TOPトーク教師📕言葉を整える、思考の時間#135 おくのほそ道と国語教師が持つべき熱意を、ニヤニヤしながら話す会26:58 2025年11月16日 136再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次芭蕉が旅に出た究極の「推し活」「月日は百代の過客」に込めた思想執着を捨て「旅」を選んだ芭蕉の人生古典を現代へ繋ぐ国語教師の熱意国語教師に求められる「面白さ」の秘訣AI文字起こし(β版) # チャプター 2 こんばんは。 言葉整う国語の時間、パーソナリティの藤井海です。 この番組では、教室という枠を越えて、言葉を整えることで、思考や日常が少しずつ進んでいく、そんなひと時をお届けします。 授業のヒントから日々のコミュニケーション、そしてちょっとした哲学まで、言葉にまつわるあれこれを一緒に考えていきましょう。 チャンネルのフォローやいいねとも是非よろしくお願い致します。 # チャプター 3 さて、時系列が逆になってしまってますが、お昼に今日は生放送をして収録をしました。 そこでは単純に奥の細道をニヤニヤしながら喋るというのと、 国語教室として持っておきたい熱みたいなことをお話しさせてもらいました。 なかなか熱では込めたんですけども、公開収録というかね、そんな大したもんちゃうな。 やったので、チャプターは分けておりません。ゆっくり聞いてもらえたらなと思います。 さっき終わりましたエデュビジョンですね。 立命館大学の茨城キャンパスであったやつに参加してきて、 翔太さんのお話とか田代先生のお話を聞いてきました。 翔太先生の初めてお話しされるということで、 そのお話を聞いてきて、すごく自分の中でAIと教育というところだったんですけど、 腑に落ちたところと、今やっていることからさ、もうちょっと考えなあかんなというようなことであったり、 ここから先どう進むの、どう考えるのというようなところを、 視差に富んだお話はもちろんなんですけど、考えたところでした。 久しぶりに田村先生、田村さんとかともお会いできて、清水さんともお会いできたかな。 すごく久しぶりにお会いする方々とかいて、すごく楽しかったなというふうに思います。 学び大きい時間でした。 藤江津子さんと一緒にずっといたんですけど、本当にいい施設だなと思いました。 イオンが横にあるんですけども、市民に開放された公園というか広いところで、 壁のない大学って翔太さんも言ってありましたけども、そんなキャンパスの中でのイベントでした。 すごくいいところなので、たぶんフラッと来ることができるようで、図書館とかも開放されているみたいなので、 ぜひお近くの方とか行ける方は行ってみてはいいんじゃないでしょうか。 本編の方は全然話を言って変わって、奥の細道のお話です。では本編どうぞ。 # 2025年11月16日の生放送 リツメイカン大学の大阪府茨城のキャンパスに向かいます。 今日はエイティュービジョンというイベントに参加します。 イベントと言いますか、シンプルにお話を聞いていろんな人と関われるようなイベントがなかったので楽しみです。 言葉の話をまとめていく中で、前の研修の帰り道にもお話をしていました。 頭の中に湧いてきたことがたくさんあったので、その辺をお話ししながら行こうかなと思っています。 今日は日曜日なのでこのまま放送を始めます。 授業の話をしていきたいと思うのですが、奥の細道をご存知ですかね。 最近奥の細道の話を同僚の先生であったりだとか、前回の研修の時にもいろんな先生とお話をしています。 奥の細道を学ぶ最終章が奥の細道です。 前回は大きな株をニヤニヤしながら話してみたので、今日は奥の細道の話をしていきたいと思います。 奥の細道を覚えていますか。 奥の細道は基本的には旅しながら俳句を読んだのでしょうか。 