TOPトーク教師📕言葉を整える、思考の時間#330 <単著執筆企画!>天治郎さんとコラボ放送! 心理的安全性だけでは、言葉は育たない1:05:33 8月1日 201再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次心理的安全性と言語化の課題天治郎流!言葉を育む3ステップ教師の言葉がけが導く言語成長言葉の背景を読み解く「聴く力」子どもの成長を見取る教師の視点AI文字起こし(β版) # おはようございます おはようございます。言葉を整える思考の時間、パーソナリティの藤井海です。 この番組では、教室で見つけた学びを出発点に、仕事や子育て、日々のコミュニケーションにもつながる考えるヒントをお届けしたいと思っております。 チャンネルのフォローやいいねもぜひよろしくお願いいたします。 # 頭めちゃくちゃ使いました おはようございます。8月1日土曜日、皆様いかがお過ごしでしょうか。 さあ、8月に入りましたよ、ほんとね。大変な時期続きますがね。 体にも気を付けながら、体調にも気を付けながら、夏休みを過ごしてください。 各地でね、いろいろこう大変だったりとか、頑張っておられる方々もたくさんいらっしゃるかなと思いますが、 本当に日常を大事にしながら過ごしていきたいなと、8月も思っております。 はい、ということで、僕は今日から和歌山に行くんですけども、 昨日ですね、天二郎さんこと天野先生と一緒に夜お話をさせていただきました。 いつもの単純執筆企画の第6弾ということで、もう早いもので6人目の先生が天野さんでした。 本当に天野さんとは一番最初に、つい最近Xでもポストしたんですけどね、 エデュベースの代表といいますか、何人かで6人くらいだったかな。 品川のマイクロソフトの本社でお話をさせて、マイクロソフトの主催するエデュデイというイベントですね。 それの登壇というか、5分のプレゼンをしに、品川のインプレスさんのオフィスかあれはに行きました。 そこで初めて会って話をして、まあすごい人なんですよ。 本当に、ご存知の方もたくさんいらっしゃると思うんですけど、僕も本たくさん持ってますし、天野さんの。 天野さんといえば心理的安全性みたいなことを、僕は誰しもが思っていると思うんですけど、そこももちろんそうなんですけど、 心理的安全性を大事にしている、そういう教室を育もうとしておられる天野さんが、 言葉っていうので考えた時には、どういう風にその心理的安全性を考えていくのとか。 僕が一番疑問に思ってて、初っ端から聞いたのが、確かに心理的安全性が高まっている教室っていうのは何となく見てわかるんですよね。 例えば最初は軸尺というかね、4月5月であんまり仲良くもなかった子らがだんだん仲良くなってきて、 うーんと打ち解けてきたなとか、お互い話しするようになったなって思った。 けど、言葉の質は高まってないみたいなものが本当あって、そこに対してなんでやろうって思ってたんですね。 そういうところに対して天野さんはかなり切り込んでくれて、僕が普段思ってたり、喋っていることもたくさんあったんですけど、 天野さんの心理的安全性っていうものを軸に考えた時の言語化が本当に僕の中でしっくりきてすごく嬉しかった時間でした。 はい、ということで本編またお聞きいただければなという風に思います。どうぞよろしくお願いします。 # <単著執筆企画!>天治郎さんとコラボ放送! はい、ということでみなさんこんばんは。 改めまして本日はね、 男女執筆企画第何弾?これ6弾。 6弾です、天さん。6弾ということで。 今日は天二郎さんこと天野さんに来ていただいてます。 天野さんよろしくお願いします。 よろしくお願いします。 天野さんでいいですか、もう。 全然大丈夫です。 だってボイシー天野さんですもんね。 そうそう。 ボイシー天野さんですもんね。 はい、ということで今第6弾ですけど、 本を書く前に現場の先生と考えようみたいな感じの企画で、 僕が今本を書き始めている、書いているところで、 いろんな先生と対談というか話しながら、 やっぱり僕が小学校の現場のことがやっぱり知識というか、 知見として少ないということも踏まえて、 小学校の先生中心にいっぱい先生と一緒に話をしていって、 自分の本の思想を磨いていくみたいなイメージでしております。 なるほど。 そうなんです。 今日のゲストに心理的安全性とか、 学級系もそうですし、 全部いろいろなんでも話しできるっていうイメージの 僕の中での天野先生に来ていただきましたので、 今日はどうぞよろしくお願いします。 はい、よろしくお願いします。 じゃあ簡単に自己紹介をお願いしてよろしいですか。 はい、小学校教員をしています天二郎こと天野翔太です。 令和7年度に文部科学大臣優秀教職員表彰を受賞しました。 最近はこれをちょっとアピールしております。よろしくお願いします。 すごいな、言葉強いですね。文部科学大臣の? 優秀教職員表彰。 優秀教職員表彰、すげえな。 この名前に負けないように頑張るだけですね。 ほんまですね。 本も今、4冊ですか?5冊? 5冊で今6冊目書いてますね。 今5冊出てるのは何の本ですか? 算数とアプリ本、算数本、心理的安全性本、自由心度学習本、心理的安全性本ですね。 心理的安全性2つ、自由心度1つに算数2つ。 そうですね。自由心度が3つなんで。 今書いてるのは単級ですね。 小学校の? 小学校の。 小学校の単級か。その辺の話も書いてある本とかも含めて聞きたいんですけど。 どうなんですか?最近忙しいんですか? いろんなところで。 いろんな人に言われるんですけど、別にそこまで忙しくないというか。 基本忙しいイメージなので。 本当そうやって言われるんですけど、僕めっちゃ本当にそんなに忙しくないですよ。本当に。 休み多かって言います。仕事はしてるけど、休みはちゃんととっている感じですね。 それこそ最近道徳のセミナーで大阪も来たかったじゃないですか。あれラーメン食べたんですか? 食べました。 どこのラーメン食べたんですか? ヤマちゃん? ヤマちゃん? 大阪駅の第2ビルの地下街みたいなところに高井戸系かける二郎系みたいなラーメンがあって、あるフォロワーさんから教えてもらった中の一つにあったので行ってきました。めっちゃ美味しかったです。 わざわざ第2ビルまで行って?丸ビルの? ちょっと分かんないけど、地図頼りに行って、そんなに倉庫がなかったですけどね。 飲み屋街でしょ?いっぱいある。 僕はあそこで夜な夜ななんですけど。 あそこの梅田付近になるんだよねきっと。 梅田です。 梅田付近がすごくて、東京駅もそれなりにすごいけど、梅田ダンジョンあと少しみたいな看板見つけたけど、ほんとダンジョンみたいな。 ほんまそうやし、梅田もめちゃくちゃ変わって、バカでかい公園が梅田の中にできたりとか。 またそれはね、大阪に来てもらった時に行かれへんかったから、次はぜひ一緒にたこ焼きしばけたらなと思うんですけど。 今日、天野さんにコメントもたくさんいただいて、エクスルのポストに。 