TOPトーク教師📕言葉を整える、思考の時間#247『メロスは勇者だと思いました』——それ、読んだことになる?19:38 3月23日 376再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「メロスは勇者」その感想の違和感物語に潜む「良い人」のスキーマとは浅さの指摘が「安全な読み」を呼ぶ読みを深める「交流」という一手ステレオタイプを越える教師の技AI文字起こし(β版) # チャプター 1 おはようございます。言葉整う国語の時間、パソナリティの藤井海です。 この番組では、教室という枠を越えて言葉を整えることで、思考や日常が少しずつ進んでいく、そんなひと時をお届けしたいなと思っております。 チャンネルのフォローやいいねもぜひよろしくお願いいたします。 # チャプター 2 はい、おはようございます。3月23日ですね。 えー、月曜日になります。皆様いかがお過ごしでしょうか。 月曜日になりまして、はい。 えーと、今週でね、えー、就業式、終了式の方も多いんじゃないのかなと思います。 先週の人もいるんかな。はい。 うちは24日が終了式になりますので、 まあ、終了式してからはね、いろいろこう、部活の最後の、何て言うんですか、卒部式か、 えー、そういうものがあったりとか、まあ、いろんなことがあるので、 まあ、引き継ぎもそれに向けてね、頑張ろうかなと思っていますが、 まあ、引き継ぎ豊かって僕はずっと言ってるんですけども、 チーム図上に全部あるので、正直引き継ぎいらないんですよね。本当に。 局のね、引き継ぎっていうのは。はい。 まあ、引き継ぎも引き継ぎで、あのー、次の人が誰になるかは次第ですし、 もしかしたら、ね、いろんなことをこう、起こるかもしれないので、 まあ、分かんないですけど、引き継ぎ資料みたいのはずっと作っといてナンボですからね。 はい。えー、そんなこんなで、えー、ぜひね、 教務主任の方々は、引き継ぎはぜひXの成田さんのポストをご覧いただければ、 あのー、いろいろ勉強になるんじゃないのかなと思います。 僕も成田さんのやつ見て、えー、いろいろやってみたりしました。 またまとめようと思います。はい。 ということで、今日はですね、えーと、まあ、ちょっとその辺からは離れてしまいますけども、 月曜日なので、えー、言葉を整えるということで、 今日はですね、えーと、初発の感想を整えるという、えー、 そんな言葉にしてみようかなと思います。 ちょっと、教員向けになりますけども、 まあ、教員向けとはいえ、なんて言うんでしょう、あのー、 感想、全般ですかね、はい。 まあ、特に、どっちかっていうと、本を読むところに対してかなと思いますけども。 えー、 えーと、大蔵爺さん、え、大蔵爺さん、ちょっとどちら、 うわ、どうなってきた、大蔵爺さんとガンか。 えー、小学校のね、土手、土定版の、えー、教材でありますけど、 大蔵爺さんとガンの、うーんと、まあ、一シーンといいますか、 そこで出てくる、えー、大蔵爺さんとガンってね、 例えば怪我をした、えー、斬雪を治して逃した、 あー、逃がしたっていうのがあるじゃないですか。 あの、その怪我をしてる大蔵爺さん、 はい、怪我してないわ、大蔵爺さんは怪我してないわ。 えーと、大蔵爺さんが、あれ、ちょっと待って待って、頭わからん。 怪我をした斬雪ですね。 大蔵爺さんが、 いやー、あー、すいません、えー、ちょっとせき込んでしまいました。 大蔵爺さんとガンの中の、怪我をした斬雪を治して逃がしてあげた。 ね、えー、大蔵爺さんが逃がしてあげたわけじゃないですけど、はい。 えーのは、大蔵爺さんが優しいからだと思いました。 みたいな、えー、こういう感想が最後にあると思うんですね。 まあ、よくある感想じゃないですか。 えー、まあ、よくあるこういう感想に対して、うーんって思うところがよくあって。 メロスでもそうです。 えー、メロスは本当の勇者だと思いました。 ふーんって。 王様が快心してよかったですって。 最後ね、王様は、あの、メロスと、えーと、セリヌンティウスとの友情に心を打たれて、 ね、真の友情に心を打たれて、王様は快心するわけですよね。 えー、俺も心、仲間に入れてくれ、いうわけですけども。 はい。 まあ、こういう感想、どうです? うん。 違和感を持ちつつも、まあ、人それぞれの読みだからと思って、 そのままにしていることがよくあると思うんですけど。 さあ、言葉を整えるということで、ね。 