TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#395 人生を考える...仏教による救い②17:26 2025年3月6日 439再生 問題を報告する 再生する シェアする 昨日に引き続き、仏教の視点から「救い」について考えます。AI目次仏教による救済とは何か?芥川龍之介『魔術』に学ぶ人生の目的、本当に求めるもの欲望と執着からの解脱とは?悟りへの道、仏教の知恵AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。エレンジの古川周券です。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # 仏教による救い 今日も昨日に引き続き、人生を考えるということで、仏教による救いについてお話したいと思います。 昨日もお話ししましたけれども、仏教による救済の仕組みというのは、神とか、まあそういった絶対的な存在者に助けてもらうということではないんですね。 基本的には、仏陀という人が自分で修行に功を出して、自分で下達を得た。その下達というのは悟りというふうに言われる。 つまり、この下達、この苦しみから解放される、解放の仕方というのは、超常的なエネルギーや超常的な力を得るのではなくて、苦しみの根本を自分で遡って、 これは、この苦しみというのは、自分が自分で生み出してきたんだということに気づくということです。 だから、物事を考えるときに、自分の持っていた元々の考え方が、何を見るにしても、何を経験するにしても、最終的には苦しみを生み出すような、そんな考え方に自分が染まっていたということに気づいて、 そんな染まり方をしないような生き方をしようというふうに目覚めるわけですよね。 その結果として、もちろん、暑い日も寒い日もある。お釈迦様、迫害もされましたからね、辛い思いもする。弟子を早く亡くしたりとかね、そんなふうにする。病気にもなる。 だけど、心の持ち方一つで、その苦しみというものを乗り越えていくことができる。そんなふうにして、苦しみに囚われて、いつまでも無重に苦しむって、苦しみが心配で、苦しみを恐れて、そんなふうに苦しみ苦しみだけで生きていくことから、見方を変えることによって、自由に生きることができる。 苦しいことは苦しい。しかし、苦しみに囚われないような生き方って、そんな生き方を獲得することができる。そういう生き方を教えながら、最後、肉体が朽ちるときに、寿命を終えて、この世界は去っていくんですよね。無くなっていくんです。その生き方を学ぶのが仏教です。 だから、仏教というのは、そういうふうに生き方を学ぶのが基本にあるんですよね。後に、大乗仏教というのが生まれてきて、救いの考え方がガッと広がるんですよね。 お釈迦様の教えた仏教というのは、死んでからのことは一切考えていない。あるいは、自分の等身大の生き方以上のこと、その外のことは一切語らない。自分の足元に目をやって、コツコツと、モクモクと生きていって、その中で自分の気づきを得て、その中で自分を解放していくというのが、お釈迦様の教えですよね。 お釈迦様の仏教はそういうものです。等身大のものです。だけども、人間の心には、その先はどうなるんだ。自分のいる足元のその下がどうなっているんだ。自分の生きているこの世界のその外側はどうなっているんだ。そういう強い単純心というものがありますから、それに合わせて仏教の教えはどんどん広がっていくんです。 そういうものを見るなと。ただ足元だけ見て、一呼吸、一呼吸、一瞬一瞬だけ自分の行を極めていけばいいんだって、このやり方というのは誰にもできるわけではないですね。本当にそういうふうに集中して生きていけるというのは、やっぱりある種、そういうトレーニングを続けられる人間じゃないと無理です。 じゃあ、そんなトレーニングをしなければ修行できないのかって、そうじゃない。だから人間というのは、どこまでもどこまでも外へ外へ、将来へ将来へ、足元へ足元へ、手へ向かって手へ手へ、外へ外へ、どんどんどんどん向かっていきます。その向こうはどうなんだろうって。 何かを一生懸命やる時に目標、目指すものが見えてないと頑張らないですよね。で、その目指すものを見ると、そこに幻想が起きるから、そんなものを見るなって、お釈迦様が教えましたけど、でもどうしても見たいって。 だから、どう見ることによって自分が妄想を起こさないか。将来向かって見ることは大事なことであるから、どう見るならば迷いにはまらないか。