TOPトーク専門家東方の3おじさんラジオ【世界一ゆるいキリスト教】【リベおじ】福知山線脱線事故から20年 不条理と信仰24:54 2025年4月25日 287再生 問題を報告する 再生する シェアする https://note.com/macchan1109/n/n9414db12afbeAI目次福知山線脱線事故から20年、何を思うか25年前の日比谷線事故との衝撃的関連信仰と責任、その狭間で問われるもの許し、そして問いかけ続けることの大切さ不条理と向き合い、未来へ繋ぐ道とはAI文字起こし(β版) # オープニング カトリック・プロテスタントのおじさん・クリスチャン3人が共派を超えてお届けする東宝野さんおじさんラジオ、本日は4月25日となっております。皆さんいかがお過ごしでしょうか。 リベオおじことリベラルおじさん松谷の回とすると、4月13日前回でしたので東海上ぶりとなります。 その後、ラッパーのフニさんのインタビューから一部、YouTubeの方では未公開、そしてメンバーシップ限定にしておりました回の音声をアップいたしました。 皆さん聞いていただけたでしょうか。流れでVoicy、そしてYouTubeをご覧の方は、なぜあのタイミングでフニさんのインタビューがアップされているかお分かりかと思いますけれども、 実はこちらでも紹介いたしました、例のノートにもアップいたしました、エッセンスで書き綴った私の長文の発端となっているインタビューでもあったわけですね。 フニさんが語ったのは、まさに2世として生まれて、教会の中で抱えていた葛藤について、言語化することの大事さについて語っていて、 さらにそのワークショップに取り組む中で、特にその教会の中で言葉にできない様々な思いがある。 そして教会だけじゃなくて、そういう場所でワークショップをやる、そしてラップをやる意味があるんじゃないかということを訴えられていたインタビューで、 私もそのインタビューを聞きながら自分も触発された言語化できない思いが、ああいう形で小文章となったという流れで繋がるわけですね。 なので何の説明もなくインタビューだけを聞くとちょっと浮いた感じに、しかも三叔父さんのラジオなのにフニさんのインタビューに入るということで文脈が、脈絡が分かりにくかったかなと思いますけれども、そういう形でのご紹介でした。 そしてその後ですね、今月を振り返るというハッシュタグも付きさせていただきましたが、2回ほど加藤叔父ことカトリック叔父さんの流水さんのボイシー会がありました。 1本目が神たてイエスキリストのですね、第2巻目が順調に進んでいるということでその進捗の報告、そして急遽教皇フランシスコが亡くなったということで、本当にこれも驚きで、そもそもボイシーにいただいたコメントをきっかけに流水さんと私がそれぞれ教皇選挙という映画公開中の映画を見て感想を語り合うという会を収録した後、 なんとこのタイミングで実際に教皇フランシスコは体調悪いとは聞いておりましたけれども、まさかのイスターの復活祭翌日になくなるということで本当に驚いております。 流水さんが急遽ですね、音声を収録してアップしてくださいました。 本当にもう聞くのも辛くなるような直後の収録でもあったということで、そのカトリックの方々にとって教皇というのがどんなに、いかに大きい存在であるかというのはもうひしひしと伝わるような魂のこもった会だったかなと思います。 まだ聞いていない方はぜひお聞きいただきたいと思います。プロテスタントの私たちには本当になかなか理解し難いところがあると思うんですが、それでも同じキリスト教としてはなるほどこういうことにより立っている信仰であるということが非常によく理解できるんじゃないかなと思います。 御冥福をキリスト教では祈らないというふうな話を私も方々も今までもしてきたことがあるんですが、意外に実は冥土とか黄泉とか、youtubeでも音沙野さんに取り上げましたが、煉獄とかですね。 そういうカトリック独特の概念からすると、冥界、冥土の祝福を祈るという意味で、冥福を祈るということはカトリックではよく使われる言葉ということもそうありました。 そういった違いも教皇フランシスコの聖教、そして一般メディアでそれが報じられていることを間接的に聞きながら学ばされるような機会になっております。 そして教皇聖教に際しては様々、キリスト新聞も含めて報道をしておりますけれども、うちの新聞では旧教シスターイロタ・シズエさん、そして2019年に来日した際に公式なカメラマンとして教皇フランシスコの間近で撮影をされたという石田美奈子さん、 かつて片谷神父さんとのコラボでイベントをさせていただいた方なんですが、に急遽コメントをいただきました。キリスト新聞の5月1日付けの一面トップとしております。 そしてちょっと日程をご紹介いたしますけれども、明日4月26日日本時間の17時、夕方5時から葬儀ミサがバチカンで行われておりまして、その中継もバチカニュースなどのサイトでされるということです。 