#238 焼き師・中村圭一さん トング1本で独立・日本で唯一BBQを生業にする人
12:23
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先日、すごい漏れ人に会いました。
BBQを生業にしている焼き師・中村圭一さん。
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中村さんは福岡・糸島出身。大学では臨床心理学を専攻して、卒業後は医療機器の営業職に就きました。東京で6年間、5社を渡り歩いた。その後、語学留学や海外インターンを経て帰国。出張バーベキューを仕事にすると決めて、2016年に独立。これまで約3万人に肉を焼いてきた人です。
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医療機器の営業職時代、エンドユーザーの顔が見えづらかった。自分が動いた結果が、誰かの喜びに直結している実感が持てなかった。
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そこに出張バーベキューの仕事が舞い込んできた。
手伝いで入った初日、目の前でお客さんが「おいしい」と言った。その瞬間、「これだ」と思ったそうです。
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独立したいと思ったけど、銀行員のお父さんに反対された。
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「独立はお前が思うほど甘くない。事業計画書を出せ」
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一度は折れました。飲食店に就職した。でも身体を壊した。
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「やっぱりBBQをやりたい」
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今度は父親に黙って、独立した。2016年3月のことです。手持ちは、名刺とトング1本。グリルはまだ届いていなかった。
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1年目に1200人以上とBBQをした。
独立して1年が経ったある日、父親から「仕事の調子はどうだ」と聞かれて、1年目の売り上げ、実績、課題を全部正直に話した。
「お客さんとの時間をごまかしたくなかったから」
それから10年。東京のイベントで、1人で100kg以上の肉を焼いて、600人の行列を捌いたことも。
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トング1本で独立なんてかなりぶっ飛んだ人だと思いますが、もともとは全然そんなタイプじゃなかったといいます。
常に頭で考えて、石橋を叩き壊して、何も行動に移さないタイプだったので「10年前の自分が今の自分を見たら、ものすごく驚くと思う」
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それが変わったのは、フィリピンへの語学留学がきっかけ。現地のイミグレーションに到着した瞬間、何かが弾けた。
「未知のことへの躊躇って、こんなに簡単に乗り越えられるものだったんだ」
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内側にあるものが、抑えようとしても抑えきれなくて、自然と外に溢れ出てしまう人のことを私は「漏れ人」と呼んでいます。
中村さん、完全に漏れ人でした。
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息子さんが1か月前に生まれたばかり。
今の夢は「5年以内に、息子と2人でツインの焼き師をすること」
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心から愛すことをしている人は美しいし、楽しいからなにか一緒にしたくなる。人を惹きつける。
それが中村さんの唯一無二の成功の理由なのだろうなと感じました。
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中村さんいわく「BBQはコミュニケーションツール」。
なぜBBQが楽しいかというと、不便だから。便利になればなるほど、人と一緒にいる理由は減っていく。摩擦、手間、不便さ。そういうものの中にこそ、人と人が交わる瞬間がある。
BBQは屋外は設備が足りないことが多いから自然と「どうする?」が生まれる。その積み重ねが、コミュニケーションを生む。
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屋外で食べるご飯が美味しいには「待つ」から。
炭が熾きるのを待つ。肉に火が通るのを待つ。スマホを見る間もなく、炭を眺めてる。煙の匂いをかいでる。
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中村さんが「最高のスパイスは忍耐力」と言っていました、待つことで、食材も人も研ぎ澄まされる。
人類はそうやって何万年もの間、火を囲んで話をしてきたのね~と幸せを感じる時間でした。
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出張が基本ですが中村さんのスタジオは赤田駅近くにあり、素晴らしい眺めです。
https://www.instagram.com/kei039/
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我が家もBBQは夫の担当でしたが、ミツバチを飼ってからはお庭で煙を出すことができなくなり、今は駐車場に移動して行っています。ご近所さんが通るたびに「あら~ご家族でいいですね」と声をかけられるのですが、子どもたちは恥ずかしがってお肉を取っては家の中で食べています。
いつかなかさんを招いて常連さんたちと一緒に、バーベキューパーティーができたらいいななんて考えていました☺
BBQを生業にしている焼き師・中村圭一さん。
