TOPトーク教師📕言葉を整える、思考の時間#104 らいざさんに聞く!「FunとCan」と国語の話52:17 2025年10月11日 159再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「楽しい」と「できる」の関係性とは国語における「できた」の具体例とは成功体験が乏しい生徒へのアプローチ書くことを通して自己表現を豊かに授業設計で意識すべきこととは何かAI文字起こし(β版) # チャプター 2 おはようございます。5分で整う国語サウナ パーソナリティの藤井海です。この番組では言葉の力で教室も考え方もサウナ系に整うような そんな5分をお届けしたいなと思っております。 授業の話だけでなく学級系から公務DX、AI活用まで言葉にまつわられこれを5分で さっぱりお届けしたいと思っております。 チャンネルのフォローやいいねとコメントも是非よろしくお願い致します。 # チャプター 3 はい、今日はおうちでの収録になってますので、若干声が小さいかなと。 テンション低くはないんですけどもね、思います。 本日はですね、昨日ライザさんとお話をさせていただきました ファンとキャンの話をね、国語との接続から聞いてみた話をお届けしたいなと思っております。 ライザさんご存知の方もいらっしゃると思いますけども エリュベースでも僕は一緒ですし、キャンバスサーとしても一緒に活動をしております。 とても素敵な実践をたくさんたくさん紹介されていて、僕もその姿とかそのプレゼンをずっと見てきてはいたんです。 いろんなところでご一緒もさせていただいてますので、もちろんいろいろ話をしてきたんですけど 改めてファンキャン体育って何?とか国語との接続ってどういうこと?みたいな どういうことが考えられるの?みたいなのを聞いてみたいなと思ってオファーさせてもらいました。 めちゃくちゃ良かった。深まりました。 僕の中でファンキャンの流れをサイクルを国語で実現するためにはっていうのが一つ答えというか その道筋が見えたなっていうのと改めて振り返りを意識すること。 振り返りに価値付けて子どもたちがしっかりとそこに価値があるんだと思って書き続けること。 これを小学校からずっと続けていくこと。このあたりにすごく大事なことだなっていうのと 改めて伝えていく意味があるなそこにはっていうのを僕自身感じたので もちろんファンキャンの部分を意識することも大事ですけど 僕にとっては振り返りをライザーさんの価値付けとともに深められたことがすごく良かったなと思います。 ファンキャンという名前がついていることも汎用性があってとても良いなと思いました。 そんなお話をしておりますのでぜひ聞いていただければと思います。 これから東京に向かって明日のボイシー×エデュケーションのイベントに登壇するために向かっていきます。 頑張ります。では本編どうぞ。 # らいざさんに聞く!「FunとCan」 の話 はい、聞こえてますか? はい、大丈夫です。 はい、ありがとうございます。では、本日はライザーさんにお越しいただきました。ありがとうございます。 前々からね、いろいろちょっと話をさせてもらいながらやっと実現しました。ライザーさん、今日はどうぞよろしくお願いします。 はい、こちらこそよろしくお願いします。 お願いします。では、簡単に自己紹介していただいていいですか? ライザーさんのこと知ってはるかったらめっちゃ多いと思うんですけど。 ありがとうございます。ファンキャンパイクという実践と、あと僕、筋トレ大好きなんで筋トレの発信をしています。ライザーです。今日はよろしくお願いします。 よろしくお願いします。 前、筋トレのポストを毎朝毎日してはるじゃないですか。今何回?連続何回みたいにやってはるじゃないですか。 多分2140ぐらい。でも、2140って実は僕100日連続をやった後に1回筋トレを禁止するっていうのを1回やってみて、1週間ぐらい。筋トレだけにちょっと禁断症状出てすぐ戻したんですけど。 すごい、全部繋がるな。筋すげえな。 なるほど。今度は2000何回?1日1回ポストされてるんですよね、あれは。 基本そうですね。ただ、すごい頑張ってたときは筋トレやって坂道ダッシュやって、マッスルジックやってみたいな時もあったんで。 たまにトリプルヘッダーみたいなのもあったってありましたね。 すごいな。その辺の継続とか続けるみたいなこと僕が一番苦手なので、一瞬ね、ライさんのところで朝一やらせてもらいながらいろいろ一緒にやってましたけども。 やっぱり僕は朝早起きの無理やなって言って、結局学校で部活の間とかに筋トレするようになったんですけど。 いや、それでいいと思いますよ。自分に合った時間が一番絶対いいんで。 そうですね。やっぱり朝もそうですし、でも同じ時間に継続してみたいなんて、やっぱりこう、何て言うんですかね。 すごい簡単な言い方をすれば、できる人がやってるっていう、できるって能力高い意味のできるイメージなので、ちょっと憧れはあったりします。 週間間にして筋トレみたいなね。 いや、そうっすね。なんかもうこれが当たり前になると、逆にやるためにどうするかみたいな考えがあるんですよ。 やれないような日も出てくるので、やっぱり忙しかったと思う。 あとはあれじゃないですか。筋トレするためには、体調を整ってないと絶対無理なんで、めっちゃ体調を気をつけて、逆にそれが他にもいい影響を与えるみたいなのがありますね。 ああ、そうかそうかそうか。