TOPハウツー・学習旅行・地域【プレミアム初月無料】地域からズバリ考える「教養としての近現代史」ローカル大学企画である箱根駅伝が「全国区」になった理由(2025/12/31 #0017)23:13 2025年12月31日 1,102再生 問題を報告する 再生する シェアする 戦後の民放がスタートアップ的な時代に挑戦した無茶なテレビ生中継が実は全国区の企画にするきっかけになった。AI目次箱根駅伝誕生:関東ローカルの起源テレビ中継が導いた全国区への道正月枠と箱根駅伝の意外な関係初期テレビ中継を支えた苦闘と工夫NHKが見送った国民的イベントの裏側AI文字起こし(β版) # 箱根駅伝もなかなかおもしろい近現代史ですよねー。 はい、教養年の金元大師でございます。 すみません、12月忙しすぎてね、ちょっと後半 更新がですね、少しあいられちゃったんです けれども、2026年はね、このサブチャン しっかり育てていきたいと思いますので、 引き続き皆さんよろしくお願いします ということで、でですね、今日からは正月で 毎日ちょっとずつショートのですね 金元大に関わる正月ネタをね、 打ち込んでいこうということで、 今日はですね、年末ということで、 ちょっとね、フリー放送であって、 で、明日はあの1日元旦、プレミアム放送で お送りしようと思いますので、 ぜひ皆様ね、こちら、教養年の金元大師、 引き続きよろしくお願いします。 で、こないだですね、これメインの チャンネルの方でもご質問いただいていました 差し入れ質問の箱根駅でネタということで、 これをちょっとまとめてですね、 こちらの方でね、今日でお話しして おきたいなと、箱根駅でみんな見ます? ね、私もちょい見たりはするんですが、 ちょうど品川にね、結構住んで久しいことも ありまして、時折大地景品をね、 走っていくので、国道1号でね、 この時に品川を通っていくんですよ。 で、オーロを見に行ったことって何回か あるんですけど、めちゃくちゃ早いんですよね。 当たり前なんだけど、もう普通の人の全速力で 区間をみんな走り切ってる感じなんですよね。 まあ、それでも昔より倒れる人が少なくなってんのは、 結構やっぱりこのスポーツ科学みたいなものが 進展していて、 スポコン、なんかただいに、スポーツ、 スポコン、昔のアニメみたいなね、 星一徹みたいなの出てきて頑張るみたいな、 そういうのではなくなって、 ちゃんと科学的になってるから、 みたいに言われるんですけど、 でも、そもそも箱根駅伝っていうのは、 もともと関東ローカルの大学の、 いわゆる駅伝企画ということで、 東京箱根館往復大学駅伝競争っていうのが、 今の正式名称だということなんですよね。 金栗思想っていう、日本陸上競技の父と言われる人が、 発案してやってるということで、 実はこの箱根駅伝の前に、大阪まで走って、 京都まで行った東海道駅伝競争っていうのが、 1917年と18、19って3年やったそうなんですね。 東京から京都まで、東海道を巡って、 都と都の間をみたいな感じでね、 走っていくということで、 約500キロ走る駅伝っていうので、 聞くだけでやばいよね。 金栗思想さん、NHKのドラマの、 キャラクターにもなられたということで、 もう全然興味がないから出てこない。 何だっけ、伊達、伊達のね、 元ネタになった方ということでね。 なんですが、こういう元ネタになるぐらいね、 やばい走り手みたいな人は、 もう普通の、そこそこ走れる人みたいなのでは、 もう無理で。 だって東京から京都まで走るってさ、 もう頭おかしいんじゃねえかって、 駅伝なんですけど、まず規模が大きすぎて、 あとはもうみんながバタバタ倒れてしまう。 ということで、これはダメだと。 戦前あるあるだよね。 ということで、実はじゃあもうちょっと現実的な、 大学生の、ある程度大学の陸上やる人たちの 体力とか、そういうものに沿った形に 変えましょうということで、 1920年に、大正9年に作られたのが、 東京箱根間往復大学駅伝競争というね、 通称箱根駅伝というものができたということで、 第1回の参加校が4校、早稲田、慶応、明治、 あとは東京高等師範学、今の筑波大学ですね。 