TOPトーク教師ユーモアは教室を救う!♯208)麹町中のあれこれについて思うこと27:25 9月10日 792再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次麹町中、工藤先生による改革とその影響改革が招いた”荒廃”と書籍告発の波紋「主体性」の理想と現場が抱える課題生徒の属性が教育改革の成否を分ける?教育改革の持続可能性と子供たちの未来AI文字起こし(β版) # タイトルコール みなさん、こんにちは。 ユーモアは教室を救う、パーソナリティのあたたたたです。 この番組は、元お笑い芸人の小学校教師、あたたたたが、 教室でのユーモア対応術や、学級経営、授業の工夫についてお届けします。 # コメントへのお返事① まずコメントへのお返事のコーナーです。 シャープ207 教師の服装についてという放送会のコメントの紹介から始めます。 MIYAさんですね。その方は服装にとてもこだわりを持っていらして、 服装の価値観が一緒の人でない人とは仲良くしたくないという考えなんだと思います。 私はその職業に合う服装であればいいのではと思います。 工場勤務の人や職人さんがスーツを着て作業してないです。 大人対応の職業の人はスーツ、職業職種かと。 大人対応の職業の人はスーツ、結局は職業職種によるんじゃないかということですね。 あとは着こなし方ですかね。 たまに今から渋谷行きますみたいなラフさで来る先生がいますが、あれはちょっととは思います。 これは前回の放送で教師の服装についてということで、 SNSで教員のアカウントの方が教員に対してTシャツだとかそういうラフな格好で授業とか生活を過ごしている先生がいて、 そういう先生のことを自分は信用していないみたいな、大雑把に言うとそういう話で。 保護者対応とかあったらどうするのみたいな。 そういう投稿があって、それに対する賛否の意見があったんですね。 それについての放送を前回行ったんですけれども。 これは宮さんのおっしゃるように、その職業に合う服装で結局はいいわけだし、 工場勤務の人や職人さんは別にスーツ着て作業していなくて、それはその職業に似合った格好をしているんであって、 日頃から大人と接して、ビジネスマンみたいな方はスーツの方がいいでしょうけれども、 お客さん対応する人とかそういう制服があるでしょうけれども、 我々が日頃接している相手というのは子供ですからね。 その子供と接するときに接しやすい格好が一番なわけですから、 ここですごいきっちりした格好にする必要があるのが、 そうした方が子供にとっていいんであれば別にそれでいいと思うんですけれども。 休み時間、子供たちと遊ぶってなったときに、毎回着替えるのかみたいな話ですから、前回も同じ話しましたけれども。 宮さんの言うように、その方は服装にとてもこだわりを持っていらっしゃってたぶんそうなんでしょうね。 服装の価値観が一緒の人でないと仲良くしたくないという考えなんだと思います。 そうなのかもわかんないですね。 あと着こなし方について、宮さんおっしゃってますね。 たまに今からしぶやきますみたいなラフさで来る先生。 確かにそれは厳密には別にいいんでしょうけれども、気にはなりますよね。 ということで皆さんコメントをいただいたら、私必ず放送内でお返事をしていきますので、 ぜひ遠慮なくお気軽にコメントをください。 # コメントへのお返事② 続いてコメントへのお返事2つ目です。 これもシャープ207、教師の服装についてのコメントですね。 ユリカ・ウリさんからのコメントです。 参観日もTシャツ短パンでいいのにって思ってる保護者ですということですね。 そうなんですよ。 普段Tシャツとか短パンとか別パーカーでもいいですけど、 それで授業やってたら保護者が参観する授業でも同じ格好でやってもいいんじゃないかなって思いますけどね。 私そういう風にしたことはないですけど、 だって体育とか普通にジャージとかやるわけだから同じことでしょって思ったりしますけどね。 保護者の方からのご意見聞けて嬉しいです。 # 麹町中のあれこれについて思うこと① 今日はですね、ちょっと前にSNSで話題になっていたことについてお話をします。 私なりの考えも含めてお話ししたいと思います。 皆さん、麹町中学校ってご存知ですかね。東京都の千代田区にある麹町中学校っていう。 工藤雄一先生という方が一時そこの中学校の校長先生として在任していて、 その時ですね、当時としては非常に画期的な宿題の廃止だとか、定期テストを廃止するだとか、固定担任制を廃止してチーム担任制にするだとか、 そういったことを、そういう改革をしていって、非常にメディアでも大きく取り上げられてですね、全国から注目を集めたような、そういった方なんですよね。 