TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#278 月に寄せて...07:06 2024年9月18日 392再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次中秋の名月と禅の教え悟りの象徴としての月感謝を促す月の光太陽と月、どちらが悟りか?目立たぬものへの感謝から始めるAI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。 エリンジュの古川周券です。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # 禅と月 今日は月に寄せてということでお話したいと思います。 ちょうど昨日、令和6年の9月17日は、令和6年度の中秋の明月だったんですね。 昨日、曇りはありましたけど、山梨でも曇りがちでしたけども、お月さまがよく見えましたね。 それで姿がとても美しくて、お月見をした方も多かったと思います。 SNSにもずいぶん綺麗な月がいっぱい映ってましたね。 月といえば、禅の世界の禅語。禅の世界の禅語に月を巡る素晴らしい言葉っていっぱいあるんですよね。 月っていうのは、禅の世界では悟りの象徴によく使われるんですね。 月が出てくる禅の言葉があれば、ほとんどの場合、その月っていうのは悟りを表すものとして使われます。 神余発神って言うんですけども、悟りの姿をそのまま表すものとして月って使われるんですよね。 例え話としてもよく使われます。 月が神余発神。真っ暗で何にもないところ、本当に心細いんだけどそこに輝いてるって。 人間なんて、凡々妄想の塊だから何にも良くないように見えるけど、落ち着いて考えるとそんなに明るくはないけれど、月が空に昇っていると足元が照らされて歩いていけるって。 そんなわけで、心細い中でも光を与えてくれるって。 そんな風にして歩くときに一番頼りになるので、ありがたさが分かるんですよね。 誰もがキラキラと輝いて、足元がはっきり見えるって。 安全ですよね。だから安心したいから、もっともっとって光を求めるんだけど、だけど月って本当に真っ暗で困っているときでも照らしてくれるから、一見心細いように見えるけど、本当にとてもありがたいんですよね。 だから、ありがたく感じるような経験をしないと気が付かないっていう意味で、月を札幌の象徴に使うんですよね。 この雲が凡々妄想。雲がいっぱい空にあると月が見えないって。 その凡々妄想の雲が現れると、姿が見えてきて月が見えてきて、明るくなって安心できるって。 雲に覆われて見えなくても、夜空には雲に覆われたって、真っ暗になっちゃって、ないかなと思って焦るんだけど、ちゃんと空にあるって。 夜は暗いから不安になるけれども、ちゃんとあるんだって。焦って探してもダメなんだって。 凡々妄想って追っ払おうと思ってもなかなか難しいんですよね。 だからどうするかっていうと、凡々妄想を追っ払おう追っ払おうって無心だろうって努力しても返ってダメですね。 そうじゃなくて静かに待つって。立ち止まって静かに待つと、だんだん雲が晴れてきて空が見えてくるって。 そんな風な経験から、月っていうのはサトルの象徴に使われるんですよね。 # 密やかで目立たないものに感謝する さつろの象徴として、じゃあ太陽を使うことはないかと言うと、そんなことはありません。太陽を使う場合もあるんですけれども、あんまりないんですよね。 本当のことを言っちゃうと、太陽も風も水も、すべてさつろの象徴に使えるはずなんですね。 お釈迦様がおさつろに入った時に、山川も草木もすべてがさとっているんだって気づかれたわけだから、本当は太陽だっていいんですよ。 むしろ太陽の方がさつろの象徴に使いやすいはずなんだけど、なんであんまり使われないかっていうと、 天地の恵み、大地の恵み、太陽って本当にキラキラ輝いて素晴らしいじゃないですか。温かくて。 大地の恵み、天地の恵みをもたらしてくれるもって、豊かで輝くから、その豊かさと輝きに目を奪われちゃって、そこに欲望と執着を引き起こしてしまいがちなんですよね。 例えば、魅力のある人に出会ったりすると、この魅力のある人の魅力に照らされて、太陽みたいだなと感じるじゃないですか。 そうすると素直に素敵だなって、それで済ませればいいんだけど、そうじゃなくて、嫉妬が湧いてきちゃったりとか、反対にコンプレックスが出てきちゃったりとかって、 素晴らしい人に出会ったら、素敵だなと思って、よかったなって感謝して、まずそこからですよね。 その時に、自分もあんな痛いなって思う。ここまでは良いことなんだけど、自分もあんな痛いなって思った瞬間に、心は動くじゃないですか。 その時には良い風に心が動くんだけど、良い風でやっても動く時に気が付かないと、気を付けないと、気が付かないうちに、 欲望と執着や、あるいは自分都合、例えば、ああなりたいなと素直だったらいいんだけど、チェヤホヤされたいなとか、コンプレックスを見返してやりたいなとか、 その人と比べたら自分はどうかとか、いろんなことを考えて足を救われることが始まるんですよね。 心が動くって、良いことであっても動く瞬間って油断をすると、その中に人間っていろんな欲望と執着を混ぜ込んじゃうから、 だから、かえって良くないこともあったりしますよね。 人間って、良いことに心が動く時でも、心が動く瞬間に、いろんな苦しみの種を無意識に撒いてしまいがちなんですね。 だから、そういう意味では対応ではなくて、やっぱり密やかな方が、そういう自分都合の欲望や執着を入れ込みにくいんですよね。 だから、自分が悟りみたいなもの、そんな大げさなこと言わなくてもいいんですよ。 よく生きようと思う時に、目立たないけれども、当たり前のものの中に感謝するっていうところから始めるっていうのがコツかもしれませんよね。 良いものを求めようということは、対応を求めると、心の中で無意識にいろんなものを入れ込んじゃって、苦しみの種を撒いてしまいがちだって。 嫉妬やコンプレックスを強化しがちだから、まず最初にトレーニングとしてはですよ。 まず最初は、今言いましたけれども、目立たないけれども当たり前のものの中に感謝するだけでいいって。 最初はそこから始める。 良いことであっても飛びついてしまって、よくしようなんて思わないで、ゆっくりゆっくりでいいから、立ち止まるながらでいいから、 静かに、自分の中の心にひそやかに湧いてくる感謝に心を向けるって、そこから始めるし、そこを忘れないって、 そういう頃だけがいいから、月を見ながら、昨日、そんなことを思いました。 # 終わりのあいさつ さて、今日もお聞きいただきまして誠にありがとうございました。 どうぞ、良い一日をお過ごしください。 もっと見る #悟り #中秋の名月 #真如法身 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:101.初めのあいさつ03:052.禅と月03:433.密やかで目立たないものに感謝する00:094.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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