4つだったってことは結構少ないですよね。 全然、そういう意味によってあんまりよくわからないことで。 ただ、この頃は1920年ですから、舗装が今みたい、 今はほら、全部アスファルトでちゃんと舗装されたり、 足元が悪くないでしょ、全部。 箱根の山道もちゃんと全部舗装されてますから。 昔はガチの山を登っていくみたいな感じで やってたということで、超過酷だったそうです。 そこから戦前から戦後にかけて、 戦時中は当然中止になって、 1944年、45年、46年は開催をしていない、 中断がなされたということで、 1947年に戦後初の大会が開催されたということで、 戦後復興期に正月に一生懸命走る若者たちっていうのが、 結構復興とかね、そういうものに対しての ポジティブなイメージになって、だんだんと受け入れられていくと。 ただ、この頃もまだ陸上好きが知っている、 関東の大学の走る競争みたいな感じで、 そんなに国民みんなが箱根駅伝って言って、 あああれねってわかることはなかったらしいんですね。 これがなぜ全国区になったのか。 たかだか、関東の陸上連盟、 関東陸連みたいなところをやってるんだよね。 これを取りまとめあって、やってるわけですけども、 最近は札幌ビールのCMがいっぱい流れて、 札幌ビールのイメージとかありますけど、 この関東の大学のイベントだから、 簡単に言うと、例えば立命官とか同志者とか、 関西勢は全然出てこないわけですよ。 なんで?みたいな話なんだけど、 それはなぜならば、 関東の陸上の連盟に入ってないと確か出れない っていう括りがあるということで、 だから全国区でみんなが知ってたって、 出てるのはみんな東京の大学ばっかり、 東京とか関東の大学ばっかりなわけですよね。 なのに全国区になってる。 これ何かって言ったら、1960年代に テレビ中継がなされるようになって、 ようやく全国区になっていったということで。 実はテレビの放送、いわゆる自宅にテレビが 普及していくのと同時に、 実は箱根駅店っていうのは、 すごい有名になっていったっていうところなんですよね。 なんでこのテレビ中継が元旦じゃなくて、 1月の2、3で走るわけですよ。 このくそ寒い時にね、ほんと大変ですけども、 なんでなされるかって言うと、 大人の事情で、まずテレビ放送がスタートして、 みんなが家だとか街頭テレビとかの時代もありますけども、 この頃に箱根駅店を正月にやってるからってことで、 テレビは何かって言ったら、 放送枠がガラ空きだったってこと、1960年代。 箱根駅店が本格的にテレビ放送されてくるのが 1960年代ってことで、 当時のテレビ局、特に今回日本テレビが 中継をずっとやってるわけですけども、 大きな課題ってことであったら、 正月の参加日っていうのは、 当時お正月って休むものってことで、 タレントさんも出ないんだよね。 だからよくあるのは、紅白歌合戦はまで出て、 正月は休む。 例えば昔だとハワイに行くとか、 芸能人だとありましたけど、 要は正月ってみんなスタジオに行って 何かやるってないよね。 今ですら収録番組みたいな、 特番ばっかりやってますけど、 つまり正月ってテレビ番組の枠が めちゃめちゃガラ空きっていうことで、 出演者もスタッフもみんな休みたい。 けど放送はやらなきゃいけない。 ある程度放送権のせいなんで、 一応最低限放送やらなきゃいけないという 事情の中で、 一番いいのは編集とか必要なくて、 長時間流せるコンテンツっていったときに、 これ駅伝いいんじゃねって話になったそうなんです。 屋外でしょ。生中継。台本なんかないじゃないですか。 みんなガチで走ってるから。 毎年同じ日程でやれるということで、 テレビ局から1月の2、3の長時間枠。 朝から午後までの枠をバコッと埋めることができる。 そのあとラグビーやってたりするじゃん。 スポーツ中継っていうのはめちゃめちゃいい。 