で、その方が退任をして別の校長先生になって以降にですね、だんだんと元々従来の一般的な中学校の指導方法、体制にだんだん戻っていくという揺り戻しがあったようで、 中にはですね、工藤校長先生の時に改革をしていた時の負の側面というか、ちょっと言い方どう言っていいかわからないですけど、 自由度が高い分、規律が緩んでしまって、それであと校内のものが器物破損するようなことがあったりとか、子供が暴れるっていうんですかね、あと指導が徹底されないみたいなね、しっかり子供にこれは良くないことだってビシッと言えなくなっていったみたいな、そういうのがあって、 それでなんか校内が荒廃していったみたいなね、まあいう話があって。で、それがなんでそんなことが明るみになったかというと、また次に不任した校長先生が、 工藤校長先生の次の次に校長先生をやっていた人がですね、ちょっと一か月前に書籍を出版したんですね、その中で工藤校長先生が行っていた実践をしたことによって、 その中学校が言葉はもうちょっと丁寧な言い方だと思うんですけど、荒れてしまったってことですかね、ちょっと荒廃してしまったみたいないうことをしてしまったので、また従来の中学校のやり方に戻していったみたいなね、ことが一冊の本で書かれているということで。 それでその工藤校長先生がSNSの中ですごい長文で、官人袋の尾が切れましたみたいな感じでね、要するにそういう書籍が出されて、 自分がやってきたことが否定されていることに対してのお気持ちを表明するという工藤先生のポストがあって、それに対して賛否のコメントが寄せられるみたいなね、そんなのがあったんですよ。 皆さんご存知ですかね。教育のことに敏感な方はきっとその話題に目で触れたと思うんですけど。皆さんどう思ったかなってことなんですけど。難しい話のところですよね。 ちなみに私ですね、工藤雄一先生の結構ずいぶん前に出た学校の当たり前のナックスとか、なんかちょっとタイトル忘れちゃいましたけど、そんなやつがありましたよね、初期の頃の本。 あれは私も買ってですね、非常に面白く読みまして、子供が自主性と主体性の違いとか説明があったりとかね。主体的に動くってすごいことだな、素晴らしいことだなとかいうのは私その書籍の中で読んで思ったし、素晴らしいなとは思ったんですよ。 ただ一方で当時から私が思ってたのは、これでも職員先生が大変なんだろうなとか、ひとつじなではいかないだろうなとか、やっぱり思ったんですよね。 で、きっと工藤先生が赴任している間はきっと学校がちょっとずつちょっとずつ良くなっていって、それで子供が非常に生き生きと自分たちで考えて行動してみたいな、非常に見栄えもいい学校にきっとなっていたんだとは思うんですけど、 で、結局次の校長先生になったぐらいからやっぱり徐々に失速していったような感じなんですよね。 でもね、それも差もありなんかなって思うんですよね。これはね、なんていうのかな、これすごいちっちゃな世界になっちゃいますけど、 でも小学校の教員で担任の先生がすごく指導力があって、学級経営力があってですよ、子供たちにちょっとずつ任せていきながら最終的には三学期の姿としては子供が主体的に活動するそういう学級になったんだと。 だとしても、次の年担任の先生が変わる場合、やっぱりリセットされるというかね、そんなうまくいかないというか、それで翌年その学級が、別に次の年の先生が悪いわけじゃないんだけれども、 前の先生がそのやり方に子供たちが慣れていて、すごく子供たちとしてもしっくり生きていて、自分たちが任せられているといういい面があって、 それから次の年に、上手にやりくりをしてくれる先生だからうまくいってたんだけれども、次の年の担任の先生がそこまで同じような技量がある先生とは限らないわけで、 そうすると、次の年その学級がうまくいかなくなるとかって結構ありますよね。あることなんですよね。それの大きい万華だと思うんですよね。校長先生が変わって、そうすると、やっぱりうまくいかない。 次の年、思ったよりうまくいかないみたいなね。ただ、なんとなくそれまでに培ったものを残りかすというと言い方が悪いけれども、貯金があるからなんとなく最初はギリギリうまくいっているんだけれども、やっぱりだんだんほころびが出ていって、 だけど、入学してくる子供とか、入学をさせている保護者の方とかっていうのは、その工事待ち中って、なんか意気込みはいいよねとか主体的になって、子供に無理させない感じがあってとか、自由度があっていいよねとかって思って、そういう人たちがどんどん入学してくるわけですから、 ところが、来日としてはちょっとずつほころびが出ていて、だけど自由度が高いと思って入ってきている人は、そのように振る舞おうとするわけだから、なんかだんだんその辺のギャップの溝が埋まらなくなってきて、 で、結果、その次の校長先生の時にはだいぶ荒廃していたみたいな感じなんじゃないかなって思うんですよね。