TOPライフスタイルくらし利他ラジオ第177回:「ご・ぜんご・ご」放下著(ほうげじゃく)24:07 2025年10月18日 31再生 問題を報告する 再生する シェアする シリーズ「ご・ぜんご・ご」禅語をひとつ取り上げ、野田くんと語り合います。今回は「放下著(ほうげじゃく)」です。AI目次万博に行った人と、そうでない人の分断とは「放下著」とは一体どんな意味なのか?悟りを開いたのに手放せ?その真意に迫る断捨離とは違う、目的のない手放し方とは?手放せないものが見えてくる?その意味とはAI文字起こし(β版) # オープニング リタラジオ 松島誠郎です。 奈良県にある庵与寺というお寺で住職をしたり、子どもたちにおやつを届けるお寺おやつクラブという活動をしたり、 3人の子どもの子育てをしたり、たくさんの人に助けられながら生きています。 このラジオは、誰かのために、そして自分のために、そっとできることを考える時間です。 今は、何かと自分を出すことが求められる時代です。 SNSで発信し、成果を見せ、自己表現に励む日々の中で、 リタという言葉に新しい価値や安らぎ、可能性を感じている人も多いのではないでしょうか。 リタは、自分をすり減らすことではなく、自分を大切にすること、他者への眼差しが響き合うこと、 名乗らない優しさ、背景に回る力、手放すことで広がる行為、そんな静かな問いを日々の暮らしからたぐっていきます。 声だけでつながるこの場所で、きょうもゆっくり語っていきましょう。 # 「ご・ぜんご・ご」放下著(ほうげじゃく) はい OKです 午前午後、松島セイローです よろしくお願いします よろしくお願いします 久しぶりですね そうですね これもアップされているので言うと3回目になりますかね 4本目ですね なんかけどあれだね 久しぶりではないよね そうですね 日々ね、おやつクラブの活動で見かけているっていうのもあると思いますけど この1週間ぐらい松島さんは忙しかったですか 万博にも行かれてましたよね 万博終わっちゃったな そうですね 今日は収録日が14日なので 昨日ですかね、13日 松島さんが行ったのは10日でしたよね いやいや13日も行ったよ 13日も行ったんですか、そうなんですね もちろんで、行ってないの いや僕結局1回も行かずじまいで万博終わってしまったんですけど どうでした、万博は これから今日から世の中には万博に行った人と行ってない人の種類の人間がいる っていう世界観、世界線を生きていかないといけない なかなかしんどい世界線ですね、行ってない人を見ると 大丈夫、賛否両論あるから いろいろありますよね そういう分け方は手放しの方がいい そうですね 行きたいという気持ちも 行きますか はい、今は 午前午後 午前午後っていうのは 野田くんと前後を取り上げて その言葉の解説を聞いたり その言葉から連想されるあれこれを話していこうというコーナーですね はい、そうですね 今日がですね ほうげじゃくという言葉を野田くんが選んでくれまして ほうげじゃく わかりました、ほうげじゃく これも聞き覚えのある方も多いかもしれないですね 割と有名な全文だと思います ほうげはですね、ほうは放出のほうですね、放り投げる げっていうのは下です じゃくはですね、著者の著って書いてじゃくと読むんですけれども じゃくがちょっと難しいな じゃくも意味があるね あります、意味というより命令形の助詞ということで 割と強調する一文字っていうのでついてるんですね ほうげじゃくで分かれるという感じですかね ほうげってのは抱えているものを放り投げてしまえという意味でして じゃくは命令形を作る言葉なので 今自分が抱えているものを一切放り投げてしまいなさいという そんな意味 何々しなさいってことね、じゃく そうです、命令形ですね 着物の着に似てるので ほうげじゃくを間違えて下着を放り投げるみたいに読む人がいるんですけども 下着ね はい、下着を放るっていう 丸出しだったり でも結構それも馬鹿にならないというか 最終的に言うと一般的には丸出しだったり もちろん反省になっちゃいますからあれですけども 恥ずかしいという気持ちだったり 世間一般で常識とされているようなこと、価値観ですね そういったことも一切合切含めて放り投げる 一切合切ゼロにするという そんな意味だと思うので 穴勝ち下着を放るっていうのも そういう意味では間違ってはないかなといつも思ってはいるんですけどね これはどんな場面で話されたとかってあるんだっけ これは常州という昔の和尚さんがいまして 常州和尚と玄陽尊者というお坊さんとの問答の中で出てくる 玄陽さんというお坊さんというかあの方が長いこと修養されていて 私は一切合切この煩悩を全くなくしてしまって お悟りを開きましたという、そういったことを言うんですね で、常州和尚さんに尋ねたんですね これから先私はどういう風に修行をしていったらいいんでしょうか っていうことを聞いたんですね お悟りを開いたのにこれからどうしていこうかって そうなんです その時点でちょっと怪しいな ポケモンを全クリしてクリアしちゃったらどうすればいいの みたいな質問だと思うんですけど その時に常州和尚は答えたのが 法下寂というこの3文字だったんですよね かなり深い意味があるなと思ってるんですけど 悟りを開いたのにそれを放り投げてしまえっていうのは 結局悟りも手放せっていうことを言ってるんですよね だからその先松島さんがおっしゃったように 怪しさというか酸臭さみたいなのが 質問しちゃってる時点でにじみ出てると 