TOPトーク教師📕言葉を整える、思考の時間#177 黒瀬直美先生とAI時代の国語授業についてお話ししました〜44:24 1月6日 247再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次国語教育におけるAIとの対話教員のAIリテラシーと子どもの未来AI活用を支える『言語能力』の核AIが紡ぐ『薄い言語の海』の実態生徒が夢中になるパフォーマンス課題AI文字起こし(β版) # チャプター 1 おはようございます。 言葉ととの国語の時間、パーソナリティの藤井海です。 この番組では、教室という枠を越えて、言葉を整えることで、日常や思考が少しずつ進んでいく、 そんなひと時をお届けしたいなと思っております。 チャンネルのフォローやいいね等もぜひよろしくお願いいたします。 ちょっとここ、こもってるかもしれません。ご了承ください。 # チャプター 2 さて本日はですね、先日の夜に黒瀬先生とコラボさせていただきました、対談させていただいた内容をアーカイブでお届けしようと思っております。 30分ちょっとぐらいお話しさせてもらいました。 1月10日土曜日にですね、大阪の大正学園高等学校にて行われるAI時代の国語授業ということで、 たくさんの先生方が来られるイベントを前から告知しておりましたが、そこで一緒に登壇させていただきます。 そのお話もさせてもらいながら、AIの話から授業どうするのとか、作文の話、いろいろ多岐に渡って話させてもらったんですけど、 止まらなかったので一旦ここでということで終わらせてもらっている、そんな放送になっているかなと思います。 ぜひアーカイブをお聞きいただけたらと思うのと、 今日の21時半からはNUBAさん、Xで投稿されておりますNUBAさんと一緒にお話をさせていただく予定となっておりますので、 こちらもぜひぜひお時間がありましたらお越しいただければなと思います。 では黒先生との対談をこの後お聞きいただけたらなと思います。よろしくお願いします。 # 黒瀬直美先生と国語対談vol.2 はい、ということで、改めまして皆さんこんばんは。 えっと、今日はですね、クロス先生と国語対談ということで、 実はこれボリューム2なんですが、あれ前回いつでしたっけ? 前回、ちょっと結構前になるかなと思うんですけど、 ですよね、あのズームで話させてもらって、 で、今度イベント一緒にさせていただくということで、 今回ちょっとゲストにお招きさせていただきました。 ということでクロス先生、ちょっと自己紹介軽くお伺いしてもよろしいですか? はい、広島の中高一貫校で国語を教えております。 クロスでナオミと言います。 私は盛んにSNSで発信しているので、 いろんなところで目にされた方も多いと思うんですけど、 メインはやっぱり中学校・高等学校の国語教育で、 特に大村浜先生の単元学習、 これを基盤にしてICTやAIを活用しながら、 生徒にどうやったら主体的に楽しく国語を勉強できるかな、 っていうのを一生懸命今研究しているところです。 どうぞよろしくお願いします。 よろしくお願いします。 もう本当に僕が大学からずっと大村浜先生の本を元にずっと学んできていて、 本当に先生がポッドキャストであったり、 いろいろまとめられておったりするサイトの資料とか、 ああいうのを見させてもらいながら、 すごくずっと勉強させていただいているところなんですけども、 リンクこれ見れてますかね、皆さん。 おそらく見れてると思うんですけど、 固定のところに載せております、 ロイロ社が主催で行う国語専門の小中高大の ロイロ認定ティーチャーと一緒に考える生成AI時代の国語授業というものが 1月10日のお昼から大阪の大正学園高等学校で行われるということで、 そこに僕と黒先生もご登壇されると。 そこに野中先生、原田先生、樋口彩香先生に中野先生と。 早々たる僕がここにいていいのかと。 私もここにいていいのかと。 いやいやいや、本当に早々たるメンバーで恐縮なんですけども。 僕はもう学ばせていただく気持ちで。 というところから今回のこの会を始めさせていただくということなんですけど。 ありがとうございます。 お便りどんどん。ありがとうございます。 肉球さんありがとうございます。 あすかさんもありがとうございます。 またアーカイブでぜひよろしくお願いします。 どうでしょう、黒先生、今度の1月10日のやつ。 僕ちょっと資料今作りながらなんですけども。 私ずっとAIに1年ぐらい使われてきて、 いろんなことを悩みながら、考えながら、疑問に持ちながら、 ずっと悶々としながら考えてきたこと。 どうやってこの生成AIと自分と、 それから授業と生徒と結びつけていくかっていうのを悩みに悩んで。 この間12月20日に私が主催している、 今日も明日も授業のオンライン交流会というのがあるんですけど。 そこで定義して、皆さんといろいろと情報交換したところ、 ある程度の自分がイメージしていくステップアップのガイドっていうのを作ったんですよ。 そこから道筋が見えていって、 こういうふうにステップ踏んでいけば何とかできそうだなっていうのが やっと自分なりに見つけられたので、 今そのステップガイドに従って自分を一生懸命勉強積んできているところですね。 