TOPトーク教師📕言葉を整える、思考の時間#64 オルタナティブスクールヒロックまーてぃくんに色々聴いてみる会1:22:26 2025年8月30日 106再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次オルタナティブスクールとは?マーティ君の個性と魅力ヒロックの教育理念に迫る独自の学びと教育方法未来の教育への提言AI文字起こし(β版) # チャプター 2 おはようございます。5分で整う国語サウナ、パーソナリティの藤井海です。 この番組では、言葉の力で教室の考え方もサウナ級に整うような、そんな5分をお届けしたいなと思っております。 本日はですね、東京にありますオルタナティブスクールのヒロックというところで勤務されているマーティ君、あえて愛称で呼ばせていただきますが、 マーティ君とお話をさせていただきました。 同じエリベースクルーとして、古くからエリベースを支えてくれている先生ですし、 僕は世のような2人でズームをすることが多いんですけども、すごく素敵な言語化をしてくれる方で、 本当に僕が困った時に、何かあった時とか、ふとした時に相談することが多いんです。 ある意味そういう風な人ってメンターみたいなね、自分の中で整えてくれたりだとか、自分の伴奏してくれるみたいな感じなんですけど、 まさに僕はヒロックでマーティ君がされている仕事の姿勢みたいなものとか、考えていることっていうのはすごく共感するし素敵やなって思うので、 そんなことを深掘りしていった時間となっております。 話が弾みすぎて1時間半ありますので、2倍速で聞いてもかなり時間がかかってしまいますので、 コマ切れに聞いてもらえたらなと思います。 あとマーティ君が自分をハッシュタグとして表すならということで、 ハッシュタグつけてほしいということを言ってましたので、 もしちょっとでも聞いてくださった方はマーティ君のハッシュタグコメントに残してもらえればなと思います。 では本編どうぞ。 # オルタナティブスクールヒロックまーてぃくんに色々聴いてみる会 はい、ということで、もう録音しましたよ。 マーティ君に来てもらいましたので、これアーカイブにも残りますので、 いろいろ自己紹介も兼ねて、話してもらってから進めていきたいと思います。 今日どうぞよろしくお願いします。 よろしくお願いします。 今度はマーティ君から自己紹介を軽くお願いします。 はい、マーティです。 東京のオルタナティブスクール、記録書等部の瀬戸谷校で働いてます。 藤井さんとは、LBSに繋がりですね。 LBSでフェスの後、大阪のフェスかなんかで話して、その後結構たびたびいろんなところでお世話になって、 藤井さんのクラスでオンラインで授業を話させてもらったりとか、 いろんなズームしたりとか、いろいろ関わらせてもらっているというのがここまでです。 よろしくお願いします。 はい、お願いします。 今日はあの時の振り返りを1年、2年越しにしつつ、いろいろやってみようかなと思うんですけど、 そもそもマーティ君のことを知っている人もおれば知らない人もおると思うので、 そこは軽くね、お互いのあれを話してもらったけど、 LBSつながりというか、マーティ君はLBSの立ち上げからおるもんね。 立ち上げ、そうですね。できた日に誘われたんで入ったっていうところです。 からおって、途中から入った。 でも僕は一回喋ったと思うけど、マーティ君に最初に初めておったのは、大阪でやったわっちゃ。 ああ、あとレディの時ですね。 そうそうそうそう。 あそこ、スイタにある、昔のバンパケン公園。 あの横にあるエキスポシティのとこにあったレディっていう、あれはゲーミング施設っていうのかな? そうですね、ゲームと教育の施設でしたね。 めっちゃよかったけど、今はなくなってしまったけど。 ないらしいですね。 あそこでやってた、サルさんとかショートさんとかライザーさんとか、カワヒーさん、メガネ旦那さんかな? で、やったわっちゃ大阪に行ったら、半ズボンの人が2人おって。 2人、はい。 教育のイベントっていうのに、固いのしかもちろん参加したことがなかったから。 その柔らかいというかね。 そういう感じの、あんなところでやる教育イベントっていうので興味あったのと、 サルさんのこと知ってたから行こうって思って行ったら、半ズボンの人が司会進行してるぞみたいな。 一番前に出て仕切ってるというか、あの人が半ズボンやぞって。 半ズボン2人おって、それがサルさんとマーティ君やったんだけど。 そうですかね。 そこからで、アスカさんアーカイブ残します。 そこの時にマーティ君がいて。 最初から最後まではおられへんかったけど、ほんま最後まではおって。 周り全然知らん人ばっかりで。 後来たら、あの時田辺君もおって、あいみさんもおって。 で、あんな若い。 その時若いやんか。だいぶ前からあれ。 あれね、あれって25、6ですね。 そうよね。 だから若いのにすごい取り仕切って、すごいなって思ったのが印象残ってて。 最後か後日か分かれへんけど、サルさんからマーティ君について。 すごいんですよ、彼はみたいな。 急に呼んでみたいな。 たぶんあのイベントの最後やと思うけど、話をして。 すごいなと思って。どんな人なんやろ、先生なんやろって思ったら、 なに、オルタナティブ?みたいな。 東京の?みたいな。 そんなのは名古屋で?っていろんな分からんことがいっぱいあって。 分かんないからね、僕。 いまだに分からんことがたくさんある。 で、気ぃついたら、その後にエリベース。 あれたぶんね、もともと入っとったのよ。 入っとったけど全然参加してなくて。 で、あのようきっかけにちゃんと入ったみたいな感じだけど。 よくよく見たら、フェイスブックの司会とかもしてるし。 でも何の先生か分からんわ。 で、あれは大阪のフェスか。 あれのときに飲み会のときにも喋って、飲み会の後にも喋って。 あそこできっかけに仲良くなって、 フェイスブックでチャージしてたり、ズームでいろいろ喋ったりとか。 よなよな。 っていう感じかな、ある程度は。 そんな感じのここまでな気がします。 まあまあまあ、ほんまに今言ったみたいに、 僕にとってはマーティ君、不思議って言ったけども、 たぶんそれをそのまま結構伝えてることが多いし、不思議とか。 マーティ君の頭の中とか、考え方とかがすごい好きやから、 いろいろ話しとっておもろいなっていうのを前も言ってたけど、 すごく思うから、今日はその辺を皆さんに分かち合いにしました。 でも、なんか関わる人多いですけど、 僕のことをめっちゃ面白がってくれる人と、 めっちゃ気の良いと思う人に味覚化するんで。 だから、みんながみんな面白がっているものでないとは、 味覚してて、 それはありがたいなと思って、 たびたびお話ししてもらってます。 なるほど。 まあ、中身分かれへんって、 人であろうが、物であろうが怖いもんね。 なんか、だいたい肩書きとか、 居住してるとこ、東京とかそういうのとかの、 その人の貼ってあるレッテルで、 だいたいどんな人かっていうのを推測してるじゃないですか。 僕の貼ってあるレッテルが全部意味がわかんないんで、 本当に意味がわかんないなと思ってて、 そういうことなんだろうなっていうふうに思います。 今、マーティンが言ってる、自分に貼られてるレッテルって、 自分で貼ってるものと、貼られてるものがあると思うけど、 自分で貼ってるレッテルと言わず、 アイデンティティじゃないけど、 ハッシュタグですね、ハッシュタグ。 ハッシュタグは何になるの? 自分に置いてる。 自分に置いてる。 例えばですよ、 教員辞めて非常勤やりながら色々やってるときは、 教育系ギグワーカーっていう肩書きを勝手に作って言ってたりとか、 教育系ギグワーカー、なるほどね。 すごい系の便利な都合のいい言葉なんですけど、 今だったらオルタナティブもそもそも、 ハッシュタグに知名度はそんなになかったりとか、 何ですかね、 うちの実践の国語算数とかじゃなくて、 テーマ学習があって、マイプロがあって、 マイプロとか個人探求っていう、 僕が好きなものもそもそも知名度がなかったりとか、 自然に三つ螺旋に行く傾向があるので、 大衆受けしないハッシュタグがいっぱい付いてますね。 なるほどね。 自分で付けてるのは大衆受けしないとして、 貼られてるって自分で思ってるレッテルは何? 見られ方としてですか? 辞任してる、 辞たともに認めるものは何?例えば。 見られ方が僕本当にわかんなくて、 教えてほしいぐらいです。 どう見てますか? どうでしょう? コメントで聞いてくださってる方、 何でもいいんで、どう見てるか教えてください。 確かに。アーカイブ聞いてる人もコメント残してほしいんで。 