TOPトーク教師📕言葉を整える、思考の時間#363 詩の授業、僕は大好きです。解釈は自由。でも、何でもいいの?みたいな話23:47 10月8日 352再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次詩の一行「きっぱりと冬が来た」の深掘りAI時代における辞書と語彙力の重要性GEMが変える「人それぞれの解釈」の質「人それぞれ」が対話を終わらせる弊害国語教育が育む本質的な対話の機会AI文字起こし(β版) # チャプター 1 おはようございます。 言葉整う思考の時間、パーソナリティの藤井海です。 この番組では、教室で見つけた学びを出発点に、 仕事や子育て、指のコミュニケーションにもつながる、 考えるヒントをお届けしたいと思っております。 チャンネルのフォロー、ぜひよろしくお願いします。 # チャプター 2 はい、おはようございます。10月8日木曜日皆様いかがお過ごしでしょうか。 さて、めっきり寒くというか涼しくというかなってきましたが、 体調崩してませんでしょうか。うちの娘は、娘ちゃん息子か、幼齢期になりまして。 えーと、まあまあ家族何もなかったんでよかったなと思いながら、 今日はですね、前に言ってた柴田君の前任校、学校にお邪魔させていただいてですね、 お昼ご飯前から授業をたくさん見させてもらうので、 小学校の授業やっぱり見る機会なかなかね、少なくなっちゃったので嬉しいなと思いながら、 最近自分の中で問題というか、また湧き上がってきていることがいくつかあって、 今日はそういう点でも授業を見てみさせてもらえたら嬉しいなと思っているっていう話ですね。 どんな話かどういうポイントなのかっていうのを、 ちょっと自分の授業と照らし合わせながらというか、お話ししていきたいなというふうに思います。 まさにその授業というかそのポイントがですね、 意図していた部分と意図せず盛り上がったなという部分はあるんですけど、 昨日の授業でその点があったので、ちょっと事例交えてお話してきたらなと思っております。 中身としましては、要は国語の読み取りですね。 僕の授業の場合は詩の授業での話だったんですけど、 前回の田辺くんとお話ししていた物語もそう、説明文でもそう、 何でも国語の読み取りに関してはやはりちょっと思うところがあるというか、 みんなで考えていかないといけないところがあるよねというところで、 人それぞれの解釈みたいな、ここについてお話ししてみようかなというふうに思います。 国語の深掘りに関しても自分の中での興味関心を深掘っていく、 そんな話にもつながるかなと思います。よろしくお願いします。 # チャプター 3 はい、ということでですね、人それぞれで話を終わらせてませんか、と。 まあ、そういった話なんですけども、えーと、高村幸太郎さん、ご存知ですかね。 高村幸太郎さんは有名な詩人の方ですけども、有名なもので言えば知恵故障とかね、えーと、有名かもしれませんが、 今回言語文化の授業でね、教科書に載っているのは、冬が来た、という詩です。 まあ、内容に関してはね、またどこかで検索してもらえれば出てくるんじゃないのかなと思うんですけども、 まあ、あの、今回、古典からね、詩の授業に移っていって、 まあ、なかなかやっぱり、こう、古典ももちろんそうですけども、詩の授業って正直、まあ、しんどいんですよね。 多分、多くの中高の先生が、やっぱり詩の授業ってしんどいなと思うことあったと思うんですよ。 で、まあ、だからといってね、なんて言うんでしょう、内容の読み取りだけではもちろん物足りませんし、 えーと、表現技法ですよね、よくある。 とか、詩の形、形式だけ伝えるって、そんなことでも面白くないので、 まあまあ、もちろん、えー、僕なりにね、いろいろ考えていって、授業を組んでいたわけなんですけども、 まあ、その授業の中でですね、えーと、まあ、結論から言うと、昨日の授業は1行目しか進みませんでした。 で、ただね、この1行が良かったんですよ。 その最初の1行がね、まあ、その冬が来たっていう詩のタイトルなんですけども、 えーと、まあ、一番最初に授業の流れから言うと、初発の感想、初読の感想は書かせてるんですね。 で、まあ、最初に聞いて、まあ、なかなかね、インパクトある詩なんですよ。 ね、あの、刃物っていう言葉が出てきたりとか、えじきっていう言葉が出てきたり、 まあまあ、興味ある人は見てもらえればなと思うんですけど。 