TOPハウツー・学習旅行・地域Voicyなのだ![山田崇ラジオ]長野県塩尻市/東京都港区から放送【公開収録】「行動がご縁と知をつなぐ」毎週金曜朝7時「山田崇ラジオ」#37433:11 6月12日 44再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次震災で感じた行政の限界と原点市民を巻き込むまちづくりと協働公務員を辞め博士の道へ進んだ理由地域とアートが繋ぐキャリアの変遷大学内で生まれる知の連携と未来AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。パーソナリティの山田敬です。 山田敬ラジオ、毎週金曜日の朝7時、今日で374週目ですね。 本日はですね、香川大学から村井拓人さん、お越しいただいております。 元赤嶋市役所の公務員からですね、転職をされて、今2年目になるんですかね。 はい、どんなことをされているのかということと、 すごく私との出会いもたまたま偶然、だけど同じ関心があってですね、 はい、惹かれて昨年ですね、お会いした経緯もあり、 今日はですね、私からインタビュー形式で村井さんにお話を聞いていきたいと思っております。 すでに本編の収録終わっています。この後です。ではどうぞ。 # ゲストは、村井拓人さん(香川大学研究戦略室|イノベーションデザイン研究所)です。 おはようございます。山田敬司ラジオをスタートしていきます。 今日はですね、ゲストに村井拓人さんをお越しいただいています。 村井さん、おはようございます。 おはようございまーす。 はーい。 えー、じゃあ、なんか自己紹介から、はい、村井さんにしていただこうかなと思います。 はい、えーと、皆さんおはようございます。 村井拓人と申します。 えー、私は今、 香川県の高松市に断然住んでおりまして、 現在、香川大学の研究戦略室という部署に教員をしております。 よろしくお願いいたしまーす。 はーい、よろしくお願いしまーす。 はい、そうですね、私も今日、高松に来ていまして、 えーと、年に一回ですね、公演、研修がありまして、 昨年に引き続き、今年も6月に、はい、高松に来たというとこですね。 はい、えー、村井さんとは、昨年ね、初めて高松でお会いしたんですよね。 いや、それがびっくりで。 そうですね。 だから、私、昨日もね、ちょっと… 俺、ナンパしましたよ。 あ、ナンパね。そうなんですよね。 あの、昨日もね、ちょっとせっかく私高松に来たんで、 あの、ちょっとね、お茶でもできればということでお会いしに行ったんですけど、 多分、直接会うのは本当に2回目か3回目なんですよね。 2回目でしたね。 そうですよね。 そう、昨年ね、あの、私、もう2012年ぐらいだったと思うんですけど、 瀬戸内国際芸術祭、一人旅で行き、何回か行っていて、 昨年もですね、一人で直島に泊まって、 直島に新美術館ができたのでね、それ見たいなっていうのと、 久しぶりにジェームスタレールの作品も見たいなと思って、 あの、一泊して、そして、あれですよね、 直島の新美術館の受付で私チケット買って並んでたら、 あれ、山田さんですよねって言って声かけてくれたのが村井さんだったんですよね。 そうですね、そうですね。そこだ、そこだ。 いやー。 いや、すぐ分かりましたよ。山田さんだって。 本当ですか。 有名人ですから。公務員会話では有名人。 そうそうそうそう、そうとかって言って。 じゃあ、そう、中でクサクサしたら山田隆っていう存在を認識していて、 あれ、これそうじゃないかなと思って声かけてくれたって感じですかね。 そうそうそうそう、髪型とね、メガネと。 メガネとね、このアイコンになっているのが、 いや、本当にどこ行ってもね、声かけ、間違えられないというか。 ああ、そうですか。大切なことですよね。 先日も大阪の京橋のクイントブリッジっていうNTT西日本の競争拠点に、 普通に私はイベントじゃなくて行ったんですけど、 そしたらイベントに登壇されている方が、石川県の七尾、野都から来ている方だったんですけど、 駆け寄ってくれて、山田さんですよねって言って。 向こうも野都から大阪に来てて、私も東京から大阪に行ってたんで、 びっくりしてですね。