えー、そういうありきたりな感想、まあ、もう少し言うと、 ステレオタイプな感想にカツを入れる整えをしていきましょう。 よろしくお願いします。 # チャプター 3 本題に入る前にお知らせさせてください。 今週26日にラストにぃキャンがございます。 にぃキャンという西宮でコミックさん、 Voicyパーソナリティでもめちゃくちゃ大人気のコミックさんと 常吉さんの先生お二人がされているにぃキャンというコミュニティがあるんですね。 西宮キャンまでにぃキャンですけど。 今週にぃキャンがラストを迎えるということで オンラインのイベントに僕も呼んでいただきました。 一人5分ずつこれまで話した人が話していくという流れなんですけど。 26日の木曜日、何時からやったかな。 時間はまた21時からか。 やっておきますが、こちらにリンク貼っておきますので ぜひぜひ見ていただければなと思います。 本当にいろんな方々が登壇されたんですけど、 すごくにぃキャンは西宮にも日本全体にも キャンバーというものを通していろんなことを伝えられて コミットされた方だと、グループだと、コミュニティだと思いますので ぜひご参加いただければなと思います。 我らがCC大阪、柴田くんと恩次さんももちろん登壇しますので よろしくお願いします。 先日ノートにまとめましたジェミニと作文の話ですけど たくさんご感想いただきましてありがとうございます。 ぜひ読んでいただいて、コメントとかXでの方も コメントいただけたりしたら嬉しいなと思うんですけども そんなことをお話ししていると、野中先生ですね キャンバスアドでもありながら国語の先生でもあって AI、ICTの第一人者といいますか 本当に野中先生のポストとか発信にはいつも 学ばせていただいているんですけど、野中先生のですね ICTと国語のグループがフェイスブック内にあるんですけど その中で今回のジェミニのやつ発表させていただくことになりました。 本当にありがたい話で、1400人ぐらいグループいたのかな とってもとっても緊張しているんですけども これから準備して頑張っていこうと思いますので どうぞ皆さんお聞きいただければと思います。 そちらの方はこの次のチャプターにリンク載せておきますので その2つもしよければご参加いただければと思います。 どうぞよろしくお願いします。 # チャプター 4 さてでは本題です。 国語の授業をやっている人なら、あるあるやなと思うんです。 だから頷いてもらえるような話をしたくて。 国語の人じゃなくとも、一般の人でも、どんな先生でも、どんな人でも、 これまで大蔵おじいさんとかは学んできていない日本の方は、本当数少ないと思います。逆に。 そんな大蔵おじいさんとか、などなどの物語の授業をしていると、 必ずと言っているほど出てくる感想、そこに対して整理していこうかなと思うんですけど、 さっきの大蔵おじいさんと癌の話、怪我をした残折を直して、逃がしてあげたのは、 大蔵おじいさんが優しいからだと思いました、みたいなものとか、 走れメロスの初発の感想の時に、メロスは本当の勇者だと思いましたとか、 王様が戒心してよかったです、みたいな。こういう感想は一定数いるんですよ。 最初の初発の感想って、僕の個人的な感覚で言うと、そんな深くなくてもいいかなと正直思っているんですね。 最初から深いことってなかなかないし、曲の上は授業いらんやんみたいな話かもしれない。 そこはいいかなと思っていて、これがどうこうというのじゃなくて、 読んだこと、感じたこと、そして書いたという形としては完璧だと思うんですけどね。 やっぱりひっかかってほしいんですよ、先生が。 子どもらにもこういう感想にひっかかれる子になってほしいなってすごく思うんですね。 これは他社のそういう感想にケチをつけろとか、国語的にとか言うと批判的に見ろって、 そういうことを言いたいわけじゃなくて、ひっかかってほしいんですね。 要は深掘れる対象として見てほしい。どういうことやねんっていうところですけど、 そういうステレオタイプの読みっていうのはね、国語の中でもよく呼ばれる話なんです。 これいろんな人が言ってるんですけど。 その作品が持っている問いに対して本間に向き合う前に、こう読めばいいんでしょみたいな、 そういう肩に着地してしまう読みが絶対あるんですよ。 これ今ステレオタイプって言ってますけど。 こう読めばいいんでしょっていうか、それが正解でしょみたいな感じですかね、もうちょっと言うと。 だから倫理的にも読み的にも間違ってはないんですよ。 