体調管理ありきの。やっぱりそう考えたら健康になりますよね。 そうですね。 ちょっと違和感感じたら、マジで早めに整えに入りますよね。 あのチャンネルの名前じゃないですけど、整えに入りますね。 整えにね。 自ら。 継続してとかっていうのと、今回のファンキャンの話をお聞きしたかったんですけど、 なんとかライザーさんともちろん直接お話もさせてもらってるし、もちろんずっとポストも実践も、いろんなところでICT全とかね、 いろいろお話聞かせてもらうことは多かったんですけど、 改めてずっとこう、長いこと提唱というか言ってはるファンキャンの部分を、 ファンの部分とキャンの部分を、国語化としては、より何かもうちょっと具体化して、 違う言い方してもらったら、僕もスッとなるほどってなるなと思うんですけど、 言い方みたいな、ちょっと違う視点から聞いてみたいなと思ってたんですけど、 ざっくりというか、ライザーさんが今言ってはること、ファンキャン、体育の話でいうと、どういうことがベースになってくるんですか。 ちょっとごめんなさい。わざと知らんぷりしながらお聞きしたいんですけど。 そうですね。体育に限らないんですけど、授業あるじゃないですか。 藤井君も授業やってると思うんですけど、その授業で、例えば国語なら国語、僕なら体育なら体育なんですけど、 やっぱりその教科好きになってほしいじゃないですか。やっぱりそれを教えてる身としてはね。 好きになるってことは何かと言うと、僕の中では楽しいとできるのサイクルが回れば、確実に好きになるんですよ。 その授業が楽しかったとか、その授業でできるようになったみたいなところ。これで多分困る人っていないっていうか、みんな嬉しいんですよ。 先生も嬉しいし、子どもたちも嬉しいし、何ならそれで学校生活が楽しかったら保護者の方とか。 楽しいとできるということで言うと、楽しさっていうのは、例えばですけど周りに与える影響も大きいし、 できるっていうことも、何だろうな、みんなで少しずつ成長するっていうのが集団っていうかクラスの中にもいい雰囲気を持つだろうし、 やっぱりその授業の中で、楽しいも大事。だけど体育なんていうのは楽しいだけでちょっとさ、体を動かすからレクとか遊びみたいになりそうな部分もあるんですけど、 でもその中にその子ができなかったことができるようになる。そういう授業が楽しみながらできるようになることが増えて、また楽しくなってまたやったらできるようになる。 それ最強じゃないって思ったのが僕のファンキャン体育の根本というか、そういう授業を作りたいよなって思ったんですよね。 なるほど。サイクルっていうのがいいですね。ファン楽しくて楽しいからやってたらいつの間にかそういうできたことが、より楽しいのきっかけになってまた次っていうふうにどんどん広がっていくってことですよね。 じゃあ逆、そこで聞きたいのがたぶん藤井くんの作った授業も、子供ができることの前にまず取り組むじゃないですか。子供たちがね。 体育作りでもなんでもいいんですけど、楽しんで夢中になる姿ってあるじゃないですか。でも夢中になるってことはそれだけのめり込んでるからいろいろ考えるしいろいろ試すし、 たぶんその中でできることって増えません?やっぱり。 増えますね。たしかに。のめり込むっていう、今やってること自体にのめり込むとか真剣になるみたいなところって、どこか自分で、今のお話につなげた答えにはなってないんですけども、 のめり込むきっかけとか入り口みたいなものって、教科によっても違うし、教科の中の単元によっても違うと思うんですけど、国語の場合はどっちかというと、できるようになったっていう感覚って国語って少ないんですよね。 極端に他の教科と違って少なくて、だから分かるようになった、できるようになったってストレートに感じることが、やっぱり頻度としては低い教科だと思うんですよね。もちろんできるようになってほしいし、できた、分かったっていう感覚が必要なんですけど、 だからこそ国語はそこにプラスアルファ、分かった、できた、プラス楽しいって思えるような入り口が複数ないと、子供らには刺さらないなってすごく思ってて。それが大学の場合、できるって思えるタイミングがたくさんあるのかなって、ライザーさんの実践を見てるとすごい思って。 それをしっかり設定して、場の設定とか、環境とか、子供らのそれぞれのレベルとか、それぞれのこういうふうな個別最適な話も含めて、そういうふうに設定していくのがすごい大事なのかなって。今日のあの、なんでしたっけ、円の中、トミーじゃないですか。 サークルジャンプみたいな。 ヤンヤン 体育なんか、如実に人から見られてしまうような場面が多いじゃないですか。やっぱ体を動かしてるので。ってなった時に、子供たちってやっぱり一つのこれを完成を目指す、これが今できなきゃいけないっていう縛りが多分結構、メンタル的に負荷が高い子もいて、やっぱりどうせ私はみたいな。 ヤンヤン いろんな出来るがあっていいし、俺は結構そもそもなんですけど、低学年中学年ぐらいだったら、みんなが本当に全員が取り組めるところをスタート地点に絶対するんですよ。そうじゃないと人と比較しちゃって、しかもできないことをスタート地点に置かれるってしんどくないですか。 ヤンヤン だいたいイメージ湧いてるんですよ。これはちょっと自分には難しそうみたいな。それをちゃんとまず全員がやれる土台に乗せた上で、じゃあ得意な子はどんどんいけばいいし、苦手な子は自分のペースで進めればいいし、同校にも成長できるんですよね。