TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティ自由と平等の葛藤と、その架け橋になる友愛について。09:42 2024年1月7日 530再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次自由と平等、その本質的な葛藤とは?アメリカと日本の歴史が示す、葛藤の克服友愛という架け橋、第三の原理の重要性現代社会における友愛の再構築、その方法とは?新たなテクノロジーと共にある、友愛の未来AI文字起こし(β版) # チャプター 1 こんにちは、鳥井博文です。 働くをテーマにした対話型オンラインコミュニティ 和製サロンを運営しています。 さて本日のお題は、自由と平等の葛藤と その架け橋になる友愛について というテーマでお話ししてみたいと思います。 今日も昨日ブログに書いた内容です。 それでは早速本題に入っていきますね。 現代人の僕らは当たり前のように自由と平等 この2つの概念を同時に実現させること それが目指すべき理想的な世界観なんだ っていうふうに信じて疑わないはずです。 でも本来この2つっていうのは 相入れないものでもあるはずなんですよね。 言い換えるとこの2つの概念は同時に求めた場合において 必ず衝突して当然なんだと思います。 そして実際にそれが現代社会の様々な問題も 引き起こしてしまっている。 この点について以前もご紹介したことのある 内田達郎さんの新刊 町場の米中論という本の中にアメリカの話をベースにしながら とてもわかりやすく膝を打つような話が書かれてありました。 以下で早速本書から少しだけ引用してみたいと思います。 アメリカは自由と平等の根源的葛藤を抱え込んでいます。 この2つはアメリカの統治理念の根本をなす原理なのですが 自由と平等は食い合わせが悪い。 自由というのはいかなる外的な介入も退けてすべてを自己決定し その帰結についてはすべて自己責任を負うという生き方のことです。 これがアメリカ人が理想とする生き方であることはすでに申し上げました。 でも同時に市民社会が健全に機能し国が豊かになり文化的に成長していくためには 平等という原理を導入することが欠かせません。 国力を増大させ集団的に生き延びていくためにはどこかで貢献力が介入して 止めるものの資材の一部を取り上げ 強者の試験の一部を抑制して平等を達成するということをしなければならない。 強者の市民的自由を部分的に制限することなしには社会的平等は絶対に実現しません。 さていかがでしょうか。 こうなってくるとそもそもじゃあこの2つっていうのは両立することが最初から不可能なのか。 でもそんなことはなくて、むしろこの葛藤に晒されることがきっと何よりも重要なんだろうなというふうに思います。 内田さんもアメリカという国に取り柄があるとすれば、それはこの自由と平等の葛藤に苦しみ続けた歴史的事実のうちにあるはずだっていうふうに言います。 葛藤のうちで人間は成熟をする。それは多分集団についても当てはまるんだっていうふうに。 ここで少し話は揃えてしまうんですが、年末年始の間に読み終えた小倉秀樹さんの「オス、オス国、おいしい日本」という本の中にも 日本食の文化がこれほどまでに栄えたのは環境面の制約があまりにも大きかったからだっていう話が書かれてありました。 日本各地の土地の気候風土によってその土地で育てられた限られた食材の中でなんとか食事を豊かなものにしようとしたからこそ 発光を中心とした日本食という文化が花開いたんだと。この話は日本人ならきっと誰もが納得するところだと思います。 つまり僕ら人間が絆や人々がつながるためのよりしろだと思っているような文化というもの自体がそもそも自由だけでも生まれてこないし 平等だけでも生まれてこない。その葛藤の間に咲く花のようなものでもあるわけですよね。 この矛盾や葛藤というのはきっとその花が育つための土壌のようなものっていうふうに捉えるべきなんだろうなというふうに思うんです。 とはいえ矛盾するものにひたすらずっと晒され続けていると常に葛藤状態に落ちるから身が引き裂かれるような思いを味わい続けるようにもなってしまうわけです。 それは単純に辛いですよね。そうやって辛い状況下に居続けてしまうと人はその状況を無理やり肯定しようとして 認知的不協和の理論のような結論にたどり着いてしまうわけです。 そしてカルト宗教のような超S的なものにも簡単に騙されてしまう。 この点に関しては先日放送されていたNHKの100分で宗教論という番組がとてもわかりやすい解説をしてくれていたので NHKオンデマンドなどでぜひ合わせて見てみてほしいです。 ということで無理やり自由と平等をつなげようとするとやはり歪みや歪みみたいなものが生まれてくる。 現代社会を見回してみてもまさにそのような状況が至るところで起きていますよね。 自由を主張する側でも平等を主張する側でも自分の意見に固執するあまり カルト宗教までとは行かずともお互いにかなりアクロバティックな論理を展開してしまう。 自由と平等の間には本来それをつなぐための適切な架け橋というものが必要であって それがきっと今日のタイトルにも掲げた通り友愛なんだと思います。 