でですよ、まあ、書かせた後にいろんな意見出てきたんですけど、 よくね、初読の感想ってその場でこう、触れたりとか、することもあると思うんですけど、 まあまあ、時間短いわけですよ。 1回読んだ上で、で、45分授業の中でね、やってるので。 なので、えーと、この詩に対して興味を持たせるところからスタートしたんですね、今回。 で、1行目ですよ。 きっぱりと冬が来た、なんですね。 いやー、これ僕の放送をこれまで聞いてくださってる方はニヤニヤしてほしいんですけど、 きっぱりと冬が来たなんですよ。 ちょっと時間取ります。授業みたいなこと言いますけど。 ちょっと時間取るんで、僕がこれから何言うかちょっと想像して、 あの、すいません、偉そうな言い方して、 きっぱりと冬が来た、に対して子供たちにどうアプローチしていくのか、 ちょっと考えてもらいたいんですけども。 この1行について生徒とあれこれ話すわけですけど、 まあ授業終わりました、それだけで。 で、全然よかったなと思ってるんですよ。 まだ1行しか行ってないよって、子供だとも言ったんですけど。 で、この1行の中に本当に考えたいことがたくさんあって、 その授業から最初に言った解釈は人それぞれっていう言葉について考えていったわけなんですけど、 まず、きっぱりと冬が来た。 ね、大丈夫ですか、そろそろ考えまとまりました? きっぱりと冬が来たってどういうことですよね。 はい、もうこれ僕ずっと、僕の放送聞いてくださっていてね、 国語に興味関心があったりとか、思考を深めるみたいなことに、 まあ僕のね、その方法とか、思考方法みたいなものにね、 ちょっとでも興味持っていただいてる方はわかるんじゃないのかなと思うんですが、 きっぱりと冬が来たってどういうことですかと。 まずここですよね。 で、これを聞くときに、というか考えるときに、 どういう思考回路にならないといけないのかっていうのも、 まあ今日伝えたわけですけど、今回ね。 そもそもですけど、きっぱりと冬が来たってどういうことって子供らに聞いたら、 まあいろいろ出てくるんですよ。 で、まあちょっと取り上げると、 まあ何人かの子がね、ちょっと前に冬が来たって言うやってるんですよ。 だからこれ書いてるのはその冬が来てからだと。 なるほどと。 で、次の子がね、完全に冬が来たと。 で、その次の子が冬が来たって断定しているような感じ。 みんなこんな感じでね。 で、まあ同じ一義を呼んでいても受け取り方が違うわけですよ。 で、まあ僕そこで子供らにも違うニュアンスで伝えたんですけど、 やっぱりね、国語の授業って、やっぱり解釈は人それぞれってよく言われると思うんですよ。 で、これってまあ魔法の言葉でもあるし、子供らを縛ってしまうというかね、逆に。 そういう言葉でもあるなと思うんですけど。 僕もね、その生徒がどう感じたのかっていうのはもちろん大事にしたいと思ってるんです。 ただ、ここで全部を、ああなるほどね、他の子どう?って言って、 ああなるほどね、いいね、それも、あんたはどう?って、ああいいね、みたいな。 とかね、当てていって、何々さん今のことに対してどう思う?とか。 何々さんの意見に対してどう思う?とかって言って広げていく。 これね、割と、やってる先生、ごめんなさいね、言い方悪くなりますけど、 やってる先生、鼻高くなってる人多いと思うんですよ。 これ、研究授業とかで見た後、見られた後とかの、事後の研究、討議会とかでも、 先生が子供の意見を繋いでいるっていうので、評価されることもあると思うんです。 でももちろんそれがダメだって言いたいわけではもちろんないんですけど、 何々さんどう?何々さんどう?やっていくと、やっぱり確かめられないことが一つ残るんですね。 何なの?って言ったら、やっぱりしっかりと文章を読んでよと。 言葉を拾ってよ、大事にしてよっていうところで。 その先生が子供たちにたくさん当てていって、どう回収しているのかっていうのが大事なんですよね。 回収しきるのかどうかみたいなのがポイントになってくるんですけど、 例えばですよ、きっぱりと冬が来たですよ。 じゃあ、きっぱりとイコールちょっと前になの? そのね、さっき言ったとせいと、ちょっと前になの?ってなった時に、 じゃあ、きっぱりとってまずそもそも何? 普段の使い方は?っていうところですよね。 ここがいきなり答えにいくとかもちろんないと思うんですけど、 言ってると子供らの理解は追いつかないので、 やっぱりそのきっぱりとっていうのを自分ごとに置き換えないといけない。 