TOPトーク専門家東方の3おじさんラジオ【世界一ゆるいキリスト教】【リベおじ】「信教の自由を守る日」講演の感想から36:41 2月22日 269再生 問題を報告する 再生する シェアする https://youtu.be/icDCsSiClCA?si=VFwEk8YrCsy6cr4dAI目次「信教の自由」講演、中高生の共感とは?推し活に重ねる「信教の自由」現代解釈多様性の土台、中高生が深めた「自由」の理解尖った異論、ミッションスクールへの問いかけ表現の自由を守る未来、講演が示した道筋AI文字起こし(β版) # オープニング カトリック・プロテスタントのおじさんクリスチャン3人が共派を超えてお届けする東方の三おじさんラジオ 本日は2月の22日日曜日です。いかがお過ごしでしょうか。 3連休の2日目となっております。昨日に引き続き連続の公開で恐縮ですけれども、ぜひ連休中、もし暇なお時間がありましたら耳を傾けていただけたらと思います。 本日は我らが三おじさんゆるおじことマロさんが、神今キリスト教会の真面目担当で知られておりますが、SNSで報告した通り無事に結婚をしましたということでございました。おめでとうございます。 すでに三おじさんのyoutubeなどでも婚約をしましたということは発表をさせていただいておりましたが、無事に結婚されたということで、その出会いからこの結婚に至るまでの話などは、ぜひyoutubeの東方の三おじさん本チャンネルをご覧いただきたいと思いますけれども、 その話もさかのぼっていただいてですね、いろいろ不意を拒絶ありましてということで、そんな話もさせていただいております。はい、というわけで連休2日目になりますが、今日も少し長めになるかもしれませんが、本日も最後までよろしくお付き合いください。 # 2/11の「信教の自由を守る日」に合わせた講演に対する中高生による感想 本日はタイトルにあります通り、新疆の自由を守る日というのがですね、2月11日、いわゆるかつての紀元節に合わせ、 世間的には建国記念の日とされております。建国記念日ではなく、建国記念ののが入ったことも歴史的にいろんな意味があるんですが、 その日に合わせて、われわれキリスト教界隈、そして一部その建国記念の日に対して意義を唱えるグループの方々が、毎年何かしらここで集会をしたりとかしているんですけれども、 明治学院中学校、そして東村山高等学校で、以前Zoomオンラインで講演をしたことがあったんですが、 今回、今年2度目の招きをいただきまして、今回は対面で約400人の中学生と500人の高校生向けにお話をするというありがたい機会をいただきまして、 その様子はですね、YouTubeでもイノベーションチャンネルの方で上げておりますので、ご覧いただいた方いらっしゃると思うんですが、 その時のいわゆるレポートを参加された中学生、高校生の方々のコメントをいただきましたので、せっかくなのでそれをご紹介したいなと思っております。 実際、講演の内容を聞くよりも感想を聞いていただければ、大体どんな話をしたのかなというのが分かっていただけるんじゃないかなと思います。 その感想を読む中でもいろんな気づきがありましたので、それも併せてご紹介できればというふうに思います。 個人の記名で書いております、何年何組何番誰だろうという書名入りでレポートとして上げていますので、 もちろん優等生的な外向けのある程度建前的な感想もあるという前提で聞いていただきたいなと思います。 なぜかというと、私の講演が良いとか悪いとかそういうことではなくて、今時の中高生がこういう形で受け取ってくれたよということが知られればいいかなと。 でも、その要は講師なり、あるいはこれを読むであろうその提出先の学校の先生なりが読む前提で書いてますので、もちろん良いことを書いているんですが、 それでも割と尖った感想などもあるので、それもぜひご紹介できればなと思います。 なんせ、いろんなところでこういう形でリスポンスをもらうことはありますけれども、やっぱりできれば無記名で本音に近い感想が聞ければいいなと思いますが、 それでも割と飾らずに書いていただいたのかなというふうに前向きに受け取ってもらえております。 