TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#423 日常に活かす禅...落ち着いてものごとの根本を見る②09:41 2025年4月24日 353再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次現代社会のストレス、心の健康状態をチェック感情の波に飲まれない、心の静けさを保つ方法座禅で得る集中力、日常への応用とは?忙しい日常に「静寂」を取り戻すための具体的なステップ心の平静を取り戻し、より充実した人生を送るためにAI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。エリンジの古川周玄です。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # 心の健康 本は先日に引き続き、日常に生かす善ということで、落ち着いて物事の根本を見るというお話の続きをしたいと思います。 おとといこの話はさせていただきましたよね。 おとといお話しさせていただいたときには、このSNSから距離を取りなさいという話、 今はすごい速さで情報が流れてきて刺激を受けてしまうから、自分もどうしてもそれにレスポンスしてしまって、 物事をじっくり考えて本質を見抜くことを忘れてしまって、その面だけで反応したって、逆行して、 そして結果的には後で信用が流すようなことをやってしまう。 言葉が軽くなってしまって、激しい言葉が表面を走るだけで、全然物事を深く考える。 熟慮するということがない。成熟がない。 そういう表面だけでガリガリガリガリになっちゃうようなことがあって、それで生きにくくなってしまってます。 その場所がSNSだということもお話ししました。 昔だったら簡単に相手に文句を言おうと思っても足をはくまなきゃならなかったり、電話するのも遅くだし、 手紙書くのも遅くだし、落ち着いて頭を冷やす時間っていっぱいあったんですよね。 でも今はそれがないから、売り言葉に買い言葉ですぐさま燃え上がっちゃう。 逆に、そのすぐに自分の心や反応が相手に伝わる時代というのは、 一人一人がよっぽどしっかりしていないと、感情的なぶつかり合いが起きてしまいやすいんですよね。 そういうこともあるので、やっぱり落ち着いて物事を考えるということ、物事の根本を見るということ、 表面じゃなくて本質を見て、相手と付き合う、あるいは情報と付き合う、あるいは社会と向き合うということを身につけるということが大事だということを、 やっぱり善の人間として私はいつも最近思うんですよね。 そのためにどうしたらいいかって。 やっぱり善の私たちが、善相である私たちが考えることは、落ち着いて自分を見つめるトレーニングを無難化するべきだということですよね。 それは特に一番大事なことは、やっぱり画面なんですね。 誰もがそうですけれども、じっと座ってるだけっていう画面は、人間って結構苦手なもんなんですよね。 特に現代の社会って情報があふれてますから、情報にさらされてるのが当たり前じゃないですか。 そうすると何にもない状態でずっとほっとかれて、ただ座っとけっていうのはかなり苦手なはずです。 私も実は昔は、ずっと本を読んじゃないと気が済まなかった人間だから、常に常に本を読んでる人間でしたからね。 道場行ったら本なんか読めない、ただ何にもないとこでほっとかれて座っとけっていう状態じゃないですか。 慣れるまでは結構大変だったんですよね、実は。 本をずっと読んでる合間合間に座電をするっていうのはリフレッシュできて、道場に行くまでは私座電好きだったんですよ。 ところが道場行ったら全部座電の人生ですからね。 全部座電になっちゃったらもう逆に今度は結構しんどかったんです。 だから現代社会でスマホでどんどん流れてく情報にレスポンスしながら生きてることに慣れてる現代社会の人たちがこの座電が苦手っていうのは私はよくわかります。 かつてそうだったんでよくわかるんですよ。 でもよく考えたらずっと静かに自分を認めるってことができなくなっちゃってて、 飽きちゃってもう落ち着きなくゾワゾワゾワゾワするってやっぱり人間としては不自然なことなんですよ。 やっぱり構えて一日ずっとゴロンと寝転がって青空を見るとか、そんなことって人間できなきゃおかしいですよね。 ずっと一日海がこう波がこう動いてる姿を一日見つめるってそういうこともできないとダメなんですよ。 だからむしろ普段忙しくしてたらいいですよ。 でも例えば座電した瞬間に気持ちがいいなって一日も何も仕事のことも忘れて涙ができるといいなって思えるんだったら結構健全ですよね。 仕事で忙しくて山を渡ったときに夕日は綺麗だなって一時間夕日をじっと見てられるってことはやっぱり健全ですよ。 海行ったら人中に海を見てるってことこれも健全ですよね。 歩いててコオロギの子は綺麗だなって立ち止まってずっと一時間コオロギを聞けるって。 そういうふうに心がちゃんと切り替われるんだったらその人の心は比較的まだ疲弊してはいないです。