TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#393 禅の言葉から...一点梅花の蕊三千世界香ばし②15:39 2025年3月4日 496再生 問題を報告する 再生する シェアする 昨日に引き続き、禅の言葉「一点梅花の蕊 三千世界香ばし」を味わいます。AI目次「一点梅花蕊三千世界香ばし」の真意とは?厳しい冬を乗り越える梅の力強さとは?本当の豊かさを見極める目を養う方法とは?日々の生活に隠された恵みに気づくヒントとは?感謝の心を広げることで得られるものとは?AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。 エリンジの古川周券です。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # 梅一輪一輪ほどの... 今日も、昨日に引き続き、禅の言葉からということで、 一転、倍下の随、三千世界かんばし、という言葉についてお話したいと思います。 この言葉、梅の花が、小さな梅の花が一輪パッと咲くって、 とっても小さいけれど三千世界、この大宇宙ですよね。 禅、宇宙全体にその香りが行き渡るって言葉ですよね。 昨日お話しましたように、禅の世界ではこの言葉がとても重いんですが、 この言葉、梅の前に小さな花が一輪にパッと咲くだけなのに、 ガラッと世界が香るわけですよね。 世界全体に香りが隅々まで行き渡るっていう、この表現を通じて、 それまで自分が辛くて辛くてどうにもならなかった、 なのにパッと気づいて、自分の中でパッと何かが開くんですよね。 その瞬間に、今までくすんで見えていた、 今まで意識にも伸ばらなかったし、どっちかというとくすんで見えたこの世界が、 隅から隅まで素晴らしいものになったっていうふうに心が晴れるって、 そういう言葉にもなりますよね。 そこまでのことを感じようと思ったら、 やっぱりよっぽど心の中の大きな転換がないと、 なかなかそんな境地にはならないですよね。 だから、この言葉はある種悟りの瞬間を言っているというふうにも考えられたりもしますよね。 でも、なかなかそこまで行かない。人間ってそこまで行かないですよね。 でも、例えば、梅にはいい言葉がいっぱいあって、 例えば、これも私好きな言葉なんだけど、 梅一輪、一輪ほどの温かさって言葉がありますよね。 これも結構有名な歌ですけども、 松尾芭蕉の門邸、ハットリランセスという人の残した歌というふうに言われていますね。 三千世界かんばしって言うほど、 この全宇宙が香りに満ちているって素晴らしいものだって、 そこまでは行かない。しかし寒い田の中で、 一輪しか梅がまだ見えないけど、 だけどその一輪の周りが温かいって、 そこの一輪から温かさを感じるって、 そうするとその中に期待があるじゃないですか。 この歌の良さって、たぶんまだ自分の目に見えるのは一輪の梅花しかないけど、 だけどおそらくここ先、もう一輪、もう一輪、もう一輪って、 少しずつ梅の花が咲いていくって、 そんな魅力がある言葉ですよね。 だからその向こう側に予感しているわけですよ。 そこまでたどり着けるかどうかわからないけど、 三千世界かんばしって言っているような、 ひょっとするとつらいけど、 その先には自分の想像もできないような、 素晴らしい世界があるんじゃないかなって、 そんなようなことも思えるんですよね。 このハットレレーツの歌そのものは、 やっぱり冬の中から、つらい中から、 それでも前を向かっていくって、 梅が一輪一輪と咲いていく中で、 少しずつ自分が変わっていけるんだって、 そういうものもあると思うんですけどね。 日常の中にあるこの気づきと、 その気づきがもたらす心の、 わずかであるけど、 少しずつ心が変わっていくって、 そのあたりをとてもデリケートに捉えた、 いい歌ですよね。 # 世界を見えなくしているのは... さて、この一点、倍からずい、三千世界かんばしという言葉にしても、 あるいは今ここでの、ハットリラン説の梅一輪、一輪ほどの温かさにしても、 見る目がなければダメなんですよね。 梅の花って、寒い中に咲いている、雪の中でも咲くわけですね。 そうすると、まだまだ寒くて、みんなが身を縮めているとこで、 こんなかすかに梅が香ってくるって。 