TOPトーク専門家東方の3おじさんラジオ【世界一ゆるいキリスト教】【リベおじ】珍しく「福音派」日本聖契キリスト教団に呼ばれました!23:53 2025年9月30日 231再生 問題を報告する 再生する シェアする https://nskk.webnode.jp/AI目次福音派に響く言葉選びの妙とは教会の掲示板に「終わり時間」をクリスチャン妻の尽きない後ろめたさ教会に福音とジェンダー平等を男性信者はいつまでアグラをかくのかAI文字起こし(β版) # オープニング カトリック・プロテスタントのおじさん・クリスチャン3人が今日はこうやってお届けする東宝の三おじさんラジオ、本日は9月の30日火曜日となっております。皆さんいかがお過ごしでしょうか。 9月の30日ですよ。 あっという間。 もう終わってしまいます、9月は。 はい、というわけで本日もリベオおじことリベラルおじさん松谷がお届けしておりますが、昨日に引き続きの更新です。 週末、昨日のVoicyではご紹介しませんでしたが、 日曜日のYouTubeのイノフェスチャンネルでは、9月に行われました日本バプテスト同盟の関西部会が主催をいたしました秋の研修会でお招きいただいた時の講演と質疑応答の様子を紹介をしております。 講演もわりと今までやってきたようなダイジェスト版なので一部でしかないんですけれども、今回は特に教会の大いなる勘違い実践というタイトルで、勘違いしやすいことはあるよねということで、その10項を霊挙したという部分を少し挙げておりますので、 比較的ちょっと注目していただけたらというふうに思います。 多分これは今回初めて今までの講演では、そういう括りとして紹介してこなかった内容なので、初めて本邦発の内容になっているかなと思います。 もちろん今まで言ってきた内容と被っている部分はたくさんあると思いますが、10項にまとめてみましたということで、似たような用語ワード概念が今後本堂したりとか意味を誤解したりとかして使っていませんかというのを比較的集めたような内容になっております。 その1週前でもう1つ先行して挙げているのが、質疑応答、皆さんグループで討議をした後の全体のまとめ、そしてそれに対するコメント応答、質問に対する答えというのをまとめてお話をした10分ちょいの動画なので、 割と皆さんの、大体私の話を聞いて上がってくるであろう質問・疑問に答えた内容になっているんじゃないかなということで、そちらも参考にしていただければと。 月曜日、昨日の夜に公開したのが、宗教メディアサミット第3回、2023年から第1回、第2回、第3回と毎年続けて開催をしております、宗教を超えて宗派を超えて仏教・キリスト教のメディア、何らかのメディアに関係している人たちを集めたトークセッションというのを、 今回はエンディング産業展という、葬儀者が集まる展示会みたいなのがあって、その会場の中でやりましたということで、その発言の一部。 吉岡さん、かつてレヴィアスライフというYouTubeチャンネルで一世を風靡しました、同社卒の牧師さんと、あと未来の住職塾って私が本当に尊敬してやまない松本正経さんをはじめ、一緒に連携しながら住職塾を回してきた遠藤拓哉さんの登壇したときの発言に関してちょっと編集をしました。 もう一方、事紙の吉田さんという方にも登壇していただいたんですが、YouTubeの撮影はご遠慮したいということだったので、吉田さんの部分はカットしておりますが、登壇した三人のうちのお二人の発言部分、非常に端的に短くまとめられていますので、そちらもご覧いただきたいと思います。 というわけで、オープニング長くなりましたが、本日も最後までよろしくお付き合いください。 # 他教派から初めてのお招きで何を語るべきか というわけで、今日はですね、9月、たまたま研修、休日もあったということで研修が重なったんですが、そのうちの一つであります日本整形キリスト教団の神奈川教区から声を掛けいただきまして、講演をしてきたということで、その内容もしかしたらまた後日YouTubeのお手伝いができたらと思いますけれども、 今までの歴でいうと、割とそのいわゆるメインラインと言われる教派、聖公会ルーテル、バプテスト連盟あたりが多かったんですが、 福音派、いわゆるメインラインじゃない福音派からお招きいただくのは本当に珍しいんですよね、今までのところ。 