#231 福岡はアジアじゃない?
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やらなくてもいいことをやりたいからやってしまうのが漏れ活。
勇気を出して、言わなくてもいいことというかちょっと言いづらいことを言います。
ㅤㅤㅤㅤㅤㅤ
福岡の人は、福岡が大好きです。街のあちこちに誇りと愛着が滲んでいて、移住者にもどんどん伝染していきます。この熱量こそが、この街の魅力の一つだなと感じています。
ㅤㅤㅤ
だからこそ、言いづらいんですが、
先日、某書店のガイドブックコーナーで、こんな看板を見かけました。
ㅤㅤㅤ
「となり町、アジアへ。」
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「福岡からアジアへ」「福岡はアジアと日本を結ぶ拠点都市」——この手のフレーズは、広報物でよく見かけます。福岡を盛り上げたいという気持ちから生まれた言葉だということは、ほんとによくわかるんですけど、見るたびに違和感を感じてしまうんです。
ㅤㅤㅤ
一言で言うと、「え、福岡はアジアじゃないんですか?」という違和感です。
ㅤㅤㅤ
「アジアへ」という時、出発点はアジアではないですよね。
福岡に住みながら、「あれ、私たちはどこか別の場所にいるのかな」と思ってしまうんです。
ㅤㅤㅤ
その「外側」はどこなんだろうと考えると、おそらく西洋ではないかと思います。この言葉の奥には、自分たちがアジアの中にはいない、どちらかというと西洋の側に立っているような意識が、うっすら透けて見える気がするんです。
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明治の頃、福沢諭吉は「脱亜入欧」と唱えました。あれから百五十年近く経ちますが、この意識の地層というのは、思ったより深いところまで残っているのかもしれないなと感じます。
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「アジアを俯瞰して見る自己認識」は、バブル期に強烈に形成されたのかもしれません。経済的に圧倒的なプレゼンスを世界に持っていた、あの成功体験から、アップデートができていないまま今に来ているような。今の世界から見た日本の現実を知ったら、少し驚いてしまうんじゃないか。
ㅤㅤㅤ
アニメや音楽や食など、ソフトカルチャーで豊かな環境を育んでいることは本当にすごいと思いますし、日本に来る留学生の多くが、それらをモチベーションできてくれています。医療システムが優れていて、安全に暮らせる国であることも、誇れることだと思います。
ㅤㅤㅤ
でも、「アジアをつなぐ」というポジショニングは、今の日本の立ち位置と少しずれているような気がしてしまう。
ㅤㅤㅤ
こういう「アジアを俯瞰する立場に立とうとする意識」を考えるとき、思い出すのは福岡だったら頭山満です。孫文や、インド独立運動家のビハリ・ボースをかくまい、欧米諸国の植民地支配への対抗をしていました。
ㅤㅤㅤ
ただ、アジア連帯の思想が、結果として日本の大陸進出や戦争の先駆的な下地にもなっていたという批判があり、侵略志向と連帯感の矛盾がこの方の評価を難しくしているのかもと。福岡でも彼が意外と知られていないのは、多分そんな理由があるのかもしれません。
ㅤㅤㅤ
同じ時代を生きた思想家・岡倉天心は「Asia is one.」と言いました。アジアの文明・美術・精神性の共通性に着目し、欧米の物質文明に対抗する文化的連帯を唱えていた。ただ批判的に見れば、岡倉がアジアの統一を語るとき、その中心に日本が置かれているとも言えます。それは、彼が日本人であることを考えれば自然なことなのかもしれないですけれど。
ㅤㅤㅤ
そんな意識の背景があって——福岡のようにのんびりした地方都市が、自分の街が好きすぎて、うっかり「となり町、アジアへ」「福岡からアジアへ」と言っても、誰も違和感を感じないというか、誰も気にしないのかなと思ったり。
ㅤㅤㅤ
ただ、これはもしかしたら私の壮大な不勉強かもしれないと思っているので、なぜこうなってしまっているのか、教えていただける方がいたら、ぜひぜひお願いしたいです。
ㅤㅤㅤ
はー、ドキドキした。
勇気を出して、言わなくてもいいことというかちょっと言いづらいことを言います。
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福岡の人は、福岡が大好きです。街のあちこちに誇りと愛着が滲んでいて、移住者にもどんどん伝染していきます。この熱量こそが、この街の魅力の一つだなと感じています。
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だからこそ、言いづらいんですが、
先日、某書店のガイドブックコーナーで、こんな看板を見かけました。
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「となり町、アジアへ。」