次は、梅の姿があったとしても、そんな派手な花じゃないから、 ささいかなものではあるわけです。 だから、これをこう、めでる、愛する、素晴らしいと思うためには、 鋭い感性って必要なんですよね。 繊細さが必要です。 だから、いいものを見分ける、まなこがないと、なかなかいいと思えないですよね。 で、そういうものをちゃんと見通す、 昨日は本物を見出すってお話しましたよね。 誰もが分かる本物っていうのもあるけど、 本物が分かろうと思ったら、自分も相当努力しないと分かってこないような、 そういう意味での本物もあるって、昨日お話しましたけども、 本物の本物さっていうの、本当の凄さっていうのを分かるための努力って、そうしますよね。 で、そういう目が大事ってことを昨日お話しましたけども、 だけど、その本物に気づくってどういうことかって、もう少し踏み込んで考えてみると、 実はですね、なんでその本物の本物さ、本物の凄さが目に入らないかっていうと、 私たちって、ちょっと目につくもの、まあ努力しなくても目に入ってくる華なもの、 それは分かりやすいじゃないですか。 そうすると分かりやすいから、そういうもんだろうって、安易に思い込んじゃうだけなんですよね。 でも実は、よく立ち止まって、先入観抜きに見ると、素晴らしいものはいっぱいあるって。 足元に咲いている小さな花ですよね。雑草で名もなき花かもしれないけど、 じーっとよく見てみると、素晴らしいじゃないですか。 いやあ、こんな綺麗な花って、野花にはいっぱいありますよね。 だから、そんな風に私たちが、派手なもの、目立つものがいいものだっていう風に自動的に思い込んでいるだけで、 その思い込みを外したら、世界の見え方って変わってくるじゃないかって。 そう考えると、私たちの見る目を一番邪魔しているのは何かというと、そもそもやっぱり欲望と執着ですよね。 思い通りにしたいって。何でもいいから思い通りにしたいって。 そういう風なわがままのゴリ押しをしようと思って世界を見ているわけですよ。 そうすると、自分の思いにかなうものを探すわけ。派手で、わかりやすくて、楽をして派手で、なんかすごいもの。 みんなが欲しがるもの。自慢できるようなもの。そういうものがいいものだって思い込んでますよね。 でもそれは、自分自身を自爆しているだけですよ。 そういうものじゃないといけないって、自分で思い込んでいるだけじゃないのかって。 そういう時に、はっ、いいなって思えるものって、実は山ほどあるって。 だから、思い通りにしたいって。楽をして、なんかすごいものをやりたいとか、あるいは自慢したいとか。 思い通りにしたいという、その自分の思い込みが、自分の目に入るべきものが入らなくしているって。 思い通りにしたいという思いが、思い通りになるものしか見ないという、色眼鏡で世界を見捨てるだけですよね。 そういう眼鏡を外してみたら、実はたくさんの眼鏡に世界が満ち溢れているって、気づくんじゃないのかなって。 そういうことって大事ですよね。 # 恵みに気がつく 例えば家族関係における恩みたいなものがわかりやすいかもしれませんね。 あれは先生と生徒でもいい、師匠と弟子でもいいですよね。 若い頃って面白いじゃないですか。何かやってもらうのが当たり前と思ってるし、 何か日曜毎日やってもらってるとありきたりに見えちゃって、ありがたみがわかんないんですよ。 もう何か当たり前だと思っちゃうんですよね。 毎日毎日してもらってると、いつの間にかありがたさを忘れちゃうじゃないですか。 面白いことになっちゃうんですよ。 面白いことになった自分が面白いことに気づく時どういう時かというと、 今度自分が当たり前のように毎日毎日人のためにしながら習った時、初めて気づくんですよね。 だから親になった時初めて子供は自分がしてもらったことに気づくっていうことはそういうことでもあるわけじゃないですか。 若い頃って全然面白いことだから何にも気がつかない。 だけど私もそうですけど、年をとっていくと親にだんだんだん衰えていく。 親が養飼ることもある。私も母は元気ですけど父はもう養飼ってますからね。 今父親に恩返ししようと思ってもできないことですよね。 だから気がつくった時にはもう遅いじゃないですか。恩返ししようと思ってももう返せないですよね。 