TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#177 人生を考える...生きることの根っこ(続)13:57 2024年4月30日 683再生 問題を報告する 再生する シェアする 引き続き、人生において根っこを持つことについて考えます。AI目次仏教の根源、苦しみとの対峙人生の根っこ、自分探しの旅自分の道、覚悟を持って進む試練と喜び、研ぎ澄まされる覚悟生きることの真実、等しく儚い命AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。 エリンジュの古川周玄です。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # 仏教の根本は 今日は、昨日に引き続いて人生を考える、生きることの根っこの話をしたいと思います。 昨日は、ちょうどこれからという、一番難しいところでお話が終わってしまったんですね。 それで今日は、その続きなんですけれども、まず端的に、私は仏教徒として今、生きてますからね。 その上で、一番大事なところをお話ししようと思います。 まず、仏教を考える上で、一番大事なことは何かって、その一番大事なことのヒントが、その仏教の始まる物語の中にあるんだと私は考えているんです。 仏教というのは、要するに一人の人間が、生老病死の苦しみ、生きる苦しみ、老いる苦しみ、病の苦しみ、そして最後は死の苦しみって、 この生老病死の苦しみ、これを逃れることができないんだって、その四つの苦しみの逃れることができないんだってことに直面して、 それをまあ、普通はなんとなくごまかしたり、いろいろするんだけれども、逃げることなく、ごまかすことなく、 業、もう体を痛めつけてまでして、全身全霊で、命がけで、徹底的にその問題に向き合い続けることの中から生まれたっていうことがポイントなんですね。 要するに仏教というのは、その苦しみと向き合うことの中から生まれたっていう、この始まりのところっていうのを忘れることができないんですよね。 で、仏教も宗教の中に位置づけられてますから、宗教っていうのは救済っていうのが中心的なテーマです。 だから苦しみからどう脱却することができるか、どう救われるか、どう癒されるかっていうところにどうしても関心がいくんですね。 だけれども、そういった出口を考える前に、そもそもまず始まりのところに何があるかって、入り口のところをしっかり抑えていかないと、 上滑りしたものになってしまうんです。 だから仏教の中で一番大事なことは何かっていうと、仏教は長い歴史の中でいろんな発展を遂げていたんだけども、 一番根本にあるのは、その始まり、ゴーダマ氏だったって人ですよね。 お釈迦様と言われる人になった人ですけども、この人が苦しみというものから逃げないで、徹底的に一生を向き合い続けたっていうところ、 ここは絶対に抑えていかないと、私は考えているんですよね。 その上で、お悟りを開いて、自分なりの道を見つけて、そして釈尊と言われるようになった人ですよね。 私たちが知っている仏教の解釈のお釈迦様ですよね。 この人はどうしたかって、一生かけて自分が苦しみを通じて気づいたこと、目覚めたこと、分かったこと、そういったものを考えたこと、 そういったものを死ぬまで一生かけて、自分の後からやってくる人たち、共に生きている人たちに分かち合わせられ続けたっていうこと。 これが飾りを取り去った仏教の真実なんですよね。 こういったことの集大成が、私たちは運がいいですよね。 岩波文庫の中村はじめ先生の翻訳で出てますけれども、 「仏陀最後の旅」っていうテキストがありますよね。 これの中に、こうギューッと圧縮されて入っているんですね。 私はこの「仏陀最後の旅」ってとてもインパクトを受けて衝撃を受けた本ですから、今でも時々取り出してきて読むし、今まで何度も読んできたんですよね。 これを考えていくと、やっぱり今話しましたように、仏教というのは、この救いの明るいところの話もいっぱいあるんだけど、 一番根本は、まず最初に苦しみと真っ正面からぶつかるということ、逃げないということが、まず一番大事なところだと私は思っているんですよね。 # 仏教を通じて得た自分の人生の根っこ じゃあ、仏教の根本の教えってどんなことがあって? 例えば、仏道最後の旅というのは、そういうことがぎゅーっと凝集されて書いてあるんですけれども、 例えば、それを手掛かりにしてお話しすると、仏道最後の旅というテキストの中には、いろんなことが書いてあるんですけどね。 まあ、超人的なことだとかいっぱい書いてあるんだけれども、実はそのエッセンスの根本的なところに、超人的なことって実は必要ないんですよね。 まあ、いっぱいすごいことが書いてあるんだけど、それが実際あったかどうかってこと? そんなことは、実はこのテキストの一番根本の大事なところとは、実は関係なんです。 この仏道最後の旅っていうところで書かれていることって、一番大事なことは、要するに徹底的に自分と向き合っていくってことなんですよ。 