間違ってはないんですけど、そういう風に言ってしまうところがあると思うんですね。 そこに対してちょっとメッスを入れていきたいなと思うんですけど、 なんでそういう読みが生まれるのかっていうところなんですけども。 これはすごくシンプルで、すごく印象的な場面が僕の中であって、 大蔵寺さんの授業の後ですよ。 これ僕が授業参加に行かせてもらった学校での話で、 僕も思い返してみれば小学校の実習もそうですし、いろんなとこ行って確かにそうかもなって思ったんですけど、 ある子がね、先生と残説を逃したのって優しいからじゃないんですかって、 ちょっと不服そうに聞いてきてたんですね。 その子の目が、自分の読みを否定されるかもしれないってちょっとビクビクしてたんですよ。 先生、ちゃうんですか?みたいな。 いえいえ、別にちゃうことはないんですよ。ちゃうことはないんですけど、 要はその子間違えてたわけじゃないんですけども、 要は優しさっていう言葉は、それはもちろん作品の中にあると思うんですよね。 価値というか、そういうものとして。 ただ、その優しさだけの一つの言葉で、振り返りというか感想に着地することで、 その先にある大蔵おじいさんの葛藤ってあるじゃないですか。 もちろん子供たちに葛藤って言う言葉を使ってほしいわけじゃないですよ。 でもその葛藤的なニュアンスの感じ方ですよ。 とか、要は狩りをしているわけですから、 その狩りをしている人、狩人と言いますか、その人としての誇りであったり、 あとは残説への感情ですよね。 でもこの残説への感情ってめちゃくちゃ複雑じゃないですか。 もちろん文章として表されきれてない部分もありますし。 そういうものが全部優しいだけだと見えなくなってしまうんですよね。 その感想でその子が安心して着地してしまうことで、 それ以外のことがやっぱり見えなくなったり、アウトプットされなくなってしまう。 ここのところがもったいないなってすごく思うんです。 子供たちからすると、ちゃうんですかって。 先生間違ってるんですか、これって。 っていう風になりがちなんですよね。 なってしまいかねないんですよね。 だからやっぱり普遍的な答えって絶対あるんですけど、 その普遍的な答えをしている子をもちろん否定してはいけないし、 否定することは先生の中で少ないとしても、 やっぱりちゃんとその子の読みとかそういう読みをしている子は認めてあげた上で、 じゃあって、もう少し深掘れる一手が教師の側に欲しいんですよね。 やっぱり新しい人って新しい情報を受け取ったら、 既に持っている知識の枠組みに当てはめて理解しようとするわけですよ。 スキーマって言いますけど。 だから子供たちは結局、主人公ってどういう人っていうのが枠組みとして持っているんですね。 これは別に大蔵爺さんとガンだけに限らずですよ。 主人公ってこういうものっていうステレオタイプは絶対にあるんです。 これは人にはあるっていうことで、子供にも大人にもあるんですよ。 思い浮かべてください。主人公といえばどんな人ですか。 たくさんいるじゃないですか。アニメ、漫画、映画、何でもそうです。 ドラマでもそう。何でもそうですよ。主人公ってどういう人。 これね、例えばドラえもんって言ったら主人公どっちかわからなくないですか。 ドラえもんの伸びた涙でしょ。そういうのじゃなくて、絶対的な主人公です。 例えばアンパンマン。アンパンマンはアンパンマンが主人公じゃないですか。 ってなったときにアンパンマンの人物ぞっていうのと、あとはコナンもそうですし。 ああいうような主人公的なキャラを考えていくと、どうしてもステレオタイプに受け取ってしまうんですよ。その枠組み。 あとはやっぱり良い人。この良い人って優しい人なんでしょ。みたいなものもそうです。 こういう物語のスキーマを無意識に使ってるんですね。これは子供たちの中で言うと成長でもあるんです。 今ね、スキーマという言い方をしましたけど、これって国語の中とかね、そういうので言うと読みの方略としても使えるわけですよね。 だからこの枠組みに当てはめていくことによって読めていくわけですから。 でもそれがやっぱり良い人は優しいという物語のスキーマを無意識に使うことは悪くないんですよ。 当たり前です。だってそうすることで読めるんですもん。読みの方略を活用することによって読めるんですもん。 ちなみにこの読みの方略っていろいろあるんで、もちろんね、悪さげではないんですけど、でもそれが視野を狭めてしまうこともあるわけです。 