♯117)学級目標を作らないという選択
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ユーモアは教室を救う!
あたたたたー(元お笑い芸人の小学校教師)
- 00:181.
タイトルコール
- 00:192.
前回のおさらい
- 01:013.
学級目標を作らないという選択
- 01:254.
子どもたちから出てくる案に感じる疑問
- 00:555.
言葉遊びになってしまう学級目標
- 01:366.
指導の“言い訳”として使われる危うさ
- 00:517.
“掲げたから指導される”という不条理
- 00:498.
教師は意図的に学級を育てる存在
- 00:499.
一点突破の学級目標には意義がある
- 01:2510.
目標づくりに向き合う教師を尊敬して
- 01:1711.
最後に、問いかけとして
- 00:2412.
次回予告
コメント

感想・質問・応援メッセージを書こう
ただ、その言葉が、課題とは関係なく、どの学級にも当てはまりそうな、それっぽい言葉遊びになってしまうと、勿体無い感じがしますよね。
目的と目標の違いがよく話されることがありますが、学級目標となると目的への目印ということになってしまいますよね。
言葉だけをとると、なんだか変だなといつも思います。
私もここ10年くらいは学級目標はつくっていないです。
言葉だけを掲げることのないようにしたいと思います。
本来、「男女関係なく仲良くする」という「目的」が上位にあって、その下に目的を達成するための行動目標、例えば「男女関係なく10人気以上に挨拶する」が位置付けられると思うのですよね。
目標ではなく、志。
以前渡辺道治先生が、学級フィロソフィーは共有する。と言っていたことが思い出されました。
大切なことは、形骸化しないこと。
あたたたたー先生の話は、学校の常識、慣習を疑う視点をいただけます😊
学級フィロソフィーって、素敵な言葉ですね😀 先生と子ども達の共通の生き方軸みたいな感じがします。
学級目標に限らず、教師が意識して関わらないと形骸化してしまうものって、ありますね。