TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティ新興宗教やスピ系にハマっていく人には、なんと声がけをするのが正しいのか?09:38 2024年3月3日 838再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次新興宗教への正しい声かけとは?河合隼雄さんのカウンセリング哲学「生きる」を実践する難しさとは?本物と偽物の見極め、そして決断寄り添う姿勢と、断ち切る勇気AI文字起こし(β版) # チャプター 1 こんにちは、鳥井博文です。 働くをテーマにした対話型オンラインコミュニティ、和製サロンを運営しています。 さて、本日のお題は、信仰宗教やスピケにハマってしまう人には、 一体何と声掛けをするのが正しいのか、というテーマでお話ししてみたいと思います。 今日も昨日ブログに書いた内容です。 それでは早速本題に入っていきますね。 最近寝る前に、心理学者河合ハヨさんの カウンセリングを語る門川ソフィア文庫版を淡々と読み続けています。 この本は、もともと上下巻あった本が一冊にまとまったものです。 だから結構分量もあるんですよね。 内容は講演録をまとめたようなもの。 ちょうど一章ごとが一つの講演録になっていて、 寝る前に読むにはものすごくちょうどいいんです。 最初から少し余談になってしまうんですが、 僕は河合ハヨさんの生きざまっていうのは、 語る、祈る、生きるの三分類のうちで、 生きるの人だなってふうに思っています。 この三分類っていうのは、 ソウルのプレアユキナラテボーさんが以前ツイッター上で いかのように呟いていて、それを参考にしています。 ちょっと読み上げてみると、 慈悲には語る、祈る、生きる、 具体的に手を差し伸べるの三種がある。 その中で、生きるが一番心理的ハードルが高く、 時間的コストも要するが、 具体的に相手に関わっていく中で、 方便力が身についたり、自分が困難な時、 逆に助けられることもあったりなど、 リターンも大きいことは確か。 さて、いかがでしょう。 まさに河合俳夫さんは、この中の 生きるを実践してきた方なんだろうなって思わされます。 だからこそ、人間の光と影、 そのどちらも理解されていて、 理論だけを勉強していると必ず見落としてしまいそうな話も、 同時に丁寧に語ってくれる。 それは、気上の空論ではなく、 実践の中で得られた英知のようなものです。 これは、文章にすると逆に何だか矛盾してしまったり、 論理が破綻していたりするようにも、 見える部分でもあるんだけれども、 それがむしろ現実に近いんだろうなっていう風に、 僕なんかは思ってしまいます。 だから僕は河合俳夫さんの話を読んでいると、 ついついひけ目のようなものも感じる瞬間がある。 何はともあれ、この生きるを実践されている方々の視点というのは、 今本当に大事だよなって思わされるわけです。 生きることは様々な困難が伴いますし、 そこから得られた知見をある程度中小化をして、 コンテンツにするとあるがままの現実と向き合わなくても済むようになるんですよね。 みんなそんな観念の世界に行きたいという風に願っていますから、 そのようなコンテンツほど人々からは、 リアリティ、つまり真善美があるんだという風に思って受け入れられて、 拍手喝采で受け止められてしまうんです。 でもそれは本当の生きるではないんだろうなという風に思うんです。 人はどうしても生きるみたいなことを遠ざけてしまいがちなんですよね。 そんな中、カウンセラー経験が長い方が、 あるがままの現実を眺めて、それを語ってくれているということは本当に重要なはずで。 ここでやっと本題に戻ってきて、 今日ご紹介したい本は、この本の宗教と接点という書に書かれてあった内容となってきます。 ここで例として挙げられていたのは、 嫁が全く手に負えなくて、それに苦労しているというシュートメさんの話です。 嫁の嫌なところ、悪口を散々カウンセリングの中で語るんだけれども、 それをずっと聞いている中で、 カワイハヨさんはその相談者の方に対して、 それは牛に控えて禅行事前にみたいなものですよ、という風に語ったそうです。 その意味するところというのは、 その嫁があなたにとって牛であり、気づけば禅行事、 つまり宗教の道に入っていくことにも繋がっていくんだと。 なぜなら、必ず人間は何かに対して賭けなければいけない時がやってくるからです。 カワイハヨさんは、人は誰かに苦しめられて、 なぜ私だけという風に問うんだけれども、 そのようななぜというのは、 我々が生きているという根本に関係するようななぜであって、 それに対しては、科学では答えが得られるわけではないという風に言います。 それは何も、科学が悪いんじゃなくて、 そういう科学的な説明の他に、もう一つの説明を欲するものなんだと。 進化論的にはとか、ホルモンバランスがどうのこうのとか、 どれだけ科学的に何かを説明されても、 やっぱり人は、科学以外の何かに賭ける瞬間が必ずやってくると。 それが信蘭の丹利賞のようなものである人もいれば、 キリスト教の聖書のような人もいるし、 本当に賭けるものは様々なんだけれども、 各人が善行事に通じる道を歩いているという話が、 この本の中では語られてあって、本当にその通りだなという風に思いました。 ただし、その時に大体みんな、善行事参りはしんどくて、 脇道に行きたがるんですという風にも書かれてありました。 その脇道を行くために何か良い方法はありませんかという風に、 カウンセラーに対して聞くんだけれども、 その時にはありませんという風に非常にはっきりと答えるんだそうです。 つまり、この道を行きなさいということを言うらしいんですよね。 