TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#622 人生を考える...見返りを求める心は悪いものなのか?③14:08 8月12日 323再生 問題を報告する 再生する シェアする 引き続き「見返りを求める心」について考えます。AI目次見返りを求める心は悪か?その本質期待が裏切られる心のメカニズム感情の炎を鎮める知恵の力人間関係で得られる相手を知る知恵見返りからの自己認識と成長AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。山梨県の甲州市、高田信玄公の母大寺、衛林寺の住職を務めております、古川周健と申します。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # 迷いのプロセス 今日は、人生を考える、見返りを求める心は悪いものなのか?という話の3回目になります。 昨日お話しした内容というのは、この見返りを求める心そのものは悪いものではない。どうでしょうか? やっぱり人間の心というのは因果関係に従って物事を考えてきます。 だから当然、因果応報という考え方がある。因果応報という時に、良いことも悪いこともちゃんと縁があって繋がっているんだって。 良いことも悪いことも種を蒔いたらその種がそのまま自分に帰ってくるだけなんだって。 ただ、この良いことだけ求める時に見返りを求めるというのがあるんだけど、でもそもそも悪いことをしようと思うなんて人はいないわけだから、基本的には。 だから良いことを求めて良かると思ってやるわけだから、やっぱり見返りを求める心そのものは悪いものではないんですよね。 ただ、やっぱり悪いものではないけど、それ自体は悪いものではないんだけども、苦しみの種となりがちだということがある。 じゃあどこに悪い原因があるのか? それは人間の見返りを求める時に、こうなればこうなるだろうという目算があるわけですよ。 頭で考えて見通しや目算があって、そこに知恵や分別や思考が働いているわけですよね。 それがその通りにならないということが多いわけですよ。 人間は自分の観点からしかものが見えませんから、自分が気が付かないところで色んな人が色んなことを見ているし、自分が気が付かないような因果関係がいっぱいあるわけですよね。 だから思い通りにならないということは当たり前のように起こりうるわけです。 人間って全知全能ではありませんからね。 目の前の簡単なことですら予想がつかないですよ。 いつも私はお話しするんだけど、例えばサイコロを振ったらサイコロの目って6分の1しか分からないんですよ。 人間の知恵なんてその程度のものなんです。 だから分かることは結構分かるんだけど分からないことは、そんな単純なことすら分からないような生き物が予想通りにならない。 だから最初から見返りを求める心、特にいいことをしていい見返りを求める心自体は悪いものではないんだけど、 いいことを思っているんだから見返りがあるべきだと思っちゃったら、 人間の愚かさ、人間の見通しの甘さ、自分が見ている物事の片面しか見えられないという、 人間の知恵の制約、不十分さ、ダメダメさ加減に対する認識の不足なんですよね。 だからそれはある種の愚かさでしかないです。 その愚かさに気がつけばどうなるか。 まず最初に良くあると思って何かをする。 私の場合は修行だったんですよね。 良くなろうと思って修行したんだけど、だけど思い通りにならない。 そこでどうなるか。 良くあると思って修行すること自体は悪くないです。 でもそこで思い通りにならないからモヤモヤしますよね。 モヤモヤする時に自分の思い通りになって欲しいという願望をゴリゴリしようと思っているからモヤモヤするわけですよ。 本当は自分は自分の実力も何も分かっていない。 自分の修行のやり方が合っているかどうかも分からないのに こんだけ頑張っているんだから答えがあると一方的に思い込んでそれをゴリゴリしようと思うからモヤモヤするわけですよ。 だからモヤモヤする時にもうそろそろ少しずつ心の奥底でエゴが頭を持たれて 自分都合、自分勝手が頭を持たれているんです。 成果が出ないことに負担を感じて苦しみが出てくる。 さあどんどんどんどんやっぱり自分都合が頭を持たれてきます。 それが怒りになる。 怒りまで来ちゃったらこれはもう自分の自分都合のゴリ押しもゴリ押しも本当にひどい状態ですよね。 そこまでいったら弁護のしようが、弁解のしようがない。 もう勝手ですよ。 最初の動機が良くてもわがままになってしまってますよね。 だから見返りを求める心そのものは悪いものではない。 だけどいいことをしているんだから悪いことをしようと思っているよりも確率が上がるはずだと思うところが 多分地位がないんです。 そもそも人間が立てた目標予想というのは上手くいかないんです。 愚かさということにちゃんと骨身に染みて人間の無知、人間の愚かさ、全知全能の神ではないんだから そうなるはずがないってこと。 