TOPトーク教師📕言葉を整える、思考の時間#234 家無し元教師「おにっち」対談!肩書きにとらわれない生き方52:39 3月8日 147再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「家なし元教師」驚きのライフスタイル名刺交換が気持ち悪い?肩書きの真実病気が教えた「明日死ぬとしたら」の問い対話で見つける「本当の自分」の姿他者と比較せず自分を語る教育の未来AI文字起こし(β版) # おはようございます おはようございます。言葉整う国語の時間、パーソナリティーの藤井海です。 この番組では、教室という枠を越えて言葉を整えることで、思考や日常が少しずつ進んでいく、そんなひと時をお届けしたいなと思っております。 チャンネルのフォローやいいねもぜひよろしくお願いいたします。 # おにっちさん おはようございます。3月8日日曜日です。皆様どんな朝を迎えられておりますでしょうか? さあ、ちょっと寒くなった土日ですが、今日はイチゴ狩りに行くんですよ。昨日はちょっと外に出てずっと一日家族というか子供らのことをお任せしきり しっぱなしやったので、イチゴ狩りに行って春を感じてこようかなと思っております。 Aから近いところなんでね、ぺぺって言ってぺぺって帰ってくるんですけど。さあ、そんな話もそうですけども、えっと 春は出会いの季節ということで、いい出会いがほんとたくさんあって、前回セリッチさんの に呼んでいただいた集まりですね。それに来てはったオニッチさん。鬼の城と書いてね。オニキさんかな、オニッチさんに ちょっと 会いましょうよと言っていただいて 昨日ね、ナンバーでご飯をしてきたんです。その時の話がまあめちゃくちゃ良くて なんか楽しいではないですね。楽しくないっていうそういう話じゃないですけど、楽しいではなくて、まあしっかりと自分の中で 考えることができた時間だったんです。 そういうことを考えてたら、いやこれボイシーでやっぱちょっと こういう人の話をぜひみんなに聞いてもらいたいなとか、やっぱ僕が こう自分の中で話しながら、思考をまとめたり再整理したり再構築できるのって、ボイシーで喋っている時が一番頭が回転するんですよねやっぱり なので呼ぼうと思って、今日やりませんって言ったらいいよみたいな感じで言ってくれはって、ちょっとね時間遅くなったんで眠たくなりがち やったんですけども、なんとかお願いしてお話をしてもらいました。タイトルにもあるようにですね、元教師なんですけども家がない状態で いろんなところを旅しておられて、いろんな人と会っておられる方なんです。タイトルというかもともとは 肩書きにとらわれないみたいな話をしようと思ってたんですけど、まぁちょっとね話が展開していって結局何でしょう 対話ってなんで大事なのとか、なんかちょっとこう自分を見つめ直す時間になって、あの普段聞いてくださっている方々なら分かるんですけど 僕がめちゃくちゃ黙ってます。めっちゃ黙ってます。あのこんな黙ったこと多分放送でないやろうなというぐらいにゆっくり考えながら 思考をぐるぐるさせてたので、まあそういうところも含めてですね 皆さんにも考えるきっかけが何か一つあればいいなというふうに思います はいということで本編をお聞きいただければと思います。よろしくお願いします。ではどうぞ # 家無し元教師「おにっち」対談!肩書きにとらわれない生き方 はい、ということで、こんばんは。遅くなってしまいましてすみません。 今日はですね、つい先ほど、え、1時間前、ちょっと前ですね。 に、あの、改めてご飯行って、ちょっといろいろ話を聞かせてもらって、 いや、このままのノリでちょっとVoicy話してくださいよって、無理言って来てもらいました。 おにっちさんです。よろしくお願いします。 お、おにっちになったん? え、おにっち。 はい、お願いします。じゃあちょっと、軽く、というか、どれぐらいでもいいんですけど、 自己紹介をお願いしていいですか? いやー、一番ムズイやつっすね。 じゃあ単的に、はい、たぶんちょっと掘りながら自己紹介してもらうと思うので、単的にね。 自己紹介は、えー、カットで。 自己紹介カットは初めて聞いた。 あのー、自己紹介っていうのが嫌いなんですよね。 もうほら、この時点で僕ね、これ今日アーカイブ聞いてもらうのすごい楽しみ。 今、リアルタイムでね、5人聞いてくれてるんですけど、 ちょっと告知、そう、十分じゃなかったからどれぐらい気張るかなと思ってたんですけど、嬉しいです。5人も来てくれはずで。 いやー、ちょっとね、本当に、あのー、本当面白かったんですけど、先ほどお話をさせていただいてね。 あのー、なかなか出会わんタイプというか、なかなか近くにいないタイプの方やなと思いながら、 いろいろ話を聞かせてもらってボイシーに出演してもらったわけですけど、 えっとー、まあ、さっきもいろいろ話を聞きましたけど、改めていろんな方にちょっとおにちさんの、 あのー、面白さと尖りさをお伝えしたいなと思うんですけども、 そもそも、タイトルに家なし元教師って入れてるんですけど、 家なし元教師はどういうことかだけちょっとお伺いしていいですか。 家なしと。 そのまんまですね。 家がない。 元教師、家がない人です。 