俺は悟り開いてんだぜみたいな だからあれだよね 和尚さんはそのレベルだから到底悟りも開いてないし その状態を手放せというか そういうことを言っちゃうことを手放せよって言ってるってことだね そういうことだと思います そのおごる気持ちが多分あったと思うんですよね どんだけ悟りを減られたといっても どこかに残ってるうささみみたいなもの そこまで自分が悟ったということすら離れていくっていう そこを推奨というか 舐めてるという感じなんでしょうかね 言葉としてはその通りだなと思うんだけど お弟子さんの言っちゃう感じっていうのはすごい微笑ましいというか なんかバカだよね そうですね 言葉として関係があったんじゃないかと思いますけど うん、なるほど そうか、いいね なんだろう、そういう人いるよね 自分もいろんな場面でもしかしたら 完全に言っちゃしないけど もうこれはできたので次に行きたい どうしたらいいですかっていうことを聞いたり そんな気持ちになったりっていうのは確かにあるなと思いました 例えばそれお仕事の場面とかですか 仕事は何ってこともないんだけど なんかできてないのにできたというふうに 思ったり感じてることっていっぱいあるなと思ったのかな それを織り投げてしまえっていうふうに 差し舐めてくれる人がいるっていうことはすごくありがたいことですよね 親切 あと純粋にそういうことを言える関係にあるっていうのは それがまたまさにあれだよね 師匠と弟子の関係というか そうですね なるほど ほうげ尺ってさ おやつクラブのフリーマガジンの手放すの話をする中でも よくよく出てくるじゃない そうですね 平たく言えば手放すということですからね たださ今回も手放す 今回に限らずか 手放すで何を伝えていこうかみたいな話をしたときに 案外ちょっと編集段階でもよく出てきた 何か持ってるものを手放したとか 手放してスッキリしましたとか そういうことに行きがちなんだけど そういうことでもないじゃん 囚われを離れるというか ここで意味してる動作というか 具体的にどういうことなんだろう ただ単に断捨離的な話じゃないでしょう 多分違うと思いますね どこにもとどまらないってことですかね 手放すっていうと 断捨離がまさにそのイメージだと思うんですけど やっぱり部屋を広くするためにとか 新しいものを買うためにとか 何か目的や利きで手放していく それはよくあることだと思うんですよね でも何というか目的に 別に物を捨てるってことではないんですけど 自分が握ってたものを手放す 手放していくことで それが結果として 次の縁につながっていくっていう 目的のない手放し方っていうのがあるんじゃないかなと思って それは例えばさ お裾分けをしました その結果子どもたちが 笑顔になりましたっていうこと自体も 手放すというか そこを考えないっていうことでもあるのかな そういうことだよね それを目的というか 見返りというか その行為で何かをしたいということを思う段階で 崩減弱とはちょっと違う行為になってしまっているということ そうですね やっぱり喜んでもらえれば それはそれでいいと思うんですけど 喜んでもらうっていう目的をこしらえた段階で たぶんさっきの原因をそんじゃみたいな 僕これやっているんですけどどうすかみたいな そういう奢る気持ちが生まれてくるんじゃないかなと思うんですよね 喜んでもらえるっていうのは結果論なので 手放していくかですね そこが僕ら日々声を受け取った方たちのメッセージをいただくわけですけど 結果論としていただく声が 僕はいつも心がけているのは それをずっと浴び続けていると 自分がいいことやってるなっていう気になってくるんですよね 客観的に見ればいいことやってるのかもしれないんですけど それは自覚的というか 自分がいいことやってるなって思った時点で それはさっきのうさんくささみたいなところにつながると思うので いいことっていうんですかね 僕らの場合だったらありがとうってメッセージをもらうとか 生活が改善しましたっていう声があるんだったりとか それはすごくいいことではあるんですけど やっぱりそこが自分の奢りにつながらないようにっていうのは やっぱり心がけないとなっての日々思うところですね そうだよね そこがそれだけになってしまうと なんかあれだよね ただすごい考えないといけないなと思ったんだけど クラブの活動でそうやっていろんな声をいただいて 社会の変化を生み出していると 僕たちは手放すとかもそうだけど 国内に子どもの貧困問題があるってことを そういう声を紹介するっていう行為をしてるわけじゃないですか まさにおすそわけを通じてそういう声が生まれ 社会が変わってきてますと まだまだ全然だけどね だからこの活動をご一緒しましょうっていうことを言うんだけど どうなんだろうねそこね 完全に目的というか 社会の変化を目指して一緒にやっていきましょうっていうことなんだけど なんだろうねそれはそれで知ってもらうということなんだけど ある種僕たちはその声もそうなんだけど もしかしたらこの行為をもっと伝えていかないといけないってことかもね 行為ですか だからこのほうげ尺のほうげっていうことね 手放すっていうこと目的も何もないほうげするっていうことを もっともっとその中心に添えるというか そうですね そこが僕のいつもNPOっていう 天才でもとってやってるっていうところの 整合性の取り方の難しさがあるなっていうのはすごく思いますけどね 仏教的に言えば それはずっと考えていて