遠くからでもやっぱり分かりますって言って会場に。 ありがとうございます。 分かりましたよ。 え、なんか私、あ、そうそう。 今日ね、村井拓さん、今香川大学で研究戦略室というところにいるんですけど、 その前にキャリアとして元公務員なんですよね。 うん、そうそう。 しかも、しかもと言うかね、結構明石市、兵庫県の明石市か。 はい。 うんうん。 なんかちょっと今日。 来ましたね。 そう、なんか、市役所自体に私のことを知ったのかな? いや、でも。 あ、そう。 あ、本当ですか。 えぇ。 で、大学院の先生も山田さんのことを言ってたから。 おぉ。 ベストで行ったんでしょ。 行きました。 あの、村井さんが市役所行きながら大学院にも行ってたんですよね、当時。 そうそう。 うんうん。 で、えっと、え、これ大学行ってもいいのかな? 多分。 うん、いいですよ。 いいですよね。 あの、京都、同志社大学ですよね、ソーシャルイノベーション。 うんうん。 そう、あの、私。 山田さんの話めっちゃ聞いたから。 えぇ。 嬉しい、同志社大学で。 あははは。 嬉しいなぁ。 そうそう。 スーパー公務員と言えば、みたいな。 あの、なんかね、京都で、公演もさせていただいたこともありますし。 うんうん。 うん、あれ京都府庁が主催だったかなぁ。 うん、なんか新しいことをね、聞いていれる文化なんですよね。 うん。 いやぁ、ソーシャルイノベーションフォーラムがあって。 うんうん。 確か2016年だったかなぁ。 あの、呼んでいただいた、ご縁もあってですね。 うんうん。 あったあった、当時京都市。 えっとね、人を巻き込む、モテる公務員と未来をつくる、ソーシャルイノベーションサミット。 あ、なんか、あったね、モテる公務員ってね。 そうそう、ソーシャルイノベーションサミットっていうのをやっていて。 あの、京都市がね、ソーシャルイノベーション研究所っていうのもやってて。 はいはいはい。 あの、当時はね、京都産業大学にいた大室。 大室さんね。 大室先生、今は長野県立大学に移られたんですけども。 はい。 で、私の大好きなあの、井上秀幸さん。 うんうんうん。 芸能技術大学でね、ソーシャルイノベーションの授業を確か2005年かな、海外から持ち込んで。 その後、SVP東京っていう、ソーシャルベンチャーパートナーズ東京の立ち上げもして、初代の代表をしていてですね。 私、SVP東京のメンバー4年やったんですよね。 えぇ。 2014年から、ソーシャルベンチャーパートナーズ東京の。 うんうんうん。 そう、京都がね、このモテる公務員×ソーシャルイノベーションサミットっていうのをやった時に。 あの、私テッドでね、スピーチしたのが2014年だったから。 そう、それきっかけで。 いや嬉しいなぁ。 えぇ。 テッドきっかけだったんですね。 うん、そうなんですよ。 え、なんか、市役所時代何されてたのかっていうのを、ちょっと簡単に何か振り返っていただくのか。 あぁ、そうですね。 なんで同事者の、その大学院。 なるほど。 なんか、ドックしたのかというと。 そうですね。まず、市役所入った時からちょっと話しましょうかね。 うんうんうん。 僕、そうでね、まぁちょっと無職の期間がありまして、就職活動に敗れて。 うーん。 で、ぶらぶらしよったんですよ。 はい。 で、当時の彼女というか、公務員受けるんで一緒に受けへんかみたいなんで。 へぇー。 で、公務員って何か食べたら美味しいの?ぐらいのノリで。 全然知らなかったんですね。 そうなんですよ。でも、なんか公務員試験っていう試験があるということをやったんで。 まぁ、一年本気して勉強するんですよね。 うん。 で、まぁそこでちょっと勉強の楽しさみたいなのを知りまして。 おぉー。 おもろいよみたいな。 うん。 で、まぁ入れたんですけど、アカシ市役所に。 まぁ、アカシ市役所が拾ってくれたっていうのかな。 うんうん。 まぁ、国家とか裁判所、事務官とかいろんなとこ平安して、アカシ市役所が拾ってくれたんで行ったと。 はい。 で、まぁ行った年がですね、平成6年入庁で。 おぉー。 へぇー。 あれですよ、阪神淡路大震災でね。 いや、あの。 言えずなかったんですよ。 私がね、平成10年採用で。 