第2097回「感動 – 伊勢の四天王寺へ」2026/10/4
13:58
94再生
■管長日記「感動 – 伊勢の四天王寺へ」
https://www.engakuji.or.jp/blog/40824/
■YouTube
https://youtu.be/gYb8YFnTVho
■note
https://note.com/engakuji/n/nf2ecb1a969f4
最後に一日のはじまりを整える、呼吸瞑想がございます。
-------------------------------------------------
龍雲寺さまで法話を終えた翌日は、三重県津市に向かいました。
津市にある四天王寺さまにおうかがいしました。
そこでイス坐禅の会を務めさせてもらいました。
これはまた実に有り難いご縁なのであります。
そもそものきっかけは、龍雲寺の細川晋輔老師とのご縁であります。
龍雲寺で細川さんからご紹介いただいた青年が、ホトカミの吉田亮さんでありました。
そのあたりの経緯を、吉田さんがnoteに書いてくださっていましたので、引用させてもらいます。
「五年前、四天王寺の倉島住職が世田谷区野沢にある龍雲寺の細川住職をご紹介下さいました。
その少し後、二〇二二年十一月三日、龍雲寺さんでの白隠禅師や盤珪禅師の書画の展示に伺いました。
すると、細川住職が、二日後に横田老師が法話で龍雲寺へいらっしゃるので、どうですか?とお誘い下さいました。
毎朝YouTubeで横田老師の管長日記を聞いていたので、こんなに嬉しいことは無い、と法話へ伺うことになりました。
始まる前に、少しお時間いただき、横田老師にご挨拶させていただきました。」
と書かれています。
ホトカミの活動について聞いたはずなのですが、私にはまだその時、ホトカミというのはどのようなものなのか、よく理解できていませんでした。
その後、吉田さんから取材の依頼をいただいて、少しばかり勉強するようになりました。
今から四年ほど前のことであります。
それからご縁は深まりました。
それまで私は、御朱印にそれほど深い関心を持っていたわけではありませんでした。
吉田さんには円覚寺で二度ほど講演も行ってもらい、御朱印には人と寺社とのご縁を結ぶ大きな力があることを学んだのでした。
そしてその頃から私はイス坐禅の会を始めていました。
そのイス坐禅の会に、吉田さんは熱心にご参加くださっていました。
またイス坐禅に参加された感想を、すぐにnoteに投稿してくださっていました。
イス坐禅は初めての試みであり、どのように受けとめられているのか、私もとても興味がありました。
吉田さんの投稿を読むと、イス坐禅で行ったどのワークが印象に残ったのか、効果的だったのかがよく分かるのであります。
そこでさらに研鑽を積むことができるようになります。
そうして、吉田さんが、四天王寺の倉島隆行さんをご紹介くださったのでした。
昨年の四月に円覚寺でイス坐禅を行った折に、倉島さんがわざわざご参加くださったのでした。
インターネットを活かし、多くの方に御朱印を通じてご縁を結んでもらって「令和の大観音」を作っているという話をうかがいました。
そんなことが可能なのかと耳を疑うような思いで聞いていました。
その大観音さまが今年の二月二十二日に開眼されたのでありました。
開眼の導師は青山俊董老師であります。
吉田さんにとっても大事業だったと思います。
そんな話を聞いていましたので、是非私も一度お参りしたいと思ったのでした。
倉島さんがわざわざイス坐禅の会にご参加くださったので、その御礼の気持ちもあって、四天王寺さまでイス坐禅の会を催してみることを提案させてもらいました。
それが先日実現したのでした。
感動の一日でありました。
朝早く新幹線で名古屋まで向かいました。
吉田さんとご一緒に参りました。
吉田さんは四天王寺には、なんと五十六回目のお参りなのです。
道中ご案内してくださるのでたすかりました。
四天王寺に着くと、倉島さんが正装してお迎えくださいました。
なんと有り難いことに、朱の大傘でお迎えくださって恐縮しました。
本堂に入堂すると、ご詠歌を奉詠してくださっていて、その中でご本尊に三拝させてもらいました。
控え室に入ると、鈴木天山禅師の額が目に入りました。
鈴木天山禅師は明治の時代にこの四天王寺を復興なされた方であります。
永平寺の禅師さまにもなられ、曹洞宗の管長を勤められた方です。
「其の実に處して、其の華に居らず」と書かれています。
『老子』にある言葉です。
大切な実質に身を置き、表面的な華やかさには身を置かないという意味です。
見かけの美しさや華々しさを追い求めず、物事の本質、実質を大切にしていくことを言っています。
四天王寺さまの由来もとても古く深いものがあります。
聖徳太子が建立したと伝えられる四つの四天王寺のひとつなのです。
ご本尊の薬師如来は平安時代の仏さまであります。
このお薬師さまは、平安時代に生きた物部美沙尾(もののべのみさお)という女性の発願によって造立されたものだそうです。
仏像の胎内から見つかった紙にその由来が書かれていたということです。
室町時代に、曹洞宗の寺になったのでした。