持ってこないといけない。 じゃあ、きっぱりとって普段どう使うの? きっぱりと断る。きっぱりと言う。 そういう使い方は出てくるんですよね、これは子供だから。 でも、じゃあきっぱりってどういう意味?っていうと、すぐには説明できないわけですよ。 きっぱり?はっきりじゃないの?とか。 でもはっきりやったらはっきりでええかとか、こういう話になるわけですよ。 まずここの営みがすごく大事ですよね。 # チャプター 4 で、この後にですよ。 引っ張りって何?ってなった時に、説明しようと思ったら出てこないわけですよ。 じゃあどうする?って、やっぱこういう時には辞書を使いましょうよっていうところなんですよね。 で、ここで辞書を調べてね、迷いやためらいがなく、態度がはっきりしているっていう意味になってくるんですけど、 ああ、高校生なんで、ほら小学校の時に重たい辞書を使ってやってたやろと、あれ何の意味があるって。 今やったらあんたらどうする?調べる、AIに聞くって、そやんなと。 そこやでと。だから結局、あの辞書の活動の意味って何だったの?って言うと、 辞書には、〇1、〇2、〇3って、大体1つ、2つ、3つぐらいの意味があって、例文もあると。 だから、あの辞書を読むことによって、これは電子辞書でも一緒、辞書を読むことによって、 その文脈で、要はどういう文脈で使われていた言葉だから、この1、2、3のうち、今回はこの意味だな。 で、例文を見ても確かにここ合ってるなっていう風に考えられるよねと。 今のね、その、Googleでも何でもそうですけど、検索したら自動的に上にAIが考えてくれた答え出るじゃないですか。 あれが良くない。ねえ、あれが良くない。子供らはあれ。今まではね、ウィキペディア良くないみたいな感じだったんですけど、もうそれ以上にあれが良くない。 そこしっかりと子供らには伝えておかないといけないなと思うわけですけど、ちょっと話されました。 なので、そうなったんですよ。完全に冬が来た。断定している感じっていう答えには、意味の繋がりが見えてくるじゃないですか。 やっぱりと冬が来た。ただ、ちょっと前にっていう時間の意味はないわけですよね。そこは説明しにくいわけですよ。 だからそこはちゃんと確かめたいんですよね。いくらその子がちょっと前に冬が来たっていうことっていうのをうまく説明できたとしても、 なるほどねって言って終わってたらダメなんですよ。あなたは、あなたは、あなたはとか、 何々さんはさっきの意見聞いてどう思った?っていうふうに繋いでいったとしても、そのちょっと前に冬が来たって言っているその子にとってはちょっと前にのままなんですよね。 結局どういった言葉になっていったとしても、最終的にその回収の仕方をどうしてるのかっていうところ、ここはしっかり言いなあかん。 その感想を丸ごと否定するのもダメですよね。結局どうするの?って今の説明をどういうふうな言葉から言うのかってところに戻ってくると。 辞書を調べたらじゃあ終わりか?みんな同じ読みになるか?って言うとそうでもないわけですよね。だから、もうはっきり冬だと言えるっていうところまでは一緒なわけですよね。 もうそこまで確認しましたから。じゃあどうなんの?って。ある生徒は11月の終わりぐらいって言ったんですよ。いつ?って聞いたら。 他の生徒はもっと寒くなって確実に冬、12月末って言ったんですよ。なんで違うん?って言うね。 そこでなんでだろうねって言ってた中で、どうなったら冬が来たって言える?って聞いたわけですよ。 じゃあ雪が降ったら?寒くなったら?でも雪降らない冬もあるし寒いって感じてるタイミングも人によって違うよねと。 ここは違いが出てくるところでいいやん。だから、きっぱりの意味を確かめることと、自分が何をもって冬だと感じるかを話すこと。 同じ一行について話してるんですけど、確かめているものが違うんですよね。ここがすごく大事で。 だから意味のずれ、意味を間違えていて捉え違いをしている中での解釈と、捉えている意味でいう意味とかね、競争的な意味は一緒だけども、 解釈として個人個人の背景とか考えが現れる部分での違い。これはもちろん大歓迎なわけですよ。 そこをね、しっかりと先生がコントロールしていかないといけないなと思ってるんですね。 話長くなるんで、一生この話するんで、もうちょっとだけにしておきますけども、 高村幸太郎さんの詩ですから、自分にとっての冬っていうだけでは終われないわけですよ。 