もうちょっと説明、説明こっちからしますね。 家がないっていうのはそもそもだから何年ぐらいでしたっけ?4年ぐらい? ちょうど4年ですね。 あ、そうなんですね。 家がない状態。正式に言うとちゃんと住所としてはあるけども、 家を持たずに不老しながら、流浪に献身的に不老しながら、いろんな場所を旅してると。 そうですね。 で、旅してるっていうか、そもそもだからいろんなところでいろんな仕事とかいろんな人と会ってるっていう感じですよね。 まあそうですね。 今は大阪におるけど、大阪の前どこ行って会ったんですか?そういえば。 大阪の前は東京。 東京の前は? 沖縄。 ほんで、今月は大阪からのどこでしたっけ? 今月は来週沖縄、再来週東京、次の週カンボジアみたいな感じですね。 もうね、それぞれだから、それこそアクティブって言ったらなんかそれっぽく思えますけど、 家無きは家無くいろんなところ行くからということでわかるとして、 元教師はだから、もともとは中学校の英語の先生。 そうですそうです。 そうですよね、中学校ですよね。 で、中学校の英語の先生をしてて、からの何者になったんですか? 何者になったんでしょうね。何者にもとらわれないという生き方をする者になったかなと。 それが肩書にとらわれないというところにつながるんですね。 そうですね。 だから肩書はね、それこそ今、家無し元教師ってしてるものの、結局は、 元教師っていって、いろんなところで言ってることはないんですか、別に。 言ってますよ、全然。何やったら、多分基本的に言ってますね、そこは。 元教師として、僕とお話ししていただいて、つながってもらえたのも、 教師というか、教育に関与している、関わっているところ、影響を与えたいところみたいなんで、つながるんかなと思うんですけど。 そもそも前回ね、僕、ボイシーでもセリッツさんの紹介してたんですけど、 セリッツさんに呼んでいただいたというか、お誘いいただいたイベントでたまたまお手。 で、そこで自己紹介はもうこのまんまでしたよね。家がない、カレコレ家がなくてみたいな話から。 で、今度沖縄にフェスするっていうことを聞いて、いや、おもろいやんって思ったんですけど。 で、そこでお話をしたかったのにできずで、さっきついさっき、カレコレ、何時間喋ってました、さっき。 いや、でも1時間半ぐらいじゃないかな。 あ、でもそんなもんか。なんかもっと長く感じました、なんか。 確かにね。 ずーっと喋っとったから。 そうそうそう。っていう感じで今ここまで来てるわけですけど。 いや、なんかね、その時の話、ちょっと本題に急に入っていいですか。もう時間も時間ですし。 もちろんもちろん。 もう多分眠くなる前に本題切り出そうと思ってたんですけど。 はい。 さっきね、その肩書きの話もしてたし、教師の余白がないから、学びとかも含めて外との出会いがないみたいな話してたじゃないですか。 うん。 おにちさんから見て、教師がその余白持ってないこともそうですけど、なんかこう、自分の行動指針というかマインドとして、いろんなところ行ってはるけど、どういうところにやったら行こうとか、どういう人にやったら会ったらおもろいなと思うんですか。 え、難しい質問。 こんなばっかり。 どういうこと?どういうことなの? それは今まで追った人で、あ、おもろいなとか会ってよかったなとか、もちろん外れっていう言い方は絶対ないと思うんですけど、やっぱりああいう人と追ったら自分の価値観変わるなとか広がったなみたいな人の特徴とかそういうところのきっかけとかそういうところ? あーもうぶっ飛んだ人です。 どういうところでぶっ飛び力感じますか。 あのルールにとられてないところですよね。 あー。 例えばその職業とかそういう枠組みみたいなところも含めてですか。 あーもちろんもちろん職業もそうだし、なんか日本ってこうだからこうするしかないよねとかじゃなくって、いいよ別にやりたかったらやったらいいんじゃないみたいな。 うんうんうんうん。 まあそういう人が多分、成功っていう言葉はどうなんか分からないけど、 そういう人がおもろいよねって。 いやーぶっ飛んでる人ね。 ぶっ飛んでる教師もなかなかにいるんですよ実は。 それこそ、そう、あのーおにちさんに会わせたい教師もたくさんいますし。 ただ、そのぶっ飛んでる人に僕たちがなかなか出会わないのが教員で。 なんかそういうの、その教員に対してじゃないですけど、 なんか先生らの世界もっとこうなったらいいよねみたいな話さっきしてたじゃないですか。 それこそ余白の話もそうですし。 なんかそういう余白を持つというか、そうやって肩書にとらわれずに、 僕らは教師っていう肩書じゃないですか。 うん。 その肩書取っ払って、僕らが何者って思うためにはどうしたらいいかなってさっき帰りながらずっと考えとったんですよ。 肩書取ったら僕らが何者。 うん。教師じゃなくなったら僕らは何者って言えるんやろうと思って。 それを探すんですよ。 どうやって探したらいいんやろう。 どうやって探すか、なるほど。 僕は、うん、ちょっと聞きたい。 どうやって探すか、もうその時点で結構やばいなと思ってて。 うん。 だって、何だろうな。 いや、先生という職業がもう心もそこから100%好きでしょうがなくてっていう人は話の論外で、今。 