台本もいらないし、編集も基本的にいらないから、 今はリアルタイムにデジタル編集ができるようになってから、 編集とかもちょっとなされて、 ダイジェストとか色々出るようになりましたけど、 当時はもう流しっぱなしで、 あとはアナウンサーがマイクで、 あ、どこだ言えばいいっていうことで、 これはいいよねっていう話になったと。 もう1個はルートが関東、 東京の中心部を基本的に走っていくということで、 まず大手町、日本橋、品川、横浜とかこんなの走っていくわけです。 小田原とか。 これで何がいいかって言ったら、 まず国道1号っていうのは当然1号ですから、 日本で一番最初にちゃんとした舗装がなされる道路が作られていったわけです。 っていうことは何かって言ったら、 中継車がまず走らせやすい。 当時は中継をする機械っていうのは、 本当にアンテナをくっつけて超でかいやつね。 だんだんと今コンパクトになったとかしてるんですけど、 それでも中継車って結構でかいんですよ。 僕も高校の時に朝のニュース番組に、 高校で会社を作った時に、 学校から中継をしたいって言われて、 あれどこのチャンネルだったかな、 ちょっと忘れましたけど、 あって、うちの高校に中継車を持ってきてですね、 そこからうちの高校の並木があるんですけど、 そこで中継を受けるっていうね、 みんなが通学してる横で中継を受けなきゃいけないって、 恥ずかしみにあった記憶を今思い出しましたけど、 めちゃめちゃ設備がでかいんですね。 で、あの大きい中継車を走らせられるという、 安定した高規格の道路。 プラス当然ながら、 アンテナで無線通信をしながら、 いわゆる収録してるデータを送るわけです。 当時はデジタルじゃなくてアナログですから、 アナログ電波庫で送ってて、 あれはどこに送ってんだろうな。 東京タワー方面に送ってたのかな。 なんかその通信がある程度できるっていう、 放送のこの電波を通じる上においても、 当然都心部が一番強いということで。 で、あとはエンドロ風景も、 都会から小田原みたいなとこ、 だんだん富士山見えたり海が見えたりとかしてね、 で、箱根登っていくってことで、 変化もすごい映像的にもつきやすいってことで、 これは素晴らしいということで、 これやっぱ地方開催だとまず道路が整備されてない、 通信関連で生放送するような通信環境でも 全然整っていない。 全部難しかったんですね。 だから関東でやるっていうのが、 すごい良かったっていう話なんです。 だけど当時は箱根の山にも電波を送る機材とか全然なくて、 これをうまく埋めるためにアンテナ立てたりとか、 いろんなことをその後やっていくことになるんですけど、 この点もすごいインフラが良かった。 で、あとは2日、3日で物語が完結するっていうのも すごい良かった。テレビ向け。 1日目にオーローでね。 山の上とか出てくる山登りがあるでしょ。 あれずっと平坦だったらそんな差がつかないよ。 でも最後に急に山登りって出てくるから、 ここで箱根がーっと上っていくところで、 それまで順調に来た人が急に、 でも山に強いやつとかは勝つわけ。 こういうドラマがあるということで。 あとは袋。つまり1日で終わっちゃわない。 2日目になったら今度は逆転とかね。 あとは区間の時間のお尻が切れちゃうと、 もうすぐで辻が繋がらなかったみたいなのがあるじゃないですか。 非常にテレビ的には美味しい展開がいっぱいある。 今なくなったけど鎌田の駅のところで、 踏切がここで足止めだみたいなのがあるじゃないですか。 ああいうのもやっぱりすごいテレビ向けだったということで。 これは完全に要は1日目2日目っていう2日横断で引っ張れる連続ドラマ。 最高だよね。台本いらないんだから。 それでやると。 繰り上げスタートでしょ。 あとは区間ショーだ。 あとはエースが対決するとか出てくるということで、 視聴者がよし頑張れなんとかだとかっていう感情移入が非常にしやすい。 正月に酒を飲みながらテンション上がったおっさんが見るには最高のコンテンツということで。 