やれば。やらないとやっぱり何も生まれないから。 ヤンヤン やってみようを生み出すために何が必要かって言ったら、多分そういう環境設定だったりとか、他者と比較されないような構造作りだとかっていうところからスタートしていく。やっぱりやったらその隣のできたがあるように、僕は絶対できたができるように設計するので、楽しいんですよね。 ヤンヤン そうですね。できたらね。 ヤンヤン だから、藤井くんサッカー好きだからだと思うけど、やっぱりドリブルうまい子はドリブルの楽しさを知ってるんですよ。パスが上手な子はパスの楽しさを知ってるんですよね。 藤井 うん。分かります。 ヤンヤン だから、できることが増えていけば増えていくほど、楽しさの幅広がっていくんですよ。 藤井 はいはい。 ヤンヤン だから、苦手な子もそれは一緒で、最初はちょっとしか、とりあえずやってみることしかできないけど、やってみた結果、ちょっとできたっていう感覚がある、フィードバックもらって、じゃあもっとやってみようかな、もう一回やってみようかなって繰り返す。繰り返す中で、それが当たり前になったら、もっとちょっと違うことに挑戦してみようって思えるみたいになっていく。こういうサイクルを僕は授業の中で回してますね。回るように設計してますね。 藤井 いや、もう全て納得というか、その通りやなっていうのばっかりで、やっぱり国語もそうですけども、詩を読める子の中でも、これまで小説とか、そういう風な自分が好きな、ラノベでもなんでもいいんですけど、そういうのを多く読んできた子たちは、やっぱりいろんな作者のを読んできてる子なら、 なおさらそれぞれの作者、筆者がどういうふうなことを言いたいのか。同じような表現でも、ここでこういうふうな表現をするときはこういうふうな意図があるんだろうみたいなのを、やっぱり自然と考えられるようになっていて、なんで考えられるようになってんのかっていうと、そういうふうに考えられる力を身につけて読まないと。読んでるうちに身につけないと、読んでる自分が面白く読めないからみたいなね。っていうところがすごくあって。 で、それを自然とやっぱり昔から言う、本読みましょうっていうのがまさにそこにつながるなと思うんですけど、本読んできた子ほど、詩であったり、もちろん物語もそうですけど、行間を読むとか、情景描写にちゃんと引っかかって、ここはこういうふうな表現がしたいんだろうな、みたいな予想が立てられるみたいな。 そこに、なるほどな、この人すごいな、この人上手いなって思えるその喜び楽しさがあるみたいなのは、まさに今言ってた能力レベルによって楽しが違うっていう。そこにつながるなとは。 そう考えると、能力って、さっき言ってあったパスとかの技能と、そもそもの知能レベルというか、いろんなことを含めた。そこにすごく影響を受けるなと思うんですけど。 例えばめっちゃ賢い、シンプルに賢い子でも、運動能力が高い、身体能力高い子でも、もちろんサッカーやってなかったらサッカーの楽しさを知らないじゃないですか。 だからサッカーやってて、サッカーやってたらサッカー楽しいんやの次に、じゃあちょっとシュートの練習しようって言って、シュートやってきたら、シュートの練習楽しいんやってなって。 で、パスの練習してたらパス楽しいんや、こうやって回してたら相手騙せるんや、みたいなのとか。やっぱり一個一個やっていって楽しさに気付くみたいなのはあるけど、そもそもそれって楽しさに気付けるのって能力高いからだよねっていうのはあるんで。 楽しさに気付けるのは能力高い子だけじゃなくて、能力が低い子でも楽しさに気付けるような仕掛けを体育では考えてるっていうのが話の流れですよね。 そうですね。だから例えばですけど、楽しさも別に技能の高い子だけが楽しめるわけではなく、逆に言うと技能の高い子はその前におけあった楽しさがもう楽しくなくなってるんですよ。 だから楽しさの幅は広がってるけど、一部の楽しさはなくなってるんですよ。でもそれが当たり前になってるから。だからどの子にも等しく楽しさは実はあって、たぶん苦手な子とか今まで経験してない子はその子たちが通ってきてるかもしれないけど、技能の高い子はその子の楽しさの余白はいっぱいあるんですよ。 だからこそ、まずはやってみることとか、あとは少しずつでも成功体験を積んでいくと、自分で決めたいとか、自分で選びたいって気持ちになるんですよね。そこに僕は授業のポイントも置いていて、子供がそういうふうになってきたときに、自分でこれをやってみたいとか、このレベルに挑戦してみたいとか、 そういうスモールステップと自己決定、自己選択できる余白をちゃんと残した上で授業設計するし、子供たちにも手渡すので、特に三次の後半では。そうすると本当に苦手な子たちも自分で選んで自分で挑戦するんですよ。でもそこまでちゃんと成功体験を積んでるから、やることとか挑戦すること自体にも結構おじけつかずに取り組めるというか。 僕は見てくるし。だから僕はそうやっていて。 国語の中での、それぞれのレベルに応じて等しく楽しさがあるって言ったら、一番最初の基礎的なできたの段階の楽しさみたいなのって、 漢字書けたとか文法わかったとか読解問題正解できたみたいな。音楽で言ったら音出たみたいな。そのレベルかなと思うんですけど、そこって多分国語ってまだその頃にとっては正解のある教科として楽しいんだと思うんですよね。 これ算数とかとも一緒だと思うし。でもその次の楽しさの段階がかなり国語の場合ハードル高いなっていうのは正直感じていて。