TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティ「スマートな悪」に飲み込まれつつも「無責任な応援」で未来に託す。09:41 2024年1月25日 629再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「スマートな悪」の本質に迫る現代社会の課題:抗いがたいシステム解決策は「無責任な応援」にあるか?希望の連鎖:バトンを繋ぐ挑戦絶望からの脱却:未来への祈りAI文字起こし(β版) # チャプター 1 こんにちは。鳥井博文です。 働くをテーマにした対話型オンラインコミュニティ、和製サロンを運営しています。 さて、本日のお題は スマートな悪に飲み込まれつつも、 無責任な応援で未来に託すというテーマでお話ししてみたいと思います。 今日も昨日ブログに書いた内容です。 それでは早速本題に入っていきますね。 昨夜、和製サロンの中で 哲学者豊弘さんの スマートな悪、技術と暴力についての読書会が開催されました。 この読書会が本当にとっても良かったです。 今日は本書におけるスマートな悪とは一体何なのか、 その現代社会に存在する課題意識と さらにこの本の読書会を通して 僕が考えたことを少しこのVoicyの中でもまとめてみたいと思います。 まず本書におけるスマートさの定義からご紹介した方がいいと思うので 最初に本書から少しだけ引用してみたいと思います。 スマートさとは余計なものを排除し 人間を自動的にする賢さであり それはロジスティックスの最適化として立ち会われる。 スマートさだけが尊重されるべき唯一の価値になるとき 人間自身もまたロジスティックスに飲み込まれ サプライチェーンを維持するための資源と化し その過程では容易に正義が無視される。 ではそこに出現する悪はどのように説明されるのだろうか。 本書ではこの問題を考えるために 異例を参照することにしたい。 それはナチスドイツにおける親衛隊の将校であった アドルフ・アイヒマンをめぐる問題である。 さていかがでしょうか。 ここからあのおなじみのアイヒマンをめぐる話が展開されていきます。 過去にこのボーイシーの中でも何度もご紹介してきたことのある ハンナ・アーレンとの悪の陳腐さや無思想性のような話が語られていくわけなんですが その上で著者のトヤさんはスマートな悪自体を以下のように定義しています。 その上本書から少しだけ引用してみたいと思います。 ユダヤ人問題の最終的解決のためにロジスティックスを最適化させていたアイヒマン自身が 別のもっと大きなシステムの中に組み込まれ いわばその一回り大きなロジスティックスの中に最適化されていたということだ。 この意味において彼は紛れもなく歯車だった。 本書はこのようにして引き起こされる悪の在り方をスマートな悪と呼ぶことにする。 すなわちそれは人間がテクノロジーのシステムに自らを最適化することで システムの歯車となり責任の主体としての能力を失い 無抵抗なままに暴力に加担してしまう悪の在り方である。 アイヒマンが加担していたのはこの意味でのスマートな悪である。 さていかがでしょう。きっとここまで聞いてくださった方であれば ご自身もありとあらゆる形でそのスマートな悪みたいなものに 飲み込まれている瞬間を感じ取ることは多々あるかと思います。 例えばスマートフォンをめぐるありとあらゆる構造なんかもそうですし 最近だとスマートシティ構造なんかもそうかもしれません。 現代人の僕らはスマートな社会が目指すべきユートピアとして 共有をしていてどんどんとそこに飲み込まれてしまっている。 そしてそれに抗いたくても抗えないようなレベルまで浸透しているわけですよね。 2024年現在においては分かりやすくそこにAIなんかも出てきて さらにそのスマートさみたいなものがより高度に複雑になってしまっているわけです。 人間にはもはやその仕組みさえも分からないブラックボックスと化しているわけですよね。 この点、著者の豊さんは、では私たちは一体どうしたらいいのか。 スマートな悪意に対する処方箋があるとしたら それは一体どのように語られるんだろうかという風に問題提起をされていました。 これが本当にめちゃくちゃ難しい問題だなという風に感じます。 本書においてもそのような一つの回として ガジェットというメタファーが提示されているんですけれども 正直な話、僕にはそれがものすごく非力に感じてしまったんですよね。 例えるなら原爆に対してひなわじゅうで立ち向かいましょうみたいな提案にしか思いませんでした。 少しこれは余談になるんですが、ここが人文系の本の難所だなという風にいつも思います。 原爆、つまり現代社会にはびこる問題点やその悪を いつもこれでもかという風に分かりやすいほどに指摘してくれるんですが その後の解決策が提示できない問題が必ずあるよなと言い換えると 問題提起自体は非常に美しく切れ味が良かったとしても そこから脱出するための実現可能性のある提案となると 一気に凡庸な答えにたどり着いてしまうようなジレンマがあるなと。 でもこれというのは著者の方々が悪いわけではなくて それぐらい現代は複雑で問題尽くしであり 一筋縄ではいかないような状態に陥っているという証拠でもあるんだろうなという風に思うんです。 頭の切れる哲学者の方々でさえ全くその難問に答えられていないというわけですから 結果として世の中はどんどんとスマートな悪に飲み込まれていくわけですよね。 社会に参加するとはつまりそのスマートな悪に加担することとも言えそうです。 そこに対して僕らはより強い絶望感みたいなものを感じてしまうわけですよね。 ここに明確なジレンマみたいなものも生まれてくる。 