戦国武将の藤堂高虎が津の藩主となって四天王寺を庇護されました。
お寺に入るときに、立派な山門だと思っていたのが、一六四一年に二代藩主藤堂高次によって建てられたものです。
明治の時代鈴木天山禅師の頃には、多くの修行僧も集まる叢林でありましたが、昭和二十年七月、アメリカ軍による空襲によって、四天王寺は山門と鐘楼門を除くお堂をすべて失ったのでした。
本尊の薬師如来と、三面大黒天は残りました。
大黒さまもまた立派なお像でありました。
おうかがいした日は四天王寺さまの彼岸会の法要があり、まずその法要に参列させていただきました。
隅っこでお参りさせてもらえばよいと思っていましたが、曲彔までご用意くださってこれまた恐縮でした。
お昼ご飯をいただいて、令和の大観音を彫り上げた仏師の富田珠雲さんからご丁寧な解説を賜りました。
仏師さまから直にお話をうかがえるのは有り難いことです。
今年の二月に開眼されてから多くの方に拝まれてきています。
富田仏師も、自分が彫って納めたときともうずいぶんと変わってきていると仰っていました。
多くの方の祈りや願いが重なることで、観音さまもまた新たなお姿になっていくのだと思いました。
とても大きく、お顔がお優しく、大勢の方の願いが込められていることを感じました。
宝冠や瓔珞などは金属工芸作家の何 惠娜さんが丹精こめて作られています。
これもまた何さんの説明を拝聴させてもらいました。
そんな大観音さまの見守る中で、四天王寺に集まった方々と二時間ほどイス坐禅を務めさせてもらったのでした。
倉島さんは、全国曹洞宗青年会や全日本仏教青年会の代表を務められた方であります。
また「典座 TENZO」という映画も作られています。
とても熱意があり、行動力があり、人望のある和尚さまであります。
こういう方とご縁をいただくと、私もまた多くのことを学ばせてもらうことができます。
イス坐禅のあとは倉島さんとご縁のある皆さんと会食もさせてもらい、有り難い感動の一日となりました。
横田南嶺
https://www.engakuji.or.jp/blog/40824/
■YouTube
https://youtu.be/gYb8YFnTVho
■note
https://note.com/engakuji/n/nf2ecb1a969f4
最後に一日のはじまりを整える、呼吸瞑想がございます。
-------------------------------------------------
龍雲寺さまで法話を終えた翌日は、三重県津市に向かいました。
津市にある四天王寺さまにおうかがいしました。
そこでイス坐禅の会を務めさせてもらいました。
これはまた実に有り難いご縁なのであります。
そもそものきっかけは、龍雲寺の細川晋輔老師とのご縁であります。
龍雲寺で細川さんからご紹介いただいた青年が、ホトカミの吉田亮さんでありました。
そのあたりの経緯を、吉田さんがnoteに書いてくださっていましたので、引用させてもらいます。
「五年前、四天王寺の倉島住職が世田谷区野沢にある龍雲寺の細川住職をご紹介下さいました。
その少し後、二〇二二年十一月三日、龍雲寺さんでの白隠禅師や盤珪禅師の書画の展示に伺いました。
すると、細川住職が、二日後に横田老師が法話で龍雲寺へいらっしゃるので、どうですか?とお誘い下さいました。
毎朝YouTubeで横田老師の管長日記を聞いていたので、こんなに嬉しいことは無い、と法話へ伺うことになりました。
始まる前に、少しお時間いただき、横田老師にご挨拶させていただきました。」
と書かれています。
ホトカミの活動について聞いたはずなのですが、私にはまだその時、ホトカミというのはどのようなものなのか、よく理解できていませんでした。
その後、吉田さんから取材の依頼をいただいて、少しばかり勉強するようになりました。
今から四年ほど前のことであります。
それからご縁は深まりました。
それまで私は、御朱印にそれほど深い関心を持っていたわけではありませんでした。
吉田さんには円覚寺で二度ほど講演も行ってもらい、御朱印には人と寺社とのご縁を結ぶ大きな力があることを学んだのでした。
そしてその頃から私はイス坐禅の会を始めていました。
そのイス坐禅の会に、吉田さんは熱心にご参加くださっていました。
またイス坐禅に参加された感想を、すぐにnoteに投稿してくださっていました。
イス坐禅は初めての試みであり、どのように受けとめられているのか、私もとても興味がありました。
吉田さんの投稿を読むと、イス坐禅で行ったどのワークが印象に残ったのか、効果的だったのかがよく分かるのであります。
そこでさらに研鑽を積むことができるようになります。
そうして、吉田さんが、四天王寺の倉島隆行さんをご紹介くださったのでした。
昨年の四月に円覚寺でイス坐禅を行った折に、倉島さんがわざわざご参加くださったのでした。
インターネットを活かし、多くの方に御朱印を通じてご縁を結んでもらって「令和の大観音」を作っているという話をうかがいました。
そんなことが可能なのかと耳を疑うような思いで聞いていました。
