TOPトーク教師📕言葉を整える、思考の時間#182 けんけんさんと「物語を学ぶ」についてのお話1:08:22 1月11日 190再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「教科から逃げない」の真意と小学校国語の課題物語学習における「面白さ」の実感と意味物語との出会いを深める「入り口」の工夫とは学校の学びを日常へ「出口」を広げる実践発達段階で異なる物語の「面白がり方」の探求AI文字起こし(β版) # チャプター 1 おはようございます。言葉整う国語の時間、パーソナリティの藤井海です。 この番組では教室という枠を越えて、言葉を整えることで思考や日常が少しずつ進んでいく、 そんなひと時をお届けしたいなと思っております。 チャンネルのフォローやいいね等もぜひよろしくお願いいたします。 # チャプター 2 おはようございます。1月11日。今日はポッキーの日ですか? 11月11日だけですかあれは? はい、日曜日です。今日はですね、昨日の放送、朝に収録させていただきましたケンケンさんとの放送をお聞きいただけたらなと思います。 ケンケンさんは授業をね、僕、去年の3月に見に行かせていただきまして、小学校の先生なんですけど、その国語の実践をマンタロ先生と一緒にカード実践ということでされているということをお聞きして見に行かせてもらって、そこからもすごく素敵だなと思っていろいろ交流させていただいておりました。 先日、教科から逃げないという5分間の国語のスピーチをされていて、もう到底5分では収まりきらないだろうということで、僕からDMでオファーをすぐさせていただいたら快楽していただいて、今回出演いただきました。 本当に5分で足りないところをいっぱいいっぱいお話いただいたのと同時に、やっぱり小学校の先生ならではの丁寧さとその視点っていうのが本当に素敵だなと。ケンケンさんの柔らかさ、導入の楽しさ、そのあたりの部分がしっかりと理論というかね、裏付けされている、そんなことがよくわかる放送だろうなと思いますので、ぜひお聞きいただければなと思います。 と同時に中高の先生もね、絶対に聞いていたら、うわぁ確かにそこあるよなぁとか、いや中学だったらこうやなっていうのがあると思いますので、ぜひぜひ小学校の先生のみならず中高の先生もお聞きいただけたら嬉しいなと思います。ということで本編よろしくお願いいたします。 # けんけんさんと朝から国語話📕 はい、改めましてケンケンさん、よろしくお願いします。 よろしくお願いします。 ありがとうございます、朝から。 そしたら、もう早速ですけども、簡単に自己紹介していただいていいですか? はい、どうも皆さんこんにちは。ケンケンと言います。 えっと、Xで時々ポツポツ配信しております。 小学校で特に国語が好きで頑張ってやってます。 今日はちょっと逃げない教科指導ということで、 期待になったイベントでちょっと5分だけ国語の話をさせていただいた関係で、 カイさんからこっちでもじっくり話を聞かせてとオファーをいただいて話させていただきます。 よろしくお願いします。 よろしくお願いします。 お疲れ様でした、あの会話。 ありがとうございます。ドキドキしました。 本当にもう5分ってなってる状態で、すぐに始まる前にケンケンさんに 5分絶対足りませんよって話をしてDMしたなと思うんですけど、 僕もちょっとあの時ね、他のセミナーと被っててお話が聞けなかったんで、 そうなんですよ、あのグラレコを見させてもらって、 ありがとうございます。 あれですけども、どうやったんですか、あの会自体は、その感想としては。 やっぱ目まぐるしく5分で淡々とリズムよく進んでいくので、 聞いてる人の負荷がすごかったなって思ってて、 自分も最初の一人だったので、その教科の語りを。 自分が終わった後はちょっと際抜きながら聞けたんだけど、 やっぱり皆さんのお話聞きたいからずっと聞いてたんだけど、 すごい集中をずっと続けるっていうね。 会自体の発想は面白かったんだけど、ちょっとデザインというかね、 もし次回やるとなったら時間廃とか、登壇者の人数とかね、 全教科っていうところがちょっと苦しかったかもしれないなと思いました。 でも、なんかいい起爆剤というかね。 確かにね、そんな感じは。 なんかいろいろ言われてたりありましたけど、 そんな結構8割9割がどうでもいい話やったので、 別に今回その教科から逃げないっていう話やったじゃないですか。 誰が逃げてるんですか。 そう。それがね、たぶんね、X状でいろいろ盛り上がった一個の原因で、 多分ネガティブっぽい反応された方っていうのは、 そこがちょっと引っかかったんかなと思ってて。 そうですよね。 なんか僕ね、ちょっと国語の話をする前に、 ちょっとちゃんと言葉の話をしておきたいなと思うんですけど。 大事ですね。 今回もその回も、逃げるって何?っていうところから始まってたら良かったのかなと思うんですけど、 しっかりとした説明というかね、趣旨というか。 逃げるってどうなんですかね。 中学校の教員は国語科から逃げられないので。 ああ、そういうことですね。 だから、中学高校の先生からすると、 教科から逃げるってなんやねんみたいなところあるかもしれないですね。 そうなんです。それはもちろんわかるんです。 小学校の先生で、やっぱり国語科から逃げてるというか、 もうちょっと柔らかい言い方をすると、 国語の理由が苦手だなと思ってる先生ってやっぱり多いですよね。 そうですね。僕自身がそうだったんですよ。 僕自身が国語が物語を読むのが嫌いとかではなかったんですけど、 初任のときに教えるってなったときに、めちゃくちゃ難しいなと思って、 バータリー的な指導をしてしまったなと思って。 そこと向き合って、苦手なんだったら勉強しようと思って、 本いっぱい読み漁ってみたいなことを続けてきて、今に至るんですけど。 僕が逃げるとか逃げないとかって言ったのは、 そういう変な話ではなくて、 僕は逃げてないけどみなさん勉強してないですねみたいな、 そんなことを言いたいわけじゃなくて、 どんだけやっても、実現したい子供の姿とか、 こんな深い学びをしてほしいなと思ってても、 実際問題なかなか全ての子たちにそういう姿を実現できるっていうことが、 なかなか難しいじゃないですか。 でもそれをしょうがないよねって、 最終的には一人ひとりのセンスによるよねみたいなことを 考えちゃう自分がいるんですよね。 わかります?そういう気持ちになったことないですか? いや、僕は往々にしてあります。 ありますよね。 だからセンスの問題じゃないって思えるようになりたくてというか、 何の教科でも多少はあると思うんですけどね。 もともと発達の段階的な認知の、深い認知ができるかとか、 理解力とか、あるっちゃあるけど、 それで諦めたくないよねみたいな意味が、 僕の中での逃げないの根本的な一番中心にあるものだったんですけど。 