ただしかっこボイシーは聞いてないけどっていう、その状態だからこそ。 ちなみにあの後も聞いてないですよね? 聞いてないです。ごめんなさい。僕ね、エクスルのポストなかなか聞いてなくて。 僕のだって対談全部1時間あるんで、そんな聞いてられへんと思うんですけど。 それはさておきなんですけど、いろんなご質問というかね、コメントもいただいた中でやったので、改めてちょっといろいろ聞いていきたいところもあるし、 お答えするというか、その対話しながら話を進めていきたいな部分もあるんですけど。 そもそもちょっと天野さんに今回お話しさせてもらったのも、そもそもの僕の本の企画というか、 根本のところが子どもたちの言語化っていうところ。子どもたちの自分の思いを言葉にするとか。 そういうところを中心にいろいろ考えている中で、やっぱりコメントもいただきましたけど、 その子どもたちが言葉にできるっていうので、子どもたちの能力だけじゃないよねっていうのが大前提なんですね。今言ってるのは。 おっしゃる通りだと思います。 子どもたちの能力が大前提ではない。もちろん能力に左右されるところはあるけど、それ大前提じゃなくて、やっぱり話せる環境とか。 その環境っていうのは学習環境的にもそうですし、教室の環境もそうですし、教師と子どもの関係性も全部環境として捉えたときに、 僕たちが整えることで、教師のせいにも子どものせいにもせずに、もっともっと豊かになるんじゃないのみたいなメッセージなんですね。 でなれば、やっぱり教室の話しやすい空気とか、安心できる環境みたいなのって、やっぱり僕は先に天野さんの心理的安全性のお話が浮かんできて、 で必ずその間で、一番最初じゃなくて間やなと思いながら聞かせていただいて、今日に至るというところなんです。 やっぱり安野さんのその心理的安全性っていうテーマは、ちょっとなんか僕あんまり一番最初とか分かってないですけど、きっかけというか一番最初って何だったんですか? 僕が心理的安全性の発信を始めたきっかけってことですか? そうですね。 これはね、Xを始めたぐらいの時に、たまたまだ今みたいな夏休みにタイムライン上に心理的安全性をつくる言葉55っていうね。 原田さんっていう、今ちょっとお世話になっているビジネスマンの本が流れてきて、なんか面白そうだなと思って読んだら、 これって今まで自分が大事にしてきたことが全て一言に集約されるなぁと感じて、そこから原本に当たったり、ABC江戸門蔵さんの本に当たったりして、 自分が学級経営や授業作りに大事にしてきたのは、心理的安全性なんだなっていうことを捉えて発信するようになってきた。 なるほど。そもそも今までやってきた教育の現場と、現場の感覚とか話してきたことと、やってきたことと、その心理的安全性っていうもので大事にされていることが合致したみたいなイメージですか? これね、いろんなところで話するんですけど、心理的安全性がね、今日本版では話しやすさ、助け合い、挑戦、新規歓迎って4つの要素で成り立ってるって言われてるんですけど、 学校現場でずっと大事にされてきたことじゃないですか。今回、アイさんも言ってるけど、子どもたちが話しやすいように、また子どもたちが助け合いができるように促したり、挑戦することに価値があるんだよって挑戦を促したり、 新規歓迎って言うとちょっと難しいかもしれないけど、的外れを歓迎したら結構面白いことが起こったりみたいなことって、実はずっと教育現場で大事にされてきたことじゃないですか。 だから、心理的安全性っていう言葉はね、今だいぶ教育現場にも浸透してきて、論点整理や特別活動のね、ワーキンググループの中にも出てくるように、だいぶ浸透してきたんだけど、 一見流行に見えるかもしれないけど、実はその本質っていうのは不意気の部分ですよっていうところがね、まず大きいかなと思ってますね。 なるほど。本なら、やっぱりそういった心理的安全性みたいなところを、いろいろ発信されてたりする中で、ちょっと先に進むんですけどね、 言葉と心理的安全性というそこの部分でつなげたときに、もうちょっと本題に早速いくんですけど、 僕は今やっぱり、言葉は能力だけじゃなくて環境によって生まれるというメッセージで本を、その中心に書いてるんですけど、 その上で、心理的安全性がある教室では、子どもの言葉ってどう変わるのかなっていう、僕それ自体をね、 言い方は難しいですよ。ただ、心理的安全性がすごく反法されているという言い方があっているかちょっとわからないですけど、 すごくいいなと思うクラスがあったとしても、結局子どもの言葉自体はそんなに変わってない印象も実はあって、 めっちゃ喋ってるんです。めっちゃ喋ってるんですけど、出てきてるだけで言葉の質は変わってないみたいなのも、 なるほど。 割と感じてるところがあって、それをやっぱり実践というか、されてる天野さんからそのテーマで自分の教室とかを考えたときに、 改めてどうかなっていう、心理的安全性がある教室では子どもの言葉はどう変わりますかっていう。 なるほど。まず前提としてね、こう、かいさんが言ってるようにやっぱり環境ありきな部分は正直大きいと思っていて、 これもわかりやすい例だと思うんだけど、例えば教員が職員会議に出ています。多くの職員会議はね、ちょっと言い過ぎかもしれないけど、あんまり意見は出ないでしょ。 はい、そうですね。 もちろん前提としてその前の会議である程度詰めていて、ある程度了承が得られる状態にしてあるっていう前提はあるにしても、 でもやっぱり反対意見だったり、もっとより良くするための批判的な意見だったりっていうのはなかなか出づらいじゃないですか。 それってやっぱりね、言葉をちゃんと心の中に思いや考えがあったときに、言葉にしようとしたいっていう気持ちがまずないと、そもそも言葉にならないじゃないですか。 心理的安全性を担保されてないと、なんか言ったらなんか言われちゃうかもしれないし、知らないって思われちゃうかもしれないし、批判的だなって思われたりするかもしれないっていう恐れ。 それは心理的安全性を驚かす4つの不安としてあるんだけど、やっぱりそういう状況って、そもそも言葉にできないでしょ。 だから言葉にするっていうステップとして、まず心理的安全性がないと言葉にそもそもできないっていうことがあると思うんで、これは大人も子どもも関係ないと思っていて。 じゃあ次に、心理的安全性がある程度確保されたら、そもそも心理的安全性が対人関係のリスクを取っ払ってもああだこうだ言える関係や文化だったりするから、できないとかわかってないとか批判的だって思われない状況があるからこそ、自分が言いたいこととか思ってることとか考えてることを言葉にできるじゃないですか。 そうすると、心理的安全性が担保されていると、その言葉にしたものを受け止めてくれる人がたくさんいるわけですよね。 教室で言えばまず教師だし、でも教師だけじゃなくて、周りの子どもたちっていうところがそこの対象になるんだけど、それが第二ステップです。