第2091回「彼岸托鉢」2026/9/28
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■管長日記「彼岸托鉢」
https://www.engakuji.or.jp/blog/40805/
■YouTube
https://youtu.be/u3BS5gpH2hA
■note
https://note.com/engakuji/n/n3fcac28b3d51
最後に一日のはじまりを整える、呼吸瞑想がございます。
-------------------------------------------------
敬老の日の翌日、彼岸の中日の前日には、修行僧たちと共に町に托鉢に出かけていました。
彼岸の托鉢は毎年のことであります。
敬老の日には台風の影響で鎌倉の町では大きな被害がありました。
道路も冠水したようであります。
あちらこちらで土砂崩れもあったようであります。
円覚寺でも私たちの住んでいる開山堂の裏の崖が土砂崩れを起こしました。
二カ所から崩れていました。
開山堂に被害がなかったのは、幸いでありました。
それから北鎌倉駅の近くにある水路にある石垣が崩れてしまいました。
ほかにも山内の塔頭でも土砂崩れがあったようです。
円覚寺は山の斜面や崖に面して建物が建てられていますので、このように長い雨が続いたり、台風が来ると崖崩れを起こすことがよくあります。
有り難いことに朝早くから業者の方が来てくれて、復旧の作業をしてくれていました。
私はご挨拶のみして托鉢の装束を身につけて支度をしました。
夏ですから修行僧の麻の衣を着ます。
そして腰上げといって、着物と衣の裾を少し高く上げておきます。
それに足に脚絆を巻きます。
履き物は草鞋であります。
かつては藁で編んだ草鞋でありましたが、藁が手に入りにくくなって、この頃は荷造り用のビニールの紐で自分たちで草鞋を編んでいます。
藁の草鞋よりは、じょうぶなのが特徴であります。
それに「円覚僧堂」と書いた看板袋を首から下げます。
円覚寺の僧堂から托鉢に来ていることを示すためであります。
これを私たちは「看板袋」と呼んでいます。
看板袋をさげて、そして網代傘をかぶります。
網代傘を目深にかぶると、こちらから相手の顔を見ることもできず、相手からもこちらの顔が見えなくなります。
個人を消して円覚寺僧堂の修行僧として托鉢するのです。
私も管長や師家の肩書きを外して修行僧となって町を回ります。
たまに身分がばれてしまうこともありますが、できるだけ気づかれないように托鉢します。
彼岸の間に、托鉢して鎌倉山にある擂亭というおそば屋さんに参ります。
そこには広いお庭があって、たくさんの仏像や羅漢さんがお祀りされています。
その仏さまに供養させていただくのです。
お経をあげてお香を焚いて供養します。
そしてお昼のご飯をいただいて帰るのであります。
町を回り、一軒一軒で四弘誓願文を唱えて托鉢し、信者さんからお昼ご飯をいただいて帰るというのは、古い時代からずっと変わることなく続けられている伝統の修行であります。
今もその修行ができるのは有り難いことであります。
前日まで雨で朝は涼しかったのですが、托鉢して歩いているとお日様も昇ってきてかなり暑くなりました。
汗もかなり出てきたのでした。
こまめに水分の補給をしないといけませんので、いつもの托鉢より少し多めに休息を取るようにしました。
こういう急に暑くなった時などは気をつけないと、修行僧でも体調不良を訴えることがあります。
皆の体調に気をつけながら托鉢していました。
中にはお腹に力を入れてお経をあげようとしてか、お腹をかなり前に出して腰が反ってしまっている修行僧がいました。
これでは腰が張ってしまい、長時間続けると腰を痛めると思って、姿勢を直させてもらいました。
少し姿勢を直してあげると、腰が楽になりましたと喜んでくれました。
こういうことも自分自身、同じような苦労をしてきたので、よく分かるのであります。
擂亭は鎌倉山にあります。
円覚寺からは歩いて六キロほどのところであります。
鎌倉山は昭和の初期頃から高級住宅地や別荘地として開発されてきたのでした。
ですから今でも大きな家が多いのです。
