TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#282 人生を考える...世界と向き合う時に②10:41 2024年9月24日 413再生 問題を報告する 再生する シェアする 引き続き、現代の社会の中で、世界と向き合って生きる上で、何を大切にして行ったら良いのか...AI目次現代社会の不安定さと向き合う安心の源は何か?日常との繋がり揺るぎない足場を築くために心の声に耳を澄ませて自分らしい生き方を見つけるAI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。 エリンジの古川周券です。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # 安心の源は... 今日は、昨日に引き続き人生を考えるということで、世界と向き合うときにということの続きをお話ししたいと思います。 昨日は、現代社会というのがどんどんどんどん広がっていって、世界が一つになっていくって。 で、情報がそれをつなげてくれて、私たちは言いながらにして世界のことを知ることができて、 しかも世界のことを知るだけじゃなくて、世界とつながっちゃっているから、自分が気がつかないうちに、 世界の裏側でいろんなことが起きていて、それは何か私たちにとっては大したことがないように見えても、 実はもうすぐ大きく自分たちに影響するようなことがあって。 見えないところで、すごいスピードでいろんなことが起きていて、いつの間にか気がついたら自分が引きずり込まれて、巻き込まれているって。 今、世界はそうなっているんですよね。 そうすると、どうしてもどんどんどんどん変わっていく中で、不安にさらされていくって。 だから、これだけ私たちは豊かな暮らし、安全、安心、安定、便利で豊か。 日常生活の中では、そうやって安全、安心、安定、便利で豊かに生きているのに、 なぜか不安を感じたり、焦りを感じたり、満足に幸福を感じることができないのは、 そんなような不安定さということが原因になっているって。 そんなふうにお話ししました。 じゃあ、どうしたらいいかということで、 昨日ちょっとお話ししましたのは、 そうやって、どんどんどんどん変化する中に引きずらされてしまっていて、 だけど、一番大事なことは、 まず私たちが日常生きている、自分の生きている日常生活がきちっと安定していること。 その中で自分の足場がきちっとあるということが大事なんですよね。 でも、ここで必要なことは何かというと、 日常生活が、例えばセキュリティが守られているとか、豊かなものがいっぱいあるとか、 そういうことが、本当に心からの安心感を、満足を与えてくれるかというと、 それは違うということです。 実は、なんとなく日常生活が遅れているから安心感を感じているけれども、 その中で、生きる日常生活がどんどんどんどん希薄になっていないかって。 これはすごく大事なんですよ。 子どもたちが学校生活、私たち今は、今の子どもたちは違うかもしれないけど、 私は昭和42年生まれだから昭和の人間なんだけれども、 私たちの子どもの頃の日常生活って、すごく強固な基盤があったのは、 やはり学校なんですよね。 ずっと学校が空いていましたから、 学校が終わった後も、ずっと学校にランドセルを置いたまま、家の中に帰らないんです。 ずっと校庭で遊んでいるんですよ。夕暮れになるまで遊んでいます。 ほとんどの子どもはそうだったんですよね。 時々、お客さんと行くという子どももいましたけれども、 岐阜の鏡原の田舎の小学生なんて、みんなそうです。 学校が終わったら、放課後はずっとランドセル、どこか片隅に寄せて、 みんなで鬼ごっこしたりドジボロしたり、ずっと日が暮れるまで遊んでいるんですよね。 だから、友達がいて、友達のお父さんお母さんがいて、 町もちゃんとしっかりしてて、いろんなおじいちゃんおばちゃんがいて、 お店のおじいちゃんおばちゃんがいてって、家族がいてって、 強固な人間関係の中で生きていたわけですね。 だから、そうやって、安全・安心・安定・便利・了解の中の、 例えば、安心・安定があるとしても、それが具体的な顔を伴って、 日常生活の中で強烈な印象として、毎日毎日確認しながら生きているわけですよ。 友達と遊び続ける。人間関係を更新しているんですよ。 それをSNSで繋がっていることとは違うんです。 やっぱり鬼ごっこしたり、ドジボロしたり、遊んでいるわけですよね。 身体感覚も伴って生きているわけです。 でも今は、人間というのはテクノロジーの中でどんどん効率する。 効率しても、おかしなことが起きないように、セキュリティって良くなっているんだけど、 でも、セキュリティが良いから安心できるからって違うんですよ。 人間が安心できるのは、セキュリティを保障されているからじゃなくて、 自分が実際に相手と接して、生きた経験の中で、 友達関係を作ったり、信頼関係を作るからなんですよね。 それって、実はいくらセキュリティが保障されていても、そうはいかないんです。 反対に、セキュリティがちょっと危ないような場所であっても、 家族が肩寄せ合って、顔見合わせて、一緒に助け合って生きているんだったら、 危険はいくらあるかもしれないけど、やっぱり目の前で生きて、 更新し続けている、生きた関係の中で自分があれば、安心できるじゃないですか。 そういうものなんですよね。 # 自分自身の日常に足場を持つ ここで考えなきゃならないことはですから、やはりよく指摘されていることですけれども、 人間関係がどんどんどんどん脅迫になってしまっているということなんですね。 SNSを通じて広く繋がることができるんです。 でも、関係を深めて信頼を深めるような、そういう関係性にはならないですね。 だから、広く繋がるにはいいんだけど、関係を深めるということはやっぱりテクノロジーでは無理なんです。 だから、広く浅い関係性というのは、浅さと変化の速さ、情報の多さがあるから、逆に繋がれば繋がるほど不安でなっていくんですよ。 どんどんどんどん、浅いけどどんどん情報だけ増えていくわけだから、逆にSNSである方がどんどんどんどん不安を増幅していくんですよね。 