ちゃんと受け止めてくれる、言っても受け止めてくれる仲間がいる。 第三ステップになったときに、受け止めただけだったら、はっきり言って心理的安全性が高いとか言えないんですね。 つまり、よくあるのがぬるま湯組織とかラーナー組織とかって言って、一見仲がいいように見えるんだけど、さっきカイさんが懸念してた、結局言葉の質が高まってないんじゃないかなっていうのはそこに起因すると思って。 僕が例えばそのクラスにいて、何か言いましたと。批判されない、分かってない、できないって思われない安心感もちゃんとある。 でもそれでそうだよねって終わっちゃったら、その子の考えも更新されないし、その子の思いも、その子が使っていく言葉も更新されてないじゃないですか。 そこに例えば周りからでもさとか、それは分かるんだけどみたいな、そういう反応が入ってこないと、考えも言葉も磨かれていかないと。 このステップ3まで来ないと、そもそも言葉が磨かれる状況になれないっていうところかなと思っています。 このステップ3が日常的になると、でもさって言われたところに、そもそもでもさっていう子が僕の意見に対していろいろ言ってくると。 その意見に対して分かるなって思うところもあったり、でも一方では違うでしょうって思うところがあったときに、やっぱり議論していこうってなれば、 言葉を選んだり、言葉を相手に伝わるように使っていかないと、その議論が成立していかないじゃないですか。 そこに心理的安全性がある学級において、言葉の質が高まっていくっていうポイントがまずあるのかなと思っています。これが全体的なところ。 ここまでどうかな。 勢いがすごい。 ごめんごめん。 全部受け止めましたよ、今。 頭でまとめてたことをまとめて、ちょっと待ってくださいね。話していきますね。 まずステップ3っていうところ。すごく今そのステップはめっちゃ大事だし、大前提だし、改めてその心理的安全性っていうものを前提において言語化していくと、 なるほどなって思うのがすごかったです。 ファーストステップは、言葉にする前提としての心理的安全性が確保されていないとそもそも論って話ですね。 だから言葉が生まれる条件として心理的安全性がある。 僕みたいにね、かいさんみたいに喋るのが好きな人はいいんだけど、みんながみんなそうじゃないから言語化していいみたいな前提が揃ってないと、 誰か一人だけの言葉の力を高めるんだったらね、僕やかいさんみたいに喋るのが好きな人に注目すればいいと思うんだけど、 でも学校教育はそうじゃないから、やっぱりその前提条件は必要になってくるかなって。 間違いないです。 だから言葉が生まれる条件っていうのは、僕もやっぱり一個ずつ一緒に僕も話していくと、 やっぱり僕自身もその心理的安全性っていう言葉は使ってないけども、 もちろんですけども、言って誰かからほんまに何言ってんねんみたいな言われたら誰も言われへんとか、 お前パクってるやんみたいな言われたら、僕このパクリみたいなのをよく言ってそれにつなげるんですけど、 お前パクってるやんとか真似してるやんみたいなところにもう今の時代、それこそツール使っとったら、ICTツール使っとったら何本でもパクれるし、 でもそのパクられるっていうことは、そんだけあなたの意見がいいって思ったことだみたいなそういう風な流れから、 必ずその中学校でもやっぱり一番最初に作っていくのがそこやし、 僕その心理的安全性をそもそも、これちょっと後で聞きたいんで一旦ね、僕の頭の整理のために一旦言っておきますけど、 じゃあそのステップ、それぞれのステップをどう作っていくねんっていうところやし、 言葉が生まれる条件として心理的安全性があるのであれば、その心理的安全性を言葉の面で、いろんな面で多分あると思うんですけど、 言葉の面で喋ってもいいんだとか、自分の意見まだちょっと未完成だけどその意見を言ってもいいんだとか、 まだ考えてる途中だけど言ってもいいんだみたいな言葉における心理的安全性を、 天野さんはどうやって作ってるのかなっていうのが聞きたいの一つね。 第二段階として考えたときに言葉を出せるようになるっていうのが第二段階として、 でも安全性が担保されたことで自分の考えとか違和感とか疑問を言葉にできると。 で、第三段階のところで、でもそれだけでは学びになってないから受け止めるだけでは言葉も更新されへんし思考も更新されないと。 で、そこにその周囲との相互作用みたいなものがあって、安全だからこそ言葉が磨かれるようになっていくっていうその三ステップですよね、まずはね。 そうですね、基本はそうかなと思う。 で、一個思ったのはそうやって、これ先に聞きたいんですけど、 心理的安全性がまだ担保されてないというか、ある程度クラスとしては多分関係性もできてきましたよと。 でもそのクラスのなんか仲が良くなったねとかちょっと雰囲気垢抜けたねとか、割と今僕すごく高校で感じてるんですけど、 なんかすごく一番最初はよそよそしかったり、まだもちろんそんな会話もなかったけど、ある程度仲良くなってきたよねっていう人間関係の距離感とか、 そういうのはできてきたなと思っても、言葉における心理的安全性って言ってもまたちょっと違うと思うんですよね。 なんかそこらへん言葉にする前提としての心理的安全性をどう作っていくのかっていうので、やってることとか技とか工夫とかっていうのを聞いてみたいです、今。 大きくね、ステップ1もステップ2もステップ3も全部そうなんだけど、大きく二つかなと思っていて、まず環境設定。 二つ目が教師の言葉掛けっていうこの二つに集約されるかなと思っていて、じゃあ言葉にできる、自由に安心して喋れるっていう心理的安全性を作るための環境設定って何かっていうと、 教師も一つの環境だと捉えたときにね、言葉掛けと関わるんだけど、教師は積極的に一人一人と関わっていく、雑談をしていく。 僕なんか本の中で超簡易ワンオンワンとかって言って、やりとり一回でいいから、一日5回以上全員とやるみたいなことを手立てとしてあげてるんだけど、 そうやってこっちがどんどん雑談でいいから喋っていくみたいな、子供の言葉を引き出していくみたいなことをとにかくやるっていう環境であり言葉掛けだよね。 あとは、例えば授業でもよくやってる人もいると思うんだけど、僕も国語でよくやるんだけど、おび活動として40秒ペアトークとかって言って、お題を決めて、一人40秒喋ります、それを聞きます。 交代して40秒また喋って聞きますみたいなことを、そういう環境、とにかく喋るのが当たり前みたいにするような環境設定をするっていうことがマットかな。 その時に言葉掛けになるんだけど、なかなか喋れない子もいるでしょ。だから例えば好きな食べ物みたいなテーマだったとして、そういった子が多いとか、学期始めなんかそうだと思うから、そういった場合はモデルを示してこうやって喋るといいよとか言いながら、 ちゃんとそういう不安な子のところに行って、今日ここまで言えたねとか、昨日は20秒しか喋れなかったね、今日25秒喋れたねとかっていう勝ちづけ。