まあ、そうですよね。 なんかその逃げないっていう話を見てたときに、 小学校の先生、全教科って言ってたんで、 小学校の先生にとって苦手な教科から逃げるっていう、 そういうふうな、ある意味物理的な逃げるもあるだろうし、 適当にしないっていう意味の逃げないもあっただろうし、 知ったつもりにならないとか、いろんな意味の逃げないが。 いろいろあると思って。 定義があったと思うので、 それがその個々のしゃべる先生によって、 違うは面白かっただろうし、 それはそれでいいとは思うんですけど、 今回ケンケンさんが5分で話されたことをダイジェストで、 だいぶ5分やから喋ってはるじゃないですか。 その5分で話したダイジェスト版を、 もう少しダイジェストにしたらどんな話だったんですか。 僕がまずテーマとして事前に掲げたのが、 国語全体でっていうとやっぱり難しいんで、 ただで最後5分だからね。 だから物語を学ぶ意味、 それを子どもたちが実感できる指導。 みんなが物語って面白いよねって、 実感できるようにするにはどうしたらいいんだろうなっていう、 その指導から逃げないっていうテーマにしたんですよ。 もうこれ内容さらっと言ってっていいんですかね。 もちろんですもちろんです。 僕が教員になってから、 物語とか国語の授業に力を入れ始めてからね、 周りの先生はちょっと国語難しいじゃないってなるじゃないですか。 ってなったときに、ある先生から説明文は役立つけど、 物語ってあんま正直役に立たないよねって言われたことがあって、 これがめっちゃ悔しくて。 子どもから言われたことはないんですけど、 それがちょっとショックというかね。 なんとかしたいなと思って。 物語を学ぶ意味ってなんだろうなと思って、 ずっといろいろ考えてて、 いろんな方に聞いたりいろいろ学んでても、 他者の人生を普通に体験できるとか、 人の気持ちが理解できるようになるとか、 いろんな想像力がいろいろあるじゃないですか。 そういうのも全部そうなんですけど、 それって複次的に実感できるようになる学ぶ意味だなと思ってて、 その一個前に、物語って面白いねっていう、 もう少し本能レベルで実感できることを挟まないと、 その次の段階を実感できないんじゃないかなと思ってるんですよ。 物語苦手?嫌い?って思ってんのに、 他者の人生を追い体験できて、 すごい人生豊かになっていいよね物語を学ぶのって、 絶対にならないじゃないですか。 っていう意味で、まずはやっぱり、 みんなが面白いなって思える。 面白いの意味を聞き手によっては、 そんな面白いぐらいでいいのっていう、 浅いんじゃないのって思われるかもしれないんですけど、 子供によっては最初は浅い、面白いでも別にいいと思うんですけど、 とりあえず面白いなって思えるのが前提としてあって、 だんだん深い面白さにも同時に味わっていけるようにしたいなと思ってる。 なるほど。 これはどんな感じですか? 5分間で喋ったことをとりあえず全部言えばいいかな。 もう好きに喋っちゃってください、とりあえず。 僕は聞きたかったんです。 すいません。 2つ話しして、入り口の話と出口の話をしたんですよ。 それは物語を学ぶことにおいての入り口と出口。 物語の学校の授業での単元の入り口と出口。 僕の中で、学校の物語の勉強って、工夫して力入れてやってる先生は、 ある程度面白いと思わせる子を増やせてると思うんですけど、 普通に淡々とやるだけだと、教科書開いて、新しい物語入るよみたいな感じで、 じゃあ一階先生もね、みたいな。 これは別に皆さんがじゃなくて、過去の僕がそんなふうにやっちゃってたなと思うんですけど、 あーめんどくさ国語かーみたいな感じで、 お腹減ったなーとか、次早く大工にならへんかなみたいな感じの中で、 新しい物語に出会わせるみたいなことが起こっちゃってて、 それはちょっと今思えばすごいもったいなかったなと思って。 出会いって大事じゃないですか。 物語って日常生活では、そんなに何回も同じ作品を繰り返し読んだり、 繰り返し同じ映画を見たりっていうのはよっぽど気に入ったものはするんですけど、 あんまりしないでしょ。 それはよく言われる話なんですけど、 だとしたら、一回目が一番衝撃としては大きいわけじゃないですか。 感動とか意外性とか。 とすると、物語を読んだときの感想の交流って、 一番の山場って一個はまずは一回目やなと思って。 初発の段階ってことですね。 初発の感想の交流って、学び始めてから、わりとつい最近までは、 自分が授業を作るためのデータ収集ぐらいの感覚にしか思ってなかった。 わかります。すごくその感覚は。 問いを考えなさいとかね。 わりと最近で言うと、カード実践とかも国語でやってて、 奇襲を活用するような授業にしたいと思ってて、 それは別に今も一番の根っこで大事にしたい一個なんですけど、 ただそれが初発の感想の段階で、今までは大事にさせようと思ってたんですよ。 これはもうすでに5分間で話した内容じゃないことも…。 大丈夫です。 初発段階で、今まで学んだ物語で学んだことを意識しながら読もうみたいにやってたんですけど、 それが逆に身構えちゃって、純粋に楽しむっていう一番大事なフェーズをなくしちゃってて、 自分のために読ませている感覚に最近なってきて。 だから最近は物語に出会うときは、 あんまり学んだことが何が使えるとかってあんまりごちゃごちゃ考えさせずに、 シンプルに読むんだけど、題名読みとかは大事にしてて。 どんな話だと思うみたいな感じで、こうじゃないとか言って、 興味を掻き立てた上で、じゃあ実際にどんな話か確かめてみようかみたいな感じで、 内容についての興味関心を引き立てるための手立ては取るんですけど、 単元の見通しとか、この単元につけたい力はこれでとか、 それはもう出会って楽しんだ後かなと思って。 っていうふうに僕は個人的に思うようになってて。 っていう意味で、初発の感想の段階を大事に扱うっていうことで、 先導ですね。先導という言葉で短く括ったんですよ。 5分の中ではそういうふうにまとめた。 そうです。今言ったような話を。 入り口の話でギュッと。 はいはいはい。なるほどなるほど。 本当はそこから何時間もかけて、一回目では気づけなかった、 概念的な理解とか繋がっていく面白さとか、 どんどん登場人物にシンクロしていってみたいな、 それこそ追体験みたいなそういう話とか、 そういう違ったフェーズの深さに誘っていくのが単元の中であるじゃないですか。 はい。 考えの形成と共有の段階で、またちょっと違う深さで面白いが、 ミルフィーみたいに重なっていって。 そこはでも5分では話せなかったんで。 そうですね。 そこは今回はちょっと諦めて。 今度は出口の話をしたんですね。 