この道というのは一番苦しい道です。 ただし、私も一緒に行きますからというのが、 カウンセラーの仕事なんですという風に書かれてあって、 これも本当に素晴らしい話だなという風に思いました。 このカウンセラー的な立ち位置としての関わり合うような関係性が、 今明らかに世の中には欠如しているように僕には思います。 ただ、その時に目の前の人が一体何に書けるかということは分からないですよね。 仏教やキリスト教だけではなく、いわゆる信仰宗教なものにはまっていく人たちもいる。 今だったら陰謀論のようなものもそうだと思います。 この時に一体何て声書きをするのか。 この問いって意外と難しいという風に思いませんか。 だってここは「書け!」の問題なんですから。 河合ハヨさんも、そんなアホなことはやめときなさい。 それは嘘ですというのは簡単だけれども、 なぜそれが嘘だという風に分かりますかという風に書かれていました。 なぜ生網打物の方が確かであって、 なんでこの石が偽物なのか。 本物と偽物を見分けるほど私はすごいのかという風に書かれてあって、 これも本当にその通りだなという風に思います。 信仰宗教はあたかも簡単に否定できるように思ってみんな疑わないんだけれども、 やばいからやばいぐらいにしかみんな思ってないはずなんです。 科学的、合理的に説明できないからこその宗教であって、 原理的においてはその分からなさや答えのなさにおいては、 すべからくどの宗教も等しいわけですよね。 こんな時、河合ハヨさんなら一体どうするんだろうかという風に 本当に強い興味を持って僕はこの本を読み進めていました。 結論から言うと、ついていくことができませんという風に語るんだそうです。 この答えに対して僕は本当に衝撃を受けたんですよね。 少し本書からそのまま引用してみたいと思います。 それが本物であるとか、偽物であるとか、間違っているとか、そういう風には決して言いません。 言えることは、私はどう考えてもあなたのお考えについていくことができません。 それが本当でしょうね。 ついていくことができませんと言っているのは、あなたが間違っていると言っているのではないのです。 ちょっと中略して、私と一緒にやろうとする限り、そちらとは縁を切って私とやるか、 あるいは200万円で石を買う方に賭けてしまうんだったら、私のところをやめてもらうか。 賭けですから、どちらかに賭けるかです。 さていかがでしょうか。繰り返しになるんですが、この答えには本当に衝撃を受けました。 まさにそうだよなと。そしてこれが一番大切なスタンスではないのかなという風にも思ったです。 はっきりとついていけないから、こっちを取るかそっちを取るかの二択だと。 どちらかを選んでほしいという風に誠実に伝えること。 その上でもちろん実際にこちら側を切り捨てて、信仰宗教の方を選んでしまう人もいるんだそうです。 でもそんな時にこそ、じゃあそっちに行ってください。 それでも帰りたくなったら帰ってきてくださいという風に同時に伝えておくんだそうです。 人は自分で実際にやってみないと分からないこともある。 でもやってみて初めて違うという風に気づくこともあるはずです。 その時にその人が行き場を失ってしまわないようにと、あらかじめ帰ってくる場所も同時に開いておくそうです。 そうすると実際に戻ってくる人もいるんだとか。 うまく言えないんですけれども、これが本当の優しさなんだろうなという風に僕は思ったんですよね。 とても重要なスタンスであり、大事な心がけだという風に感じました。 人間関係において完全に縁を切ってしまって、相手を孤立させてしまうことではなくて、 相手の主体性を完全に奪ってそんな馬鹿なことをやめろという風に無理やり説得するわけでもない。 そして何よりそういった信仰宗教やスピケ、陰謀論などを信じる相手に対して、 常に関心を払い続けることが自分自身が一番疲弊をしてしまいますよね。 ついていけない時にはやっぱりきちんと断ち切る勇気も同時に大切だと思います。 でもそんな時にどこか帰ることのできる余白みたいなものを残しておくことも本当に大切な話だよなという風に思ったんです。 もちろん今日の話は宗教に限らないという風に思っています。 普段の日常的な友人やパートナーの関係性においてもそうですし、他にもビジネスでも働き方でもそうです。 漠然と生きていると一番困ってしまいそうな場面における素晴らしい対峙の仕方だなという風に思ったので、 今日のこのボイスの中でも改めてご紹介をしてみました。 ただだからといってこの助言が必ずしも正解なわけではないということはくれぐれも誤解しないでいただきたいです。 個別具体的な事情ごとにおいてはその答えというのは100人100通りあるはずです。 というかそのカウンセリングにおける一回性の名義みたいなことをひたすらに語ってくれているのがこの本でもあります。 正解っぽいものに安易に溺れてしまうなと。 そういう意味でも気になる方にはぜひとも本書を手に取ってみてほしいなという風に感じています。 本当に素晴らしい書籍でした。 さて今日のお話は以上となります。 いつもこのボイスを聞いてくださっている皆さんにとっても今日のお話が何かしらの考えるきっかけとなっていたら幸いです。 それでは今日はこの辺で。また明日。 もっと見る #河合隼雄 #カウンセリングを語る 鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!09:381.チャプター 1コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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