うん。 ただ、先生という職業をやってて何かしらもやもやしてたり違和感があるのであれば、一旦余白を作る。 まあ優先順位は分かんないけど、一旦余白を作ることを優先するか、一旦外に出てみることを優先してみるか、一旦自分の好きなように生きてみる時間を確保してみるか。 うんうんうん。 をやってみるといいんじゃないかな。 余白を作るがまずだから教師は、いやでも時間がないんよって言うんですよね。まずね。 うん。 だからそこで、逃げるじゃないけど自分はこう、まあそれは余白を作るためにそれこそね、今、教育の中でそれこそさっき言ってたアプリの話とかICTとかを使ってもっと余白作ろうよとは言ってるんですけど。 でも、何、教師を取っ払うと、僕自身ね、あのゲームチェンジのところでも、ゲームチェンジャーがお話しさせてもらったんですけど。 教師っていうのを取っ払うと、僕はその子供たちに国語を面白く思ってほしいっていうその上位概念はあるんですね。 うん。 でもそれも結局教師なんですよ。 うん。 だからもうちょっと抽象度というか、なんか一般的な方に寄せていかないと自分は見えてこないのかなって帰りながら考えてて。 えっとね、これってなんかその、この短時間でできるものではなくて、僕は普段コーチングをやっているので、コーチングというかコーチング的なことをやっているので、 これってめちゃくちゃ時間かけて深掘っていくもんなんですよ。 うん。 っていうのと、これ何かっていうと自分探しの旅だと思っていて。 はいはいはいはい。 英語で言うとinner journeyですよね。 自分の中を旅していくっていう作業なんですよ。 うんうん。 これをやらないと結構見えないと思っていて。 うん。 別に、じゃあ教師という肩書きを外したから何者であるって言える必要なんていうものもないっていう概念もあって。 例えば、ここでようやく僕の自己紹介ができるんですけど。 はいはいはい。 僕はもともと中学校の英語の教員をやって、結論で言うと3年で辞めたんですけど。 僕の場合はめちゃくちゃストレスで鬱になって、ガンの可能性があるって言われて、 俺死んだなって思って、死ぬんだったら何しようかなって思ったときに先生を辞めて海外に行こうって思ったんですよね。 うんうんうんうん。 その経験がなかったら多分僕は余白もないし、外の世界も知らずに教員という肩書きを背負ったまま、もしかしたら死ぬまでやっていたかもしれない。 じゃあ教員という肩書きを外して、オーストラリアでワーキングホリデーで行って、最初はバナナファームで働いてたんですよ。 バナナファームで働いてたんや。 そう。だったときに肩書き何かって言ったらバナナファーマーかもしれないですし、別に何言ってないんですよ。 日本に帰ってきて英語コーチという仕事を始めて、そのときは英語コーチかもしれないし、はたまた会社員かもしれないし、 そこから自分で独立をして英語コーチという形でやりだして、今はいろいろ自分で交流会をやったりイベントをやったり、フェスを作ったり、海外ツアーをやったり、もろもろやってるんですけど。 はいはいはい。 今って肩書き何かとか、さっきその自己紹介してくださいって言われて僕は嫌だって言ったのは、そこにとらわれたくないからなんですよね。 だから肩書きって別に必要はないし、その人で見る人が増えればいいなって思ってるんですよ。 なんか一番気持ち悪いなって思った経験が、なんか自分で授業を始めると、だいたいまあ、医療士交流会とか経営者交流会みたいなものに参加することが増えてきて、 その中で、学校の先生ってほとんどやらない名刺交換っていうのがあるわけですよ。 はいはいはい、ありますね。 僕めっちゃ気持ち悪いなって思って、これ。 なぜかというと、みんな名刺を交換して名刺を見ながら、名刺に目が行きながら喋るんですよ。 僕めっちゃ気持ち悪いなって思ってて、これ。 なんかそこで判断すんなよって。 分かりやすいですよ、もちろん。〇〇の誰々ですっていう方が、話は入りやすいなっていうのはもちろん分かります。 でも、僕はどっちかっていうと哲学者なので、これは肩書きっていう意味の哲学者ではなくて、マインド的に哲学者寄りだということです。 だから、どっちかっていうと初めまして、愛って何ですかね、みたいな会話をしたい人なんですよ、僕は。 いいな。 だから、表面上の会話がとっても苦手で、でも社会人たるものをそれをするべきみたいな、いわゆる社会人像みたいなのってあるじゃないですか。 はい、わかります。 それがすっごい気持ち悪いんですよ、僕は。すっごい違和感を持っていて、生きてる中で。 これは、そこが本当に変なのか、僕自身がそこに向いてないのかっていうのは分からないし、別に答えがあるわけでもない。 でも、少なからずそういう世界とかに違和感を持っている人って多いんじゃないかなって思っていて。 僕自身が教師を病気になったことがきっかけで、ある意味強制修了だったんですけど、 先生を辞めようって思ったのって、振り返ってみれば、教師をやってたときの違和感っていうのがいくつかあって。 その中の大きな一つが、自分の経験不足なんですよ。 3月31日に大学卒業して、4月1日から学校の先生になるっていう、これってすごいことをしてるなって思っていて。 