出口では、今度は物語の勉強が学校の授業の中で閉じるんじゃなくて、 日常の一部なんだよ。学校でやってるけど日常の一部なんだよっていうことを味合わせたくて、 日常に転移させていくっていうような感じですね。 でも意外と子どもたちも僕たち大人もそうですけど、 教科書の中の文章、テキストで書かれた文章としての物語に限定しなければ、 物語性のあるものって、結構物心ついたときから親しんできてるじゃないですか。 アニメ、漫画とかドラマとかそういうことですね。 そういうことです。物語。 もっと大枠で言うと、人間って物語を物語る頭の中で想像することで、 いろんなことに対処したりとか、予見して未来に備えたりできるじゃないですか。 こういうことをしてるとこんなふうになっちゃうかもしれないとかね。 こういう言い方をしたらこういう状況に陥っちゃうかもしれないというのは、 まだ起こってない、目の前にない事実を物語として自分でクリエイティブに想像してるからできる心配であって。 そこまで深いことを言うわけじゃないんだけど、 まずは日常で見たり聞いたり楽しんできた、実は漫画とかアニメとか、 そういうのを楽しんでるのも、物語を学ぶって言ったらニュアンス違ってきちゃうかもしれないけど、 物語と触れて楽しんでるってことであって、 国語の授業でやりたいのも、実は先生はそういうことなんだよみたいなことを伝えたいと。 その橋渡しをするのに、一つは単元の終わりに一回読み聞かせをしたりしたんですけど、 4年生の友情の株新聞っていうちょっと推理小説っぽいやつを買った。 そこで伏線のつながりを回収するような面白さを味わうみたいな、そういう単元だったんですね。 つながりを読むっていう。 それで並行読書とかしながら、このつながりを読むっていう読み方で、 他の作品も読んで面白がれるかっていうのを探検でやったんですけど、 それは一人一人が個人個人で選んだ作品を読んでるから、 共感したり喜びを分かち合うみたいなことはできてなくて、 それをなんかやりたいなと思って。 煙突町のプペル。西野さんの絵本を。 先生がまずこれを一回だけ読むよって言って。 さっき話したみたいな、日常生活であんまり繰り返し何回も読んだり見たりしないことが多いと思うから、 一回読んだだけでもどれだけ面白がれるかみんなで。 今回はつながりを見つけて読むっていう読み方がどれだけ使えるのかっていうのを確かめてみるかって感じで。 プペルを読みました。 そうすると、みんながつながりを見つけながら読もうという意識で読んでるから、 読み聞かせしてる段階で、え、これ何の意味があるの?とか。 え、さっきの行動とつながった、さっきの冊子はそういう意味だったのか?みたいなことをつぶやいたり、 そういう雰囲気のハッとした顔をしたり、 思わず隣の子にあれあれじゃない?みたいな感じでしゃべってる子が起こってて、すでに面白がってるっていう感じで。 で終わった後も、どうだった?どんなつながりが見つかった?とか。 回収できひんかった伏線とかもね。これの意味がわからんかったとかも含めて、感想交流してすごい楽しかったんですよ。 楽しかったで、国語の授業を締めくくるのは浅い感じがするんだけど、そういうことじゃなくて、 深く味わえてるからこそ楽しがってる様子がにじみ出てるというかね。 読み聞かせの楽しい、面白がってるって言葉じりのちょっとしたユーモアとかで、 男の子とかは笑ったりとか、ちょっと下品な人とかは笑ったりするじゃないか。それもいいんですよ。 それも全然悪いことじゃないんだけど、それだけじゃなくて、深く読めるからこその面白さみたいなことを一撃でかなりの子が味わえてたなと思って。 仲間とともに語らう楽しさみたいなのを、いちいち説明はしないんだけど、味わえてたなと思ってて。 それを体験してもらった後に、めっちゃ面白かったねって。 これだから教室の中でも、映画館でみんなで好きな映画を見た後に喋るのも一緒やねんなみたいな。 だから教室の中で教科書を開いて読む学びを小さく捉えないで、日常の一部だと思って、もっと面白くなっていってほしいなって先生は思ってるよって。 ぜひ今回の身につけた学び方、読み方、法略的なことですよね。繋がりと読むみたいなことをちょっと意識しながら、 映画を家族と見たり、アニメを見たり、漫画を読んだりでもいいし、 できたら活字のある小説っぽいやつも面白かったら読んでみたりしながら、 それの感想を楽しく語り合うみたいなことをして、自分の人生をちょっとでも豊かにしてほしいと先生は思ってるよみたいな。 そんな話をしたんですよ。 そういう話で入り口の鮮度を大事にしたいという話と、出口を日常に溶け込ませていきたいなという話をしました。 15分か20分くらいもう喋ってるかもしれない。 それぐらいかかりますよね。ちゃんと喋ろうと思ったらね。 なるほど。ありがとうございます。 グラレコで僕も見ていて、今の話をざっくりと視覚的には見ていたんですけど、 入り口と出口って、まず物語に絞るっていうのはすごく、 時間配分を考えると全部ってなると難しいなと思うので。 僕の能力的には全領域について語りたいってのはたぶん力量不足だと思うんですけどね。 まあなかなか難しい5分ではと思うんですけど、 今の話、入り口と出口っていう捉え方で、その中身の深め方みたいなのは、 ある意味散々指導書であったりとか、世の中の本で溢れているし、 実践方法としてもたくさんあるし、指導案、授業案としてもたくさんある中で、 さっき言ってた小学校の苦手としている、僕もちょっと苦手やなって思ってる先生は、 入り口と出口だけでも大切にしてみて、中身はトレースでもいいじゃないですかっていうふうな言い方もできるだろうし、 中高の専門の先生は逃げてるわけはないと思うので、 そこのところ改めて考え直してみるっていう機会にもなるだろうし、 取ってもいいなと思いながら、いくつか僕も思ったところあるんですけど、 その入り口の鮮度っていうのはすごく共感というか、そうだなと思ってて、 初発の探究的な学びを全教科で実現できたらいいな、みたいな流れとそういう言葉は出てるじゃないですか。 国語科の探究ってやっぱり難しいっていうのは、著名な先生とかもそうですし、 大学の先生らも言ってはったりとか、いろいろ話聞く中で、初発の感想から探究の種を持ってくる、 最初の課題を持ってくるっていう実践って多いなと思うんですけど。 そうなんですかね。ちょっと深くはわかんないんですけど、どういう感じですか。 要はその一番最初に引っかかったところは、よくあったじゃないですか。 その初発の感想の中で、面白いなと思ったところ、共感したところ、不思議だなと思ったところ、わからないところ、みたいな。 そういう分類で初発の感想を拾っていって、そこからわからないことから課題を考えていくみたいな。 