#106 いつの間にか飛び抜けている人には闘気がない
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鬼滅の刃を映画で観てきました。私が鬼滅で一番好きなのは、今回の映画のハイライトシーン、「ヒノカミ神楽 斜陽転身」で猗窩座の首が斬られるところ。
そこでは全く「闘気」を消して無我の境地になった主人公の竈門炭治郎が居ました。
戦う気配、闘気を消すことなんてできるのか?
しかし確かに周囲に闘気を感じさせない人は少ないながらも居て、その人は競合などが気づかないうちにスルスルスル〜っと飛び抜けていくのです。
闘気を消すことを考えていると、実はナラティブセラピーの「外在化」にヒントがありました。そして実はそれはTOCの思考プロセスでも普通に行っていて、だから業績が伸びて人間関係的にも和ができるのかと腹落ちしました。
現在探究中のテーマを映画と繋げながら話しています。
そこでは全く「闘気」を消して無我の境地になった主人公の竈門炭治郎が居ました。
戦う気配、闘気を消すことなんてできるのか?
しかし確かに周囲に闘気を感じさせない人は少ないながらも居て、その人は競合などが気づかないうちにスルスルスル〜っと飛び抜けていくのです。
闘気を消すことを考えていると、実はナラティブセラピーの「外在化」にヒントがありました。そして実はそれはTOCの思考プロセスでも普通に行っていて、だから業績が伸びて人間関係的にも和ができるのかと腹落ちしました。
現在探究中のテーマを映画と繋げながら話しています。
シゲさんの「もっと生き生きと働こう!」
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タイトルコール
- 07:322.
無我の境地にはなれるのか?
- 06:513.
別のものに見立てる「外在化」
- 02:224.
編集後記 ストーリー知ってても泣ける映画
コメント

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猗窩座の場面を見たときに北斗の拳の無想転生を思い出しました。
北斗の拳でも気がつくと倒されている描写がされており、感情の制御が完璧に成されているので気配を感じさせないのでしょう。
他にも明鏡止水の境地というのも聞いたことがありますが澄み切った静かな心のことを言うそうです。
あらゆる事を心穏やかに受け取ることが敵意も害意もないので相手の懐に入り込めるのだと思いました。
相手の懐に入ることはある意味相手を理解する事につながっていくのかなと改めて感じました。
「責任を属人化しない」という言葉、いいですねえ。特に小さな子供はネガティブな指摘をすると、自分自身が否定されたと思ってと思って泣き出します。。
「ぷうちゃん 」とかネガティブ要素に名前をつけるのも真似してみます。
闘気をなくす。夫婦の間のいざこざも論理合戦で解決するのではなくて闘気さんにどこかに行ってもらいましょう!
私もネガティブな指摘は自分自身が否定されたと感じてしまうお子様かも。。。
夫婦間ではたまに「私たちは一体何に対して戦っているのか?」と考えてしまう場面がありますね。