TOPライフスタイルくらし利他ラジオ第192回:「ご・ぜんご・ご」安心(あんじん)14:41 2025年11月2日 26再生 問題を報告する 再生する シェアする シリーズ「ご・ぜんご・ご」禅語をひとつ取り上げ、野田くんと語り合います。今回は「安心(あんじん)」です。AI目次達磨大師と二祖慧可の問答から「安心」を考察不安な心の正体とは?禅が示す心のあり方「安心」と「安んず」の違いとは?苦悩は普遍的?2000年前から変わらぬ人間の本質変わりゆくもの、変わらないもの、心の捉え方とはAI文字起こし(β版) # オープニング リタラジオ 松島誠郎です。 奈良県にある庵与寺というお寺で住職をしたり、子どもたちにおやつを届けるお寺おやつクラブという活動をしたり、 3人の子どもの子育てをしたり、たくさんの人に助けられながら生きています。 このラジオは、誰かのために、そして自分のために、そっとできることを考える時間です。 今は、何かと自分を出すことが求められる時代です。 SNSで発信し、成果を見せ、自己表現に励む日々の中で、 リタという言葉に新しい価値や安らぎ、可能性を感じている人も多いのではないでしょうか。 リタは、自分をすり減らすことではなく、自分を大切にすること、他者への眼差しが響き合うこと、 名乗らない優しさ、背景に回る力、手放すことで広がる行為、そんな静かな問いを日々の暮らしからたぐっていきます。 声だけでつながるこの場所で、きょうもゆっくり語っていきましょう。 # 「ご・ぜんご・ご」安心(あんじん) 午前午後、松島清郎です。 小田芳樹です。よろしくお願いします。 お願いします。 ダルマさんのご紹介がありましたけれども、 今日は、安心という言葉を話していきましょう。 はい、安心ですね。 前後と言っていいか、一応前後という括りに入っている言葉でありますが、 安心という漢字は多分みんな知っていると思います。 安心感の安心と書いて、禅の世界では安心と濁って読むんですよね。 なので、いわゆる安心というと、 リラックスしているとか、困りごととか心配事がないみたいな意味なんですけど、 もうちょっと深い意味で安心というところはあるというふうに禅の世界ではよく言います。 一応エピソードをあらかじめお伝えすると、 前回の収録のときに、エカさんという二代目の禅宗の二祖という方が、 ダルマさんの弟子入りをしたという話をしたんですけども、 安心という言葉は、 ダルマさんとエカさんの問答の中で出てくる言葉なんですよね。 一応話としては、エカさんが腕を切り落として、入門を晴れて許された。 その中でダルマさんはエカさんの真摯な気持ちにすごく心打たれたと。 そこでようやく、お前は何者かというか、何を求めてここに来たのかということを聞くんですよね。 そこでエカさんという方は、私は心が休まらないというざわざわした心待ちでずっと過ごしていて、 それがすごく自分の中で課題なんだというようなことを言うんですね。 ダルマさんに、どうか私の心を休んじてくださいというお願いをする。 そこでダルマさんが言ったのは、わかったというふうに言うんですけれども、 じゃあわかったと。 じゃあその休んじられない不安な心っていうのを、その心を出して持ってこいっていうことを言うんですね。 それを持ってきたら、あなたにその心を休んじてやろうと。 安心させてやろうと。そういうことを言うと。 一休さんみたいな話です。 両部から虎出してください。 それけどあれだよね。腕を切ったエカさんにそれを言っちゃったら、心を出しそうだよね。 確かに。 嘘嘘嘘って。 そのリスクをダルマさんが考えながら。 どのボケを持っていくか。 真に言い受けちゃう。エカさん真面目ですよ。 確かにその可能性もありましたね。全然その可能性があったかどうかわからなかったですけど。 結局心を取り出すっていうことはせせず。 でも言われてみると、心を出せって言われると、不安な心ってどこにあるかわかんないんだと。 結局探しても心が見つかりませんっていうことを返答するんですけど。 それでダルマさんはちょっと微笑んでですね。 じゃあこれでお前の心は安心したなって。 俺が安心させてやったからなっていうようなことをおっしゃるんですね。 エカさんは悟りを開いて。 それで開いちゃうんだ。 悟りって母と築くところがあったって言ってた。 抱えてた課題はなくなったってことね。 そういうことですね。 すごいね。 なので何が言いたいのかっていうところですけど、 やっぱり日頃不安だったり、いろんな不確定事項があるとやきもきしたりすることって誰しもあると思うんですけど、 結局それは自分の心が勝手に作り出しているもので、実態はないわけですよね。 自分の心の持ちようで不安っていうのは作り出されているわけなので、 自分の心をしっかり見つめて、 実はその正体なんかないんだっていう、 そんな不安、疑心暗鬼に陥る必要ないんだっていう根本のところに気づけっていう、 そういう教えなんじゃないかなというふうに思ってるんですけどね。 なるほど。 あれだよね。すごいスッキリするというか、 その気づかせるための投げかける。 前後の話と答えを言うんじゃなくて、考えて気づかせる。 