて歩んでいます。 はい、ありがとうございます。 私は信仰とはもう少し笑っていいものだと教えられてきました。ユーモアンの中にも、アスミの心の中にもイエス様は負と価を除かせるものだと。 もちろん信仰は神聖であり不確定的に厳粛なものです。でも、もしそれが子供にとって大忍ぶものとして刻み込まれてしまうなら、それは信仰の本来の姿ではない。 私はそう思っています。だからこそ松谷さんがこのように痛みを言葉にして、それでも正しさと面白さは両立できると語ってくださったこと、 それはまさに福音を新しく差し出す試みなのではないでしょうか。ただ一つ願いがあるとすれば、あの頃のお父様やおじ様にも子供と一緒に笑いながら信仰を語る自由がもし許されていたなら と思います。もしかすると彼ら自身もまたその正しさから解き放たれることを心の中で必要としていたのかもしれませんねと。 そして同じく二世の方から、ストレートな松谷さんのコメントに嬉しくてコメントします。信仰を分かち合える友と楽しく過ごした時間がきっと本当の 教会だったんじゃないでしょうか。僕も今も親友だと思える仲間はキャンプで出会っています。 同じような体験をしている方々たくさんいらっしゃるということはわかるかなと思います。 私は両親がいつもひどい喧嘩をしていたので、いつも小さい頃から早くこの家を出て行ってやると言いまくっていました。 幸い水泳が好きだった兄と私は小学校の頃、 騎士先生ですね、コーチでもあり牧師でもある先生に出会い、キリストに出会うことができました。 騎士コーチと出会ってなかったら自殺しているかはちゃめちゃな生活をしていました。 はい、というお証。 そうですねー。まああのいろいろなんです。いろいろなんですよ。実際ね。クリスチャンホームもいろいろですね。私もクリスチャンホームに 育ちましたが、日曜日はみんなで教会に行く、朝は家庭礼拝を守る。それは自然なことでした。 親から信仰を強要されたり、説教されたりした記憶はありません。楽しい我が家でした。 はい、もちろんこういう方もいらっしゃるのは事実。間違いなく事実なんです。なので、 二世と一括りに言ってもですね、事実に様々な二世のあり方があるということで、クリスチャンホームといってもいろいろあるというところはぜひわかっていただきたいなと思います。 その中で私は比較的ですね、比較的ですよ。全体の中からすると、クリスチャンホームの中でも割と厳しめだったということを、 過去の事実として語っているだけで、それ以上でもそれ以下でもないというか、その中で少なくとも私はこう考えていた、感じていたということは、 事実として私自身のためになかったことにせず、その苦しみや葛藤は認めてあげたいねということを表明したに過ぎないという私の認識です。 なので今更誰かに謝ってほしいとかですね、それを認めてほしいとか、間違っている親やおじやを求断したりとか、 育て方が違っていたみたいなことを言うつもりは全くないし、私の中でもそれが果たして厳しさやしつけや家庭環境がなかったら、今のようにですね、今もまだ教会につながっているかどうかすらわからない。 それは本当に誰にもわかんないんですよ。教育なんか育てなんかそうですが、正解なんか一つもないので、少なくともこれが正解ということはありえないわけですね。 同じ教育をしたからといって、この文章にもあるように三人兄弟、三者三様の受け止めですので、それが苦しかったという人もいればそうじゃない人もいるし、全く同じ家庭環境、そして同じ教会に通っていたとしても受け止め方は全然違うわけです。 でも、そういうふうに感じた人もいるということは事実として、ぜひ、私自身もそれは教訓としたいし、同じような苦しみや葛藤を抱える人がいるのであれば、それはなんかしたらやらげてあげたいなという気持ちからこういう発信をしているわけで、 それが証になるとかならないとか、役に立つのか教会のためにいいのかどうかということを判断するのはぜひ皆さんの方でやっていただきたいと思うし、私自身は必要な発信、役に立つと思ってやっているので、何かキリスト教そのものとか教会の権威とかを貶めようというつもりは全くありません。そこはぜひ誤解なきように。 そして、身内とはいえ、そういう身近な人たちをもしかしたら傷つけるような言動になったかもしれないところは少し反省しなければならないなと思いますけれども、 これを面と向かって言わずにネットで書くことについてもね、昔の世代の人にとってはなんかけしからんみたいな、だったら思っていることをちゃんと面と向かって言えよみたいなことは言われかねないとは思いますし、そういう批判もあり得ると思いますが、面と向かって言えたらそんな苦労しねえよって話で、 ここまで言語化して整理して、ようやくこれを表明できるのに30年かかったということが、そもそも問題の複雑さを物語っているのではないかというふうに捉えていただきたいと思います。 はい、差しでこんなことを言えるような、少なくとも私の子供時代はそういう関係性ではなかったということですね。