めちゃくちゃ。そのステップガイドも言ったら、 AIと一緒にっていうところですもんね。 焦らないっていうタイトルつけてありましたね、確か。 そうですね。本当にそういう、 それこそ本当に1年以上前に一度Zoomでお話しさせていただいたときも、 僕はもう触り部分しかAI使ってなくて、 黒先生が本当に勉強しないといけないっていう話をされていたところから、 まさか一緒に登壇させていただくことになるとは思いもよらずなんですけど、 本当にありがたい。 ただそこからの先生の発揚度合いといいますか、 すごい右肩上がりがギュンってなってますね。 それそれ。結局言葉がいっぱい返ってくるから、 白くなってきたんだと思うんですよね。 最初は先生AIが出た頃はやっぱり言葉もあんまりパッとしなくて、 どっちかというと壊れたロボットが話してるような感じだったと思います。 まあここ1年ぐらい爆発的に進化遂げてて、 最近はもう完全にAIの性能にこっちの情報処理負けちゃってるなっていう感じで、 もう追いつかなくなってきた感があるんですけど、 こういうのを活用しながらやっていくのが次世代の生き方だと思うので、 まずは自分がしっかり勉強しないといけないと思って、 やり始めたら結構沼ったって感じですかね。 沼ったところからその沼を泳ぐ力が半端なさすぎて、 本当にすごいなと僕も見させてもらいながら勉強させてもらって、 前回もね今度のイベントのミーティングを、 僕はちょっと顔出しできずすいません。お聞きしているだけだったんですけど、 皆さんでそれこそ野中先生と黒先生がしゃべってあるあの会話が、 本当にもう続いていくのに精一杯。 いや、なかなか。 でも今回そういうふうに、僕たちの教員の働き方とか、 人としてみたいなところのアップデートみたいなのももちろんそうだとは思うんですけど、 今回特に国語教育においてはって言って、 サイトにも書かれてましたけど、どうですか、 広く国語教育としてAIとどう向き合うのかっていうことも、 多分今回の大テーマとしてありますし、 いざ国語授業でAIを教師が、もしくは生徒がどう使うのっていう話も多分、 あるかなと思うんですけど、 そのあたりって先生授業というか、そもそも国語に特化して言うと、 どんなところで使われてたりしますか。 多分いっぱい使われてるのは僕も存じている場合がいるんですけど。 まず言語を生成するっていう特徴がAIにはあるので、 新しい言葉の使い手としての第三者か第四者かわからないけど、 登場したわけですよ。 私たち教員と生徒と、それから今までずっと本を読んだりしてきた文章の書き手とか、 それと対話しながらやってきたと思うんですけど、 新たな第四者が出てきて、私たちの授業に入ってくれるわけで、 このAIが鋭いことを言ってみたり、 時にはハルシネーションと言って怪しいことを言ってみたりということで、 私たちはそれを判断しながら進んでいくっていう世界に入ってきたんですね。 こういうことをしっかりすると、 国語化ならではの言語を紡ぐAIっていうのを、 これからどのように向き合っていくかっていうのは、 しっかり考えていかないといけないというのが一つと、 じゃあどうやってやるかっていうことなんですけど、 そもそも相手をよく知らないとだめだし、 生徒に教える前に、まず先生がよく慣れておかないといけないと思うんですよね。 とりあえず最初は教材研究とか、それから公務文書に使って時短を測るとか、 ありとあらゆる使い方をいろいろと教員が慣れていくっていうのはすごい大事だと思ってるんで、 まずは先生が慣れることですね。 いやー、やっぱりそういうふうに先生がもっともっとアップデートしていかなあかんで、 生徒らは勝手に使えるようになっているからっていうのってよくある構図だと思うんですけど、 一つ僕の懸念として、生徒の勝手に使えるようになっていくがあまりにもいびつすぎて、 そこが僕たちが学べてからじゃ遅いなってやっぱり、 正直な話、僕とか、それこそ僕も用を使ってますし、黒先生も用を使ってはるとはいえ、 その他の大勢の先生方で、これからちゃんと学んでいかなあかんと思ってるとか、 ジェミニが使えるようになったからって言ってはる先生は正直、 学べてから言うのでは遅いなってすごく思うんですよね。 子どもらはもう自分で使えるようになるからってよく言うんですけど、 その自分で使えるようになるからが、僕はすごく、何のスポーツでも一緒だと思うんですけど、 癖がちっちゃい頃についてしまうのと似てるなってすごく思ってるんですよ。 バドミントン部、僕子もやっててずっとサッカーしてきてるんですけど、 変な蹴り方とか変な打ち方変な体の使い方って、 ゼロベースで一から初心者で教えた時と、ちょっとやって変な癖ついてる時とって言うと、 吸収度が全然違うじゃないですか。 僕それがすごく今回というか、今本当にAIの活用とか使用に関して言うと思ってて、 子どもらが全然使えるで先生とかみんな使ってるで俺らも使ってるでって言って、 結構その危険性みたいなのはわかってるんですよね。 リテラシーはまあまあ言ってあるものの、 じゃあ使い方としてどうなんてなったときに、すごくそこが歪だなって感じてるんですけど、 そのあたりってどうですかナオミ先生の感じとか雑感として。 