同盟教団とか、あとは関西でお招きいただくこともありますが、関東では多分初めてですし、いわゆる日本整形キリスト教団というのは整形神学校という神学校も持っておりまして、 割と柔軟かなという印象はもちろんあったんですが、それにしても牧師でもない、研究者でもない、神学者でもない人間を招いてお話を聞こうという姿勢を示していただけるだけでも本当にありがたいなと思いますし、 よくぞ呼んでいただいたと思って感謝しているんですが、事前に取材する牧師さんたちともオンラインでミーティングをして、その際も何を言っていただいてもいいので、タブーもないし、 何か言われて起こることもないので、ぜひ忌憚のない意見をという話が前振りとしてありました。なので、普段しゃべっていることをしゃべる感じにはなっているんですが、あえていわゆる福音派ならではということで、福音派の方々にこそ聞いてほしい話を少し強調してお話をしました。 ただやっぱり50分で時間が足りずに、10分に15分にちょっと超過してしまったのはちょっと反省です。 基本私、呼ばれていくときは時間厳守で、必ずどんなに盛り上がっても熱が入っても時間内に終わるというのをポリシーにしていたんですが、今回若干盛り込みすぎて、それでもかなりはしょったんですけれども、50分に収まらなかったということで、若干反省をしております。 生計が実際に教団の中の実態どうなっているのかというのも知らずに話すのもどうかなと思いながら、でも事前の打ち合わせとあと何人か関係している先生方もいらっしゃったので、事前に個別に色々とお聞きしたりはしたんですが、基本も今や福音派だろうがメインラインなのかアトリック派だろうが同じです。 現状はほぼ同じ、あるいは若干動くの率が高いか低いかぐらいでしょう。それでも数パーセントから10パーセント、20パーセント、30パーセントぐらいの幅はありますが、牧師が足りない、高齢化している、神道が減っている、若い人たちが来ても定着しないというのはほぼ共通ですから。 それはもはやキリスト教だけじゃなくて仏教もあるいは神道神社なんかも同じ悩み課題を持っているわけで、なので話すべきことはほとんど変わらないんですが、それでもやっぱり多分使われる文言だとか、強調する場所とかは若干違うかなと思ったので、ある程度そこに少し特化した話はしたつもりです。 ちょっと同盟の動画とかも見ていただき、かっこのイノベーションチャンネルの動画なんか見ていただいている方、あるいは私の研修や講演なんか聞いている方も耳に蛸ができるぐらい同じ話を繰り返ししている部分があるなと思ってお聞きいただけているかもしれませんが、 この間大体毎回言って、毎回納得していただけるのは、散々これも言ってます。10年以上前から言ってます。八木谷さんが本の中でも指摘しています。開始の時間は表記されているけど終わりの時間がない掲示板、ホームページ、チラシが多すぎるって話です。 特に掲示板は、いまだに私散々あちこち言ってきました。口を酸っぱく言ってきました。もう直っている協会もいっぱいあると思いますが、始まりの時間、終日礼拝、成日礼拝、朝、午前、10時半、説教題なんとか、なんとか博士が、どうですか、7割、8割それだけじゃないですか、その掲示板の情報って。 だから、開始時間わかるけど終わりの時間わかんないんで、終わりの時間絶対書いてくださいねって。普通、他のイベントのチラシで終わりの時間書いてないってことは、まあないですよと。1日かかりなのか、30分で終わるのか、2、3時間で終わるのかがわからなかったら、参加できませんよ、そもそも参加したくても。 で、わざわざその終わりの時間問い合わせてまで参加する人、まあいないですよ。 なので、そういうところが細かいことですけれども、そんなことはもう二の次だと言われるかもしれませんが、そういう細かい配慮が一つ一つ丁寧にハードルを下げることになるんで、ぜひ、今すぐにでもできることですから、ホームページなんかはね。 看板も業者に発注して作っちゃった看板なんか直すの大変かもしれませんが、まあそれでも手書きで付け足せばいいじゃないですか。 で、何ならやっぱり筆字で漢字でね、毎週のように達筆な教会の方が書いている教会なんかは、終了時間付け足すだけなんで、何の難しいこともないです。