#276 八木隆さん ひきこもりの「いま」を集める参加型メディア「ヒコール」
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7月4日(土)にKKRホテル博多で開催された、ひきこもり・不登校の当事者や家族、支援者の声を集めるZINE『ヒコール』のキックオフイベントのレポートです。
編集長の八木隆さん、編集顧問の橘川幸夫さんらによる対談のあと、参加者同士がトークテーマカードを囲んで声を交わす交流会「ヒコール&レスポンス」も行われました。
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八木さんは13歳から19歳まで、学校に行かずに家で過ごす生活を送っていました。現在はまちづくりの専門家として全国でご活躍ですが、ヒコールを作ろうと思ったきっかけは、3年ほど前にお母様が病気で亡くなられたことでした。
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八木さんいわく「一番大変なのは、当事者よりも保護者の方だと個人的には思っています」。当事者本人は、ひきこもりから出ようと思えば出られるスイッチを自分の中に持っている。ただ、身体的なことや精神的なこと、環境的なことがあって、そのスイッチをなかなか押せないだけなのだと。
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一方で保護者は、そもそもそのスイッチを自分では持っていない。子どもがスイッチを押せるようにと、あれこれ手を尽くしながら、「自分の育て方が悪かったのだろうか」「あの一言が良くなかったのかもしれない」と、答えの出ない自問自答を抱えて生活していく。八木さんは、そういう苦しさを自分がお母様に負わせてしまったのではないか、という思いをずっと持っていたといいます。だからこそ、その苦しい経験が社会に還元されて、同じ思いをする親を少しでも減らせたら、お母様が過ごした時間が報われることになるのではないか。そう考えたことが、ヒコール創刊の出発点だったといいます。
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雑誌のつくりも独特です。完全投稿型で、投稿された声がそのまま形になって届けられることを目指しています。編集が入って整理されるのではなく、声そのものがたまっていく場所でありたい、「声をためる」というコンセプト。
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八木さんは、ひきこもりや不登校そのものが課題なのではなく「自立して生活できないこと」が社会的な困難さなのではないかといいます。もし仮に、生活に困らないだけのリソースがあったとしてたら、それは問題にはならないのではないか。実際にはクラウドワークのような、家にいながらできる仕事の選択肢も増えている。そう考えていくと、テクノロジーも社会の状況も大きく変化する中で、本質的な課題はどこにあるのかをあらためて捉え直す必要があるのではないか。
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もう一つ大事なポイントとして、ヒコールは目の前の一人ひとりの課題を直接解決することにはフォーカスしない、といいます。すでに、当事者や家族を直接支援している人たちが世の中にたくさんいる。ヒコールがやるべきなのは、社会がひきこもりや不登校をどう捉えるか、その認識そのものを変えていくことであり、声を流通させていくことだと。そして、ヒコールの最終的な目標は、ヒコールという雑誌自体が必要なくなることだと。
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この視点を隣で支えていたのが、編集顧問の橘川幸夫さんです。橘川さんは、雑誌『ポンプ』の創刊者で、インターネット黎明期から参加型メディアの可能性を追求し、数々のコミュニティ形成に携わってきた方です。
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橘川さんは、ひきこもりを「問題」としてではなく「時代」の側から考えたいと話していました。橘川さんによれば、「社会」と「時代」は違うものだといいます。
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社会とは、学校や会社、国家のように人間がつくった制度のこと。一方で時代とは、生命の歴史であり、誰にも止めることのできない変化そのものです。
インターネットが生まれ、生成AIが生まれ、社会の前提そのものが変わってしまった。ところが学校は今も百年前の近代社会を前提に教育を続けていて、外の世界はもうそこにはない。感度の高い子どもほど、その矛盾を敏感に感じ取ってしまい、「このゲームはもう終わっている」と感じて学校へ行けなくなるのではないか、というのが橘川さんの見立てです。一般には「社会に適応できない」と語られがちなことについても、橘川さんは逆ではないかと言います。適応できないのではなく、時代遅れになった社会への適応を拒否しているのではないか、と。
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もう一つ印象的だったのは、「ギークハウス」というシェアハウスの話でした。会社や学校という枠組みにとらわれない人たちが共同生活をする実験的なコミュニティで、入居を希望する人の中には、できるだけ地元から遠く離れた場所を望む人が少なくないそうです。理由を聞くと、「知り合いに会いたくないから」。橘川さんは、この一言に日本型ひきこもりの本質があるのではないかと考えたといいます。