かつては門扉があってもその中に入ってお経をあげていましたが、昨今はいろんな問題もあるので、外の道路からお経をあげます。
すると中にはなかなか聞こえにくいのです。
これもまた致し方のないことです。
家の人が外に出ていたり、窓を開けていると、お経の声が聞こえてお布施をくださいます。
家の前では四弘誓願文を三回お唱えします。
お経をあげていて、玄関のドアが開くと、私などは今もビクッとしてしまいます。
お布施をくださることが多いのですが、修行時代には宗教上の違いから叱られたり、追い払われたり、時には怒鳴られたり、水をかけられたり、塩を撒かれたこともありました。
そんな嫌な記憶が残っているもので、今もビクッとしてしまうのです。
それがお布施をくださると感激するのです。
一軒一軒お経をあげながら、鎌倉山を上ってゆき、擂亭でお経をあげてお昼をいただきました。
そのあとは円覚寺まで六キロを歩きます。
鎌倉山を降りて、それから梶原の山をもう一度上がってから下りてきます。
一時間少々かかります。
帰りにもかなりの汗をかきました。
森信三先生は、「仏教再興の道」として、「寺院は鐘を正しくつくだけでも、最低限その存在価値はあること。鐘の音こそ広大無辺の説教であり、諸行の無常なることを下手な説教以上に分からせることができること。そして春秋の彼岸と土用と寒中に托鉢すること」をあげられています。
仏教再興などと大それたことを考えるのではありませんが、今も修行僧と共に草鞋を履いて托鉢できることが有り難いのであります。
横田南嶺
https://www.engakuji.or.jp/blog/40805/
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https://note.com/engakuji/n/n3fcac28b3d51
最後に一日のはじまりを整える、呼吸瞑想がございます。
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敬老の日の翌日、彼岸の中日の前日には、修行僧たちと共に町に托鉢に出かけていました。
彼岸の托鉢は毎年のことであります。
敬老の日には台風の影響で鎌倉の町では大きな被害がありました。
道路も冠水したようであります。
あちらこちらで土砂崩れもあったようであります。
円覚寺でも私たちの住んでいる開山堂の裏の崖が土砂崩れを起こしました。
二カ所から崩れていました。
開山堂に被害がなかったのは、幸いでありました。
それから北鎌倉駅の近くにある水路にある石垣が崩れてしまいました。
ほかにも山内の塔頭でも土砂崩れがあったようです。
円覚寺は山の斜面や崖に面して建物が建てられていますので、このように長い雨が続いたり、台風が来ると崖崩れを起こすことがよくあります。
有り難いことに朝早くから業者の方が来てくれて、復旧の作業をしてくれていました。
私はご挨拶のみして托鉢の装束を身につけて支度をしました。
夏ですから修行僧の麻の衣を着ます。
そして腰上げといって、着物と衣の裾を少し高く上げておきます。
それに足に脚絆を巻きます。
履き物は草鞋であります。
かつては藁で編んだ草鞋でありましたが、藁が手に入りにくくなって、この頃は荷造り用のビニールの紐で自分たちで草鞋を編んでいます。
藁の草鞋よりは、じょうぶなのが特徴であります。
それに「円覚僧堂」と書いた看板袋を首から下げます。
円覚寺の僧堂から托鉢に来ていることを示すためであります。
これを私たちは「看板袋」と呼んでいます。
看板袋をさげて、そして網代傘をかぶります。
網代傘を目深にかぶると、こちらから相手の顔を見ることもできず、相手からもこちらの顔が見えなくなります。
個人を消して円覚寺僧堂の修行僧として托鉢するのです。
私も管長や師家の肩書きを外して修行僧となって町を回ります。
たまに身分がばれてしまうこともありますが、できるだけ気づかれないように托鉢します。
彼岸の間に、托鉢して鎌倉山にある擂亭というおそば屋さんに参ります。
そこには広いお庭があって、たくさんの仏像や羅漢さんがお祀りされています。
その仏さまに供養させていただくのです。
お経をあげてお香を焚いて供養します。