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中村さんは福岡・糸島出身。大学では臨床心理学を専攻して、卒業後は医療機器の営業職に就きました。東京で6年間、5社を渡り歩いた。その後、語学留学や海外インターンを経て帰国。出張バーベキューを仕事にすると決めて、2016年に独立。これまで約3万人に肉を焼いてきた人です。
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医療機器の営業職時代、エンドユーザーの顔が見えづらかった。自分が動いた結果が、誰かの喜びに直結している実感が持てなかった。
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そこに出張バーベキューの仕事が舞い込んできた。
手伝いで入った初日、目の前でお客さんが「おいしい」と言った。その瞬間、「これだ」と思ったそうです。
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独立したいと思ったけど、銀行員のお父さんに反対された。
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「独立はお前が思うほど甘くない。事業計画書を出せ」
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一度は折れました。飲食店に就職した。でも身体を壊した。
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「やっぱりBBQをやりたい」
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今度は父親に黙って、独立した。2016年3月のことです。手持ちは、名刺とトング1本。グリルはまだ届いていなかった。
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1年目に1200人以上とBBQをした。
独立して1年が経ったある日、父親から「仕事の調子はどうだ」と聞かれて、1年目の売り上げ、実績、課題を全部正直に話した。
「お客さんとの時間をごまかしたくなかったから」
それから10年。東京のイベントで、1人で100kg以上の肉を焼いて、600人の行列を捌いたことも。
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トング1本で独立なんてかなりぶっ飛んだ人だと思いますが、もともとは全然そんなタイプじゃなかったといいます。
常に頭で考えて、石橋を叩き壊して、何も行動に移さないタイプだったので「10年前の自分が今の自分を見たら、ものすごく驚くと思う」
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それが変わったのは、フィリピンへの語学留学がきっかけ。現地のイミグレーションに到着した瞬間、何かが弾けた。
「未知のことへの躊躇って、こんなに簡単に乗り越えられるものだったんだ」
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内側にあるものが、抑えようとしても抑えきれなくて、自然と外に溢れ出てしまう人のことを私は「漏れ人」と呼んでいます。
中村さん、完全に漏れ人でした。
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息子さんが1か月前に生まれたばかり。
今の夢は「5年以内に、息子と2人でツインの焼き師をすること」
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心から愛すことをしている人は美しいし、楽しいからなにか一緒にしたくなる。人を惹きつける。
それが中村さんの唯一無二の成功の理由なのだろうなと感じました。
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中村さんいわく「BBQはコミュニケーションツール」。
なぜBBQが楽しいかというと、不便だから。便利になればなるほど、人と一緒にいる理由は減っていく。摩擦、手間、不便さ。そういうものの中にこそ、人と人が交わる瞬間がある。
BBQは屋外は設備が足りないことが多いから自然と「どうする?」が生まれる。その積み重ねが、コミュニケーションを生む。
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屋外で食べるご飯が美味しいには「待つ」から。
炭が熾きるのを待つ。肉に火が通るのを待つ。スマホを見る間もなく、炭を眺めてる。煙の匂いをかいでる。
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中村さんが「最高のスパイスは忍耐力」と言っていました、待つことで、食材も人も研ぎ澄まされる。
人類はそうやって何万年もの間、火を囲んで話をしてきたのね~と幸せを感じる時間でした。
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出張が基本ですが中村さんのスタジオは赤田駅近くにあり、素晴らしい眺めです。
https://www.instagram.com/kei039/
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我が家もBBQは夫の担当でしたが、ミツバチを飼ってからはお庭で煙を出すことができなくなり、今は駐車場に移動して行っています。ご近所さんが通るたびに「あら~ご家族でいいですね」と声をかけられるのですが、子どもたちは恥ずかしがってお肉を取っては家の中で食べています。
いつかなかさんを招いて常連さんたちと一緒に、バーベキューパーティーができたらいいななんて考えていました☺
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フィッシュ 明子
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タイトルコール
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「10年前の自分が今の自分を見たら、ものすごく驚くと思う」
- 05:293.
焼き師・中村圭一さん
- 01:264.
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これでBBQ2人目のご参加です(笑)。