よそ見して、他の人がいいなって、あのメンバーたちとかがいいなとか、そんなことしないで。よそ見しないです。脇見しないんですよ。 この道の方が良かったな、あの道の方が良かったなって、脇見しないんですよね。 ただひたすら自分の道を行くってことです。 自分の道ってどういう道かっていうと、人に変わってもらうことができないところですよ。 それが本当の自分の道なんですよね。人に変わってもらうことができないし、しかも変わってもらおうと思ってはいけないんですね。 そういう部分って必ずあるじゃないですか。 そういう自分にしか歩めない道ってありますよね。 それを自分で丁寧に丁寧に解きほぐしていって、自分でそれを納得して、得得して、そこを歩いていくってことです。 要するに自分が歩める道っていうのを、ちゃんとしっかり見通して、考え抜いて、その道を真っ直ぐ真っ直ぐ、ごまかさないで行くってことなんですよ。 もうこのことだけなんです。 能力があるとか、すごいこと、そんなこと、私たちがああだことは言っても始まらないんですよね。 そんなことはどうでもいいんです。 お釈迦様のようなすごい人なんて、慣れるか慣れないかそんなことはどうでもいい。 ただ命をもらっているんだったら、ひたすらまずここをやる。 ここが基本なんですよね。 だからこっから始まって、ここに帰るって。 これが仏教っていうのを通じて、自分の世界に入ることによって、今の自分の生き方っていうものを得ることができた、得させてもらった、私が思っていること、考えていることなんですね。 ともかく、脇見をするな、よそ見をするな、人に変わってもらうことができなくて、変わってもらってはいけないところですよね。 これは自分で、ごまかさないで、ちゃんと見つめて、そこをちゃんと歩くってこと。 一歩一歩、ともかくちゃんと歩くってことですね。 これが仏教徒にとっての、人生を生き抜く、自分の根っこになるっていうふうに、私は考えています。 # 自分の道を行く覚悟 それで、仏教というのは、この基本の上で、その先がまだ続きがあるんですけれどもね。 その上で、自分のこの人生を自分で、こう、ごまかさないで歩いていくっていう、まずそこをベースなんだけど、その上で、こう、自分が生きている世界において、いろんな出会いを経験するんですよね。 その出会いで、御縁をいただいた人と共に生きていくということなんですよ。 人間って一人で生きていけませんからね。だから、そういった御縁をいただく人と共に生きていくということです。 その中には、良いことも悪いことも、そりゃ良いことも嬉しいこともいっぱいあるんだけど、でも、その御縁をやっぱりいただく。 この中で、ごまかさないでやっぱり生きるということです。 最初はね、その修行道場で、まず自分自身のことに集中してやるんですよね。 で、それをある程度はしっかりできるようになったら、今度はこの世界に出ていって、そこで御縁をいただくいろんな人がいますからね。 その人と一緒に共に生きていくということを、失敗したり、辛い思いをしたりしながら、学びながら、得得していくということですよね。 でもやっぱり、大事なことは、自分ができることをできるだけやりにいくということですよね。 で、そうやって、一生懸命やって支え合って、助け合って共に生きてくる道の仲間というのがちゃんと出てくるんですよ。 一生懸命やっていれば、必ず同友というのが出てくるんですよね。 で、その道の仲間、道を一緒に行く仲間の同友に出会えたことを感謝しながら生きていくということなんですよね。 で、その中で、例えば生きる猫ってよく言うじゃないですか。生き抜くためには猫が必要だって。 だけどその猫って、なんか自分自身の中にすごいことがあるっていうふうに、なんか自分の中にあるすごいことをまとめる必要なんかないんですよ。 お釈迦様という人は、たまたまものすごいものを持っていたって書かれてあるけども、確かにそうだと思うんです。歴史に残るような方ですからね。 だけど、私たち自身が自分の人生をマットする上で、すごいことがあるかっていうことは必要ないんです。 能力や、特技や、なんか優れたものですよね、特技のことや。 あるいは地位とか、お金、権力、何か普通、頼りになるものを普通は探しますよね、私たちって。 その力をかいて、その力を縋って生きようとするのは普通なんですよね。 で、これって自信がないからそうなるんですね。 これはだから、自信がないっていうのは誰もがそうだから、それがそのまま悪いことではないですよ。 自分の力の及ばないことが分かっているってことですしね、不安ないことが分かっているから、自信がないから、そういう方に向かって、まずは頼りになる何かを探すんですよ。 自分はこれが得意だ、自分はこれが優れているとかね、自分はこういう地位にあるとか、自分にはお金があるぞ、権力があるぞとか、何か探すんですよね。 だから分かっている、私もその気持ちよく分かるんですよ。 私自身もね、そういうものを求めて生きてきたわけです、最初ね。 