言葉に似たことに対する勝ちづけ。その公的なフィードバックを繰り返す。これ当たり前のことなんだけど、これを繰り返すしかないかなと思ってますね。 でもそこは本当に全く同感というか、全く同意というか、本当に僕も授業の中でまず僕らは中高で、ここでも話すと、やっぱり担任として接する時間が圧倒的に短い。自分のクラス、自分のクラスだけじゃないですけどね、他のクラスもいるから、結局教科系みたいなイメージになってきますけど、結局一つのクラスに対して接する時間があまりにも短いので。 ずっとずっと言い続けることができない以上、一番最初からショートトークみたいなのを本当にたくさんたくさん入れてるっていうのがまず一つ。だから僕も隣同士30秒で喋ってとかっていう、隣同士のまずはハードルをすごく下げる。 隣同士と当たり前に喋れるっていう環境をいつもいつも作って、体も向けてっていうのが自然となるようになったら話すっていうこと自体がハードル下がるから、じゃあグループだろうが、前での発表はまた違うとしても、そういうところのハードルが下がるよねみたいなのはずっと考えてるので。 そこ本当にその通りだし、僕も環境設定っていうのは本当に大事にしてるところかなっていうのが一つと、言葉にしたことの勝ちづけっていうところ。そこの言葉にしたことの勝ちづけも僕はめっちゃ意識してるんですけど、ちょっとそこでもうちょい深掘りたいのが、言葉にしたこと、生徒、児童か、子どもらが言葉にしたことに対する勝ちづけって授業の中ではどういうことで、授業が大事なのか。 授業外ではどういうことでやってはるんですか。 たとえば僕は算数が専門だから、頑張って手を挙げて発表した子がいるとしました。でも結局間違えていましたみたいなことは、小学校の算数では多々起こるんだよね。でも手を挙げてる時点で話しやすさはだいぶ担保されてるんじゃないかなと思うけど。 たとえばこうなった時に、周りが違うよとか言うでしょ。それが悪意なく言っていいと思うし、間違ってるのにそうだねみたいな言うのも変だから。 違うよって言った時に、今違うよっていう言葉が出たんだけど、こうやって考えた子が実はいたんだよねとか的間指導の時に見ておいて言ったり、こうやって考えたくなる気持ちわかる人って問い返して、周りの共感を得たり。 そうすることによって、自分だけじゃないんだとかまず思えるでしょ。その思って誤答から解釈していくと、ここにズレがあったとか、ここに考えのモヤモヤしてるところがあったんだなってことをきちんと対話を通して言語化してあげることによって、 言った子も自分が間違えてたこと自体が、ちゃんと算数だから正解が一つに決まっちゃうことが多いから正解にたどり着くプロセスに乗ってるんだって実感させてあげたり、周りの子も実は俺言えなかったけどそうなんだよな、でもこうやって考えれば自分の考えはこうやって正しいルートに乗るんだなって思わせる。 思えるようにすること自体が一つ勝ち、フィードバックというか勝ちづけというか、最後にもちろんね、あなたが言ってくれたことによってみんなの考えも深まったよみたいなフィードバックを確実に入れるんだけど、一つそうかなって。 でもたださっき言ったように、これ自体はもう話しやすさがある程度高まってる状態のパターンでもあるから、他にどういうことがあるかっていうと、例えば機関指導してるときに面白いアイディアを書いてると、じゃあこれめっちゃ面白いからさ、ちょっとみんなに言えるって言いながら、いや無理ですって言われたときに、じゃあ僕先生が代わりに紹介してもいい?みたいな感じで言うでしょ。 で誰々が考えてたんだけど、これどう?みたいなことがめっちゃ面白いとかわかるわかるみたいなことになると、その子もなるほど次、すぐにはいかないけど、自分の考えが認められて嬉しいなとか良かったなって思いから、じゃあ次はちょっと喋ってみようかな、みたいなところに進んでいく部分はあるかなって思ってますね。 いやーなるほどな、なんか今の算数の話ってやっぱりこう、ちょっと特殊とかそうやって答えが一つに決まるみたいなのも含めて、なんか難しいなって思ってるんですけど、なんかちょっと違う角度から聞いてくるというか、そうやって聞くと、あーなるほどなっていうのはすごい思うんですけど、なんかやっぱりあれですね、天田さんのそのお話聞いてると、その心理的安全性っていうのはなんか安心して話せることみたいな、それのイメージっていうか、それもそうだと思うんですけど、 なんかやっぱり先行してたんですけど、なんかそれだけじゃなくて、やっぱりこう本当に言葉が生まれる環境を設計してるっていう感じがすごくするし、今のその子供に対してのアプローチとか声かけの仕方もそうだし、で、今だから僕がその言葉は能力じゃなくて環境によって生まれるっていうことを書いてるときに、その具体例、本当の具体例が今の天田さんのお話すべてじゃないですか、 環境によって生まれるんだよっていうところが、そこだから、もっと考えようぜっていうんじゃなくて、考えたくなる環境を作るとか、もっと話そうっていうんじゃなくて、話してみようと思える文化を作るみたいな、なんかそういう方向性ですごい今話を聞いてて、だから言葉を育てるっていうよりは言葉が生まれるその土壌を育てるみたいな。 うん、まあステップ1の話だからね。 そうね、まだステップ1でしたね、これね。 ほんまやわ、ステップ1でしたね。いやでもなんかステップ1が結局整えば、言うだろ、土壌が、ちゃんと整えば、まあその先もこう出てくるなと思うんですけど。 そうだね、まあでもその何だろう、言葉っていうところに着目したときに、まあそのステップ1の話せる心理的安全性を作るっていう、まあそもそも話しやすさが土台なんだけど、になったときに教師が絶対使わない言葉とかもあるわけじゃないですか。 例えば算数で言えば、じゃあ誰かが発表してくれたとしましょう。そうしたときに、まあ教師の授業で持っていきたい狙いとそれていました。 うん。 大さんならなんて言う? 教師が持っていきたい狙いとそれてた? うん。 それって答えを持ってきたってことですよね? そういうこと、そういうこと。 うーん、まあなるほど、あんたはそう考えてるなーって言って、それってどこからそう考えたん?ってまあ国語的ですけど、どこからそう考えたん?って絶対聞きますね。 だから、きっと言葉にこだわってたり、その子供の言葉や考えを大事にする先生はそこに対して深掘りしようとするんですよね。 うん、深掘りしようとする。 でも、たぶん心理的安全性が育たない、話しやすさが高まっていかない教室であり得る問い返しは、そっか、では他にある人なんですよ。 あー、うん、はいはい、なるほどなるほど。 これに代表されるように、話しやすさがそもそも高まらない教師の言葉掛けみたいなのは、やっぱりあるかなと思っているので、 うーん。 まあ、それの反対を考えればね、それも難しいけど、じゃあどうしたら子供たちが言葉にできるか、言葉にしたくなるかみたいなところの教師の言葉掛けにつながっていくのかなと思ってますね。 