結局ナイフとか包丁とかを何にも教えないので使わせてるような感じだと思うんですよね。 AIとかLINEとかいったICTのSNSとかもそうなんだけど、 結局ナイフを教えもしないのに渡してるから、 使い方がわかんないから良くない使い方をして人を傷つけるっていうそういうパターンで、 でも日常生活だったら私たちはちゃんと教えるじゃないですか。 猫の手で。 やりましょうとかナイフとかもこういうふうに指を当てて使うとかね、 そういうふうにやって教えてきてるけど、 結局そういうデジタルものになるとそういうふうになっちゃう。 その裏にはやっぱり経済っていうものを回さないといけないから、 儲かるじゃないですか。 デジタル機器にしろ海鮮にしろ、 やっぱり儲けをそこで発生させて、どんどん富を得ようとする。 なんかだんだん話が大きくなってもう。 やっぱり資本主義の考えが根本的にあって、 儲けようと思うから子供にも規制かけないっていう大人の都合が大きく働いてると思う。 だってもし子供ダメにしたらすごい儲けが減るじゃないですか。 NTTドコモとかソフトバンクとか儲け減るから、 規制をかけるっていうところにハンドル切る人はなかなかいないと思うんですよね。 ということはやっぱり大人の都合で子供を危険な目に合わせているということなので、 やっぱり私たち大人がもっとそういうところに、 ちゃんとハンドリングの仕方を教えるとか、 ナイフの使い方を教えるとか、 やる責任があると私は思ってるんだけど、 そのためには自分が上手にハンドルを握って使えるようにならないと教えられないから、 ある意味ちょっと私たち責任があるから、ちゃんと勉強しないといけないなっていうふうに思ってる。 いやー、なんかその辺すごい大事ですし、 だからこそやっぱり僕らが学びきってからじゃ遅いっていうのが余計にすごく思うなって思うところもありつつ、 なんでしょう、やっぱり今回の国語授業みたいなところもそうなんですけど、 僕たちが国語を教えることには変わりないじゃないですか、 生成AIを教えるわけではないから国語を教えるけど、 AIをじゃあお金を稼ぐためでもいいし、生活を豊かにするためでもいいし、 むしろ生きていく、これから先もしかしたら本当に生きていくためにはAIを使わないと、 というかAIのことを理解して使わないと、使いこなせないと生きていけない世の中になるかもしれないって考えたときに、 一番、あえて一番とかよりとか言いますけど、 AIの活用に直結する、要はAIを正しく扱うための力を養う強化っていうのを考えたときに、 僕チャットGPTがチャットたるゆえんっていうのをずっと言ってるんですけど、 全ては言語から始まるじゃないですか、AIの活用って、 そう考えるとどれだけクリティカルシンキングできたりとか、 プログラミング的思考とかが養われていたとしても、 言語能力が発達していないと活用しきれないよねってすごく思うんですね。 だから国語を学ぶからこそAIを正しく扱えるんだっていうのが、 一つの主張になってくるなって僕は今回のイベントの構えとして思ってて、 国語を学ぶからこそAIを正しく扱えて、 だから国語の力でAIを正しく使うことと、 AIで国語の力を伸ばすことっていうこの2点がしっかりと自分の中で具体として、 授業実践もそうやし、理論としてもそうやし、 思っておきたいなってすごく思うんです。 先生、さっきの話少し戻りながらお話しすると、 子どもが豊かに使ってる、上手に使ってる、でも先生遅れてるっていうのも、 やっぱり私たちは勉強に急がないといけないし、 ある意味子どもと一緒に成長していけば何とかいくんじゃないかと思ってるので、 ひけ目を感じつつも子どもと一緒に成長していこうというそういう気持ちさえあれば、 おそらく先生も一緒に学び続ける同志として成長という意志を辿っていけると思う。 結局言葉の使い手として子どもたちも成長していかないといけないということなんだけど、 結局まず私いろいろ考えてるんだけど、 AIが発生する、積む言語っていうのは、 らしい言葉の裏列なんですよね。 すごい精度が高くなっているとはいえ、 じっくりじっくり読んでみたら、あれこれちょっとおかしいなって思うところが結構あったりするんですよ。 まだちょっと気づいたりするようなそういう言葉の力を、 ハルシネーションだったり、ちょっとおかしい言い回しだったり、 それっぽいなっていうのでごまかしているようなずるさとか、 そういうのを先生AIならではの、 本当に関連した言葉の並びっていうところの穴を見抜けるようにならないといけないと思うんですよね。 じゃあなんかいいですね。 だからそれはやっぱりしっかり読まないといけないし、 逆に言うともうちょっと、 効率的に使うにはどうしたらいいかっていうのと、 いろいろなアプローチがあると思うんですよ。 先生AIを武器にして、情報処理を爆速で行って、 それで何か新しい価値を生み出していくっていうように、 スピードと質を両立させた使い方で価値を生み出すっていう、 いわばずる賢い使い方と、 それからAIを批判的に見るような、 そういった使い方をするには自分の言語感覚を豊かにしないといけないわけで、 そういう二方面を考えつつ、 もう一方はAIっていうのはやっぱり身体性に欠けてるから、 言語としては自分は不完全だと思ってるんです。 