なんせ900人いますから、900人の感想コメントを読んでまとめるのはなかなか大変な作業でありましたが、個人が特定されない範囲でぜひご紹介したいなと思います。 学年ぐらいはね、申し上げてもいいかなと思いますけれども。 では早速参ります。中学1年生から。中学1年生。昔の自由がない時より良い世界になったけど、自分たちが守らないとまた昔のようになるかもしれないから、自由な世界を一緒に守っていきたいと思いました。 素直な感想でありがとうございます。こういう話もしました。 同じく中学1年生。推しのいる私にとって推しを強制されることはこの上なく不快なので、自由に推せる時代に生まれて良かったと感じました。 ギリスト教を信じている人に少し近づけるようになった気がします。 推しのいる方にとってはとても親近感があるというか、理解しやすい話だったかなと。 私自身も昔オタクだったけれども、オタクであることを隠さなきゃいけなかった時代がありますよという話をね、わずか30年前の話ですけれどもという話をしたんですが、 やっぱり全体の感想を読んでみると、オタク気質のある方々の受け止めは非常に解像度が高い。不思議なことですね。 やっぱり同じメンタリティを感じていただけるのかなと思いますが。 同じく中学1年生。宗教に入っていても入らなくても良いということが信教の自由。自分の自由を守りたければ他者の自由を守らなければならない。 国や偉い人が代表して宗教関連のことをすることは、宗教を強制することになるのだなと思いました。 オタクに人権のある時代に生まれて良かったです。中学1年生。 頼もしい。こういうオタクが育ってくることを願っております。 中学2年生。私は以前仲の良い友人がみんなやっていたゲームをやったり、推しているグループを合わせたりなど好きでもないものを好きだと言っていたけど、今回の講演を聞いて自由で自分の好きなようにすればいいんだと思いました。 嬉しいですね。ありがたいですね。 本当にこういう、いわゆる同調圧力の中でなかなか自分が出せないという方がたくさん今どきいらっしゃると思いますので、そういう方々にとって少しでも役に立ったら良かったなと思います。 中学2年生。私にもゲーム実況者の推しがいて、でも友達はゲーム実況自体興味がなくて気づいたら人に言わなくなっていた。 けれど1年生の時、赤外でたまたま近くになったこのバッグに私の推しのグルーの人がいて思い切って声をかけたのを思い出した。 私は松谷さんほど人権がなかったわけではないけれど、最後の推しを布教している姿を見て、 はい、私は最後にね、今推してます、こういう人たち推してますという話をしたんですが、 その姿を見て、過去の経験を通して発言する恐怖に勝ったのだなと思った。 私はこの松谷さんの姿、発言を通して無理に公にする必要はないけれど、恥ずかしがって隠す必要もないと、当たり前にかもしれませんが、 一つ学びを得ました。推し勝つだけに限らず、いろいろなことでもこの考え方が自然にできるような人になりたいです。 うれしい。中学2年生。 もうとにかく何百人とか書いてくれたので、その中で割とオリジナリティのある感想だけを紹介しているんですが、 まさにこのご自身の体験を重ね合わせて感想を書いてくれたなというふうに思っています。ありがたい。 中学3年生。名学、明治学院に入る前までは宗教に少し怖いイメージを持っていたけれど、 学校に通っているうちにキリスト教の学校だからといって教制されないということに驚いた。 当時に宗教は教制されるようなものじゃないんだと思ったのを思い出した。 おっしゃる通りです。キリスト教学校に入ったからといってクリスチャンにならなきゃいけないわけでもないし、 という話もしたので、それに対する応答でした。 同じく中学3年生。私にも推しがいて、中島健人君と結婚したい。 いや、中島健人さえいれば生きていける。とよく思います。 私はかくれおたではないけれど、推しイコール神という思想は同じ。 キリスト教はあまり知らなかったけれど、推しという私にとってめちゃくちゃ身近なものと結びつけてお話してくれて、 とても楽しかったし、面白かったし、共感できることがたくさんあったので、 聖書の授業も推しと結びつけて楽しみながら受けたいと思いました。 