そして翌々日4月27日朝8時半からは宗教の時間というNHKのラジオ放送がありますけれども、そこで緊急で木口勲紀卿、今回日本からは前田浜陽勲紀卿とお二人、バチカンで行われる教皇選挙、コンクラービに参加するということで報道もされておりますけれども、 そのバチカンに渡る直前にインタビューしたという音声が4月27日日曜日朝8時半から放送されるということです。 前2回ということで、2本目は若松英介さん、カトリックで批評家として様々カトリック関係の本なども指揮されている若松さんのお話も5月4日の朝8時半に放送されるということです。 ぜひそれぞれチェックしていただきたいと思いますけれども、再放送もありますのでお聞き逃しないようにと思います。 そして5月4日の前日5月3日には、こちら日本の城地大学城地学院とイグナチオ教会が一緒に追悼ミサというのを国内で行うということで、こちらにはどなたでも参加できるという案内がされています。 12時からカトリック工事町教会またの西イグナチオ教会で行われます。こちらもイグナチオ教会のyoutubeのチャンネルでもライブ配信されるそうなので、ぜひ興味ある方はご覧いただければというふうに思います。 そしていよいよまさにリアルコンクラーベが教皇亡くなられた後の15日から20日後あたりから開始されるということで、いよいよ新しい新教皇がどんな方が選ばれるのかというのは非常に注目すべきところかなと思います。 ということで少し長くなりましたけれども、冒頭これまでのことを振り返りつつ、今後の日程についてご案内させていただきました。今日も最後までお付き合いください。 # 20年前の事故から想起される25年前の事故のこと だいぶ前置きが長くなってしまいましたけれども、今日の本題は教皇ではなくてですね、本日4月25日で20年目を迎えるというJR福知山線の脱線事故から考えたことについてお話をしたいと思います。 20年前ですね、もうそんなに経つのかと思うような事故でしたけれども、京都の福知山線で107人の方が亡くなるという本当に痛ましい電車事故だったわけですけれども、たまたま朝の通勤通学の時間だったということもありまして、 たくさんの学生の方々もいわせていたと。特にキリスト教系でいうと同社大学では3人が亡くなりまして、24人が重軽症を負ったということで、毎年この季節には追悼の礼拝が捧げられているというふうに聞いております。 そこで私、直接ですね、こちらの福知山線の事故には何か接点があるわけではないんですが、毎回この電車の脱線事故を思い起こすために忘れられない出来事があります。そのことを今日は少しお話したいと思います。 20年前が福知山線の脱線事故でしたが、そこからまたさらに遡ること5年、25年経ちましたけれども、日比谷線で脱線事故がありました。皆さん覚えていますでしょうか。 2000年の3月8日午前9時1分頃、日比谷線の車両が脱線をして5人の方が亡くなりました。 なぜこれが私忘れられないかというとですね、当時私はまだテレビ局で勤務をしておりました。編集の招待をしておりました。このニュースを職場でテレビで知りました。 亡くなった5人のうちの1人が私たちと同じ教派に属する青年で、私より少し年上の先輩でしたけれども、何度もですね、教会の行事でお会いし話をしたこともあるよく知る方でした。 まさかですね、地震の亡くなるニュースを職場でテレビで知るという体験をするとは本当に夢にも思わなかった出来事だったので鮮明に覚えております。 当時ニュースでは5人の方、犠牲になった方々のいろいろなプロフィール、詳細、写真なども公開報道されておりましたけれども、その中には17歳の高校生、前とある高校生もいらっしゃいました。 そして私の知る知人は教会に通っておりましたので、経験なクリスチャンという形で報道を紹介されていたのを記憶しています。 この事故が私にとってとても大きな意味を持っているのは、ただその知人が亡くなったということだけではなく、その後、後日談にも関係しているわけですけれども、 この事故から9年後にブログでこの事故について、そしてその後に起きたことについて振り返ったブログ記事がありますので、そちらを紹介したいと思います。 この2009年に書かれた記事は、実は今日紹介した2005年の福知山線脱線事故をめぐって、事故の調査報告を有利にするための工作と情報漏洩が発覚したというニュースが2009年に報じられたのを受けて綴ったブログ記事だったわけですが、冒頭それについて触れています。 9年前、このブログ記事を書いた当時2009年から9年前の永断地下鉄、現東京メトロ日比谷線脱線事故が脳裏をよぎる。死亡した5人のうちの1人は、赤くして長老・教会役員に選ばれた同じ教派の敬愛する兄弟です。 突然の別れに、教会の葬儀へ駆けつけた多くの友人知人らも、悲惨と同様を隠せなかった。 当時の永断葬祭は、同じキリスト社・クリスチャンとして、教会が発行した追悼文集に寄稿し、故人や遺族の信仰を称えた。 当時の永断地下鉄の葬祭がクリスチャンであったということもあったので、追悼文集にその会社の責任者としても文書を寄せた。 