基本的には奥の細道は最後の古典なので、古文の知識の基本的な古文の歴史的金遣いであったりだとか、古文単語の知識であったりだとか、 古典の世界に親しむというところから、最後に古典の中で松尾芭蕉が何を考えていたんだろうというか、これを奥の細道を最後に書いていくにあたってどういう風なことを思いながら旅をしていたんだろうとか、 そんなことを最後の課題にすることが多いんですけど、大きな株の時と違ってみなさん頭の中で想像することが難しいかもしれないので、その冒頭の部分からつなげていこうかなと思うんですけど、 その古典的な枕言葉なんですよね。月日は白帯の価格にして生きこうとしもまだ旅人なり。絶対覚えるじゃないですか。暗唱してその後の流れを覚えたことがある方はいらっしゃると思うんですけど、 芭蕉の世界観というのがそこに出てきているわけなんですけど、この月日は白帯の価格にして生きこうとしもまた旅人なりというのって、月日、要は時間ですよね。時間そのものが白帯の価格、白帯というのは百代という風に書きますけど、の過ぎていく百と書いて価格なんですよね。 だから時間そのもの自体が旅をする存在だって言ってるわけなんですよね。面白いですよね。生きこうとしもまた旅人なり。ここも一緒です。生きかうやからね。生きかうとしもまた旅人である。だから止まっているものなんてどこにもなくて世界は流れ続けているんだっていうのをこの時から言っているわけですよね。 だからその流れの中でビッグウェーブに乗らないわけにはいかないよと。要はじっとしているのは不自然やっていう風に芭蕉はこの時から言っているわけです。アップルのあの人、誰?何パーやったかな?忘れてるけど、あの人よりも先に芭蕉が言ってたわけですよ。乗るしかないとビッグウェーブに。 芭蕉はそこでその流れっていうのを感じ取っていた中で決意するわけですよね。自分もその流れの側に立って生きようと。流れに乗って生きていきたいなという風に思った。その流れに乗って生きていきたいなと思っていた中で、船の上に生涯を浮かべ馬の口捕らえて追いを迎える者は日々旅にして旅を済みかとする。 船の上に生涯を浮かべ、そういう仕事ですよね。船頭さんですけどね、いわゆる。とか、馬の口捕らえて追いを迎える者。要は馬の口を捕らえる、馬の口引っ張るっていう、そういう風な馬をね、旅人というかお客さんを乗せていく。その人たちは日々旅にして旅を済みかとする。だから日々が旅で旅が済みかなんだ。 楽しくて彷徨ったというわけじゃなくて、そもそもその人たちっていうのは家という概念を無くしている。だからここに馬匠のその話もあるんですけども。馬匠って基本的にはそのね、俳句の話で言うと、わびさびとかそういう風なこととつながってくる日本の考え方とか日本人としてとか、日本のそういう精神的な概念みたいなものを作っていったわけですけども。 執着の放棄をそこで言うんですよね。だから松尾馬匠ってその精神的自由への選択をそこでみんなに説いていくわけなんですけども。だからそういう流れがあるんだからその流れに沿って生きようよ、流れる側に立って生きようよと。 だから今風に言ったら定住じゃなくて旅しながら生きていくっていう、そういう風なわけですけども。だからその当時言ったらかなり生き方としては、旅をしながら生きていくなんてなかったわけですから、かなりアップデートされた生き方だったというわけですけども。 そこでですよ。だから馬匠がなんで旅に出たのっていうところなんですけど、よくその馬匠はそれぞれのところで俳句を呼んでいって、最後に帰ってきて奥の細道というものを書いたんだという風な話でつなげていくわけですけども。 この奥の細道っていうところ自体が、僕いろんな先生と前に褒めてもらったというか言ってもらった先生がいてすごく嬉しかったんですって話したと思うんですけど、その先生といろいろ話をしていった中で本当にそうですよね、奥の細道ってこうですよねってなったのが、個人も多く旅にしするありってここで続けるんですけども。 