そういう種を出してる実践をいくつか見るなと思うんですけど、初発の感想からそんなに探究と言わずとも、 ハテナハテナハテナがそんな出てくるかっていうのをすごくいつも思ってて、 初発の感想にそれを一番最初からこれを出そうと、そのハテナを出そうと思って、 読んで初発のそれを出させるんじゃなくて、初発の感想を全部出した上で、その中から拾っていくとわかるなって思うんですよ。 分類した上で書かせるっていうのは難しいし、僕としてはちょっと違うんじゃないのかなって思ったりはしてたんです。 だからさっき言ってあったみたいな、初発が一番っていう、そこは僕も大事にしてるところだなと。 それ僕どっちもあるなと思ってて、戦略的に読むみたいな。法略。法略を意図して読むっていうのは、 だから素の自分で読むのが本当の一回目みたいなのが僕は大事にしたいなと思ってるけど、時間的に難しいときとかもあるじゃないですか。 そこはバランス取るのも別にいいのかなと思ってて、長い話だったらね。 一回読むのに20分くらいかかるような、高学年とか中学校の物語とかで、 まずは素の自分で何の指示も出さずに読んでとかってやるのはちょっともったいない気もするので。 でもやれるならやりたいなと思うんですけどね。 ベストは、さっき言ったみたいに題名読み的な感じで、予想するっていう。 要は題名読みって予想じゃないですか。 そうですね。 これ僕3年生にも教えてるんですけど、小学3年生に。 これって実は予想してるんだよ、みんなみたいな話で。 予想するって何がいいの?みたいな話をしてて。 予想せずに読んだときと、先生が読むからとりあえず一回聞いててねって言っていきなり読み始めて聞くのと、 題名でみんなでこういう話なんじゃないって予想した上で読むのと、 なんか変わりそうって聞いたら、3年生でもわかるんですよ。 そっちのほうが読みたくなるとか、あっちかめたくなるとかってやっぱり言うんで。 そういうことは大事にしながら。 だから自分のコントロールができるんだよって。 今からやることを自分なりに予想した上でやってみるっていう方略を持っておくと、 自分ごととして興味を持って、面白がって学べるっていうことに繋がるはずだよっていうことをそこで教えたりするんです。 ちょっと話してみて。 それは社会の調べ学習のときにも同じこと言ってて。 じゃあ先生が今日はこれについてやるからこれについて調べましょうとかって、 一個一個全部次はこれとかやってやられてもおもんないやんっていう話をしたり。 自分で問いを出したり、たぶんこうちゃうかなって。 今までの日常経験と結びつけながら、予想してみてから実際どうなんやろって調べたりとか。 みたいにするから自分ごととして調べれるんだよみたいな話をする。 そこは予想するっていう汎用的なスキル、思考力、思想の仕方として教えていって、 教科横断って言ったらちょっと違うかもしれないですけど、 教科にかかわらず使えるようにしてほしいなと思って教えたうえで、 題名読みをして、じゃあ読んでみようかって言って読むと。 それは素の自分で読むって言うにしてもやってるんですよ。 映画でも予告とか見てるから、予告見て判断してまず見るか見ないか。 面白いかどうかね。面白そうかどうか。 本だって、漫画だって、タイトルとか表紙絵とかから、 大体こんな話、自分の好きそうな話かなと予想して読んでみるじゃないですか。 題名読みとか予想してから読むっていうのは日常でもごく自然にやってることなんで、 学校の価値を築けるようにしてからやるっていうのはやってて。 かいさんおっしゃったみたいに、最初からこういう視点で読みましょうとかっていうのは、 時と場合によりけりかなと思うんですけど。 たぶんそこは今お話聞いてると、完全に中学校の先生との違いだなって思いました。 小学校の先生だからこそ、他の教科でもこうだよって直言えたり、 その教科の授業の中で言えたりとか。 確かに確かに。 僕は時間が取れるので、 そうやって例えばメロスを2回読むみたいなのもできるなって思うので、 そこはたぶん僕が大事にしているところだからこそ2回読むっていう話だけじゃないですけど、 時間をかけてやっているっていうのと、今おっしゃられてたようなその題名読みとかも含めて、 なんかこう1回教えた、それこそ法略というかその読み方とか出会い方みたいなところを、 前回やったから同じようにやってみようとか、そういう言葉をあえて言わないなって、 たぶん僕の教えてる中で、教え方の中で思ってたので、 その辺がたぶん丁寧さの違いというか、そこに現れてるんだなって今聞いてて思いました。 結局そうなんですよ。 メロスを読む段階ではもうすでに、学年とかにもよりますし、小学校でどれくらいやれてるかっていうのもありますけど、 メロスをやってるときにはもう人物相関図は作れるはずなんですよね。 人物相関図も作れて、時系列で物語をしっかり追っかけていくことも、 メロスの心情描写をしっかり注視して捉えていくこともやってるはずなので。 そうですね。 やってるはずなのに、これ前回のウーバーさんとのコラボ放送でもあったんですけど、 結局それをやれてるはずなのに、中学校でもう一回やらざるを得ない、 もう一回あらって言ってこういう読み方だよねってやらざるを得ない状況がどうしても出てくるので、 そこをうまいこと、もうやれてるよねって言いつつも確認していきながら、 自然とその読み方にさせられるような授業の持っていかたにしてるっていうのが、中学校の中ではあったりするので。 なんか、かいさんのウーバーさんとのやつも聞いたし、その次にちょっとウーバーさんとの放送を制してあげた。 昨日か一昨日かの。 そうですね。放略の話ですね。 放略の話もお聞きしてて、まさにそうだなと。 なんか行動が先にあって、結果的に君たちが今やったことって、実はこういう放略って言えるよみたいになる。 概念化は後から。結果を子どもたちにアクションさせてから概念化するっていうのはめちゃくちゃ僕も共感して、 それそれと思いながら聞いてました。 さっきの題名読みとかも、持っていかた次第ですよね。 先にこういう意味でこういうやり方してから、だから題名読みするんだよって言ってからやる必要は別になくて。 さっきのタイトルとか予告編みたいな映画の話をけんげんさんが言ってあったみたいにするのが僕も一緒だなってすごくそこは思います。 後から、題名読みしてから物語を読んでおもろかったなってなってから、なんでこんなに面白がれたかっていうとね、みたいなくらいであったら書いてたんで。 いやーまさに。 そっちのほうが良さそうだよね。 僕はそれが好きですね。個人的に。 どっちでも学校によって、先生の話し方とか授業の持っていき方とかスキルによって多分違うと思うんですけど。 僕は後付けの勝ち付けがあって、ああ確かにって子どもたちに思わせるほうが好きです。 