本当にAIとキャッチボールしたら子どもたちが言葉の力がつくかって言ったら、 多分学齢の低い子ほど難しいと私は思ってて、 子どもって目と目を合わせて対話しながら、 肌のぬくもりを感じたりとか、 音の響きを肌で感じるとか、 身体性を伴って言語を吸収していく生き物だと思うので、 本当の言葉は人間から学ばないとダメだと思うし、 そこをしっかり教えるのも国語の役目だと思うので、 そういった生の人間の言葉を大事にして子どもたちに言葉を鍛えつつ、 じゃあAIの違いとか、AIを賢く使うためにはどうしたらいいのかとか、 そういったところで考えないといけないなって思ってます。 今の先生のお話の中でもあったようなところをすごく思うんですけど、 結局大村浜先生の優れた言葉の使い手は優れた人格の持ち主であるっていう話が、 結局優れた言葉の使い手であればあるほど、 優れた言葉かどうかっていうのを見抜けるわけじゃないですか。 そう考えてくると、今の言葉っていうのはAIからじゃなくて、 人間から学ぶべきみたいなところもあわせてですけど、 僕、その言葉で作られている世界の中で生きていると、 それ以上のものは学べないと思ってて、 だからJKたちがすごく端的に言うと、 映画の代わりにヤバイしかコミュニケーションの中で使っていなければ、 そのヤバイだけでお互い伝わる関係性の中で育つ言語って、 ヤバイ以上のものはないわけじゃないですか。 お互いがヤバイで、あのコナンの映画は本当にあそこヤバかったよなんて、 分かる、めっちゃヤバかっただけで言ってたら、 お互いのそのヤバイの中身はもしかしたらずれているかもしれないのに、 具体性が欠けるったままヤバイだけの語彙でずっと関係が続いて、 そこだけでしか言語を獲得できないみたいな。 って考えていくと、生成AIとだけ話している、 まあだけっていうことはないですけど、 そこから多くの言葉を得ている人、もしくはそういう生徒児童が、 子供たちがそのAIからでしか学べない言語で育ってしまうと、 結局そのAI語圏の中でしか語彙は養われないことになってくるじゃないですか。 ってなれば、AIがしてくる言葉って、 さっき言ったようにすごく普遍的な話になってくるって考えると、 ぽがった言葉とか、ぽがった自分の表現の仕方っていうのは、 一切育まれないことですよね。 それがものすごく、僕は先ほど低学力とか、 そういうふうなところとすごく関連づくなと思ってて、 そうなってくると、自分の生活圏でしか語彙は養われないわけなら、 それが生成AIにグッと持っていかれたときに、 今までやった低学力とか、そういった子たちのみがそういうふうになってたのに、 それだけにとどまらなくなってくるのかなと思ってて。 どっかの本家、どっかの誰かが聞きかじりで申し訳ないんですけど、 生成AIが発する言語を私たちは吸収して、 それをまたリメイクしながら返したりするじゃないですか。 その応答で、私たちはまた言語を生成して、 私でもそうだけど、生成AIの書いた文章をネットに投げますよね。 そしたらまたそれをAIが勉強して、 またAIがそれを参考にして言語を生成するというように、 いわば生成AIが学習した大量の言語を再生産して、 リメイクしてリメイクして、このネットの中は生成AIが生成した言語ばっかりになる。 もう薄い言語の海になっちゃうという警告をしてらっしゃる方がいて、 まさにその通りだと思うんですよ。 我々はそういった批判的な目をちゃんと持ちながら、 国語の本丸は何なんだということを考えて教えないといけないんだけど、 私はポッドキャストをやってる関係上、生成AIが紡ぎ出してきた言語を読むことがあるんですけど、 やっぱり面白くないんですよ。 授業でハッシュデメロスを読んだら面白いんですよ、朗読したら。 ヤツネソウセキを読んだら面白いんですよ。 何回も何回も教えてるけど、やっぱり朗読したら面白いんですよ。 生成AIが発するシナリオを読んでもあんま面白くないんですよ。 読んでては肉体に入らないという感覚があるんです。 だからこれの違いは私でもよくわからないんだけども、 文豪が紡ぎ出した言語っていうのは魂から思ってることを紡ぎ出した言葉なんです。 そういうのを大事にして教えていきたいなっていうのを本当に思うようになりましたね。 でもそこに気づけるかどうかって、使ってるからこそじゃないですか。 そうなんですよ。そこが最初に変えるんですよね。 そうなんですよね。結局また戻ってきて、使ってない人はそこに一生気づけないってなると。 じゃあいつどう気づけるのそこにっていう。 だから本当は私たちは研修の時間を保証して、 ある程度研修をするっていうことを全国的に、 ちゃんと詰めないと時間とか、多分難しいんじゃないですかね。 そうですよね。結局そこを全部が全部そこに行くわけじゃないですけど、 そういう話が1月10日にできるのかなと思いながら、 一応この半日だけでは収まらないですね。 