今となったら全然言えると思いますし、そういう機会があればぜひ話をしたいと思いますが、ちょっと分かり合えないかなと思います。平行線かなとも思います。 そもそも何でこの文章を書くに至ったかというのは、以前の防止でももしかしたら話したかもしれませんが、全く同じ教派の、そして私が家ではあるいは教会では出会えなかった同じ信仰を持つ同世代のクリスチャンと出会えた、いわゆる修養会という名前の会の中で、 出会った同じような境遇にいる2世の同世代の友人と久々にその会で会い、お互い親となっていて、その子供についても共有できる年代になって、改めてあの時はこうだったよね、ああだったよね、全く同じような経験しているねということで共感したので、 そういうモチベーション、それがモチベーションになってそれのきっかけになってインスパイアされて、いや正しいだけがキリスト教じゃないというか、要は正しいキリスト教はもっと楽しくもあるよっていうね、 そういう話を一応講師として呼ばれた時に行って話をしてきたので、自分が好きだとか嫌いだとかそういう自分の感情、素直な思いみたいなことを肯定してもいいんだよ、全然否定しなくていいんだよということを話してきたので、それは自分自身にも話すつもりで話した話だったので、あえてこういう形での文章になったという経緯があります。 というわけで、元になっている文章がわからないと全く何を言っているかよくわからない放送になってしまいましたが、以上私リベラルおじさん、リベおじこと松谷がお届けいたしました。また次のVoicyでお会いしましょう。ぜひ感想コメントお待ちしております。ありがとうございました。 もっと見る #キリスト教 #プロテスタント #宗教2世 東方の3おじさんラジオ【世界一ゆるいキリスト教】松谷信司×MARO×清涼院流水01:091.オープニング09:582.まずはX、Facebook、note、Instagramにアップした記事をお読みください。10:003.長くなりそうなんで続き…コメント感想・質問・応援メッセージを書こう スミッコ2025年4月8日自分で自分を縛っているいい人プレッシャーから自由になりたい。https://www.wlpm.or.jp/inokoto/2016/04/26/信仰を自分のものとしたとき-笑顔でいることが/返信 松谷信司×MARO×清涼院流水2025年4月8日リンク先の記事を拝見しました。2004年4月号の「月刊いのちのことば」に掲載された文章。もう、かれこれ20年以上も放置されてきた問題であること。改めて認識させられました。ありがとうございます🙏1 絆主伝句2025年4月7日配信を感慨深く拝聴しました。私はノンクリ家庭で育ち、家族共同体という圧倒的な正しさにうんざりしてキリスト教徒になりました。1990年代後半に留学した米国の神学校では教会および信徒家庭における性加害や虐待がよく取り上げられており、痛みを訴える声に対して「証しにならない」「主にある兄弟を貶めるな」という声(バックラッシュ?)も見聞きしました。性的少数者や「野生化」したクリスチャンなど、日本でもようやく教会やクリスチャンホームでの痛みや傷つきの経験が分かち合われるようになりつつあると感じています。1返信 ふじ2025年4月5日松谷さんの書き込みに共感します。キリスト教からネガティブな影響を受けながらも、クリスチャンであり続け、今のような働きをされているということは、十分すぎる証であると思います。松谷さんが自身の過去を受け入れることは、同じような過去をもつ者や、今まさにそのような現実を生きている者の実存を認めることであり、聞く者に励ましと慰めを与えると思います。苦しんでいることをなかったことにしない、苦しむ者をいなかったことにしない、このような証は、まさにイエス様の生き様だったと思います。私自身、励まされました。1返信 ふじ2025年4月5日父からのメールの文面に、私自身も少し落ち込みました。失敗や痛みの中で、イエス様が共におられることに気づき、喜ぶのがクリスチャンなのに、クリスチャンに一度なったら、自分を正義の側に置くことでしか自分を認められず、悔い改めることができなくなってしまうことが教会ではよくあるのだと思います。その時痛みの中にある人やその声は覆い隠され、むしろ悲劇を再生産させてしまう。そのような教会の正しさ、反省できなさが、30年たっても変わらないという現実に対しての落ち込みです。1 松谷信司×MARO×清涼院流水2025年4月5日ありがとうございます。コメントに慰められ、また励まされました。ぜひ紹介させてください。1 ふじ2025年4月5日松谷さん、はい、ぜひ!
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https://www.wlpm.or.jp/inokoto/2016/04/26/信仰を自分のものとしたとき-笑顔でいることが/