この度の不幸な列車事故は、このように優れた若き神徒の命を奪ってしまいました。なぜ神様がこのように早く〇〇さんを天に召されたのか、誰にも分かりません。 〇〇牧師が語られた、「人の生死は神の定められるところであって、辛い事態ではあるが、そのように受け止めなければならない。」というキリスト社の主政観に関するメッセージ、 そして亡くなった〇〇さんのご両親が語られる同主神のお言葉は、これを聞いた永断役職員の口を通して尊敬の念を込めて語り広められています。 これが一粒の麦という追悼文集の中に掲載されています。 それを引用した上で、他方、事故後の永断側の対応に不満と意気通りを覚えたある遺族は、慰霊碑への記名すら拒否し続けている。 同じ事故で十七歳の息子を失った父によるホームページ「十七歳の生涯」は涙なしに読むことはできない。やはり誠意のない組織への怒りと、哀息を突然奪われた遺族の道国が綴られている。 私たちキリスト者は、彼らに届く言葉を持っているのだろうか。この世のどんな悲劇も神の御計画であることに変わりはないが、人命軽視、利潤効率最優先の市場主義社会のもと、性幹罪の癒着、天下りの構図や大企業の無責任体質を不満に付すことが果たして信仰者に求められる姿勢なのだろうか。 空の安全を求め、信念を貫く主人公の戦いを描いた映画「静まぬ太陽」が今月公開される。不条理なし、人間の罪から生まれる行動的な疑惑を前に、私たちはどこに立つべきか。 不条理なし、人間の罪から生まれる行動的な疑惑を前に、私たちはどこに立つべきか。 許し合い献身奉仕 許し合い献身奉仕 許し合い献身奉仕 許し合い献身奉仕 許し合い献身奉仕 許し合い献身奉仕 # 何らかの「罪」を免責することが信仰なのか 繰り返しますが、天災の場合と人災の場合で少し文脈が異なるかと思います。 しかしこれが事故の場合、どこに責任を求めるべきなのか、それは人為的なミスが元であったのか、あるいはなかったのか、 原発なんかもそうですね。最終的には結局あの原発事故について、当店の社長らの役職員の罪は認められませんでした。 じゃああれは天災だったんでしょうか。人為的なミスその他、責任はなかったと言えるんでしょうか。 で、それによって被害をこむった被害者あるいは被災者の中にキリスト社がもしいたとしたら、 その人々は信仰の名によって被害を甘んじて受け入れる、あるいは責任は問わないという姿勢が理想とされるべきなのかと。 この日比谷線のケースはまさにその英団側ですね。要はその脱線を事故を起こしてしまった会社側のトップが同じキリスト教徒だったという理由によって、 そしてまたこの亡くなった方のですねご両親もクリシャンでもありましたので、 そういう社会的な責任とか事故の追及みたいなことは積極的にはなさらなかったと聞いています。 それ以外の5人の犠牲の方々がいらっしゃいますが、それぞれその遺族たちの姿勢はもうバラバラです。 様々です。その中でおそらくクリシャンだった私の知人のご両親は、そういう英団側の責任を追及するような仕方はしなかったんだと思います。 それがその英団の当時の総裁からすると非常に信仰的な立派な姿勢だったと。 それがその英団の中でも語り継がれているみたいなことが文集の中に載っていたことに、私はものすごい違和感を覚えたわけですよ。 それが理想的な信仰の在り方なんですかねと。 じゃあ原発で避難を余儀なくされたクリシャンは、みんな甘んじて原発のこと、あるいはその東電の過失、またそこに国策が大いに関係していたわけですけれども、それについては問うべきではないのか。 はい、脱線事故と原発事故とあるいは震災などの、いわゆる天災ですね、災害、地震その他、同じ文脈で語ることはできませんが、 や、追及すべきことを追及することは信仰と何ら矛盾しないのではないかというのが私の立場です。 むしろ今後同じような事故が起きないために、あるいはなぜそれが起きたのか、そのための対策が十分だったのか、そして今後じゃあそういう対策として何が必要なのかということを徹底的に明らかにすることこそが信仰者の目指すべきことなのではないかと個人的には考えます。 もちろん、この件に関して枝川の責任を追及しなかった両親ご遺族の姿勢はあっていいと思います。そういう選択もあっていいと思いますし、様々な捉え方がありますし、 実際にじゃあ枝川に責任があったのかなかったのかというのは私のような素人には全く分かりませんが、福知山線でも散々と言われました、その勤務体系、そしてそれによる様々なノルマ、時間が遅れたことに対する様々な罰則規定など、いろいろと報道の中では問題に指示されていたことが浮き彫りになってきたわけですけれども、 それらもひっくるめて、私たちはただの信仰的な言説によって、あるいは許しとか愛にという名のもとに不問に沸くということが理想とされてはいけないのではないかというのが私の考えです。 かれこれもう日比谷線の事故から25年も経っていますが、いまだに私の思いは変わりません。