でも野中先生は私よりもちょっと違った考えを持っておられるので、 また全然違った方面からのアプローチになると思うし、 小学校の先生は小学校の先生で、 やっぱり発達段階に応じた教育っていうのを考えておられるから、 先生愛についても意見を持っておられると思うので、 多角的にいろいろなところから考えられて、 私は今こうだけどもしかしたら1月10日のイベントでは、 また考えが変わるかもしれないし、まだまだ混沌としているから、 AIについてはこれからいろんな情報交換していく必要があるなと思いますね。 なんか自分の軸みたいなものを持ちつつも、 揺らせていきたいのとはやっぱり思うので、 ほんまに一本一行どころじゃないですけど、 すごくどんどん変わってくる中で、 果たして何がとかそういうことだけをずっと語っているのもいいし、 でも授業はずっとしないといけないわけで、 さっきあるこくさんがプロンプトを考える授業をしようと思ってますっていうことを コメントで入れてくださってたんですけど、 まさに僕もプロンプトを考えようっていうのは授業の中でやってるんですけど、 結局国語の最上位目標が何かっていうところにつながってくるなと思ってて、 国語を僕が、多分その文化の言っていることとかそういうのは置いといて、 それぞれの先生方が持っている国語で教えたいことってあるじゃないですか。 僕はそれが自分の意見を相手に伝えることなんですよ、シンプルに。 って考えたら、相手に伝える言葉がAIだろうが人間だろうが、 それはもちろん質は変わると、 自分はこういうことをしたくて、こういうものを作りたいけど、 こういう状況でこう悩んでるんだ、だからお願いって言わないといけない。 って考えると、何ら変わらないし、 相手に対してどう伝えたら、どういう順序でどう伝えたら分かりやすいのかっていう。 そこだけに尽きてくる、書き言葉と話し言葉でまた変わってきたりしますけど、 そう考えるとプロンプト力みたいなものが、 現代の一つの国語力の欠片になってくるのかなと思ったりはするので、 話は尽きずずっと喋れそうなんですけど、 最後にもう30分くらいいくんであれなんですけど、 今の読解力みたいなものを考えたときに、 僕ら作文とかを書かせたときにも、 結局生成AIで作文を書いたのかどうかみたいなのって見極めること出てくるじゃないですか。 あのあたり、もう作文を最終的に書いてきましたってなった後、 AI使ったかどうかは知らんけど、どういうふうに評価していくっていうのを、 ちょっと今一つずっと悩んでるポイントであって、 作文を書かせた、その作文をどういうふうにしたら、 どんな評価ができるのかっていう。 雑で申し訳ないですけど、 作文を書かせて高評価しましたっていうのって、 最近の出来事であったりしますか。 いやまだね、私は実際生徒にAIにキャッチボールさせてっていう段階じゃなくて、 私がAIを使って差し出した文章で色々やってるっていう段階なんですけど。 使っていいよとか、使った上で出そうねじゃなくて、 何も言わずとも作文を書かせた時の、 そうかもしれないって僕たちはもう認識しておかないといけないって考えると、 評価の仕方が変わってくるよねっていう。 使わせてるかどうかはさておきっていうところで。 だからもし完全に生成AIを使わせないようにして評価したいって言うんだったら、 もう授業の場で書かせて。 タブレットなり端末を出さないで。 その代わり事前にAIとキャッチボールして、 ある程度自分の中で消化できてるものだったらもういいじゃないですか。 それは自分からできたことなんで。 もう本当に何も見ないで、開かないで書かせるっていうのを10分で、 いつかこの日にやるからっていうことでやらせるっていうのが、 一番思考力を鍛える上ではいいのかなと思いますね。 それでもルーブリングをあらかじめ示しておいて、 ちゃんとそこまでに生成AIとキャッチボールして、 自分の言葉に消化して出せばいいじゃないですか。 そこで未消化の言葉でつじつまがわない表現になったとしたら、 それはそれでその子の学力というか評価になるし、 ちゃんと自分で咀嚼してつじつまがうように表現すれば、 それは自分の言葉を獲得したっていうことになるし、 そこはもうそういう脳端末時間みたいなのを決めてやるしかないじゃないですかね。 そうなってくると本当に求められるのが、 ライブ感とか即時性みたいなものになってくるじゃないですか。 だから扇り力みたいなものですけど、 要はその場で求められた答えが瞬時に返せるかどうか。 それを言語として生成できるか。 人間がすごくそこだなって思うんですけど。 だから私も音声配信してる理由はそこです。 いや、そうなんですよ。本当にそこなんですよ。 僕もボイスのアウトプットがまさにそれで。 今こうやってお話しさせてもらっているのは、 もちろん手元にチャットGBTも置かず、台本もなく喋っているわけで。 そう考えると、こうやってお話を聞いたり、 自分の考えとか相手の他者の意見を参照した上で自分の言語を作り出していって、 一つの自分の意見として聴衆に伝わるように、誰かに伝わるように変えていくっていうのが、 本当の本当の意味で一番大事になってくるなってすごく思うので。 そのライブ感みたいなものをね。 