最初の頃だから面白いことだから何にも思ってないんだけど、 年をとって自分が修行して苦労したり、あるいは社会的に責任を担ったり、 いろんなことが分かってくるとだんだんだんだん自分が当たり前と思っていたものが実は当たり前じゃないんだって。 自分がうるさいなって当たり前だよって思っていたものが、 いやうるさいんじゃない。当たり前じゃない。 自分はなんて無慈悲なことをした。なんで面白いことをしたんだろうって、だんだんだんだん気づいているじゃないですか。 だからある程度年齢がいくと、自分が面白いだったなって気づく。 最初は辛いですよね。自分は間違っていたなって。申し訳ないなって思うんですね。 申し訳ないなって思って、その時最後に感謝が出てくるじゃないですか。 こんな面白い事でこんなダメな自分でもやってくれたって。 でもそこに気づいてくると今度、実は親子や指定や先生生徒の関係だけじゃなくて、 自分が気が付かないだけで自分を取り囲むものの中にいろんな恵みがいっぱいあるんですよね。 中には自分のために、僕のためにしてくれたわけじゃなくて、 そのやっている本人はそんなこともなくて、ただ淡々と自分のやるべきことをやっているだけなのかもしれない。 その恩恵はこう持っているって。 相手の顔が見えていて、相手を殺すためにやっているものばかりが恩じゃないんですよ。 自分の目が合わさない、名前も知らない人のために、黙々と一生懸命素晴らしい仕事をしているなんていっぱいある。 世界はそういう人の力で動いているわけですよ。 日本なんかそうじゃないですか、安全安心安定便利で豊かな日本の社会がこうして回っているのは、 そういう責任感を持って一生懸命黙々とやってくれている人のおかげでこういうふうに回っているわけですよね。 それからさらにですよ、その先行くと天地の恵み、大地の恵み、もう豊かな自然の恵みって、 それは別に人間のためにやってくれているわけじゃないんだけど、 そういう恵みがなかったら私たちは生きていけないですよね。 そうやって考えていくと実は自分は自分の思い通りになるかというと思い通りじゃないから、 そういう恩を知らずにしているけど、だからそれがなかったら生きていけないような恵みに囲まれているわけですよ。 結局自分って自分にとって都合がいい、自分の思い通りになるものだけ見て価値がある価値がないと言っているだけで、 でもそれを価値ある価値ないって愚かさですよね。 ただ自分の欲望の目からしか見ていないだけじゃないですか。わがままなんですよ。 でもそのわがままではなく、ものが見えてくると、いろんなものの恵みの中で自分が活かされていると気がついてくるって。 これとっても大事なことですよね。 # 一輪の梅に そこまでこう分かってきたら、自分の心の中から、今のことですよね。 自分がわがままな目だけで見てたけど、そのわがままな目だけで見てた目を外して、自分に都合のいいことだけで評価するんじゃなくて、 ともそも自分が評価させてもらえないことですよ。命までいただいているわけですからね。 そこに気づいた瞬間に、考えたら変わってくるはずですよね。 自分がこうやって欲しいと思っている、自分の希望の中はちっぽけなものなんですよ。 所詮は欲望と執着です。わがままですよね。 その、わがままな目、眼鏡を外して見た時に、世界の広さが分かる。三千世界って、そうやって見えてくるんですよ。 実は三千世界って、理屈で世界、宇宙は広いなんて言ってても、何にも分かってない。 だけど、その、いろんな宇宙の始まりからですよね。宇宙、ビッグマンで説明するけど、今は。 宇宙の始まりからして、いろんなものが繋がっています。 その中の、今、自分はこの場所にいて、いろんな恵みを受けているわけじゃないですか。 でも、その時に、そういったものを、自分が見えない所で、自分が見えない所で様々なものが重ねられて、やっと自分はこうやって生かしてもらっていると分かったら、 見えない所にある三千世界、大世界、大宇宙の恵みに心が向かう。その瞬間に、三千世界かんばしって。 だから、自分が今ここにいる、見えないこと、見えないけど自分が支えているものに対する感謝がなかったら、三千世界まで変わらないんですよ。 三千世界かんばしの三千世界ってのは、自分が初めてそこに心が至る、思いに至る、感謝が至るってことじゃないですか。 まずそれはそこです。 だから、反対に言うと、自分が明日はこうしたいって自分の欲望や自分の執着、自分の欲望執着にこだわる。 