僕も繰り返し教えてて、なかなか難しいなと思うのが、 一回そうやって最初にある方略について行動先に起こさせてから概念化して、ああ確かにってなって納得しながら受け取ってくれてる子がほとんどなんですよ。 だけど、じゃあ今度から題名でちょっと予想してみようかなとか、 題名読みを意識的にやれっていうのはちょっと違うかもしれないけど、 特別の方略とかでも、そういうことをやったんや、これ便利、今後も使えそうってなるとこまで持っていけるんですよね。 だけどそれだけで安心して、じゃあ今度から子どもたちは自然とこの方略使える子が多いよねって思ったら、 結構そうでもないっていうことが、普通に小学校なんかで起こりまくるんですよね。 概念化して定着するまでにはかなりの、思ってる以上の時間とか経験がめちゃくちゃ重くて、 僕もカード実践をやっていてもそうなんですよ。 カード実践、まさにそこを補うというか。 そうなんですよ。 今さんがやってることも、たぶん僕がやってることもほぼ一緒なんですけど、 忘れちゃうんでね。 学んだことをどれだけ納得して学んでても、忘れちゃうんですよ、人間。 回数をどれだけ重ねられるかというか、それこそ回転数を上げていくみたいな話で言うと、 物語の次って絶対説明文じゃないですか。 そうですね。順番がありますね。 物語物語物語って次説明文説明文みたいになれへんから、難しいですよね。 そうなんです。だからこそ、読みの法略的な繋がりを見つけながら読むとか、 いろいろな法略的なある意図を持って読んで、 その読み方が他でも汎用的に使えるのかっていうようなことを試すのは難しいです。 学校の中の物語だけで補うのは難しい。 さっきのプペルみたいな話になった。 プペルみたいな。一本とか短いものだったらできるじゃないですか。 だったりとか、かいさん前に僕の授業見に来て、確か似てる物語を探そうみたいな。 やりました。やってました。 ああいうのも、絵本とかだと、 今までにすでに出会っている物語とかを中心に集めて概念的につなげるみたいなことができるので、 時間的には結構短縮しながらも、 いろんなジャンルの日常にあるものも含めて概念的につなげていけるっていう良さがあると思ってて。 いいですね、それ。 だから日常に溶け込ませていくっていうこと、 プラス概念的に、表面上は全然違うお話に見えるんだけど、 実は構造的には似た出来事の繰り返しがあるっていう視点から見れば、 スイミーもゴンギツネも大きな株もマッチュウリの少女も、 全部構造一緒やんみたいなことが分かってくると、 知的な面白さでつながっていくし、 創作家のときにも、似た出来事の繰り返しを構造に入れて、 設計図を書いて、物語に作品を書いたら、 読者に深みを感じてもらえるんじゃないかみたいな。 そういうことにつなげていけるなと思ってます。 そこから結局、さっきの出口の話とつながってくるなと思ってて、 僕の印象に残ってるのが、物語を面白がれるっていう表現。 これがすごく大事だなと思ってて。 物語を面白がれるって、どういう人が面白がれるんだろうって思うと、 うちにも3歳の息子がおるんですけど、 四六時中うんちうんち言うてるんですね。 その言葉を面白がれるっていう、発達段階的にもいろいろありますけど、 プチプチみたいな二音語というかね、 そういうふうな言葉を面白がれるっていうところから、 言葉の意味ではなくて、言葉の響きで面白がれたりとか、 言葉の羅列で面白がれたりだとか、繰り返しが面白かったりっていう、 面白いっていう言葉を読んだときに、文章を読んだときに面白いっていうふうに感じられるってすごく大事じゃないですか。 そうですね。 それの、僕ちょっと小学校でどこまでかっていうのをそこまで理解しきれてないんですけど、 やっぱり発達段階に応じて、こういう物語の面白がり方ができたらいいなっていうのってあると思うんですよ。 はいはいはい。 例えば、解決ぞろりみたいなものを面白がれるのって、何年生ぐらいから面白がれて、何年生までは面白いと思えるのかみたいな。 ああ、なるほどね。 なんかそういうふうなところを子供らも理解してくれたら嬉しいなと思うんですよ。 なんで私らはこういうふうにぞろりを面白がれていたのに、今は面白くないのかとか。 うん、めっちゃわかるめっちゃわかる。 ラレンシャンは面白がれていたのに、なぜ途中で辞めてしまってハリーポッターに移ったのかとか。 なんかそういうところを子供らが意識しだすと、自分たちが物語を面白がれている理由がわかったり、どこに面白みを感じているのかって多分わかってくると思うし。 めっちゃわかります。 なんかそれから、コナンが好きな人って毎回コナンの映画見に行くじゃないですか。 はいはいはい。 でもコナンをなんかわからんっていうか面白くないっていう人って、たぶん浸水してる人たちは置いといて、 シンプルに物語として面白いって絶対に構造が決まってる中で、どっか推理しきれる、読みきれる部分もあったりするじゃないですかコナン。 絶対大どんでん返しがあるような映画ではなくて。 ある程度わかるとか、絶対黒ずくめが絡んでるとか。 テンプレート化された面白さがあるみたいなところもコナンの良さやし、 そう考えると、さっき言ったみたいな似てる物語とか、似てる本を上げていこうみたいなもん、一緒で。 なんか似てる面白さを上げていこうってやっても、結局物語は面白がれているからこそできる話だと思うので。 面白がれるっていう表現がすごく僕はいいなと思って今話聞いていました。 ありがとうございますね。 今お話聞いてて思ってたことと結びついたのは、 別に子供の時に面白がり方と大人になってからの面白がり方って違ってくるんですよね。 子供向けの戦隊ヒーローもんとか、そういうやつの作りって、 あれ本当考えられてるなと思うのが、大人もちゃんと見たら面白いんですよ。 うん。わかります。 わかります? わかります。すごいわかります。 子供が必殺技とか変身するとかがかっこいい、面白い。 で、戦っててっていうのが面白いでいいんですけど、 子供向けの作品やからって手抜いてないんですよ、ストーリーに。 うん。これむちゃくちゃわかります。 なんか子供が見てるのを横で見てたら、あれめちゃくちゃおもろいやんってなってくるっていう。 えらい深い話してる。絶対子供にはわかってないやんって。 そうそうそうそう。 あれが、大人もちゃんと子供にテレビを見せてほしいからね。 そうですね。制作者側の意図がすごい入ってますからね。 っていうのもあるんだろうけど、上手いなと思って。 別に子供のときに見た、僕だったらウィンスペクターとかいろいろあったんですよ、ジバンとか。 ジバンがいろいろあって。 そのときに面白がってたときの、同じ作品をもう一回二度見することは多分ないし、難しい。 