ここでよくね、これも大事なんですけど、本当多いんですけど先生たちが、あなたにとっての冬が来たとはどういうことでしょう、ノートに書いてみましょうみたいな。 いいんですよ。いいんですけど、それで終わってたら意味ないんですよ。で、本文の、要は作者はどうなのっていうところ。 だから高村幸太郎さんはこの詩の中では何を持って冬が来たと言ってるんだろうと。そこに行き着かないと意味がないので、 なんでわざわざきっぱりって書いたのって。このきっぱりと冬が来たの一行だけでここまで深掘れるんですよ。 その日はそれで終わってるんです、昨日はね。終わってるんですけど、やっぱりこの人それぞれっていうのをどういうふうに乗り越えていくのかっていうのが本当に大事で。 ここが今のAI活用と合わさってくるなと思ってます。 # チャプター 5 結論から先言うと、AIを使うと人それぞれも薄れてしまうんですよね。 これまでは、国語の解釈って人それぞれあっていいよねとかそこまで露骨に言わずにしても、 やっぱり先生がそういう風に思っているシーンって多かったと思うんですよ。 そう捉えて授業を進めているシーンって。 でも、その人それぞれっていうところの解釈の違いとかね、 そこですら、AIを通してしまうと、もう少しだけ具体で言うと、 GEMを通したりとかしてしまうと、 GEMって本当に何度も言ってますけども、 先生が意図したプロンプトで作り上げたものなわけですから、 基本的には他の一般的なAI、GEMとかを使わずにいけば、 一般化された、平均化された答えが返ってくるわけですけど、 GEMであれば、狙いに沿ったものは出てくるかもしれませんし、 狙いに沿った方向性で出てくるものもあるんですけど、 そこにやっぱり、ちょっと感覚的に言うと、 GEMに吸収されてしまう、それぞれの個性が絶対出てくるわけですよね。 そのままの文章なら、途中の文章なら、未完成の文章なら、 その子の背景が読み取れたり、その子の思いが読み取れるかもしれないものが残っている。 が、GEMを通して対話していくことによって、 その子のそういった細かな部分が、やっぱりGEMに吸収されてしまう、 AIに吸収されてしまう。 ここは使いどころですよね、本当に。 だから、この授業を振り返って思うのが、 人それぞれっていう言葉って、 人それぞれの違いを大事にするためにももちろん使えるし、 話を終わらせるためにも使えてしまうんですよね。 で、AIを使った後、要はGEMを使ったりGEMにでも何でもそうですけど、 その後に、なんか人それぞれ違っていいねって言えるシーンは出てくるかもしれないです、もちろんね。 言えるシーンというか、そういうようなシーンは出てくるかもしれないんですけど、 じゃあ、その人それぞれってGEMを通さなかった時の人それぞれと同じ質なのかなっていう。 これクオリティというよりかは質だと思うんです。質感だと思うんですけど、 手触り感だと思うんですけど、 こうやって触りますかね。難しいかもしれないんですけど。 GEMを通して出てきたもので、なんかみんな違う書き方ができてよかったねとか、いいんですよ。 いいんですけど、もちろん書けない子にとってはそのGEMが本当に助かってるかもしれませんし、 30何人学級の中で全員の分見切られへん、そんな中で大いに助かるシーンもたくさんあります。 だから僕もGEMを使っていますが、 GEMを通して出てきたものを比較して、生徒同士比べて、意見交流して、 みんな違うね、でもみんなそれぞれ書けてよかったねっていうものと、 GEMを通さずに出てきた言葉で、みんな違う意見が出てきたねっていうのと、やっぱり違うんですよ。 だからこそ、どこでどうやって手渡すのか、どうやってGEMを使わせるのかですよね。 そこが大事になってくるかなと。 やっぱり仕事でもそうやし、家族との会話でもそうなんですけど、 僕はこう受け取った。いや、私はそうは思わなかったっていうことはあると思うんですよ。 で、その時に、まあ人それぞれやからねって終わらせるのって、あんま僕は好きじゃないんですよね。 で、これ解決に向かわないですよね。 ちょっと長鳴るな、もう一個だけ、もうワンチャプターだけ言わせてください。 # チャプター 6 これね、人それぞれっていうのって、学校の教育というか、コロナ前後ぐらいもそうですかね、なんか弊害も出てきてるなと思うんですけど、 みんな違ってみんないいっていうね、金小水さんの言葉あるじゃないですか、僕あれすごく好きなんです。