#338 いかに世界への信頼を育むか
12:17
8,938再生
はじめての哲学的思考
苫野 一徳
- 00:591.
プロローグ
- 03:012.
空虚な承認ゲームから信頼の世界へ
- 02:433.
信頼の砦としての教育・保育
- 04:554.
アーレントの公共のテーブル
- 00:185.
エピローグ
- 00:246.
お礼
コメント

感想・質問・応援メッセージを書こう
しん
1月4日
信頼の空間=自分らしく挑戦する基盤に、私は「失敗してもOK。あなたのそのチャレンジ精神がすばらしい!」というスタンスが必須だと考えています。むろん心から共感し、サポートすることが大切ですが、そうじゃない場合の立場(言い方)も、重要。言い換えれば、あなたの方針は私と相容れないけど、あなたの存在は否定しません、むしろ、その方向性もアリですよね。ということも大事だと捉えます。信頼して公共のテーブルを囲むことは、この考え方の本質だと言えませんか。次期学習指導要領の「多様性の包摂」にもつながるような…。
eiko
1月4日
鞍田さんと対談されたのですね!しかも宇野さんの番組で、とは感慨深いです!宇野さんは、とてもフラットな方で自分の考えを枠の外に置き、その道の第一人者を呼び我々に考えさせるので、宇野さんのコンテンツは好んで聞いています。そこに苫野さんが出演されるなんて楽しみでなりません!ありがとうございました!
荒巻 泰造
1月4日
トランプは、ついにベネズエラという「他者の領域」に土足で踏み込みました。アーレントは、公的な対話の場を「人々の間に置かれたテーブル」に例えましたが、トランプはこのテーブルに着席することを拒み、あろうことかテーブルをひっくり返して、軍事介入という力技を選んだのです。彼の人格形成期において、親からの無条件の信頼という「心の金貨」は、貯金箱に十分に投げ入れられていたのでしょうか? もし幼少期に自分を信じてもらえた経験が乏しければ、大人になってから世界中を「敵か、味方か」の二択でしか見られなくなります。