今日の僕の主張というのはまさにここからなんですが この絶望を一人で解決し一人で実現しようとすること自体に 何だか無理があるんじゃないのかなという風に思うんですよね。 ここで大事な視点というのは無責任な応援みたいなものだと思うんです。 そのための投票行動を一人一人が行うことなんではないのかなと。 じゃあそれは一体どういうことなのか。 生活と仕事、スマート化の大きな波に僕らは決して抗えません。 それが社会人であり大人の立ち並みでもある国家の発展や企業の発展に資することが ビジネスマンとしてあるべき姿として評価されることでもあるかと思います。 それはまさにアイヒマンがそうだったようにです。 そこから降りるのは本当に至難の技であって それができる人間なんてそれこそブッダのような人間だけだと思います。 出家するぐらいの感覚でないと不可能だし 寄せ人状態でもあるわけだから それは世の中自体を変えることにはきっとつながっていかないはずです。 だとしたら自分の立場はそのままだとしても それを代わりに実現しようとしてくれる人たちがいるのであれば 少しずつでもそこに時間とお金みたいなものを費やしながら 応援していくことが大事なんではないのかなというふうに思うわけです。 逆に言えば自らの中にあるそんな二面性をまずは肯定しつつ もう一人の自分の投票行動を意識することでしか 世の中は変わっていかないのではないか。 例えば日本におけるギャルの立ち位置とかはものすごく分かりやすい例だと思います。 多くの人は彼女たちのようなある種の道を越えた まっすぐな姿勢みたいなものに憧れを持つんだけれども 自分自身がなろうとは思いませんよね。 でもそこにそのような無責任な応援というか アテンションのようなものがあるからこそ 彼女たちは一定の関心を集めて存在してもいられるわけです。 そこに経済圏も生まれてきて 彼女たちの生きる隙間みたいなものが世の中にも存在しているわけですよね。 そしてその範囲を少しずつでも広げていくことがきっと可能だと思うんです。 でも今は消費の面における場合においても 投票行動ではなくてスマートな悪に加担するような消費がメインとなってしまっている。 具体的にはコスパやタイパーを重視して ロジスティクスの中に回収されてしまうような消費行動をしてしまっています。 ここでもし何か逸脱することができるなら 自分自身が歯車から抜け出せないとしても 自分がその歯車の外側にいると感じられるような人たちを支援することは可能だと思いますし それが今大事なんじゃないのかということです。 もちろんその人たちもまた何かしらの閉鎖性 つまりその歯車の中にいることも間違いないんだけれども 自分よりも外側にいると思うのであれば その割合や程度問題はきっと異なるはずなんです。 そのような祈りの連鎖というか 祝福の連鎖みたいなものを生み出すことができないのかということが ここでの僕の提案なんです。 それは漫画や映画などでよくありがちな 自分たちの命が助かることは不可能であっても この子供たちだけは生き延びてほしいと願うあの心みたいなものです。 僕自身が池内オーガニックさんや群芸堂さん そして坂本中さんなんかを応援する理由もまさにここにあります。 そして個人であればライターの三浦臨さんや 友野浦で活躍する永田涼さん そして流れの石川さんなんかもまさにそうです。 僕からするとスマートな悪に対して 僕よりも外側にいる人たちに感じられる。 つまり単純にそれが希望なんですよね。 自分が彼らと同じような愚直な活動ができるかと問われたら 多分無理です。 でもそうやってスマートな悪の方に加担していると 自らが思うからこそその後ろめたさがあって 故に彼らを少しでも応援したいとも思えるわけなんですよね。 ちょっとでも彼らに生き延びてほしいっていう風に願ってしまう。 どうかまっすぐにそのまま延びてほしいと。 中島美雪の歌詞ではないですが 君が笑ってくれるなら僕は悪にでもなるっていうあの精神です。 そしてもしかしたら 彼らでもその歯車の外に出ることは不可能かもしれない。 でもきっとその挑戦自体は無駄にならないと思うんです。 次のバトンを繋いでくれる その憎いを発見する子供たちがきっと現れてくれる。 少しずつでもそうやって ちょっとずつでもバトンを繋いで逸脱していくこと それが巡り巡って 自分たちにもいつか帰ってくるという状況を作り出すことに 繋がっていくんじゃないのかなっていう風に思うんです。 繰り返しますがこれはものすごく無責任な話なんです。 最後まで見届けて責任を取れるわけではないですからね。 でも僕はそんな無責任な応援って 実は両者にとってとても大事な視点だなっていう風に思います。 彼らのような企業や存在が いつか世の中の中止になるかもしれないし 全然ならないのかもしれません。 でももし世界が変われることがあるとすれば きっとこういう全員の少しずつ逸脱した 無責任な応援から繋がっていく バトンなんじゃないのかなっていう風に 結構本気でそう思っています。 それが巡り巡ってスマートな悪に抗うことの 一つの手立てとなっていくはずです。 さて、今日のお話は以上となります。 いつもこのボイシーを聞いてくださっている皆さんにとっても 今日のお話が何かしらの考えるきっかけとなっていたら幸いです。 それでは今日はこの辺で。また明日。 もっと見る #スマートな悪 #戸谷洋志 鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!09:411.チャプター 1コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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