うーん、いや、今のは確かにそう考えると、なんかそういう反面教師じゃないけど、あかんねみたいなのをいろいろ考えると分かりやすいなと思うんですけど、確かにそうですね。そっか、他にある人は。 あれ、飛んだ? うーん、確かに。 ごめん、今なんかね、今の20秒ぐらいよく聞こえなかった。 今も。 この辺か。 今声聞こえてます? 今は聞こえてるんだけど、なんか途中飛んでた。 途中飛んでました? うん、途中飛んでた。 急に急に、なんでやろう。これすごい今ラグが発生してる気がしますね。 オッケーオッケー、今は大丈夫だよ。 なんかでも多分ね、1秒ないぐらいのラグがあるんで、ちょっと一旦話してて、気分があったらまた言ってくださいね。 うん、分かった分かった。 えーっと、えーっと、ちょっと待ってくださいね、今どこまで行ったっけ。 あ、そうですそうです、話しやすい、そもそも分からない教師みたいな話ですね。 うん、うんうん。 いやそうですね、確かに僕はさっき言ったみたいに、なんでそう思ったんとか、どこからそう考えたの?みたいに掘っていって、 で、掘っていった先に答えの分岐点、要は間違った方向に行く分岐点があるから、その分岐点の根元まで僕は深掘っていって、 あ、なるほど、そこさっき言ってたような、そうそうそうそう、そこで分かってたらまずええと思うねんって言って、 で、その先の話はやっぱこっちの方とこっちの方とって今あったと思うねんけど、そこをじゃあ次考えてみようかみたいな感じで、確かにその深掘っていくみたいなのをよくしますし。 うん。 多分深掘った時にね、さっきもちょっと言ったけど、この分岐、まあカイさんの言う分岐点のところで、そうやって考えようと思った人とかね、 実は最初はそう考えてたよっていう人の共感を入れるだけで、あ、いや僕だけじゃないんだとか、こうやって言葉にしたことを、 自分だけじゃなくて周りもそう思ってるんだ、じゃあそれを言ったこと自体が嫌な思いをするようなことに繋がらないなっていう、 まあもちろんね、その先の言ったことによって得られる恩恵みたいなような方向に持っていく必要性はあるんだけど、まあっていうところも大事かなと。 確かにね、やっぱそこで止まってしまう教室がすごい多いですよね。 多いと思います。 話せるようになってるのにその先の設計がされてないとか、 なんか先生が意識してこう、ちゃんと子供同士の意見を共有させる、交流させる場をちゃんと授業の中で設計してるのに、そこで止まってその先がないみたいな。 だからもう、ぞはやね、ステップ2の話になっていて、言っていいんだって思ったのがステップ1。 じゃあ言っていいんだと思って、ステップ2としては言っても誰からも、言っていいんだとニアリーコールかもしれないけど、みんながちゃんと受け止めてくれるっていう風にしていくためには、 誰かが言った発言に対しての共感を生んだり、そうだよねってある部分は納得できるような、こっちの追い返しみたいなのが必要かなっていうところですかね。 そうだね、だからそこで最初の山野さんの言葉にしたことを勝ちづけるっていうところにつながるんですよね、さっきみたいに。 うん。 いや、そうやな、やっぱりそこの言葉にしたことを勝ちづけられるその引き出しって、本当に強心持っとかんとダメじゃないですか。 うん、それはそう思いますよ。 なんかそこのところって、いったん身につけられるものじゃないし、あれやけど、僕自身もそこはすごく意識してるし、もう自然とそうするようにはなりましたけど、できるから言えるからわかんないんですけど、どうやったらそうなれるんでしょうね。 そういう引き出しも山野さんも含めて。 難しい気もするんだけど、僕が若い頃できてたかっていうとね、ちょっと怪しいなと思うんだけど。 僕もそうですね。 そもそも言葉にこだわるタイプの人間だっていうのは前提としてあるんだけど、でもやっぱり、どんな言葉を使ったらどう相手に届くのかとか、どう相手に響くのかみたいな、相手意識、またその言葉を使う目的意識みたいなのを意識することがスタートラインじゃないかなと思ってて。 相手意識目的。これね、どんな活動でもそうだと思うんだけど、相手意識目的意識ないと言葉って変わっていかないじゃないですか。 それこそ子供たちがよく言うけど、じゃあ例えばリーフレットを作りますと。じゃあ誰に作るのっていうところがちゃんと定まってないと、また誰のために作るのっていうことが定まってないと、言葉を変えないじゃないですか、普通。 だから教師も多分一緒で、何のためにこの言葉をかけるのか、何のためにこの問い返しをするのかとかっていうね、誰に届けたいなのか、誰がどんな思いをするのかっていうことをかなり意識しないと、その言葉がけができないんじゃないかなと思ってますね。 そうですね。だから普段から結局、今言ってた言葉にこだわるタイプっていうのが、どうやら教師として大前提そうであってほしいのはもちろんそうだけど、そこをもうちょっとだけ深掘るというか解像度を高めていったら、言葉にこだわるっていうのがやっぱり種類あると思うし、教師の言葉のこだわり方みたいなね。 だから今回みたいに、愛って誰に届けるの?どういう状況で何のために届けるの?みたいなことを常々自然と考えられてるタイプの言葉にこだわるタイプ。 だとしたら、子供がこういうふうに言ってくれたと。でもそれはおそらくこういうふうに言いたかったけどまだこの状態だからこう言ったんだろうなみたいな、要は背景がすぐ読み取れるじゃないですか。そういうタイプって。でも本当に教師だけじゃないですよ。本当大人もだと思うんですけど。 その人の言った言葉の背景を読み取らへんかったり、1行目だけ読んで2行目以降読まんとすぐに返信したりとかっていうのもすごい多いじゃないですか。 まあね、今夏休みに賑わってる感じだよね。 ね、Xのね、いろいろありますけど。そういうのを考えると、今ずっと言ってきたのって、子供が安心して話せるっていう。子供と教師の関係性みたいなところがメインだったじゃないですか。 もちろんそれを経て子供ら同士の関係性みたいになってきますけど、そもそもの教師の資質としてそこがないと子供の言葉は引き出せないですよね。 そう思いますね。それこそね、これよく言われる言説だけど、なんかあれ?これ聞いたことある言葉だなっていうことがね、よく思い返してみると自分が結構言ってる言葉じゃんみたいなことって教師はある。 まさにこれがその典型例だと思っていて、つまり教師が使う言葉の質によって子供の質が変わっていくっていうのはね、当たり前のように起こってしまうことじゃないですか。 だからこそより言葉に意識していかないと、さっきカイさんが一番初めに言ってたようにね、心理的安全性が高そうに見えるんだけど言葉の質が変わっていってない気がするっていうのは、そこが大きいのかなと思ってますね。 