要はここがポイントで、馬匠ってなんで旅したのっていうのを一言で言うと究極の押し勝つなんですよ。 もちろん中学校国語の先生、高校の国語の先生であったり、松尾馬匠が好きであったり奥の細道が好きな人っていうのは少なからずここ同じような感覚を持ってはるんじゃないのかなと思うんですけど、究極の押し勝つなんです。奥の細道の旅っていうのは。 押し勝つであって聖地巡礼なんですよ。僕は授業の話、授業の導入必ずこの話をします。 何がなんていうと、個人も多く旅にしするあり。この個人っていうのが亡くなった人のことを指す個人ではなくて、古い人と書いて個人なんですね。 この個人っていう古い人っていうのが要は昔の過人を指すわけですよ。歌の人ね、過人。だから馬匠が推しているんですよ。馬匠が好きで馬匠が憧れて今の俳句を作るにあたったその馬匠の推しである西行とか宗義っていう中国の過人ですよ。 その人たちっていうのが旅に生きて旅に死んだんだと。個人も多く旅にしするあり。だから馬匠はその足跡をたどってその同じ景色に立って同じ風を吸って同じ生き方に触れたかったんですよ。だから名所巡りをしているわけではないんです。 実際その西行とかが行ったところに行くわけですけども、そこで読むわけですけど、それはただの名所巡り、ここかそうかではないんですよ。本当にその場所に立って涙を流したり、その場所に立って昔ここで戦いがあって今はその戦いの後もなくなって草木が荒れ放題であるみたいなね。 そういうことも含めて名所巡りをしているんじゃなくて推しの生き方をその体で追体験する聖地巡礼をしているわけです。ここがねやっぱり子供たちによく伝えて熱意込めて言っているところでもあって。なのでこの奥の細道って中学校3年生の西行なんですけども、本当に中学生にとっては取っ付きやすいというか親しみやすいはずなんですよね。 これ推し勝つとか言うと、別に推しがいないからどうこうっていうわけじゃなくて、僕は例えばねサッカーしてたわけですけども、サッカーで言ったらバルサのカンプノーっていうバルセロナスペインのね、バルセロナっていうチームのホームスタジアムカンプノーっていうところが本当に世界一すごいと思っているので、僕は本当に人生で一回は行きたいんですよ。 あとはイングランドにあるあのウェンブリースタジアムとかね。そういうような各国の有名な場所に行きたいんですよ。それと一緒なんですよね。そう。だから結局そういう聖地巡礼というかね、推し勝つをしていたわけなんですけど、だからその場所の中でずっとこうなり続けていたんですよ。もう自分もあの人たちと同じように。 で、そこが漂白の重い山津っていう続きになるんですけど。漂白の重い山津、海浜にさすられて、梢の秋、高潮の葉奥に雲のフルスを払いてっていう風になるんですけども。この漂白の重い山津って漂白って風に誘われるように流れていくっていう話なんですけど、その思いが止まないっていう話なんですけど、ここって結局流れるように外に動いていくけど、根っこにあるのは自分の心の風やっていう話なんですよね。 ここら辺がね、本当にわかるわって絶対なるところなんですよ。この辺の古文を扱うにあたって、やっぱり現代の子どもたちとどういうシンパシーを生むのかっていうところは本当に考えないといけない。ただただ古典的な話で、もちろんね、当時のそういう風な時代背景であったりだとか、当時の世界観、当時の価値観っていうのはしっかりと理解しないといけないんですよ。 安易にそこを、お仕方です、これ聖地巡礼です、じゃあ同じようにしてみましょうみたいな、それをやってると薄いんですよ。そこが国語の本質って言われない場所、ゆえんで、やっぱり、バエだけであるとか、活動あって学びなしって言われちゃうんですよね、そういうことをしていると。 だからしっかり教材研究、教材じゃないですよね、そのものの研究はしてこないといけないんですよ、やっぱり。僕自身ももちろんね、専門家レベルではないですし、好きでやってるだけというほどでもないです。