それがおそらく、 藤井さんだったら国語とか中学校みたいなのが並ぶと思うんですけど、 見る人によって、角度によって全然違うものを出してるので、 多分あんまり揃わないのでコメントしてほしいなというのがあります。 確かに確かに。アーカイブ聞いてる人も、 今ね、リアルタイムで聞いてくれてる人らも、 マーティ君はどういう人かっていうことを。 いいですねいいですね。 ハッシュタグ付けるのと何付けるかみたいな。 記録なしでお願いします。それはわかりやすいんで。 所属なしで。よくね、さっきも言ってたけど、 僕だったら所属なしで言うと国語とか教科の話とか、 今得意としてることとか、興味あることを話すみたいなのであるけど、 その話で僕目線で言うと、やっぱりマーティ君は哲学的に話すから、 やっぱりそこはイメージとしては強い。 話せば話すほど、別にその文脈ばっかりじゃないけど、 もう今更やけども、最初のほうはやっぱり、 たぶんその裏にはマーティ君が発せる言葉とか考え方の裏には、 哲学者の言葉とか自分なりに、 あの人の考え方がベースになってるみたいなのがあるんだろうなっていう。 違いますね。 哲学っていうよりも、なんやろ。 考える人なんだと思います。 このアイコンもちょっとそんな感じです。 考えてる人ですよ、これは。 膝立ててるイメージやわ、マーティ君。 考えてる、そうですね。お行儀悪い。お行儀悪い人です。 そうね。それがすごく強いかな。 考えなしに生きてることがない、みたいなわけではないと思うけど、 意図を聞きたくなるというか。 今には何があると思って聞きたくなるような言葉とか考え方をしてることがすごい多いから、 そこは見られ方として、確かにさっき言ってたみたいに、 掴み切れないみたいなのがありますね。 でもそれがそれでマーティ君を形作ってるんやろうなと思う。 それで言うと、コミュニケーションを円滑に進めるために、 この場面は相槌を打てばいいとか、共感しておけばいいっていう、 反射的に会話する場面。 すべてに意図や意味を込めないじゃないですか、会話って。 それが円滑に進めるためのある種マナーというか、やりやすさ。 でも結構それをやらないというか、結構ちゃんと考えて、 ちゃんと毎回、荒くてもいいからねって提出したいんで、 だからそこに立ち会われる言葉が、 キモさを帯びるというか、違和感を帯びるんだと思うんですよね。 なんかでも、適当に返されたことがない気がするね。 適当に返してないです。ちゃんと考えます。 僕はふざけることも多いから、それはさておき。 こっちが、ある意味緊張感があるよね、マーティ君と話すのって。 まずいですね。 Zoomで2人で喋ってるのにすら、変な緊張感があるよっていうのも、 なんか突っ込まれるからとか、指定されるからとか、 Zoomしてるのにずっと包丁持ってるからとか、そうじゃなくて。 包丁持ってましたね。 ずっと包丁持ってるからね、本当に。 何やろ、油断して話してると、自分の思ってた3倍ぐらいの答えが返ってきちゃうから。 クソAIじゃないですか。 でもそう、だから、自分の中で、正直に言うと、 翔頭さんにも俺は同じこと思うのよ。 翔頭さんと話すときも、もちろん翔頭さんやからっていうのもあるけど、 翔頭先生と話すときも、そういう緊張感があって。 生半可なこと言ってた。雑談のときはまだしも、ちょっとちゃんとした話をするときに、 自分の中で噛み砕けてなかったり、押し込めてない言葉とか話を持ち出したりしてしまうと、 それどういうこと?って聞かれたりとか。 それってこうですよねって返された言葉が、全く自分が思いも及んでないところ。 っていうのが多いのが、マーティ君とも感じ取れて。 ちゃんと戦ってますよね。いい意味で。 めっちゃ計算してる。いや、翔頭さんと話すときの感覚が分かります。 自負けみたいなことが起きるんですよね。 そう。一緒に焼き鳥行ったときに5月底に叩かれたけど、俺は。 そうでしたね。 でもなんかね、その辺が、僕はマーティ君の良さやなってすごい思うし、 喋っとって楽しいゆえんがそこ。僕はそれに快感を覚えるじゃないけど、 そこに良さを覚えるからすごくいいなっていうのが、ちょっと前置きが長くなりましたけど。 すごく思うから。マーティ君ってどんな人?って言うとこういう人ですね。 お便りでですね。考えてる感じ僕と同じだっていう風にいただいてて。 これはタロウ君からですね。 あー、絶対違うんですべしましょうか。 あーでも確かに、パパさんはそうですね。 タロウ君ね。 計算してないに見てた計算なのはすごい伝わってくるんで。 あー、そうねそうね。 それはそうだな、確かに。 方向性が違うのかな。 タロウ君は行動とか立ち入り振る舞いみたいなのをすごい計算というか考えて、 戦略的にやってるのがバレないと思いながらやってて結構バレてるっていうね。 あー、そんな感じですね。 そのバレてるところまでが演出なんじゃないのかなって思ったり、 バレてるかどうかをギリギリ自分で責めてる感出てるけど、結局周り結構わかってほのほのして見てるみたいなね。先輩やけど。 そうですね。だからバレてます。 いやでもその辺が愛されるゆえんで。 マーケティングですよ。 なんか別に正反対ではなくて同じようなことをしてるというか考えてるけど、結局はエデュベースの中でいうと、 やっぱり二人が好かれたり、信頼を寄せられるゆえんがそこら辺にあるような、適当なこと言わないっていう。 なるほどなるほど。大事なんだな。 すごい大事なところやし、マーケティングのその与渡りの上手なところなのかなと思いながら、 なんかね、今日聞きたかったところがタイトルにはあるんやけど、 オルタナティブスクールっていうのもちょっとちゃんと行ってみたいなって正直思ってて、 前からこんな話しながら、結局マーケティングの過ごし方とか、普段の授業とか、 見に行きたい見に行きたい言いつつ、なかなかね、東京から見に来てないからね、 やっぱ気になるのが、オルタナティブスクールってそもそも何なのっていうのを、 僕はもう知ってるけども、最後ちょっとだけ軽く説明してもらいたいなっていうのが一つあって、 ちょっとそこから聞いていいですか? オルタナティブスクールのオルタナティブっていう言葉が、 代替とか代わりのっていう意味なんですよ。 だから既存の教育、公教育とかの代わりの教育っていうのが語尾としてはありますと。 じゃあフリースクールですかって言われることもあるんですけど、 フリースクールは名前がフリースクールなんだけど、目的は不登校を公教育に戻すとか、 割とケアの文脈が強いんですよね、フリースクールって。 に対してオルタナティブは、うちはこういう理念でやってます、やっていきますっていう理念を掲げて、 だから不登校の受けざるとかではなく、こういう理念でいきますっていう教育がオルタナティブ教育になるんですね。 具体的に言うと、モンテストワール教育とかシュタイナ教育とかイエナプランとか、いろいろ教育理念ってあるんですけど、 それを文科省の認可外、認可外の場合もあったりするんですが、認可外で勝手にやろうぜっていうのが一般的なオルタナティブスクールになります。 なるほど。 概要としてはそんな感じかなと。 そのオルタナティブスクールの、いろんな場所にあるっていうので、 ヒロックの歴史としてはどれぐらいなんですか? ヒロック4年目ですね。 4年目か。 2022年が1校目開校なので、4年目です。 なるほど。もっと長いイメージだったけど、そうじゃない? もうね、ドベンチャーですよ。 そうかそうか。 で、僕がこれで2年経ったんで、僕自身は3年目に入るってとこですね。 なるほど。 そっかそっか。 もちろん、ヒロック、そっかそっか。 ちょっと待って、まじくんごめんなさい。皆さんもう一瞬ミュートにします。電話がかかってきてしまったんで。 チャンネルだけください。 つなぎます。 どうしよう。 コメントそうですね、さっきのお題。 僕どう見えてますかっていうお題は、僕自身がめっちゃ気になるので送ってほしいのと、 もう一個は、ヒロックもそうだけど、オルタナティブスクールが見えづらいところあると思うんで、 オルタナに関してどうなってますか、この辺みたいなのをお便りいただければ全部打ち返そうと思ってます。 割と公教育、公立私立と、インターナショナルの狭間にあるっていう表現をたまにするんですけど、 インター行くってなると結構学籍を外したりっていう風になるんですよね。 だからうちは学籍置いてて、要は地元の学校とヒロックくんに二重で在籍してるっていう形になります。 なので出籍を内に来てて、在籍の方で出籍カウントっていうのもできるんで、 インターほど離れてないけど、私立ほど近くはないみたいな。 