つまり教師自身が一つの環境としてなっているわけだから、その教師自身が力を高めていくっていうふうにしたのは、そのプロセスの中で見られる言葉の変化もあるだろうからだし、最終到達地点に上ってないと子供の言葉が高まっていかないのかっていうと違うからそうするけど、 やっぱりそういう大きな捉え方をしていないと、目の前のことだけに、そもそも教育が寛容って言われるようにじわじわと染み渡るようにいくものだから、成果を求めないマインドだとか、すぐに成果を求めないマインドだとか、こういう小さな変化を喜べる教師のマインドだとか、やっぱりそういうマインド論みたいなことにもなってくるのかなと思いますね。 いやー、今めっちゃすごい、僕の書いてる原稿読んであんのかなって思うぐらいに、僕の原稿のね、本の構成を今喋ってくれはったんですけど、本当に。 いや、だからね、僕結局今回の本で第一章のところが、要は教室のあるあるを書いてるんですよ。例えば、振り返りが楽しかっただけで終わるみたいなところもそうやし、今みたいな話せる環境をせっかく用意しているのに授業の中で用意してて、自分たちの意見も書いてるのにそれを話せないとか、話そうとしないとか、自分の意見を見せるだけで、タブレットで見せるだけで終わっちゃうみたいな。 なんかそういう、割といろんな調子で起こってるあるあるみたいなのを一章で扱いながら、結局二章のところにはそれをどう教師は捉えるのっていうマインドの話をめっちゃしてて、そこのマインドの変化みたいなのがすごい大事だと思うので、ネガポジ変換みたいなのもそうやし、リフレーミングみたいなのも全部そう、要はそういう意識で今の状況を見たら違って見えませんかっていうのが第二章なんですよ。 第三章で具体でこういうふうな時にこうしてみませんかとか、別にそもそも具体的にこういうことをするとか、技的に言うんではなくて、実はここを変えるだけでとか、この言葉掛けを変えるだけで全然変わるんですよみたいなこと全部言ってるんですけど。 今まさになんかその流れで言って、結局第4章か最後の方の章で、教師ってこれからどういうふうな力をつけていって、どういうふうなことを意識しないといけないのみたいなこれからの時代の教師みたいな話をして終わるんですけど。 結局関与みたいなことも僕も書いてて、やっぱそのマインドとして長い目で見るっていう目がないと、どうしても目の前の子が、でもせっかく授業でせっかくこうやって意見出せるのに、いいんやで喋って、みんななんで喋れへんのどうぞみたいな、早く交流してねみたいな手叩き出す先生。 そうなったら意味がないよねっていうところは、声を台にして言いたいし、でもそれは先生が悪いんじゃないよっていう、先生が悪いというか、もうちょっと環境を変えるだけで変わるんだよみたいに言いたかったので。 いや今なんかその、やっぱり僕、それこそ本の中で、心理的安全性みたいな言葉を使うのにちょっと躊躇があるんですよ。僕なんかが使っていいのかみたいな。 いいんだよ。だってもう国の資料出てんだから。 いやそうなんかね、これ割とほんまに思ってて、言ってることはそりゃそうなんですよ。教室の中で言葉が出せる環境とか、言ってもいいんだって思えるのは、教室の心理的安全性が高まっている状態じゃないとかなわないですよね、みたいなのを言ってるんですけど。 あんまりそんな、語るというか、言ってもな、みたいなのを思ってたので、いやでも今なんかお話聞いてすごい解像度が高まったなってすごい思います。 よかったです。はい。 なんか最後にちょっと聞きたいことあるんですけども、いいですか? もちろんです。 逆にちょっとこれ今まで僕聞こうとして聞いてなかったんですけど、その心理的安全性っていうのが言わ、話せることがゴールじゃなくて、言葉が育ち続ける環境を作るのが心理的安全性だとしたら、その心理的安全性以外のところの、天野さんが思う言葉が育つ教室の条件って一つ挙げるとしたら何ですか? これはさっき語った、違うな、さっき語った文脈と変えようか。 ちゃんと聞くってことかな。 ちゃんと聞く。 人の言葉をちゃんと聞くっていうところかな。 もうちょっと具体言うと。 例えば語彙の獲得とかが真っ先に上がるでしょ。言葉を高めていこうとしたら。 でもそれもそうなんだけど、そもそも人間、関わりの中で生きてるわけだから、自分で本読むとか以外で言葉の力を高めようと思ったら、教育なんかはそうだけど、やっぱり他者との相互作用みたいなのが大きく関わってくるじゃないですか。 そうした時に、教室も個別最適な学びとか言われていて、自分でやるとかっていうことが多いけど、やっぱりどうしても共同する場面とかがあるっていうのは必要じゃないですか。 そうなった時に、僕が言ってる言葉を、子どもたちにもちゃんと聞くとは何かってよく言ってるんだけど、まず繰り返せるかとか、その子の言った言葉に対して質問ができるかとか、その子の言葉に意見を言えることができるか、 みたいな、この三つが僕はちゃんと聞ける一つの証だっていうふうに子どもたちに言ってるんだけど、ステップ3のね、でもさーとかっていうのが飛び交うようになってくるといいっていう話をすると、言葉の質が高まるって言ってたと思うんだけど、ちゃんと聞いてれば、ちゃんと聞くっていうのをその先に置くにはね、 相手が何を思って、何を伝えたいのか、みたいなところまで探れるようになると思ってるの。さっきの教師のね、ある子の発言からいろいろ背景を読み取れるのがまさにそうかなと思うんだけど、じゃあそうしていこうとなると、なんでこの子、潜在的に言うんだよ、なんでこの子はこういう言葉を選んだのかとか、 じゃあ僕が彼、僕がじゃないな、聞いてる子が誰かに意見を言える状況になった環境がちゃんとあるときに、じゃあなんて言えば自分の意見が伝わったり、相手と議論ができたりするかっていうところまで考えられるようになると、言葉は自然と高まって、言葉の力っていうのは自然と高まっていくと思ってるから、 相手の意見、話、言葉っていうのをきちんと聞けるっていうことが前提にないと、言葉の力が高まっていかないかなと思ってますね。 いいですね、今柳さんもずっとコメントくださってますけど、話すの第一条件が聞くっていうのは本当その通り、話す聞くっていうところ、だからあれ僕もね、結局話す聞く、読む書くっていう4つあるじゃないですか、国語で言ってね、ここだけじゃないですけど、そうなったときに聞くと読むがなければ話す書くは見えないじゃないですか。 要は聞いて読んだことを話して書くわけですから、もちろんそれだけじゃないですよ、間に聞いても読んでもないことを頭の中で生成して出すこともあるけど、でもその頭の中にあるものは聞いたか読んだかのどちらかしかないわけじゃないですか。 