でもおそらく、あの頃見てて、バンバン必殺はおもろいかっこいいって見てたやつも、 実は背景に描かれてたストーリーには大人が見ても深みがあるような、世界的な問題意識、差別意識とかね。 それもあるじゃないですか。ウルトラマンとかも。 そういうものがあったんだろうなーって思いを馳せて面白がるみたいな。 我が子が見ている戦隊ものとかを見てて、深いなーって面白がるとか。 多重的な面白がり方が人生においてはできるなと思って。 法略とかいろんなものを身につけていくと、 一個の作品がどんだけ面白がれるかっていうことももちろんそうですけど、 物語全体の世の中の構造というか、人をどうのように引きつけているのかとか、 どうやってそういう現象が起きているのかとか、 そういったことを読み解く一つの鍵にもなるかなと、そんな気もしてきました。 いやー、いいですね。そこが結局日常への転移になってくるし、 先ほどの一番最初の5分間の話、プラスアルファのところでいうと、 日常に物語で学んだことが転移するって、 本当に意識してないとそれは実感せえへんけど、 まあおそらくね、古語だけじゃなく全教科、自然と日常にはつながってきてるだろうし、 そうなったときに、物語を楽しめるように、面白がれるように学んだことが自然と生きてくるっていうのも一つだし、 さっき言ったみたいな、人間関係とか自分の人生というか生活レベルの話で、 一番実感できるようでできないところだなといつも思うので、 それを意識的にさせられるようなカード実践とか、 そういうふうに子どもたちが見てわかるように、 自分で自覚化できて、概念化できて、しっかりとそれが使いこなせるようになったなって思えるようにできるような実践って、 やっぱりそこで価値があるなあって改めて思いましたね。 カード実践もそうです。シンバさんの技の実践もすごく多いと思うんですけど、 カード実践そのものに日常に溶け込ませることが自然と起きるっていうのは、それだけでは期待は薄いなと思ってるね。 だから入り口と出口の特に出口とか、あるいは入り口でもそうですけど、 最初は素朴に読んで面白がるっていう読みを最近は大事にしてますけど、 2回目行こう。じゃあこの話って今まで出会ってきた物語? 国語の教科書で学んだもの以外も含めて、何と似てる?みたいな話をしたりして、概念的な取り組みを捉えていくっていうこと? 繰り返しが今回も多いよねとか、 今回は普通やったらマイナスがプラスになる話が多いのに、最後まで終わってへん?みたいな話、今まであったっけ?とか。 そういう構造的な共通点を探しながら、今まで出会った物語として概念的に再構築していくみたいなことが、 3年生以上ぐらいだったら意外とできるなと思ってます。 いやーその辺がやっぱり僕、ケンケンさんの授業前、いつでしたっけ?1年前ぐらいですか?もうちょい前ですか? いや、3月ぐらいだったと思う。 あれ1年前ではなかった。 1年後か。1ヶ月ぐらい前ですね。 そうか。 ところも含めてですけど、やっぱり小学校の国語の授業で、どこまでできるねんっていうところを、 僕自身はしっかりと把握というか、分かってないなっていうのを本当にいつも思うんですよね。 こういうふうにお話聞いていたりとかしたり。 かなり問題意識持たれてますよね。前回お聞きして感じたのは。 本当にそうなんですよね。 中学校の教師もそうやし、高校の教師もそうやし、逆に小学校の先生も、中学校高校の授業もそうだし、 本当にそこのつながりというか、どこまでをどこで教えているのかとか、どれぐらいできるのかみたいなのを、 しっかり考えて精査していかないと、無駄とは言わないですけどね。 なんかね、理想は全校挙げて、小中連携して、こういうことを確実にやっていきましょうということですよね。 それが、教科書通りに意識的に指導書とかもちゃんと読んで、何が中核概念かとか、そういったような意識でやれる。 すべての先生がそれを意識しながら全教科やると、確実に抑えていくことができるというのは、シンプルな理想論としてそうなんですよね。 そっちに向かって、新時期学習指導要領の議論も構造化してわかりやすくして、 そういうことを実現できるようにしてもらおうっていうことで話が進んでると思うんだけど、 それでも難しいと思ってます。 全校で共通理解して、大事なポイントを抑えながら確実に身につけていけるようにする。 なぜ難しいかというと、僕がカード実践線とかも取り込みながら、最大限できることをフルでやって、そこにめっちゃ注力してやってるんですけど、 それでも忘れるんだよ、この人たち。 どんだけ明示的に教えても、実感できる、なるほどって言わせて学んでもらっても、自然とはつながらないことが多いんですよね。 だから結構これは難しいことだと思ってて。 たぶん今まではね、僕が4月に物語で何を学んだとかだったら、前回藤井さんがおっしゃってたような、 ゴンギツネ読んだよねみたいな話になってたんですよ。 もうちょっと教えてほしかったなっていう思いもめちゃくちゃ思ってたんですけど、 必ずしも教えてない、学んでないわけじゃなくて、 学んでると自覚できてないとか、自覚はできてたんだけど思い出して使えるまでになってないみたいなところに、 すごいタイムラグというか、キャップというか、乗り越えるまでには、一回やっただけでは実現できないことが多いと思ってて。 そうですね。 最近は僕開き直ってて、ゼロから学ばせよう毎年みたいな。 それだったら別に今まで、ゼロからって言っても本当のゼロからじゃないはずなんで。 だから思い出せるようにうまくしていけばいいなと思ってて。 だから3年生だったら、4年生だったら行動や会話文から気持ち・心情を読み取るっていうことはやってるんですよ、3年生でね。 はいはいはいはい。 心理学のはずなんだけど。 でも、もう知ってる前提でできるよねじゃなくて、 多分自然とはできない子のほうが多いよねってぐらいの意識でやってかないと、 おぼしも出てくるんですよね。 いやー、それでも小学校の先生、6年間ある中で先生が入れ替わり立ち替わり入ってきて、それをやろうとするのってむちゃくちゃ難しいですね。 そうそう。 だから自分が担当した国語の授業で学んでくれる子たちには、せめて今までのまだ概念的に活用できるレベルまでいってないものも、なるべく活用できる土俵にあげてあげたいなと思ってますね。 だから、やっぱり獲得したものをちゃんと使えるようにしましょうねっていうのを全教科あげて、校内でとか。 別に、前回国語科における中核的な概念とは何かみたいな難しい本あるじゃないですか。 はいはいはい。 みたいなことを全校あげて、県議院では絶対無理だと思うので。 音が途切れてる感じがしました。 ほんまですか。 そうか、僕のほうで途切れてたんかな。ごめんなさい。 先にケンケンさんのも途切れとって。 あ、ほんとですか。僕かもしれないですけど。 えっと、なんやった。 