要は文化の認可外なので、指導要領に準拠した教育ではないので、その辺がうまい、相残って感じですね。 ヒロック、すみません。初めて聞きました。どんなスクールなんですか。ご質問いただきありがとうございます。 その辺はたぶん藤井さんが今からいろいろ聞いてくれると思うんですが、 今日東京に一等分三校、中等分一校あって、最上位目標を福利の拡張、幸福の福と利益の利、福利の拡張を目指すっていう、 さっき言ったオルタネティブスクールになります。 戻ってきました。ありがとうございます。 ヒロックっていうものが何かっていうのもそうだし、オルタネティブスクール自体を聞いたことないっていう人もたくさんいると思うので、 その辺は聞いてみたいなって思ってる人も、興味の持ち方が難しいかもしれませんけども、何のこっちゃっていうところからね。 だから僕、この立場でいる一つの意味というかは、オルタネティブスクールを知ってほしいなっていうのがすごいあるんですよ。 教員3年目、24、5歳で考えた仮説だからあれなんですけど、幼稚園とか保育園ってある程度選ぶじゃないですか。 それは近くだったり時間だったりっていうのもあるけど、理念だったり雰囲気だったりとかっていうものも要素としてあるじゃないですか。 でも学校ってほんとそれがないっていうのが僕はすごい違和感があって、教育に選択肢があることがみんなハッピーなんじゃないっていう仮説を持ってたので、 一つはオルタネティブ知ってもらうっていうこともだし、自分で学校って作れるんだよっていうのを、自分がやったわけではないですけど、 そういう発想を広めたいなっていうのはすごく思ってます。 でもそこに自分の学校って、なかなかそこまではっていう人が多いと思うし、自分もその立場やけども、 自分の中でこうしたいっていうのが、公教育じゃない部分というか、公教育じゃない教育みたいなものをしたいっていうのが、 なかなか想像することが難しいなと思う。 入ったきっかけとかって何? 最近気づいたんですけど、アンチ学校みたいなテーマの本をむちゃくちゃ読んだんですよ。 それは2、3年目の頃に。 教育ハマったときに。 具体、実践本は二重学校学び合い読んだり、ケタベラ読んだり、学校内蔵された実践を読んでたんです。 僕、一斉授業がめっちゃ嫌いなんですよね。 その辺具体見てたんですけど、データとか理念とか、そういう概念的なところでめっちゃアンチ公教育の本を読みまくって。 いや、無理じゃん、これ。みたいな。 テーマが結構大きかったのと、実際に足を運んで見て、フリースクールを見て、 あ、存在し得る、できるんだっていうのと、居心地が良いなっていうのを実際肌で感じたっていうのがすごく大きかったですね。 アンチ学校を読むとか、アンチ学校に触れるっていうのが、早いね。 いろんな入り口はあるんですけど、僕、小中学校の公教育の段階で、むっちゃ学校待ちしてなかったんですよ。 すごい嫌な思い出が多いし、中学あんま記憶ないし。 高校私立で、私立も一条校だよって言われたらそうなんだけど、やっぱ雰囲気違ったんですよね。 会った時に僕、現場に帰って、「うわ、学校嫌いだったわ。」っていうのを初年の時とかに思い出して。 はいはいはい。おもろい。 その辺は結構大きかったと思います。 自殺を強化するために間違ってんだって本をめっちゃ読んだんだと思います。 なるほどね。なんか繋がった気がする。 確かにアンチ学校って全員が全員思わなくとも、ちょっとがっつり仕事わかって、がっつり頑張ろうってなった時に、 違和感とか疑問とかが湧いてくる中で、振り切れたのがそこまであるアンチ学校、アンチ公教育だけじゃない。 言葉としてはちょっと強めやけども。 公教育じゃない教育に携わろうっていうふうに振り切れたきっかけがすごく気になる。 アンチ学校に思って、もっとこうしないとあかんとか、困難だから公教育はダメなんだとか、だからこそ今の学校は……っていうふうな本はたくさんあるし、それを読むこともたぶんいっぱい出てるから、世の中には。 全然あり得ると思うし。ただそこから、よしじゃあ公教育以外の教育に踏み切って、そこの世界に入ろうって思ったきっかけはなんだろう。 それとヒロックは実は別物なんですけど、一旦それを回答すると、そういうところで働いてる人たちに会って触れたっていうのは大きいです。 そういう世界線があるんだって知れた。実際にそういう職業の人がいて、働いてる人になりたってるんだって思ったのは大きかったのが一つと、 もう一個は、同い年で、学校1年か2年やって、自分で学校を作った奴がいたんですよ。群馬に。 そいつに会いに行って、やりとりさせてもらって、いけるやんみたいな根拠のある自信があって。 やっぱり人ですね。出会いというか、その界隈に浸ってみて、実際にそういう世界があるじゃんって知れたのは大きかったですね。 すごい。若い時にそういうバイタリティ溢れるような人とか、溢れるような源になる本に出会えてるっていうのがまずいいよね。 そう。仲間が大きくて。脱線しながらですけど。4年、学校を辞めてからもですけど、最初はクラブハウスで、後のツイッターのスペースで。 クラブハウスね。 朝勝ラジオっていうのをやってたんですよ。朝5時半、6時で、同い年3人で話を聞いてるのがあって、それがすごい意識高く生きさせてくれたお二人がいて、そこが大きかったですね。 ちなみに同い年っていうのは同期入社? みんな同い年教員になった人たち。実際とは全然違うんですけど、オンラインで繋がった3人ですね。 なるほど。 直接会ったの数回みたいな子たちと、けっこう400〜500回朝しゃべるっていうとこですね。 そこの濃さが今のすべての元になってるんですね。 そうですね。あれは大きかったです。その辺でサルさんに可愛がってもらえるようなことがあったんで。 面白いね。オルタナティブスクールっていうものを知らない人ももちろんそうですし、知ってたとしても、そこに踏み込もうって。 働き方みたいな、私立の学校でもないし、塾でもないし、何なのっていう人もたくさんおる中で、だいぶ初期の段階で、 オルタナティブスクールみたいな身の地とかもそうやけども、広まっていってる過程にあったタイミングだと思う。 その辺からその足、その世界に踏み入れて、今やってるっていうのが、やっぱり一番最初の動き出しありきなんやなっていうのはすごく感じたのと。 なるほど。はい。 もう一個聞きたいのが。 ぜひぜひ。 聞いて聞いて申し訳ないけど、オルタナティブスクール自体に入った後に、安地公教育やったところからそこの世界に入ったら、オルタナティブスクールが正解だなって感じだよ。 あーっと。正解。いや、スタンスはそんな変わってなくて、公教育はずっと国の中心の教育であればいいと僕は思ってる。 これは全然嘘でもなくて。ただ選択肢が少ないことが課題だと思ってるんですよね。 なるほど。 僕みたいに普通に行ってくれる人間がいっぱいいるのもわかってるから、そういう人たちの選択肢が増えればいいと思ってるので、スタンスとしては変わってなくて。 僕もそこで働くことに納得して働いているんで、結局適材適所というか選択肢があってみんなが選んで納得してるのであればいいんじゃないかなっていうところですかね。 なるほど。そしたら、やっぱりもっともっとオルタナティブスクールみたいな他の学校の選択肢を気軽にというか、選択肢の一つとして本間に入れられるような世界線というか、もっとなったらいいのになっていうのはある? あります。現状はありますね。そこのプロセスで、何率して混乱期絶対あるとは思うんですけど、増えないことには変わらないので、いったん増えればいいのになーっていうのは思ってますかね。 実際その数字的なところで言うと、こんなもんなんですか?今のオルタナティブスクール事情としては。 肌感覚はやっぱ増えてて、個人でやるみたいな規模感。個人で週2、3やる場所借りてやるとかっていうのも含めたら、やっぱりこう、何ですかね。 下の目的に増えている感覚はあるので。なんか、夜明け前感もあるんですけど、夜明け前感…。夜明けと自分の心身の、悟空早く来てくれみたいな状態ではない。悟空向かってんだけど、いつ来るかはわかんないみたいな感じ。 【佐藤】なるほど。その悟空たり得るものは何なの? 【河村】あー、オルタナティブス…。多様な教育の選択っていう、社会のマスへの認知ですかね。 【佐藤】認知は、でも…。 いや、マジでないですよ。教育関係者でも多分8割9割しかないんで。それは悪いことではなくて、本当にまだまだ目に…。 なんですけど、結局、テレビで1週間出演とかドカンとやったらめっちゃ認知あると思うんですけど、メディアが取り上げるうがみもないし、別に。 だから、よくて自主上映でオルタナティブの映画をサモネ的にやるっていうのが今の限界なんじゃないかなと思ってて。 