学校の先生って特別な仕事だと思ってるんですよ。 いい悪いの話じゃなくて、僕自身もやっていたので。 学校の先生って、社会のこと、世界のこと、ほぼ全く何も知らないんですよ。 うん。世間知らずに言われますからね。 世間知らずとまでは言わないですよ。僕は言われましたけど。 やっぱり先生って尖ってるんですよ。良くも悪くもね。 僕が働いてたときの違和感っていうのは、経験不足による子どもたちへのサポートができなかったり。 例えば、「先生、アメリカってどんな国なん?」とか、「スペインってどんな国なん?」って言われたときに、 行ったことないのに答えないといけないみたいなプレッシャーがあったりしてて。 なるほど。はいはいはい。 それって自分、嘘ついてるし、すごい自分の力不足みたいなところに違和感を感じてたんですよね。 ということは、自分の潜在意識は何を言ってたかっていうと、 もっと経験したい、もっと旅に行きたい、もっと世界を知りたい、社会のことを知りたいって思ってたと思うんですよ。 これを僕は心の声って呼んでいて、 みんな学校先生だけじゃなくて、今、日本人であったり世界の人たちの中で、 自分の心の声を聞かずに生きている人ってたくさんいると思っていて、 そういう人が我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して生きていくと、 結果的に何か問題が起きたり、爆発したり、病気になったり、強制修了がかかったりすると思ってるんですよね。 だから僕自身が溜め込んで我慢して我慢して生きていって、 鬱になって、がんの可能性があるって言われて手術もして、人生変わったっていうきっかけがあるから、 そこから約10年間、毎日毎瞬毎秒、自分自身に、明日死ぬとしたらどう生きるかって問いかけてるんですよ。 自分の心は何て言ってるか。どんなしょうもない選択であろうが、 今日の朝ごはん食べる食べないとか、何を食べるこれを制限してみるとか、こういう調整をしてみるとか、 そういうことを常に自分の声を聞いて生きるっていうところにフォーカスをしてるから、後悔ないんですよね。 だからそういうことを僕は自分が体現しながら伝えていくっていう活動をずっとしていて。 かといって別にこれを強いるわけでもなく、 かいくんみたいに、お兄ちゃんおもろいっすねみたいな、喋ってみたいって言ってくれて、そういう人がいたら、僕はハッピーだなって思うし、僕も嬉しい。 うーん、なるほどなるほど。 いや、今話聞いてて、改めてゴールとか目標ってないんだろうなっていうのと、僕もその一人だと思うんですけど、 お兄ちゃんと関わったり喋ったりして、ちょっと自分のマインドが変わるぐらいで、そういうふうに言ってくれるのって十分なんかなって。 結構やっぱりしんどい先生、僕の同期も、これはちゃんとこの帽子でも言ってるんで、本人も聞いてるんでいいんですけど、ちょっとしんどいことになって、 僕ら同期仲いいんですけど、そのメンバーでいろいろこう声かけ合ったりしてたんですけど、やっぱりそこで何があって言うと、自分の中ですごい変化があった。 風貌とか様子も全部変わったんですね。それをきっかけに。すごいこう、チェンジして、見た目もすべて。 で、そういうきっかけがあって、復帰できて、今ずっと一緒に頑張ってきてるんですけど、何かのきっかけが受け身的にというか受動的にあるのと、 お兄ちゃんみたいにそうやって、じゃあ今回こういう風に病気とか、そういうのになったことはもうあれやから、じゃあどうしようってなったときに、よしオーストラリア行こうみたいに一歩ドンって踏み出せる人っておったりおらんかったりするじゃないですか。 そこの一歩踏み出すとか、よく言うじゃないですか。一歩踏み出そうとか、一歩外に出ようってよく言うけど、そもそもそうもできへん人も多くおるんよなっていう人もやっぱおるやろうし、 そういう人らの一歩がすごく大きい一歩じゃなくて、めちゃくちゃちっちゃい一歩ぐらいでも手助けになればいいなって今日話を聞いてて改めて思いました。 そういうのを作っていきたいですよね、そういう場も。 いやー、なんか今改めてちゃんと聞いて、長尺で聞くとすごく、お兄ちゃんの信念が伝わって、すごく今僕はずっとなるほどなって思いながら聞いてる。 さっきの断片的なドナーンじゃなくて。 はいはいはい。いやもう、なんぼでも喋れるんですよ。 そう、自己紹介がやっとここで消えたと思いながら。 いや、僕の自己紹介っていうのはまとめられるものでもなく、まとめようと思えばまとめられるかもしれないけど、それこそ自己紹介って何っていう定義なんですよね。 僕は定義人間なので、学校って何とか教育って何みたいなところを、僕はその対話をしたいと思っている人間なので、僕は対話って愛やと思うんですよ。 何事も、ほぼほぼすべての問題は人間関係なので、99.9%の問題は人間関係なんですよね。 傷つけられるのも人間だし、愛されるのも人間だし。だから結局対話なんですよ。必要なもので。 恋愛であろうが、パートナーシップであろうが、同僚であろうが、仕事仲間であろうが、基本的に対話コミュニケーションが少なすぎるっていう、シンプルな。 そこを避けがちなんですよね。 対話ね。 なぜなら、なんででしょう。 