やっぱり教材分析、教材研究とか、その域を出ないんですけど、でもやっぱりそういう風な場所の話で言うと、 外発的じゃなくて内発的に旅だったんだとか、あとは最後に、高尚の葉奥に蜘蛛のフルスを払いてっていうね、この一文で言ったら自分は家を手放したということになるんですけど、 コゾの秋、高尚の葉奥に蜘蛛のフルスを払いて、最後にね、家を手放して人に譲るんですよ。でも、聖地巡礼するのに家手放さないじゃないですか。聖地巡礼するのに家手放さないんですけど。 ですけど、あ、飛鳥さんおはようございます。公開収録語りをしていました。で、家を手放すわけですけども、人に譲って、最後にね、草の戸もすみかわるよぞひなの家っていうわけですよ。草の戸っていうのは、そこの場所の家のことを指すわけです。 いおり、あんと書いていおりですけどね。その草の戸もすみかわるよぞ、よぞっていうのは大の話ですね。すみかわるんだ、ひなの家。だから、ちっちゃい子が来るんですよ、そこに。あ、もうちっちゃい子かわいいねってなって、すごいいい歌をね、置いとくねここにって言って立てかけていくわけですよ。 ね、それは、その、すみかわった次の家族がどうしたか知らないですよ、ぽいってしたかもしれませんけど、ね、やっぱりそうやって、自分の家を手放して、もう家帰ってくるつもりはないっていう究極の聖地巡礼をしていたわけなんですけどね。 だから、そうやって、えー、なるんですけど、えー、そんなにもう覚悟があったんだってやると浅いんですよ。覚悟があったんじゃないんですよ、これ。だから、覚悟があったはもちろんなんですけど、その手放すっていうのを失ったじゃなくて、これを始まりとするっていうような意味合いも込めて、そのね、場所がだから、旅を移動というふうにするんじゃなくて、今自分が生きていくことをここからリトライするっていうか、再スタートするみたいなことになってるわけです。 だから、新たな人生の始まりみたいなわけじゃないですけど、そこの辿っていくと自分は何か変わるかもしれないとか、そういうふうな話にここは繋がってくるんですよね。そう。だから、旅として生きるっていうのは推しを追いかけるんじゃなくて、推しのように生きるっていう、そっちの話なんですよ。 だから、旅に出たいんだ、旅に出たいんだって。漂白の思いやまずのところを、やっぱりどうしても旅に出たい思いが止まらずにっていうふうに訳すんですよ、みんなね、子供たちは。そりゃそうです。そのまま行けばそうなんですよ。ただ、旅に出たい思いが止まないんじゃなくて、漂白の思いっていうのは推しのように生きたい。推しのような価値観に近づきたいっていうね。そこなんですよ。 だから、旅として生きるっていう思想の実践自体が奥の細道であるという話です。これも奥の細道の中でよく俳句をそれぞれ選んで、その一つの俳句について調べてまとめようみたいな活動があるんですよ。いいんですよ。それ自体はいいんです。いいんですけど、その俳句もたくさんあるんですよ。 スラスラスラって出てきた俳句もあれば、何回か書き直してる俳句もあるんですね。その書き直した俳句っていうのが何で書き直されたっていうのも書かれてるんですよ。書かれてるんです。だからこそやっぱりその辺までしっかりと見てほしいし、子供たちはその奥の細道っていうものに込められた松尾芭蕉の思いを余すことなく感じ取ってほしい。 ここら辺がね、やっぱり国語の面白さやし、古典の面白さやし、中学生で触れるからこそ面白く感じられる部分だと思うんですよ。これね、やっぱり高校の古典探究とかそういうのはちょっと探究と言いますか、やっぱり高校の話になってくるとどうしても難しい内容が増えてくるんですよ。 もちろんね、高校で松尾芭蕉というか、奥の細道を扱う場合もあるんですけど、やっぱり文学作品として捉えるんですよ。