えっとね、そう、確かね、大学の入試の時だったかな。 だから平成6年ぐらいだったのなんとなく覚えてる。 そうそう。 へぇー。 時代になったなぁ、思って。 うんうんうん。 でまぁ、まだ、その時、資産税界でね、建物の評価をしてたんですよ。 私の1年目資産税からあった。 資産税ですよね。 うん。 資産税とか市民税とか。 固定資産税ですよね。 固定。 うん。 ねえ。 はい。 そういうとこ配属されるわけですよ、市民やからね。 うんうん。 で、新しい建物を評価してたんやけど、1月17日以降は、こう、 災害、震災があったんで、建物の被災証明を出す、そんな仕事もしまして、 今まで新しい建物を評価してたんやけど、建物の被害を調査するっていう。 プラス、えーと、避難所の開設委員に当たりまして、避難所開設して。 あー。 で、住んでたところも半壊になっちゃったんで、住めないんで。 はい。 避難所生活を送りつつ、みたいな、仕事をしつつ、みたいな。 そっか。 やった。 ご自身の住んでたところも被害に。 そうそう、前回ね。 前。 取り壊しになりましたね。 うーん。 明石市内に住んでたけど、雨ばっかりがね、やっぱり。 うーん、みんな、後方辺に目が行くんですけど、明石も結構被害を受けてて。 あー。 大変だったんですよ。 もう、すぐ西側で隣接してますもんね。 そうそう。 ねえ。 震源地にはね、明石の方が近かったりするんですよね。 そうなんですか。 うん。 あれ、西区に囲まれてるような感じ。 そうですね。 そうですね。 海側がずっと明石で、東西に長い地形なんですけど、明石も結構被害を受けて。 で、まあ大変な目に陥ったんですけど、まあその時に感じたのは、行政って無力やなと思ったんですよ。 えー。 行政だけで課題解決できへんな。 まあ今の仕事とかにもそれぞれついてくるんですけど。 うん。 これがまあ、僕の柱ですね。 なるほどね。 寄ってたがってみんなで課題解決すればあかんなって、なんとなくその時思ったんですよね。 あー。 ボランティアとかNPOの人たちとふり合いましたし、他の市役所からの応援とか、あと企業の応援とかも受けて思ったんですよね。 うんうんうん。 特定経営活動推進法もあの時きっかけでね。 そうですね。NPO観念と言われてましたね。 うんうんうん。 市役所辞めた後、僕認定NPO法人で就職してるんで、またそれを。 あ、そうなんですか。 後で、そうなんですよ。 へー。 で、まあ、資産税化から次は議会事務部に配属されるんですよ。 うんうん。 まあ、あの、資生をまつく。 結構重要なポジションやったんですけど。 うん。 まあその時に、ボスが思ったかどうかわからないんですけど、なんか議員と上手いことやるよってこいつは。 ははははは。 そしたらこいつを市内に解き放って、市民と上手いこといくんちゃうかって思ったボスがいて。 うんうんうん。 で、市民共同推進課っていうまちづくりの部署、ソフト対策ですよね。 はいはい。 市民と一緒に課題解決していくという部署に配属されたんです。 ここらへんからもう全部共同なんですよ、僕の本店は、柱は。 協力に働くと書く、コラボレーションのほうの共同ですね。 そうそうそう。 そっか。 市民共同推進課は、NPOとか市民活動団体の人だと一緒に働くこともありましたし、地域の自治会会長とかで働くこともあったんですね。 うんうん。 で、その時に市民が誰でも集まってふわっと集まって対話できる場所みたいなのをこしらえましてね。 駅前に。 山田さんもそのようなことは知ってたと認識してるんですけど。 近い近い。 ウィズアカシーみたいな。ウィズアカシーってこれ公共施設なんですけど。 その辺りから自分でも市民活動やりたなって思ったんですよ。 山田さんっぽいでしょ。 確かに。私も同じように市民共同の拠点開設をして、エンパークという図書館を中心とした市民交流センター。 エンパークだ。 そう、エンパーク。 ウィズアカシーという場所ができたんで、市民活動団体に登録したんですよ、自分自身も。 なるほどね。 公演とかゲスト呼んだりとか。 職員もやりながら市民活動として。 じゃあ私と一緒だ。 一緒なんですよ。 そうですね、町に飛び出してみようということで。 