推し最高。タイムレスも健人も最高。 これは手書きの文字で書いていただきました。中学3年生。ありがたいですね。 タイムレスの話は冒頭で掴みでさせていただいたので、 ファンの方はどう受け取るかなと思いましたが、最高と言ってくれてよかったです。 高校1年生。僕もあまり周りに言うと理解してもらえず否定もされる推しを持っているので、 宗教問題を理解するにあたってとても良い判断材料になった。 実会の話なども少し難しかったが、先生の言葉で噛み砕いていただいて理解することができた。 高校1年生。実会の話というのは、アメリカのある州で教室で実会を掲げなければいけないという州の法律ができたんだけれども、 それが政教文理違反じゃないかということで裁判などになっていますよという話をさせていただいた。 それをさせているのかと思います。 同じ高校1年生。特にびっくりしたのが、キリト教以外の障害で夜遊びなどのアーティストや 竹内龍馬、小竹正義館といったタレントまで色々な人の紹介や自分の推しも紹介していたところです。 もっとキリト教職強めの話だと思っていましたが、少し自分の価値観が変わりました。 夜遊びの群青という歌の中から歌詞を紹介したりとか、竹内龍馬はですね、 じゃああんたが作ってみろよというドラマに賭けたフレーズを使わせていただいたので、そんなことが心に残った。 あと小竹正義館はね、どこかで紹介しましたかね、弁論という、いわゆるスタンドアップコメディをされている弁護士兼芸人さんのことを紹介しました。 はい、ちょっと長めになりますね。次のチャプターに行きますね。 # 続けて高校生の感想つづき はい、高校1年生。 昔は今よりもお仕方や宗教が認められていなくて、ずっと隠さなければいけない感じになってしまっていたけど、今はSNSなどでも堂々とお仕方をすることができているので、宗教の自由や好きにお仕方をするというのがしっかり守られていていいなと思いました。 好きなものを好きと言える自由というのはとてもいいと思いました。国によって宗教の守り方が違い、国が守ることもあれば何も言わないということがあるというのは初めて知ったので、とても面白いなと思いました。 宗教を信仰していたとしても、それを言いたくない人もいるので、言わない自由があるというのはとてもいいことだなと思いました。 はい。大体私が講演で言いたかったことを網羅していただいています。高校1年生。さすがです。 同じく高校1年生。自分は高校からこの学校に入ってきて、キリスト教にみんななるものなのだろうと思っていたけれども、なるもならないも本人の自由を尊重してくれるものなんだなと学び、それを改めて確認し直すことができました。 はい。先ほども出ましたね。明治学院はミッションスクールですけれども、決してキリスト教学校に入ったからといってみんなキリスト教にならなきゃいけないわけじゃないやと、ミッションスクールにも宗教の自由があるよという話をしたのですが、それを改めて確認できたということですね。 同じ高校1年生。無理に信じなくてもいいということがとても印象に残りました。この学校に入学してキリスト教を信じなければいけないのだと、少し同調圧縮のようなものを感じていました。 しかし、信じる自由や信じなくてもいい自由があるなど、自由で自分がなりたい姿でいいのだなと知りました。 はい。同じくそのような感想をいただいております。 同調圧縮がなくはないというね。みんなで礼拝を捧げたり、聖書を読んだりしますので、その中で信じなきゃいけないのかなと思っているだけれども、そうじゃないと。 高校1年生。宗教の信仰の自由を守ることが、互いが気持ちよく推し活を進めていくことの大きなポイントだと思った。好きなものを好きということがどれほど難しいかよく分かるが、それを公言できる人は本当にすごいと思った。自分の信仰の自由を認めてもらえるように、他人の信仰をも尊敬していける人になりたい。 はい。そういう方々が一人でも増えることを願っております。 同じ高校1年生。宗教を信じることについて、どこまでが信じることなのかが難しいと感じていた。 しかし、今回の話のおかげで、その人、神やイエス様のことが大好きなことや日教的なものであることだと理解できた。 