コストもかかんないですよ。 なので、終了時間必ず書いてください。そして書いたからにはその時間には終わってください。私の今回の講演みたいに、せっかくその時間が決まっているのでその時間を超過して延々と喋るみたいなことはやめてください。 精霊が降りてきてその促しによって今日はちょっと長めに話しましたみたいな。本当にやめてください。やっぱり、だいたい、まあ、だいたいでいいですよ。きっちり時間きっちりに終わるってことは難しいにしても、だいたい1時間ぐらいなのか1時間半なのかぐらいはわかるじゃないですか。 それは信徒の方、教会の方はわかるので、わかりきったことなんで書いてないんです。書く必要ないから。でも本当に掲示板を見る人たちは信徒じゃない人ですよね。その通りすがりに看板を目にする人を立ち向けに情報を発信しているわけですから、ホームページもチラシも。 なので終わりの時間を書いてくださいね。できれば予約がいるのかいらないのか、お金、有料なのか無料なのかももちろん気になるところなんで、ホームページとかにはぜひ書いていただきたい。そしてどなたでもお越しくださいと。 で、牧師と会いたいという方は、その日でいいのか、礼拝後に声をかけたらいいのか、声をかけてよくないのか、牧師と面談する日曜日のね、あるいは時間曜日、決まっているのであればそれを明記していただきたいし、とにかく教会に初めて行く人たちは牧師と話したいと思っている人たちも多いはずなので、牧師が誰なのかわからないというのは非常に決定的、致命的です。 受付に牧師が立っていることはまずありません。受付に立っているのは受付担当の奉仕者が立っているだけなんで。で、プロテスタントなんか見た目で牧師わかりませんからね。ある程度ちょっとスーツ着て偉そうな牧師かもしれませんが、それにしたってみんなスーツ着ている教会もあれば、もはやスーツなんか着ていないラフなスタイルの牧師がいる教派教会もありますので、そしたらますますわかりません。 誰が牧師なのか。牧師がいない教会もありますよ。だったらせめて教会の役員ある程度、その席にあるスタッフの方がわかるようにしていただければというふうに思いますので、そういう話をしました。 あと何ですかね。だいたい他でも言っているのは、業界用語の話だいたい言いますね。うちは身内にしか通じない業界用語を堂々と平気で表に看板として掲げているのは、いかがなものかと。 身内にしか伝わらない用語ですよね。身内の情報媒体で使うのは全然いいし、手本に書いてあるのはいいと思いますが、対外的にアピールするときになんでそういう言葉を延々と使い続けるんですか。特別伝道礼拝みたいなネーミングをいつまで使い続けるんですかと。 私たち主催側の位置づけでいいじゃないですか。内心これは特別に伝道を強化月間としてやる集会なんだというのは、身内の内側の方針として位置づけるのがいいと思いますが、対外的になんでそれは代々的にタイトルとしてアピールする必要があるのかということの方法で言っております。 言い出すと本当にキリがないので、その辺はぜひ動画の方を見ていただきたいと思いますが、そういった話をさせていただいて、これは許可を囲えてどこ行っても大体納得していただきます。 終わりの時間、うちはポリシーを持ってあえて書いてないんだみたいなことで反応されることはまずありません。 あっても言い返します。終わりの時間書く必要がある理由はいくらでもあげられますので。 というわけで、いろんな強化をお招きいただくことありますが、この強化だいたい言っても同じような内容が未だに必要するんじゃないかということでお話をいたしました。 # 講演後の印象的なやり取りから…根深い家父長制 で、もう一つ、実は公演の話じゃなくて、公演後に参加された女性の60代とおっしゃってましたね、の方とちょっと雑談をする中で気になった話を少し紹介したいと思うんですが、 これ公演のそのものとは関係ないんですけれども、私が、連れがクリスチャンじゃありませんと話をしたのを受けて、その方も女性の方だったんですが、 夫さんが70代で、クリスチャンではないと。なので、毎週ね、礼拝に来るたびに非常にこう、後ろめたい思いをしながら、 教会に来ては、早く帰らなきゃというので、いつもそういうことを考えていると。 