なぜでしょう? なんででしょう。 結局に。対話が少ない。 なぜ対話が少ないか。 なぜ対話をしようとしないのか。 しようとしないのか。対話することのメリットは知ってるはずなので、おそらくほとんどの人が。 だから、対話をして自分が、どうやろうな、僕がそういう人間じゃないので、あんまり僕そういうの、人のこと想像して、教師としてどうやると思うんですけど、人のできないこととかを想像して、この人は声ができへんやろうなってやるのがすごく苦手なので、今それに対してパッと答えるとしたら、自分が人と関わることで、 良かったなとか、成長したなって思えた経験が圧倒的に少ないんじゃないのかなって思います。 僕はその経験が山ほどあるので、こうやってオリちゃんと話して、自分自身こうやってゆっくり話聞いて、問いかけて、ああそういうの自分やったらって考えることで自分が成長できてきた現体験があるから、 今日も言ってたイベントとか、教師と面白い人を出会わせたいとかっていう現体験を追体験してほしいっていう思いがあるんですよ。 でも、それの経験が少ないからそう思わないんじゃないのかなって思ったりします。 そうですね。怖いからなんですよね。 自分がこう言ったらどう思われるやろうとか、自分がこういう態度発言を取ることによって、何を言われるやろうとか。 僕はね、高校3年生のときに親が離婚して、そっから僕はいつ、なぜかわかんないけど、毎日殺されるかもって思ってたんですよ。 なんか、攻撃されるとか。中学校のときにいじめられて、めちゃくちゃ学校行ったら殴られた経験があったりとか。 そういう経験があったりしたからなのか、常に自分であることによってそれを否定されるっていう設定で生きてきたんですよね。数十年。 そういう人ってめっちゃ多いんじゃないかなって思っていて。 過去の経験がトラウマでとかってことですか? うん。 それだけじゃないかもしれないけど。 まあまあまあまあまあ、そうですね。 そうなると、対話に限らず自己表現であったり、究極にいくと自分が自分であることがダメなんじゃないかって思って生きてる人って、これは潜在意識で思ってる人、潜在意識で思ってる人、いろんな種類があると思うけど、めっちゃ多いんじゃないかなって思ってるんですよね。 だから僕はそういう人と対話をすることによって、大丈夫だよって。 うーん、なるほど。 じゃあ大丈夫です。先に。 同じ経験をしてる人とは分かり合えると思ってるから。 もちろん世の中にはそれを否定する人は絶対にいて。 っていうか、この世の中どう生きようが、何をしようが、否定する人は否定するし、共感する人は共感するんですよね。 っていうのを本当の意味で分かってたら、何をしてもいいんですよ。 なるほど。 作った自分で認められるっていう経験をしてる人は、そこの癖がついてしまって、そのまんま生きちゃってる人っていると思っていて、これって表面的にはハッピーなんですよ。 何の問題もないので、お互いにとって。 でも自分の心の底にいる、これいつも僕はちっちゃい自分って呼んでるんだけど、 自分の中にいるちっちゃい自分が、かいくんだったら、このリトルかいくん、少年かいくんが、 めちゃくちゃ寂しがってたり、めちゃくちゃ泣いてたり、めちゃくちゃ怒ってたりするんですよ。 それを、その子のことをずっとずっと無視して、ないがしろにして、生きてたら、 爆発するんですよね。 うーん、そうやな。 でもね、これに気づけてない人いっぱいいるんですよ。 なんか、どこまで言えるかあれですけど、普段強そうで、そう見えない人ほど爆発したときすごいじゃないですか。 はい、そうなんです。 そこですよね。見えないところというか。 僕はそこの、こう見えて、こう見えてって、どう見えてるかもわからないし、あったことしない人もわからないけど、 めちゃくちゃすごい落ち着いてるとか、めちゃくちゃ元気とか、明るいとか、ハッピーとか、 妖怪とか、自信満々とか、めっちゃ言われるし、思われがちなんですよね。 他を知らない方々はあれやけど、めっちゃそういうふうに、いい意味で本当に思います。 でも、わかる人にはわかるんですよね、これって。 僕、そう言いましたけど、けっこう闇人間だから。 例えば、コンビニのレジの女の子がめちゃくちゃ笑顔で対応してくれてたりすると、 ああ、大丈夫かなってちょっと心配になっちゃったりするんですよね。 もちろん、ほんまにハッピーな人はいますよ。 めちゃくちゃほんまにハッピーな人もいるけど、それ頑張ってない?とか、作っちゃってない?無意識にみたいな。 けっこうそういうのに勘付いちゃう。 これはたぶん僕の性質でもあるし、今まで経ってきた経験がゆえの、 言ったら才能だし能力だと思っていて、 たぶんそれぞれみんな能力だったり才能みたいなところってあると思ってて。 でもね、これ全然違う話なんですけど、自分の強みとかって自分では気づけないんですよね。 自分の弱みをみんな言えるけど、強みを言えない人って多くないですか。 多いですね。確かに確かに。 特に日本人は。 でも結構自分の強みとか才能、能力って、自分がけっこう当たり前にやってることやったりするんですよ。 うんうん。なるほど。当たり前にね。 そうそうそう。 僕だったら、人の話を聞いて、思考をちょっとずらして、 これってこうやったらこうじゃない?