はい。 これ必ずしもね、推し活イコール宗教って話を方々にするんですが、厳密に言えば全然違うんですよ。当然当たり前ですが。 例えとしてね、わりと身近な話題として、推し活の話が理解しやすいかなということで用いているだけなので、そこをぜひ突っ込まないでいただきたい。 よく分かっています。推し活の弊害ももちろんあるので、その辺はね、次の第二フェーズかなと思ってそこまでは話しておりませんが、ある程度その導入としては分かりやすい例えかなと思って使っております。 はい。続けて高校1年生。 信教と聞いて宗教地味な話を確保していましたが、後援者の方がものすごく工夫してくれていて、ものすごく聞きやすかったです。 私は宗教についての話や人間の精神に関することが好きなので、体育の後で疲れていたけれど、しっかりと話を聞くことができました。 これからは知人とお互いにお互いのことを高め合っていこうと思います。 はい。 素直な感想。 ありがたい。 まあ眠い話ですよ。だって30分ね、あのなんか行動に集められて聞くわけですから。 そしてなんか印象的だったのはやっぱりいろんな生徒さんがですね、「今日の礼拝は?」みたいなね。 礼拝という認識なんだなと思って、それはちょっと気づきでもありました。 別に聖書読むでもない、お祈りもしてない、賛美歌も歌ってないんですけど、やっぱりあの行動に集められてなんか誰かの話を聞くっていうのがイコール礼拝っていう認識なのかなと思って、それは面白いなと思いました。 はい、高校1年生。 特に印象的だったのは、この自由が単に自分の信仰を守るだけでなく、他者が大切にしている価値を尊重するという多様性の土台になっているという点です。 自分とは異なる意見や信念を持つ人を否定せず、共生できる社会こそが真に自由な社会なのだと深く考えさせられました。 今当たり前のように享受しているこの権利は、歴史の中で先人たちが守り抜いてきた貴重なものです。 自分も無意識のうちに偏見を持っていないか、知らず知らずのうちに誰かの自由を制限していないか、日々の生活の中で常に問い直していきたいと感じました。 高校1年生の各文章かなと思いますが。 こんな方もいらっしゃるということで、非常にもう本当に100点満点みたいな感想ですけども。 この方、本心としてそういうふうに考えていただいていたのが本当にありがたい。 高校2年生。 自由共の自由を守ると言われるだけではあまり想像がつきませんが、自分の推しているアイドルにケチをつけられる不快さはとても共感できました。 そんな対立を防ぎ、お互いの趣味、考えを尊重する社会を作っていくことの大切さを再確認できました。 これの方も推しがいるからわかるのではないかなと。そこを共感ポイントかなと思います。 高校2年生。 私はとてもオタクである。たくさんのアニメを見ることやゲームをすることが大好きだ。だからこそ私は宗教の自由を守るという点に関して大いに共感できた。 私も自分の推しキャラを比喩されたり趣味を否定されたら悲しく思う。そして他人によって自分の推しを勝手に決められるのを反対する意見にも共感できた。 はい、言った通りやっぱりオタクの方、推し活をしている方こそ共感してもらえる話だったかなと思います。 好きなものを好きと言える自由が私は当たり前に与えられていると感じていた。他の人の好きを批判することや批判されて支障しにくくなることが無意識のうちにも縛りせっかくの自由をなくしているから配慮が必要だと感じた。 この好きを宗教に置き換え、国や周りから縛られたらすごく苦しいことだなと改めて痛感した。高校2年生。 同じく高校2年生。講師の方は中学生の頃厳しい教進行していることと漫画やアニメが好きなことを周りに言いづらく隠していたと言っていて、そう考えると今の時代は昔に比べると好きなものを好きと言える社会になったんだなと思いました。周りの目を気にせずに好きなものを好きと言えるように胸を張って生活していきたいなと思いました。 かつてはオタクに人権がない時代でしたという話をしたんですが、どうなんでしょうね。私は割とその中でも公言はしていた方かなと思いますが、やっぱり片目は狭い思いをしていた同胞は多いのではないかと思います。 