ただとはいえですよ、授業でそれをやらすのってなかなかな時間とか難しい部分も出てくるじゃないですか。 頻度的にもそうですし。 最近その音声を録音して、それでまとめてくれるそういうアプリを前田先生が何だったかな。 あ、やってありましたね。やってました。 ああいう音声をデータ化して、それで処理してっていう、もう少しずつ進んでいくと思うので。 今まで国語科読む聞く話す学の中でも話すがすごく遅れてたじゃないですか。 でももうデジタル化してきた今、話すっていうのはかなり注目されてくる、そういうフェーズに入ってきたと思うんですよ。 確かに。 ライブでこうやって言語をやりとりするって、結局高い言語能力がないと子供たちはできないから、 ちゃんとGPTに聞いてそれを読むって言ったらもうすごく遅くなるじゃないですか。 だからこれ話すっていうのも、やっぱり国語の力を上げていく上では今後注目していくべき分野だと思うんですよね。 いやーいいですね。話す。やっぱ面談とか面接とかの意義ですよね。やっぱり本当に。 まあでも音声でちゃんとGPTが会話するようになったらどうなるのかなっていうのもまた。 まあすでにね、今もね、なんか会話は全然できるけど、 まあでも正直面と向かって、まあなんて言うんですか。 その耳の中に僕らに見えない、他者に見えないぐらいのちっちゃいAIアシスタントのスピーカーとかが現れない限り、 まあ生身で目で見て喋ってたら、ああこの人はこう考えてんだなっていうのは分かるじゃないですか。 ただ、また戻りますけど、じゃあ授業の中でそれを評価するのかとか、 それが大事だっていうのであればどう養っていく、どう評価する、どういう風に授業の中で見とっていくっていうのが、 どんどんどんどんアプリとかそういう風な、前田先生の話もそうですけど、 そういうのもあるけど、限られた時間の中でどうしていくのか。 だから家で作文書いてこさせることもあるだろうし、 何ならスライドも作って家で作らせてとか、長い時間かけて作らせて出させることもあるだろうけど、 結局だからそれをチャットジブリとかAI使ってたとはいえ、 知育になっていて自分の意思判断がそこに現れていれば問題はないわけで。 そこを考えたら、結局生徒が本気になって取り組める課題を設定するということに尽きるんだと思うんですよね。 本当の魅力的なパフォーマンス課題みたいな。ずっと喋れますね。 私なんかでも本当にどうでもいいから語弊があるけど、 事務的な処理はAIにやってもらうと全然心は痛まないわけで、 だけど例えばどこかでちゃんとしたスピーチをしないといけないと思ったら、 AIだったらやっぱりちょっと面白くないなと思って、結局自分で考えるじゃないですか。 だからやっぱり本気になれる課題を作って、生徒がそこに自分の力を注ぎ込んで、 情熱を持って取り組める課題っていうのが理想になっていくんでしょうね。 結局じゃあまた授業を作るっていうのにフォーカスを当てていきましょうよってなって、 じゃあパフォーマンス課題、逆向き設計の授業ってどうするの、 じゃあ単元計画ってどうするの、そのためにはみたいな。 結局普段の話と一緒なんですよね。 自由振動学習もそうじゃないですか。結局しっかりした授業構想がちゃんとないと空中分解してしまう。 というふうに同じように結局そういう授業構想をきちっとしていないと、 全て何を入れても難しい、うまくいかないということにはなると思うんですよね。 そうですよね。改めてだから、授業の作り方っていうのが、 別にAI入れるかどうかとかっていう話なんかどうでもいいとは言わないですけど、 そこじゃないとやっぱり思うんですけど、そこがどういうふうに、 今コメントでパフォーマンス課題の肝が気になるっていう話だったんですけど、 僕はもう単的に一言で言うのであれば、その単元、その時間の目当てが達成できたかどうかを 生徒自身が判断できるようなパフォーマンス課題が理想だなと思っていて、 これはもう僕明確に言語化してるんですけど、 自分が例えばですけど枕野草子を学んでましたとなれば、 枕野草子の教科書に書いてある目当てでもいいと思うんですよ。 古典に親しむみたいな、あるじゃないですか。 あれが達成できた。 多分その時のって清少納言の価値観や当時の物飲み方を学び、 共感するみたいなものなんですよ。 それが最終的に最後に課題をすることが多いと思うので、 パフォーマンス課題を経て、 じゃあ自分がそれが達成できたな、もしくは達成できなかったなっていうのを 言語化できる課題が一番いいと思ってて、振り返りに現れるものが。 だから清少納言に共感できてるわ、俺分かってるわ清少納言のことって思えてたら、 それで目当ては達成できてるわけやから、 自分自身そういうふうに思えるような課題を設定するとか。 ってなってくるとどれだけルーブリックが明確に、 ルーブリックにだけに収まらない子供たちの納得感を どういうふうに先生が伝えられているかみたいなところに つながってくるなって思うので、 僕のパフォーマンス課題の肝は本当にそこで。 パフォーマンス課題の肝はね、やっぱり 生徒が心の底から解決したいという課題を設定することが一番。 それってなかなか現実的に難しかったりするんだけど。 