やっぱり1960年代70年代っていうのは高度経済成長でイケイケですから、 箱根駅伝っていうのは無名の地方出身の学生ですよ。 これもよかったんで関東にみんな出てくるでしょ。 地元出身の例えば岩手出身だ、秋田出身だ、新潟出身だ、関西圏も含めて、 全国から九州のなんとか熊本出身だとかっていう学生が、 どこの地域のどこの高校出身かっていうことも必ず箱根駅で言うんだよね。 あれは全国放送してるってことを意識してるわけです。 そういうので地元に縁のあるような無名の学生が厳しい練習に耐えて、 チームでタスキを渡して走るってところにロマンを感じるわけですよね。 これはテレビはめちゃくちゃ美味しいということで、美談にしてね。 なんか紹介みたいなのが出るじゃないですか。 なんとかやって頑張りますみたいな美談が出てきてですね。 家族とかもね、いやもうほんと誇りですみたいなのが出てくる。 安心して流せるじゃないですか。なんか変な揉め事とか基本的には起きないから。 ということでスポンサーにとってもテレビ局にしても視聴者にとっても、 正月に見るには最高のポジティブなコンテンツってことになったんですね。 寒い中倒れたりするぐらいのレベルで走るのが本当に良いのかというと、 走り手にとって良いのか悪いのかはこれ何とも言えないと思うんですけど、 一応良いということで。 一度これやってみたら視聴率が取れたと。 正月高齢でできる、手間がかからない、枠は空いているということで、 これで視聴率どんどん上げていく。 なので結局関東ローカル大会なのに、 必要校も限定されるにも関わらず、 いまだに全国で放送され続けているっていうのが、 ここら辺で向上していまだに続いているってことなんですね。 ただ初期の頃はいろんなトラブルもたくさんあって、 まず不都合な陳述で1960年前後ぐらいに、 テレビ中継を日本テレビが始めた頃っていうのは、 まず小型のカメラがないんです。 スタジオで使う超大型のソニーとかが作っているカメラしかなくて、 ハンディで肩で肩掛けのカメラとか、 今だったらスマホでも撮れちゃうぐらいですけど、 そういうのはないから、 あのでっかいスタジオで使っている業務用のカメラを車に乗っけて、 それを後ろから操作して映すっていう、 鬼のような技術を持ってやってるんですけど、 まずそれで追っかけられる車っていうのはすごい大変。 あとさっき言った放送に必要な撮っている映像を無線で飛ばすわけですけど、 このワイヤレス技術もまだまだ未成熟なので、 有線ではなくワイヤレスでデータを飛ばして、 そのアナログ電波で飛んできたものを変換して、 みんなに届けるってことをやろうです。 これもまだまだ未成熟。 あとさっき言った中継車もさっき言ったでかいカメラを乗っけて、 大量の機材を中にその中継用機材を乗っけて走っているんですけど、 いかんせんまだ日本車とかも弱い時代なんで、 全然スピードが出ない。 なので実際にまずランナーが全く画面に映らないっていうことがたくさんあったそうです。 カメラが大きすぎて、早いでしょランナーそれこそ。 バーっと走ってきますから。 バーっとやったらもうカメラ追いつかなかったということで、 これ何回もやっているうちにだいたいどれくらいの距離感で、 どこにカメラを置いてってことが決まってくる。 あとはカメラの前を一般車が横切ってたりとか、 あとは途中で映像が真っ暗で放送事故っていうのを超多発したそうです。 アナウンサーがただいま映像が乱れておりますが、 レースは続いておりますみたいなことばっかりを言って、 実況でずっとやるってテレビなのにラジオみたいなことがたくさん起きたっていうのが、 最初の頃よくあった話と。 あとは中継車がさっき言ってしょぼいので、 ランナーについていけないということで、 重い機材を乗っけて、加速の弱い、馬力のないまだ日本車。 あとカーブが苦手って重たいからね、 あんまり高速でやったら倒れちゃうっていうので。 実際に五区の山道のところでは急な坂でエンジンがオーバーヒートして止まっちゃうっていうので、 山の走ってる人についていけなくなっちゃうということで。 