世界に向き合う時に、世界を見るなって言う訳にはいかないですよね。見なきゃならない。だから見つめなきゃならないから、世界に向かって。 じゃあ、あの世はあるかってこと?お釈迦様はムキと言って答えなかったんですよね。答えるとまた議論が沸く。だからそこに共通られて、みんなが修行しなくなる。だから黙っていた。でも修行することが分かっていて、その上でとりあえず迷いを起こさないように、将来のことを考える時にどう考えたらいいかって。そういう探究の中から大乗仏教は浄土みたいな思想を生んでくるんですよね。極楽浄土、細法浄土。 まあ、新蘭さんの教えは、大乗浄土と言って、亡くなってからこの世を去ってから行く世界、細法浄土というのは、新蘭の教えはそういうものですけれども。だけど、そういうものも生み出してくるんだけど、でもベーシックなところ、基本はこの世に今いる自分の生き方。それがどうやってその苦しみを抜けられるか。 苦しみの基本は思い通りにならないという、根っこにある無病、迷いですよね。無病。どこに自分の迷いの根源があるか、自分で気が付かないから無病と言うんだけど。まあ、要するにどこからか知らんけど湧いてくる、いつの間にか自分が囚われている欲望と執着。思い通りにしたいというわがままですよね。これとどう向き合うか。これの正体を見破って、どうやって足を救われないようにするかというのが仏教の基本だ。これがまあ、昨日お話したということですよね。 # 芥川龍之介の『魔術』 さて、昨日もお話ししましたが、仏教の出発点というのは、生きるということは苦しいことだ、 その苦しみからどう自分が抜けているか、苦しみとどう向き合って、どうそれを乗り越えていくか、 苦しみからの下脱、それを目指すということになっていますよね。 それを積極的に言うと、下脱し、解放され、自由になると言うんだけども、 そもそもまず最初に、下脱というのは何か苦しみの原因があるからなんだけど、 それは今お話した言い方だと、自分の心が何もかも思い通りにしようと思っているわがままだということですよね。 でも世界には世界の利法がある。それは自分ではどうにもならない。 社会には社会の利法がある。それは自分ではどうにもならない。 だから自分で思い通りに全てをすることはできないから、どうするかって。 反対にですね、自分の思い通りに世界がなるとするとどうだろう。 何かすごい誓いやすごい秘密のパワーをもらって、自分の思い通りに世界がなるとするとどうだろうかって。 それはある種、自分の欲望が全部満たされる世界って、これはわがままの世界なんですよね。 で、それって救いになるかと言うと、ならない。これは皆さんがよく気づいていると思うんですよね。 自分がどんなふうに生きたいかということを踏み間違えると、 自分の目指すことに近づけば近づくほど苦しみを作るって、 これが人間の差がですよね。これが愚かさでもあります。 人間の迷いの根本、苦しみの根本を無明と言いますよね。 明らかならずと言うんだけど、なぜかと言うと、 人間これがいいだろうと思って、これを求めてこれを得ればいいだろうと思って、 でもそれが逆に自分を苦しめることに気が付かないんですよね。 なってしまってから気づく。まだいいです。 なってしまって苦しくても気づかないこともいっぱいある。 思いつくこととしては、古代のギリシャの神話にありますよね。 ミダスオウという人は神に向かって、 触るものをすべて黄金に変えてくれって頼むんですよね。 だけど全部黄金に変わっちゃうと、 それは触るものが金になっちゃ食べられないですよね。 かえって苦しくなってしまったって、ゴールドフィンガーの話ですよね。 だから自分がどう生きたいかということをちゃんとしないと、 自分が求めていくものを実現できて、実現して努力していけば、 少しずつわがままで実現するじゃないですか。 努力してお金を得たり、努力して信頼を得たり、 努力して名声を得れば、どんどんどんどん自分の思いが叶う。 でもそれが本当に自分を苦しみから解放してくれるかというと、 必ずしもそうではない。 だから仏教の場合には、あなたはどういう人間になりたいですか? どう生きたいですか?って。 それが大事なんですよ。 そこで自分を最終的に苦しめてしまうような、 わがまま、自分都合を思い浮かべるのか、 それともそうじゃない動機、そうじゃない目標、 そうじゃない生き方を自分で気がついて得るのか。 これが大事ですよね。 