例えば、ちょっと話が複雑になるけど、 過去教えてきた生徒で、自分はキャプテンとかにもなれないし、 レギュラーのトップの方にもなれないと。 いつも誰かキラキラしている人の陰で サポート役ばっかりやってきたというような、 トップにはなれないけどっていう ひけ目を感じている子がたくさんいる学校があったんですね。 そのときに漢文の幸運と流宝とかやったんですけれど、 いつもトップの子に目が行くじゃないですか。 流宝とか幸運とか、それが素晴らしいね、英雄だね、みたいな。 そういう授業になりがちなんだけど、そうじゃなくて、 ナンバー2に光を当てて授業をしたとき。 最終的に子どもたちは、僕はトップを支えるナンバー2、 トップを陰で支えるナンバー2として、 しっかりこの世の中を良くしていくとか、 サポートしていくっていうのを、僕は生き甲斐というかやり甲斐として、 トップにはなれない僕はそこで頑張ろうと思うとか、 トップを輝かせるためには、 ナンバー2がちゃんとしてないとダメなんだとか、 そういう社会を支える土台として、サポーターとして、 自分は生き方を見つけた、みたいな、 そういう作文を最終的に書いた子が何人も何人も出て、 それって自分の生き方を見つけるパフォーマンス課題になったわけで、 そういった価値観をガラッと変えて、 物の見方、考え方をガラッと変えて、 次への生き方にしていくようなものが、 一番私はいいと思ってるんです。 それこそ国語で教科書で何を教えるか、 みたいなところにつながってきそうな気もしますし、 常で読むと、そういうふうに人生観とか、 価値観の変容みたいなところにつながってくるなと思うんですけど、 そういうふうに持っていくことが少なくて、 子どもたちがこの授業を受けて本当に価値観がガラッと変わったとか、 人生が豊かになりましたとか、 生きる意味を見つけました、みたいなって、 これまでの振り返りであんまり書かれたことがなくて。 ただ、何より深く見ていくと、 自分なりのものの見方とか考え方、 国語の見方考え方っていうのが身についた、 そんな言い方しないですけど、身についたっていうことを 言ってくれてる子が多くて、 結局国語が好きになりましたにつながってくることが多くて、 そうなってくると、その先生がおっしゃってたような、 結局生きていく中で、授業で出会うような物語とか、 古典とかだけじゃなくて、 これから生きていく中で出会うそういう物語とか、 その物事に対して感じ取れるようになってくれてたらいいなっていう、 そっちの方がちょっと強くて、 そういう今のおっしゃられてたような、 情を動かして人間性を豊かに、みたいなところもやっていかなあかんな、 今の時代やからこそやっていかなあかんなと思いながらも。 生徒はね、結局社会に出ていったら、 困り事とか課題とかをまず発見して、 それに本気になるためには自分も助けたいとか、 大切したいとか、自分も苦しみから脱却したいとか、 思って本気になるじゃないですか。 そのときにいろんなことを考えて、 今教えている、例えば文章を読んで、 相手に説得力を持った意見を書いて、 この問題を解決しようというふうに考えていくから、 結局は最終的には人生を生きるための、 教育は最終目標がそこなんで、 そのために向かっていく中で、 そういえばこれは文章を比較して違いを明らかにしたから、 より深まったんだって。 振り返るときに書けたら、これも実験性学習。 いやー間違いない。 これは先生に言われたんじゃなくて、 自分で真剣になっているうちに気づいたから、 忘れにくいんですよ。 だから振り返るときに、一生懸命何か人を助けたいとか、 自分で悩みを解決したいと思いながら課題に取り組んで、 あとで振り返って、 これだけ分析したり友達と話し合って、 比較をしながら、最終的にこうなったからできたとか、 比喩に着目したからここで深まったとか、 そこで振り返られたら、 自己調整学習だし、法略を身につけたっていうことになるので、 それはその子の力になってると思うし、 同じシーンにめぐり合うと、 たぶん同じ力を発揮できると私は思ってるんで。 いかに生徒が本気になる課題をこっちが見つけてあげられるかっていうのは、 一番大変な仕事ですね。 いやー、もう本当に1月10日が楽しみなのと、 終わる気がしないなっていう話。 この話しだしたらちょっと熱弁になるんで、これぐらいにしましょう。 そうですね、そうしましょう。 いや、本当になんか、何て言うんでしょう。 やっぱり一番最初におっしゃってたみたいな、 多角的なAIに限らずですけど、 今の時代っていうのと合わせた時に、 AIの登場の有無だけじゃなくて、 子どもらの生きてる環境とかももちろん変わってるわけだし、 受け取るメディアとか文章とか言葉に関しても、 変わってきてる中でどうするっていうのの中に AIも含まれてるっていうぐらいだと思うので、 だいぶね、ウェイトは大きいですけど。 まあまあ、こういうふうにたくさんたくさん話をしていって、 何やろ、恩子知心じゃないですけど、 それこそ浜先生の話もそうだし、 これまで、いやでもそれって何重にもこれまで語られてきたことだよって 終わらせるんじゃなくて、それを掘り返して今の時代に当てはめるみたいな。 そうですね。 