その大観音さまが今年の二月二十二日に開眼されたのでありました。
開眼の導師は青山俊董老師であります。
吉田さんにとっても大事業だったと思います。
そんな話を聞いていましたので、是非私も一度お参りしたいと思ったのでした。
倉島さんがわざわざイス坐禅の会にご参加くださったので、その御礼の気持ちもあって、四天王寺さまでイス坐禅の会を催してみることを提案させてもらいました。
それが先日実現したのでした。
感動の一日でありました。
朝早く新幹線で名古屋まで向かいました。
吉田さんとご一緒に参りました。
吉田さんは四天王寺には、なんと五十六回目のお参りなのです。
道中ご案内してくださるのでたすかりました。
四天王寺に着くと、倉島さんが正装してお迎えくださいました。
なんと有り難いことに、朱の大傘でお迎えくださって恐縮しました。
本堂に入堂すると、ご詠歌を奉詠してくださっていて、その中でご本尊に三拝させてもらいました。
控え室に入ると、鈴木天山禅師の額が目に入りました。
鈴木天山禅師は明治の時代にこの四天王寺を復興なされた方であります。
永平寺の禅師さまにもなられ、曹洞宗の管長を勤められた方です。
「其の実に處して、其の華に居らず」と書かれています。
『老子』にある言葉です。
大切な実質に身を置き、表面的な華やかさには身を置かないという意味です。
見かけの美しさや華々しさを追い求めず、物事の本質、実質を大切にしていくことを言っています。
四天王寺さまの由来もとても古く深いものがあります。
聖徳太子が建立したと伝えられる四つの四天王寺のひとつなのです。
ご本尊の薬師如来は平安時代の仏さまであります。
このお薬師さまは、平安時代に生きた物部美沙尾(もののべのみさお)という女性の発願によって造立されたものだそうです。
仏像の胎内から見つかった紙にその由来が書かれていたということです。
室町時代に、曹洞宗の寺になったのでした。
戦国武将の藤堂高虎が津の藩主となって四天王寺を庇護されました。
お寺に入るときに、立派な山門だと思っていたのが、一六四一年に二代藩主藤堂高次によって建てられたものです。
明治の時代鈴木天山禅師の頃には、多くの修行僧も集まる叢林でありましたが、昭和二十年七月、アメリカ軍による空襲によって、四天王寺は山門と鐘楼門を除くお堂をすべて失ったのでした。
本尊の薬師如来と、三面大黒天は残りました。
大黒さまもまた立派なお像でありました。
おうかがいした日は四天王寺さまの彼岸会の法要があり、まずその法要に参列させていただきました。
隅っこでお参りさせてもらえばよいと思っていましたが、曲彔までご用意くださってこれまた恐縮でした。
お昼ご飯をいただいて、令和の大観音を彫り上げた仏師の富田珠雲さんからご丁寧な解説を賜りました。
仏師さまから直にお話をうかがえるのは有り難いことです。
今年の二月に開眼されてから多くの方に拝まれてきています。
富田仏師も、自分が彫って納めたときともうずいぶんと変わってきていると仰っていました。
多くの方の祈りや願いが重なることで、観音さまもまた新たなお姿になっていくのだと思いました。
とても大きく、お顔がお優しく、大勢の方の願いが込められていることを感じました。
宝冠や瓔珞などは金属工芸作家の何 惠娜さんが丹精こめて作られています。
これもまた何さんの説明を拝聴させてもらいました。
そんな大観音さまの見守る中で、四天王寺に集まった方々と二時間ほどイス坐禅を務めさせてもらったのでした。
倉島さんは、全国曹洞宗青年会や全日本仏教青年会の代表を務められた方であります。
また「典座 TENZO」という映画も作られています。
とても熱意があり、行動力があり、人望のある和尚さまであります。
こういう方とご縁をいただくと、私もまた多くのことを学ばせてもらうことができます。
イス坐禅のあとは倉島さんとご縁のある皆さんと会食もさせてもらい、有り難い感動の一日となりました。
横田南嶺
【鎌倉円覚寺】毎日の管長日記と呼吸瞑想
臨済宗大本山円覚寺
- 13:581.
感動 – 伊勢の四天王寺へ
コメント

感想・質問・応援メッセージを書こう
数年前に家族で伊勢神宮を初めて訪れた日が思い出されます〜
伊勢四天王寺さんの仏像建立のお話は存じ上げていました。京都五条にある富田工藝さんも何度か伺って大好きな仏所さんです。
大きな仏像を彫る機会はなかなか無い事です。すごいなあと思います。
個人的には小洒落た透かしの御朱印等はいただいたことはありませんが、お寺に参るきっかけになっていると思います。
色々な催し等でお寺に人を呼ぶ工夫をなさっていて、遠いけれど行ってみたいお寺です。
ありがとうございました。
富田仏師も、自分が彫って納めたときともうずいぶんと変わってきていると仰っていました。
多くの方の祈りや願いが重なることで、観音さまもまた新たなお姿になっていくのだと思いました。
→→津の四天王寺はホトカミのサイトで毎月の御朱印として紹介されていて存じ上げています。御朱印で仏像が造立されるというのは、令和の現代らしいです。十五年くらい前から御朱印を頂いていますが、御朱印が寺社の発展に役立つのだと実感できました。是非お参りしたいです。🙏