だから段階に上っていくとすればね。 能力高い子っていうのが、国語の場合は基本的に扱うのはもちろん日本語やから、ある程度みんながわかってる、もともとできる状態からスタートするから、そこまで日本語運用能力みたいなもので言うとそんなにレベルの差があるわけではもちろんない状態で、 次のそのレベルの楽しさみたいなのが、例えば読んでる文章が何を言いたいのかだけじゃなくて、どういう意図があってその裏に何があるのかまで見えるようになることとか、金融の効果とかね、そういうふうなよく目当ての中に出てくるようなのがあるじゃないですか。 ああいうふうな作者の意図とか、文章構造の美しさみたいなのに気づくこと。国語が正解のある教科だけじゃなくて、読み解く教科なんだっていう楽しさを見つけられるまでに、かなりのハードルがあるなっていうのは、正直授業やってると感じてて。 だから、できた、読めた、わかったっていう繰り返しはもちろん、国語の中でも、前一回ファンキャン文法でいけるやんみたいなの言ってくれなかったじゃないですか。 なんかエクスポストリポストとかしてもらったらすごい覚えてるんですけど、まさに僕は今文法やってるんで、文法に関しては本当おっしゃるとおりかなって、全部。 で、それを物語とか説明文とか、要はそういう読み解く方に置いていくと、その次の楽しさっていうところ、要は国語にのめり込める、答えれたとか正解した、その先にあるものっていうのに、どれだけ気づかせられるかが今ポイントやなっていうのをすごく思いました。 いやーそうですね。確かに特に中学校だとまたすごい差もありそうですしね。今まで読んできた本とか文章によってね。 やっぱりそれって、身体表現としての体育で、なんでしょう言ったら、未知の領域じゃないですけど、やったことがない動きとか、やったことのない競技とか、今までできないと思ってたものみたいなのが、目に見えてできる子がいるじゃないですか。 いますね。 例えば、後ろ回りとか、マット運動の好転化とか、したことなかったけども、やってる子が目の前にいて、綺麗にやってる子がいて、自分前転はできるけど好転なんかできると思ってなかったけど、やったらちょっとできて面白かったっていうのってあるじゃないですか。 それって目の前にできる子が見える化されているから、すごく騒動できて、よしやってみようの入り口になりうるんやと思うんですけど、 スクボって、呼んでんの楽しいとか、これわかってすげえ、わかるこの楽しさっていうその熱が目の前で語られてても、あんまり響かないことが多いんですよね。 その入り口に気づかせてあげられるのが、やっぱり教師としても腕の見せ所やなって思います。すごく。 そうですね。多分、同じ楽しさを共有するっていうところが多分国語の場合は難しくて、読んできて感じたものって、結局全てを言語化できるわけではないと思うんですよね。 ってなった時に、さらにもっと言うと、言語化されたものもそれぞれ解釈できるとか理解できるのは人それぞれだから、やっぱりそこって結構僕の中でも今聞いてて難しいなと思いましたね。 そうですね。でもやっぱり、国語の中で言うとファンキャンの意味合いがまた変わってくるだけであって、結局楽しくてできるが、国語の中でもずっとグルグルしていないと、 自分が、国語って結局中1から中3までほぼ同じことずっとやってるので、何ができるようになったのかっていうのが一番言語化しにくいと思うんですよね。子供らも。 国語の授業を受けて何ができるようになりましたかって言っても、具体的に答えられへんみたいな。 足が速くなりましたとか、飛び箱が5段しか飛べなかったのか、10段飛べるようになりましたみたいな、そういう目に見えるものがないからこそ、 やっぱりそこを具体化していくことに、本物語を読むのって楽しいなと思いましたとか、 詩を読んでいて、自分ならこうだっていうふうに想像することが、自分の世界が広がる感じがして楽しかったですみたいなね。 それを言えるようになるには、できた、わかったのキャンの中に、言語化できたが国語の中ではめちゃくちゃ重要だと思うので、 僕がこだわってるところはそこなんですけど、言語化できることっていうのに本当にウェイトを置かないと、 何かできるようになった、本当にその子の能力が上がってたとしても、できたこととかできるようになったことが、言語化できへんくて誰にも触らんみたいな。 そうですね。小学校、僕別に国語専門じゃないですけど、読むだけじゃなくて、読む、書く、話す、聞くみたいなのあるじゃないですか。 なんか書くっていうのは、例えば読んで書くパターンもあるじゃないですか。さっき言ったこの物語を読んで、自分が思ったことを言語化する、書くみたいなところもあるし、 普通にね、書くっていう領域もあるし、なんかその書くでのファンキャンペーンできないのかなーって今ちょっと思ったんですけど、 書くことって、僕素人意見でごめんなさいね。書くことってすごく書かれた言葉って見える化されるじゃないですか。 それは一つですよ。本当僕の勝手なあれで言うので、ちょっとあれかもしれないですけど、例えばですけど、スモールステップのいろんな軸があって、 30文字かけるより50文字かけてる方がかけてるわけですよね。数値的なものを言うと。 で、量だけかけたら、かけた、かけてるじゃんって僕はフィードバックすると思うんですよ。で、そこに例えばだけど、じゃあ提案的なフィードバック、ここを具体的に自分の気持ちを入れてごらんって言ったら、その気持ちがかけたらフィードバックできますよね。 