高校2年生。信教について馴染みもないし、親も友達も特定の宗教を信じていないので、信教の自由って何を守ることなんだろうと疑問を抱いていました。 好きなものを好きと素直に言うこと、好きなことを隠して自分だけで楽しむこと、特定の好きなものがないこと、どれもその人にとっての自由で尊重されるべきであることの再確認ができました。これからは人の考え方、気持ちを大切に、誰も傷つかない日々を送りたいです。 高校2年生。誰も傷つかないというのはなかなか難しいと思うんですが、それを理想像として目指すことは尊いことなのかなと思います。 高校2年生。自分は推しているバンドがあるのですが、確かに人にそういうものを強制するのは違うし、それぞれが好きなように趣味思考を楽しむべきだなと思いました。 あとは打足ですが、受験が終わったらまた好きなバンドのライブに行きたいなと感じました。嬉しい。ありがたいね。こういう打足が一番本音に近いというかね。好きなバンドのライブに行きたいと思いながら、今高校2年生。行きたいのに行けない。それを抑えつつ受験勉強頑張っているんだなというのはひしひしと伝わってきております。素直でいいなと思います。 信教の自由を維持することは多元的価値観を相互に損失する社会の根幹である。相異なる信念を前任する官僚の姿勢が圧力を誘拐し、強制的秩序を現実させる点に成熟した民主主義の官僚を監督した。また、孔子の人柄が…。何て読むんだこれ。漢字が分からない。スライドは、名席で終始傾注したいと感じられた。 すごいね、この高校2年生。読んだことない熟語が出てきてびっくりしました。 松谷さんが福島の中学に坊主にさせられ、そこではキリスト教を信仰していることを隠していた。隠れキリシタンだったことに驚いた。信教の自由を使用する自由と置き換えて説明されていて興味深かった。 なんせ、中学は全員丸坊主という法則がある。本当に、今考えたらどういうこと?という暗黒期がありましたが、我々世代にはあるあるでございましたが、その時の話もちょっとしたので、共感していただいて嬉しいです。 高校2年生。話を聞いて、宗教へのイメージが一気に軽くなりました。宗教は、この学校に入学してから知ったものがほとんどで、生きていて触れたことがなかったので、怖いものなのかとか、人を狂わしてしまうものなのかと思っていたけれど、思っている以上に、普通のことで惜しかつのようなものを聞き、気持ちが楽になりました。 高校2年生。好きなものを好きと言えないという同調圧力に負けて押せないことがどれだけ辛いことなのか実感しました。それが、神様を押しているクリスチャンたちが安心して押せるように、宗教の自由を守る日があることを大切にしたいと思いました。 # 尖った不同意のコメントもフェアに紹介 はい、すいません。なるべくね、似たような感想を省いてご紹介しているつもりなんですが、もうちょっとだけお付き合いいただいて。 個々人エッセイ。もし信教の自由がなければ、自分の考えと違う信仰を無理に押し付けられてしまう可能性があります。 また明治学院に入ったことによって、キリスト教を信じることが強制されてしまうと思うと、信教の自由が認められる日本に生まれてよかったなと思いました。 一人一人の考え方や価値観を尊重するためにも、信教の自由も守られるべきだと感じました。 はい、あと二人。個々人エッセイ。推しカレンダーの人がイケメンで欲しいと思った。推しがいないので、神様を推しのような感覚で信仰できている人が羨ましいと思った。 キリスト教信徒は何かお堅いイメージがあるので、かなりユニークな方でイメージが変わった。 はい、ありがとうございます。高校2年生。自分は自分らしくしていいという言葉には、改めてやっぱりそうだなと思いました。 私は自分をずっと貫いてきていたので、今回の話を聞いて元気をもらうことができました。高校2年生。ありがとうございます。 うれしい。これら、本当にごく一部です。900人の方が書いていただいたので、主にオリジナリティのある感想のみをピックアップしたつもりなんですが、 当然、この中にはみんなと違う尖った意見もありますので、それもぜひご紹介しないと非常にフェアじゃないと思いますので、それも紹介したいと思います。 