市民活動をやってる、頑張ってる町のプレイヤーをめっちゃ知ってたんで、 その人たちに会いに行くっていう、ツアー言ったらあかんのかな、町歩き。 町歩きのイベントをやってたんですよ、村村居って。村田森に引っ掛けて。 村居って言ったらご自身のお名前ですよね。 そうそう、あの人がつけてくれて、もっともっちゃりしたネーミングだったんですけど、村村居やなって言ってもらって。 村村居っていうイベントをやってたと。 いろんな町のプレイヤーに会いに行って話を聞くみたいな。神社仏閣だけじゃなくてね。 そういったところ、同志社の教授が視察に来たんですよ。 お、秘密証というか、あとは村居さんの活動。 おもろい公務員がおるって。今里茂先生。 ああ、お世話になった。 ですよね。 日本共同政策学会でお世話になって。 そうそう。山田さんの話も。 私だって韓国一緒に行ったもん。日韓中の。 韓国、韓国暑いですからね。 しかも塩尻にも私今里茂先生呼びましたもん。 ああ、そうですか。前僕の初代のお塩さんなんですよね。 なるほど。 そこで同志社、受け言うことで。 最初断ってたんですけど。 元書を持ってきてくれはったりとか。 見返り誘ってもらったりとか。 同志社に町屋キャンパスって当時あったんですよ。 町屋っていうのは古い古民家? 古い建物。 いや、俺そこで講演させてもらったことあるよ。 ですよね。 今里先生に呼んでもいただいて。 そこで呼ばれてね。 今里先生の手料理を食うわけですよ。 キッチンありましたでしょ。 あるあるある。あった。 そんなに大勢入れる? 今は高級レストランになってますけどね。 あ、そうか。今変わっちゃったんだ。 ミシュランの星がついた高級レストランに振れるようになってたんですけど。 昔は町屋キャンパスっていうことでそこで授業もやってたんですけど。 呼ばれてなんかおもろいなということで。 また大和社大学の総合政策科研究科大学院に入学しましたと。 で、明石から通ってたんですよ僕。 あ、あれ。だから明石、兵庫、大阪、京都か。 夜間の大学院やったんで。 週1だけ時間給取りましたですけど。 土曜日に授業を固めたりとか。 夜中に授業を持って行ったりとかして。 なんとか切り抜けましたね。 すごい。くどかれて。 終了して辞めるつもりだったんですけど。 なんか中途半端やなと思い始めて。 博士を考えて。 博士はちょっと仕事しながら僕だったら、 僕の頭では卒業無理やなと思ったので。 退履をしました。 それはだから辞めたってこと? そうそう。 研究者の道に進もうというのが、 次は大学にズルズルと繋がっていくわけですけど。 終始までは市役所通いながら取りながら。 その間に部署も変わって文化芸術の担当をやったんですよ。 で、博物館の活性化とかやってたんですよ。 リカちゃん店とかゴジラ店とか。 博物館で。 市役所っぽくない企画展やって。 まあまあ楽しんでたんですけど。 ここら辺からアート入ってくるんです。 共同とアートが入ってくるんです。 市民共同とプラスアートで。 アート。アートイノベーション入ってきて。 大学修了するときに就職考えますわね。 その時に香川大学で募集がかかってて、 なんかアート研やんって思ったんですよ。 テトーチ国際芸術大カメルカモンみたいな。 確かに香川でしたね。 もう研自体にイメージがあります。 まあまあ市民もアートに対する認識高いですし、 アートねみたいな。 いいんちゃうみたいな。 なるほどね。 それでたまたま瀬戸芸、東京芸大さんと香川大学で、 東京芸大と香川大学で瀬戸芸のね、 東香川市のエリアでお担当してたんで、 そこ入れさせてもらって。 でちょっと瀬戸芸にもかめたかなと。 いう感じで今に至るっていう感じなんですよ。 すいません。もう時間ね。 大丈夫大丈夫。 でもそういった意味で、 なおしまいの新美術館にも。 本当にだからご自身のライフスタイルというか。 東北の担当だったけど、他のエリアあるんですよね。 開催エリア。 そこでどういうことしたんやろうと思って。 自分でも自分の目で確かめたいなと思って。 全エリア回ってたんですよ。 なるほどね。 昨日もちょっと話して。 私も手島の美術館も大好きだし、 三岐島、小戸島とかも。 なんか一人で行くほうが。 めちゃめちゃ数多いじゃないですか。 