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仕事がないからでも、家がないからでもなく、世間の視線から逃れたいのだと。例えば海外にも学校へ行かず仕事もしていない若者はいるけれど、多くは友人と会い、カフェに行き、地域の中で普通に暮らしている。ところが日本では、それがひきこもりになってしまう。橘川さんはその違いを、個人ではなく家が評価される文化に見ています。「あの人は何をしているか」ではなく「あの家の子は何をしているか」と見られてしまうから、近所を昼間歩くだけで人目が気になり、学校から、会社から、地域から少しずつ距離を置いて、最後には自分の部屋に閉じこもってしまう。橘川さんは、日本型ひきこもりとは労働市場からの離脱ではなく「世間」からの退避なのだと表現していました。
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さらに橘川さんは、彼らが本当に拒否しているのは仕事そのものではなく、近代社会そのものではないかという仮説も語っていました。学校へ行き、会社に入り、定年まで勤め、結婚して家庭を持つ。これは近代社会が設計してきた一つの人生モデルにすぎず、その前提はインターネットによって、そして生成AIによってさらに大きく揺らいでいる。社会の仕組みが変わっているのに、学校も会社も昔と同じことを求め続けている。その矛盾を、感度の高い若者ほど身体で受け止めているのではないか、と。
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だからこそ橘川さんは、ひきこもりを「元の社会に戻すこと」をゴールにはしていないと言います。目指したいのは、彼らが自然に参加できる未来の社会そのものをつくっていくこと。ひきこもりは、未来の社会を待っている人たちなのかもしれない。そんな仮説を、これからの日本社会にとって検証していく価値のある問いとして語っていました。
今年の夏からInstagramなどで声の募集が始まり、年内に1号、2号と出していく予定とのことです。購入は個人向けだけでなく、企業がまとめて購入して社員に配るような形も考えているそうです。
ヒコールがこれからどんな声をためていくのか、続報も追いかけていきたいと思います。関心のある方は、情報交換のためのFacebookグループもありますので、チェックしてみてください。
https://www.facebook.com/groups/1671437624122720/
https://www.instagram.com/hicall_magazine/
編集長の八木隆さん、編集顧問の橘川幸夫さんらによる対談のあと、参加者同士がトークテーマカードを囲んで声を交わす交流会「ヒコール&レスポンス」も行われました。
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八木さんは13歳から19歳まで、学校に行かずに家で過ごす生活を送っていました。現在はまちづくりの専門家として全国でご活躍ですが、ヒコールを作ろうと思ったきっかけは、3年ほど前にお母様が病気で亡くなられたことでした。
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八木さんいわく「一番大変なのは、当事者よりも保護者の方だと個人的には思っています」。当事者本人は、ひきこもりから出ようと思えば出られるスイッチを自分の中に持っている。ただ、身体的なことや精神的なこと、環境的なことがあって、そのスイッチをなかなか押せないだけなのだと。
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一方で保護者は、そもそもそのスイッチを自分では持っていない。子どもがスイッチを押せるようにと、あれこれ手を尽くしながら、「自分の育て方が悪かったのだろうか」「あの一言が良くなかったのかもしれない」と、答えの出ない自問自答を抱えて生活していく。八木さんは、そういう苦しさを自分がお母様に負わせてしまったのではないか、という思いをずっと持っていたといいます。だからこそ、その苦しい経験が社会に還元されて、同じ思いをする親を少しでも減らせたら、お母様が過ごした時間が報われることになるのではないか。そう考えたことが、ヒコール創刊の出発点だったといいます。
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雑誌のつくりも独特です。完全投稿型で、投稿された声がそのまま形になって届けられることを目指しています。編集が入って整理されるのではなく、声そのものがたまっていく場所でありたい、「声をためる」というコンセプト。
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八木さんは、ひきこもりや不登校そのものが課題なのではなく「自立して生活できないこと」が社会的な困難さなのではないかといいます。もし仮に、生活に困らないだけのリソースがあったとしてたら、それは問題にはならないのではないか。実際にはクラウドワークのような、家にいながらできる仕事の選択肢も増えている。そう考えていくと、テクノロジーも社会の状況も大きく変化する中で、本質的な課題はどこにあるのかをあらためて捉え直す必要があるのではないか。