全教科あげて、核強化の概念を完全に理解してみたいなんて絶対難しいと思うので。 やっぱりもうちょっと噛み砕いて、学んだことを、それをできれば。 今なんか、これお便りってコメント届いてますよね。 そうです。これね、実は僕最新をずっと表示してたんですけど、今馬さんが生放送気づきましたって言って、今来てくれはって。 あの言ってあるように、教わってないのか言語化できてないのかの違いですよね、とか。 確かに確かに。 螺旋的反復的に学ぶこととか。 そうそう。だから教わってたとしても、螺旋的にやらないと自覚化して言語化して活用できるレベルに行かないことが結構あるし。 教わってないパターンもあるけど、それはどっちでもいいかなみたいなのが僕の現時点での結論。 そこを悩んでも、要は過去に戻って教えてもらうってことはできないので、教えてもらってないんだったら、教えてもらってなかったかもしれんけどじゃあ教えるからいいよみたいな感じ? まあそうですね。 教えてもらってないとか最初言うんだけど、教えてるときにやったかもしれんとか思い出すことが出てきたりするパターンもあって。 だから一番教えてもらってないとかって嘆く必要ないかなっていうのは思ってますね。 やっぱり数学とか算数とかってわかりやすい積み重ねじゃないですか。 ずっと繋がってる感があって。 正直その図形と例えば二次方程式みたいなものでも絶対に授業の中では繋がってくるところが、子供らの目で見てもわかるし、先生の言葉でもわかりやすく出てくると思うんですけど、 国語の先生というか国語を教える中ではそこ意識せんと先生は絶対出さないと思うので、それをやっぱり意識して伝えていく。 だから教科書の最初に一番最初にある比較して読もうだけじゃないよっていう、そこをしっかりといろんな先生が理解してくれたらいいなと思いますね。 数学とかは結構致命傷になるんですよ。教えてなかったり、一旦全然やらずにやってたり、掛け算を全然身につけないままとかってなると、積み重ねが成り立たなくなる。 教科の特性上致命傷になりかねないんだけど、国語ってその辺もちょっと楽観的な感じはあるかなと思ってて。 いやそれがダメですね。 それがその、僕でも今いい意味で言ってるんですよ。 実は教えてなくても、国語で教えることって日常的にはやってることが多いと思ってて、特に物語は。 ごめんなさい、今ちょっと声が途切れてしまってました。 はい、接続中になってましたね。 僕は国語の場合は、特に物語はそうなんですけど、教えるべき内容が実は潜在的に、無自覚にレベルでは子どもたちが日常でやってることが多いんですよね。 例えば会話文から直接気持ちを表す言葉を、「嬉しいわ先生」とか、「悲しいよ先生は」とか言わなくても、 発達的な特別な発達の問題を抱えてる子はまた特別な配慮がいるから、そこは抜きにして話しますけど、 表情から読み取るとかできるじゃないですか、その持ちを押し量ることがね。 物語っていうのは、それを日常的にはみんなができてることを、ただ文章で落とし込んでやってるだけだよと。 文字になった言葉を挟んでそれをやればいいだけなんだよみたいなことを、わかってもらうにはさほど時間はかからないので。 例えば僕が3年生4年生で物語の最初のときにやるのは、会話文から気持ちを読みましょうとか、 気持ちを想像しましょうとかって言うんじゃなくて、 しゃべりをほとんどせずに演技をするんですよ。 とぼとぼと肩を落としながら歩いてきて、教室の前まで来て、止まって大きくため息をついてからドアを開けるジェスチャーをするんですね。 ドアを開けたら、顔を上げて教室全体を見渡した途端に落ち込んでたような表情をしてたのが、パーって明るくなって、 そこからスタスタ歩いて教宅に堂々と胸張って立って、みんなおはようって笑顔で言うみたいな、 こういう一連の流れを50秒ぐらいでできるじゃないですか。 今の先生の演技を見て、どんな気持ちかわかったって言ったら、 いろいろ言って、めっちゃ落ち込んでたとか、奥さんと喧嘩したんかと思ったとか言ってね。 先生なんも説明してないし、落ち込んでるとかも言ってないのになんでわかったんって言ったら、 行動とか歩き方とか表情とか見たらわかるやんみたいな話になる。 じゃあ嬉しいとか楽しいとかっていう言葉がなくても、 みんなは気持ちをそういうところから想像できるんだよねって。 物語でもそれやればいいよ、じゃあ物語の勉強書かみたいな、そんな感じでやるんですよ。 いいですね。その導入、これ沼さんも言ってくれてますけど、いいですね。めっちゃわかりやすいですね。 これやると、低学年のときとかに一単元を使って、行動から気持ちを読み取ろうみたいなことをやったとしますよね。 っていうのをやってなくても、実は子どもたちはやってるので。 日常的にもそうですよね。 そうして子どもたちの日常で実はこれってやってることやねんみたいなことに教師が気づけば、 今まであんまり学んできてなかったかもしれないけど、 さっとつなげてあげれば、僕たちやってることをやればいいだけなんやみたいなことをわかるようにしてあげれば、 割と短時間で学び直しができたりとか、螺旋的な日常との往還もできるし、 同じことを学び直すってこともできるかなと思ってます。 その辺は小学校の先生ならではの丁寧さがいいなって思うのと、 やっぱりけんけんさんのね、前も思ったんですけど、導入がすごいやっぱりいいんですよね。 前の、あの時の絵本じゃないわ。いろんなお話の時でも、間に挟んで貼る先生の、 これなんか一個ね、すごい長い絵本が出てきたと思うんですけど、それもちゃんと拾って、 ああそういうのまで見てた、確かにこれはどうなんみたいなのを全部拾って貼ったりとか、 やっぱりその丁寧さと、導入の子供への寄り添い方みたいなところが、 いやーでも僕は本当にそこまでやらなきゃいけない。 今の話を中学校でやっても絶対受けると思うんですよ。刺さると思うんですよ。 けど、気持ちそこまで、やらんでいいわけじゃないけど、そこまでって思ってたりとか、 そこまで実際しなかったりするので、いやーでも結局そうやな。 いや、これはね、アドバンテージは、ちょっと小学校の場合は時数をね、 あんまり公に言っていいかわかんないけど、人はいじれるじゃないですか、他の教員とか。 いじってるってことは他をないがしなしてるんじゃないかと言われたら、 ごめんなさいとかしか言えない部分ももちろんあるんだけど。 中学校の先生はさ、道徳と自分の教科と学活とぐらいですか? 統合と。限られてるので、与えられた時間の中で全部やらなあかんってなると、 工夫したらできるよねっていうこともあるだろうけど、 苦渋を飲んで断念してみたことは増えるんだろうなとは思います。 そうですね。多くて週4なので、多くて週4回で、僕は今週1回しか授業を持ててないってなると、 本当に伝えられることが限られてくるというか。 週1回。 