教師としては、教える側としては耳が痛いんですけど、教師側がここで浅さを指摘してしまうことで、子供が安全な読みに逃げ込むっていう構造もある気がするんですよ。 要は、それは浅いという言葉を使うか浅くておき、表面的だなっていう指摘をする。 いやもうちょっと無いとか、いや他にもあったでしょとか、こういう聞き方をしてしまうと、子供は教師に認められるべく正解らしい言葉を絶対使うんですね。 そうなってしまうと、結局子供たちは同じように答えがスキーマの中で組み立てられたものだけになってしまうんですよね。 ちょっとチャプター変えます。 # チャプター 5 で、じゃあどうするかっていうところで、僕が今日整えてほしいところは交流です。交流。 交流をしっかりと教師が整えてあげることです。 振り返りをとか、初発の感想を整えるのは一番最初ではなくてその後でいいんですよ。 だから今日多分、えーと、このね、放送を聞いているこのタイミングで初発の感想を出すことはないです。 だから来年に活かしてください。あのね、来年に活かしてほしいんですけど。 このタイミングしっかりと、えーと、そういうことをこう、ね、自分の中の素児として持っておいたらいいんじゃないのかなと思って今言ってるんですけど、 交流を整えるんです。 何やねんって言うと、僕が大切にしてるのは、否定ではなくて読みをしっかりと交流させること。 斬説を逃したのは優しいからという読みを、頭殺しにそれは違うとか、ね、もっとあるとかって言うんじゃなくて、教室全体に広げるんです。 で、これ言ってる人、はいはいはいって何かがあがったりしますよね。 いやー、でも別の子は絶対に違う意見を持ってるわけじゃないですか。 これ、ちなみに別の子がそれ以外の意見を持ってなくて、全員がそういう風に読んだとしたら、これは先生は、うーん、僕はですよ、いい教え方をしてるんだろうなと思います。 みんながそうやって、あのー、枠組みとしてね、持っているわけですから、 先生がしっかりと、えーと、そういう風なこう、こういう時にはこういう風に読めるよっていうのを伝えられてるんだと思います。 でもやっぱりね、えー、別の子は絶対に違う意見を持ってる。 じゃあ例えば、あーそうですね、でも大臣おじいさんは、うーん、最初は斬雪を倒そうとしてた。 まあ倒すというかね、としてたよねとか、言い始めた時に、 え、なんでそういう風にしようとしてた、おじいさんはそういう風にしようとしてたのに、えーと、助けたいなという問いが出てくるじゃないですか。 だからこうやって、一人の読みが他者の読みにこう、仰ぐことで、え、なんでやろうって、そこからふと立ち上がるんですよね。 そうやって考えていった時に、やっぱり質問の内容とか、その子の感想とかは変容していくわけです。 この瞬間がやっぱり僕はずっと言ってるんですけど、一番好きなんですよね。 だから、あ、そういう視点もあるのかって気づけるのは間違いなく交流でしかないんですよ。 で、僕は、これ年代によると思います。今の文脈に沿わして言いますけども、小学校ではやっぱりここはAIとの対話は挟みたくないなって、中学校の先生としては思います。 なんでやねんって言うと、中学生でもここにAIの対話を言えると、やっぱり初発AIになってしまうからですね。初手が。 これやっぱり良くないなと思います。 AIの返答が良くないとかっていうわけじゃないし、AIが最初でも良くないとかでも、そんな薄い話ではなくて、 同じ教室で同じように学んできた子たちが違う言葉を出す、違う感想を持つっていうことに価値があるからです。 だから、AIがダメとかじゃなくて、その同じことを学んできているのに違う感想を持つことがあるんだっていうことに気づけるのが大事だっていう話ですね。 これを繰り返していくことで、人は違っていいんだとか、自分は自分なんだっていう認知に繋がってくるわけですよね。 ここを間違えてはダメなんです。AIがダメなんではなくて。 だから、たくさんたくさん意見が出てきた。でも、全体として先生が、じゃあAIに聞いてみようかっていうのはアリだと思います。 でも、そのAIから出てきたものも、僕はそこはジェムを組んでおいて、ある程度出てくる回答が絞られているようにした方がいいと思います。 あまりにもぶっ飛んでたり、あまりにも違う視点を持つような答えが返ってきてしまうと、小学生の段階ではちょっとどうかなと思ったりするので、中学生、中3くらいだったらいいかもしれないですね。 