#156 「書く」のスランプについて
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・8/9(日)19:00-21:00@下北沢B&B
大島育宙×土門蘭 「言語化の時代に私という生き様を奪われないために」 『なぜあなたの感想はふつうなのか』(大和書房)刊行記念
(現地満席。オンライ視聴あり)
https://bookandbeer.com/event/bb260809a/
・8/11(火・祝)15:00-17:00ごろ@大阪blackbird books
『戦争と五人の女』出版記念 サイン会
(既刊もサインします)
土門蘭の書書然然
土門蘭
- 09:071.
余裕のなさに気づく
- 09:042.
『雨の日の小説家』を読んで
- 09:373.
自分のスランプについて
- 09:354.
諦める、愛と赦し
コメント

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今回のお話は、金言をたくさんもらいました。
山崎ナオコーラさんの「私はあきらめるがすごく好き」。あきらめる=負け、のイメージでした。明らかにするという意味と捉えればいいんですね。
「愛と赦し」。
何故、自由を手放すのか。
何故、他者に自由を預けてしまうのか。
できない自分を赦す→愛する。
徹底的な自分肯定。これがあるから土門さんは、地の底についてしまってもヒューンと上に向かっていけるんだなと感じました。まちがいなく『生きる』に繋がっていますね。
自分の至らなさについて指摘を受け、振り返りながら、修正しようと努力をしているつもりです。ただ、組織的な問題を指摘されることもあり、まとめられない力不足も感じます。
認めてほしい。そうした自分にベクトルを向けることが、自分本位だなと思ったりもしていました。それでも、改善の余地はあるけれども、「少しは自分を認めてよいのだ」。そう思えた配信でした。
旅先で本を買うというのもよいかもしれません。