確かに私天才かもみたいな。 こういうのって僕も癖なんですよね。 いい癖。 当たり前にやってることだから、仕事としてもちろんコーチングみたいなことはやってはいるんですけど、 仕事として設定したからやってるわけではなくて、 僕の中から出てきた性質みたいなものが、結果的にそれが仕事になってるっていうパターンなんですよね。 さっきかいくんも言ったかもしれないけど、学校の先生の肩書き外しても先生っていう話をしてくれてたけど、 これって僕先生辞めたけど先生だと思ってるんですよ、自分のこと。 でもその先生の定義やり方って、本当に人の数通りあると思っていて、 先生という言葉を聞いても、人によって捉え方は100通りあるんですよ。 だからそこの擦り合わせが必要だなって思っているんですよね。 うーん、そうやな。 いやーなんか、なんやろ、僕本当に人のそういうふうに、もうちょっとそのまんま言いますけど、 すごく僕は自分で自分のこと言うんですけど、すごく楽観的でポジティブ人間なんですね。 これは多分人から見てもそうなんですよ。 本当にネガティブになることが少なくて、あるのはあるんですけど、 やっぱりそういう人を見ても、その笑顔の人を見ても、そうは思ったことたぶん生涯ないんですよ。 さっきのレジの話でいうと。 だからダメとかそういうわけではもちろんないし、 それはそれでその人の能力とか性質の話やから、それはそうなんですけど、 なんかこう、自分の中でそういう視点がないまま生きてきてるから、 見落としてることって山ほどあるんだろうなって今聞いてて思って。 でもそれ両方の性格というか、両方見つけられるように見つめられるようになるのってむちゃくちゃ、 意識しないといけないけど、たぶん自分の中でそういう人を見つけることが難しいんだろうなって聞いてて。 これは二つあって、一つは役割分担。 分担というか、それぞれ性質なんて違うものであって、 それがないからといって落ち込む必要もなければ、 むしろそれがないからこそ助け合えるっていうことが、 僕が一番思っている大切な価値だと思っていて。 だってみんな同じだったら何にも面白くないでしょ。 ま、そうね。 っていうのが一つと、 例えば今かえくんが、「あ、なるほどね。おんちゃんみたいなこういう考え方あるんや。」 それをおもろいと思えるかどうかっていうところで、 それがおもろいな、興味あるな、あ、俺にないとこやな、ちょっと興味ある、学んでみたいな、知ってみたいなって思えばその人と対話するだけの話なんですよ。 あ、なるほど、そういう人もいるんや、勉強になった、次の自分の生きる人生の一つの捉え方になるなとか、 それって成長だと思うし、その人の幅、器が広がると思うんですよね。 かといってそれをちゃんと自分の中に取り入れて、やらなければならない、やらなければならない、やらなければならないって思うのは、逆に自分を苦しむからやめたほうがいいよって思う。 そうやな。 最初の役割分担というか、そこを全部引き受けしたやな。 だってそのための学校とかでやったチームやし、学年代やし、そうやな。 だからこそ学校でしなければならないのは、そこの対話なんですよ。 本来、学校でやるべきことは、教科書にあることを教えることじゃないんですよ。 うん、なんかあれやな。 そうやって、それこそ対話の意味ってさっき言ってたけど、対話をしていかないと分かれへん自分が山ほど居ることに気づけてるかどうかもめっちゃ大事ですね。 なんか僕、基本的にこのボイシーの中で、こんなに自分の中で今間を作りながら話すことってないんですよ、対談で。 でも出てこないですね、普段みたいに言葉が。 なんか自分はこうやからこう思うとかっていうのが、今の話聞いてるとどうやろって、シンプルに悩むというか言葉に出ないというか。 普段ほんまペラペラペラペラずっと喋ってるんですけど。 これはたぶん僕がそういう考えさせてしまう性質だからだと思うんですよね。 うん。 いやー、なんかそういう、今の職員室とかそれもそうやし、学校のある意味みたいなのもそうですけど。 それはそうですよね。個別それぞれ違うし、教師も子どもらも全然違うし。 違う中でそうやって対話して、知らん自分とか、あの人はこう思ってんのちゃうかなって、それは考えの当たり前やけども、そういうことをするからこそ学校あるし。 今の時代YouTubeとかから全部情報を得るわけで。 学べますもんね。 だから今日も自分自身に思ったけど、自分のこと知るっておもろって思った瞬間があって。 チャットGPTにね、自分のことを聞くとめちゃくちゃ教えてくれるんですよ。 まだまだ自分の知らんとこいっぱいあるなって思って。 そうやなー。 いやでも今だって僕こうやって話聞いてるだけ、話してるだけでも、 たぶんこれ、僕のね、このアーカイブもし聞いてくれる人が、いつものリスナーの方が聞いたら、 いや藤井がこんなしゃべれへんの珍しいなってたぶんなると思うんですよ。 でもそうやって考える時間がたぶん、僕は意図的にもしかしたら避けてきてんかもしれへんなって今思いました。 いい気づきですね。 なんかずっとアウトプットとか、さっき言ってたね、言語化の話してたじゃないですか。 