で、その中で苦しくてどうしてもうまくそれは見つからなくて、私は道場に行きましたけれども。 だけど道場に行って、自分が分かったことは、もう身に染みて分かったことは、自分が自分の身を全うして生きていくっていうね、その生きる根っこに、そんな優れたもの、すごいものなんか必要ないっていうことです。 能力のあるなし、後ろ盾のあるなし、そんなものが消し損んじゃうくらい、人間って儚くて脆いんです。 お釈迦様が築かれた、生老病死、生きる苦しみ、老える苦しみ、病の苦しみ、死ぬ苦しみっていうことはものすごく大きいですよね。 で、この人生の苦しみ、こういう根本的な苦しみってとても大きいから、そんなものを直面したら、能力とか地位とか実績とか、アドバンテージですよね、そんなものみんな消し損んじゃうんですよ。 もちろん人生において出会う苦しみっていうのは様々なものがあるし、そこにはいろいろ大きい小さいとか恵まれたことはありますけれども、でも人間って儚くて脆いから、必ずその人生の究極のところで、この生老病死の根本の苦しみの前に立たなきゃならないです。 その根本の苦しみの前に立ったら、人間なんて同じですよ。ちっぽけで儚くて脆いんです。 だからこういう根本的な苦しみ、この苦の中でそういうものを直面したときには、もうみんな平等ですよ。哲学ではこういう根本的な苦しみっていうのを優減生って言うんですけどね。 もうここに来たらみんな平等です。最後に残るのは、最後に残る自分の人生を生きる根っこっていうのは、自分の道を行くっていう、それの覚悟一つなんですね。 # 人生を通じて得る喜び 人生というのは、辛いことがいっぱいありますよね。 いろんな試練が何度も何度も来るんですけれども、 何度も試練をくぐっていく中で、実は覚悟って磨かれていくんですよね。 もう人生、俺はこんなことを苦労するんだからこんな覚悟があるぞって思っても、 まだ先にもっと辛いことが待ってるじゃないですか。 何度も俺はこういう覚悟をしたからやってくるって自信みたいなものができてきたけれども、 それがグラグラするような辛い目って何度も何度もあるんですよね。 でもそういうのを一生懸命歩いていく中で、自分の覚悟というのが磨かれていくんです。 この磨かれていくのが仏教の道だって私は思っているんです。 辛いじゃないですか。辛いけれども、そういうものを引き受けて磨かれている中で、 実際に磨かれていくと、思いもしないような喜びに出会うことがあるんですよね。 いろんな喜びにも出会うし、その中でも一番嬉しい喜びというのは、 同じように頑張って、黙々と頼ることなく、座ることなく、逃げることなく、頑張って生きている。 どういうと出会うことなんですよね。深く深く共感していけているということなんです。 こうやって自分の道を生き抜いていくということは、入り口も確かに大変そうに見えるし、 実際に中にあることって楽じゃないです。辛いんですよね。 でも中に飛び込んで一生懸命生きていくと、実は自分自身が変わっていくんです。 自分自身の覚悟が磨かれていくと、自分自身の感じ方、考え方がだんだん変わってくるんですね。 気が付くと自分の人生が違った姿に見えてくる。 そんなことを繰り返ししながら、自分の命の終わるまで自分を磨きながら生きていく。 これが修行の宗教である仏教の生き方。そんなふうに私は学ばせていただいた、教えていただいたというところですね。 # 終わりのあいさつ さて、今日も長吉がお聞きいただきました。誠にありがとうございました。どうぞ良い一日をお過ごしください。 もっと見る #仏教の教え #人生を考える #生きることの根っこ 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:101.初めのあいさつ04:002.仏教の根本は02:463.仏教を通じて得た自分の人生の根っこ04:454.自分の道を行く覚悟02:085.人生を通じて得る喜び00:116.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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#636 他人の是非を口にする前に~夢窓国師『夢中問答集』を読む(46)「是非の念と大悟」① 16分・9月7日・ 189再生AI目次他人の是非に悩む心の現実修行者への唯一の指摘「一両剣」他者の評価が示す自身の未熟さ自己向上を促す「良い点を見る」教え他人の言動が示す自己の内面とは
#635 禅の物語~葉落ちて根に帰す 六祖慧能大師(其の五) 14分・9月3日・ 205再生AI目次禅の革命者 六祖慧能大師とは仏を見出す鍵 自身の衆生を知れ葉落ちて根に帰す 慧能の死生観形式を排した最期の教えの真意言葉を超えた慧能禅の遺志とは
#634 一切を棄てるとは?~夢窓国師『夢中問答集』を読む(45)「悟入」 14分・9月2日・ 212再生AI目次心の捉えどころない性質消えない記憶と煩悩の根源「一切放下」が示す悟りの本質達磨大師が語る「心牆壁」不完全でも歩み続ける境地