ただ、どこまで深めていけるかっていうところは、やっぱり先生の熱量に左右されるところが本当に多いので、まあまあ指導書通りにいけばいいんですよ。 指導書通りだと、でも教科書に出てくるその俳句自体をそれぞれね、世界観、しっかりと価値観であったり、世界観に浸った上でそれぞれの俳句を吟味しましょうとかね、そういう風になってくるわけですけど、まあまあそれだけではやっぱりもったいないので、しっかりカリキュラマネジメントしていただいて、 お死に会いに行くだけじゃなくて、お死のように生きるっていうその芭蕉のね、最高のお死活のドキュメンタリーを読みながら、ああ面白いなとなりつつ、自分たちとのその共感する部分、今と通ずる部分と違う部分というのをしっかりと比較しつつ、で最終的に自分はどう思うのか。 芭蕉のように生きたいみたいにもなるかもしれませんし、お死活っていうものを昔のお死活と今のお死活と比較するような人も出てくるかもしれへんし、で自分の生き方ってどうなんだろうっていう風に自分を見つめ直す時間になるかもしれないし、そこが最終的な自分のアウトプットであって自分の考えですよね。 そういうところまでつなげていきたいなってやっぱり思う。芭蕉の旅っていうのが根本的にはお死を追っていく、災業を追うっていう旅、災業とか葬儀とかなんですけど、最後は芭蕉になるっていう旅なんですよ。この旅を終えたところで芭蕉になったわけです。松尾芭蕉になったわけです。 だから子供たちにも僕は必ず伝えるのが、この奥の細道の短言を終えた後に、あなたたちは古典を読んだ後のあなたたちになる。これで中学校3年間の集大成になるんだ、いうような話はよくします。そこまで熱意込めてやっぱり古文は伝えたいなという風に思ったりはします。 ということで、公開収録で熱意込めたところで誰もコメントはできないんですけど。どうですかね、奥の細道。皆さん読まれたことはあると思うし、やったやったっていう方はいらっしゃると思うんですけど、やっぱりね、古典ってなるとどうしても苦手だったんですってなるんですけど、 よく国語苦手でしたっていう人の中で2パターンは漢字の苦手さと作文が苦手でしたっていうのと古典が苦手でしたっていう、その3つ。説明文とかね、物語みたいなところはあんまりみんな苦手でしたって言わないんですよね。苦手も何もっていう漢字かもしれませんが。 だからやっぱりこういう面白く漢字とってもらいたいっていう先生の熱い思いが古典には欠かせないなと、改めて前回の研修のときに古典大好きな先生と一緒に喋っていて感じたところでした。 アスカさんありがとうございます。カイくんの熱い放送好きよ。本当に国語の面白さみたいなところを活動とか授業の中でも伝えていきたいし、そもそもの話としておもろいっていう話も伝えていきたいし。 ちょうどそのままエディベースの話、今日は翔太さんとお会いするので、昨日のエディベースTV、毎週土曜日あります。その中でも強みを伸ばす方法、書いておられてるかなっていうような話でね、2週連続で翔太さんとサルさんが、坂本さんが話しされてたんですけど。 その中で自分の強みっていうところをどういうふうに伸ばすのかをずっとそれを聞きながら考えていってた中で、巻き込む力とかね、そういうふうなお話が出てきたりしたんです。 その巻き込む力っていうのって、やっぱり翔太さんもその後に言ってたんですけど、サルさんかな?どっちだったかな?おもしろいサルさんや、坂本さんですね。おもしろい人でありたいと。おもしろくない人について言ってもおもしろくないみたいな話をされていて、本当それはそうだなと。 坂本さんも翔太さんもおもしろいんですよ、人として。まず尊敬するとかすごいなって思うとか、もろもろもちろんそういうのはひっくるめててですけども、そもそも人としておもしろいんですよ、あの人ら。話しとってもおもしろいし、話し聞いとってもおもしろいし、やってはることもおもろいんですよ。 