だから無から考えうることはできなくて、結局その子の言語を作るのはその子の環境であるっていう、そのあたりのことを考えていくと、今言ってたみたいに聞くっていうのがどれだけ大事かっていうのは語彙の獲得もそうだし、言葉の力は今自然と高まっていくと言ってありましたけど、人の話をちゃんと聞くっていうところもそうだし、僕言い方としてすごくいいなと思うのが、具体的にいろいろ書くんじゃなくて、 よくあるじゃないですか、教室で聞くとはみたいなんで、箇条書きで5つあってみたいな、教室掲示みたいな、僕なんか悪くはないんですけど、なんかああいうのよりも僕人の話をちゃんと聞くっていうふうに、あえて抽象的に学級で言ってある先生の話は割と信用できるなってずっと思ってて、 それをちゃんと、今ちゃんとちゃんと言ってますけど、人の話をちゃんと聞くことで子どもたちが理解できてるってことは、ちゃんとの中身が子どもたちと共通言語で共通認識があって、どういうふうなことを今この教室では良しとしているのか、どういうことを目指しているのかみたいなのが、そのちゃんとの中に含まれている。 これってすごい、その学級目標とかもそうですけど、なんか大事な教室と子どもの関係性やなと思ってて、今その人の話をちゃんと聞くことって言ってあったそこはまさにやし、相手の言葉を受けて自分の言葉を返すっていうのが、結局自分の言葉を作ることやし、言語化の、今その子どもらだけじゃなくて大人も言語化困ってるじゃないですか。 本屋さん行っても、あそこに書いてることって本当に僕、本屋さんの言語化の本、割と全部買い漁ったんですけど、ほぼほぼ7割8割が、その上司、部下、取引先の人の話をどれだけ聞いて自分の頭の中で再解釈して構築して言語化して話すのか、そのやり方と方法みたいな。 頭のいい人が考えてる中身はこう、みたいなばっかりなんですけど、いや違う違う、そもそもみたいな、そもそもその人に興味を持ってて、その人のことをどれだけ、その人の話をどれだけ聞こうとしてるかがまず全てやから、話すために聞いてるんじゃなくてっていうのをすごい感じてたんですよ。 話す力の前に聞く力があるっていうのは、すごい納得やし、分かるなというか、違う角度で今まとめてくださったなっていう感じがしました。 その先の話をすると、僕もそういうタイプなんだけど、興味があるから聞くっていうのはまさに一つそうだなと思う。僕は興味なくても聞くときあるから、それが当たり前になる。聞くのが当たり前。 つまりインプット、聞くのはどちらかというとインプットでしょ。インプットしたらアウトプットするのが当たり前みたいな、こういうサイクルが教室の中に当たり前になってくると、これがレベル3なわけだけど、自然と言葉の力は高まるよね。 だって普段自分が使わない言葉をちゃんと聞いてインプットしたら、いつの間にかそれを使ってたりだとか、そういうことが起こっていくから、だからカイさんが言うように、相手に対する興味が第一条件、本当そうだと思うんだけど、それから飛び越えて、 そこには何があるかっていうと、大きな目標とかゴールとか、そういうのがあるかなとは思ってるんだけど、その先に行くと言葉の力が高まっていくんじゃないかな、みたいな感じかな。 いやー、やっぱ天野さんの、何やろうなこの圧倒される感じは。 全然してないよ。興味とかをあれ言った。興味なくても聞くとか言ってる男だよ。 ちょっとね、今ちょっとトーンダウンして、一旦本から離れて天野さんという人を見ようと思ったんですけど。 いやー、すごいでも、何やろうな。 自分の、僕はずっと何やろう、これまで今、田辺くんとか越中屋くんとか小田さんと成田さんとけさらさに中くんといろいろ喋ってきたんですけど、 なんかこう、やっぱタイプとして、僕はそうやな、成田さんともやっぱり似てるなって思うところはたくさんあるし、 やっぱり天野さんとも似てるなって思うところはたくさんあるんですよ。恐縮ですけど。 でも小田さんと田辺くんはめっちゃ似てて、今日話した谷中くんもめっちゃ似てるんですよ。 別に小学校中学校の先生とか教科とかじゃなくて、すごい2パターンみたいなのに考えると、僕も天野さんも成田さんももちろん情熱的な情はあるじゃないですか。 やけど、より合理的とまでは言わないですけど、しっかり子供らに僕らが考えてることをロジカルにというか、ちゃんと伝わるように考えて喋るみたいな。 とか、ちゃんと細かい部分も含めてか、逆に細かくなく抽象的かもしれない、大雑把かもしれないけど、しっかり組み立てた状態でみたいな。 イメージね、イメージ。でも田辺くんとか小田さんとかも含めてみんなそうですけど、厚さの方向性が違うんですよね、彼ら。 例えば、国語を通して人生が豊かになるみたいな小田さんは言うけど、僕は全くそんな言わないんですよ。 僕は自分の中で、例えば振り返りにこの文章を読んで、こういうふうに思ってたけどこうなりましたって言ったら、小田さんが言ったら、 ほらもう見て、こんなことが書けるようになる国語を通して、こんなにもこの文章を読んで、こんなにも心が温かくなって人生が豊かになって、他の人の意見も読んでって、すごいいいよねっていう勝ち突きをするけど、 僕はなんであなたがそこまで自分のことを言えるようになったのかとか、なぜあなたがそういうふうに感じることができるようになったのかのベタ認知ができてるみたいなところに勝ち突きをするんですよ。 その言葉が出るのがすごいと。っていう勝ち突きをするんですよね。 そういうふうな違いを見ていくと、やっぱり僕は天野さんと今の言葉が好きとか喋ることが好きみたいなのはもちろんそうですけど、 なんか似てるなっていうふうにそういうところが思うんですけど、天野さん今の2つで言ったら、振り返りに今の小田さんタイプか藤井タイプかそれ以外かで言うと、 ざっくりどういうところに褒めたり勝ち突けたりするのかなって、ちょっと余談にもなりますけど。 タイプ的にはたぶんロジカルな方だと思うんだけど、でも奥さんとかには全然ロジカルじゃないって。 分かってあるんですかね。 これね、ちょっとXでつい先日振り返りのことが話題になってたけど、僕は言葉にできたこと自体も価値はあると思ってるけど、 言葉にしようとしたしたまでのプロセスをちゃんと振り返っていることの方に価値を置きたいタイプかな。 分かります。僕もでもそうです。 変な言い方かもしれないけど、いくらでも言葉を操ったら相手が求めている文章を書こうと思えば言おうと思えばできるわけじゃん。 そこに本質が見える場合もあるけど、それよりもその会社が言うようにね、その言葉を紡いだプロセスというか背景みたいなことの方が興味はあるかな。 僕はそれを教室全体に返すんですよね。 あなたたちもこうしようじゃなくて、こうやって自分のことを認めて自分のことを認知した上で言語化していくっていうことがこれからどれだけ価値があるのかみたいなのをひたすら喋ってるんですよ。 だから国語を通して国語の良さを教えてるわけではないみたいな。 なんかそんなところは割とあって。だから何やろうな。 まあそれこそですけど、やっぱり天野さんが言ってあったみたいな、何やろうな。 でもさが飛び交うのが良い教室って言ってあったじゃないですか。 でもさって言ったところの、でもさだけではもちろんダメじゃないですか。 