送り出してもらえているだけで感謝しなきゃという話をされてたんですが、 もう結婚生活何十年ですよね。30年40年のご夫婦で、いまだにお互いがその日曜日どこに行って、 で、帰りが遅いとか早いとかということで、なんか文句言われちゃうことの不幸ってないなと思ったんですよ、改めて。 いや、これも教会のいわゆるその片方だけがクリスチャンの男性女性、両方いますが、特に女性の方が多いですね。 夫はクリスチャンじゃないけども、お連れ妻の方が、女性の方がクリスチャンというケースがよく教会の中ではプロテスタントなどでよくある話なんですね。 そうすると、夫を置いて、家を開けて、自分の信仰、あるいは自分のわがままで教会に来させてもらっているのに、 遅くまで会議やら何やら、そしてお昼も用意していかなきゃいけないとか、 あとはお昼ご飯を一緒に食べさせなきゃいけないから、昼までに帰るとかっていうことを聞くわけですよ。 特に高齢、上の世代の方々。40代でさすがにそういう方、あんまり聞かないですけども。 まあ、世代間ギャップと言ってしまえばそれまでなんですが、 まあ、その昭和のね、その夫婦関係みたいなことが、教会の中でも未だにしわりになっていることは非常に印象に残りました、その話。 じゃあ、夫がクリスチャンで妻がノンクリスチャンの場合。まあ、うちもそうです。 その人は、夫さんは、じゃあその昼に帰らなきゃって言って、なんか後ろめたい思いして教会に来てますかね。 来てないですよ。いや、もしかしたらそういう方もいらっしゃるかもしれませんが。 じゃあ、なんで女性だけそういう思いをしなきゃいけないのかと。 それは別に、今の教に限らず、まあ、世間的にあらゆるところでそうかもしれないですね。団地の集まりだとか、 そのご夫人たちの集まり会だとか、趣味の会とかっていうのに、行く妻がなぜか後ろめたさを覚えなきゃいけないっていうね。 それはだって公平じゃないですよね。 いや、そもそもいい歳した大人がですよ、日曜日の昼ぐらいに妻がいないかろうが、家族が出かけていようが、 それは自分で食べたらええじゃないですか、自分のご飯ぐらい。 なんでそれをその結婚何十年の妻に依存しなきゃいけないんですか。 家族いなくたってご飯ぐらい食べれるでしょ、人、普通に。 ということをちょっと考えてしまうのは、私がちょっと40代だからなのか、 うちの両親がそういう関係じゃなかったからなのかにもよりますが、 でも本当に赤い人でもたまにいますよね、家事行く時一切しないみたいな。 むしろそれをちょっと誇らしげにドヤ顔で語ってる男性とか言うと、本当に無視図が走りますが、何様だと。 それができて、それを平気で言えてる背後にどんだけお連れ合いや家族の努力や支えがあるのかっていうのを考えたことがあるのかと言いたくなりますが、 まあまあそれも置いといて、でも教会って、そういう世間的な縛りとか慣習とか飲酒とか伝統的な家族観とかからは自由であるはずじゃないですか。 何のための福音なんですかということですよ。 だからその族的な、世俗的な、あるいは日本の儒教的な文化、格調的な名残みたいなことを延々といつまでも引きずって、 さもそれがなんか聖書的に正しいかのようなですね、格調性というか聖書に書いてある価値観によると妻夫を支えみたいなことを持ち出したりする。 いやそれはどうなのっていうふうに思いますよ。 私はクリティカルだからそう思うかというか、それはあんまりクリティカルかどうか関係ないかもしれないですけども、 少なくとも対等平等な男女間、あるいはジェンダー平等みたいなギャップから、そういう束縛から解放されるべきみたいなイエスの価値観からすると、 ちょっと逆行しまくっているし、時代錯誤すぎると私なんかは思います。 あんまり性差別みたいなことを教会の中で話す機会がないし、私はいくらでも話したいし、むしろ男性向けに話したいと思ってはいるんですが、 そういう機会もないし、そういうテーマで呼ばれることもあんまりないので、なかなか喋る機会ないんですが、私は率先して話したいテーマです。 特に男性向けに。いつまであぐらかえてるんだということですね。下駄履いて、有利な立場にいながら、 それは自分の手柄であるかのような、あるいはその聖書的に正しいかのようなことを言い続けていることの哀れさは、ぜひ自覚していただきたいなと。 