こだわってしまったら、大して広がらない。大儲けして大成功だって知れてますよね。 だけど、自分が見えない所で自分たちを生かしてくれるという恵みが満ち溢れることに気づいて、それに対して感謝を捧げることができる。 その感謝の心をどこまで広げていけるかって。 恵みの力、宇宙に満ち溢れている恵みの力をどこまで広げていけるかって。 それで自分ができることをするってことがとても大事ですよね。 まあ、そうは言ったって、大千世界、大宇宙っていったら雲を掴むような話だから具体的にできない。 でも自分が見えない世界に向かって、自分の見えない世代に向かってできることをすることはできるじゃないですか。 私の場合はだから今、一生懸命トラコヤやってますけど、自分が死んだ後でも自分が何かの形でみんなに役立つようなものをできないかなって。 将来の子供たちですよね。将来になっている人たちに何ができないかなって。 自分ができることを一生懸命使ってもらえる人がいたら使ってくださいって。 一生懸命勉強して自分が気づいたことを一生懸命伝えるって。 で、誰かのためになるようにって。目に見える人のためにやることも大事だけど、別に目に見える人だけじゃないですよ。 やっぱり何か自分ができることを一生懸命やって、何かのために役立つように。 何か気がついたら、小さなことでもいい、一生懸命一生懸命やるってこと。 そういう気持ちになればまた世界との関わり方って変わりますよね。 一点倍かの随、三千世界かんばしって、自分はちっぽけだけど、誰かの役に立つように。何かの役に立つように。 その倍かの随、一点の倍かにもなれないですよ、なかなかね。 でも自分自身の欲望と執着って言ったら、どうにもならない。 だけど自分のやれることが世界に広がってくれればなって思った時に、その思いはささやかだけど世界に通じるんじゃないかなって。 そんな風に自分自身が、この一点倍かの随、三千世界かんばしって言葉にあるような倍かになれればいいなって。 無理だろうと思いますけどね。でも諦めないで、そんなことができたらなって思ったりもします。 # 終わりのあいさつ さて、今日も長い時間お聞きいただきまして、本当にありがとうございました。 どうぞ、良い一日をお過ごしください。 もっと見る #服部嵐雪 #禅の言葉から #一点梅花の蕊三千世界香ばし #梅一輪一輪ほどの暖かさ 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:101.初めのあいさつ03:322.梅一輪一輪ほどの...03:393.世界を見えなくしているのは...04:104.恵みに気がつく04:015.一輪の梅に00:106.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう fumihiro2025年3月4日「よく見れば なずな花咲く 垣根かな」芭蕉のこの句が大好きです。1返信
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#637 どこまでも己にとって返す~夢窓国師『夢中問答集』を読む(46)「是非の念と大悟」② 13分・9月8日・ 144再生AI目次他人の是非を越え自己へ帰れ徹頭徹尾「自分のため」の修行「自他」の区別以前の自分を掴む「お前は何者か」という深遠な問い途方に暮れる悩み、悟りへの一歩
#636 他人の是非を口にする前に~夢窓国師『夢中問答集』を読む(46)「是非の念と大悟」① 16分・9月7日・ 189再生AI目次他人の是非に悩む心の現実修行者への唯一の指摘「一両剣」他者の評価が示す自身の未熟さ自己向上を促す「良い点を見る」教え他人の言動が示す自己の内面とは
#635 禅の物語~葉落ちて根に帰す 六祖慧能大師(其の五) 14分・9月3日・ 205再生AI目次禅の革命者 六祖慧能大師とは仏を見出す鍵 自身の衆生を知れ葉落ちて根に帰す 慧能の死生観形式を排した最期の教えの真意言葉を超えた慧能禅の遺志とは
#634 一切を棄てるとは?~夢窓国師『夢中問答集』を読む(45)「悟入」 14分・9月2日・ 212再生AI目次心の捉えどころない性質消えない記憶と煩悩の根源「一切放下」が示す悟りの本質達磨大師が語る「心牆壁」不完全でも歩み続ける境地
芭蕉のこの句が大好きです。