第8回:てばなす、その先に見えるもの──ひとまずのまとめ
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今週は「てばなす」というテーマでお話ししてきました。今日はそのまとめ。なぜ手放すのか、何を、どう手放すのか。そして手放したあと、何が起きるのか。言葉にすることで、ぼんやりと見えていた感覚が少しずつ形をもってきた気がします。
利他ラジオ
松島靖朗@おやつのおぼうさん
- 01:101.
オープニング
- 11:352.
てばなすを4つの視点でふりかえってみました
コメント

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大熊猫けいこ(せき)
2025年5月7日
私の仕事は5年にいっぺんくらい転勤します。この4月も転勤で、今までの職場の人間関係を手放して新たなところにきました。手放して得るものもあると、後からは思うだろうけど、今は環境がかわってちょっとしんどいです。
松島 靖朗
2025年5月7日
大熊猫けいこ(せき)さま、コメントありがとうございます。定期的に環境が変わる職場でいらっしゃるんですね。変化のはじめはストレスも多いと思います。どうぞご自愛くださいませ。
saku
2025年5月3日
はじめまして。お寺での活動は、以前新聞で拝見して存じておりました。voicyで住職のお話を聞けるようになり、嬉しいです。てばなす、というのは捨てるとか失うとは違う、と聞いた事があります。手放しても本当に必要なものや人なら、また戻ってくる、と。住職がお寺が嫌で離れたのに、また戻られたのも、ご自身にとって必要だったからなのでしょうね。そう思えば、何かをてばなすことに対し、ちょっと気楽になれる気がします☺️個人的には同い年の住職の目がツラい問題にも共感してます😅 これからも楽しみにしています。
松島 靖朗
2025年5月3日
sakuさま、コメントありがとうございます。てばなすとかてばなさないとか、思い通りにならないことを思い通りにしようとしていることかもしれないな、とコメント拝見しながら感じました。聞いてくださる方がいること、とても心強いです!これからよろしくお願いいたします。
saku
2025年5月4日
改めて考えてみると、そもそも、モノもお金も自分の所有物だと思っているから「手放す」という意識が生まれるのかな、と思いました。モノだけでなく、自分の子どもやパートナー、さらにこの身体さえ、本当は自分が持っているものは何ひとつなくて、ご縁があって一時的に私のもとに来てくれただけで、いつかはお返ししなければいけないものであり、そしてまたご縁があったものを受け取ったりする。その循環を生むスタートが、手放しなのかな、と思いました☺️