今国語の文法担当なんで、週1回もないときもあるんですよ、言うたら。 だから子供らに1回言っても、次会えるのは1週間後なので、ほぼ忘れてるんですよね。 それは大変ですわ。 まあまあそれはね、またあれですけど、なんやか言うても1時間お話させてもらったようで、 もちもちまとめようかなと思うんですけど。 英語として言いたい。 いや本当そうなんですよ。僕だってプラスアルファ喋りたかったところが、 いやもう今日はちょっとあれなんで、プラスアルファね、また喋りたいなって思うところが、 前回のその5分の逃げないの話のときに、いくつか物語を学ぶというのがさっぱりわからないって言って ポストされてる方いらっしゃると思うんですよね。 僕、あっちの意味もわかるけどもっていうところがあるじゃないですか、やっぱり。 そうですね。 意味求めてもしょうがないっていうのは、先生としてもそこを思っとかないとダメだと思うんですよ。 そうですね。 でも、でもだよっていうところもあるし。 で、どこやったかな、あとけんげさんがその後に言ってはったところで、どこかな? ポストされてたところの、あ、これ短いメモ? 短いメモ。 えーと、認識強化を重視したものっていうところとか、この辺のちょっと難しい込み入った話。 そうですね、道具強化と認識強化のところとか。 で、そこから考えるともう確実にあの中核的な概念とは何かみたいなところに繋がってくるし、 そもそも国父で何を教えるのっていうところに繋がってくるし、みたいなね。 はいはい。 全部が全部なので、そこを掘り下げると多分ここからプラスアルファ2、3時間いるなと思ったりするんで。 そうですね。 なので、ちょっとここはそこまでにしておいて、いやでも5分間でお話し絶対しきれないわって思いながら オファーさせていただいたのがめちゃめちゃ良かったなと思います。 ありがとうございました。 あの、不完全燃焼だったのがすごく解消できました。 ああ、よかったです。 本当にね、これまたタイトルもね、強化から逃げないけんけんさんが5分プラスアルファ喋っていただきましたみたいな。 ありがとうございます。 一番タイトルだけしておくからと。 ほんとはまた炎上のもとになってくれるかなと思って。 炎上させてない。わざわざ。 いやいや、どうでもないです。すいません。ありがとうございました。 もしよかったらまたぜひ、あの、概要いただけたら嬉しいです。 ありがとうございます。本当に朝からたくさんの方ありがとうございます。 もう24人。すごいですね。ありがとうございます。 さすが藤井さんですね。 いやいや、もう出たり入ったりしてくださってる方いっぱいいらっしゃって。 ブラックサンダーさんもね、一番最初から、朝6時の時点で来てくれはったんで、ずっとありがとうございます。 最後にウバさんもね、たくさんたくさんコメントいただいて、ありがとうございます。 いやそうそうそう、たぶん絶対ウバさんとけんけんさん、話めちゃくちゃ盛り上がると思うので。 僕も喋りたいです。またぜひお願いします。 これちょっと僕、ブーム取りもって、僕間で聞いてるだけでおるんで、ちょっとまたやりましょうこれは。 ぜひぜひ。 え、これって3人とかでもできるの?この。 あ、できますできます。できるんですけどね、困るんですよ。なんか。 あ、回線がちょっと接続悪くなるんですね。 そうなんですよ。一回やってみて、いけそうなら、あの、たぶんどうせ1時間以上するじゃないですか。 そのまま喋っちゃって、やっぱちょっとあの、コミって難しいなってなったら、続きはズームでってやったらいいかなと思うので。 またちょっと、はい、3人で調整させてもらえたら。 ありがとうございます。 それで。 はい、今日もイベント頑張ってください。 いやー、そうなんですよね。 もうなんか、メンバーが怖くて、すごいですよね、ほんとに。ありがたい限りで。 そしたら、ありがとうございました、けんびさん。またよろしくお願いします。 よろしくお願いします。 はい、みなさんありがとうございます。 もっと見る📕言葉を整える、思考の時間藤井 海|思考と言葉を整える国語教師00:181.チャプター 101:502.チャプター 21:06:153.けんけんさんと朝から国語話📕コメント感想・質問・応援メッセージを書こう みやじ1月13日アツい!お二人とも本当に真剣に語ってて。めっちゃ伝わってきます。国語の先生じゃないけど、何かを持って帰りますね。1返信 yurika.uri1月11日国語から学べることについて考えたことがなかったので興味深かったです!話しもとても分かりやすくてあっという間の時間でした!2返信 こざ1月11日長!笑聞き始めるわ!2返信
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#380 にゅ〜ぶるさんと初コラボ放送!「AIと学校教育」についてエンジニアの方に聴いてみた👂 40分・10月28日・ 178再生AI目次エンジニア対談: AIと学校教育の可能性ボランティア活動「コーダー道場」の実践プログラミング初心者の壁と効果的指導AI教育: 思考力育成とアルゴリズム理解教師・生徒・AIが紡ぐ未来の学習対話
#379 初読の感想って何書けばいいん。に対して、なんと伝えますか? 19分・10月27日・ 234再生AI目次初読の感想「何を書く?」の壁「どこで難しい?」の問いかけ「わからん」が「問い」に変わる時筆者の言葉選びの真意とは?感じたことを言葉にするプロセス
#378 その質問、意見として届いてない?〜月曜日は言葉を整える 15分・10月26日・ 473再生AI目次質問と意見、どう区別する?対話での「聞く」力、3つの視点「質問」が相手に届かない理由とは言葉を届ける「枕言葉」の威力対話のすれ違いを防ぐ「型」の重要性
#377 金木犀の香り漂わせるコメント返し(無臭) 18分・10月25日・ 91再生AI目次AIと作文論争、指導の鍵は偏見とメディア情報の向き合い方中学生「言語化」授業の野心語彙力と実践、教育談義の深淵同僚S先生と語る「失敗」の価値
#376 説明したのに伝わらない。「知っている」の差を埋めるには 16分・10月24日・ 282再生AI目次「見える」の差が呼ぶ認識ギャップ「バリさん」から学ぶロゴ解読の鍵文章の真意を掴む知識の力とは「知っている」の差を埋める思考術相手に「届く」言葉を選ぶ視点
#375 Zangyo侍「まひろさん」と初対談!定時退勤したい人、必聴です! 36分・10月23日・ 171再生AI目次定時退勤の覚悟と秘訣上司の一言が変えたキャリア残業80時間が2時間へ!その秘訣定時で帰る人のチーム貢献発信継続の鍵、ネタ発掘術
国語の先生じゃないけど、何かを持って帰りますね。
話しもとても分かりやすくてあっという間の時間でした!
聞き始めるわ!