内田さんは先ほどご紹介した本の中でフランス革命に自由と平等とともに友愛があった事実に触れていて それがとても優れた着眼点だったというふうに語っていました。 以下で再び本書から引用してみたいと思います。 思い出してほしいのはフランス革命の標語は自由と平等の他にもう一つ 友愛という第三の原理を掲げていたことです。 自由と平等という食い合わせの悪い原理を調停するために友愛という第三の原理を持ち込んだ これは優れた着眼点だったと僕は思います。 自由も平等もかなり暴力的な理念です。 自由をどこまでも突き詰めれば万人の万人に対する闘争の自然状態 無政府状態に至る。 平等を徹底しようとすれば全体主義監視国家が出現する。 どちらか一方だけを選ぶということはできません。 友愛はその対立を調停する第三の統治原理です。 友愛は同じ共同体の仲間に対する気遣い親切のことです。 さていかがでしょうか。この第三の原理友愛を持ち出してきて自由と平等の葛藤に橋を 架けようとすること。それが今本当に大事な視点だなというふうに僕は思っています。 自由という第一原理と平等という第二原理をそれぞれ 先鋭化させていってみても対立や葛藤というのは深まるばかりですよね。 またそれぞれ実践する主体やその次元みたいなものもきっと異なるはずなんです。 内田さんは自由の主体は個人であり平等の主体は貢献力 つまり国家であるというふうに言います。 しかし友愛の主体はその中間にある共同体であるというふうに自由主義の暴走と 平等主義の暴走を中間共同体の常識が抑制するのだというふうに語っていました。 だからこそ僕が思うのは今僕ら若い世代が本気で取り組むべきはこの友愛のための コミュニティーをしっかりと丁寧に再構築をしていってそれらを淡々と改めて作り直して いくことなんじゃないのかなというふうに思うわけです。 そしてそれが昨日のボイスの中でも論じたやり取りの話にも直接つながっていくんだというふうに僕は思っています。 言い換えると議論や塾議を通したイデオロギー論争みたいなものに固執しないこと。 そうではなくてもっともっとプラグマティズム的に個々人が共同体の中で実験や実践をしてみることをまず優先し その実践の中で生まれてくるコミュニケーションにおいて 敬意と親切心を添えたやり取りを増やしていくこと その循環を構築していくことの方が今圧倒的に重要なことなんだというふうに僕は思います。 そしてこれこそがまさに友愛の精神を持つことそのこと自体にもつながっていくはずで その時にはきっと距離感も大切なんですよね。 言い換えるとあまりに大きすぎる共同体でもきっとダメなんです。 自分が確かに相手に対してもしくは共同体に対して貢献できているという実感が何よりも重要だからです。 言い換えると共に失敗をし共に成功しそれらを一緒に味わっているという感覚 まさに手探り状態から生まれてくる手触り感のようなもの それが結果的に目の前の方に対する確かな手応えにつながるんだと思います。 今復興するべきようなコミュニティというのはそのようなものであって 共同体としての役割というのはまさにここにあるんじゃないでしょうか そしてここに今従来的なデモクラシーだけではなくて web3の文脈具体的にはトークンエコノミーなど新しいテクノロジーなんかもどんどん実装されてきていて 抗議の経済にもつながろうとしてるんだろうなと つまり感情だけではない確かな血液のようなものもそこに流れ始めているわけですよね 共同体に集う人全員に必ずそれぞれにできることがあるはずなんです それらをちゃんとつなげ合わせていくことが重要で 昨日もご紹介した宇野茂さんの実験の民主主義という本の中にも書かれてあったことですが これからの共同体いわゆるDAOのような組織においては何ができるという問いから始めて その場にいる人たちができることをどうつなげ合わせていくかの方が大事であるはずなんです それぞれが自分ができることを持ち寄って実験や実践からの組織をボトムアップ的に構築していくこと トップダウン的に議論や塾議なんかを繰り返すよりもこの体験を共にくぐり抜けることの方が 2024年に入った今圧倒的に重要になってきているなあというふうに思います 手探りからの手触り感とそれらを通じた確かな手応えを感じられるような空間 そこに血液の通った温かさのようなものがあればなお良しなんでしょうね そのための空間をこれからも淡々と作っていきたいなあというふうに思っています お互いがお互いに感謝をし合ってみんなが生き生きするような空間を目指してです さて今日のお話は以上となります いつもこのボイシーを聞いてくださっている皆さんにとっても今日の話が何かしらの感があるきっかけとなっていたら幸いです それでは今日はこの辺でまた明日 もっと見る #内田樹 #街場の米中論 鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!09:421.チャプター 1コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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