だからなんか少しスキルの面で、スモールステップでできることが見える化してフィードバックしてあげて、僕の中ではそれはスキルを高める一方で、 僕はその書くことに対するマインド、メンタル面を高めていって、何かちょっと自分で表現してみたいなって思ったときに、何か物語でも何でも自分の表現できる幅が広がっていけば、 少しはもっと読みたいとか、もっと書きたいとかってなるんじゃないかなっていうのは勝手に思っていて、 それは中学校段階でももし難しいんだったら、やっぱり小学校段階で僕はやっていきたいなとは今は思ってはいるんですけど。 今のはすごくたぶんめっちゃ深くっている話かなって思うんですけど、ファンキャンサイクルの観点から言ったら、学を中心に授業を教えるのが一番だと思います、やっぱり。 今の言ってあった、読むって頭の中で起こることだし、理解していたとしても本人も教師もそれを客観的には確認しにくいから、見えにくいし、 話す聞くの部分で言ってもその場で消えちゃうから、どうしてもやっぱり書くの方がその思考の軌跡が残るのでいいと思うんですよね。 そこにできた感というのができると思うので、そう考えると今言ってあったみたいに、書けるようになれば頭の中で起こっている読むっていう活動も言語化できるようになるし、人に伝えられるようになるし、 書くことができれば、それを読み上げれば話すことができるので、そう考えると今のサイクルの中心に置くことを考えたら、 書くの中ではファンキャンのサイクルを回し続けるのが一番いい道だなと思います。 やっぱり形できる楽しさが一番最初に分かって、その次に意味が伝わる楽しさがその次の段階で来るとして、最終的にはそこから先言ってあったみたいに、物語を作るまでじゃないですけども、 書くっていうことが伝達の成功手段として理解できれば、友達からめっちゃわかりやすいやんとか先生からいい表現やねって言われたらやっぱり自分の言葉が世界に届いた実感っていうのを得られると思うので、 そこから書くっていうのが会話する実感に多分変わってくると思うので、そうなった時にその自己表現っていうのを超えて自分の考えを構築していくような営みになってくると思うので、 そうなったらもう世界観を作っていくみたいな想像的なこの作り上げる方の想像の方の没頭していく、その想像的没頭みたいになってくるのかなと思うので、 今自分の頭の中ですごいスッキリしました。そこのペース持ってったら、まさにやなと思いましたね。 なんか今聞いてて僕もすごく思い浮かんだのが、ファンキャンタイプって、スモールステップ予約フィードバックってあるんですけど、 やっぱり子供たちを背中押してあげるとか、エンジンになるのが実はフィードバックなんですよね。フィードバックって、そこに何かがないとフィードバックできないわけですよ。 もちろん自分が受け取る、自分がやったことを自分で受け取るフィードバックもあるんですけど、基本的にそれって結構曖昧だったり自信がない子は自分で自分のことを認めてあげられない。 だからこそ僕は教師とか友達とかのフィードバックがすごく有効だと思うんですよね。そこに見えるものがあるから。 もちろんタイプでも、そもそもやっていること自体、取り組んでいること自体を僕は肯定するし、その肯定した結果に対してフィードバックするしっていうことなんですけど、 例えば書くんだったら、書いてる要請、まず書こうとしているそもそもの行為をフィードバックできるし、書いたものに対しては何かしら言えるじゃないですか。 その子が苦手であればあるほど、多分やっていることは肯定できるし、ちょっとでも伸びたらその変化を見取ってフィードバックできると思うんですよね。 僕が思っているのは、ファンキャンのキャンはやっぱりね、自分ができていることを認知して初めてキャンなんですよね。 だからその認知をするための、やっぱりフィードバックが重要で、それは最初は他社から与えられるフィードバックが一番武器になるんですけど、 だんだん自信がついていくと、自分で自分のことを認められるようになって、フィードバックの本数がどんどん増えていくんですよ。 では分厚くなっていく。最終的には自分で自分を認めて、自分で次これやってみようっていくのが、僕は自立だと思っているので。 そういう意味で言うと、さっき言った、書くっていうのをスモールステップで自信をつけて、そこから広げていくっていうのは本当に僕も一つありだなって思ってます。国語において。 いやー、やっぱりそう考えると、一つの教科でやっているよりも、こういうふうに複数教科でまたいで同じ観点で同じようなストーリーを持って伝えられるってすごい大事ですね。 やっぱりそういうのを考えるとファンキャンタイクっていう、前のXの中で話題になったネーミングの話もありますけど、ファンキャンタイクっていうネーミングを持って汎用性を作るってすごい大事だなって思います。 めちゃくちゃ大事だなって思いますね、僕改めて。 書くってすげー余白ありますよね。 あります。 書くことって自己決定だし、自己選択じゃないですか。しかも、僕の中では書くって制限ないと思っていて、文字数とか何字以内とかあるかもしれないけど、その表現って自分で学んで取ってこれるじゃないですか。感情とか、なんでもいいんですけど。 さわやかな気持ちを清々しいと言ったりとか、いろんな表現方法があるじゃないですか。それを自分が一番好んだものを最初は選べばいいんですよ。 