ここはよくコミュニティの話で言うと、盲目になっているじゃないですけども、そんな話をされたりしますけども、そもそも自分がおもろいと思っている人だから、それはおもろいし続いていこうと思うわけですよ。 ってなったら、やっぱり僕自身も自分でね、おもしろい人でありたいと。これは絶対思っています。で、それは昨日の坂本さんの話でもありましたけど、大阪に住んでいるからこそっていうのもあります。おもしろいってかっこいいよりモテるんですよ。 これ大阪本当におもしろいんですけど、実感される方はたくさんいらっしゃると思うんですけどね。大阪って小学校からです。小学生から足が速い子と同じレベルでおもろい子がモテるんですよ。 で、足が速い子と同じレベルでおもしろい人がモテるし、おもしろい人とおもしろくて賢い人がめっちゃモテるんですよ。僕はこれを身をもって経験しているので、おもしろくありたいんです。 で、もちろんね、モテたいという話ではないんですけど、それは人からモテるって素敵なことじゃないですか。異性からモテる、もちろんそうですけども、同性からとか人からモテる、老若男女モテるってすごく大事じゃないですか。 で、モテるの語彙はモテ早されるですから。なので、僕は別にチヤホヤされたいとかモテ早されたいわけではないですけども、人からおもしろいなって思ってほしい。 ってなると、僕が一番大事にしている言葉の話とか国語の話、今のこのボイスの話ですよ。で、おもしろいなって思ってもらうことが一番。なので、ボケておもしろいとかネタでおもしろいとかそれもあるんですけど、やっぱり話がおもしろいって思ってもらえるようになりたいなと思うので。 改めての話ですけども、国語は先生がおもしろくてなんぼやし、先生が国語の授業にどれだけ引き付けられる話を持っているかどうかでやっぱり決まるなと思います。 本当にその語り口であったりだとか、伝え方ももちろんそうなんですけど内容も含めて、やっぱり国語をおもしろいと思ってくれる話ができる先生が前提かなと思います。 その前提の中で、じゃあどんな授業をするっていうことになってくると思うので、これは小学校、中学校、高校、大学、かかわらずおもしろい国語の先生っていうのに僕は憧れるし改めてなりたいなと話しながら思いました。 生放送なんで、そのままチャプターも変えずに喋ってるんで、ちょっと長くはなりましたが日曜日なんでいいでしょう。 このまま僕は今から立命館大学の茨城キャンパスに行って、書藤さんの話をAIと教育の話を聞きに行きたいなと思っております。 めちゃくちゃ遠回りをしてしまってね、今ちょっと妻娘子供たちを送っていた後に遠回りをしながらお話をしておりました。 はい、ということで放送は以上とさせていただきます。 また奥の細道についてもそうですけど、国語の熱い話について何かコメントいただければ嬉しいなと思います。 では放送はこれで終わります。お聞きいただきありがとうございました。 もっと見る📕言葉を整える、思考の時間藤井 海|思考と言葉を整える国語教師00:221.チャプター 202:002.チャプター 324:373.2025年11月16日の生放送コメント感想・質問・応援メッセージを書こう Etsuko Fujii2025年11月17日立命館大学は、ホンマに素敵なところでしたね!あんな環境の中で大学生活送りたかったな。正頭先生のお話は、また新たな学びになりましたね。職場としても素敵ですよね。マイデスクは欲しいけど。国語は、あんまりすきじゃなかったけど、古文や漢文は英訳とにてて、得意?やと思ってたけど、海くんの話を聞いたら、全然得意やなかったわ(笑)「奥の細道」暗記はしたけど、こんなにおもしろかったんや。海くんの授業受けたいな。海くんの生徒さん達は、幸せやね。私も、さらに!面白い先生目指します😊1返信 Happy。2025年11月17日国語、古典の先生のイメージはなんだか堅苦しいイメージというかそんな先生でした藤井先生だったらくいついて話しを聞いたやろなぁ〜😄1返信 Asu ka2025年11月16日やっぱり熱い🔥1返信 hiro@中学校保健体育教員2025年11月16日当時、こんな風に授業受けてたら、国語好きになってたかなぁ😅1返信