あとは雪が時々降ったりするでしょ。 あんな時なんていうのは全く前が見えなくなっちゃったりとか、 カメラの品質も今みたいに高くないので。 あとは中継車だけ置いてかれて人が行って、 選手を追うなんて無理だということで、 先回りして待つっていう今の中継方式ね。 多分品川の場合にも御手山のところに矢倉を組んで、 そこにでかいカメラ置いて、望遠で抜いてるんですよ。 要は車で中継車で中継するっていう形も最初はもちろんやってるんだけど、 それは追いつかないってことは分かって、 ポイントポイントに必ず固定のカメラを配置して、 そこから安定的に、そこはもう結構おそらく線とかもちゃんと配してやってるっていう、 中継車を固定で、中継車も止まってると電波の送信先のアンテナを 正確に定めてそこに送れるので安定するんだよね、中継自体。 なので要は中継車が今も時々乱れるので、乱れた時には固定カメラに切り替えるってことやると。 あとはヘリコプターで追ってくる形ですね。 このヘリが、空撮結構やるじゃないですか。 これも結構最近だそうで、初期のテレビ中継はもう本当に手ブレがすごくて、 手ブレ補正みたいな技術が全然ないので、バリバリブレて何だかわけ分かんない。 あとはカメラマンは命綱一本で、そのでっかいカメラね。 ちっちゃいカメラがないから、でっかいカメラをヘリコプターの上の安定しない中から 命綱をつけて、要は機体から乗り出して撮ってたって話なんです。 怖いよね。 さらに箱根の時には三角気流なんで、機体が揺れて落ちるかもしれないみたいなことがすごい起きたということで。 なので基本的に何も映らない。 基本、命がけなのに何も映らないみたいなことが普通にあったということで。 山を映る、孤独な選手を映したいということで一生懸命頑張ったらしいんですけど、 なかなか安定するまですごい時間がかかったということで。 あとはクリアゲスタートのところは放送事故回避策ということで、 これは正月の放送枠って結構決まってる中ですね。 ゴールが何時間もずれると番組が、全体の編成が壊れちゃうということで、 実はこのクリアゲスタートするのは追っかけていくの。 延々にやってると番組が終わらないので、終わらすために区間で足切りするっていうのが決まったという話なんです。 ゴールが何時間もずれちゃうと後の時間の番組があるからということで、 あとは日没とか基本低下で、もちろん選手の体力的な問題もあるということで、 一定時間で強制的にスタートしていくということで。 だけどこれがもう一個のドラマを生むことになったってことなんですね。 あとは実況するアナウンサーにとっては、 スポーツ系のアナウンサーっていうのはこういう中においてもなかなか独特だよね。 駅伝の中継って。 だけどこの選手情報自体をやっぱり自分で調べて、 あとタイムデータ、だいたいどういうタイムの記録でここに来てるのかみたいなことをやって、 大学名出身地とかも全部ある程度調べてアナウンサーは中継をしている。 これはプロの仕事だよね。 だって何が起こるか全く分からないけど、 正直見たこともない顔の人たちが大量に走っているのに、 一応タスキとかユニフォームでどこの大学か分からないけど、 どこの大学の何区の人かってことは全部手元資料でちゃんと作って、 ちゃんと中継を成り立たせているということで、 これは本当にプロの仕事だなと思いますよね。 これは正月の2日3日で必ずやっていくってことになって、 テレビ中継によって全国になった。 テレビ中継になった理由は最初は大人の事情でテレビ中継をやるしか、 番組の編成上のネタがなかったというところがスタートして、 テレビ中継に沿って全体を設計されることによって、 よりドラマが深まったということで、 これが全国に放映されているので、 関東の限定された大学の中継番組にもかかわらず、 全国からみんな見て、ここだよってことになったということで、 箱根駅でそういう意味においてはですね、 なんでNHKがやらなかったのかって結構思いません? 