やっぱりNPOの活動っていうのは 社会課題とつなげていく ある種目的とつながる市民活動っていう行為だと思うのね 一方で各お寺だったり お寺にお供えをされる方の宗教的な行為 信仰に基づく行為っていうのは まさに目的を離れた手放すっていう行為の実践だというふうに ちょっと分けて考えていて それぞれが別の行為として存在してるんだけれども やっぱりいろんな御縁の中でそれがつながっているからこそ あまりちょっと言いたくないんだけど 車の両輪みたいにうまく前に進んでいっている関係があるんじゃないかな そんなふうに思っていて NPOの活動も大事なんだけど やっぱり本質的にというか 僧侶としてやらないと 向き合わないといけないのは NPOの活動関係なく手放しているかどうか 手放せているかどうかっていうここなんだろうなと 話しながら整理できた感じしますね NPOだからどうのっていうか 難しいって言ってる時点ですよ 押そう 手放せてないのかもしれないですね 必要なんだけどね でもそうですね さっきの話っていった続きがあって 放ることができなかったら 外を開いてるんでも放り投げるものないです って言う言葉を言うわけですよね じゃあその放り投げることができないんだったら それを担いで去れっていうようなことを言うんですよね 担いで去るっていうのは ある意味抱えるものと一体になって それと一緒に共につかず離れずで生きるっていう あり方も同時に提示してて 放り投げるっていうことと ずっとそれらの対象と一体になっていくっていうのは 多分同じというか表裏一体なんだと思うんですよね 声を執着しないってことも心構えとして大事一方で でもやっぱり例えば僕からの活動に出たら その声を大事に読ませていただいたり それを周知していくっていうことも 同時にやっぱり大事になってくるだろうなっていうのを 前後から学ぶところがあるなっていう風に感じますね その声が生まれるとか 社会の変化が生まれるっていうことは あれなのかな目的とか成果ではなく 手放した結果 いろんなつながりの中で生まれることだから そういう意味で一体になってるという風にも言えるのかな そうだと思います その問答の中で 手放す 放下するものがない 放下できないっていう風に むっさとって 一体何を捨てろって言うんですかっていう反論をしたんですね なるほど でそのお師匠さんは じゃあそのまま持っていけっていうことを言ったと なるほど なんかあの もう一方でさ もう一方で言ってるとあれだけど 手放すということを考え続けていると 手放せないものが見えてくるっていうのもあって 確かに それが自分が大事にしてるものだったり するのかなと思ってるんだけど もしかしたらそれが そこを考えろっていう風に言っている言葉でもあるのかね なるほど 自分にとって大事なものが 逆にこう引き算していくと見えてくるっていう世界があるっていうことですかね 西見さん何かあります?そういうの なほの活動もこれこれ そうですか スマホでしょ 漫画でしょ そういうことじゃない そういうことじゃないんだよ まあけどなんだろうな うーん そうそう 大事なものが見えてきそうな気もするから この手放すっていう行為は ずっとこう意識していようかなという風に思っていて だからその手放すっていうフリーマガジンは もっともっとそのいろんなものを届けられそうな気がするし もしかするとその中身っていうよりも 手放すっていう言葉を聞いた人たちが何かをこう考える そのスイッチになってほしいなっていうそんな思いもあります まさにその禅語的な禅語を配っているというのもあるかな あれその峰下のさちょっと細かい話だけど 峰下のこの下っていう言葉を使うのは何かあるのかね 下に意味は 下ってどういうことなんですかね あれか悟りに向かうの上としたらその下 いらないものとして下 っていうことも含まれているのかもしれないですけどね 峰下で投げ捨てるとか放り出すっていう 熟語だっていう風に聞いているんですけど そう言われると下ってどういうことなんでしょうね 峰下 置いていくとかそういうことか捨てるとか そうですね 確かに上じゃないっていうのはちょっと意味がありそうですね 何か逆に上がつく禅語ってある 何かあるのかね でも上句母題とかってありますよね その上に母題を求めていく 上句母題 経験修成 だから下を上に導くっていう そういう意味の悟りに向かう上下のあれなのか そんな意味も多分あるんだろうね もしくは前回取り上げた キャンキャッカーのカーですね あれも下ですけど あれ足元なので 元に帰るっていうような意味もあるかもしれないですね 放り投げた上で真っ裸になって 生まれたときの状態になっていくという 何かこの3文字だけどいくらでも話せる 面白い言葉ですね そうか ということで峰下寂このぐらいにしときますか これを据えて活動に頑張りたいと思います 手放す また続けていきましょう ありがとうございました もっと見る #放下著 #利他 #師弟関係 #命令形 #趙州和尚 #手段と目的 #てばなす #厳陽尊者 #これからどうしていけばいいか #それを担いで去れ 利他ラジオ松島靖朗@おやつのおぼうさん01:101.オープニング22:572.「ご・ぜんご・ご」放下著(ほうげじゃく)コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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