でもさ、今言ってたことに対してだけどさ、俺はこう思うねんなのところの、でもさって言えたなじゃなくて、 いや俺はこう思うねんなのところにもう一回着目して、俺はこう思うねんなって言ったところはどこからなんとかそれは何を今急に言ってんのみたいな。 説得力を高めるためにはもうちょっとこう言えたらいいよねみたいな方向に持っていきがちなので。 なんかこうやっぱり両輪当たり前ですけど、両方の面で子どもらのそういう言葉を引き出せるような仕掛けとか声掛け、言葉掛けが大事やなって改めて思います。 そうだね。結局時期による、その子のステージによるかな。 時期にもよりますね。 結果をね、結果って書いたもの自体をフィードバックをメインにする時期もあるし、 でもやっぱり後半に行けば行くほど、やっぱりそのプロセスに着目したフィードバックをしたい。 そういうのを考えると、ここまで話すとちょっとあれなんで一旦抑えますけども、やっぱりどれだけ見取れるかですよね。 どれだけその子のことを、教室のことを、自分自身を見取れるかですよね、教師が。 それはもうね、それに限るというか、結局なんかね、指導性がどうたらこうたら言われてるけど、 それは昔から変わらない大事なところなんだけど、やっぱりね、その指導性って結局問いかけたり、適切な手立てを講じたりすることなんだけど、 その前提として見取りがないと、だからある意味自分の言動をメタ認知で働かせてみてるかっていうことだと思うので、 そこがないと言葉の質は高まっていかないよね、それはって感じかな。 いやー、ほんとそうでしかないですね。 ごめん、アップデートできなかったんで。 違う違う違う。 いやでもアップデートっていうか、なんやろな、僕自分でも考えてること、僕は嬉しかったのが、 天野さんが考えてやるそうやって心理的安全性だけじゃないですけどね、そういうふうなところから今日スタートして、 結局考えてることとかやってることとか大事にしてること、小学校と中学校高校でも一緒だし、 国語と算数だけじゃないですけど算数の先生でも一緒だし、やっぱりここが根本だよなとか、 でもその中で子供への言葉掛けはやっぱり小学校の先生ならではの声掛けあったり天野さんならではの声掛けがあると、 でも結局そういうことをそれぞれの先生のね、僕と天野さんの違いとかそういうのを言えるのは、 おそらく僕もそうですし天野さんもちろんそうですけど、子供のことをよく見てはるからだと思うし、 そのよく見ておくとか見取りっていう言葉もそんな一言で片付けられるほどじゃないじゃないですか。 うん、全くないって。 やけど、やっぱりそれをこう、なんていうんやろ、今さっき言ってた時期的なものもそうだし、 そのクラスとしての時期、学年ももちろんクラスとしてももちろん時期もあるし、 もちろん個人としてそのご自身の時期みたいなのもあるしタイミングもあるし、 やっぱりそういういろんなところをこれまで見取ってきたからこそ、 なんかそういう土壌としてしっかりとある環境での学びが子供らはできてるんだろうなと思ったっていうまとめをしていきました、今。 ありがとうございます。しっかりまとめていただいて。 いやー、心理的安全性をね、やっぱりさっきの4つのキーワード的なのとかいっぱい言ってくれるじゃないですか。 うん、うん。 そういうのを僕キーワードだけは覚えてはいるんですけど、 それをこう、普段の自分のやってることを、 アマソンも最初に言ってありましたけど、自分の普段やってることとか大事にしてることを こう、ラベリングするわけじゃないですけど、 こういう枠組みで捉え直すっていうのの大事さみたいなのを最近ひしひしと感じてて、 それこそ臨時科学みたいなのもそうやし、行動原理学みたいなのもそうやし、 やっぱこう、体感で大事にしてきて、過去を学んできて、 頭の片隅にずっとあるから自然と自分でもやってきたりとかってすることよくあるじゃないですか。 ありますよね。 そう、それを今回は心理的安全性のその言葉での枠組みでもう一回考え直すことができたので、 もう一回本を読み直そうと思います、アマソンが。 ありがとうございます。 ありがとうございます。 はい、ぜひじゃあまたアマゾンで持ってるけどもう一冊買って読み直します。 ありがとうございます。 僕の本は一応年度内を目指して頑張ってはいますので。 頑張ってください。年度内だからもうちょっと出さなきゃいけないね。 ちょっとね、そう思うんですよね。ちょっと頑張りますけど、夏休み中。 応援してます。 いや、ありがとうございます。 ちょうど早いな。1時間喋ってましたが。 いやーちょっと僕は天野さんに圧倒されっぱなしだったんで。 いやいやいや。 またあの、天野さんのボイスの方にも遊びに行かせてもらって。 はい、よろしくお願いします。 はい、天野さんに深掘ってもらうのも僕はめっちゃ好きなんですよ。 すごい斜め上のところから切り込まれるのが好きなので。 吹っ込んじゃうのね。 はい。 ね、あの、えっと何かの時の酒屋さんで飲んでた、東京かあれ。 はいはいはい。 東京のあの2軒目か何かの酒屋さんで喋ってたあの4人の空間でのあのずさぶたくる切り込み方はね、本当にたまらんかった。 すいませんね。すぐね。すぐ吹っ込んじゃっていいと思って認定してる人には吹っ込んじゃうっていうところはダメだね。 もうほんま炭治郎割りの綺麗でね。 いやいやいや、ここはねでもね、会員さんたちが受け止めてくれる土壌がちゃんとあるからね。 はい。 受け止めてくれる土壌もそうだし、受け止めへんかってもうじゃんじゃん切ってきますよ。 違うでしょ。そこはねちょっと大人の人間関係はね、そこは見極める。 そうね。切っても切っても僕はちゃんとあの全部受け流すんじゃなくてね。 素晴らしい。 ちゃんと甘じて受け入れるんで。 素晴らしい。ありがとうございます。 いや、ありがとうございました。ということで、また今後ともどうぞ相談載ってください。よろしくお願いします。 はい、よろしくお願いします。ありがとうございました。 ありがとうございました、山さん。 はい、ということで皆さんも山井さんありがとうございましたコメント。 ありがとうございました。 はい、ということで、はい、ありがとうございました。 もっと見る📕言葉を整える、思考の時間藤井 海|思考と言葉を整える国語教師00:171.おはようございます03:042.頭めちゃくちゃ使いました1:02:133.<単著執筆企画!>天治郎さんとコラボ放送!コメント感想・質問・応援メッセージを書こう yurika.uri8月1日教師のねらいからそれた答えが出てきた時に、「そっかー、じゃあ他にある人?」みたいな対応、あるあるかなと思いました。そこに藤井さんのように「どこからそう思ったの?」って深掘りされるとその子も周りも次言いやすくなりますよね。息子のクラスは小3くらいから手を挙げる人が決まっています。息子は手を挙げる方ですが、自信のない答えは「間違えたらそういう空気になる。目線が。」みたいなこと言っていましたね。2返信
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