普通だったら関東の今の中継の注目は、 NHKやってもおかしくないじゃんって話なんですけど、 実はNHKは正月に、 なんで関東の学生の駅伝を放送しなきゃいけないのかって話になったらしくて、 まず天皇陛下の関連行事が結構お正月はあるので、 これを出したい。 あとはニューイヤーのコンサートとか、 あとはもっと公共性の高い文化とか芸能系の企画が正月なんでね、 伝統芸能とかのやつも出てくるということで、 こんな関東ローカルの大学内野の大会を、 なんでテレビで放送しなきゃいけないんだっていうことで、 基本的にはこれはやらなかったということで、 結果として日本テレビがこの辺りを拾ってやっていったと。 あとはNHKは失敗は許されない。 要はさっき言った中継者出してるけど全然映らないとかね、 ヘリ出したけど命がけたけど映らない。 基本映らないんだよ。 で、適当に中継で繋げなきゃいけない、 実況とかで繋げなきゃいけないなってことは、 ほぼほぼ正月に放送事故が起こるっていう前提であるから、 当時まだスタートアップ的な民放側がようやくできたっていうところなんですね。 だから多少映らなくても面白ければいいんじゃないのみたいなところに、 当時のテレビ局はあったんだよね、民放側は。 やっぱりNHKって独特で、 民放はすごい挑戦者的なスタンスがあったっていうことで。 あとはNHKは固定編成をあんまり嫌うところがあるみたいで、 必ず2日3日は箱根生きてやらなきゃいけないみたいなことも、 年間ごとの。 紅白とか昔からやってるものは固定なんだけど、 それ以外はもうちょっと考えなきゃいけないし、 あとは関東ローカルの企画を全国に流すってことに関しても、 全国の不公平だみたいなね。 NHKっていろんな放送局が全国にあるから、 それに関しても意見がまとまらなかったみたいですね。 そういう意味では日本テレビは当時はすごい挑戦的な、 戦後民放ができ始めた時期の取り組みなので、 それだから面白いことができたっていうことでもあるのかなと思いますね。 今となってはエスタブレッシュメントなテレビ局、 民放も成長期を終え、成熟期を越えて、 衰退期みたいな感じになってますけれども、 やっぱり最初の頃は多少おかしくても、 いろんなことに挑戦してたっていうことを思うと、 放送局もそういう時代があったんだなってことも思われますよね。 今となっては逆にネットで面白いことできるけど、 テレビではできないみたいな感じになっちゃって、 そこに結構好調的になって、 結果的にNetflixとかあっちのほうが面白くなったりとか、 NHKみたいにみんなから放送受信料をかつ上げしてるから、 予算がいっぱいあるみたいなところが強くなっちゃうみたいなね。 いや、なかなか苦々しい話が起きてるわけですけれども、 ぜひ箱根駅で先見てないなって方も、 なんとなくそういうふうにテレビ中継っていうものを 挑戦的に民放が捉えしたってことによって、 全国区のイベントになったんだなってことを、 なんとなく感じながらやっていただくと。 だから新興系の大学とか名前売るのにはめちゃくちゃいいから、 新しい大学とかめちゃくちゃこの駅伝に力をかけて、 そこをプロモーションの場としてやりたいとかやってきましたよね。 それでみんな箱根に出て、あの大学みたいなこと認知するみたいなことで、 一生懸命そこにプロモートする。 だから甲子園で高校頑張るみたいなのと一緒だよね。 箱根駅伝は結構大学のプロモーションの場としては めちゃくちゃ優秀な場所になったってことで、 ここに力を入れてる大学も結構多いということで、 こういう全国放送されるローカル企画としては、 一番成功してる人じゃないですかね。 ということでぜひ皆さんね、 今年も箱根駅伝、あ、今年が来年か。 箱根駅伝ちょうど年始に見る際には、 箱根駅伝の中身というよりはこういう近現代において、 特に現代史ですね。 近現代か、近代からスタートして、 だけど全国になったのは現代。 