やってみて上手くいかなかったら直していけばいいんですよ。 それを前向きに前向きにどんどんどんどん気持ちを切り替えながら ああでもないこうでもないって努力を積み重ねていくことを怠って上手くいかないってイライラするっていうのは ある種の怠惰もそこにありますよね。 もちろんそんな風にきれいにはいかないですよ。 だけどよくよく落ち着いて分析すればそうなるんですね。 # 必要なのは、まず「知恵」 今お話ししたこの心の動きというのは、よこられて思ってやった最初の行動が、最初の思いが、だんだんだんだんエゴを引き起こして、迷いへと落ち込んでいく。 怒りを増幅させて、迷いを苦しめよう、どんどんどんどん自分を追い込んでいくプロセス、迷いのプロセスの説明ですよね。 見返りを求める心そのものは何にも悪くないんですよ。そうじゃなくて、見返りを求める心に対して、結果が出なかったことに対するわがままなんです。そこが悪いものなんですよ。 結果が思い通りにならないことに対する怒り、結果が思い通りにならないことに対する焦りやイライラというものが悪いものなんですよね。 さあ、そこでどうしたらいいかというのは、前回もお話しましたように、感情というものはスイッチが入ったら、どんどんどんどん増幅しちゃうんです。火と一緒ですよね。 火というのは、一回燃え始めたら、何にぶち込んでも燃えるだけです。じゃあ、水で消せるかというと、水に与えするものは我々の集中力なんですよ。 パーンと集中力で、怒りよりもっと強い集中力で、感情の爆発よりもっと強い集中力で、スパンと断ち切るって。でも、私たちが怒りを断ち切るほどの強い集中力を持っている人って、よっぽどトレーニングしなければ無理だから、無理です。 だから私たちは、火を消すためにぶっかける水を持たない状態です。じゃあ、どうしたらいいかって。もう燃料を投げ込まないことなんですよ。 葵で消そうと思ったって、ちょっと半端な風は、さらに火を大きくしますよね。 強い風を起こすというのは、集中力の力です。火を消すほどの強い風というのは、ものすごく強い集中力ですけど、そんなの私たちはなかなか持っていないから、じゃあどうするかというと、もう取り合わないことなんですよ。 前回も、座禅中に雑念が湧いたら、消そうと努力するんじゃなくて、知らん顔して、また息を数えろって。お話しましたよね。 もう要するに燃料を投下しないことなんです。感情に対しては取り合わないのが一番なんです。 お気持ち表明なんかしないのが一番いいんですよ。思ったとしても、お気持ち表明すればするほど、自分で表明した感情に自分で煽られて、どんどんどんどん感情が高まって、どんどんどんどん苦しみの中で落ちていくしかないですから。 気持ちを切り替えて、気持ちを切り替えて、気持ちを切り替えて次のことをやっていく。どんどんどんどん新しいことを気持ちを切り替えて、感情にとらわれないようにすること。これが大事ですよね。 その上で、もう一つ大事なことは何かって。 例えば、今までの話は私の修行時代の時の気づきからの話ですから、見返りを求める心が苦しみを生み出すと言っても、自分自身が努力してもうまくいかない場合の話でした。 でも多くの場合、人間関係の中で見返りを求める思いが苦しみを生むんですよね。 捨て上げたのに帰ってこない。捨て上げたのに帰ってこないことを、いつもうじうじ言っている自分が嫌だなって思っちゃったり。 ますます自分も嫌になる。相手に対する気分も嫌になるし、自分自身も嫌になっちゃうってことをお話しましたよね。 さあ、この話にちょっとここで戻るんですけども、そこでポイントとなるのは何かっていうと、やっぱり人間関係になったらもっともっとそうですよね。 自分の行動、自分の心ですら思い通りにならないのに、他人はもっと難しいですよね。 いくらお互いに好意を持っていても、相手の目線で、相手の立場で考えるっていうことは、好意だけでは無理なんですよ。 思いだけでも無理なんです。想像力も必要だし、経験も必要だし、努力も必要ですよね。 だから悪意がなくても、お互いに好意を抱いていても、相手の目から見るってことの難しさってことは、やっぱり覚えておいてほしいんです。 こう言われてるから相手の気持ちが手に取りに分かる?そんな簡単にはいかないですよ、やっぱり。 思いがあっても、相手の目から見るって違うんですよね。 だから、もっと思い通りにならないんです。 だからやっぱり、自分自身の修行が自分に返ってこないっていうことが当たり前である以上に、人に何がしてあげても返ってくることは難しいですよ。 それは相手が悪いとかじゃないんです。 だからむしろそこが怒りの種を引き起こしてしまうのは、人間というのが大したことが分かっていない、自分たちには大したことが分かっていないことに対する自覚の欠如かなって私は思います。 思い通りになることなんかないよって、それは人生経験詰めれば分かりますよね。 当たり前と思っていることも実は当たり前じゃないよって、結構ここは知恵が物を言う世界だと思います。 # 「学び」のために まず第一に必要なのは知恵ですよね 人間というのはこれが当たり前これが当然と思ってもそれは一つの見方でしかなくて まあ誰がどう考えてもありえないぐらいダメって言っても起こり得るってこと それは止められないんですよね それがまず分かるってことつまり思い通りにはならないっていうことそれが骨身に 染みるってことが知恵の始まりであるわけです まずそういう意味では知恵が大事ですよね 知恵を発揮するためには感情に心を奪われていたら知恵は動いてくれないですよね だからちゃんと知恵を動かすためにも普段から感情に足を救われないように 感情に心を持っていかれないようにっていう努力は必要ですよね さあそれで例えば相手が自分の思うように振る舞ってくれないとしてそこで怒ってしまっても何にも得られるものがありません 逆に言うと自分の予想が外れた時に冷静に考えたらどうなるか 相手がどんなふうに考えている人なのかっていうのはそこから見えてきますよね 相手の考え方が見えてきます 相手が自分が何かしてあげたのに俺も言わない 自分が何かしてあげたら何にも感謝くれないって相手がどう考えてるのかって見えてきますよね 相手の人柄も見えてきます だからそういう意味ではなんか調子がいいこと言ってるけど全然人のこと考えてないよね 勝手な人だよねってことが見えてくることもあるし勝手な人じゃないけれど なんか今一生懸命で必死で余裕がないんだなってことが見えてきたり いろんなことが見えてきますよね だから冷静に冷静に感情を交えないであれと思ったらまず相手の思い通りならなかった 反応を返してくれなかった相手をまずは冷静に観測して どういう人かってどういう状況かってのを見ることによっていろんなことが見えてきますよね だからそういう情報が手に入るってことです 相手をよく知るための情報ですよね相手をよく知ることができるってこと ああこれはとても有益なことですよね それからもう一つこっちの方が大事ですこれを忘れがちなんですが 思い通りに相手が動いてくれなかった時に自分の心がどう動いたか これは自分自身を知る知恵になるんですよ カーッとなったりイライラしたり逆にイライラする自分が嫌になっちゃったりってそれは自分 自身の心に振り回されちゃってますよね 振り回されちゃったらダメなんです自分の頃がどう動いたか がっかりしたのか怒りを感じたのか親と思ったのかってその心の動きを自分で冷静に考えれば 自分自身が人に恩恵が増しくなってたよなぁとか これするとこうなるのが当たり前っていう先入観に囚われてたよなとか 自分はこういう考えのモチーフ者になるとかって自分自身が見えてきますよね 自分自身を突き放して第三者のように見ることをそれができますそうすると自分を 違う角度から見る経験になりますよね そんな風にして見返りを求める心が裏切られたときにそんな風にして相手を見る 相手を深く知るための材料もにもなるし同時にあるいはそれ以上に自分自身の心を よりよくより深く知るための材料になる その時自分がまだ自分勝手で自分中心的ってことがわかってしまってもがっかりしないで ください 人間なんてそんなもんなんですよだからやっぱり努力して努力していけないなと思ったら改め ればいいんです やっぱり人間で例えばとこに歳を取るとですよ頑固で我がままになるじゃないですか やっぱり体力が衰えてくると2割強さがなくなってくるとどうしても我がままになるんですよ せっかく若い子が努力して理解がある落ち着いた人間になったとしても 歳を取って気が短くなるのは体力が衰えてきてだんだんなんだことでもそれも込みでそれも 込みで知恵なんですよ そんな風にして 過ちを改めるに分かることなかれって思いを持ってその時その時その通り素直に素直に いいと思ったら いいものを行動する悪いと思ったら改めるってそんな風に素直に生きながら死ぬまで 衰えていっても前向きに進歩して生きていけるように自分はむしろ思い通りにならない 見返りを求める心が叶わないという方が自分の学びにはなるんだという風に思えばいいんですよね # 終わりのあいさつ さて、今日もお聞きいただきまして、誠にありがとうございました。 どうぞ、良い一日をお過ごしください。 もっと見る禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:151.初めのあいさつ04:382.迷いのプロセス04:433.必要なのは、まず「知恵」04:264.「学び」のために00:095.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう りょう8月12日亡き母が自利利他の心で生きていたので、実践していますが、つい相手の反応が気になってしまいます おせっかいになりすぎて、相手の心の負担になっていないか冷静に見極めて、尚且つ感謝や見返りを求めない心が大事なのですね ありがとうございました🙏1返信
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ありがとうございました🙏