2025年3月
#007 沢庵和尚『不動智神妙録』:千手観音のこと②
26:50
是を得心したる人は、即ち千手千眼の観音にて候。然るを一向の凡夫は、唯一筋に、身一つに千の手、千の眼が御座して難有(ありがたし)と信じ候。
又なまものじりなる人は、身一つに千の眼が、何しにあるらん、虚言(そらごと)よ、と破り譏(そし)る也。今少し能く知れば、凡夫の信ずるにても破るにてもなく、道理の上にて尊信し、仏法はよく一物にして其理を顕す事にて候。
諸道ともに斯様のものにて候。 神道は別して其道と見及び候。
有の儘に思ふも凡夫、又打破れば猶悪し。其内に道理有る事にて候。此道、彼道さまざまに候へども、極所(きわまるところ)は落着(らくちゃく)候(そろ)。
又なまものじりなる人は、身一つに千の眼が、何しにあるらん、虚言(そらごと)よ、と破り譏(そし)る也。今少し能く知れば、凡夫の信ずるにても破るにてもなく、道理の上にて尊信し、仏法はよく一物にして其理を顕す事にて候。
諸道ともに斯様のものにて候。 神道は別して其道と見及び候。
有の儘に思ふも凡夫、又打破れば猶悪し。其内に道理有る事にて候。此道、彼道さまざまに候へども、極所(きわまるところ)は落着(らくちゃく)候(そろ)。
禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで
恵林寺 古川周賢
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終わりのあいさつ
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