一個一個別に何分って決められないし。 一人で行くほうがいいですよね。 犬島とかニッチの島あるんですよ。 まだ行ってない。 それこそ本島でしたっけ。 丸亀のね。 明日も月に一回第2土曜日にね。 展示があるんですよね。 犬島とかね。 これ岡山県のほうになりますけど。 犬島。精錬所があるとこじゃないですか。 行きましたよ。 行ったよ。すごいね。 その声よかったな。 なるほどね。 そんな感じでアート寄りになってきた。 市民共同まちづくりアートみたいなのが僕なんですよね。 大学で今何年目になるんですか。 もうすぐ2年ですね。 大学でやってること言ってたかったですね。 大学の先生で研究者。 分経理系問わず。 その研究者同士を結びつけるために 対話の場を設定してるんですよ。 赤字でやってたような。 範囲が狭くなったというか。 大学の中に大量の人たちがいて その人たちのうちがひょっとしたら お互いを知れれば何か起こるんじゃないかっていう。 学部反応起きるんちゃうみたいな。 研究者の支援をする教員なんですよね。 だから学部には所属してない。 これは研究戦略室。 研究戦略室と 建物でイノベーションデザイン研究所というところも。 イノベーションデザイン研究所はどっちかというと 対外の部分もちょっと入ってくるんで。 戦略室だけではない。 対象は先生。 イノベーションデザイン研究所って 私、去年ご案内していただいた? そうそう。 あとは民間の会社とかも入ってきて ちょうど研究。 大学からキャンパスから道を挟んだぐらいのところだったかな? 大学内で人はなかなか入りにくいから 敷地外で建物建てて。 なるほどね。 で、2年目というところですかね。 すいません。 私ね、 昨日の日経新聞に 博士課程の人材を2030年までに 年間2万人に増やすという国の方針であったりとか そのためにやっぱり今みたいに 辞めて選挙に集中するといった時に 昨日の記事だとね 年間500万円の優秀な博士課程の学生には支援をしていこう。 大学側が。 その大学が支援するんだったら国も支援するよみたいな。 もう一つがクロスアポイント。 企業に所属しながら大学院博士課程に通えるみたいなことも 推進していくんだっていうのがあって。 村井さんは制度がなくてもご自身で飛び出して 何ならやっぱりこれ辞めなきゃ無理だぞと。 その間NPOでは働きましたけどね。 そっかそっか。 市役所辞めて博士課程に行った時に。 それも中間支援ということで それも今のお仕事にはつながってきているのかな。 それは赤市のNPOだったんですか。 それは神戸のNPOですね。 CS神戸さんっていうNPO。 新生のNPOですけど。 CS神戸。 コミュニティサポートセンター神戸。 あ、ある。認定NPO方針だって言ってましたもんね。 そこは市民活動の支援。 コミュニティビジネスの支援してたんですかね。 NPOの立ち上げの支援。 バンソー支援。 あとは外部資金獲得の支援とかね。 サポートセンター神戸ね。 結構長野県だったりとか 被災地に私結構いろんな方たち それこそ昨日も野党の皆さんとオンラインイベントやったりとかしていて 私も結構その界隈皆さんとつながりがあるんで。 なるほどね。 市役所を辞めて。 なんかね、あれなんですよ。 全部偶然なんですよ。 博士課程は何年かかりました? 博士課程?後期は後期3年。 ああ、なるほど。前期というのがいいですね。 最短で出てたんですよ。 すごいじゃないですか。最短じゃないですか。 中士が2年で。 中士3年行ったんですよ。 行ったりしたいなと思って。 通いながらだったっていうのもありますしね。 そうそう。 それが基礎になったんで、博士。 まだ書きやすかったのかな。 そっかそっか。 中士が3年で、後期博士課程が3年で。 じゃあ6年でってことですね。 これもっと増やしていくためにっていうことと。 私も興味があるんだよな。 何かを削ったりやめなきゃ無理だろうなと思ってたんだけど、 昨日の日経新聞の記事を見たときに、 黒サポイントメントとかね。 優秀な人にはっていうのを見て、 ちょっと目が止まったんですよね。 それもあってね、ちょっと村井さんの なんで行こうと思ったのかなとか、 行っててどうだったのかなとかね。 