例えばですね、どこから行こうかな。中学3年生。明治学院中学校に入学する際、キリスト教教育を尊重しますという文面に同意しましたが、これはお仕方に例えるなら何というのか聞きたい。 聖書の授業をろそかにすれば、未立宗になり、退学の可能性は出ます。音楽で賛美歌を歌わなかったら点もつけられなくて、0点になります。 尊重を問いつつ強制しているわけではないものの、ほぼ強制していないかと思いました。ただ、新教の例としてはこのようにわかりやすい良い例で、実際例年より起きて話を聞いている人が多くてすごいと思った。 いいんですよ。本当にこういうみんながみんな同意コメント、賛同コメントばかりの中、こういう意見を自分で独自にオリジナリティで書いていけるということがまさに新教の自由を引いては表現の自由にも関わることなので、独自のこういう意見を持っていることは素晴らしいと思います。 確かにおっしゃる通りそうなんです。キリスト教学校にいたからと言って強制されないよという話をしましたが、実際に現場ではそれは礼拝で賛美歌を歌っていなかったら怒られたりとかする場面はあるでしょう。そして聖書の授業、私は信仰していないから受けませんということは起こり得ると思います。 ただまあこれ公立学校じゃないので、キリスト教主義の学校であるという前提で入学しているので、おそらくそれは最低限ある程度尊重しつつ、それが嫌だったらやっぱり違う学校に行ってくださいねと。私学なんでね、そこは許されるという、そこはわりとギリギリのラインかなと思います。 でも本当におっしゃる通りその通りです。先ほども感想の中にありました同調圧力がありました。やっぱりキリスト教についてよく思わなきゃいけないのかなとか、信仰する場ではいかないけれども、その意見に賛同しなきゃいけないのかなということはあると思います。 その中でやはり独自のね、いや自分は違うと、いやあるいは違う宗教を信じているということは、ぜひ尊重されるべきだと思いますので、ぜひ我が道を貫いていっていただきたいと思います。中学3年生頼もしい。 はい、そしてこちら一方、高校1年生、どこから行こうかな。信仰と推し活は似ていると言っていたが、細部は似ていても現実と空想という認識の違いがある分、本質的に違うものなのではないかと思った。信じることは自由と言っても、有害な宗教や危険な教えにはまらないように気をつけ、周りの意見も聞くことも大事と思った。 はい、おっしゃる通りです。本当に、これはだから、要は最初の導入の話しかしていませんので、信教の自由と言ってもそれを口実にのざばっているカルト宗教はありますよと、そこには気をつけなきゃいけないよねという話は、次の段階の話としてぜひすべき話なんですね。 なので、今回はすごく葉が吹きましたが、おっしゃる通り、この高校1年生、よく気づかれました。本当に有害なというか、今問題になっている某同一教会なんかは、信教の自由を盾に、いろいろな献金被害や様々な、要は信じない自由を認めないという部分もありましたので、そこはぜひ見極めていただきたいと思って思いながら話をしたので、 ぜひその先を言って感想を書いてくれたら、本当にありがたいなと思います。もちろん先ほど言ったように、信仰投資活、宗教投資活は全く完全にイコールなわけでは当然ありません。最後によっては違いますし、必ずしも押し勝つに例えることが、果たして100%いいことなのかどうかということは疑問もあります。 今回の選挙が押し勝つみたいになっていることについても、いろんな異論があり得ると思いますので、その危うさも含めて込みで聞いていただけたらありがたいなと思いました。高校1年生、素晴らしい。 同じ高校1年生。お坊さんや靖国神社の例などで、日常に信教の従業の問題があることは分かった。そして、日本は宗教分離の原則がある。しかし、すべて切り捨てればいいというほど簡単ではないと考える。私は政治家が国の代表として靖国神社に参拝することで、戦争の記憶を風化させない効果もあったのではないかと思う。高校1年生。 偉いですよ。だから自分の意見をこれだけ主張できるということは本当に、それだけで素晴らしいことだと思います。