だからね、別にその、どちらの校長先生、書籍を出して批判している校長先生が悪いわけでもなく、いいわけでもなく、 その工藤裕先生がいいわけでも、ものすごい良いとか悪いとかじゃなくて、なんかこれってあるあるだなってちょっと思いますよね。 だとするとね、かわいそうなのは子どもたちじゃないですか。だからね、持続、結局はね、ほんと寂しい話なんですけども、その改革、その取り組みが果たして持続可能かどうかっていう、その一手に尽きるんですよね。 だからね、楽器大理はその年のその先生がめちゃくちゃ頑張ったからその時の楽器は良かったけど、次の年、新しく受け持った担任はそこまで頑張らないから楽器がおかしくなった。じゃあやっぱダメなんだとは思うんですよね。 # 麹町中のあれこれについて思うこと② 工藤雄一先生が改革を推し進めていて、その時非常にうまくいっていたのかもしれないけれども、その後校長先生が変わって、さらに校長先生が変わって、 結局、工藤雄一先生が赴任していた時、前世紀からだんだん学校が崩壊に向かっていって、結局立て直すことになってしまったという告発的な書籍を後の校長先生が出したと。 これね、賛否のコメントがね、工藤雄一先生のこういう書籍が出て、ちょっと観音袋のほうが切れたみたいなことでね、そのポストに対していろんな方がいろんな意気に寄せてくるんですけど、 これね、告発に近い本を出した校長先生にはね、私はね、非常に共感する部分が非常に多いんですけれども、ただなんか部が悪い部分がやっぱりあるなと思うのは、 主体性とか、自立とか、子供が自分たちでとか、これって非常に美しいじゃないですか。否定できない言葉だから、その工藤先生のおっしゃる、子供たちが主体的になるような取り組みとかね、 子供たちを自立的な子供たちに育てる取り組みとか言われると、そういう子供にしようって、誰も否定できないんですよね。それ、いいに決まってるっていうか、いいに決まってるから、強いんですよね。 だから、コメントがワーッ寄せられる中に、告発めいた、結局その工藤先生の取り組みによって学校が後輩に向かっていったっていうことに対して、いよいよ工藤先生の取り組みが素晴らしかったはずなのに、やり方がおかしいだけだとかね。 要するに、工藤先生派の人っていうのが一般的に多いんですよ。わかるんですよ。しかも、おおむね教員じゃない人の意見が多いですよね。教員じゃなくて、でも教育に関心のある方って工藤先生派なんですよ。 主体性とか、子供の自立とか、そういうことに育てるべきだとかね。こういう思いも頭にあってあるから。 これ、誰も否定できない言葉だから、強いんですよね。でもね、やっぱり現実、現場を知ってて、こういうふうにするとこんな感じになるだろうなっていうのって、現場の教員ってなんとなく目に見えるので。 ただ単に教員ではないんだけれども、教育に非常に関心が高いという方とは、現場の教員としては若干温度差が出ますよね。話がかみ合わないんですよね。 やっぱり正しいんですよ。正しいすぎて、子供が主体的であるべき、管理的な教育は良くないって。言葉だけ聞くと非常に正しくて、綺麗だから、どっちかというときっちりさせていく方が悪者になりがちなんですよね。だから部が悪いなって思いますよね。 でもやっぱり理想はね、工藤先生のようなことができるのが一番良いんですよ。ただね、結局その学校に集まってくる子供たちの属性とかによるんだと思うんですよね。 もう伝統のように、ずっと工藤先生がそこにいて、10年、20年、30年もずっと同じ感じでやっていって、システムとして確立されているんだったら良いと思うんですけれども、公立の中学校って何年かごとに校長先生も変わるし、 そうなってくるとね、人が変わったとしても成立して、それで職員がその瞬間だけめちゃくちゃ頑張らないと成立しないような学校じゃなくて、無理のない感じで生きるのが本当は一番良いんですよね。 でも結局ね、答えはもう出てるわけですよね。結局後の工藤先生が変わったりとか、生徒が入れ替わっていく中で学校がちょっと落ち着かなくなっていったっていうので、もう答え出ちゃってるんですよね。 これ継続できてたら良かったわけですよね。継続できてれば良かったけど、結局うまくいってないから、もう結局歓迎的にせざるを得なかったっていう話じゃないですか。だからね、まあちょっと、うーんと思いますけどね。 でね、ちょっと思ったのはね、これ私事なんですけどね、私の今娘が高校1年生なんですよ。それで、東京都なんですね。東京都のそれなりの都立の新学校に今行ってるんですよ。 別に東大に何十人も入るようなそういう所に行ってるわけじゃないんですけど、でもまあそれなりなんですよ。で、娘から直接聞くんじゃないですけど、娘と妻が会話をしてて、それを後から妻から聞く話なんですけど、 そこに集まっている子供達って、それなりに頑張り屋さんがやっぱり多くて、だからね、その分自由度高いんですよ。