なんかそうやって人と話して、人のことを勝ちづけたり自分の言葉で転換して言うとか、 それこそそれにアンサー的に自分はこう思うんですけどねって言って、 相手に対して、ああなるほどって思ってもらえるみたいなことは意識してしゃべれてたとしても、 ああ、そこやなあ。 ちょっと自分の中で、たぶんね、避けてたっていうよりかは意識的にそれを、 避けてたな、場はあったと思うけど避けてました。 でも今こうやって話してると、自分の中で言語化できへんことがあってもいいんだろうなって思うし、 言語化できへんことこそこそことこそ、え?こそ、自分も分かんない、頭の中で。 こそ、やっぱりこうやって自分のことをまだよく知らない人と話してみるとより見えてくるなって余計思いました。 そうなんですよ。 僕は別に答えを持ってるわけではなくて、これは本当に哲学なので、答えって別にないんですよ。 だからそれを面白がってるだけで、僕は。 っていうのと、自分を知るっていうのは、 これ、自分って何かって、さっきの肩書き外すための話にもつながってくるかもしれないんだけど、 自分って何かっていうものを定義するには、何かもしくは誰かとの比較が絶対的に必要になってくるんですよね。 そう、比較でしか物事は語れないんですよ。 例えば、かいくん、身長何センチですか? 今、172です。 172センチは高いですか?低いですか? え?低いです。 おお、なんで低いんですか? お兄ちゃんと比べたら低いからです。 なるほどね。これはじゃあ比較しての話なんですよね。 そうね。 僕が178センチなんで、まあ、姿勢高いねって言われてきたんですよ。 でもね、僕はビーチバレーっていう競技をやってるんだけど、 オーストラリアに留学してたとき、ビーチバレーをやってるとね、 チビチビって笑われるんですよ。 ああ、その世界では。 そう、みんな102メーターとか余裕であるんで。 だから、この背が高い低いとかっていうのは一概に言えないわけですよね。 確かに。 これはわかりやすい例でしかないですけど、 性格だってそうなんですよ。 元気だね、人見知りだね、とか。 なんかそういうことって、じゃあ何と比べて?誰と比べて? 元気って何?人見知りって何?っていうことなんですよね。 うんうんうんうん。 そこの定義をね、話すことが僕は面白いなって思って遊んでるだけです。 ああ、最終的には遊んでるだけ。 そうですよ。 なんか、そうやって、ごめんなさい。 僕はでも、あえて言うのであれば、 これまでいろんなこと話してきて、いろんなことを自分で言語化してきたからこそやけども、 他者と比較しなくても僕は自分が身長低いって言い切れると思うんですよ。 面白いね。言い切れる。 なんでって言ったら自分が低いと思ってるからっていうただそれ一点やと思うんですね。 だから比較して低いっていうのはもちろん言えるけど、 いや比較したらそんな別に高いとも言えるやんとも言えると思うので、 いや僕は低いと思ってますっていうそれ以上でもそれ以下でもないことって結構あると思ってて。 だからまあ高い低いっていうのは正直数値で現れるし、じゃあ平均と比べたらって言えるので、 まあ平均がないようなそれこそ感情であったりだとか、そういうことを考えると、 例えば自分はこれが得意不得意だっていうのは結局でもまあ僕のゾーンに寄せていくと、 その他者と比較しなくとも自分で語れるようにする言語化ができる子を育てたいんです僕は。 だから今言ったみたいに、 あなたは僕は例えばプレゼンが苦手なんですって言ったときに、先言ってあったみたいにね、 苦手って何?なんで苦手なのって?これ多分今日も言ったと思うんですけど、 分からないできないを四分割するとかと一緒で。 結局できないっていうのを比較してできないっていうんじゃなくて、 自分ができないというのであればそれをしっかり自分で喋れるようになろうみたいな。 それができるようになると、比較をせずとも自分を評価することができると思うので、 ある意味自分自身のメタ認知も進むし、自分自身言語化していくことで、 あ、そうやってあなたは自分のことを考えているのねっていうコミュニケーションがうまくなるというか、 円滑に進む一つの方法でもあると思うんですよ。 だから今のお話を受けて僕の方に寄せていくと、 僕はそうやって他者と比較せずとも自分の中で自分を勝ちづけられて、 言語化できる人間を育てたいって思います。 いやー素晴らしいですよ。 いやー今みたいにペラペラはいつもは喋れるんですけどね。 いやー思うように。 あのー、第2弾やりましょう。 だいぶ遅なってしまいましたね。 いや、ちょっとこれゆっくりこうやって喋る機会があるのってすごく僕自身が嬉しいので、 ぜひまた2回目と、 で、まあちょっと先ですけどね。 5月のゴーデンウィークに沖縄でフェスを、いろんな人集めてフェスをやるということも近くなれば宣伝してほしいですし、 ちょっと教えてほしいです。 僕はもうさっき妻にそれを伝えてきました。 はやい。最高。 ゴーデンウィーク5月いつかなって言ったら、 え?子供の日やんみたいな意味わからん反応が返ってきて。 関係あらへんやんっていう。 あのね、だからなんでこの日にしたかっていう意図はあって、 子供の日、大人が子供に戻る日なんですね。 なるほど。それ言われへんかったなあ。 