だんだんここにはこれがいいかもなとかっていう試行錯誤をしていったりしていく。ちゃんとそれはやっぱり教師がフィードバックしてあげる。 聞いてあげるとか、友達としてなんでこんな表現を使ったんとか、それはこうねって言って、ちょっと理由でも喋ったら、なんかまたね、さっき言った話すにもつながっていくしみたいな、本当に自分で今日喋ってて書くアリだなって思いました。小学校も書くからサンキューアサイクル回して広げていくみたいな。 めちゃくちゃ僕の中でも今なんかスッと落ちてるのと、最近その自己調整とか、今言ってあったみたいな、自分ができることをわかっているとか、僕もわからないことを分かろうとか、そういうメタ認知の話って結構、認知心理学的な話は結構していくんですけど、子供らにも中学生なんで、はっきり言ってわかるので。 そう考えていくと、今の中で外科の分文でいくと、やっぱりその生徒がなんとなくわかっていることとかをノートに図で書いていったりとかしていって、その中で言うたら言葉もそうですけども、表現全部、相手に伝えるための表現としてのことをすべてを国語の中で養っていくと考えると、なんとなくわかっていることをいろんな図に表して書いたりだとか、 自分の考えを友達に説明するときの言葉としてどういう言葉が適切かみたいなのをどんどん書いていって、やっぱりそこにフィードバックプラス成功体験で、今言うキャンの方ですよね、成功体験で子供らにちゃんと相手に伝わったっていう、そこの体験があって、今のその流れが完成するんだろうなと思うので、 今のその、ちょっと今、すごい授業がしたいですね。書くをサイクル回していって、それをベースに自分のアウトプットをどんどんどんどんしていって、語彙力増えて、自分のこともわかって、みたいな。いいですね。 これ、僕、成功体験の話でちょっと話したいのが、成功体験でもいろいろ子供たちが失敗できる環境とか、失敗させるのが大事とかっていう、今よく言われるんですか、結構擦られ続けてきたこのあれですけど、僕はマジで思ってるのが、成功体験ない状態で絶対失敗させるなって思ってるんですよ。 成功体験がない中、積み重なってない中で、安易に失敗させない方がいいと思ってます。 だって失敗した時に立ち上がれる人って、次は絶対成功させられるって思ってる人なんですよ、基本は。 過去にそういう失敗しても、成功して取り返してきた過去があるからなんですよ。だから僕は、過去がない土台に成功体験がない中で失敗させるリスクって高くないですかって、だったら全員がまず、例えばですけどさっき書くんだったら、書いたものを伝えるだけで成功だと思う。 伝えられたらOK、伝えて聞いたらチェックをもらうみたいな、分かんないけど、ちゃんと聞いた成功体験の印をちゃんともらうみたいな。そこからスタートして、じゃあ今みんなは伝えることができたねっていう、これを積み重ねていった次の一歩ぐらいで、じゃあここに対して相手から何かこう、もう一歩フィードバックをもらおうみたいなスモールステップで次は良かったところと、じゃあここ一個ずつとか分かんないですけど、 やっぱりそういうところもスモールステップで僕は失敗しても立ち上がれるような僕はメンタリティーを、まずは最初は一緒に作ってあげることが必要で、まあそれが何だろう、やっていけば、僕子供たちの様子を見てて、すごい成功体験積んだら、半減の後半とか自分めっちゃ失敗するんですよ。 めっちゃ失敗するんですよ。でもその失敗がすごい豊かで、それは僕がずっと言ってるんですけど、なぜ失敗するかって、成功すると思ってるからできないことに挑戦する結果が今失敗してるだけなんですよ。それ笑顔でやってるんですよ。めちゃくちゃいいなと思っていて、できること、もうそこまで成功体験積んでるんだから、できることをただやってればいいのに、そうではなくて、今自分ができないもうちょっとのところにみんなが挑戦して笑ってる。 絶対成功できるからもっとやるぞみたいな感じで。こういう姿を僕が事業の中で作っていきたいですね。 いやーめっちゃいいな。それでも、別に非発るわけでもなんでもなく、中学校ではおっしゃられてたような、中学校に来て、成功体験どころか失敗体験山ほど重ねてきた子が来ることが多いなって思うんですよ。 ああ、小学校でね。 それを小学校で、もちろんね、なすじつけとかそういう意味じゃないですけども、小学校でそれがどれだけできてるかっていうのが、中学校での1年生の一番最初の自信にはもちろんつながるでしょうし、根本として全然取り組み方が変わってくるんやろうなっていうのはすごい、今自分が持ってるクラス見てても思うので。 あら、最近なんかすごい電波が悪いんですよ。今どこまで聞こえてましたか?聞こえてますか?今。 いや、根本としてまで聞こえます。 だから、小学校でそういうことを意識してやられてる先生が多ければ多いほどもちろんいいでしょうし、中学校に来て自信をなくした状態で来てる子たちがおるっていうことも認識した上で、じゃあその失敗した経験を取り戻させるためにはどうするかみたいなのもやっぱり中学校では考えていかなあかんなって今聞いてて思いました。 いや、めっちゃそうですね。というか僕としては、それは難しいかもしれないですけど、やっぱり子供がどうせ俺なんてとかやってみるすらも選ばない状況で中学校に送り出してはいけないと思ってるんですね。普通に。 だから、それはね、小学校の先生も善家だから善許が無理だとは思っているけど、僕は、例えばですけど、自分の得意な教科、体育は絶対そういう状況を好きにする。 