そういう視点がすごく大事かなと思うので、 僕もちょっと不勉強で。 その通り、その通り。 これからだなと。 まさに再規制って言うんですけど、 繰り返し考え続けることが求められてる時代。 自分の生き方がまた改めて変わってくるなと。 本当に、愚語だけじゃないですけどね。 思いながら、一旦これくらいでまた締めさせてもらって、 また10日にね、議題もたくさん出てきて、 学びも深まった上でっていうこともあると思うので、 ぜひまた先生、よろしくお願いします。 ご都合つけばぜひいらしてください。 またよろしくお願いします。 そして1月10日ですね、固定コメントの方に今載せてますけど、 80人超えてましたね、先生。 そうですね。 最初80ライン募集って言ってたのに、 余裕で超えてたから。 キャパあるみたいなんで。 そうですね、キャパ100人、200人までいけるって言ったんで。 ぜひぜひ。 これまたアーカイブでね、 聞いてくれる方もいらっしゃるかもしれないので、 明日の朝一には出そうかなと思いますので。 ありがとうございます。 また6時に出しますので、 ぜひまた皆さんよろしくお願いします。 それではこれで録音停止させてもらいます。 先生ありがとうございました。 ありがとうございました。 おやすみなさい。 もっと見る📕言葉を整える、思考の時間藤井 海|思考と言葉を整える国語教師00:201.チャプター 101:092.チャプター 242:563.黒瀬直美先生と国語対談vol.2コメント感想・質問・応援メッセージを書こう 宮島 あゆみ1月6日黒瀬先生にはfacebookのAI講座でお世話になっております。イベント、やっぱり行きたかったなぁ。どうやって授業に取り入れていくか、これからの大きな課題です。ってあんまり構えずに緩く使っていきたいなぁ。1返信
#384 学校現場で考えるべき「褒めのエビデンスって?」〜ドクターりんさんとコラボ放送! 52分・昨日・ 198再生AI目次教育現場のEBPが抱える課題経験則とエビデンスの正しい見極め方「褒め」の有効性を示す科学的根拠行動特定賞賛の効果的な実践方法自身の介入を検証する研究デザイン
#383 大阪ってやっぱオモロい〜たけちゃんさんとコラボ放送 33分・11月2日・ 149再生AI目次大阪プロガイドの裏側:深掘り観光術驚愕!木津川水門の壮大な開閉見学大阪市営?無料渡し船で体験する日常継承したい地域の歴史:八尾の桃畑秘話なぜ?大阪人の会話を紡ぐ「擦り込み」文化
#382 実はずっとネガティブに考えてました。ちょっとだけ話させて下さい。金曜日の公開授業の話〜 22分・11月1日・ 175再生AI目次クリエイト・ザ・ネクストイベントの舞台裏中学時代の「授業未見」への葛藤木村先生が語る授業の価値と転換点「藤井のメガネ」から普遍的理論への道筋他者の視点が拓く自己成長の可能性
#381 「もっと可愛くして」が伝わらない。娘とAIと言葉の話 15分・10月29日・ 166再生AI目次AI活用で娘の言葉に変化の兆し「もっと可愛く」AIに伝わらぬ言葉の壁「可愛い」を伝える言葉、娘の気づきとは言葉が伝わる喜び、AIと日常の共通点AIが引き出す子どもの創造性、親の役割
#380 にゅ〜ぶるさんと初コラボ放送!「AIと学校教育」についてエンジニアの方に聴いてみた👂 40分・10月28日・ 178再生AI目次エンジニア対談: AIと学校教育の可能性ボランティア活動「コーダー道場」の実践プログラミング初心者の壁と効果的指導AI教育: 思考力育成とアルゴリズム理解教師・生徒・AIが紡ぐ未来の学習対話
#379 初読の感想って何書けばいいん。に対して、なんと伝えますか? 19分・10月27日・ 234再生AI目次初読の感想「何を書く?」の壁「どこで難しい?」の問いかけ「わからん」が「問い」に変わる時筆者の言葉選びの真意とは?感じたことを言葉にするプロセス
#378 その質問、意見として届いてない?〜月曜日は言葉を整える 15分・10月26日・ 473再生AI目次質問と意見、どう区別する?対話での「聞く」力、3つの視点「質問」が相手に届かない理由とは言葉を届ける「枕言葉」の威力対話のすれ違いを防ぐ「型」の重要性
#377 金木犀の香り漂わせるコメント返し(無臭) 18分・10月25日・ 91再生AI目次AIと作文論争、指導の鍵は偏見とメディア情報の向き合い方中学生「言語化」授業の野心語彙力と実践、教育談義の深淵同僚S先生と語る「失敗」の価値
#376 説明したのに伝わらない。「知っている」の差を埋めるには 16分・10月24日・ 282再生AI目次「見える」の差が呼ぶ認識ギャップ「バリさん」から学ぶロゴ解読の鍵文章の真意を掴む知識の力とは「知っている」の差を埋める思考術相手に「届く」言葉を選ぶ視点
#375 Zangyo侍「まひろさん」と初対談!定時退勤したい人、必聴です! 36分・10月23日・ 171再生AI目次定時退勤の覚悟と秘訣上司の一言が変えたキャリア残業80時間が2時間へ!その秘訣定時で帰る人のチーム貢献発信継続の鍵、ネタ発掘術
イベント、やっぱり行きたかったなぁ。
どうやって授業に取り入れていくか、これからの大きな課題です。
ってあんまり構えずに緩く使っていきたいなぁ。