私、ここでちょっと例として皆さんにお話したいと思っているのは、 子供の頃に読んだ芥川龍之介の小説ですね。 短編小説で、魔術って伝えられてるんですけどね。 魔術って伝えられてるんだけど、 カルタ、カード、つまりトランプですよね。 カルタっていう名前で最初に出たらしいですけど、短編小説ですね。 これ、すごく子供の頃に読んで、今でも思えてるんですよ。 自動文化の作品なんですよ。 赤い鳥っていうのに出たくらいですからね。 今から100年以上前です。 大正年代に出されたものです。 主人公が、インド人の手品師のところに行くんですよね。 ミスラ君っていう。 魔法、魔術を見せてもらって、すごいなって、教えてくれって言うんです。 ミスラ君は絞るんだけど、最終的に欲を捨てたら教えてやるって言うんですよね。 欲を捨てないと魔術は使えないって。 で、主人公である私は欲を捨てるから、魔術を教えてくれるなら欲を捨てるって約束するんですよね。 で、止まって、止まり込んで教えてもらうって。 で、1ヶ月くらいして、その魔術をマスターしてから、銀座で友達の前で手術を見せるって。 暖炉の中に燃えてる炭を、両手で石炭を掴んでバーっと床に巻いたら、黄金に変わるっていう手術をやって見せるんですよね。 みんなが喜ぶって、すごいなって感激するって。 で、でも自分はこう言うんですよ。これは私は欲を持っていたら魔術は使えないから、 これは全部最初に、また最後に暖炉の中に戻して炭に返しますって言う。 みんなが、いやそれは勿体ないって言うんですよ。 今すぐこれを、なぜ欲を使わないんだって。素晴らしい使い方すればいいじゃないかって言うんですよ。 もとや戻すんだったら何で役に立たない。でも欲望のために悪く使うのはダメだけど、でもいい使い方するんだったらいいじゃないかって言うんですよね。 それで、その誰かが、ある時、その時ですよ。誰かが、私は全財産をかけるから、賭けをしようぜって。 で、自分はその瞬間にその人の財産がもらえるって。自分が欲を欠いて、欲を欠いた魔法で儲けた金は使う気はないですけど、 その人の財産がもらえるって、その瞬間にスーッとこう欲が沸くって。 それで賭けに乗っちゃうんですよね。で、トラブルでカードするんだけど、負けたら自分の財産が取られちゃいますしね。 それから手札でやる魔法の金も全部相手に取られちゃう。だから負けるわけにはいかないわけですよ。 で、その瞬間に勝ちたいと思うんですよ。これ微妙ですよね。自分が負けちゃったら手札を飽き起こされるから負けるわけにはいかないんです。 でも、やっぱりその時に勝ちたいと思うんですよ。そこにわずかでも欲は来さすって。 それに主人公はやっぱりどこかで相手の財産に対する欲もあるんですよね。 それでカードを引いてトランプやるんだけど、魔法を使って勝ってしまうんですよね。 で、その瞬間に今でも覚えてるんですよ。カード、トランプのカード、キングだったかな。 顔がニヤッと、あのヒゲが動いてニヤッと笑ったって。 それで手札、自分に記述を教えてくれる手札の声で、ミスラって人の声ですよね。 そのお客さんは帰るからって。今日は手札を教えることができないから、このお客さん帰るよって言われて。 はっと気付くと、今ほんの数分間か数秒かもしれないけど、今あった出来事はみんな夢だったって。 つまりこの記述師のミスラ君っていうのは、私の心の中にある欲をそうやって示してみせたって。 で、自分は欲を教えることができないから、マジックを使うことができないって。 その方に叱られたって話なんですよね。 # 人生に何を求めますか? どんな生き方をしたいですか? お金が欲しい。競争に勝ちたい。頭が良ければいいようにって思うんですね。 でも、競争の中に巻き込まれると、もっともっとになります。 で、稼ぎ始めたりなんかすると、ゲームから下りなくなってしまいますよね。 だから、豊かな豊かなことを努力しなくてもいえて、競争もなくなってしまって、 ぬるまに使うような生き方って、今度はそれで自分が退屈さに耐えられるかって話もあります。 今のように、何かこう、魔法を得て、自分が誰かよりも優れたようなものを、自分のわがままを実現するって、 でも、わがままがもっともっとなる。 でも、自分の体の力、能力、想像力も追いつかないんですよ。 ひと頃、メタバースってことが問題だったりしますよね。テクノロジーがすごく良くなるって。 あるいは、映画ってそうじゃないですか。もう3D映画が出て、スペクタクルが出てくる。 でも、人間の想像力って、もう、すごいことを思いつくと思ったら大間違い。 