すごく好きなんですけど、みんな違ってみんないいを違うように捉えてる子もいるなと思っていて。 どういうことやねんって言ったら、一回喋ったことあるかもしれませんけど、僕の過去の経験で、もちろん特定はできないように喋りますけど、 何かしらクラスの中でトラブルがあったりとか、ちょっと心配な出来事があったとしましょう。 で、そのAさんに対して、周りがね、僕のこれまでならっていう言い方をしますけど、僕の教員歴の最初の方、あえて言いますけど、は、クラスのね、おせっかいな子とか、あえて言いますか、あえて言いぱく言うてるな、なんかちょっとオブラートに包んでしまいますが。 とか、そういった子たちが、その子に対して声をかけてくれたりとかね。僕らも声をかけて、ちょっとあの子に対して、こういう風に慕ってくれよとか言ってたわけですよ。 でも、最近というかね、では、そのAさんに対して、そういうことがあったAさんに対して、他の子たちが、あの子こうやで、あの子はこういう子やもんっていう風に理解をしてるわけですよ。 で、この理解はいいんです。いいんですけど、理解をしているからといって、何も干渉しなくていいわけじゃないと思うんですね。やっぱりクラスの仲間ですし。 でも、やっぱりこう、あの子はあの子なんだから、あの子の生き方でしょ、とか、あの子の性格なんだから、それも受け止めないといけないでしょ、みたいな感じになってしまっていて。 いや、そこはさ、みたいな相互干渉しなあかんやんっていうところも、こう、みんな違ってみんないいの派生バージョンでそういう風に収まってしまうんですよね。 ここにすごく僕は違和感というか、どうかなというところがあって、ずっと。 まあ、なのでちょっと話しとれましたけど、だから人それぞれだよねって言って会話をね、そういう風な会社とか仕事場とか家族とのやつでやってしまうと、 結局解決というか、いい方向には向かわずにそれぞれバラバラの矢印で進んでるわけじゃないですか。 で、バラバラの矢印で進んでいってもいいんですよ、ゴールが一緒なら。 でも、そもそもゴールすら見えてない場合とか、ゴールの認識が違う場合は矢印バラバラだとたどり着かないわけですよね。 だからやっぱりここは人それぞれって言っても、じゃあゴールは合ってるのとか、お互いに共通認識としているゴールは合ってるのとか、 お互い要は同じ道進んでんのそもそもっていうのを確認するためにやっぱりもう少し聞いてみないといけないと。 同じ言葉を違う意味で使ってたのかもしれへんし、意味は共有してるけど思い浮かべてる場面が違うのかもしれへんし。 こういうことの積み重ねだと思うんです。 もちろんですよ、こんな変態的な分析みたいなものを日常の会話とか全部することはできないですよ。 そりゃそうです。僕は変なんで。 ただすれ違ってるなって思ったときに、どの言葉からそう受け取ったのかとか、どんな場面を思い浮かべてたのかって。 これ聞いてみたらやっぱり話せることが増えるんじゃないのかなと思っているんで。 国語ってその経験ができる場でもあると思うんですよね。 本当にいい教科だなと、なんかね、思いますがいい教科だなと思います。 ここでそういうふうに解釈の違いと、事実との意見の違いとかそんなのあるじゃないですか。 そういったことも踏まえていろんな経験をしていくことが、すごくこの先の生活に関わってくるなと、生きてくるんじゃないのかなと。 授業でも理由を求めることに力が入りすぎちゃったら、最初の感覚を出しにくくなると思うんですよ。 だから最初から全部説明できなくてもいいじゃないですか。 なんとなくこう感じたでもいいと思うんですよ。 でも、僕はよくやってしまうのがここでなんでそう思ったんとかっていう不可防リハラスメントですね。 いわゆるそれをしてしまうことがあるので、出しにくくなったりするのにそこは気をつけないといけないところなんですけど。 最初はなんとなくから一緒にそう勘たりを探していくみたいな。 国語の授業においてはそれを根拠として本文に求めていく、作者の背景的なところに求めていくっていうのにしっかりとフォーカスしていきたいなと思っていたりします。 人それぞれっていうのを対話の終わりにするんじゃなくて、違いが見えたところからもうちょっと話してみるとか、もう一回考えてみるみたいなことを1行のCから考えていました。 さあ、今日の授業。前回に行かせてもらったときにAAをたくさん、GEMをたくさん活用されていました。 