そのプロセス自体が、もうすでに答えに近づいているというか。 そうですね。 なんかそんなものありませんみたいなつながりを取って、 お釈迦様がさ、 貴様ごとに誰も死人を出していない家に怪獣を持ってきてくれたら、 貴様のその子を生き返らせてあげようみたいな話があるじゃん。 すごいスッキリするんだけど。 結局それもそういうことだよね。 ないものを持ってこいという意味。 その中で、その問いを抱えて過ごす中で、 はっと気づいて、またその気づきを自分のことにとってくるっていう。 そうですね。その話とまさに通ずるなと僕も思います。 答えを言うんじゃなくて、あくまで自分が腹落ちするっていうところに導くっていうのが、 やっぱりお釈迦さんから始まる。これ仏教の特徴だと思うんですけど。 全問答もあんまり解説チックに描かれない。 全問答のテキストとか見てると、何じゃこれっていうのは本当に過簡素な問答しか持ってなかったり、 一見するとすごい飛躍してるように見えたりするんですけど。 でも受け手が自分自身で考えて、自分自身で腹落ちするところまで、 徹底的に考え抜くっていうところも求めてるとか、そういうのが想定されてるっていうことなんでしょうね。 なるほど。 知識は忘れるけど、体験は忘れないっていう、そういう立場が特に禅宗は割と顕著だと思います。 禅って何かっていうような話も立場上よくするんですけど、いろんな表現があるんですけど、 とある老子さんなんかは、禅っていうのは実体験なんだっていう、一言でおっしゃってたとか。 実体験のことを禅って言うっていう。それをすぐ納得しましたけどね。 ああ、そういうことなのかと。 それで言うと、さっきのキサーゴータミンで子供さん亡くされたお母さんの話ともちょっと通ずるところがあるんですけど、 安寿っていう言葉。安心じゃなくて安寿っていうふうに濁るじゃないですか。濁るっていうところにすごく意義があると僕は思うんですよね。 安心っていうと、自分の中の厄介事とか、嫌な気持ちとかネガティブな思いみたいなのを取り除いてハッピーになっていくみたいな、そういうイメージがあると思うんですけど、 僕は今日の立場としては、嫌なものをなくそうぜっていうことではなくて、それもひっくるめてみんな大事にしてもいいっていうのが、そういう教えじゃないかなと思うんですよ。 安心って言ったときには、生きてれば大事な人をなくすこともあると思うんですし、お母さんが逆転で子供さんをなくすこともあるけど、それはそれとして起こってしまったことは変えられないから、 自分の心の持ちようというか捉え方で、この安らかな心っていうのは見つかるんだよっていうことを言ってるのが安心っていうことだと思うんですよ。 だからあれだよね、どこまで言っても安心な状態っていうのはやっぱりなくて、けど心が落ち着かない、不安なときに安心を理解していると対処できるというか、客観的に見れるっていうことを。 だから濁ってるほうの安心と向き合おうと。 あれば汚い心もあって、汚いじゃない、人間って。心を綺麗にしようという発想自体がかなり無理があって、正濁合わせ飲み込む、両方あるよね、どっちもあるよね、どっちかというと汚いぐらいだよねっていう理解のもとを、 だけどそれは綺麗に、綺麗に死を進むことが大事だと、亡くなるものではないし、どんどん生まれてくるからね、僕たちが生きてるわけだから。 そこでなくすんじゃなくと、諸行無常だし、生老病死、誰にでも起こるんだけど、いざそれが起こったときに、なんで自分だけがっていうふうに思うんじゃなくて、みんなそうなんだっていう、そこに気づかせる、問いの投げかけっていうのは、すごくこのフォーマットが完成されてていいよね。 なんか僕が、やっぱりそういうのはと思うんだけど、結構あるというか、自分が生きたり、人が苦しんでいたことが、やっぱり2009年前の仏典に書かれてあるっていう、そのすごさがね。 なんかそこがすげえなと思うし、もっともっと知りたいなと思う時になってるんだよね。 確かにそうですね。だからまあ、人間のその根本的な苦悩っていうのはやっぱり、1000年以下2000年ぽっちでは変わらないってことなんでしょうね。 うん。その段階で考え抜ける。 うん。数学者でも一部すごいなと思うし、今日の話を言うと28代目のだるま大師も、絵家さんもお弟子さんも絵家さんも、やっぱりそれをね、こう伝えてくれるっていう意味ではすごい存在だなっていう。 そうですね。 ちょっと興奮して心が安らげない状態。 今日も安心ですね。眠りましょう。 暖かく眠りましょうか。 眠くなってきましたね。 はい。ということで、午前午後今日は安心のご紹介でした。ありがとうございました。 ありがとうございました。 もっと見る #安心 #禅語 #利他 #達磨大師 #ごぜんごご #濁る #あんじん #キサーゴータミー #清濁併呑 #慧可 利他ラジオ松島靖朗@おやつのおぼうさん01:101.オープニング13:322.「ご・ぜんご・ご」安心(あんじん)コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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