TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#298 人生を考える...自分を信じる③10:00 2024年10月16日 498再生 問題を報告する 再生する シェアする 「自分を信じる」について、3回目。今日は「自己肯定感」についてです。AI目次自分を信じる第一歩は?勇気から始めよう自己肯定感への誤解、真の自信とは?子供の頃の経験が、大人にどう影響するのか?泥臭く生きることの大切さ、本当の強さとは?成功への道筋、未来への希望を掴むには?AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。 エリンジの古川修憲です。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # 最初に必要なものは 今日も、昨日に引き続き人生を考えるということで、自分を信じることについてお話ししたいと思います。 端的にあなたは自分を信じることができますか?と聞かれたときに、 大丈夫です。私は自分を信じています。となかなか言える人っていないと思うんですよね。 じゃあ、自分を信じるためにはどうしたらいいか?と。 そこで、この自己肯定観という問題が出てきます。 今日は、実はVoicyの方からいただいている、「自己肯定観って何?」というテーマも絡めてお話ししたいと思います。 今週は自分を信じることについてのお話をしていますけれども、 まずはじめに、現代というこの時代が自分を信じるということを難しくしているということをお話ししました。 それでも、自分を信じるということがなければ、何も始めることはできません。 そこで、自分を信じたいんだけど、どうしたらいいのか?と。 そこで、この自己肯定観というものが欲しいとなってくるんですよね。 で、自己肯定観って、じゃあどうしたらやれるか?と。 実は、自己肯定観って、どこから湧いてくるというわけでもないんですね。 ほとんどの場合、自己肯定観というのは、いろいろ試行錯誤をして、 そして、自分で試行錯誤して努力をして、成功体験を積み重ねていって、その上で初めて得られるものなんですよね。 だから、自己肯定観って、まず最初に自己肯定観があって、それから何か行動できるというのではなくて、 まず最初に行動してみて、試行錯誤してみて、失敗も含めてですね。 いろいろやってみて、その上で成功して得るものであるし、しかもその成功には失敗が伴っていないといけないんですよ。 たまたま上手くいっただけっていうんじゃ、本当の自信にならないですよね。 だから、成功も失敗もいろいろ経験した上で、こういうふうだから自分は成功した。 こういうふうだから自分は失敗したって、いろんなことが分かってきて、 で、こうすれば上手くいくんじゃないかってこと。 で、自分はある程度こういうふうにできて、こういうふうにできるんだから、そこそこ成功できるんじゃないかって、 そういうふうにして初めて自己肯定観って得られていくものなんですよね。 だから、まず自分を信じることができるかっていうときに、自己肯定観が欲しいって最初に求めてしまうっていうのは、順序が逆転してしまってるんですよね。 で、この努力も何もしない、失敗も含めた経験もしたことない状態で自己肯定観を得たとしてもですよ、それは根拠がないんですよね。 で、実際現実の中で揉まれた、保証済み、経験済みの自己肯定観、根拠がしっかり備わっている自己肯定観でなければ、 この最初のスターター程度にしかならないんですよね。 根拠がないから必ずいつか失敗します。 で、最初にそういう自己肯定観に頼ってしまうと、失敗の時に消すんじゃうんですよね。 だから繰り返しますけれども、自己肯定観っていうのは、ただ肯定されてるっていう、ただの感じ、肯定されてるという感じだけだったら意味がないんですよ、やっぱり。 だから、まず最初に必要なものは、自己肯定観ではなくて、勇気だってことになります。 # 自己肯定できるためには 怖いことは子供の問題、教育の問題がやっぱり大きいと思うんですね。 今回この自分を信じるということについてお話ししているときに、どうしても話が教育の問題、子供の頃の問題に戻っていくんですけれども、 その自分を信じる力ってとっても現象的なものなんですね。 だから子供って不安もなく、不安もなく、どんどんどんどんいろんなことをするじゃないですか。 やっぱりそれが基本なんですよね。 だけどそれは何も知らんからできるんであって、知った上でそれでも子供のときのように勇気を持ってできるかということ、 これをうまくうまく成長しながら乗り切っていかないと不安に圧倒されて負けてしまうんですよね。 そこで怖いのは子供って可愛いじゃないですか。だからついつい甘えかせてしまう。 例えばそれほど大して努力もしていないのに、すごいすごいって褒めたたいてしまったりとか、 子供が失敗しないように失敗しないように守って守って守り抜いてしまうとか、 現実というものを全く見せないように子供を甘えかしてしまうとか、 そういうふうにしてチャレンジして乗り越えていくという、失敗も含めてそれも全部自分なんだという、 その上で肯定するというそういうプロセスをちゃんと手間暇かけてやらないで甘えかせてしまうと、 その甘えかされている中で自己肯定感って得てしまうんですよ。 お話ししましたように本当の自己肯定感というのは試行錯誤して初めて自分の経験の中から自分で汲み出してくるものなんです。 ところがそういう試行錯誤じゃなくて、そもそも周りの人がみんなチュヤホヤしてチュヤホヤして何かするとすごいすごいって、 大した根拠もなくて周りが作り上げてしまった巨像みたいなものですごいすごいってなってしまうと、 その現実が止まらっていませんから、空勇気だけあるんですよね。空元気だけあるわけです。 だから怖さを知らんからジャーンとやってみて、それで手痛いしっぺ返しくらった時にもうポキンと折れる折れ方がひどいですよね。 そんな風になってしまったら大変です。