オルタナティブスクール自体が、ある意味個別最適な学びを目指してる国の方針としては、 それが個別最適な学びの方法のひとつなんだっていうふうに国が示すことがあれば、もっともっと増えてくるんだろうなとは思うんやけど。 オルタナティブでも個別最適したくないっていう理念だったら、個別最適しない学校も出てくるんで。 逆に言うと、僕以来ですけど、1年目開校当初の広くに文化の方が来てくださって。 文化の方が見て、そもそもこういうのをやりたいんだよって言ってくださってるから、あんまり高教育から逸脱したことはうちはやってないんですよ。 というのは、セルファーもなんだかんだ学校経験者多いから、考えるのは学校文脈から考えるし、 やっぱり日本語教育がめちゃくちゃ間違ってるとは思わないから、いいとこだけやるみたいなおいしいことができてる。 だからうちはかなり文脈近い。 僕は今、指導用語を学べるときより開きますし。 いいことやねえ。今のは深掘りたいけど、ちょっと脱線してすぎるか。いいことやねえ。 はい。ていう感じです。 文化が声を上げたとして誰がキャッチするの?ってとこでもあるじゃないですか。 まあでも、数年前よりかは遥かに、SNS教員界隈の中でもオルタネティブスクールのことを知らない人もやっぱりいっぱいおるやろうし。 もちろんもちろん。 ってなったら、まだ今はキャッチしやすい状況にはあるのかなと思うから、その辺はさておき。 ちなみに今、さらっとマーティ君がシェルパーっていう言葉を出したんですけど、シェルパーイコール? イコール?職員A、市役所で働く大人はシェルパーって呼んでます。 ってことですよね。いやいや、さらっとシェルパーって言ってたから。 はいはいはい。ここぶらしちゃダメだなって思って。 いや、シェルパーって何?ってなると思うから。 あー。 なんでシェルパーって言うの?ちなみに。簡単に言うと。 気まぐれ屋と山の現地街道がシェルパーって言うんですけど、それを学びの伴奏になぐらえてシェルパーって言うんですかね。 だから、先生じゃなくて教える師匠じゃなくて、学びの伴奏者としてスタッフはいるんだよってこと? でもこれすごい大きくて。先生って呼ばれないとか、自分がシェルパーであるっていう肩書一つなんですけど、意識がめっちゃ変わるんですよ。 おー、いいこと。 先生だと、ある種批判性がなくてはならないとか、ちょっとロールが入ると思うんですけど、シェルパーの方がフランクだし、伴奏ですっていうスタンスを守れるなってすごく思います。 うーん、言葉ってすごくそう考えると大事よね。 先生、よくある部活の文脈で言うと、スポーツの文脈で言うと、コーチって言わずに監督って言えとか、その辺のところもやっぱり僕らの意識、大人側の教える側の意識が変わるっていうのはもちろんそうやけども、 何より子どもたちの意識が言葉によって変わるのは、それって結局顧客としての立場で言うと、ディズニーなどとかも本当にそうやと思うし、スタッフとか言わんとキャストって言うし、全員が登場人物であって、主人公であってみたいなイメージもあるだろうし、 そういうところを考えると、受け取る側、顧客側というかあえて言うと、言葉ひとつで相手への立ち入り振る舞いとか考え方とか、認識が変わるのってすごい大事やから、そのシェルパーっていう言い方がすごいいいなって、ほんまにつくづく、こういうところで言うと。 シェルパーなんだけど、肩書き役割は。 うちの子どもたちコーラーナーって言うんですけど、コーラーナーは、僕のことマーティって呼ぶんで、理念に対等構成っていう文言があるので、学校でも別に、僕もマーティって呼ばれてもいいと思ってるし、そういう世界観になればいいなとは思います。 結局はね、マーティって呼んだとて、会議で呼ばれたとて、相手が先生であることには変わりないけど、 だからその辺のコーラーが、例えば小学校は公立学校に行ってて、中学校の中東部からヒロックに来るとかって、たぶん意識の変革がすごいと思うし。 逆にめっちゃ時間かかると思いますね。そこを慣れる。 小学校から中東部がいつスタートしたんだっけ? 4月に校舎構えてスタートです。 それがね、思うのが、ずっとヒロックに、小東部、中東部っていうふうに行くこと、 小東部、公立中学校っていくこと。技術も含めて。逆もしっかりで。 そのあたりって、今まだ中東部できてちょっとしか経ってないけど、 マーティ君的に、例えば小東部から公立の中学校、私立の中学校に行くときに、 あの頃の気持ちの変化として、卒業生来てたら面白いなと思うんやけど、感じ取れるところってどうなんかな? 前提として、まず、うちの小東部は1から4年生で、 中東部が小5、小6、中1、中3の5学年なんで、そこの違いがありますよって。 今、うちでも最上級生って中東部の小6段階の子たちなんで、 まだ中学生の段階の子たちっていないんですよね。 かつ、基本的に小東部からしか中東部に今上がれない設計になってるんで。 あー、そうなんや。 基本的にはそうです。 結局、小東部でやってきたことを中東部に持ってるってイメージが強いので、 っていうのは文化が結構違うんで、ギャップが。 やっぱり小東部で編入してくる、2年3年とかで編入してくるときに、 かなり学校との違いに対応が違うなって感じることもすごくあるんで、 4年以降は違いすぎるからあんま取らないとかってのもありますし、 別のことをしていますね。 なんかその、入れる入れないとかもそうやけども、 圧倒的に違う、公立で育った子と小6で育った子の中で、 圧倒的に違う部分ってどういうところになってくるんやろう。 それは、両方ともあるとして。 ふわっと、そこから具体的なことを実際に引っ張り出してほしいんですけど、 僕は大事なものを失ってないって思ってます。 なるほど。 それは、例え方聞きたくて。 例えば、具体だと。 個人になってくるか。 いや、要は、小学1年生を学校ナイズしていくじゃないですか。 はいはいはい。わかりました。 あれをそんなにしないんで、本当によくしゃべるし、 思ったことを忖度せずに言うし、すごくクリエイティブだし、 いい部分をそのまま持ち続けているっていうのが一つで、 その辺が本当によくしゃべる、忖度せずに、その辺はパッと浮かびますかね。 あと、どうしたいを持ってる。 なるほど。 自己選択、自己主張、自己なんたらみたいなところが強くなってくる。 強いというか、もともと持ってるので。 なるほど。強化されるわけではない。なくならない。 そう。一回失ってる段階はきっとあるんですよ。どっかで。 はいはいはい。なるほどね。 あんま踏み込むとあれなんですけど。 いや、それはでも大多数の人が思うんじゃないかな。 どうやって外に目を向けていくかって、 散々自分をするから外が見えてくるっていう、ちゃんと順番が全然いいんですよね。 はいはいはい。 思いっきり自分をやれるから社会とどう接するかって考えるわけで、 最初から社会性とか社会との接続を考えるから自分の長所になるわけですよ。 そういう大人が評価されるわけですよ。 だから、すごい自分がありますよね。 なるほど。でもそれをメリットとして捉えるのであれば、あえてあげるデメリットは何かある? 僕は初等部1から4年生をやりにくいので、 今の肌感覚でいくと、たぶん中学受験とかは厳しいんじゃないかとか思ったりしますけど、 それをするかどうかもよくわかんないし。 デメリットですか。 こっちから聞いたら、ちょっとデメリットになりうるのかなっていうことを聞きたいんですけど。 ぜひぜひ。 今まだ想像してないというか、そこの段階に達してない子たちが年齢的に多いっていうのもあるけども、 その子たちが公務受験、公立高校の受験、私立高校の受験をするとなれば、 もちろん必要な勉強とか受験に対しての教育をするとは思うけども、 それがある意味全然余裕で通るというか、理解と対応できるような状態なのであれば、 公教育では他に何を学んでるの?というのと、オルタナティブでしか学べないことがたくさんある中で、 じゃあもっと公教育はオルタナティブにしていけばいいんじゃないの?って思うんやけども、 今の子たちが公立高校、私立高校を受験しようと思ったら、学力的に考えると、 他の子たちと公立で過ごしている子たちと全然違いが出てこないようなもんなのかなと。まずは学力的に。 偏差値とかはあんまり出てこないと思いますね、うちは。 っていうのは、履修はかなりひどくやる。要は指導要領7割程度って言ってるんで、 割と指導要領準拠でひどく触りはするんですね。 でもテストないし、習得まではしないんですよ。なんならむっちゃコストかかるんで、覚えるのに。 だから偏差値的に測ったら低いと思います。 偏差値的に測ったら低いけど、概念的には理解してる? いや、概念理解だったら解けるんで、知ってるぐらいじゃないですかね。 