その転移っていうところが難しいのは大前提だけど、小学校の先生はみんなが自分の得意な教科ぐらいはちゃんと、しっかり成功体験進めるような探検デザインとか年間デザインをちゃんとして、この教科は楽しかった、だからなんか頑張ろうって思える状況を作っていかないとダメだなと思っていて。 そうですね。やっぱり小学校の先生、すごいですもんね。全部の教科やって、自分の知らん教科研究してっていうところからスタートするのは。そこまでを求めるのはと思いつつ、やっぱり国語はそれが強いかな。 やっぱり国語苦手ですって、中学校入ってきた速攻の1年生が7割強く答える学年とかもいるので。 いや、手だったらですよ。手だったらですけど、もう40分喋ってますけど、手だったら、僕だったら、さっき言ったように、書くことは楽しいで、中学校送りたいですね。 そこですね。 表現することは楽しいと。自分の気持ちを書くとか、読んだ感想を書くとか、それは楽しいって、自分で考えて言葉を書いていくことの楽しさぐらいは、せめて。そうするとちょっと違いません?書ける子がくればまた。 だからね、結局僕も振り返りの実践の中で、いつもの話で言ってるのが、とにかく長ければ長いほどいいっていうのは、時数制限とか何文字以上とかももちろん大事やけども、長ければ長いほどいいっていうのと、具体的にふわふわした言葉じゃなくて、具体的に相手に伝わるように書きましょうみたいなのをずっと言ってるんですけど、 本当に作文をする機会って多いようで全然ないし、毎回同じ視点で書ける作文って本当にないんですよね。学校生活の中で。それが唯一できるのが振り返りだと思ってるの。振り返りって本当に毎回同じ視点で振り返るじゃないですか。 もちろんその目当てによったり単元によって違うけども、結局は自分の今日の学びは何かっていうのと目当てを達成できたかみたいなベースは一緒やから、同じ観点で同じところに同じように書き続けられる作文って振り返りだけやと思うんですよ。 授業の中で言うと。だからこそ小学校からもちろんそうですし中学校でもそうですけど、振り返りにもっともっともっと勝ち抜けてほしいし、子供らにも振り返りが大事なんだ振り返りをかければあとは全部書けるようになるんだっていうのを本当にすごくいろんなところで言ってもらいたいなって自分も言っていきたいなって温めて思いますね。書くができるみたいな。 僕のクラス2年生です。小学校2年生ですけど、毎日生活ケテブレっていう、くず原翔太がやってるやつをアレンジしたやつを毎日やっててめちゃくちゃ書けるようになってきましたよ。 いやもう素晴らしい。2年生でそれは。本当に素晴らしい。 毎回僕が言ってるのは、具体的に書こうって。今日は国語を頑張るじゃなくて、国語の漢字を頑張る。さらにいける子は国語の漢字を丁寧に書きたいとか。そういうように何をどのように頑張るかみたいなのをまず計画に書かせるんですよ。 あとはプラスマイナス矢印で振り返るんですけど、僕が言ってるのは、なぜならとかだからとか特にって言葉を入れなさいと。なぜならだったら理由を書くよねって。だからしたらその次の例えば自分の気持ちとかだから嬉しかったとか。特にだったらよりさらにその中の具体的なことを書けるように。めっちゃ言ってて、だいぶ書けるようになってきました。2年生ですけど。 いやー、でもそう、本当にその具体的に書こうっていうのが文字数を増やす一番の手立てやし、子供たちが自分でやれる文章を伸ばす、シンプルに文章量を伸ばす方法の一番だと思うので、具体的にっていうのであれば自分がやってることを考えてることを言語化するだけやから、一回言語化できたらそれがストックになりやすいと思うんですよね。まさに振り返りの中では。 だから今みたいにテンプレ化して、テンプレだけじゃないと思うんですけど、テンプレ化して、ここにこういうのを埋めていきましょうからスタートして、じゃあ次はそこに対して骨組み、それが骨組みになってどんどん肉付けしていって、そうなってきたら次は説明文で一回否定してから、こういう場合もあると思います。マイナス部分を提示して、でもこういうふうにねっていうような論理の展開みたいなのを学んでいってっていう、 その説明文構造とかその文章構造の学習と相まってきて自分の振り返りがアップデートされていくみたいなのが小学校こそまさに子供なんか実現できる出来方だと思うんですよ。 いやまさにね、僕それやってるこう、僕はプラントリフレクションか、DRC取ってるんですけど、それ書いたものがもうね体育の振り返りめちゃくちゃ生きるんですよ。 例えば体育はこの場があって、この場で何をやるか決める。実際に僕は動画撮らせてるんで、動画を見た結果これが良かったっていうのを、それまでに知識として、例えば着地は両足が揃うとか膝が曲がる方がいいとか、踏切は勢いがある方がいいとかっていうのをちゃんとみんなで獲得してきてるから、その言葉を使うんですよね。 それを使って、じゃあ次はどうするかって。だからね、僕振り返り毎日書かせてることが実は体育にもめちゃくちゃ繋がっていて、本当に2年生でここまで書けんのとめっちゃ言われるぐらいまでになってきたんで、やっぱ継続は大事だなと思いますし。 めっちゃいい。 そうっすね。 そうですね。やっぱりその一歩をちゃんとやって継続していくことで本当に変わると思うので。 うんうんうん。