そうなんですよ。 それはちょっと言われへんかった。 そうかそうか。 それでもあれですね、妻に僕が、 え?なんで子供の日なん?って言われたら、 いや、子供の日に大人が子供に戻るからこの日やねんやんって言ったら、 うるさいよ。あんたは別に子供じゃなくて。 そうかそうか。 ぜひね、家族で来てくださいね。 ここからは飛行機ライトをちょっとにらめっこしながら、 妻ともにらめっこしながらやっていきます。 はい。 それはそれで宣伝させてもらって、 またインスタの方でもぜひよろしくお願いします。 こちらこそ。 遅くまですみませんでした。 とんでもないです。 ありがとうございました。 おもろかった。久しぶりに自分の中でめっちゃ考えました。 ありがとうございます。 早く第2弾やりましょうね。 ぜひぜひ。また来週します。 はい。ありがとうございます。 皆さんもありがとうございました。 ありがとうございました。 じゃあ失礼します。 おやすみなさい。 もっと見る📕言葉を整える、思考の時間藤井 海|思考と言葉を整える国語教師00:161.おはようございます02:492.おにっちさん49:343.家無し元教師「おにっち」対談!肩書きにとらわれない生き方コメント感想・質問・応援メッセージを書こう みやじ3月11日また新しい視点をいただきました。ありがとうございます。藤井先生が確かにいつもより喋ってない!そしてすごくご自身が深く考え込んでいらっしゃるのが新鮮でした。いやいつもいいお話を聞かせていただき、ありがとうございます!1返信 土屋綾乃3月8日オモロかったです〜🤩名刺のところとか対話のところとか刺さりまくりました🎯おにっちさん、会ってみたいです!2返信
#384 学校現場で考えるべき「褒めのエビデンスって?」〜ドクターりんさんとコラボ放送! 52分・昨日・ 198再生AI目次教育現場のEBPが抱える課題経験則とエビデンスの正しい見極め方「褒め」の有効性を示す科学的根拠行動特定賞賛の効果的な実践方法自身の介入を検証する研究デザイン
#383 大阪ってやっぱオモロい〜たけちゃんさんとコラボ放送 33分・11月2日・ 149再生AI目次大阪プロガイドの裏側:深掘り観光術驚愕!木津川水門の壮大な開閉見学大阪市営?無料渡し船で体験する日常継承したい地域の歴史:八尾の桃畑秘話なぜ?大阪人の会話を紡ぐ「擦り込み」文化
#382 実はずっとネガティブに考えてました。ちょっとだけ話させて下さい。金曜日の公開授業の話〜 22分・11月1日・ 175再生AI目次クリエイト・ザ・ネクストイベントの舞台裏中学時代の「授業未見」への葛藤木村先生が語る授業の価値と転換点「藤井のメガネ」から普遍的理論への道筋他者の視点が拓く自己成長の可能性
#381 「もっと可愛くして」が伝わらない。娘とAIと言葉の話 15分・10月29日・ 166再生AI目次AI活用で娘の言葉に変化の兆し「もっと可愛く」AIに伝わらぬ言葉の壁「可愛い」を伝える言葉、娘の気づきとは言葉が伝わる喜び、AIと日常の共通点AIが引き出す子どもの創造性、親の役割
#380 にゅ〜ぶるさんと初コラボ放送!「AIと学校教育」についてエンジニアの方に聴いてみた👂 40分・10月28日・ 178再生AI目次エンジニア対談: AIと学校教育の可能性ボランティア活動「コーダー道場」の実践プログラミング初心者の壁と効果的指導AI教育: 思考力育成とアルゴリズム理解教師・生徒・AIが紡ぐ未来の学習対話
#379 初読の感想って何書けばいいん。に対して、なんと伝えますか? 19分・10月27日・ 234再生AI目次初読の感想「何を書く?」の壁「どこで難しい?」の問いかけ「わからん」が「問い」に変わる時筆者の言葉選びの真意とは?感じたことを言葉にするプロセス
#378 その質問、意見として届いてない?〜月曜日は言葉を整える 15分・10月26日・ 473再生AI目次質問と意見、どう区別する?対話での「聞く」力、3つの視点「質問」が相手に届かない理由とは言葉を届ける「枕言葉」の威力対話のすれ違いを防ぐ「型」の重要性
#377 金木犀の香り漂わせるコメント返し(無臭) 18分・10月25日・ 91再生AI目次AIと作文論争、指導の鍵は偏見とメディア情報の向き合い方中学生「言語化」授業の野心語彙力と実践、教育談義の深淵同僚S先生と語る「失敗」の価値
#376 説明したのに伝わらない。「知っている」の差を埋めるには 16分・10月24日・ 282再生AI目次「見える」の差が呼ぶ認識ギャップ「バリさん」から学ぶロゴ解読の鍵文章の真意を掴む知識の力とは「知っている」の差を埋める思考術相手に「届く」言葉を選ぶ視点
#375 Zangyo侍「まひろさん」と初対談!定時退勤したい人、必聴です! 36分・10月23日・ 171再生AI目次定時退勤の覚悟と秘訣上司の一言が変えたキャリア残業80時間が2時間へ!その秘訣定時で帰る人のチーム貢献発信継続の鍵、ネタ発掘術
藤井先生が確かにいつもより喋ってない!そしてすごくご自身が深く考え込んでいらっしゃるのが新鮮でした。
いやいつもいいお話を聞かせていただき、ありがとうございます!
名刺のところとか対話のところとか刺さりまくりました🎯
おにっちさん、会ってみたいです!