知ってるから、受験的に使えるレベルまでは各自で頑張る? そうですね。 いや、なら各自で頑張れよって言ってたんですよ。 そうですね。受験のプロジェクトを他個人のプロジェクトと捉えてます。 あー、なるほどなるほど。マイプロの中の個人的なプロジェクトに受験っていう。 まあまあ人生単位のプロジェクトですよね。 なるほどなるほど。 僕らは、本当に必要だと思った時の力を信じているので、 本当に進路があって、具体的な道筋が見えたら、同じとめっちゃ勉強できると思うんですよ。 はいはいはいはいはい。 っていうところを信じている。だから、中途半端5年っていうのもその辺に意図があって、 やっぱ小5、小6から先考えれるんですよね。 確かに。 5年じっくり。中学3年って短すぎるというか、あっという間に去っちゃうんで、 しっかり先を考えながら必要となったことを5年じっくりやれるっていうところもあるので。 うーん。小5、小6、中1、中2、中3の5年間ってことですね。 そうですそうですそうです。 なるほどなるほど。 まあでも今のその、いろいろ聞いてて思い張る人がおるんかもしれへんけども、 勉強面大丈夫なの?ってやっぱりオルタナティブのこと考えることが多いと思うんやけど。 多いっすね。 まあ基本、大丈夫かどうかっていう軸で考えてないんやろうなって思うし。 大丈夫って何が大丈夫かって話ですよね。 そうそうそうそう。 まあ意地悪なこと言うと、聞いてきてるあなたに聞きますけど、どうなってたら大丈夫なんですか、勉強は?っていう話になってくるじゃないですか。 そうそうそうそう。それも個々人によって違うと思うんですよ。 だから受験勉強、受験に将来困らないんですか?みたいな、あえてそういうふうな質問の仕方にするけど、将来困らないんですか?みたいなだけの勉強で、分かったレベルになってなくてって言うと、 将来困ると思うんであれば個人的に勉強したらいいと思いますっていう話やし、それを頑張るっていうのであればその子の伴奏をするのが私たちの役目です。 まさにまさに。 僕は高校受験もしないけども、将来の夢はこういうので、ずっとそれに向けて頑張ったりしたいし、 もっともっと遊びも追求したいから、僕は勉強よりもそっちを取るんだっていうので、それを頑張れ、それを手伝いするわなっていう。 個々人のやりたいこととか学びたいことに徹底的にフォーカスして伴奏していくみたいな。 そうですね。おっしゃる通り。先ほども言ったんですけど、個々人の福利を拡張することがうちの理念なんで。 福利の拡張。なるほどね。 A君。僕が通ってるとして、僕がテニスで飯食ってきたりするじゃないですか。 その人にとって東大受験って福利の拡張じゃないんですよ。 最近すごく思うのは、将来の選択肢が増えるからって言うじゃないですか。 でも、いっぱい広げた選択肢、むっちゃ捨ててる選択肢も我々あるじゃないですか。 あるね。確かに。 だから、本当に全部必要ってすごく思う。 面白い。なるほどね。 必要、拡張ってない選択肢を並べて、自分が納得して選べてれば僕は何でも幸せになれると思ってるので、 必要以上に広げる必要もないかなっていう。 その意味で、偏差子レースとか受験戦争みたいなのがあるっていうのを知っておくのも大事だと思ってて。 こういう世界があって、いい企業につけるっていうのを知らなかったら後悔するけど、 知らない世界を知らせるのもセルファーの役割だと思ってるので、 こういう世界があるよ、選ぶおかげは自由だけどってスタンスで結構いろんなものを提供してます。 じゃあ、ちょっとあえて聞くけども、 ヒロックの世界というか、そういうふうな学び方、生き方っていうのを、 小学校段階から、もっと言うと中学校段階から、今は編入はできへんみたいな話だったけど、 あるんだって知った今の中学生たちって、 いけるのであれば安易に流れるような気はするんだけど、 そこについては、会う会えへんっていうのがあるのは前提やけども、 そういう中学生、特に前ね、うちに来てくれた人たちはZoomで、 うちのクラスにちょうど話をしてくれて、1時間、あれテーマ何やったっけ? 何とか中学校の人たちのどう生きるかって。 ああ、そうそうそうそうそうそう。 っていう話をしてくれて、将来のこととか哲学者の話とか含めていろいろ話してくれたけども、 あの頃はひろっくんの話を全然知らんから、分かれへんかったけど、 たぶんあの子たちにも、ひろっくんの理念とか今マーティ君が話してたみたいなことを言うと、 えーいいなそれってなる子はたくさんおると思うけど、 あのクラスでそういう声が上がってきたら、覚えてるかどうかはあれやけど、 マーティ君はどういうふうに返す? いいなーと思ったらやればいいじゃんっていうとこですね。 いや、分かる。でも、いいなーと思ってやったらええやんって言って、 やった後に、要は公教育にまた戻ってくるっていう選択肢は現実的に難しいわけや。 あ、そうなんですか? 例えばよ。だって、ひろっくんに言ってました。 やっぱりやわんからやーめたっていうのは金銭面もそうやし、 めちゃめちゃ超リアルね。金銭面もそうやし、 一回出て帰ってきたっていうところの周りからの圧力とか精神面的なのもそうやし、 超リアルに考えると、っていうところも含めて、 その覚悟があるんなら来たらいいよっていう言い方はできるけども、 あの子たちが、自己選択をもっともっと有意義にできるような開始をするとなれば、そんな開始になるのか。 それで言うと、0か100で決めない。 学校に戻るかひどく来るか二択にしないっていうのが大事で、 じゃあ3日ぐらい体験できてみればっていうかもしれないです。 じゃないですか。ショップずつ。 なるほどね。効率による限りテストがあって受験があるやん。100パーセントあるやん。 はいはいはい。 あのー、何?通信性の学校があるよとかっていうのは、正直もちろん選択肢としてかなり増えてきたけども、まだまだやし。 一個あえて言うなら、 高教育、戻ってきづらい高教育になってるのが悪いんじゃないの?って思ってて、 高教育があるから結構オルタナシブとかチャレンジできる部分があると思うんですよね。 それはフリースクールも含めて。 だから、出物りが厳しい高教育なんだったらそこに原因があるんじゃないの?って僕は思います。 それはでも通ってる公立の中学生たちにとっては、どうしようもないし、 どうしようもないんすかねー。そっかー。 今聞きたいのは、要は、別にアンチオルタナティブってわけじゃないけども、 自分がじゃないよ、他の人が。 じゃないけども、ちょっと会議的なところがあったりとか、安易に流されるような子たちがおるとしたら、 それだって自分の好きなことを追求するんだよって言ったらウェーイってなる子はいっぱいおると思うから。 単純にそういうふうに言うと。 それで言うと、さっきコメントいただいてて、お便りを。 子供の自己選択が未熟なんじゃないか、子供の自己選択が未熟じゃないか、これと繋がってきてて。 子供の自己選択も未熟だし、我々も20,30年生きてきて、もう選択未熟じゃないですか。 そこで我々が何をするかっていうと、 その未来を選んだ先にこういうことが起きるよっていうことを道を照らしてあげるっていうのがすごく大事で。 この例で言うと、オルタナティブに通うと、 例えば月々これぐらいお金がかかって家計に負担がかかって、もしかしたら学校に戻りづらくなるかもしれないっていう、 持ってる情報を大人が全部出してあげるっていうのが大事だと思います。 その上でどうするっていうところが、自己選択だと思うんですね。 うーん、何だろう。それこそ今、翔太さんの話が浮かんだんやけど、 今の子たちってほんまに先が分かってることしか楽しめないみたいな。 よく言ってあるけど。鬼滅の刃の例で。 うんうん。答え合わせしにくい説ですね。 だからその辺で考えると、 先行き不当面やけどチャレンジしたいっていう子ってほんまに減ってるなと思って。 お金とか条件名揃ってたとしても、じゃあ自分を変えるために何かチャレンジしようみたいなところが、 今の話聞いてると、全部開示してくれて、条件名もわかって、 それでもこういうふうな学び方とかこういう生き方を今の年からしたいのであればしたらいいんじゃないっていうことを言ったときに、 じゃあやめようっていう人がたぶんいっぱいおると思うんだよね。 その辺の選択だと思います。 そう。だからそこら辺って、今のこの自己選択が未熟ってところですけど、 選択力みたいな、選び取る力とか自分の生き方を自己選択する力って、 学校の中よりも圧倒的に外の世界とか、もっと言うと教育の文脈じゃなくて、 友達関係、人間関係の中で圧倒的に養われてるじゃんか。 そうですね。 