だから、話聞いてると、別に髪の色が何色だからどうとかないし、別に化粧をしても別に良いし、 もう何か普通に授業中、単人の先生が普通にスマホで単人の先生を含めたLINEグループをみんなで結成してとかいうのが普通に行われたりとか、 あと、例えば授業にしろ何にしろ、これもうスマホで今写真撮っていいぞとかってやったりとか、別にずっと学校にスマホ持ってきていいしとか、そういう結構自由度が高いんですよ。 それって、そこに集まっている子供達がそれなりに切度があって、自立心というか、自分を立する力がある子が集まっているので、先生達も任せられるんですよね。 それでいて子供達は悪いことはしないって分かっているんで、だから別に授業中にスマホを子供達が取り出してなんかしてても、別に何も言わないわけですよ。揉めないんですよ、別に。トラブルにならないんですよ。 で、子供達生き生きしているんですよね。だから、文化祭の様子とかも話を聞いていると、 普通の学校でそんな取り組みをしたら先生達は怒るだろうなっていうようなことを子供達がやったりとかしても、先生達は別に怒らずに守るみたいな場面とかいっぱいあるらしいんですよね。体育祭とかにしても。 で、子供達がその場面を外しすぎないって子供達は分かっているし、任せられているんですよね。だからそういう子供達が集まっている中で、教員が任せたりとかしていく分には非常に良いとは思うんですけど、 そこに集まっている属性がね。だけど、中学校ってね、私立とかじゃない限りいろんな子が集まってくるじゃないですか。だからどうしても指導しないといけない子とかもいっぱいいるわけで、 その中で主体的に主体的にってやったとしても、集まってきたメンバーによるよねってなるような気がしますけどね。何とも言えないですけどね。 っていうことを思いましたね。娘の高校生活の話を聞いていると、非常に自由度が高いんだけれども子供達は外しすぎないんですよね。それでいて勉強しっかりやるみたいな。 とか聞くとね、そこに集まってくる子供達の属性によるようなのかなって思っちゃいましたね。 # 麹町中のあれこれについて思うこと③ だからですね、公立のですね、小学校あるいは中学校っていうようなレベルで考えた時に、 本当に何十年もその改革をずっとし続けて、しかもリーダーが変わらないでいけるんだったらいいけれども、 そうじゃないんだったら、やっぱりね、できる範囲の中で、次の年も継続できるぐらいの範囲のことでやっていくしかないんじゃないかなってね、やっぱりちょっと思いますね。 それはね、担任をしてても思うんですよね。自分が担任してる時だけ、ものすごい子供たちが主体的に活動して、みたいな感じにして、 どうだ、俺のクラスすげえだろうみたいなことをやってもね、仕方がないとは思うんですよね。 なんかそれがちゃんと仕組みとして、次の年にも引き継がれて、引き継がれる側にもほとんど負担がなくて、みたいな感じだったらいいんですよ。 でもね、多くはそうはならないわけで、そうなると、多少ね、理想としては、工藤雄一先生みたいな感じ、理想として頭の中に思い描いていることはいいとは思うんだけれども、 でも、そうは言っても、現場でできることはここまでだなって思いながらやるのが、結局は子供のためになってるんじゃないかなってね、非常に寂しい意見ですけどね、私のこの意見はね、なんかね、そんな風に思うわけですよね。 どうお考えでしょうか。というわけで、本日の放送は以上となります。ここまで聞いていただいてありがとうございました。 もっと見るユーモアは教室を救う!あたたたたー(元お笑い芸人の小学校教師)00:171.タイトルコール03:542.コメントへのお返事①01:013.コメントへのお返事②10:004.麹町中のあれこれについて思うこと①10:005.麹町中のあれこれについて思うこと②02:156.麹町中のあれこれについて思うこと③コメント感想・質問・応援メッセージを書こう うえしゅー9月10日初めてコメントさせていただきます。今回の放送を拝聴して、マインドを引き継ぐことの重要性とその難しさを感じました。「前は上手くいっていたのに」の大半の原因は、そこにあるような気がします。1返信 あたたたたー(元お笑い芸人の小学校教師)一昨日ありがとうございます!♯209)の放送内で返信します!1 YTR-334S9月10日麹町中学。昔の「内申書裁判」を思いだしました 😌1返信 あたたたたー(元お笑い芸人の小学校教師)一昨日ありがとうございます!♯209)の放送内で返信します!1 YTR-334S昨日🫡1
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今回の放送を拝聴して、マインドを引き継ぐことの重要性とその難しさを感じました。
「前は上手くいっていたのに」の大半の原因は、そこにあるような気がします。
♯209)の放送内で返信します!
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