#384 学校現場で考えるべき「褒めのエビデンスって?」〜ドクターりんさんとコラボ放送! 52分・昨日・ 198再生AI目次教育現場のEBPが抱える課題経験則とエビデンスの正しい見極め方「褒め」の有効性を示す科学的根拠行動特定賞賛の効果的な実践方法自身の介入を検証する研究デザイン
#383 大阪ってやっぱオモロい〜たけちゃんさんとコラボ放送 33分・11月2日・ 149再生AI目次大阪プロガイドの裏側:深掘り観光術驚愕!木津川水門の壮大な開閉見学大阪市営?無料渡し船で体験する日常継承したい地域の歴史:八尾の桃畑秘話なぜ?大阪人の会話を紡ぐ「擦り込み」文化
#382 実はずっとネガティブに考えてました。ちょっとだけ話させて下さい。金曜日の公開授業の話〜 22分・11月1日・ 175再生AI目次クリエイト・ザ・ネクストイベントの舞台裏中学時代の「授業未見」への葛藤木村先生が語る授業の価値と転換点「藤井のメガネ」から普遍的理論への道筋他者の視点が拓く自己成長の可能性
#381 「もっと可愛くして」が伝わらない。娘とAIと言葉の話 15分・10月29日・ 166再生AI目次AI活用で娘の言葉に変化の兆し「もっと可愛く」AIに伝わらぬ言葉の壁「可愛い」を伝える言葉、娘の気づきとは言葉が伝わる喜び、AIと日常の共通点AIが引き出す子どもの創造性、親の役割
#380 にゅ〜ぶるさんと初コラボ放送!「AIと学校教育」についてエンジニアの方に聴いてみた👂 40分・10月28日・ 178再生AI目次エンジニア対談: AIと学校教育の可能性ボランティア活動「コーダー道場」の実践プログラミング初心者の壁と効果的指導AI教育: 思考力育成とアルゴリズム理解教師・生徒・AIが紡ぐ未来の学習対話
#379 初読の感想って何書けばいいん。に対して、なんと伝えますか? 19分・10月27日・ 234再生AI目次初読の感想「何を書く?」の壁「どこで難しい?」の問いかけ「わからん」が「問い」に変わる時筆者の言葉選びの真意とは?感じたことを言葉にするプロセス
#378 その質問、意見として届いてない?〜月曜日は言葉を整える 15分・10月26日・ 473再生AI目次質問と意見、どう区別する?対話での「聞く」力、3つの視点「質問」が相手に届かない理由とは言葉を届ける「枕言葉」の威力対話のすれ違いを防ぐ「型」の重要性
#377 金木犀の香り漂わせるコメント返し(無臭) 18分・10月25日・ 91再生AI目次AIと作文論争、指導の鍵は偏見とメディア情報の向き合い方中学生「言語化」授業の野心語彙力と実践、教育談義の深淵同僚S先生と語る「失敗」の価値
#376 説明したのに伝わらない。「知っている」の差を埋めるには 16分・10月24日・ 282再生AI目次「見える」の差が呼ぶ認識ギャップ「バリさん」から学ぶロゴ解読の鍵文章の真意を掴む知識の力とは「知っている」の差を埋める思考術相手に「届く」言葉を選ぶ視点
#375 Zangyo侍「まひろさん」と初対談!定時退勤したい人、必聴です! 36分・10月23日・ 171再生AI目次定時退勤の覚悟と秘訣上司の一言が変えたキャリア残業80時間が2時間へ!その秘訣定時で帰る人のチーム貢献発信継続の鍵、ネタ発掘術
国語は、あんまりすきじゃなかったけど、古文や漢文は英訳とにてて、得意?やと思ってたけど、海くんの話を聞いたら、全然得意やなかったわ(笑)
「奥の細道」暗記はしたけど、こんなにおもしろかったんや。海くんの授業受けたいな。海くんの生徒さん達は、幸せやね。
私も、さらに!面白い先生目指します😊
なんだか堅苦しいイメージというか
そんな先生でした
藤井先生だったら
くいついて話しを聞いたやろなぁ〜😄