そうなると、個別最適化しすぎてるとそうはならないよね。 あー。個別最適化しすぎてると。 要は今、理不尽な学び方の中で、理不尽な環境の中で、自分なりになんとか学びを得てやってきたところもこれまではあったと思うけど、 個別最適な学びを環境としても用意されて、自分でもそれができるようになるっていうのは、それはもちろん教育にとってはいいことだけど、 そうなってくると、今言ってたみたいな、 学びにおいての、より良いものを探すっていう自己選択の力の中で、 なんやろうな、そういう行動……難しいな。 いや、今ごめん。久しぶりにウニャウニャウニャってなってるんだけど。 いいっすね。 そこが、今の子たちにとって絶対的に広く、みたいなそういうふうな考え方とか、 そういうふうな自分の力、自分の好きなこととか自分の持ってる力を最大限に伸ばすような、 そういうふうな生き方とか学び方ができるようにならないといけないのに、 今の個別最適な学びみたいなことをやってる限りはそうはならない気がする。効率の中で。 でもこれごめん。今、繋がりそうで繋がりきらんかった。 なんか、ちょっと視点変えて。 藤井さんが見てるのが中学生っていうのがあると思ってて。 僕は小1から見るんで、その可能性と、ほら自分で決めれるじゃんとか、そういう姿を見てるんですよね。 あー、そうね。確かに。 そこが大きい気がする。やっぱり小学校6年の影響ってすごく大きいので。 そこを経て上がってきた子たちと、僕らの幼稚園保育園から上がってきた子っていうのは、もちろん状況が違うんで。 見られる可能性の幅もちょっと違う気がします。 あー、まあでもそれは確かにそうかもしれへんな。 で、個別最適…今受け取った情報だけで話すと、個別最適な学び方をすら選べないかったら、 子供というか学習者はどこで何を選べばいいのか。その余地って学校にあんまない。 まあ本当はあるんだけど、一般的な価値観にはないので、卓球館に廊下並べましょうみたいな。 すごい具体的なアイロニーをしてしまったんですけど。 みたいな、長時間過ごす授業の中で選べないのであれば、もうどこでも選べないんですよ。 下駄箱すら選ばせてくれない。机もロッカーも選ばせてくれない。 だから、そこですらしなかったら、もう一生できないぜっていうところですね。 でも日常では選択してるやん。 そうですね。 日常であんなけさ、全ての選択をしてるのに。 どうなんすかね。なんか、結構親が決めてると思いません? 結構何? 親が決めてたりしません? あー、親がね。 いかに選んでる時間を増やすかって思いますけどね。 そうね。親が。 せやな。親が決めてるし。 もうちょっと、今の個別最適じゃなくて、パーソナライズか、的なところを考えると。 TikTok、YouTubeしっかりね。 考えると、自分が選んでるふうに思わせられてるだけで、それはAIがリコメントしてるものであって。 結局選択の連続であるはずなのに、選択の中にいろんな意図が含まれてるAIやら、そういうアルゴリズム的なものに乗っかって、選ばずに普段の生活をしてるみたいなもんもあるかもしれないけどね。 ちょっとここ深掘りするとですね。 幸福論の初期段階は、自己選択してる状況が幸福であるって捉えてて、今はそんでもないんですけど、 その上で、アリストテレスの引用なんですけど、選択って何かっていうと、TikTokみたいに流れてくるものを見ていくとかってことじゃなくて、 選択肢を一回ちゃんと並べて、一個一個熟慮して決めることが選択であるみたいなこと言ってるんですよ。 ちゃんと考えてない選択じゃないんですよ。反射なんですよ。 だから、僕はそこをちゃんと選択してるかっていうところを見るので、選択してるふう、なんとなく決めましたみたいなやつを選択肢は持ってないし、 だから自分の行動もちゃんと理屈とか背景が説明できるようにしたいし、それを選択と捉えてますね。 なるほど。それで言うと、国語化やから言葉選びみたいなところで徹底的に振り返りに言語化させるみたいなのも同じかもしれへん。 言葉選びとして、なんでその言葉を選んだのって自分で言語化できへんかったら選んでる意味がないっていうのを。 僕は、自分の考えが言語化できることが全てやっていう話が全てのもとになってるから、 言語化できるイコール、自分の中で考えであったりとか概念的に思ってることがしっかりと理由付けされて、それが行動に現れてる結果やから、 言語化できるんでしょ?だから喋れるんでしょ?だから説明できるんでしょ?っていうことが全てやから、 今の話とはすごくその辺は考え方と一緒かな。合うなっていうのはすごく思うし。 ちょっと話をまとめながら話を整えていくと、 結局、これ話がめちゃくちゃ弾んだからずっと喋り続けたけども、 オルタナティブスクールっていうものが何なのかっていうところからスタートして、 オルタナティブスクールで、途中の話だけども、オルタナティブスクールに通っていることで、 法律の学校と違う圧倒的に良いことは何ですか?みたいなところから、 かけるものがないっていう。少ないみたいな。 その中で、自己選択とか、自己なんちゃらみたいなところの話をしつつ、 じゃあデメリットとしていろいろ挙げられる学力はどうなんとかっていうのも結局自己選択の中で、 学びたいんだったら学ぶし、みたいな。途中で一回も話すんだけども、 その子がやりたいことを全力で伴奏していく、シェルパーとしての働き方、過ごし方みたいなのが、 ヒロックの中でのマーティックの役割であって。 で、なおかつ今言ってた公教育と、オルタナティブというかヒロックの話で言うと、 考えると、それぞれ会う会えへんとかは個人個人であれど、 ヒロックを選択するのであれば、ちゃんとヒロックがどういうふうな学びの場であって、 どういうふうなお金がかかるとか、そういうふうなリスクというか、 かかってくるところとかも考えたうえで、 選ぶんだったらいいけど、それ自体も自己選択の一つだよ、みたいなことで、 子どもたちには伝えるかな、中学生には伝えるかな、みたいなところで今頭の中が。 もともと聞きたかったことが、もうちょっと時間もありやから。 ごめんね、話おもろいからずっと止めどない話でバーって。 僕はいくらでもいけるんで。 時間的にとりあえず、あと21分しか喋られへんから。 ああ、そうなんですね。 1時間半なんよ、これ。1本は。最長。もう1時間半ですからね。 今の国語というか言葉の話に持っていこうとしてたのが、 ヒロックの中で国語の授業というか、国語の時間というものがどういうふうな扱われ方というかね、 何をしてんのかなっていうのをあんまり聞いたことがなかったから、そのへんをちょっと聞きたくて。 めっちゃ具体話したいですね。 国語って、自分自身も分かってないところが多いけども、とりあえずオルタナティブスクールだからとはいえ、教科の時間はあるのね。 はいはい。思考と言語っていう時間で国内的な関係の授業をしています。 それはどういう時間の、どういう過ごし方ですか? 結構、国語的な見方、考え方で世界を捉えるっていう、公教室は大きく始めてはないですけど、 一個大事にしてるのは語彙ですね。語彙の獲得をすごいやってて。 物語文をみんなで読んでくるんですけど、その中で出てくる語彙を、 実際に小学校の国語で、白い帽子ってあるんですけど、 あれでちゃんと松みかんとかレモン持ってきて、語感で感じたことを言葉にまとめようとか、 なんか、蝶々を帽子の中にあって、逃がしちゃったシーンを再現してみよう、 柳の木の下の白い線の近くで、みたいな文化でちゃんと読み取って再現するとか、 文章をひたすら具体化するというか、そういうことを僕は大事にしています。 ほうほうほう。語彙文はそれしやすいよね。説明文よりもね。 そうですね。物語文はメインの活動としてあって、僕はそれに加えて、 この春休みに、小学校指導用語、国語の取り扱う概念を全部スポットシートで書き出したんですよ。 だから、小学校国語で何をやるかっていうのを全部把握していて、 物語文と絶対出会えないところ、例えば俳句とか敬語とか、スポットで出てくるやつあるじゃないですか。 ああいうのを楽しみながらできるゲームというかワークにして触れるみたいなことをやってます。 なるほどなるほど。 今一つ大事にしてる語彙っていうのを、基本的には物語から、 通常からいろいろ取り上げてると思うけども、物語文をみんなで読んで、 具体化していくっていうのは、なぜ具体化するの? 夏みかんが出てきました。じゃあ夏みかんを五感で体験しようっていうのが、国語的な見方、考え方でどういうふうにつながってくるの? なんか、何ですかね、記号だけ知ってても意味なくない?っていうのが、すごく率直に思ってることとしてあるのと。 