なので、そうやってステレオタイプの読みっていうものを乗り越えようとしていて、その子たちにステレオタイプの読みはしないようにしようとか、そういった話をしていきたいわけではなくて、 要はそこって出発点なんですよね。そこから教室の読みをどう動かしていくか。 それが国語教師の仕事なんじゃないかなと、最近改めて思っているところです。 # チャプター 6 はい、ということでですね、交流を整えるというテーマでお話ししてきましたけども、 やっぱりステレオタイプって言ってますけどね、いいんですよ。 ステレオタイプの読みができるって、それも一つの力だと思います。 ただ、ステレオタイプの読みができているからこそ、そういうふうにね、 こっちから浅い、ね、とか、そういう言い方をするんではなくて、 こっちが問いを深められる、問いをというか、深められるような一手を持っておくことと、 その状態で社会と子どもたちの交流をさせて、 同じことを学んできているのにこうも人は違うのかと、 どこが違うねんっていうようなことを言葉で語り合えるような、ね、 そんな交流ができたらいいんじゃないのかなというふうに思います。 はい、とはいえ場の作り方って難しいんですよね。 あの、交流をさせようとしても全然言葉が出てこないことってただあると思いますので、 そういう時にはどうするねんみたいなこともまたボイシーでお話ししていこうかなと思いますので、 どうぞよろしくお願いいたします。 はい、ということでコメント開始は明日の放送でさせてもらおうかなと思いますので、 どうぞよろしくお願いいたします。では月曜日頑張りましょう。 もっと見る📕言葉を整える、思考の時間藤井 海|思考と言葉を整える国語教師00:161.チャプター 103:302.チャプター 202:193.チャプター 3https://ni-can-last.peatix.com/08:014.チャプター 404:265.チャプター 501:086.チャプター 6コメント感想・質問・応援メッセージを書こう 土屋綾乃3月23日ラストニーキャン申し込んでます〜!豪華メンバー😍めちゃくちゃ楽しみにしています♪Geminiの発表のリンクなかった🥺よろしくお願いします🙏1人の読みを広げて、違う読みをしてる子を見つけたい!そんな読みもあるのか〜!は、交流の真の姿って感じですね✨返信 みやじ3月23日あ、途中で送っちゃった。いろんな視点で見てる、っていうことに気づいて、自分の考えを深められるって大事なことですよね。1返信 みやじ3月23日なかなか声、治らないですね。ガサガサ…感想のステレオタイプ、それだけで終わっちゃうのは…ですね。歴史事実の解釈でも、そういうところあるかなぁ。1返信
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#379 初読の感想って何書けばいいん。に対して、なんと伝えますか? 19分・10月27日・ 234再生AI目次初読の感想「何を書く?」の壁「どこで難しい?」の問いかけ「わからん」が「問い」に変わる時筆者の言葉選びの真意とは?感じたことを言葉にするプロセス
#378 その質問、意見として届いてない?〜月曜日は言葉を整える 15分・10月26日・ 473再生AI目次質問と意見、どう区別する?対話での「聞く」力、3つの視点「質問」が相手に届かない理由とは言葉を届ける「枕言葉」の威力対話のすれ違いを防ぐ「型」の重要性
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#376 説明したのに伝わらない。「知っている」の差を埋めるには 16分・10月24日・ 282再生AI目次「見える」の差が呼ぶ認識ギャップ「バリさん」から学ぶロゴ解読の鍵文章の真意を掴む知識の力とは「知っている」の差を埋める思考術相手に「届く」言葉を選ぶ視点
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豪華メンバー😍めちゃくちゃ楽しみにしています♪
Geminiの発表のリンクなかった🥺よろしくお願いします🙏
1人の読みを広げて、違う読みをしてる子を見つけたい!そんな読みもあるのか〜!は、交流の真の姿って感じですね✨
いろんな視点で見てる、っていうことに気づいて、自分の考えを深められるって大事なことですよね。
感想のステレオタイプ、それだけで終わっちゃうのは…ですね。
歴史事実の解釈でも、そういうところあるかなぁ。