ただ、私が話した、政治家が国の代表として靖国神社に参拝することがひいては結果的に信教の自由の侵害に当たっているよという話をしたんですが、 当然ね、いろんな気持ちでそのプライベートでいろいろ思いがあって神社に参拝することはあり得ると思うんですが、政治家が公のオフィシャルな代表としてそれを参拝する、要は靖国神社というのは神道という特定の宗教ですので、それに国がお墨付きを与えたり加担したりしてはならないというのは、 戦時中の反省として憲法の中で明記されたということが、その聖教分離の原則に従って信教の自由を守らなければと。そもそもそういう教訓のもとにできたのがこの信教の自由を守る日、2.11、2月11日ということでもあるので、この問題は避けて通れないと思います。 もちろんプライベートで靖国神社に戦争の記憶を風化させないという目的を持っていくことはあり得なくはないと思いますが、私個人としてはその靖国神社のできた経緯とか、その持っている歴史的な意味合いなどを考えみると、必ずしもそれは果たしてどうなのかなという思いはありつつも、非常にここは独自の自分の意見を主義として、 おくせずにこの感想コメントで言えることは素晴らしいなと思います。ぜひ機会があったらこういう方とも議論ができたらなと思います。 もう一人、最後、高校2年生。信教の自由を守るのに参拝の行政は良くないと言っていたが、多様な宗教の儀式を体験し、それら一つ一つの特徴や信教の対象、習慣などを知り、宗教の多様性を理解しないと信教の自由を守ることはできないのではないかと考えた。 初詣に否定的な前時代的僧侶や靖国神社の僧侶参拝を否定する国族的売国度は、彼ら自身で宗教の自由を叫びつつ、彼ら自身でその道を閉ざしているのではないかと考えた。 はい、もちろんこういう意見を持った大人はたくさんいます。それはもちろんご存知の通りだと思いますが、そもそも国族的売国度みたいなワードを高校生が使うこと自体が果たして健全なのかなと非常に思いますが、多宗教に対して排他的にならずに寛容の精神で、その習慣を知らないと理解できないというのはおっしゃる通りです。 宗教の多様性を理解するのは大切だと思いますが、じゃあその行為として参拝をするのかどうか、あるいはそれを強制されるのがいいかどうかというのはちょっと別問題かなと。 私自身はだから仏教とか神道とかの文化について、あるいは多宗教について理解を深めるべきという立場なので、ぜひ機会があったらお寺の境内や神社の中に行って、どういう宗教信仰体系なのかというのを学んだらいいかなと思いますが、 これ全時代的総理と書いてありますけども、要は自分のお子さんが初詣に、保育園、幼稚園の行事で連れて行かれたことに対するもやもやを呟いていたお坊さんがいたので、それを紹介したまでなんですが、 割と尖った高校生、2年生います。この先どういう形でこの子が育っていくか非常に興味深いところでありますが、ぜひ今回の本当に導入でしかないので、その先の話が議論としてできればありがたいなというふうに思って読みました。 # 明学関係者の皆様へ感謝🙏 というわけで、久々に長い収録になってしまいましたが、ある程度言ってお褒めの言葉とともに尖った反対意見、異論も含めて、割とモーラ的に紹介できたかなと思います。 なんせ中高生で外部から来た人の話を聞いて、それに対して何かしら自分の意見を書くというのはなかなか大変な作業だと思いますし、皆さん慣れていらっしゃると思うんですが、 その中でも、人の意見に流されず自分で独自の感想、コメント、そして自分には押し替えるみたいなことで書いてくれた方々は本当に素晴らしいと思います。 そういう意見が自由に表明できる世界こそが理想的な社会だと思いますので、信教、信仰だけじゃなく思想、心情、表現の自由は最大限守られるべきだし、 それを守るためにも、いわゆるヘイトスピーチや差別的な言動などが横行しない社会がいいかなと思っております。 決してキリスト教の信仰だけが守られればそれでいいということではないというところはぜひ皆さんで共有できればと思います。 私自身は、博愛を物理的に受けたわけではないものの、なかなかそれを表現しにくい環境や時代ではあったなということを振り返って思いますので、 他の国から比べたら全然自由なわけですよ。