夏みかんっていうものを、絵として写真として、これが夏みかんだよって分かってて、文脈の中で夏みかんが出てくるのが分かってたとしても、 この物語の中に出てくる夏みかんはこういうふうな果物で、こういう色なんだなが分かってても、っていう。 夏みかんって、文字の羅列しか知らないのと、夏みかんの写真を見たことがあるのと、 匂い嗅いで触って食べたりっていう情報量が全然違うじゃないですか。 一個、僕の中でも諸島部の生活の中に豊かな情報量っていうのを大事にしてるのは、具体物に触れる。生活総合をずっとやってる感じなんですよ。 なるほど、なるほど。 すごいそんな感じで。だから、具体物を触れるっていうのは、どの時間も大事にしているところではあるというのが一つと。 もう一個、今ひらめいたの消えていってしまったんですが、具体物に触れる。 まあ、何ですかね。これには名前があって、これも名前があって、これも名前があってっていう面白さ。 世界を切り分けている。言葉とか名前が世界を切り分けているっていうのを体感してほしいのはあるかもしれないですね。 これにも名前がある、これにも名前があるというか。 それは現象とか感情とか、言葉で表せるものを、まあ言うたら日本人は特にそうやけども、全てのものを言葉で表そうとしてきたわけだから。 はいはいはい。それを具体物としてあるもの。概念はやっぱり捉えづらいんで、一から四の一から。 その目の前にあるものが、これは砂で、これは土で、これは泥でみたいな。そういうのをちゃんと切り分けられると面白いよね。 おー、なるほどね。 全部地面なんだけど、石と砂と砂利と土があってみたいな。っていうのをちゃんと言葉で切り分けられるようになってほしいなって。解想度を上げるってことですね。 なるほど。小学校で特に、国語の授業をやってるけど社会化とつながってたりとか。 もちろんもちろん、はい。 国語の授業をしてるけども生活とか、図工とつながってるとかってよくあるやんか。 はいはいはい。 それの究極よね。 生活を評価であんまり切り分けない。時間で切り分けない。はい、国語の時間ですとかじゃなくて、 生活の中でこちらがちゃんと国語的な視点で見て、あれの名前なんだろうねとか、漢字読めないねとか、 生活の中で僕らが見方考え方を働かせるっていうのをすごいやってます。 さっきの夏美川の話に戻るけども、いいなって思うのが、 国語の先生、特に中学校でも専科ではなくて国語の先生やからこそやけど、 それぐらいしたいのよね、本当は。 たぶんこれってみんながみんな言うかわからへんけども、結構な人が思うと思う。 時間があったらそれぐらいしたいってみんなが言うと思うけども、 時間があったらそれぐらいしたいって言いつつ、時間があってもできへん人はたくさんおると思うねんな。 別にトゲのある言い方じゃなくて、 実際に中学校の先生だったらもしかしたら専科とかあるけども、 専科はおれへんから、小学校で。 おれへんというか、なかなか公立の学校ではないから、 そういうふうに言い方をしたいんだけど。 さっきの物語の中で夏美川が出てきました。 じゃあ夏美川を実際に触ってみよう、体感してみよう、食べてみよう。 夏美川ってこういうふうなものなんだね。 こういう匂いでこういう風な味がするんだね。 で、そこから国語的な話で言ったら、言葉に戻らんとあかんから。 最終的に言葉に戻ったときに、 じゃあこの五感で全力で体感したこの夏美川を作者はどういうふうに表現してるんだよ、 どういうふうに扱ってるんだろうっていう言葉に戻ってくるみたいな。 そこを、それだけのことができたら、より一層大事にできるなってすごく思うよね。 まあそんなレベル2を読んでは想定ないんですが、 生活家ってやっぱり五感だと思うんで、 僕はその夏美川とレモンの対比を、 五感で感じた対比を言葉でまとめはしました。 言葉で表現するって。 そういうイメージで。 だから自分で自己表現もそうやけど、 国語小学校の先生がよく言う序述に基づいてっていうので言うと、 だからこういうものを見た、 例えばでも批判的な目で見ると、 もしかしたら作者は夏美川とレモンを比べてるけども、 売れてない夏美川とレモンだったかもしれへんし、 シティリア島のレモンじゃなくて、 よくわからんどこの国で育ったかもわからへん、 全然酸っぱくない、変に甘いレモンかもしれへんし、 じゃあそういうところの実際、 じゃあこの序述があってこういうふうな表現がされてるから、 こういう夏美川だろう。 だから大きさとか味とか酸っぱさまで体感したわけやから、 その違いまで、ディテールまで序述から想像できるようになってくると、 言葉の深みがより味わい深くなってくると思うよね。 だからそのための具体物っていうとは思ってて、 すごい思う。 一回もレモンに触ってない人はそこまでディテール想像できないし、 やっぱ体験の主力っていうのが大事なんだと思います。 まさに、その体験っていうのがね、 今の子たちは共通の体験がほんとなくなってきてる。 ないっすね、はいはいはい。 これ前も言ったんやけど、 激怒っていう言葉を子供たちに説明するときに、 ドラえもんですか? 言った?これどこで言った?俺。 どこですかね? ごめん、前のカーニバルのときじゃない? カーニバルで聞きましたね。 まさに前で聞いてくれとったもんね。 覚えてくれてるのは嬉しいけど、 これとか本当にそうで、 今みたいな共通の体験が、 今までは家庭でできとったものが、 家庭ですらできへんのに、 学校でももちろんできてなくて、 別にいいね。 個々の生き方やし、個々の背景やからいいんやけども、 その共通の体験とか、共通言語、共通認識みたいなものがない中で、 でき得る授業は本当に少なく限られてて、 いられる力も育てられる力も。 そう考えると、そんだけ時間かけて、 そういう体験ができるのって本当にいいなって思う。 授業外でもちゃんと具体に触れようというシステムが養われたら嬉しいなと思います。 そうね。実際に見てみようみたいなところで。 ケチマが出てきたときに、 ネットで調べてナップするんじゃなくて、 ネットで調べた上でちゃんと触りに行くとか、 そういう姿勢を養えてたら嬉しいなと思います。 そうね。姿勢やね。それってどうなんやろね。 今までと今のAIが出てきたこのタイミングとは違うことってあんのかね。 だからAIとかネットがあるから、 わかった気になれちゃうんじゃないですか。 ケチマ、エラクが出現するじゃないですか。 だからあえて我々が具体物を触れるっていう経験をいっぱいしておくことで、 言葉を知るってそういうことかっていうのを持っておけるシステム。 いいね。 ケチマも代わりに生きてるんじゃないですか。 いいね。 職業では大事にしてますね。具体物を。 今、ヒロックでやってるのすげえいいなっていうのを感じてる。 まあやっぱり国語の話だからね。 やっぱり本当に語彙みたいなのもそうやけど、 圧倒的に言葉に触れる機会が少なくなってるから、 YouTubeもそうやし、TikTokもそうやけども、 結局自分が好きなチャンネル、好きな人のものしか見なくなってきたら、 その人が発する言語しか触れなくなってくるし。 だから去年、お父さんはたびたび料理をするっていう話があって、 この中から福祉を選びなさいっていう問題で、福祉はたびたびなんやけども。 たびたびって何?って言ったら、 2割の子がわからんって言うんだ、まず9月1日。 7割の子がたまにって言うんだ。 で、残り1割が意味わかってる。 で、漢字に直したらって言ったら誰も答えられない。 漢字に直したらのところは9月1日だったらそんなもんかなと思うけども、 たびたびみたいなんて小説とかではたぶんよく出てくるし。 公文は使わないですね。 公語ではあんまり使わないけど文語では使われるかな。 もっと言うと説明文的な文章でもたぶん使われると思うんだ。 ってなったときにそこに触れてないねんなっていうのが一つと、 たまにって答える子がすごい多いねんな。 これって予想でしかないけども、 そのたびたびっていうものがちゃんといろんな目を通った文章において触れてるんじゃなくて、 たぶん雑多の言葉の中でしか触れてない。 そうですね。触れてない可能性もありますね。 そうそうそうそう。だからそもそもの本物の意味がわかってないみたいな。 本物のっていうのにフォーカスしていくと、ちゃんと構成された文章に触れてることであったりとか。 きれいな文章ですね。なるほど。 本物に触れてるとか。 これが本当にこれからの言葉としての語彙力としての価値になってくるなっていうのはすごく思ったね。 一周回った教科書のテキストって最強なんで。 いやー本当に全部がね。 教科書テキストをちゃんと読んでるか読み切れるかっていう力が土台ですよね。 いやー面白いね。