その意味で、ミニストリー最新号の2025年4月に出した雑誌、ミニストリーの特集は、「マッチョな権力者の話が聞き飽きた」というちょっと割と朝鮮的なタイトルで、 ほぼ9割以上女性だけの執筆者、登壇者、インタビュー、対談も女性だけでやったと。 それはなぜなら、やっぱり中高年男性に今まで日本のキリスト教の言論会、出版会が占められてきてしまっていたという反省。 そしてミニストリーの雑誌そのものが、創刊以来、編集委員や企画委員という方がきては何人かいらっしゃいましたが、 編集委員という国の中で男性以外を迎えることが、ついに2022年の9巻までできなかったという反省事態を込めた特集でもありました。 今回その女性の方と講演後に話したのは、まさにそのミニストリーのきっかけでしたね、確か。 はい、思い出しました。 その特集、こういうタイトルやこういう特集にしたのはどういう意図ですか、みたいなとこから始まって、 その女性がどうのという話になったんですよ。 なんであえてそういう、男女でもはや2つに分けることすらもちょっと暴かられるような時代状況もありますけれども、 少なくとも中高年男性ばっかりが表に出てくるメディア、雑誌、業界はいかがなものかということで、 私も津田さん、津田亜佑介さんのポリタスTV、熱心に拝聴しておりますが、 パリ定にこだわっているという津田さんの方針ポリシーに少しでも近づけるようにと願いつつ、 何かしらその企画をするときは、あそこは念頭に置きたいなと。 半々にならなくてもせめて、男性以外ゼロというシチュエーションは作らないようにというふうに願っております。 という意味で、教会の中には女性が浸透の率の中では多いにもかかわらず、決裁権を持っている役員がいないとか、 あるいは女性の牧師を未だに認めていないとか、女性牧師の率が圧倒的に少ないとかいう状況は、 これは教会だけでなくキリスト教学校にも共通して言えることですが、 学長、理事長、校長はほぼ男性みたいなことを、ぜひ問題だというふうに認識していただきたいというのを改めて思わされた次第です。 お昼ご飯どうするかみたいな問題、各家庭夫婦の問題なんで、それぞれ夫婦で話し合えば、それで合意の下でそうなってればいいんですが、 果たして本当に確かな対等平等な話し合いによって決まっているのかどうかというのは気になったのでお話をいたしました。 また機会があればそのジェンダーの話できればと思っております。 今日も東方のさんおじさんの話を聞いていただきありがとうございました。 YouTubeチャンネルもぜひチャンネル登録、高評価をお願いしたいと思います。 というわけでお付き合いいただきありがとうございました。 また次のVoicでお会いしましょう。さようなら。 もっと見る #教会 #キリスト教 #福音派 #聖書 #日本聖契キリスト教団 東方の3おじさんラジオ【世界一ゆるいキリスト教】松谷信司×MARO×清涼院流水04:111.オープニング09:512.他教派から初めてのお招きで何を語るべきか09:523.講演後の印象的なやり取りから…根深い家父長制コメント感想・質問・応援メッセージを書こう 甘夏2025年9月30日教会のジェンダー課題に斬り込んでくださり、ありがとうございます。所属教派は戦前から女性教職が活躍し、そちらの格差はないですが。信徒レベルで、愛餐会やバザーでの台所紛争が多発していました。ベテラン主婦間のコダワリ争い、世代間の違いによる擬似嫁姑的雰囲気など。牧師夫人、一気に老けました。普段偉そうな男性陣は知らぬ存ぜぬ。子どもながらに「あれが教会分裂のキッカケかも」と感じたものです。1返信 松谷信司×MARO×清涼院流水2025年9月30日残念すぎますね。そしてそれらを目の当たりにした若い人たちは自ずと距離を置くようになると思います。まして「婦人会」に所属したいなどとは…💦1
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信徒レベルで、愛餐会やバザーでの台所紛争が多発していました。ベテラン主婦間のコダワリ争い、世代間の違いによる擬似嫁姑的雰囲気など。
牧師夫人、一気に老けました。
普段偉そうな男性陣は知らぬ存ぜぬ。子どもながらに「あれが教会分裂のキッカケかも」と感じたものです。