思い通りにならない時、理不尽な状況に陥った時、意固地になって「我慢大会」になってしまう時があります。
もともと「我慢」は仏教語で「我見我慢」...自分都合に陥ってるということで、悪い意味なのです。
AI目次
我慢は「我見我慢」でしかない?
「忍辱行」で逆境を力に変える
思い通りにならないのは当たり前?
柔軟な対応こそが重要
我慢大会から脱出する方法とは?
AI文字起こし(β版)
禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで
プレミアム放送配信中!
  1. 00:10
    1.

    初めのあいさつ

  2. 04:03
    2.

    「我慢」は「我見我慢」ということ

  3. 04:53
    3.

    「忍辱行(にんにくぎょう)」ということ

  4. 00:09
    4.

    終わりのあいさつ

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禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで

恵林寺 古川周賢

山梨県にある、武田信玄菩提寺の住職が、日々の暮らしについて、人生について、仏教・禅・社会について、感じ、考えることを語ります。
音楽一家に生まれ、西洋哲学を学び、その後、一念発起して禅の修行道場に入門。四〇過ぎまで修行僧の暮らしを経験しました。自分自身のアイデンティティに苦しみ、まわり道を重ねて今日に至ります。
学問の世界と修行の世界...対照的な場所に長く身を置き、まわり道を繰り返してきた経験が、皆さんのお役に立つこともあるかと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

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