だからやっぱりその自己肯定感というものは結構難しいもので、 こういうものを養っていくためにはやっぱり現実に触れながら、現実の厳しさというのも分かれながら、 その中で自分の最達とできるよう、自分の全身全霊と自分の知恵を使って、その100%の成果じゃなくてもいいから、 自分がやりたいことを実現できるような、そういう意味での力というものを、やっぱり実力が伴っていなかったら肯定感ってダメなんですよね。 だからそういう風に軽減させていくということが大事。だからやっぱり大人の姿勢ってとっても大事なんですよね。 # 泥臭く生きる 結局、大事なものは何かというと、 自己肯定感ではないんです。 そうじゃなくて、自己肯定する勇気なんですよ。 それは試行錯誤して得るものだから、 まず始める、全てを始めなきゃならないから、 まず勇気を持って始めるということです。 まず勇気を持って、実行するということです。 そして経験するということです。 経験から学ぶということです。 諦めないように試行錯誤を繰り返して、 自身で現実を見通す目と経験を持って、 現実に立ち向かっていくという姿勢です。 これが一番大事です。 だから、いわゆる自己肯定感というのは、 そうした今のプロセス、 勇気、実行、経験というプロセスが 実行が伴っていないと、 物事に取り掛かって、 始める前から失敗したくありません。 始まる前から成功だけしたいです。 物事を始める前から、 最短の合理的な少ない努力で 良い思いをしようみたいな、 虫が良すぎるような姿勢につながる危険性があります。 だから、物事を始める前から取引して 楽をしようという姿勢、 これは反対から言えば知恵ではあるから、 悪いことばかりではないのですが、 まずそういうふうに、 実行が伴っていない自己肯定感は 危険なものだということだけは 知っておかなければならないと思います。 その場合、大切なものは何かというと、 やはり、 勇気と実行と経験というからには、 本当に大事なものは何かというと、 自己肯定感よりは、 まず最初に、 強い動機、 これをしたいという強い動機ですよ。 こうしたい、と。 そういう強い動機と、 そしてそういうふうに強く動機を持つ、 こうしたいというのがあるんだったら、 やっぱり怖くてもやろうという勇気、 そして恐れないでやって、 諦めないで粘り強く取り組んで、 自分の力で何とか何とか前へ進もうとする、 知恵と努力、そして最終的に経験、 そういうふうになりますね。 努力さえようだけれども、 人生というのはやっぱり、 努力さえということですよね。 でも、 努力さえ姿が素晴らしいんだって、 努力さえ戻るお腹からしか、 本物は出てこないよということを、 やっぱり大人が身をもって示す、 自信をなくさないで大人がこれでいいんだって、 これ以外に人生ってないんだって、 そういうふうに示してあげるような、 この勇気というのは、 大人がやっぱり大人がならないなって、 私自身も含めて、 そんなふうに最近思うことがあるんですね。 ちょっと今時代は、 知恵が発達してきた分だけ、 ちょっと知恵に偏りすぎている、 知恵に寄りすぎているところがあって、 ちょっと知恵というのは、 一歩間違いでやると虫がいいんですよね。 そういう虫が良すぎるというのは、 裏返しでいうと脆さにつながるんです。 だから今みたいに、 変化の大きい時代に生きるためには、 そのたくましさって必要ですよね。 だからそういう意味では、 努力さくやるということが、 やっぱり勇気がいることだし、 すごいことなんだ、 素晴らしいことなんだっていうことを、 もっと大人を出せても、 再確認した方がいいかなって思ったりもします。 # 終わりのあいさつ さて、今日もお聞きいただきまして、誠にありがとうございました。 どうぞ、良い一日をお過ごしください。 もっと見る #自分を信じる #人生を考える #自己肯定感って何 #泥臭い生き方 #勇気実行経験 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:101.初めのあいさつ03:282.最初に必要なものは02:503.自己肯定できるためには03:254.泥臭く生きる00:105.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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#639 AIの衝撃の大きさを受け止める① 14分・9月10日・ 123再生AI目次AI開発の原動力、IBMの熱狂人間の夢を映すAIという存在Watsonの誤答が示すAIの未来AIの冷静さと人間の情熱の対比AIにできない人間の情熱の真価
#638 辛い思いをして修行をしても、無駄になってしまうのではないか?~夢窓国師『夢中問答集』を読む(47)「円満具足の本分」① 13分・9月9日・ 204再生AI目次厳しい修行と拭えない心の疑問成果主義がもたらす仏道への誤解誰もが持つ「円満具足」の真の姿他人との比較を超える喜びの源泉理屈抜きに「良い」と味わう体験
#637 どこまでも己にとって返す~夢窓国師『夢中問答集』を読む(46)「是非の念と大悟」② 13分・9月8日・ 144再生AI目次他人の是非を越え自己へ帰れ徹頭徹尾「自分のため」の修行「自他」の区別以前の自分を掴む「お前は何者か」という深遠な問い途方に暮れる悩み、悟りへの一歩
#636 他人の是非を口にする前に~夢窓国師『夢中問答集』を読む(46)「是非の念と大悟」① 16分・9月7日・ 189再生AI目次他人の是非に悩む心の現実修行者への唯一の指摘「一両剣」他者の評価が示す自身の未熟さ自己向上を促す「良い点を見る」教え他人の言動が示す自己の内面とは
#635 禅の物語~葉落ちて根に帰す 六祖慧能大師(其の五) 14分・9月3日・ 205再生AI目次禅の革命者 六祖慧能大師とは仏を見出す鍵 自身の衆生を知れ葉落ちて根に帰す 慧能の死生観形式を排した最期の教えの真意言葉を超えた慧能禅の遺志とは
#634 一切を棄てるとは?~夢窓国師『夢中問答集』を読む(45)「悟入」 14分・9月2日・ 212再生AI目次心の捉えどころない性質消えない記憶と煩悩の根源「一切放下」が示す悟りの本質達磨大師が語る「心牆壁」不完全でも歩み続ける境地