相変わらず、この現実の私たちが生きている、この現実の世界の延長でしかないですよね。 じゃあ、仮想空間にすごいことがあるといっても、飛んだり、放たり、宇宙へ飛び回ったりするって。 だけど、そこで、私たちがもう、目をくらむような世界の中で、 どこまでもどこまでも、無限の想像力の海の中を戯れるなんてできるわけではできないですよね。 実は、その3D映画も、なんかさ、映画が立体だっただけのことじゃないですか。 音がすごい音がするって言っても、大きな音を聞きすぎては耳がうるさいだけのことですし、 心地よい音を言うたって、キリがあります。 美味しいって言ったって、前に食べたら飽きちゃいますじゃないですか。 飽くて帰るんですけど、いもがゆみたいな話ですよね。 実は、人間って、想像力に限界があるんです。 体にも限界があるから、わがままが貫いたって、体にも限界がある。 でも、心にも実は大したことないですよね。すぐに限界があきます。 だから、どこまでわがままいっても、どっかでもっともっと、限界を超えられるようになっちゃって、 チンポンなってしまうんです。その瞬間に飽き始める。で、苦しみになる。 そんなことを考えてた時に、だから、欲望をずっと掛ける生き方は、 どっかで行き詰まって、かえって自分に入りかえって、苦しみを増すって。 だから、救いを目指すっていう時に、目指したものが、新しい苦しみを生むんじゃないようなもの。 そういう目標っていうのを目指さなきゃいけないんですよ。 じゃあ、どう生きることを目指せば救いになるんですか?って。 欲望と執着に染まって眼鏡を外さないと、一瞬、手近なところではいいけど、その先にはやっぱり苦しみが待ってる。 しかも、実現すればするほど苦しみが待ってるじゃないですか。 だから、しっかり世界を見て、しっかり自分を見つめて、どうなりたいですか?どう生きたいですか?って。 そういうことを、自分でちゃんと気づくってことができなければ、仏教による救いはない。 だから、仏教による救いってどんなものですか?って。 イメージを与えて、このイメージに向かって実現するんですよ。 でも、イメージの実現が難しいんですけど、じゃあ、実現は誰かにお願いしましょう。 そんな、虫のいいもんじゃないです。 そうじゃなくて、私たちがそもそも救済とか、夢とか、希望とか、願いとか、思っているものが、実は自己到着、自己無自動していて、 それに向かって努力しても、自分は救われない、解脱はできない。 ますます自分で自分を縛るだけだ。 実は求めても求めても、苦しみを生みだけのものを求めているだけじゃないかって。 じゃあどう、何を求めれば、自分は解脱できるのか。 何を求めれば、自分で自分を苦しめる、もっともっとから降りることができるのか。 もっともっとじゃない喜び、もっともっとじゃない生きがい、もっともっとじゃない生き方っていうのをどうしたら得られるかって。 これを探す。そういう意味で、やっぱり仏教は知恵の世界です。 どうものを見て、何を求めれば、色目がね、欲望と執着で、自分を苦しめ、他人を苦しめ。 直近はよく見えるけど、長い目で見た瞬間に苦しめるしかないじゃないですか。 無常、人生はいつか終わりますから、それ終わってしまう、朽ち果てていく。 それでも朽ちない喜び、朽ちない感謝、朽ちない心の平安、どうやって得ますかって。 それを探し求めるのが仏教なんですよね。 だから仏教の知恵を得て、解脱を得て、悟りを得て、気付きを得て、 解放されたら、この身が年老いて朽ちていってもいいんです。 いつか人生が終わる。それでいいんです。 そういう生き方を得ることが仏教の救いなんですよね。 # 終わりのあいさつ さて、今日も長い時間お聞きいただきまして、本当にありがとうございました。 どうぞ、良い一日をお過ごしください。 もっと見る #芥川龍之介 #魔術 #人生を考える #仏教による救い #骨牌 #欲を捨てる 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:101.初めのあいさつ05:292.仏教による救い06:583.芥川龍之介の『魔術』04:424.人生に何を求めますか? どんな生き方をしたいですか?00:095.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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