あのね、今気づいたら残り8分やね。 そうですね。 そろそろまとめていかなあかんね。 最後ちょっと1分だけ思ってるのは、僕もそうだし、藤田国語ですし、僕は思考を、 言語科学じゃない。勝手に脳内で言葉になってくれるんで、すごい言葉に頼ってるし得意分野ではあるんですけど、 それを言葉で表現する大切さも知ってるんだけど、言葉じゃたどり着けない感性みたいなとこあるじゃないですか。 想像を絶する感動みたいな。もう死んでもいいと思えるぐらいみたいな。 感性とかアートとか、いわゆる音楽とか図工美術とか、そういうところでたどり着ける、表現できるもの。 身体でしか表現できないものっていうのを僕は内化するようにしてきたんで、 言葉を大事にしながら、言葉じゃないものも大事にしなきゃいけないなっていうのが割と今年あって。 文脈を読み取るじゃないですけど、それこそ。表情とか。 言葉の便利さと言葉の限界を今年は触れてるんで、言葉は万能じゃねえなっていう時間を込めて最後にやってます。 最後の1分が、最初に言った複製の回収になったね。哲学的っていう。 はいはい。感じてるとこです。 ありがとうございました。たぶん一生喋れると思うし、そもそもの考え方とかが、 たぶん、スタートとして違うところから、今一生懸命一緒の話をしてるから、 違う考え方とか、なるほどねとか、それに対しては、みたいなのがすごいお互いいっぱい出てくるから、 やっぱり話が広がっていくよね。1本でどんどんいくんじゃなくて。 それがすごく面白いなと思うので、今回、わざとちゃんとボリューム1にしてるんで。 ああ、なるほど。それか。 そう。絶対終わらんよなと思ったんで。ちなみにコラボで話したんで、1時間半まるまる喋るのはないです。 あれですね。だから、Zoomでやってたやつをここでやればいいってことですね。 そうそうそう。これまんまZoomやけどね。 いつもこんな感じだから、ここでやればいいんですね。そういうことか。 そうね。プライベートな相談も前はね。 じゃなければ、はいはい。 じゃなければ、ここで公開討論会みたいな感じで2人で喋っていれば、それがボリューム数になるっていう。 ちゃんと突っ込んでくれる人というか、聞いてくださる人がいると、説にも伸びるんで。 そうね。1時間半のコラボにすると、なかなか最後まで多分聞いてくれない。 聞いてくれないですよね。 だから、30分1本とかがほんまはいいんやけど、ごめん、多分無理やと思うから、お互いに。 30分1本はなかなかね、最初は自己紹介で30分終わってたからね。 ということで、生放送終了5分前ですというふうにアナウンスが来たので、改めて今日はありがとうございました。 こちらこそありがとうございました。 本当にアーカイブ聞きたいけど90分かーって今の飛鳥さんの言葉にもあるように、 2倍速で聞いても大丈夫やと思いますけど、45分がかかるので、ぜひね。 ここまで聞いた人はもう終わってると思いますが、 またアーカイブ聞いて、一番最初のマーティ君にハッシュタグをつけるならっていうね、 答えだけぜひ聞いた方コメントいただければと思いますので。 なんか、はい、フィードバックというか思ったことがあればDMください。 僕も何かあればフィードバックというか、こんなこと話してほしいとかあればぜひお願いします。 ということで、大丈夫ですか?喋り残したことないですか? また次回やりましょう。 ぜひ。よろしくお願いします。 じゃあ一旦これで録音停止しますね。 ありがとうございました。 もっと見る📕言葉を整える、思考の時間藤井 海|思考と言葉を整える国語教師01:391.チャプター 21:20:472.オルタナティブスクールヒロックまーてぃくんに色々聴いてみる会コメント感想・質問・応援メッセージを書こう Etsuko Fujii2025年9月1日(ライブ中にもコメントしたけど)息子(現22歳)が小学生のときに、ヒロックが通える範囲にあったら、通わせたかったな。今の公教育以外の選択肢は必要だと思うし、もっとあってもいいんじゃないかなとも思います。まぁてぃくん、応援しています!#ピアノ上手#自然体1返信 Asu ka2025年8月31日2倍速で聞きましたが、情報量多っ‼️まーてぃくんといえば…#知識豊富#ファシリ#ストイック1返信 ミねやん2025年8月30日新しい学習指導要領も議論されていますが、様々な配慮を要する子供も飛び級に値する子供や一部の分野で特別な能力を発揮する子供も、みんなが学びやすい、生きやすい世の中でないといけないですよね。公教育に関わる人間として身の引き締まる放送回で刺激を受けました!まーてぃさんは、#今日生哲学者(きょういくてつがくしゃ)なんて、どうですか⁉︎1返信 Yanagi Keiichi2025年8月30日2倍速だけど80分あっという間でした笑言葉の量がめちゃくちゃ多い!!2返信 Yanagi Keiichi2025年8月30日#大豆2返信 もっと見る
#384 学校現場で考えるべき「褒めのエビデンスって?」〜ドクターりんさんとコラボ放送! 52分・昨日・ 198再生AI目次教育現場のEBPが抱える課題経験則とエビデンスの正しい見極め方「褒め」の有効性を示す科学的根拠行動特定賞賛の効果的な実践方法自身の介入を検証する研究デザイン
#383 大阪ってやっぱオモロい〜たけちゃんさんとコラボ放送 33分・11月2日・ 149再生AI目次大阪プロガイドの裏側:深掘り観光術驚愕!木津川水門の壮大な開閉見学大阪市営?無料渡し船で体験する日常継承したい地域の歴史:八尾の桃畑秘話なぜ?大阪人の会話を紡ぐ「擦り込み」文化
#382 実はずっとネガティブに考えてました。ちょっとだけ話させて下さい。金曜日の公開授業の話〜 22分・11月1日・ 175再生AI目次クリエイト・ザ・ネクストイベントの舞台裏中学時代の「授業未見」への葛藤木村先生が語る授業の価値と転換点「藤井のメガネ」から普遍的理論への道筋他者の視点が拓く自己成長の可能性
#381 「もっと可愛くして」が伝わらない。娘とAIと言葉の話 15分・10月29日・ 166再生AI目次AI活用で娘の言葉に変化の兆し「もっと可愛く」AIに伝わらぬ言葉の壁「可愛い」を伝える言葉、娘の気づきとは言葉が伝わる喜び、AIと日常の共通点AIが引き出す子どもの創造性、親の役割
#380 にゅ〜ぶるさんと初コラボ放送!「AIと学校教育」についてエンジニアの方に聴いてみた👂 40分・10月28日・ 178再生AI目次エンジニア対談: AIと学校教育の可能性ボランティア活動「コーダー道場」の実践プログラミング初心者の壁と効果的指導AI教育: 思考力育成とアルゴリズム理解教師・生徒・AIが紡ぐ未来の学習対話
#379 初読の感想って何書けばいいん。に対して、なんと伝えますか? 19分・10月27日・ 234再生AI目次初読の感想「何を書く?」の壁「どこで難しい?」の問いかけ「わからん」が「問い」に変わる時筆者の言葉選びの真意とは?感じたことを言葉にするプロセス
#378 その質問、意見として届いてない?〜月曜日は言葉を整える 15分・10月26日・ 473再生AI目次質問と意見、どう区別する?対話での「聞く」力、3つの視点「質問」が相手に届かない理由とは言葉を届ける「枕言葉」の威力対話のすれ違いを防ぐ「型」の重要性
#377 金木犀の香り漂わせるコメント返し(無臭) 18分・10月25日・ 91再生AI目次AIと作文論争、指導の鍵は偏見とメディア情報の向き合い方中学生「言語化」授業の野心語彙力と実践、教育談義の深淵同僚S先生と語る「失敗」の価値
#376 説明したのに伝わらない。「知っている」の差を埋めるには 16分・10月24日・ 282再生AI目次「見える」の差が呼ぶ認識ギャップ「バリさん」から学ぶロゴ解読の鍵文章の真意を掴む知識の力とは「知っている」の差を埋める思考術相手に「届く」言葉を選ぶ視点
#375 Zangyo侍「まひろさん」と初対談!定時退勤したい人、必聴です! 36分・10月23日・ 171再生AI目次定時退勤の覚悟と秘訣上司の一言が変えたキャリア残業80時間が2時間へ!その秘訣定時で帰る人のチーム貢献発信継続の鍵、ネタ発掘術
息子(現22歳)が小学生のときに、ヒロックが通える範囲にあったら、通わせたかったな。
今の公教育以外の選択肢は必要だと思うし、もっとあってもいいんじゃないかなとも思います。
まぁてぃくん、応援しています!
#ピアノ上手
#自然体
まーてぃくんといえば…
#知識豊富
#ファシリ
#ストイック
公教育に関わる人間として身の引き締まる放送回で刺激を受けました!
まーてぃさんは、
#今日生哲学者
(きょういくてつがくしゃ)なんて、どうですか⁉︎
言葉の量がめちゃくちゃ多い!!