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「福岡からアジアへ」「福岡はアジアと日本を結ぶ拠点都市」——この手のフレーズは、広報物でよく見かけます。福岡を盛り上げたいという気持ちから生まれた言葉だということは、ほんとによくわかるんですけど、見るたびに違和感を感じてしまうんです。
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一言で言うと、「え、福岡はアジアじゃないんですか?」という違和感です。
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「アジアへ」という時、出発点はアジアではないですよね。
福岡に住みながら、「あれ、私たちはどこか別の場所にいるのかな」と思ってしまうんです。
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その「外側」はどこなんだろうと考えると、おそらく西洋ではないかと思います。この言葉の奥には、自分たちがアジアの中にはいない、どちらかというと西洋の側に立っているような意識が、うっすら透けて見える気がするんです。
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明治の頃、福沢諭吉は「脱亜入欧」と唱えました。あれから百五十年近く経ちますが、この意識の地層というのは、思ったより深いところまで残っているのかもしれないなと感じます。
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「アジアを俯瞰して見る自己認識」は、バブル期に強烈に形成されたのかもしれません。経済的に圧倒的なプレゼンスを世界に持っていた、あの成功体験から、アップデートができていないまま今に来ているような。今の世界から見た日本の現実を知ったら、少し驚いてしまうんじゃないか。
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アニメや音楽や食など、ソフトカルチャーで豊かな環境を育んでいることは本当にすごいと思いますし、日本に来る留学生の多くが、それらをモチベーションできてくれています。医療システムが優れていて、安全に暮らせる国であることも、誇れることだと思います。
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でも、「アジアをつなぐ」というポジショニングは、今の日本の立ち位置と少しずれているような気がしてしまう。
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こういう「アジアを俯瞰する立場に立とうとする意識」を考えるとき、思い出すのは福岡だったら頭山満です。孫文や、インド独立運動家のビハリ・ボースをかくまい、欧米諸国の植民地支配への対抗をしていました。
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ただ、アジア連帯の思想が、結果として日本の大陸進出や戦争の先駆的な下地にもなっていたという批判があり、侵略志向と連帯感の矛盾がこの方の評価を難しくしているのかもと。福岡でも彼が意外と知られていないのは、多分そんな理由があるのかもしれません。
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同じ時代を生きた思想家・岡倉天心は「Asia is one.」と言いました。アジアの文明・美術・精神性の共通性に着目し、欧米の物質文明に対抗する文化的連帯を唱えていた。ただ批判的に見れば、岡倉がアジアの統一を語るとき、その中心に日本が置かれているとも言えます。それは、彼が日本人であることを考えれば自然なことなのかもしれないですけれど。
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そんな意識の背景があって——福岡のようにのんびりした地方都市が、自分の街が好きすぎて、うっかり「となり町、アジアへ」「福岡からアジアへ」と言っても、誰も違和感を感じないというか、誰も気にしないのかなと思ったり。
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ただ、これはもしかしたら私の壮大な不勉強かもしれないと思っているので、なぜこうなってしまっているのか、教えていただける方がいたら、ぜひぜひお願いしたいです。
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はー、ドキドキした。
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「隣町 アジアへ」の謎
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福岡はアジアの玄関口。バブル期に流行った合言葉。村上龍の「半島を出よ」ではないですが玄関から侵入者が…そんなことを思いながら聴いていました。面白かったです。
日本の多くの人が、アジアでもない、欧米でもない「第三空間」を作っているように感じています。