やっぱりそういうふうに言語化していくっていうこととできたが楽しいに繋がって、それが繰り返されるっていうのが今国語の中でもはっきり見えたんで、言うてたファンキャン国語の話がやっと繋がりました。こういうふうになるんかっていう。 ありがとうございます。 ずっと聞いてたじゃないですか。僕もファンキャンタイプの話はもちろんそうですし、国語との接続みたいなところもちょこちょこお話ししてたと思うんですけど、結局具体的に自分自身がやってない、今できる環境じゃないっていうのはもちろんそうなんですけど、 実践もできへんかったからもやもやしてたんですけど、今の核を中心に据えて振り返りと一緒に考えていくのは王道やし、絶対しなあかんことやし、自分もしたいなってすごく思いました。小学校の先生だと特に自分はしたいなって思いますね。 なんかやっぱり評価を超えられるじゃないですか。僕は。体育でも、僕学校でも書くことを一時期別にあんま重きを置いてなかった時期があるんですよ。学習数とか、それより体育体を動かしてなんぼでしょうって思ったんですけど。 でも自分のファンキャンサイクルを回すための、子どもたちが圧倒的な回転数を高められる構造を作れるようになった時に、核がさらに分かる、できると分かる、こう繋ぐ知識と技能が接続させられるし、その知識分かるからできる、できるから分かるみたいなサイクルを回せるようになった時に、またファンキャンサイクルのブーストがかかったなって思っていて。 ああ、なるほどね。 だからそれはすごく僕も言語化の大事さをここ、本当最近意識してますね。 いやー、いいですね。 そういうふうに結局、僕の中では自分のお年の子としては言語化することの力とか、書くことの力って、強化を超えて汎用的な力やし、何より自分の気持ちを相手に伝えるとか、自分の考えをアウトプットしていくっていうのに、生きるレベルとして、生活レベルとして、人間レベルとして本当に使っていく能力が、 いやー、やっぱ大事にして国語化で育てていきたいなって改めて思いました。 いや、おっしゃる通りです。僕も。書くことでね、メタ認知もね、されますしね。 うん、うん、うん、うん。 いやー、ちょっと、ありがとうございましたね。46分ですよ、もう。 ありがとうございます。もう時間的には50分ですね。 いやー、ちょっとやっぱりあれですね、こう、なんかそういうふうに、実践されている内容を改めて聞いて、自分の内容、強化と絡めていくっていうの、自分にとっても新鮮ですし、やっぱり本当にごめんなさい、何回も言うんですけど、そうやって名前があって、ケテブレも一緒だと思うんですけどね、汎用的にどんどんなっていくなってすごい思うので、 いや、本当に、もうなんか、もっと、もっとこう、今みたいな考え方、そのファンキャンタイクっていうのが実践じゃなくて、メソッド、言い方なんかで、ちょっとあれですけど、うーん、マインドセット的になっていくぐらいに、なんかもっとみんなが広まればいいなってすごく思いました、今。 ありがとうございます。気持ち悪いと言われても発信し続けます。 おもろい。いや、名前つけるのって、名前つけるのって本当に大事だなって思います。いろんなところで思いますけど、本当に大事。 いや、僕でもね、別にあの時、すごい気持ち悪いと言われてるって思ったけど、ファンとキャンって楽しいとできるじゃないですか、でもこんな当たり前のことを言ってるって言われてるけど、当たり前のことをできてない授業ってめっちゃあるんじゃないのって逆に思ってるんですよね。 世の中で体育授業がファンとキャンで楽しいとできるか、世の中の体育授業があふれていたら、多分僕こんなこと言ってないと思うんですよね。 間違いない。 だからできてない事実があるから、じゃあ自分はこのファンとキャンを両立させるよっていう、自分の意思表明でもあるんですよね。自分の授業を作る上でも。 まあ、なんでそんな感じで、今後も発信していこうと思ってます。 いや、そうですよね。だってファンとキャンっていう単語を使ってるだけで気持ち悪いって。ファンですよ、キャンですよって。楽しくてできるですよって。 たぶんそれを言ってる方はもう楽しい授業を作りたいし、できる授業を作りたいって思ってるじゃないですか。 たぶん違うところで言われてる。 ということで今日はありがとうございます。 ありがとうございました。こちらこそやっと実現。 すいません、お互いのチャンネルでっていうのを一番最初言ってましたけども、僕の方にやってしまったので、また聞かせてください。 ありがとうございます。 じゃあ今日はライザーさんに来ていただきました。改めてありがとうございました。 ありがとうございました。皆さんお休みなさい。 もっと見る📕言葉を整える、思考の時間藤井 海|思考と言葉を整える国語教師00:231.チャプター 202:082.チャプター 349:473.らいざさんに聞く!「FunとCan」 の話コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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#377 金木犀の香り漂わせるコメント返し(無臭) 18分・10月25日・ 91再生AI目次AIと作文論争、指導の鍵は偏見とメディア情報の向き合い方中学生「言語化」授業の野心語彙力と実践、教育談義の深淵同僚S先生と語る「失敗」の価値
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