多分おそらく同じような事故事件が起きた時に、クリスチャンとして悩むことが多々今後もあると思います。 そのために単に競技場、競技場、あるいは言葉上の愛とか許しとか献身奉仕みたいな言葉でごまかさないこと、ごまかされないことが必要なんじゃないかなというふうに改めて、今日のふくちゃんの線から20年の節目ということで考えたことをお話をしました。 当事者の方もいらっしゃると思いますので、決して本当に一言じゃないと思いますし、いつ、いかなる時にどんな事故事件、あるいは転載、巻き込まれるかも分かりませんが、その都度私たちは信仰との関わりについてやめずに、諦めずに考え続けたいなというふうに思います。 今月振り返るということで強行関連から少し長くなってしまいましたが、この間の電車の事故、そして原発のことも含めて少しお話をさせていただきました。 友野さんおじさん、今後もYouTube、そしてボイシーの友野さんおじさんラジオも含めて、コメント、感想、そしていいねなどいただければと思います。この間、たくさんコメントもいただいてますので、また機会があったらご紹介したいと思います。 というわけで、長きにわたってお付き合いいただきありがとうございました。リベラル参考とリベ王子松谷がお届けしました。また次のボイシーでお会いしましょう。さようなら。 もっと見る #電車 #事故 #キリスト教 #不条理 #福知山線脱線事故 #今月を振り返る #日比谷線脱線事故 東方の3おじさんラジオ【世界一ゆるいキリスト教】松谷信司×MARO×清涼院流水08:091.オープニング10:002.20年前の事故から想起される25年前の事故のこと06:463.何らかの「罪」を免責することが信仰なのかコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 甘夏2025年4月28日福知山線脱線事故は住んでいた街から離れた地域で、関係者もいない事故ですが、私の誕生日です。生まれる命もあれば亡くなる命もある、と心に思う日になりました。所属する教団では「神の主権」「神の領域」という概念をほとんど教えられません。しかし引越し先の他教派の牧師さんの、召命への経緯をお聞きしたときのキーワードでした。法整備、ビジネス、科学技術の発達スピードに対し、倫理観や宗教観の足並みは揃いませんが「神さま、どうして?こんなことが?あの人が?」は「どうして?」のまま持ち続けたいと思っています。2返信 松谷信司×MARO×清涼院流水2025年4月28日コメントありがとうございます。仰る通り、痛ましい事件、事故の報に接するたびに思考停止することなく、「どうして?」を持ち続けたいと思います。1 ふみか2025年4月26日朝放送聞いていたら、べきを連呼されていて、とても不快になり、愛と赦しとリベラルと対極の感じがしました。ベキ思考は自分も他人も苦しめます。先日のカトリックの方の放送は素晴らしくて感動しました。返信 松谷信司×MARO×清涼院流水2025年4月27日不快な思いをされたようで失礼いたしました。教皇フランシスコが弱き者に寄り添って声を上げ続けた姿勢に、私たちも倣いたいと願っています。 スミッコ2025年4月26日福知山線事故の時、亡くなった方の名前リストがテレビで流れていて、私と同姓同名同年齢の方がいました。私の名前はあまりない名前なので、父や友人が心配して連絡をくれました。毎年事故から何周年、のニュースを見るたび、何で彼女は亡くなって私は生きているのか?と思います。神様しか分からないことですが。昨年所属教会で悲しい出来事がありましたが、至った経緯や原因について、明らかにしようという気がないようです。「特定の人を責めて終わることになるから」らしいです。静かに受け入れるのが正しいんでしょうかね?3返信 松谷信司×MARO×清涼院流水2025年4月27日コメントありがとうございます。「不問に付す」ことが信仰の名のもとに正当化され、さまざまなハラスメントを含む「被害」の声を封殺してきた状況は本当に罪深いと思います。1
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所属する教団では「神の主権」「神の領域」という概念をほとんど教えられません。しかし引越し先の他教派の牧師さんの、召命への経緯をお聞きしたときのキーワードでした。
法整備、ビジネス、科学技術の発達スピードに対し、倫理観や宗教観の足並みは揃いませんが「神さま、どうして?こんなことが?あの人が?」は「どうして?」のまま持ち続けたいと思っています。
べきを連呼されていて、
とても不快になり、
愛と赦しとリベラルと対極の感じがしました。
ベキ思考は自分も他人も苦しめます。
先日のカトリックの方の放送は素晴らしくて感動しました。
昨年所属教会で悲しい出来事がありましたが、至った経緯や原因について、明らかにしようという気がないようです。「特定の人を責めて終わることになるから」らしいです。静かに受け入れるのが正しいんでしょうかね?