言うのも自由、こうやって意見を表明するのも自由、日本の教会でいろんな牧師が言いたいことを言っていて、 誰に監視されるでもなく、逮捕されるわけでもなく、命の危険があるわけでもなくという時代なので、今はこの自由が未来永劫を守られることを願っております。 なかなかそれが危ぶまれている社会情勢でありますので、世界的にもそういうことが、そういう尊さが共有できるといいなと思ってそういう話をさせていただきました。 何せ明治学院が中高で、こういう形で30分とはいえ年に1回そういう時間を持つことを未だに堅持されていることに本当にリスペクトしかないなと思います。 あらゆるキリスト教学校の中で、そこまで力を入れている学校はあまりないと思いますので、ぜひそういう機会があったら、ぜひ他のいろんなキリスト教学校でもお話しできる機会があるかなと思ってお話をいたしました。 こちら、毎回担当の先生にも話をして非常に共感しましたが、大変です。このテーマで話をしてもらう人を選ぶのは本当に苦労すると。 いろんな先生方、牧師さんとかも頼みますが、このテーマはちょっと難しいのでやめますみたいなお断りもあるということなので、ギリギリまで人選苦労しているんですって話をされていました。 確かに専門家を呼んで、難しい憲法の話とか政治的な話とかされても、中高生はなかなか難しいですよ。社会の授業だったらまだ聞けると思いますが、歴史の授業として試験に出る問題として聞くのはありかと思いますが、 そういう行動の中で聞くのは難しいかなと思います。その辺の話をうまくできる人がもっともっと出てくればいいかなと願っておりますけれども、そんな感じです。 途中でも言いましたが、礼拝、コメントに全部出てきましたが、行動で前に出て喋ること自体が礼拝という認識、そして私が牧師という勘違いをしている生徒もいたぐらい、それが習慣化されちゃってるっていうのは面白いなと思いましたね。 みんなで誰かの話を聞くことが礼拝となっている、認識されているというところは面白いなと思いましたが、礼拝じゃありません。公園です。賛美歌もお祈りもしていません。聖書も読んでいません。ただ私自身はクリシャンでもあるので、そういう立場からお話をしていましたが、決してプロパカンダ的、合協的な話をしたつもりはありませんので、その辺は皆さんのコメントを読んでいただければわかりいただけるかなと思いますけれども。 というわけで、私自身はできればもちろん無記名で、もっと率直な意見を聞きたいぐらいですが、そういうコメントによって次のお話をする機会に大変参考になっておりますし、私の話し方に関して良いとか悪いとかその辺もコメントしてくれた生徒がいたので、それを教訓に参考にしながら次の機会をまた精進していけたらなと思います。 おしかつの最後紹介したんですよ。SNSでも紹介しましたが、かわいゆうとくんとかバチカン四国に愛されたいとか、826アスカとか、小竹遷移官の話もしたんです。 小竹遷移官のしゃべりにある程度感化されて、それにより少しでも近づきたいと思いながら話をしたんですが、私とそれがどこまで実現できていったかどうかということで、今後もそういう形で皆さんの前でお話をする際に、なるべく飽きさせない、眠くさせないしゃべりを何とか追求したいなと思って願っております。 長い長い時間お付き合いいただいてありがとうございます。最後まで聞いていただいてありがとうございました。また次のVoicyでお会いしましょう。ぜひコメント・感想もお寄せください。さようなら。 もっと見る #キリスト教 #政教分離 #信教の自由 #紀元節 #信教の自由を守る日 #明治学院 東方の3おじさんラジオ【世界一ゆるいキリスト教】松谷信司×MARO×清涼院流水01:301.オープニング09:322.2/11の「信教の自由を守る日」に合わせた講演に対する中高生による感想09:513.続けて高校生の感想つづき09:534.尖った不同意のコメントもフェアに紹介05:565.明学関係者の皆様へ感謝🙏コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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