たまたまなんですけど、出会いやね。 でも行動はしてましたよね。 行動してたら目について止まって出会ったみたいな。 そっか。 ちょっと今日は村井さん。 計画的誤発戦論。 計画的誤発戦論ね。 関心に合わせてっていうね。 村井さんあっという間にお時間になってきちゃいまして、 最後はチェックアウトってよく私は言うんですけど、 ここまで話してみてね。 今ここ自分にちょっと意識を向けて見て、 一言コメントに残しておくっていう形で ちょっと行きたいなと思っています。 私から行こうかな。 チェックアウト一言。 去年会ってね、村井さんに声かけていただいて、 那覇島で。 そっから私が今度声かけたのかな。 夜ちょっと飲み行きませんって言ってね。 そうか。じゃあ3回目だな。 1日に2回会ってるっていうのを入れればね。 あれ1日でしたっけ? そう、あれ1日。 じゃあ2回、ざっくり言うと。 前日かもしれない。 前日だったらじゃあ3回行く。 でもよく考えたら次の日に、 大学も案内してもらいましたもんね。 大学にも俺行って。 そうやね、ほんまやね。 あんまりぐらいか。 会ってるんだけど、 今日少し村井さんが公務員時代どうだったのかなみたいなところも 聞けたのがよかったなって。 やっぱりもう一個が、 いやー今里茂先生か。 京都にね、ちょっとよく行く機会あるんで。 そういえば最近全くいろんなご報告とかご連絡してなかったんで。 ちょっと久しぶりにご連絡してみたいなって思いました。 ご縁だな本当に。 ご縁でね。 博士渡田先生っていう人に拾ってもらって。 そうなんですね。 ちょうど通ってるときに。 パトンタッチしてもらえたんで。 本当に博士渡田先生も本当に命の恩人というか。 いやいやいや、そんなご縁で。 私も一番最初に会ったときびっくりして。 途中またぎみたいなことやってなかったかな、今野先生。 やってるやってる。 修了。 今でもやってるんだよな。 ジグボーって。 そっか、そんなご縁だった。 本当に坂先生にも感謝だなって。 改めて。 思える時間でした。ありがとうございます。 じゃあ村井さんもチェックアウト。 一言。 一言? そうですね。 好きなものを言う前に行動しようかな。 自分に言い聞かせてるのは。 そうすると何か答え見えてくるみたいな感じですかね。 そうそう、行動して人に会いに行けかな。 何か教えをもる力みたいなのあるかも。 行動して。 教えてくださいみたいな。 はい、じゃあ村井さんありがとうございました。 ということで今日はですね、私も高松に今いるということもあってですね、 村井さんに少しゲストに来ていただいてお話聞かせていただきました。 村井さんありがとうございます。 ありがとうございました。 山田たかしラジオ、金曜日の朝ですね、行っていまして。 こちらボイシーでまた放送公開をするのと、 ノートにも書き起こしをしてまとめていますので、ぜひ気になる方ご覧いただければ嬉しいです。 村井さんまたちょっと来るときは連絡します。 そしてまた。 ありがとうございます。 そうそう、昨日も言ったんですけど、一回オンラインでちょっとお話したい。 大学のこと。 はいはい。 はい、ではでは。 はい、では村井さん。 そしてお聞きの皆さんもありがとうございました。 では今日まだ金曜日の朝8時前ですね。 今日も良い金曜日をそして良い週末を。 いってらっしゃい。 もっと見る #直島 #瀬戸内国際芸術祭 #ソーシャルイノベーション #山田崇ラジオ #同志社大学 #香川大学 #明石市役所 Voicyなのだ![山田崇ラジオ]長野県塩尻市/東京都港区から放送nanoda 代表 山田崇00:471.初めのあいさつhttps://note.com/yamada_radio/n/n8b12a4889375?app_launch=false32:242.ゲストは、村井拓人さん(香川大学研究戦略室|イノベーションデザイン研究所)です。https://researchmap.jp/takuto-muraiコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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