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もう一つ大事なポイントとして、ヒコールは目の前の一人ひとりの課題を直接解決することにはフォーカスしない、といいます。すでに、当事者や家族を直接支援している人たちが世の中にたくさんいる。ヒコールがやるべきなのは、社会がひきこもりや不登校をどう捉えるか、その認識そのものを変えていくことであり、声を流通させていくことだと。そして、ヒコールの最終的な目標は、ヒコールという雑誌自体が必要なくなることだと。
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この視点を隣で支えていたのが、編集顧問の橘川幸夫さんです。橘川さんは、雑誌『ポンプ』の創刊者で、インターネット黎明期から参加型メディアの可能性を追求し、数々のコミュニティ形成に携わってきた方です。
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橘川さんは、ひきこもりを「問題」としてではなく「時代」の側から考えたいと話していました。橘川さんによれば、「社会」と「時代」は違うものだといいます。
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社会とは、学校や会社、国家のように人間がつくった制度のこと。一方で時代とは、生命の歴史であり、誰にも止めることのできない変化そのものです。
インターネットが生まれ、生成AIが生まれ、社会の前提そのものが変わってしまった。ところが学校は今も百年前の近代社会を前提に教育を続けていて、外の世界はもうそこにはない。感度の高い子どもほど、その矛盾を敏感に感じ取ってしまい、「このゲームはもう終わっている」と感じて学校へ行けなくなるのではないか、というのが橘川さんの見立てです。一般には「社会に適応できない」と語られがちなことについても、橘川さんは逆ではないかと言います。適応できないのではなく、時代遅れになった社会への適応を拒否しているのではないか、と。
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もう一つ印象的だったのは、「ギークハウス」というシェアハウスの話でした。会社や学校という枠組みにとらわれない人たちが共同生活をする実験的なコミュニティで、入居を希望する人の中には、できるだけ地元から遠く離れた場所を望む人が少なくないそうです。理由を聞くと、「知り合いに会いたくないから」。橘川さんは、この一言に日本型ひきこもりの本質があるのではないかと考えたといいます。
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仕事がないからでも、家がないからでもなく、世間の視線から逃れたいのだと。例えば海外にも学校へ行かず仕事もしていない若者はいるけれど、多くは友人と会い、カフェに行き、地域の中で普通に暮らしている。ところが日本では、それがひきこもりになってしまう。橘川さんはその違いを、個人ではなく家が評価される文化に見ています。「あの人は何をしているか」ではなく「あの家の子は何をしているか」と見られてしまうから、近所を昼間歩くだけで人目が気になり、学校から、会社から、地域から少しずつ距離を置いて、最後には自分の部屋に閉じこもってしまう。橘川さんは、日本型ひきこもりとは労働市場からの離脱ではなく「世間」からの退避なのだと表現していました。
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さらに橘川さんは、彼らが本当に拒否しているのは仕事そのものではなく、近代社会そのものではないかという仮説も語っていました。学校へ行き、会社に入り、定年まで勤め、結婚して家庭を持つ。これは近代社会が設計してきた一つの人生モデルにすぎず、その前提はインターネットによって、そして生成AIによってさらに大きく揺らいでいる。社会の仕組みが変わっているのに、学校も会社も昔と同じことを求め続けている。その矛盾を、感度の高い若者ほど身体で受け止めているのではないか、と。
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だからこそ橘川さんは、ひきこもりを「元の社会に戻すこと」をゴールにはしていないと言います。目指したいのは、彼らが自然に参加できる未来の社会そのものをつくっていくこと。ひきこもりは、未来の社会を待っている人たちなのかもしれない。そんな仮説を、これからの日本社会にとって検証していく価値のある問いとして語っていました。
今年の夏からInstagramなどで声の募集が始まり、年内に1号、2号と出していく予定とのことです。購入は個人向けだけでなく、企業がまとめて購入して社員に配るような形も考えているそうです。
ヒコールがこれからどんな声をためていくのか、続報も追いかけていきたいと思います。関心のある方は、情報交換のためのFacebookグループもありますので、チェックしてみてください。
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https://www.instagram.com/hicall_magazine/
昼スナママ・フィッシュ明子の役にたたなくてもいいラジオ
フィッシュ 明子
- 00:161.
タイトルコール
- 07:272.
声をためること、そして課題を直接解決することにフォーカスしないこと
- 10:513.
八木隆さんインタビュー
- 00:514.
インスタグラムで声を募集、年内に1号を出版予定
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