健全ですよ。 でももうイライラしちゃって何かしてないとイライラしちゃうって多分その状態って心がちょっとちょっとやっぱり疲れていて違反でる状態だと思います。 # 静かな時間を取り戻す ですから、日常に生かす善ということで座禅を見るならば、 要は、普段からどこか落ち着いている自分、心が静かで落ち着いている自分というものを見失わないためのものになるんですよね。 禅僧たちは、落ち着いた静かな状態で集中力を高めて、自分自身を見つめて悟るという目的のためにグイグイ集中力を上げて攻めていきますよね。 だけど、普段そういう修行僧みたいなことをしていない人にとって、 座禅の価値というのは、むしろ仕事の中で自分を見失わないための、自分自身を大事にとっておくための場所として考えたほうがいいんですよ。 だから、修行僧たちがやるガリガリガリガリやっている、そういう座禅と、 そうじゃなくて日常生活で自分を見失わないためにやる落ち着いた穏やかな座禅とはやっぱり見る方向は違ってますよね。 そうすると、普段私たちが日常生活の中でやるべき座禅というのは、 常に静かな心の状態ということを忘れないこと。 そして、座禅を日常生活に取り入れて、座禅的なメンタリティーを大事にすることができると、 例えば、忙しさの中でも夕日をじっと見つめる時間を、きれいだな、立ち止まって見る。 どんなに忙しくても夕日がきれいだなと思ったら、立ち止まって夕日が見れるようにしておくこと。 例えば、子供と遊びに行くんだったら、子供と一緒に1時間でも2時間でも時間を割いて、 一緒に夢中になって遊ぶことができる。 まあ、人によっては忙しくてその時間を取らない、そんなこともあるかもしれないけど、 でも、彼にですよ。そんなふうに長々時間を取らなくても、例えば5分でもいい。 自分にそういう時間を寄せられている時に、その5分をそわそわそわしながら過ごしてしまうのか、 たった5分でもいいから、その5分間、きれいだなって夕日を見つめることができますか?って。 そういうふうに心の切り替えができないということは、心の切り替えができなくなるまで疲れてしまっていて、心が弱ってしまっているんです。 空元気で勢いで頑張っているだけで、相当心が疲れているはずなんですよ。 それでは、だんだんミスもするし、仕事のパフォーマンスも上がらないし、集中力も上がらないですよね。 だから、日曜・2月・年ということを言うならば、座念の目的は、心が静かになっている状態をしっかり掴んでいる。 普段からそれを見失わないようにする座念。それが大事ですよね。 そのために、例えば時間を決めて、場所を決めて、足を組んでみて、座念の格好をしてみて、今から自分を見つめる時間にします。 今は仕事に心を取られませんと決めて、じーっと何もしない時間を楽しむ余裕を、普段から作るためにやるといいですよね。 だから、足を組むことにもそういう価値もあるんですよ。これから足を組んでいる時間だけは、仕事を忘れますと自分におまじないをかけるわけですよ。 そういうふうにして、普段から真と静まった心の状態を大事にしていくということ。 そうすると、いつもお話ししてますように、感情に流されないとか、情報に流されないとか、感情に煽られない。 感情的に物を喋る人がいるじゃないですか。そういう人に煽られたらダメなんですよ。 自分も煽られて、自分もワーッと感情的になると良くないですよね。お互いに煽り合戦になっちゃいます。 その時に煽られないということが大事ですよ。 普段から静かな心を大事にしていて、そういうふうに煽る人がいたら距離を取る。相手にしない。 自分の心が動揺し始めたら、そういうふうに動揺する心に心を預けない。 自分の静かな心を取り戻す。いつもどんと座って落ち着いている。 そういう状態を大事にするために、普段から心を静かにしておく場所を大事にしておいて、 私のオススメは、普段から5分でも1分でも良いですよ。 良いなぁと思うことがあったら、そわそわしないで、それをざやかにとらわれないで、 静かな時間に身を委ねることをできるように、心の切り替えがパッとできるように、 そういう心の余裕を持っておく。そのための座禅。 だから、日曜日の間の座禅。落ち着いて物事の根本を見るためにも、 そういう時間を大事にするということを、心がけていけることができればいいなと思います。 # 終わりのあいさつ さて、今日もお聞きいただきまして、 誠にありがとうございました。 どうぞ良い一日をお過ごしください。 もっと見る #日常に活かす禅 #落ち着いてものごとの根本を見る 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:101.初めのあいさつ04:512.心の健康04:323.静かな時間を取り戻す00:104.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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