その背景になったのは民放による朝鮮的なテレビ中継というのが あったという感じでね、見ていただくと非常にいいんじゃないかな というふうに思います。 いやー、やはり近現代史は面白いですね。 はい、ということで2026年、 明日はですね、ちょっと年賀、 お年賀の話をね、より深めて解説をしたいと思います。 ということで引き続きぜひね、通常放送、そしてプレミアム放送 合わせてお聞いただければと思います。 ということで引き続きね、この放送を続けていきたいと思いますので、 皆さんプレミアム放送も今月分まだ聞いてない方は、 ぜひ丸ごとね、聞いていただければと思います。 はい、引き続き近現代の面白トーク、続けていきたいと思います。 今年もお付き合いいただきましてありがとうございました。 来年もよろしくお願いします。 もっと見る #箱根駅伝 【プレミアム初月無料】地域からズバリ考える「教養としての近現代史」プレミアム放送配信中!23:131.箱根駅伝もなかなかおもしろい近現代史ですよねー。コメント感想・質問・応援メッセージを書こう たけ1月4日箱根駅伝が、実はベンチャー精神あふれる民放の挑戦から始まった企画だったとは!昔の中継の苦労話を知ると、今年見たドローン空撮映像や中継も、技術の積み重ねとしてより味わい深く感じられました。SNSでの盛り上がりを見ても、「リアリティの高いコンテンツ」はやはり強いですね。面白い裏話をありがとうございました。1返信 らびあんろーず1月3日今日復路を見たあとでこれを聴いています📺️年末年始に実家に帰省すると必ずテレビで流れていましたのでなんとはなしに見ていました💦熊本なので郷土の偉人の金栗翁が由来と知ってはいましたが、テレビの影響も大きかったとは😲ためになる話しを今年も楽しみにしています😊1返信 せいふふ1月2日箱根駅伝の経緯、大変面白かったです!毎年見ているわけではないですが、母校がででいると、なんか応援したくなっちゃう不思議な番組ですよね!兄が、鶴見中継場で箱根駅伝を見に行ったことがありましたが、本当に一瞬でランナー達が過ぎ去って行ったと言ってましたwちゃんと見るには、過去からの改善で洗練されたテレビで見るのが1番なのかと!3返信 Kukiwakame1月2日聴きながら、アメリカでお正月やサンクスギビングにアメフトの試合があるのも同じような理由なのかな?と思ってきました、時間が稼げるコンテンツという意味で…2返信 双子パパTakao1月1日リクエストにお応えくださり、ありがとうございます!定番企画のパッケージにすることの強さを感じます。小林一三が甲子園を企画したときもそうですが、新聞、雑誌、物販、放映、広告、鉄道輸送、宿泊まで含めた大きなビジネスのデザインを考える大胆さは学ぶべき点が多くありますね。放送をよりゴリゴリマネタイズしてるのはアメリカのスポーツ放映やその権利を持つディズニーだと思いますので、こうした海外のスポーツビジネスにも比較の目を向けて考えたいと思います。4返信 もっと見る
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昔の中継の苦労話を知ると、今年見たドローン空撮映像や中継も、技術の積み重ねとしてより味わい深く感じられました。
SNSでの盛り上がりを見ても、「リアリティの高いコンテンツ」はやはり強いですね。面白い裏話をありがとうございました。
兄が、鶴見中継場で箱根駅伝を見に行ったことがありましたが、本当に一瞬でランナー達が過ぎ去って行ったと言ってましたw
ちゃんと見るには、過去からの改善で洗練されたテレビで見るのが1番なのかと!
定番企画のパッケージにすることの強さを感じます。小林一三が甲子園を企画したときもそうですが、新聞、雑誌、物販、放映、広告、鉄道輸送、宿泊まで含めた大きなビジネスのデザインを考える大胆さは学ぶべき点が多くありますね。放送をよりゴリゴリマネタイズしてるのはアメリカのスポーツ放映やその権利を持つディズニーだと思いますので、こうした海外のスポーツビジネスにも比較の目を向けて考えたいと思います。