強固な信頼関係は作れないけど情報だけ増えていく。 だから、人間関係ってどんどん脆くなってしまうんです。で、孤立化が発生する。 だからやっぱり、今お話ししているように、世界観が大事って、世界と向き合って自分がどう生きていくか、自分がどう生きたいかということをつかむためには、 そんな風に深さを持たないような浅い世界観では、世界観をもとに足場が作れないんですよね。 世界と向き合う前に、まず自分の日常としっかり向き合う。日常としっかり向き合うことが大事なんですよ。 家族と向き合えてますか。友達と向き合えてますか。同僚や友達と向き合えてますか。 社会と向き合えてますか。小さなスモールスケールでいい。まずそこをしっかりと安心して生きるということ。 そういうことを自分が体を使ってできなければ難しいですよね。 だから、目で見える世界だけが世界であったような、昔は安定してたんですけど、この安心感というのは今、直れちゃったんだけど、 それに対して、世界が情報を通じて、言い合わなく広がって広がって広がって、世界に届かない中に逃がされているわけです。 だから、どう世界で向き合えばいいのかという、新しい世界観を作っていく必要がありますよね。 そのためにも、まず最初に自分の足場を作る。世界がこんな風に変わるからこそ、やっぱり足元に帰って日常を取り戻すことが大事なんです。 日常の人間関係。それから日常の自分の身体感覚なんですよ。 手で触れること、手で作ること、鼻で匂いを嗅いで、舌で味わうこと、食べたり嗅いだりする前に脳が気を見るんですよ。 ここはドコドコさんのなんとかでおいしいですよ、これは金賞受賞したワインですよ、そんな情報から入るわけないです。 自分の舌で味わって、自分の鼻で嗅いで、自分の味で味わって、それで初めて始まるところってあるんですね。 情報に入り込ませないで、まず等身大の世界の中で胸張って生きることが大事なんですよ。 極論を言えば、照明機嫌を見れないと新しいか古いか分からないようなことではいけないんですね。 やっぱり自分の目で、自分の耳で、自分の舌でってこと、そこを分かるよって胸張って言えるようにならないと、ちょっと危険だってことなんですよね。 # 自分の心に素直に向き合う 世界が大きく前頭として変わっていくような状態の中で、私たち一人一人がそれをあらかじめ知ることはもちろんできないし、変えることも止めることもできません。 だから、世界はどうなる、ああなる、こうなるって。 で、それを予想することだって難しい。 あるいは反対に、世界がどう変わるとこれが正しいなんて意固地になることだってダメなんですよね。 世界が変わってしまったら、イヤホンの中に流されていってしまうんです。 だから、変に意固地になったって気が付いたらどうにもならなかっただけなんですよね。 だから、変わってこなくて自分も変わらなければならない。 でも、どう変わっていいか分からないし、どう変わるかも分からない。やっぱり手探りです。 これは変わらないということは確保しちゃいけないんですよね。 もちろん、変わらないものはあるし、変えてはならないものもあるんです。 でも、変わらないものや変えてはならないものって何かって、それ実はちゃんと見出して難しいんですよ。 私は禅の坊さんだから、伝統を守る側です。 だけど、伝統を守る側だけど、そのまま禁戒状状にしまったらどうにもならないことって山ほどあるんですよね。 ひがみついてもどうにもならないんです。 それよく分かってます。だから、どうにもならない。分かんないことだけですよ。手探りなんです。 じゃあ、どうしたらいいかって。 確からしいものを掴んだり、意固地になったりするんじゃないんですよね。 やっぱり、ここで起きることは、どんな風に変わろうとも、やっぱり最終的には自分自身が生きていくわけです。 人に変わってもらうわけではない。変わってもらうこともできないんだから。 自分自身が生きるんだから、やっぱりいつも常に自分の目で見て、自分の目で聞いて、自分の頭で考えて生きるってことです。 間違ってるかもしれないけど、そこをちゃんと確信を持って生きてくるように自分を磨くしかないんです。 世界がどう変わろうと、自分の生きる現場で考えて行動することは自分のことですよね。 世界がどう変わるか分かんなくても、正しいかどうか分かんなくても、最終的には生きるのは自分の世界で生きるんです。 だから、自分の生きる現場で考え、行動するのは自分。 だから、情報を鵜呑みにしたり、頭が凝り固まってしまって、引っ込んでしまったり、引っ込まれてしまわないためには、心の奥底でピーンと感じる。 これ、いいな。これ、変だな。心の奥底でピーンと感じる感覚で大事なんですよね。 そうすると、例えば、好奇心ってすごく大事なんですよ。好奇心って縛られてないですよね。 だから、好奇心の中に自分の心の奥底の直感というのが動いているんです。 それから、フッと湧いてくるようなアイディア、そういうのって軽く見られがちじゃないと違うんですよね。 心が静約されていない中で、フッと動くときに出てくる。 そういう心がスッと動くような、そういう柔らかさ、柔軟さというものが、ますますこれから大事になるんじゃないかなというふうに思っております。 もちろん、こんなことでなかなか答えにはなりません。 でも、こういうことの積み重ねから全てが始まるって、大まじめに私は思っています。 # 終わりのあいさつ さて、今日も長い時間お掛けいただきまして、誠にありがとうございました。 どうぞ、良い一日をお過ごしください。 もっと見る #人間関係 #世界観 #人生を考える #変わらないもの変えてはならないもの #世界と向き合う 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:091.初めのあいさつ04:232.安心の源は...03:023.自分自身の日常に足場を持つ02:594.自分の心に素直に向き合う00:095.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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