そしてお昼のご飯をいただいて帰るのであります。
町を回り、一軒一軒で四弘誓願文を唱えて托鉢し、信者さんからお昼ご飯をいただいて帰るというのは、古い時代からずっと変わることなく続けられている伝統の修行であります。
今もその修行ができるのは有り難いことであります。
前日まで雨で朝は涼しかったのですが、托鉢して歩いているとお日様も昇ってきてかなり暑くなりました。
汗もかなり出てきたのでした。
こまめに水分の補給をしないといけませんので、いつもの托鉢より少し多めに休息を取るようにしました。
こういう急に暑くなった時などは気をつけないと、修行僧でも体調不良を訴えることがあります。
皆の体調に気をつけながら托鉢していました。
中にはお腹に力を入れてお経をあげようとしてか、お腹をかなり前に出して腰が反ってしまっている修行僧がいました。
これでは腰が張ってしまい、長時間続けると腰を痛めると思って、姿勢を直させてもらいました。
少し姿勢を直してあげると、腰が楽になりましたと喜んでくれました。
こういうことも自分自身、同じような苦労をしてきたので、よく分かるのであります。
擂亭は鎌倉山にあります。
円覚寺からは歩いて六キロほどのところであります。
鎌倉山は昭和の初期頃から高級住宅地や別荘地として開発されてきたのでした。
ですから今でも大きな家が多いのです。
かつては門扉があってもその中に入ってお経をあげていましたが、昨今はいろんな問題もあるので、外の道路からお経をあげます。
すると中にはなかなか聞こえにくいのです。
これもまた致し方のないことです。
家の人が外に出ていたり、窓を開けていると、お経の声が聞こえてお布施をくださいます。
家の前では四弘誓願文を三回お唱えします。
お経をあげていて、玄関のドアが開くと、私などは今もビクッとしてしまいます。
お布施をくださることが多いのですが、修行時代には宗教上の違いから叱られたり、追い払われたり、時には怒鳴られたり、水をかけられたり、塩を撒かれたこともありました。
そんな嫌な記憶が残っているもので、今もビクッとしてしまうのです。
それがお布施をくださると感激するのです。
一軒一軒お経をあげながら、鎌倉山を上ってゆき、擂亭でお経をあげてお昼をいただきました。
そのあとは円覚寺まで六キロを歩きます。
鎌倉山を降りて、それから梶原の山をもう一度上がってから下りてきます。
一時間少々かかります。
帰りにもかなりの汗をかきました。
森信三先生は、「仏教再興の道」として、「寺院は鐘を正しくつくだけでも、最低限その存在価値はあること。鐘の音こそ広大無辺の説教であり、諸行の無常なることを下手な説教以上に分からせることができること。そして春秋の彼岸と土用と寒中に托鉢すること」をあげられています。
仏教再興などと大それたことを考えるのではありませんが、今も修行僧と共に草鞋を履いて托鉢できることが有り難いのであります。
横田南嶺
【鎌倉円覚寺】毎日の管長日記と呼吸瞑想
臨済宗大本山円覚寺
- 12:08
コメント

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土砂崩れ、自然の力はすごいですね〜
人災にならないでなによりです。
鎌倉へ訪れると、お蕎麦に舌鼓している「生粋の蕎麦好き」ですが。。鎌倉山まで足を運んだことがありません💧托鉢の精神にあやかりつつ、お蕎麦屋さんまで巡礼してみようかしら。。と妄想する朝でした☺️💕
私の住んでいる所では托鉢のお坊さんに出会ったことありません。
だから本当に申し訳ないのですが、家に来られたら本物か疑ってしまいそうです。
看板袋でわかるのですね。
ご老師でもいまだにドキッとされるとは‥。
それにしてもわらじで片道6キロ、お疲れ様でした。
ありがとうございました。
個人を消して円覚寺僧堂の修行僧として托鉢するのです。
私も管長や師家の肩書きを外して修行僧となって町を回ります。
たまに身分がばれてしまうこともありますが、できるだけ気づかれないように托鉢します。
→→一度僧堂から托鉢に来ている雲水さん達に出会って、お布施してみたいと思っています。しかし、鎌倉に住んでいないと難しいかも知れません。🙏
😀擂亭とはどんなお蕎麦屋さんかと思いました。