本当に素敵な実践が多くてですね、実践というか授業が多くてですね、ここまでできるのかとか、どういう風にしたらこの文化、学校の中での文化とかが築けるんだろうと考えさせられたのと同時に、 このままでは危ないなっていうシーンもたくさんあったり、それを若手の先生が感じているけど問題として言語化できていなかったり、 いやなんとなくこうだと思うんですけどっていうふうに違う問題点、違う課題点をね、要は課題がずれて認識されていたりとかっていうことがあったので、 この僕は、僕語化のこういう目線でもう少し今日の授業深掘っていけたらなというふうに思っています。 ということでとっても楽しみです。おそらく晩は柴田君とまた二人でいろいろ喋るんじゃないかなと思いますが、頑張っていきたいなと思います。 ということで長々と話しましたが、熱い放送でした。ありがとうございました。 もっと見る📕言葉を整える、思考の時間藤井 海|思考と言葉を整える国語教師00:161.チャプター 101:482.チャプター 206:583.チャプター 305:034.チャプター 403:425.チャプター 506:026.チャプター 6コメント感想・質問・応援メッセージを書こう tad muk10月16日何度も聴いて自分の考えを書き出してみたい 放送回です。勉強になります。発信 ありがとうございます!返信 tad muk10月12日二度目のコメントです。 お話ししてくださっていることを自分の言葉で書いてみます。①まずは子供達に自力で解釈させる。解釈+理由(記述)の形でノートに書かせる。最初からAIに委ねてしまうと思考が狭くなってしまう。②同じ言葉を使っていてもイメージしていることは違うかもしれない。「『言葉』の守備範囲」は一人ひとり違いますよね。それらを確認する作業が国語の授業では必要だと私も考えています。いえ、国語の授業でなければ出来ません😃1返信 Asu ka10月8日きっぱりって何?どういうこと?やっぱり😊深堀りハラスメント(笑)カイくんらしい😊1返信 土屋綾乃10月8日きっぱり。イメージは“何かと明確にわかれる”感じなので、秋の気配が完全に消えた頃かな…浮かんだ情景だと“息が白い”感じ。…違うか😆私だったら“みんないい”とかじゃなくて正しい解釈教えてほしいって思っちゃうかも☆2返信 tad muk10月8日 初めてコメントいたします。五十代後半の公立小学校教諭です。 とっても幅広く、懐の深いお話でした。 国語の授業は、日常生活では考えることのない「厳格な意味」を集団思考させることが大事だと考えます。 金子みすゞの詩の解釈について、こんなに突っ込んだお考えを聴いたのは初めてでした。 いろいろと刺激を受けた放送回でした。多くの若い先生方に是非とも聴いてほしいな、と思います😊2返信 もっと見る
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#362 娘の希望を全部つめこんだ九九アプリ作ったらめっちゃ学びが詰まってた話 14分・10月6日・ 268再生AI目次娘の九九学習の壁!市販アプリの課題要望を全て反映!娘専用アプリ開発個別最適化された学習機能の秘訣娘が発見!バグとデバッグが生む学び共同制作が示す次世代教育の可能性
勉強になります。
発信 ありがとうございます!
お話ししてくださっていることを自分の言葉で書いてみます。
①まずは子供達に自力で解釈させる。解釈+理由(記述)の形でノートに書かせる。最初からAIに委ねてしまうと思考が狭くなってしまう。
②同じ言葉を使っていてもイメージしていることは違うかもしれない。「『言葉』の守備範囲」は一人ひとり違いますよね。それらを確認する作業が国語の授業では必要だと私も考えています。いえ、国語の授業でなければ出来ません😃
やっぱり😊
深堀りハラスメント(笑)カイくんらしい😊
イメージは“何かと明確にわかれる”感じなので、秋の気配が完全に消えた頃かな…
浮かんだ情景だと“息が白い”感じ。
…違うか😆
私だったら“みんないい”とかじゃなくて正しい解釈教えてほしいって思っちゃうかも☆
とっても幅広く、懐の深いお話でした。
国語の授業は、日常生活では考えることのない「厳格な意味」を集団思考させることが大事だと考えます。
金子みすゞの詩の解釈について、こんなに突っ込んだお考えを聴いたのは初めてでした。
いろいろと刺激を受けた放送回でした。多くの若い先生方に是非とも聴いてほしいな、と思います😊